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七話 スズキのカルパッチョ!

 鼻歌交じりに街を歩いて私服や根系統の武具などを見て回るのはリン。ゲッペの穢遺地あいゆのちで、それなりの収入を得た彼女の懐は暖かく、多少の無駄遣いをする程度の余裕はあった。

(ビャスさんはいないだろうけど老夫婦のパン屋に行ってみようかな。大まかな位置と背景イラストしか情報はないけど、まあいけるでしょ〜)

 呑気しきりなリンは歩き慣れていない王都を進んでいくが、それらしい建物を見つけるには王都は広すぎて、長椅子に腰を下ろして休憩とする。

(ゲーム通りに物語が進んでたら…、ビャスルート進むのめちゃくちゃ難しくない…?いやまあ隠しルートなんだけども、情報が足りなすぎるよ)

 足を投げ出し果実水で喉を潤していれば、見慣れない男衆三人がやって来て前に立ちはだかった。リンは面倒だと思いながらも視線を上げてみれば、下卑げびた表情が並んでいた。

「お嬢ちゃん、お暇なら一緒にお食事でもしませんか?いいお店を知ってるんですよ」

(ナンパか客引きか、若しくは誘拐か。そこそこ良い服着てるし貴族家のご令嬢とでも思われてるのかな?…、いや養女だし間違ってはいないけど)

「恥ずかしながら武器の購入で手持ちが全然なくって〜」

 ちらりと見せるのは手提げ鞄に収まる鉄棍てっこん一本。長さが足りない影響か、一本では棒術スキルが乗らないのだが、重い金属の塊三本を持つよりは楽だと、護身用に持ち歩いている品を見せつけ笑顔を作る。

 王都内での武具の佩用はいようは一応のこと届け出が必要となる。無くても持ち歩く者はいるのだが、騎士団や警務団に佩用についての彼是あれこれを尋ねられた際の対処が異なってしまう。

 物のついでに佩用許可証を見せれば、面倒そうな相手だと悟って男衆は何処かへと消えていく。

(王都内で態々わざわざ武器を所持している人なんて、残響炭ざんきょうたんを集めに穢遺地に行く人ばっかだし、大体は武器スキル持ち。変に近寄ろうとは考えないよね)

 どうしようかと考えていれば、またもや声を掛けられて視線を移す。

「…っあ、あのリンさん。こここんにちは」

「ビャスさん、こんにちは。…あれ、今日はお一人ですか?」

 街中でビャスに会うのなら、主であるチマも一緒であると考えて探るも、…姿はなし。

「…王都の土地勘を養うために、お、お使いに出ているところですっ」

「なるほどね〜。今日はなんのお使いなんですか?」

「仕立て屋に僕の服を取りに。二着の着回しは良くないからって」

「そういうことでしたか、…ご一緒しても?」

「…お面白くはないですけど」

 怯々おずおずとした態度であるが、否定的な色は見られない。

「暇つぶしに街を歩いてただけだし問題ありませんよ。じゃあ行きましょうか」

「はいっ」

 リンは立ち上がり、ビャスの隣へ並んで歩く。

「アゲセンベ家でのお仕事は如何ですか?」

「………皆さん親切に仕事を教えてくれて、す少しずつですが護衛以外も出来るようになりました。お庭の手入れをお手伝いしたり、この前はマカロさんが毛玉を吐いていたので片付けました。あ、でもマカロさんのブラッシングをしようとしたら逃げられてしまって、…ぶブラッシングと爪切りに関しては一部の方以外許してくれないみたいなんです。面白いですよね」

「頑張っているのですね」

「……っはいっ。その、…話し始めに言葉が詰まったり連続したり、言葉が不自由な僕でも受け入れてくれるアゲセンベ家の方々は、お、お父さんとお母さんみたいで役に立てたらって、頑張ってます」

(ビャスさんは早くに流行り病で両親を失い、吃音きつおんもあって村では冷遇されてきた。居た堪れない過去をもっているのはゲームでも変わらずで、パン屋の老夫婦を両親のように慕っていたから、…そういう愛情に飢えているんだろうな~…。アゲセンベ家に仕える人たちは平民の出が多いみたいだし差別や冷遇もなさそうなところを聞くに、こっちの世界でも善い人たちから可愛がられてて何よりだよ)

 推しの表情は幸せそのもの、衣食住に困ること無く、役目を与えられ頼りにされ、冷遇なんてされることもない。リンは仕事の彼是を語るビャスを可愛く思いながら、話しにしっかりと耳を傾けていく。

「そういえばマカロさんってアゲセンベ家で飼われている猫ちゃんですよね?」

「は、はい。そうです」

「前回お邪魔した時には見られなかったのですが、どんな猫ちゃんなんですか?」

(ゲーム内でも登場していない猫。…いや飼われていたのかもしれないけれどゲームのチマは寮暮らしで、屋敷は背景すらない程登場しなかった)

「……っ大きさが九〇センチくらいで、鼻から尻尾までです。毛色は橙色オレンジっぽい茶色の、落ち着いた性格で…ええっと、触るだけなら全然怒ったり逃げたりしないんです」

「九〇センチ…、結構大きいんですね」

「…はい。お嬢様が抱きかかえている姿をみると、ちょっと驚きます」

 チマは結構小柄な体躯をしているのと、本人も猫系な見た目なので、大きな毛玉が服を着て歩いているようにみえるのだとビャスは語る。

「学校に行ってない日はお嬢様に毛繕いブラッシングしてもらってたり、私室の長椅子で一緒に丸くなって寝ているんですよっ」

「見たいっ!!」

「っ!?」

「あっごめんなさい、つい大きな声をだしてしまって。チマ様とマカロさんがお昼寝している姿なんて、眼福だと思ってついつい気持ちが高ぶっちゃいました」

 ペコリとリンが頭を下げれば、ビャスは大丈夫だと身振り手振りで表して、頭を上げてもらう。

「ぼ、僕も驚いただけなので、大丈夫です。ただ…、…お客様が来ている間にお昼寝をすることはないので……」

「そんな何がどうしても見たいってわけじゃ、…わけじゃないけれど。ちょっと惜しいです」

 良い策はないかとビャスは首を傾げていく。


―――


「っくしゅん!」

「体調不良ですか?」

「心当たりはないのだけど、まあ要人はしておくわ」

「なら本日のお勉強はこのくらいで片付けましょうか。学校では退屈と仰言ってましたし」

 教本を閉じた家庭教師は、メガネを蔵い一息つく。幼少からチマに勉学を教えてくれている彼女は、ニコニコと笑顔を浮かべてはお茶の用意をして、茶菓子を並べた。

「そろそろ家庭教師も不要になってしまいますかね」

「そうね、後二年半くらいかしら」

「うふふっ、後一年もしないうちに、三年生までの勉強は終えてしまいますよ」

「なら学院の勉強でも良いわ、先生であれば教えられるでしょ?」

「学院となると私も勉強し直さなくてはいけませんねぇ」

 ほのぼの笑顔の家庭教師が用意した茶で喉を潤し茶菓子を食んでいくと、長いこと彼女と顔を合わせているが相手のことをよく知らないとチマは考えた。

「先生は普段は何をしているの?別の生徒への家庭教師?」

「チマ様にお勉強を教えていない時は、学院で勉強を教えています」

「学院の先生だったのね。…なら勉強のし直しなんて必要ないんじゃない?」

「間違えがあってはいけませんので、教師というのも日々常に勉強なのですよ。昨年の常識が今年の常識とは限りませんから」

「ふぅん、そういうものなのね。でも史学なら、過去が変わることなんてないし気楽でいいわ」

「うふふっ、歴史もそれなりに変わるものなのですよ。新しく発見された文献が、今までの解釈をひっくり返すなんてこともありますので。直近、といってもチマ様の生まれる前なのですけど…ケニャ王の在位期間が違っていたという話がありまして」

昇暦一〇四一年いきはよい即位のケニャ王よね。王子であったクォへ王に譲位するも病で亡くなってしまい、再び王座について崩御されるまで王の責務を全うした」

「はい。二年間と短い期間ということもあり、クォへ王が即位した記録が失われていまして、フュン太上王が一一五代から一一七代に変わる大騒ぎだったのです」

「第何代って事細かに記録していたわけじゃないのね…」

「みたいです。その時の気分で名乗っていた時期もあるみたいで、面白いですよね」

「ご先祖様ながら少し頭が痛いわ。…記録が新たに見つかれば、これからも変わる可能性があるし…実はフェヴ王とは血縁がありませんでした、なんて言われる可能性もあると」

「そうです。後者に関してはここ一〇〇〇年弱は確実な記録があり、公表がされた場合に王権が揺らぐことはないですが」

「地盤を崩そうとする輩は現れるだろうし、国は荒れるわよ…」

「ドゥルッチェ王国は幾度となく危機に見舞われましたが、乗り越えてこれた歴史を持っています。これからもきっと、我々ドゥルッチェの民は、王家に寄り添い歩んでいきますよ」

「そういう時は知恵者である先生に頼るわ」

「しがない一教師に務まる事とは思えませんが、チマ様のお願いであれば断れませんね」

「あっそうだわ。ちょっと先生にお願いしたい事があったのよ」

「そうなのですか?」

「再来年には周年式典があるでしょ?それに際して諸外国について学んでおきたいの。流石に先生一人では大変だと思うから、必要なお給金を払うから頼りになりそうな方を引き入れてくれていいわ」

「なるほど。そうですね、チマ様のお立場であれば諸外国の賓客とも接することはありましょうし、諸外国文化と軽い歴史は学んだ方が良いですね。…畏まりました、頼りになる宛もありますので李月7月を目処に開始しましょう」

「頼りになるわ、先生。お父様には私の方から連絡をしておくから」

「よろしくお願いします」


―――


「…っこ、この辺りのはずなんですが」

「地図を見せてもらってもいいですか?」

「…っ」

 コクリと肯いたビャスはリンに手書きの地図を渡し、迷子からの脱却を試みる。

 この二人は道に迷っていた。どちらも王都外の出身で土地勘があまりなく、大まかな地図での移動であったが故に、おかしな場所にいた。

 『ここが近道!』『こんな感じのワンちゃんがいるお宅の三軒先を曲がる』『道中、このお店でおやつを買うと良いですよ』等々、余計な情報が妙に多い、市井に歩き慣れた者の地図を見て、リンは目を覆った。

 有用な情報はあり、辿り着けないことはないのだろうが、目印ランドマークが一々細かくて見つけるのが大変なのだ。あと妙に小道を進ませたがる。

(出来の悪い地図アプリかっ!)

「これって、誰が書いてくれたんですか?」

「……シェオさんです。っ街中には詳しいみたいで、色々と書き加えてくれて」

(切れ者なのかポンコツなのか…)

 キャラ変はなはだしい侍従に呆れながら、二人は道を戻って目印を探していく。

「ここを…行けばいいのかな?」

「たた、多分」

 一つ見つけてしまえば後は芋づる式に見つかっていき、地図の指示も少なくなってきた。

 『この辺は少し治安が悪いですが、新参者でもない限りアゲセンベ家の使用人衣を見れば、手を出すことはありません。絡んでくる者がいた場合はこの地図を見せて、尚も絡んでくるようならビャスの実力で捩じ伏せてください』

「えぇ…」「え、えぇ…」

 なんともまあ無責任だが、それくらい乗り越えられるという、実力に対する信頼か。

 本日のビャスはサーベルを佩用はいようしていない。つまりは徒手空拳としゅくうけんで悪漢を倒さなくてはいけないのだが。

「いざとなれば私もいますので、さっさとお使いを終えましょうか」

 と一歩踏み込んだ瞬間に柄の悪い男と鉢合わせてしまい、リンは自分の運の無さを呪った。

「良い身なりの坊っちゃんに嬢ちゃんじゃねえの。へへっ、どこ行きたいか知らないが俺が案内してやろうか?」

「はい」

「ん?地図だぁ?」

「ぷ、ははは!嬢ちゃん坊っちゃんのガキ二人で、レベル24の俺を倒せるとでも思ってんのか?」

「えーっと〜…」

「いいからついて来い」

ったぁ!」

 リンは腕を掴まれ無理矢理引っ張られた結果、体勢を崩し膝で地面を突いてしまう。擦りむいたのかじんわりと赤色がスカートに滲み、面倒くさそうな表情を露わにする。

「ちょっと―――」

「………っリンさんから手を離せ」

「んだよガキ。お前は持ち物置いてどっか行っていいぞ」

「離せって言ったんだ!」

「チッ、うるせぇな。これだからガキは嫌なんだよ」

 リンから手を離した悪漢は拳を握りビャスに殴りかかった。

 が、それを軽く、最低限の動きでかわして、ビャスは力勁ちからづよくく踏み込んで拳を突き立てた。

 次の瞬間にはドンガラガッシャンと音を立てて路地を転がる男の姿がそこにあり、何が起きたのかわかっていないビャスとリンは目を丸くする。

(なんだ!?今の力!)

「うぐぁ!」

 格闘術は取得していないビャスは、拳の使い方が悪かったようで手首を骨折し、うずくまって悶え苦しむ。

「今回復するから!カイラ!」

 リンは大急ぎで回復魔法を使い治癒していけば、手首の骨折は瞬く間に治癒仕切り、涙目のビャスは礼を言う。

「っありがとうございました」

「いいのいいの、守ってくれたんですし。おあいこってことで」

「…、ですが、その、服も駄目にしちゃいました。しししっかりと僕が弁償するんで」

 あわあわと二人が会話をしていれば、騒ぎを聞きつけた住民たちが顔を見せて状況の把握に努めている。

「ん?その使用人衣はシェオの所か。…、んでこの見慣れない奴は、あんたさんらに絡んだ、ってところか?」

「はい、強引に何処かへと連れて行かれそうになりまして…」

「っ!」

 力強く肯くビャスを目に住民たちは二人を取り囲み。

「お嬢ちゃん、膝小僧を怪我してるじゃねえの。アゲセンベんとこあんたは大丈夫かい?」「何か布でも持ってこようか?」「消毒ってのした方が良いんじゃないか、良いとこのお嬢さんみたいだしさ」

 なんて話し合いを始めていく。

「怪我は大丈夫です。回復魔法を使えますし、自然治癒も持ってますので」

「そうなのかい?ならいいんだけも。お嬢さんはアゲセンベ家に関連する人?」

「直接ではありませんが、チマ様のお友達で」

「アゲセンベのお嬢様の友達!?」

「こいつ、とんでもないことしてくれたな…」

 ざわめく一同は延びている悪漢の様子を確認しては、どこに捨ててくるかを相談し始めていた。ここは住民たちの縄張りであり、外部の厄介事を引き込む相手には厳しい対応をしているのだろう。

「まああれはこっちで処理しておくから、お二人さんはもっと安全な場所に行きなさいな」

「はい、そうします」

「…っ、その、服屋に行きたくて!」

 ビャスはリンから地図を受け取って住民へ見せれば、全員揃っての呆れ顔。

「まったく、シェオは…」「もっと安全な道を教えれば良いものを…」「こっちへの紹介も兼ねてんだろうがなぁ…」

 親しいと思われる面々からもこの評価、よくあることなのかもしれない。

「また変なのに絡まれても可哀想だ。付いてきな!」

「っは、はいっ」「よろしくお願いしますっ」

 悪い人じゃなさそうな住民の後を追っていけば、大通りへと出て目当ての仕立て屋を発見。二人は胸を撫で下ろす。

「街歩きに慣れてないみたいだし、あんま細い道は使わないようにな」

「承知しました」「っ!」

「そんじゃ、シェオによろしく伝えてくれ」

 ひらひらと手を振って、住民は路地へと消えていった。

「仕立て屋に行きましょうか」

「はいっ」

「「…。」」

 意気揚々と踏み出せば仕立て屋の隣には、アゲセンベ家の車輌が停まっており、二人もまた呆れるのであった。


―――


「なにかお使いに出していることは知っていたけど、結果的にリンとビャスに怪我を負わせてスカートも駄目にしてしまったと」

「はい、その通りにございます。リン様は謝罪を受け入れていただけまして、スカートの弁償と病院の診察代を私がお支払いするとお約束いたしました。ビャスへも謝罪を行い、許しをいただくことはできました」

「シェオ、貴方は時折自分目線で物事を測り進めてしまう嫌いがあるわ」

「…はい」

「先ずは一旦、落ち着いて本当に大丈夫かどうかを考え直してから進むこと。いいかしら?」

「胸に刻みます」

「そうね…、自分に問うてもわからないのであればトゥモみたいな、視点の異なる相手に判断を仰ぎなさい。シェオからの相談であれば、アゲセンベの者は快く考えてくれるから。言っとくけど私でもいいのよ、貴方の主で貴方を心を置く一人なんだから」

「ありがとうございます、お嬢様」

「はい、これでお説教は終わり。とりあえずリンとビャスを呼んできて頂戴…ちょっと待って。私の前に来てひざまずきなさい」

 チマの言う通りに跪いたシェオは、気持ちの良い毛並みをした彼女の両手で頬を包まれ、驚きを表情にして発露させた。

「お嬢様なにを?!」

「辛気臭い顔をしてたからほぐしてあげているのよ。普段は図太い性格しているのに、ちょぉっと怒られたら直ぐこれなんだから。シェオが私と一緒にスキルを取得しようと一緒に頑張ってくれたみたいに、私も貴方が失敗をしようと放りだしたりしないわ。損失を出したら支払うし、誰かを怒らせたら一緒に謝る。…罪を犯したなら、共に償う。それくらいの覚悟を持ってシェオを手元に置いているの」

「お、お嬢様…」

「わわっ、泣き出してどうしたのよ」

「すみません。すみません…昔を、亡き母を思い出してしまって」

「そう…。お母様の事は好きだったの?」

「大好きでした。…病にふせせってしまい、私や近所の知り合いと孤児院の先生の協力虚しく、この世を去ってしまいましたが。…大好きな母でした」

「シェオのお母様がどんな方かは知らないし、お母様になってあげることはできないけれど、あと少しの間だけ一緒に居てあげるから、いつものシェオに戻れるよう尽力なさい」

「…はい、ありがとうございます、お嬢様」

(どっちが従者なんだか)

 チマはシェオの手を握り、涙を拭いては甲斐甲斐しく世話を焼いては立ち直らせていく。


「醜態を晒しました…」

「良いわよ別に。何かあったら、『お母様ママですよ~』って攻撃できる手段を手に入れたのだから」

「…。」

「ほらリンとビャスを呼んでらっしゃいな」

「すぅー…、…はい」

(顔真っ赤にしちゃって。案外に子供っぽいところもあるわね)

 忙々いそいそと部屋を出ていったシェオが、今回の件で被害を負った二人を私室へと連れてきて、チマが着席を促す。

「シェオが原因となり二人に怪我を追わせてしまったこと謝罪いたします」

 立ち上がったチマは垂直に腰を折って頭を下げての謝罪を行う。

「だ、大丈夫ですよチマ様!そこまでしていただかなくても!シェオさんにはもう謝罪をいただきましたし、弁償もしていただけるということなので」

「っっ!」

 首を激しく振るうビャス。

「弁償に関してもシェオではなく、私、アゲセンベ家から行わせていただきます。我が侍従が至らぬが故に招いた無礼をお許しいただければと」

「大丈夫です!全然許しますんでっ!」

「はははいっ!だだ大丈夫です!」

「ありがとうございます」

 にこりと微笑んだチマは、シェオにも着席を促してから自分も席に着く。

「本当にごめんなさいね。シェオはちょっと考えに至らないところがあって、これからも迷惑をかけてしまうかもしれないけど、邪険にしないでくれると嬉しいわ」

「申し訳ございませんでした!」

「普段のシェオさんを知っていますから、これくらい悪く思ったりしませんよ」

「しませんっ」

「良かったわぁ。シェオ、土地勘を養ってもらいたいなら、今度からは詳しい者も同行させるようにね」

「承知しました」

「ふふふっ、さっきまでのシェオったら面白くってね」

「わ、わー!ちょっと!」

「叱られてこんなに丸くなっちゃってたのよ。普段はあんななのにね」

「お嬢様!?」

 仔細を語ることはないが、シェオをからかう材料として面白がったチマは、赤面する彼をみて大笑いし沈んだ空気を吹き飛ばしていく。

「ところで」

「ところでじゃないですよぉ…」

「話しによるとビャスが一殴りで悪漢を吹き飛ばしたなんて聞いたけど、もうちょっと手加減してあげないと駄目よ?」

「…っ力の制御が、上手く出来なくて」

「なるほどね。リンの身に危険が差し迫っていたのなら仕方ないところはあるけど、必要な時に必要な手加減を出来るよう心がけるようにね」

「っ承知しましたっ!」

(咄嗟のことで理解が及ばなかったけど、ちょっと前までレベル3だった実力じゃないよね…。実際はレベル3っていうのが嘘で、もっと高レベルだとか?態々レベルを低く見せる理由ってなんだろう)

 探りを入れたい気持ちがあるものの、彼女らが自分から打ち明けてくれるのを待っていた方が美味しいと考えて、気持ちをそっと抽斗ひきだししまおうとしたのだが。

「ねえ、リン。友達になって日が浅いけども、こっちの派閥に属してしまわない?派閥なんていうけど、実際は私とシェオとビャスの合計三人、学校だと実質二人のね」

(チマ派閥、いや王弟宰相アゲセンベ派閥と考えたほうが良いよね。現在の状況を鑑みれば政的に一番強い派閥ではあるけど、対立派閥も多い、けどブルード家は)

「ブルード家は中央から離れたブルード領の領主家で、所属派閥は西方領派閥。彼らはお父様派閥ではないけれど王弟親和派、悪くない話しだと思うのだけど」

 考えが読まれているかのような的確な言動に、リンは息を呑む。

「生徒会に属している以上、デュロ派閥に入っちゃうのが一番美味しいとは思うのだけど、リンのことは手放したくないのよね。こうして私室に入れて、漫画が詰まっている本棚を見ても気にした風はないし、シェオとビャスに対して高圧的な態度も取らない。末永く隣に居て欲しい人材なの。とりあえず時間を置いてもいいから――」

「喜んでチマ様派閥に加わります!」

「あら、即決なのね。天秤にかけてもいいのよ?ブルード家とのこともあると思うし」

「ブルード家に関してですが、昨日ブルード男爵様と会食を行い、生徒会に加われた事と王弟宰相の娘チマ様と交友関係を結べた事を報告いたしましたら、大変喜んでおられました。西方領は立地が良いよは言えず地位の高くない貴族家が多いが故に、レィエ宰相の幅広く国民が活躍できる政策へ賛同したいと考えているのです。ですからチマ様の派閥に入れるのであれば、故郷が活気づく切っ掛けになるだろうと、学校での縁を大事にするように言われまして」

「西方がそこまでね」

 少しばかり考えこんだチマは、リンへと視線を戻し微笑みを返して手を差し出し握手を求めた。


「んなお」

「いらっしゃいマカロ。紹介するわね友達のリンよ」

 チマの部屋に繋がるマカロ用の小扉を潜り抜けて、魅惑のもふもふが顔を見せる。チマの膝に飛び乗ってはリンへ顔を向け、そのまま欠伸あくびをして丸くなる。

「この子はマカロ。女の子だし、妹みたいなものね」

「大きな妹ちゃんですね」

「まさかこんなに大きくなるなんて思いもしなかったわ」

 チマに撫でられているマカロは気持ちよさそうに、ゴロゴロと喉を鳴らしている。

「リンには私たちの秘密を一つ打ち明けるわ」

「秘密、ですか」

(今更転生者でした、なんて言われたらどうしよう。同担ビャスさん推しだったら泥沼に!?)

 何を明かされるかと拳を握って待っていると、チマは自身の手の甲に円を描き、息を吹きかけて巻紙を生成した。

 アゲセンベ・チマ。レベル21。怠惰たいだ【1/1】

(怠惰?怠惰って何?どういうスキルなの?)

「これが私の所持する唯一のスキル。詳しいことはわかっていないけれど、レベル上昇時のスキルポイントが一〇倍になって、他人へスキルポイントを譲渡出来るみたいなのよ」

 余剰スキルポイントは0。つまりは、この秘密を知っている二人に渡されていると理解して、ビャスの強さに納得する。

(どれくらいの配分で渡しているかは不明だけど、レベル1の段階で所持、2でスキルを振っているなら200ポイント近くが割り振られているってこと…!?)

 レベル100超えが目の前にいることに気が付き、シェオがビャスに一人で市井に、それも路地裏を通るような真似をさせた理由にも納得がいく。

「期待させちゃったのなら悪いのだけど今はスキルポイントがないし、私が責任を負ってあげられない相手に譲渡する心算つもりはないの。ごめんね」

「そういうのは別に大丈夫です、今でも困ることはないので。…この秘密はどれだけの人が知っているのですか?」

「此処にいる四人とお父様お母様ね。一応のこと伯父様も知っているかもしれないけど、それ以上は伝えてないはずよ」

「お嬢様が自由に動けている以上は、親族と我々に限られた情報となっております」

「だから秘密にね」

「はいっ、チマ様に秘密を打ち明けてもらった、その意味を然と噛み締め胸に蔵いたいと思います!」

(私の秘密は…まあいいかな、チマ様を余計な情報で曇らせたくないし。ただゲームの世界のチマには、今のシェオさんやビャスさんのようにずば抜けて強い仲間はいなかった。だから…、実力一本で作中最強になっていたんだ…)

 そして現在のチマは信頼できる相手がいて居場所があり、自身一人で強くなる必要がないこの状況をリンは心の底から好ましく思っていた。


 雑談を暫くして。

「ねえ!今日はうちの泊まっていきなさいな、明日もお休みだし!やってみたかったのよね、お泊り会って」

「いいんですか、急な宿泊となってしまって」

「人一人増えたくらいでどうこうなるアゲセンベ家じゃなくってよ!」

「それじゃあお言葉に甘えまして」

「ふふん!シェオ、学校の寮へ、リンがうちに外泊することを伝えてくるように誰かを走らせて、ビャスはトゥモと料理場への連絡を!」

 パンパンと手を叩けば、二人は大急ぎで退出し各々の職務を全うしていく。

「寝衣は私のを…、無理そうだし手頃なものを用意させるわ」

「あ、ありがとうございます」

 『手頃なもの』とは急ぎ買いに行った新品だと分かった時に、リンは空を仰いだのだとか。


「えーっと…、?お二人は何故漫画を読んで寛いでいるのですか?」

「先ずはゆっくりしようって話になって、おすすめの漫画を教えてあげたの」

「こういう娯楽って田舎だと手に入らなくて〜」

(現代的な娯楽に飢えていたんだよね。流石に初めての訪問で読ませてもらうわけにはいかなかったし)

「まあ良いですけど。優雅にお茶会を開催ひらいたり、布陣札以外の盤上遊戯をしたり、…あるじゃないですか!」

「お茶会ならほら、お茶と茶菓子はあるじゃない。やってることは間食と雑談なんだから、一緒よ一緒」

(間違ってはいない気もする…)

 むっとするシェオを見て、チマは僅かに考えを巡らせてから。

「じゃあ演奏でもする?楽器は一通りあるはずだけど、リンは何が演奏できる?」

六弦琴ギター竪笛フルートですね、あまり上手くはないですが」

(フルートは吹奏楽で、アコギは趣味でやってたからちょっとだけできるんだよね)

「知っている曲は?」

「最低限しか知らなくって…」

「ならいい機会だし覚えていきなさいな、授業でもやる筈だから」

 そういってチマは六弦琴と小柄な竪琴ハープを用意させ、二人で演奏を開始するのであった。


 ゆったりと時間を過ごしていれば夕餉の時間となり、チマはリンを連れて食堂へ向かっていく。

「お父様お母様、私のお友達を紹介いたします、ブルード男爵家の養女、ブルード・リンですわ!」

「お初にお目にかかります、ブルード男爵家に支援を行ってもらっている養女の、ブルード・リンと申します。宰相さいしょうレィエ様や王妃の侍女をなさっているマイ夫人のお話は方々から伺っており、こうして直接目通りできたことを光栄に思います」

「ご丁寧に。私はアゲセンベ・マイ、ここ最近チマが楽しそうにしている切っ掛けをくれた子でしたよね。こちらの方こそお会いできて光栄ですわ、ブルード・リンさん」

「宰相の職を努めているアゲセンベ・レィエだ。娘が世話になっているようだが、これからも愛想を尽かさず交友関係を続けてくれたなら私達は嬉しく思うよ」

「ふふん、それじゃあお食事にしましょうか!」

 客人をもてなすため、チマがリンの席まで案内をしては食器を手にとって、一口ずつ食んでは味が問題ないことと毒が仕込まれていないことを示す。

「問題ないわ、流石アゲセンベ家の料理人たち。ではリン、どうぞ。とっても美味しいわ」

 満面の笑みを咲かせる輝かしいチマに釣られてリンは頬を緩ませ、楽しげな夕餉時をアゲセンベ家で過ごしていく。


(生魚のカルパッチョ!?この王都で!?)

 リンは食卓に並べられた食事を楽しんでいたのだが、すずきのカルパッチョを目にしてはがっつかないように小皿へ盛り付けて食めば、ほんのりと鱸の臭みが残っているものの旨味は損なわれておらず、橄欖油オリーブオイル檸檬れもんの甘酸っぱさがよく調和してご満悦な様子。

(最っ高~!)

「気に入ってくれた?私も好きなのよね、カルパッチョ」

「ええ、最高です。海のお魚を新鮮なままいただけるなんてなんて幸せなんでしょう、チマ様には美味しいものばかりご馳走してもらって」

「ふふっ、彼是あれこれ考えずに楽しみなさいな。因みにおすすめは帆立貝ホタテガイよ」

「帆立も?!」

(リンって魚好きだったのね。事前に呼ぶことが分かっている時は、料理人たちに頼んでおこうかしら)

 幸せそうに食事をするリンをみて、チマは微笑みながら新しい小皿へ食事を取っていく。

「ところでリンさんの故郷はどんな場所なのでしょうか、私はカリント出身ということもあってあまり方々には詳しくありませんの」

「私はルドロ村という場所の出身でして、葡萄ぶどうの栽培地として有名なんですよ」

「葡萄の。なら葡萄酒などはブルード領産が多かったりするのでしょうか?」

「そうなりますね。確か…国内では一番の生産量だとかブルード男爵が仰ってました。雨が降りにくく乾いた、日照時間の長い寒暖差の激しい土地、ちょっとした苦労の耐えない場所です」

「大変ですねぇ。リンさんのご実家も葡萄農家を?」

「はいっ。名前の通り葡萄月8月となると収穫の時期でして、村総出で収穫し、そのまま出荷したり加工したりと大賑わいなんです」

「ブルード領の高級葡萄酒はどれも有名だね。たしか…先週に飲んだのが、そうだったはずだよ」

「そうだったのですね。渋みの少ない爽やかな口当たりは、ついついグラスを傾けてしまう魔力があり、非常に美味しい一品でしたわ」

「っ、帰郷した際にはマイ夫人からお褒め頂いたとお伝えします!」

「よろしくお願いしますね」

(めっちゃいい人たちっぽい、流石チマ様のご両親!…なんて言えたら良かったんだけど、レィエ宰相周りは確実に可怪しくなっている特異な存在だ。どういう考えの下で行動をしているかは不明だけど、理から外れた存在あたしと同類だ)

 表情に出したりはしないものの、一挙動一投足を気にかけながらもリンは夕餉を楽しんでいく。…よくもまあ楽しめるものだ。


「ブルード・リン嬢、一つ話があるのだけど席を移しても構わないだろうか?」

 レィエが提案すると同時にトゥモが食堂内に机と椅子を並べさせて、机上には加工残響炭と赤色角灯せきしょくかくとうが置かれる。

「赤色角灯なんて用意して、なんのお話をするつもりですの?」

「西方領の事を聞いておきたくてね」

 ふぅん、と吐息を吐き出したチマは、尻尾を揺らして食後の甘味を突く。

 赤色角灯とは密談用の魔法道具。一定はいないでの会話を外に漏らさない品で、色が濃くなればなるほど効力が増す。真っ赤なこの角灯は、音だけでなく唇の動きまでも読み取ることが出来なくなる、上位貴族御用達の逸品だ。

「畏まりました」

(堂々と行動を起こしてきたし…、西方領と言われてしまえばブルード家のこともあるから断れない)

 席を移して対面すると先程までの柔らかな表情のレィエとは異なり、真面目な仕事をする宰相の表情である。

「前座たる雑談はもう十分しただろうから、単刀直入に問わせてもらう。チマにはべる理由はなんだい?」

「…、チマ様が幸せに楽しく“来年”を迎えられる為です」

「来年、ね。やっぱり君もこっち側か」

「ということは、レィエ宰相も、ですか?」

「ああ、驚かされたよ。まさか推しの父親に転生するなんて思いもしなかったからね」

「…。ということはレィエ宰相はチマ様の為に、世界を狂わせていると」

「そういう事だ。私としては正史を迎えてチマを失う選択肢はない。本来であれば敵にしかならない君への妨害を兼ねて、多くを変えさせてもらったのさ。多少、悪いとは思っているけれどもね」

「お陰様で初動は確実に遅れましたよ…」

 項垂うなだれるような仕草をすれば、視線が刺さり。

「唇の動きは隠せても表情は隠せないから変えないように」 

「はいっ!」

 リンは居住いを正した。

「チマ様のスキルが一つだと公表したのはレィエ宰相で?」

「それは明確な私の失態だったよ。チマを落胆させぬよう、適切な機会でのスキル開示を行う予定だったのだけど、使用人が巻紙スクロールを出す瞬間を見てしまっていたようで。…少ない情報から答えにたどり着いてしまったのだよ」

「それで運悪くスキル数が明るみに出てしまったと。箝口令かんこうれいは敷けなかったのですか?」

「私が登城している間の出来事で対応に遅れてしまった、最大の誤算だよ」

「でも、今の使用人の方々を見るに、言いふらす風でもありませんが」

「その影響で虫の始末が進んだのだよ」

「そうですか」

「で、先程の君はチマの幸せを第一に考えていると言っていたね。攻略でもする心算かい?」

「チマは好きなキャラですけど、チマ様ではありませんし私に同色の好はありません。チマ様が頑張れるお手伝いをと考えております、先ずは学校での生徒会活動。お友達も出来ればいいのですが、チマ様は少しチョロい気が感じられるので…」

「…、否定はできないね。…そうだねぇ、君が道をたがえないかぎり我々は同じ近しい目標も持つ同士ということだ。とりあえず、統魔族とうまぞく云々が終わるまでは協力体制を敷こうじゃないか」

「同じ転生者と協力出来るのは願ったり叶ったりなんですが…、何をさせる心算ですか?」

「なに簡単なことさ、チマとたもとを分かつことがなければそれでいい。主人公リン親友チマが違う道を進むことで統魔族に飲み込まれる、その可能性を潰したいのだよ」

「承知しました。とりあえずは普段通りでいいということですね」

「嬉しい返事だ。努力します、なんて言われたら対策を練らないといけなかったからね」

「っ!」

 レィエからではなく、何処かから刺さる鋭い視線に驚くも、表情と態度は変えずに貫く。

「仲間でないのなら手段は選ばないと…」

「そんなことはしないさ、今のも手違い。やりたい事の時期を遅らせてもらうよう、こちらから利益の提示なんかはしたけれど。多少の金銭支援や動きやすくなるための助力とかね」

「…、私の目的はチマ様の生存ルート、願わくば幸せに暮らしていけるようにお手伝いをすることなので、レィエ宰相と敵対することはありません」

「ありがとう、感謝するよ、同志」

「ところで、他にもいたりするんですか?転生者って」

「私と君以外は知らないね」

「そうですか。とりあえずは頑張りましょうか」

「そうだね。チマもそろそろ可愛い膨れっ面になってしまいそうだし」

 二人はチマに視線を向けては手を振って、転生者同士の密談を終える。

「お真面目そうな密談でしたわね、お父様」

「もしかしてお父様を取られないか心配なのかい?お父さんうれしいなぁ」

「赤色角灯まで使ったのですから、それ相応に重要な事柄なのでしょう。ですから詮索はいたしませんわ。ですがどんな内容でもリンを脅したりはしないでください、大切なお友達なので」

「む、妬けちゃうなぁ。なんて、チマに友達が出来てうれしいよ。リン嬢、チマとは末永く友人ていてほしい」

「はいっ!」

 二人は食卓に戻って歓談を再開する。

(ラスボスと黒幕、その両方に協力することできる状況を作れた。後は統魔族を討つだけ)

(主人公と攻略キャラの数人が味方に加わっている。この状況であれば)

 転生者二人は未来へ準備を整える。


(眠れる魅惑のもふもふお嬢様っっ!く~っ、神!)

 翌朝、チマより先に目をしたリンは同じ寝台で眠りについていた彼女の顔を眺めながら幸せに浸る。ゲーム内では見ることの出来ないスチルを脳内に記録して、いつでもギャラリーモードで楽しめるように一秒たりとも無駄にすることなく見つめていく。

「う…」

「?」

秋刀魚さんまっ!」

(どんな夢を見ているんだろう…)

 なんて考えていると部屋の小扉からマカロが入り込んできて、チマの隣で丸くなり欠伸を一つ。リンは眼福だと暫くの間、横になって寝顔を眺めていたのだという。


―――


 拝啓はいけい、畑が葡萄色えびいろへ変わりゆく今日この頃。ルドロ村の皆は如何お過ごしでしょうか。私リンは王都で勉学に励んでおります。

 まあ色々とあったけど、貴族の友達も出来て元気にやってるよ。

 それでね。公爵様のご令嬢が仲良くしてくれて夕食に呼ばれたんだけど、その時に公爵夫人がブルード領の葡萄酒を褒めてくれてね、ちょっと嬉しくなっちゃったから手紙を書いたんだ。

「へぇ〜、リンのやつ公爵様の娘さんと仲良くなったんだってよ。そんでブルード領の葡萄酒を褒めてもらったと」

「社交辞令かね?」

「ブルードの葡萄酒は国内一だし、あながち世辞とも言い切れんだ」

「とりあえず、収穫したらリンに葡萄さ送りつけるか」

「だな」

 ルドロ村の面々はリンの手紙を読んで、彼是と話していく。

「賢い娘だと思ってはいたが、公爵様の娘さん仲良くできるとはな」

「公爵様って…公候伯男、一番上の貴族さんか」

「たしか…公爵様ってと王族だず?すごいでや」

「はえー。まあアレだな、男爵様相談してどういう葡萄送るかきめるとすっか」

 田舎娘の大躍進にルドロ村は活気づく、本人の知らぬところで。

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