(あたしも格好いいところみせないとねっ!)
(リンさんに不甲斐ないところは、見られたくないのでっ!)
最初にリンが動き出し鉄棍を振るう。
チマに取って退屈な授業が終わり、生徒会室で面々と駄弁るかそのまま帰るかと考えていれば、ビャスが控えめにやって来て何か言おうと口を動かす。
「……っお嬢様、今日は生徒会がないということでしたので、ぼ僕は第六騎士団で修練を積みたいのですが。っよろしいでしょうか」
「そんなに時間を用意できるわけじゃないけど、それでもっていうなら良いわよ」
「っありがとうございます!」
「それ、私も同行していいでしょうか?」
「リンも?まあいいと思うわよ、一筆書いてあげるからちょっと待ってて。シェオは車の準備を、…私が行くと大騒ぎになっちゃうし、修練が終わるまでは生徒会室で駄弁っているから、送迎をしてあげなさいな」
「先にお嬢様をお送りしてしまう手もありますが」
「どうせ、リンを寮に送りに戻るのだから待ってるわよ」
「承知しました。それでは準備をしてまいりますので、お二人とは駐車場で落ち合いましょう」
「はい」「っ」
チマが第六への紹介状を
公爵家に恥じることのない高級車に揺られて側門へ。半ばシェオやビャスの顔を見せれば、細々した手続きも必要ないので第六騎士団詰所へ向かっていく。
「どうも初めまして〜。ブルード男爵家の養女、ブルード・リンと申します。チマ様リキュさんとは学友でして、実力を付けるべく修練の場に加わりたく参じました」
「おおう、リキュの学友か」
「はい。同じ生徒会役員で学年も一緒なので、お話をしたり生徒会で企画を詰めたりしています」
第六騎士団団長のキュルは息子の友人とみては気を良くし、
「ところリン嬢、レベルはいくつなんで?」
「三〇後半とだけ」
「そいつはすげぇ。ブルードってと西方貴族だが、実家もそっちか?」
「ええ、ルドロ村という場所でして。遠くない場所に穢遺地があり、小遣い稼ぎに通っていたんです」
「なるほどねぇ。卒業後は騎士団に?男爵家とはいえ地方だし、
「今のところは未定ですね」
「なんかあったら声かけてくれ、チマお嬢ん学友ってことなら大歓迎だ」
(当然だけどレィエ宰相の力が及ぶ圏内だと、チマ様の求心力ってかなり強いよね。
「聞いた通りチマお嬢のご友人だ、失礼のないようにな。時間もそんなに残っていないが、先ずは簡単なことからやっていくぞ」
「はいっ!」
先ずは基礎的な訓練。魔法を用いない騎士は身体能力強化のスキルを保有しているのだが、スキルは元となる者の身体能力に依存して強化が適応されて。
ただスキルポイントを割り振っているだけの者と比べると、日々修練を欠かさず鍛え抜いている方が実力を発揮する。
故に騎士という存在は、体を鍛え肉体を維持することも職務の一環であり、警邏や警備等の職務と同じように修練にも給金が発生するのだ。
そういうわけで第六騎士団式の修練に加わっていくリン、彼女はレベルもそれなりに高く身体能力強化にスキルポイントを割り振って、十分高い水準にいると思っていたのだが。
(結構キツいかも…)
現在第六騎士団にいる面々のレベルは40が基本となっており、魔法師(魔法を主に用いる騎士)ですら長距離移動や行軍に耐えられるよう身体能力強化にポイントを振り分け鍛えている、そんな場所。学業を怠っていないリンにはやや厳しい修練となっていた。
「はっ、はっ、ブルード・リン嬢、無理はなさらぬように!我々も、大変なのでっ!」
「はいぃっ!」
因みに学校卒業したて騎士志望の子息令嬢や、市井から試験に合格してきた者らは、六つの班に割り当てられ騎士見習いとして穢遺地へと送り込まれて、水準に達するまでレベル上げを行うのだとか。魔物と先達に揉まれたうえで、心の折れなかった者たちがこうして騎士団に配属されては、国のため民のために働いていくのだ。
「はっ、お前(めえ)ら今日はやる気じゃねえの。言っとくがチマお嬢の友人だ、粉でも掛けようってなら縄で縛ってゲッペに捨ててくるからな」
「「滅相もないです!!」」
「それじゃあ恥ずかしい姿なんかを見せるなよ、もう一通り追加だ!」
「「押忍!!」」
リンは無理をしすぎない程度に食らいついていき、ビャスの様子を確かめるべく視線を動かしてみれば、そこには汗を流しながらも確実に追いついている少年、いや青年の姿があり。
(きゅんっ!)
推しの流す綺麗な汗にトキメキ、
「これを毎日やっているんですか?」
「仕事の一環でもあるからな。今日はこんなところにしとくか、少し休んだら帰るといい」
「その前に、修練場を少しばかり借りてもいいでしょうか?」
「内容によるが」
「ビャスさーん、ちょっとお手合わせを願いたいのですが」
「っはい!?ぼ、僕でいいのならお願いしますっ!」
「今後もパーティを組むことがあると思いますし、
「手合わせね。
「ありがとうございますっ!」
それじゃあとリンは
「げぇ、鉄棍使いかよ」
「団長は苦手でしたよね、鉄棍。何故なんですか?」
汗を拭き取っていたシェオは、苦虫を噛み潰したようなキュルへと質問を投げかける。
「今の第四の団長いるだろ?俺の元上官なんだが、あの人の一撃が痛いのなんの。仕事サボっていた所を見つかった時は酷かった…」
「自業自得ですね…。リンさんは強いですよ、年齢に対してレベルが高いだけでなく、対魔獣に於いては経験をよく積んでいいます」
「シェオがそこまで言うんなら見学していくか。彼女が騎士団を志望する率はどれくらいだと思う?」
「低いですよ。お嬢様が積極的に取り込んでいましたし、座学の成績も二番手ということもあって、政務官の道が一番明るいかと」
「そういうね。然っかしチマお嬢が」
「お友達を得たことで変わり始めて、喜ばしい限りですよ」
「良いことだな。だけども、今みたいに離れる機会は減らしておけよ、悪い虫は付いてからじゃ遅いんだからな」
「…はい」
そんなことは
ティラミ・ビャス。レベル10。保有スキル、勇者【20/??】、剣術【30/35】、身体能力強化【30/40】、衛護【1/16】、刀術【1/14】、格闘術【1/7】、魔獣察知【1/2】、学問【1/2】、園芸【1/1】、怠惰の仕徒【1/1】等々。
ブルード・リン(タタン・リン)。レベル39。自然回復力【7/23】、鈍器術【7/38】、棒術【7/35】、回復魔法適性【6/58】、学問【6/16】、身体能力強化【5/20】、敵性察知【1/18】等々。
六尺鉄棍を手にしたリンは、正面に構えているビャスを見据えて、自身の動きを組み立てていく。レベル自体はリンのほうが高いのだが、チマからスキルポイントを与えられていることを考慮すると、『怠惰の仕徒』での力の不制御考慮しても格上。油断は出来ない。
(あたしも格好いいところみせないとねっ!)
(リンさんに不甲斐ないところは、見られたくないのでっ!)
最初にリンが動き出し鉄棍を振るう。
先ずは僅かな動作から繰り出される振り下ろしの一撃。軽々と振られるそれは、簡単に防げそうに思えていたのだが、ビャスが剣で受け止め、流そうとした際に骨を震わせる程の振動に驚き目を剥いていた。
(っ!)
押し切られたら拙いと本能が
剣先を抜けて降ろされた鉄棍が狙うのは彼の足。つまりは足払いをしようという魂胆なのだと即座に悟っては、大地を一本足で蹴り飛び後方宙返りを綺麗に決めた。
(間一髪、危なかった。リンさんは間違いなく、強い!手合わせだからって、気を抜いたら持ってかれる!)
(
夜眼族の身体が柔らかすぎるのだ。
次いでビャスが動き始め、両手で握られた剣で真っ直ぐな剣撃を繰り出す。夜眼剣術を扱っていた頃と比べ力が籠り鋭さも増した一撃なのだが、金属製で
(お嬢様から貰った
(力の制御が上手くできてないね。
わざと隙を作りビャスを鉄棍の間合いの内側へ誘ったリンは、先程まで攻撃に用いていた反対を彼の足へ絡めるように差し込んでは、一気に持ち上げて体勢を崩してみせた。
「っ!」
片足が上がって、「よっとっと」と情けない動きを見せた瞬間に鉄棍が引かれ、胴を突くべく根先が迫り。
(
全力で躱そうとした身体を逸したビャスであるが、直撃は避けきれず肩に命中。元々崩れていた姿勢へ勢いよく押されてしまった為に、
「へっ?――みぎゃ!」
リンの悲鳴と共に二人は転がっていく。
「
「っはい、大丈――ッ!!」
目を回しながら起き上がったビャスは、自身がリンの上に覆いかぶさるように、そしてチマと比べるとしっかりと膨らみのある胸部に顔を埋めていたことに気がつき、大急ぎで起き上がっていく。
「ごごごご、ごめんなさいっ!」
「え?あー…、別に大丈夫ですよ。手を貸してもらえますか?」
「はははいィ!」
手を出しだしリンを起き上がらせたビャスの顔は、茹でた
「今に起こしてもらったのでお
「えっと、あっと…は、はい」
本当にそれでいいのかと困惑しつつも、彼はリンの提案に
「全く…、リン様が許してくれたから良かったものを」
「はい、申し訳ございませんでした」
「いやいや、全然大丈夫ですよ」
「女性の胸部に顔を埋めるなんて、本来であれば両頬を出血するまで殴られても文句をいえないのですよ。それをわかっているのですか?」
「わかっていますとも。そのうえでビャスさんであれば問題ないということです。軸をずらされる程度の棒術しか繰り出せなかった私のせいでもありますので」
(他の男の人じゃ困るけど、なんてったって相手は
キリッとした表情を決めているのだが、頭の中はお花畑なリンである。
「そうですか。…お嬢様と修練をする時には気をつけてくださいね」
「……気をつけます」
「私とのことは運が良かったくらいに思ってくださいね、ビャス“くん”」
「…は、はいぃ」
ちらりと視線が胸に向かったことで、自身を意識させることに成功したと、リンは小さく喜んで。ビャスは再び頬を上気させるのであった。
―――
時を少し巻き戻し、生徒会室へ。
「一人で残るのなんて珍しいね」
「リンとビャスが修練に行きたいみたいでね。先に屋敷へ置いてってもらってもよかったのだけど、デュロの顔でも拝んで
「ははっ、学校へ通ってくれるだけでなくて、雑談相手もしてくれるなんてよく出来た従妹だ」
「隙があれば政務官にしようとしてくるのに今更なにを言ってるやら」
「今でも気は進まないかい?」
「…まぁ無しではなくなったわ」
「ほう、どういう心境の変化で?」
「リンよ。あの子、優秀じゃない?政務官になってくれれば、伯父様とお父様の行っている政策の旗頭になると思って、その手伝いをしようと考えているの」
「成る程、リン嬢か。いい考えだよ、是非とも二人を政務官として起用したいね」
華やぐデュロの表情にチマは笑い、和やかな雰囲気が一体を包んでいく。その様子を見た護衛たちは、邪魔にならないよう距離を居て警護を行う。
「正式に加わるのには、デュロが身の回りを固めて、私とリンが近づいても揺らがないような土台を作ってからだけどね」
「「……」」
顔を背けたラチェは「あちゃ~」と表情を作っては頬を掻いた。
「未だ決まってないのでしょ、伴侶」
「あ、ああ。どうしても心を決めかねていて」
「他人の事言えた立場でもないけど、拗れる前に決めちゃわないと大変でしょうに」
「大変だよ、既にね…。私の心は迷い迷って常に迷路の中にいる。昔に、自分で決めたいと父上と母上に言ってしまった手前、頼るわけにもいけなくてさ」
(あぁ、嘘ばかり…、嫌になるな)
寂しげな表情で眉をしかめたデュロは、眼の前に一緒に考えてくれているチマから視線を外せずにいる。
彼にとっての初恋は、気兼ねなく一緒に過ごすことが出来、何でも打ち明けることの出来たチマ。そして恋という病は今尚もデュロを
立場、種族、政治、そのどれを考えてもチマとビャスの関係を夫婦にすることは叶わず、最も近くにいてくれる最も遠い相手となってしまっており、彼は自身の阿呆さ加減を自虐的に笑うことしか出来ない。
(王后選びの話となると何時もこの表情よね。デュロもデュロなりに考え、迷っているみたいだから余計なことは言わないで、本当に困った時に助けられるよう心の準備をしておこうかしら)
「デュロ、困ったら従妹として力を貸すから遠慮なく言ってね。私じゃ頼りなかったら、伯父様たちから意見を集めてきたりも出来るし」
「ありがとうチマ。困った時は頼りにするよ」
(従兄妹、か)
異性として意識されてないことを毎度突きつけられても、覚めることのない恋の湧泉にデュロは「中々に重症だ」と笑う他なかった。
(聞きたくない気持ちもあるけど…)
「チマの方はどうなんだい。最近学校に来ているし、お眼鏡に叶う相手はいたり?」
「あいも変わらず
「学校以外には?」
「もっと難しくない?」
(シェオは諦めているのか手を拱いているのか、…立場的に踏み込めずにいるのだろうな。チマは鈍いところがあるから、思いを伝えなければ永遠に気が付かないと思うのだが)
どこぞの知らない相手よりも、チマの事を想い幸せを願えるシェオの方が、というのがデュロの思うところ。
…だが、
「?。どうかした?」
「はぁ…お互いに大変だな」
「そうね」
「…。」
「ところで何をしてたの?」
「勉強さ。私はチマみたいに賢くないから、毎日勉強をしないと置いていかれてしまうんだ」
「してみないに言わないでくれるかしら、してるのよ勉強。人並みには頑張っている
「ちなみに、だけど。今は何処を勉強しているのだい?」
「先生曰く、三年生のところ。
「はぁあ、嫉妬してしまいそうだよ、凡庸な私では」
「デュロが嫉妬?ふふっあははは、政務官にするのが怖くなったらいつでも言ってくれていいわよ。大手を振ってのんびり暮らしを満喫してあげるんだから」
「っ!そ、そんな気はさらさら起きないさ。その頭脳は宰相として使ってもらいたいところだ」
ずいっと近寄ってきたチマから漂う
「なになに、
「ああ、序でに予習もとな」
「それじゃ私も一緒に復習しようかしら―――」
そういって更に近づいてきたチマに、昔から変わらない姿を重ねて、デュロはなんとも言えない表情を浮かべて勉強へと戻る。
「
他の役員が来ることのない生徒会室で、
(殿下もチマ姫様も違う立場であればきっと…)
(…。)
ラチェの心内を悟って麗人の護衛も小さく肯いた。
「お嬢様、お迎えに参りました」
「もうそんな時間。それじゃ私は帰るけど、デュロも途中まで一緒に行く?」
「そうさせてもらおう」
広げられた勉強道具を片付けては鞄に蔵い、麗人の護衛に手渡しては生徒会室に施錠をする。
「今日は他の方々が来なかったんですね。バァナ会長はよく見かけるので、いると思ったのですが」
「バァナは三年だから色々と忙しいのだろう」
其の実、バァナやプファはやってきていたのだが、生徒会室で仲良く勉強している
デュロとチマ御一行が校舎内を歩いていき、鍵を返却するために職員室へと寄れば、見慣れない大人が一人、チマを見つけては歩み寄ってきて護衛たちは警戒の色を露わにした。
「いやすまな、すみません!自分は李月から教師として雇われるバレン伯爵家のバレン・シュネと申しまして、布陣札で有数の実力者であるアゲセンベ・チマ様にご挨拶をと馳せ参じた次第です」
糸目に片眼鏡、着崩された白衣と胡散臭い風貌の男。
「そう、バレン・シュネね、名前は覚えたわ」
「光栄に御座います」
「だけど、先ず挨拶をするのは、こっちのデュロの方だと思うのだけど」
「ガレト・デュロ殿下もご一緒でしたか!これは失礼いたしました!」
「気にしなくていいさ。だが…チマが布陣札に強いと知っているとは、随分とそっちに造詣が深いようだが」
「下手の横好きと自他ともに認めるくらいには入れ込んでいまして、仲間内で一番強い卓越者は誰かという話題で上がりました、アゲセンベ・チマ様を知った次第です!」
(バレン・シュネ。この人も攻略対象のキャラ、布陣札の対戦相手では最強で、ちょっとおちゃらけた風が人気を博していた。布陣札に入れ込んだあまり、本業の家庭教師を疎かにして、実家から学校の教師として押し込まれたんだよね〜)
片眼鏡を持ち上げては、糸目を開きチマを視界に納めていく。
「その話し合いでは、誰が一番強いと結論付いたの?」
「ロォワ陛下ですね。アゲセンベ・チマ様は公式戦及び国際公式戦での戦歴がありませんから」
「あら、残念ね」
「いきなりで不躾だとは思いますが、
「いいわよ、挑戦者は拒まない主義なの」
「ありがとうございます!」
「それでは私たちは帰宅するので。また会いましょう、シュネ先生」
「はい、お気をつけて」
(デュロ殿下、シェオさん、バァナさん、シュネ先生、そしてビャスさん。攻略キャラは全員揃っちゃったな〜。ゲーム内のシュネとチマには一切の接点がなかったけれど、布陣札という明確な接点が生まれてしまった。…どうなっちゃうんだろうなぁ)
リンはゆらゆらと揺れるチマの尻尾を見ながら、一行と共に下校していく。