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六話 登城の足音は小さく響く!

「それじゃあしっかりと安全帯をしてくださいね」

「大丈夫よ」「…っはい」

 翌日。正装に身を包んだチマと小綺麗な格好の護衛シェオ二人ビャスは蒸気自動車に乗り込んでアゲセンベ家を出て、ドゥルッチェ王国の王城へと向かっていく。アゲセンベ家は王弟の住まいということもあり、王城直ぐ近くに位置しているので然程の時間を掛からずに側門へと到着し、アゲセンベ家のチマとその従者であることを示せば、容易く登城することができた。

 正門から入らないのは、事前に予約を行っていないことと、客人待遇での登城ではないからである。本日の予定は第六騎士団への鉄板の仮付け連絡と、チマが祖父母に会いに行くためで親戚の家に足を運ぶくらいの状態なのだ。

 とはいえ部屋着で王城内を歩くわけにもいかないので、服装はきっちりとした正装。緩く巻かれた銀灰色の髪には、よく映える青い桔梗ききょうの髪飾りを刺している。

 先ず向かうのは第六騎士団。

「あらシェオさん、また来てくれ、っ。お久しぶりですチマ姫様、本日は如何なご用事でしょうか?」

 受付の女性は居住まいを正しては、チマへ用件を伺っていく。

「楽にしていいわよ。ちょっと第六騎士団に学校の関連でお願いがあってきただけだから。通っても構わないかしら?」

「はい。今、入所許可証をだしますので、今暫くお待ち下さい」

(悪いことをしてしまったわね、外で待ってた方が良かった?)

(王城で危険はないと思いますが、旦那様を邪険にする貴族もおりますので、離れないで頂いた方が此方も助かります)

(…っ僕は貴族の彼是に詳しくないので…、びゃビャスさんがいてくると)

(わかったわ)

 密々話をしていれば受付は急ぎで許可証を三枚用意し、眉尻を下げて駆け寄ってきた。

「お待たせしました。此方が入所許可証となっております」

「ご苦労さま。これからもシェオが顔を出すと思うから、その時はよしなにお願いするわ」

「いえいえ、シェオさんには何時も何時もお土産を頂いてばかりで!騎士団施設なのでお怪我のないようお気をつけてお進みくださいねっ」

「わかったわ」

 満面の笑みを咲かせたチマに受付の女性は少し見惚れ、我に返ってからは自分の席へ戻って見苦しい姿になっていなかったかを確かめた。

(驚いたぁ、まさかチマ姫様がいきなりやってくるなんて。…色々と好き放題言われてるお方だけど、見下したような態度はしないし、シェオさんが熱心に仕えている事を考えると為人は良さそうよね。…、一度二度会っただけの私の事まで覚えてくれているみたいだし)

 「猫ちゃん飼うの、ありかもねぇ」と受付は呟いて、仕事へと戻っていく。


 さて、チマが訪問の予定も無しに第六騎士団詰所に足を運んだ場合に起こることはといえば、驚天動地の大騒ぎなわけで。騒ぎを宥めようとする彼女の言葉も聞かずに、詰所に残っている騎士は綺麗に整列してはひざまずいて頭を垂れていた。

 第六騎士団は男爵だんしゃく爵士しゃくしといった公侯伯子男士こうこうはくしだんし六爵りくしゃくでも、下位に位置する貴族や市井出身者が殆どなレィエによって新設された組織。故に彼によってすくい上げられた騎士団の面々からすれば、チマは恩義のある上司の愛娘。何一つ失礼が有ってはいけないと、姿を見せる度に大騒ぎとなっている。

「そろそろ慣れそうね…。皆楽にしていいわよ」

「「はっ!」」

「この前にゲッペで私を見たときはこうじゃなかった気がするのだけど、王城内だと詰所以外でも毎回こうよね?」

「いやぁ…、王城でチマお嬢にお会いすると視察みたいな感覚になってしまうもので」

「ごきげんよう、ウィスキボン・キュル第六騎士団長」

「どうもです。ウィスキボンうちの三男がお世話に成るみたいで、未熟者ですがよろしくお願います!」

 深々と頭を下げたのは第六騎士団の団長職を務めるキュル。年をしたリキュといった印象の男で、顔に実直と書いてある。

「私が世話になる側かもしれないけどね。今日は第六騎士団にお願いがあってきたのだけど」

「お願いですか?チマお嬢のお願いであれば、我々第六は地の果て海の彼方まで行進し、五つのお宝の献上をいたしますが」

「そんな仰々しいことでなくてね、騎士団の方で野外のお食事会をする時に使う鉄板を貸してほしいのよ」

「鉄板?あんなのをですか?ちっとばかし汚いので、洗浄をするだけのお時間はいただくことになりますが…何に使うんで?」

「学校で大きなパンケーキを焼くの」

「?」

「学校の催し物で夏の野営会サマーキャンプがあるのだけど、そこでの娯楽時間レクリエーションにとっても大きなパンケーキを焼く企画が立って、教師からの認可も得たの。だけど、今までに無い催しだから事前に予行演習をしておきたくて、大きな鉄板をもっている第六騎士団に協力を仰ぐことになったってわけ」

「なるほど!委細承知しました!然し我々第六では王立第一高等教育学校へは入場できません、そちらは如何しましょうか?」

「校門まで運んでくれれば、第二か第四が受け取ってくれるようグミー・ラチェ騎士が話しを通してくれるって」

「承知しました!お前たち聞いたな!準備だ!鉄板のな!!」

「「はっ!!」」

「日程は追って連絡するわ」

「ご連絡を心待ちにしております!」

 そんなに必要ないだろうという人員が倉庫へと向かっていき、見事な連携で大鉄板を運び出しては全身全霊を賭して洗浄作業へ勤しんでいた。

「急なお願いだから、今度差し入れをシェオに持たせるから、美味しく食べてちょうだいね」

「有難き幸せ」

「何か要望はあるかしら。男性の多い場所だし、お肉とか?」

「そうですね、食べ盛りの団員が多いので肉類は助かります」

「分かったわ。準備させるから、鉄板のことはお願いね」

 敬礼をしたキュルと団員らへ微笑み、チマは第六騎士団を後にした。


「あれ?あっ団長、これはなんの騒ぎですか?」

「急な視察でも決まりましたか?そうならば書類の片付けもしなければいけませんが…」

「ミザメにユーベシ、戻ってきたか。いやなに、さっき程までチマお嬢がご来所なさってて、その関連で忙しくなっているんだ」

「チマ姫が?どんなご用向きで」

「学校で第六うちの大鉄板を使いたいから貸してほしいって内容を態々ご自身でな」

「一言ご連絡いただければ、それだけで喜んで協力するのですがね」

「アゲセンベ親子の良いところであり、…彼是あれこれ言われてしまう原因でもあるんだよなぁ…」

 「第六の地位が上がれば」なんて団長副団長は考えるのだが、歴史とスキルを重んじるドゥルッチェ王国に於いて、新設組織であり騎士に必要な最低限必要な特化構成の者が多い第六騎士団では、今直ぐにどうこうできることではないので溜息を一つ吐き出して、賑やかしい騎士たちへ視線を向ける。

「というか…あんなに群がって洗浄する必要、あるんですか?」

「あるとおもうか?ねえよ」

「そんじゃ人員の振り分けしてくるんで。おーい、人が群がりすぎだ!分担してやるぞー!」

「また賑やかなのが一人増えて。んで市井警邏の結果はどうだった?」

「レィエ宰相が仰っていた件は発見できていません。あくまで可能性ということですし、現状の政策とそれから連なる市井への影響を鑑みれば、市井の者たちが王政を転覆させようなどという考えには至らないかと思いますよ。どちらかといえば」

「貴族方面の不満か」

「ええ」

「俺は政治に明るくないからアレなんだが、王族を排斥し貴族が国を取り仕切る国もあるって話だろう?」

侯伯こうはく制議会ですね」

「それらが上手くいっているかどうかは扨措さておき、国の舵を欲しがる貴族なんて五万ごまんといるはずだし、模倣先として目をつけるのもなくない話だ。第一じゃ見つけ難い市井への警戒は、第六こっちで上手くやらんとな」

「そうですね。…現状はアレですが」

 ディンが尽力しようやく分担した作業へと移りだした第六騎士団の面々に、二人は呆れ顔を見せたのである。


 城仕えの貴族たちはチマの来訪に視線を向けるも、学校の生徒ほどわかりやすい反応はせず通り過ぎてから密々と話しをしていく。

 ドゥルッチェ王城にいて夜眼族やがんぞくを見かける機会は少なくない。それはチマの母であるマイが王妃の侍女として多くの日々登城しているからであり、レィエとは別方向で影響力があるからである。

 「学校よりも過ごしやすかもしれないわ」なんて呑気なことを口走るチマは、早々と王城内部を歩き抜けてひっそりと佇む離邸りていへと到着した。王族の住まいとしてやや質素な造りをしていながら、第一騎士団が多く配備されており、色鮮やかに夏の花々が咲き乱れるこの場所は、今上王へ王位を譲位した太上王たいじょうおう太上后たいじょうごうが隠居する住まいだ。

「ごきげんようチマ姫様。太上王ご夫妻はお庭に御出ですよ」

「ありがとう。ではシェオとビャスは此処で待っていてね」

「承知しました」「っ」

 二人は第一騎士団の邪魔にならない場所で待機し、チマ一人で庭へと小走りで向かう。

「お祖父様お祖母様!ごきげんようっ!」

「おやおや、急な訪問だねチマ」「うふふっ、ちょっと見ない間にまた大きくなりましたね」

 唐突に現れた孫の姿に笑みを咲かせる老夫婦は、太上王のガレト・フュンと太上后のガレト・パヌ。抱きついて頬へ口付けをするチマを可愛がり、三人で庭の長椅子で腰掛ける。

「今日はどうしたんだい?」

「ちょっと学校で必要な道具があったので、借りようと騎士団に足を運んでいたのですわ」

「学校でねぇ」

「ふふ、何を借りにきたのでしょうかね」

「当ててみてくださいっ。夏の野営会で使うものですよ」

 二人に挟まれたご機嫌なチマは溢れん笑顔を輝かせて、祖父母との時間を過ごしていく。

 彼女が心の底から慕って懐いている太上王フュンは、「不佞王ふねいおうフュン」と軽んじられる程に世間的な評判のよろしくない王であった。為人ひととなりは穏やかそのもので悪人ではないのだが、優柔不断な性格と政に対する才覚の無さがたたって、国威こくいを弱めることになってしまったのだ。とはいえ代わりに誰かを立てようにも、王位継承権を有する貴族は居らず頼みの綱であった王弟は流行病で急逝きゅうせい。暗雲立ち込める時代が続いてしまったのである。

 その状況を見かねたのは太上后パヌ。サヴァーラン伯爵はくしゃく家出身の彼女は、元々政務官として王城に仕える心算で学校へと通っており、政務をこなせるだけの器と才覚、そしてスキルを有していたので、彼を傀儡かいらいとすることで国勢を緩やかに回復させていき、今上王へ譲位するまでの間を食いつないだのだ。

 実権を握っているのがサヴァーラン伯爵家出身ともなれば、パヌの実家が黙っているはずもなく接触を図ったのだが、断固として接触を拒み王を導く后として振る舞ったと口々に語られているが、真偽は不明。

 フュンの代で反乱等が発生しなかったのは、ひとえにパヌのおかげであろう。

 そうして若くして二人の息子に国の行く末を託したフュンとパヌ夫婦は、王城の片隅で庭弄りをしながら孫を可愛がり穏やかに暮らしているのである。

「まあ大きなパンケーキを?今年の生徒会は面白いことを考えたのですねぇ」

「はい!皆で意見を出し合って決まったのですよ」

「私の時代ときはなんだっかた。三年間とも舞踏会だった気もするなぁ」

「お祖父さんと私が一緒に在籍した年は舞踏会でしたね。今でも思い出しますよ、壁の花になっていた私に『踊ってくれないか、林檎りんごの花のような貴女』と誘ってくれたことを」

「そ、そうだったか?ははは」

「それ、人口膾炙じんこうかいしゃの誘い文句になっているのですよ」

「え?」

「私と同じくらいの年齢の男女が、一番最初に誘う本命の相手への誘い文句だそうで、観劇の際にも耳にしましたわ!」

「お、おぉぅー…」

「うふふ、そんな事になっているのですね」

 声を腹の底からひねり出したかのようなフュン、そして彼とは対照的にパヌは高調させて喜んでいる。彼女からすれば王子殿下時代の彼から見初められた青春の一頁で、忘れることにない大切な思い出なのだろう。

「チマちゃんは言ってもらえそう?」

「三年生に成るくらいには、誰か一人くらいは言ってくれると思いますわ。直近は少し厳しそうですが」

「そうなの?チマちゃんなら引く手数多のモテモテさんだと思うのですけど…」

「モテモテでなくともいい、い人を一人と一緒になれたのなら、私たちの許へ連れてくるのだよ」

「はいっ」

(好い人ねぇ)

 生徒会の男衆を思い起こすも惹かれる気持ちは起こらず、精々が同じ組織の仲間程度で、なんとなく、そういう相手ではないと篩い落とす。

(デュロは…気心を知れているって利点があるけど、后妃なることと貴族勢力図が中々厄介になるのはほぼ確定。というか直系に夜眼族の血を入れるのは、余程のことがない限り避けたいはず。難しいわよねぇ)

 こういった悩みを、レィエたちに考えて貰いたかったから、学校へ行っていなかった事をチマは思い出す。

 誰を選ぼうが誰に選ばれようが、チマの婚姻は少なくない影響を及ぼすことになるのだから。

「お庭のお話をしましょう!先程は何の手入れをなさっていたのですか?」

「チマの尻尾のようにふさふさした赤い花を咲かせるキャットテールというお花の、鉢変えをしていたのだよ」

「そんなお花があるのですね。それじゃあ私もお手伝いしますわ」

「正装が汚れてしまうから、先ずはお着替えからですね」

「はいっ」

 チマは一旦着替えてから、祖父母の庭弄りを手伝っていく。


―――


「今日はこんなところでしょうかね、兄上」

「いい区切りであろうな」

 今上王たるロォワとレィエはググッと伸びをしてから、政務官に仕事を終わらせるよう指示を出し、卓上を片付けていく。

「二五〇〇周年式典、大きな時の節目に国王を務めるとはな…」

「毎回それですね」

「舞い込んでくる書類を睨めつけること丸一日、早く終わってほしいと思わぬ日はない。…それに、そろそろ姪っ子チマから、布陣札ふじんさつの一式も取り返さねばならんしな」

「勝てますかね、チマは手強いですよ」

「スキルを持つ分こちらが僅かに有利、駆け引きと読み合いの実力は対等。あとは運を引き込めるかどうかの勝負、取り返せるだけの目はある。…国際公式戦迄には取り返したい」

「前日にでも一時的に返してほしい、と伝えれば解決するじゃないですか」

「それでは面白くない。が、いざとなったら頼むとしよう」

 国王という立場上、チマと布陣札をして遊ぶだけの時間が無く、対戦回数も少ない。それ故にロォワの脳内には全ての対戦記録が事細かに残されており、対策や捲り手を考えていく。

「そういえばだ、デュロがチマを国際公式戦に引き込みたいなどと言っておってな。レィエの方でも口添えを頼めないだろうか?」

「構いませんが、チマを国際公式戦に出すのですか?」

「私は二年前の北方九金貨連合国ナインコインズユニオンで出場せざるを得なかったからな。再来年には出場制限が間に合わん」

「重要な盤面でしたからね。兄上が勝利を収めてくれたおかげで、…今までの負債を全て吹き飛ばせたところはあります」

 レィエが言い淀んだのは、低迷の時にあったフュン王に起因するからだ。

「締付は確実に外せた。だからこそ、『二五〇〇周年式典ではドゥルッチェ王国の再起を周囲に見せつける必要がある』とデュロが息巻いていてな。私も賛同しているというわけだ」

「となると相手が大事になりますね。くカリントとの勝負は避けて、北方九金貨連合国の獅子国イュースア、鹿国インサラタアに当てたいですね」

「奴らも私と同等の実力者がいるとは思っていないだろうから、はははっ腰を抜かすだろうな!」

「国内の公式戦にも顔を出していませんから、番狂わせにはなってくれますが…。…デュロの方からチマへの出場依頼を公的に出していただかなくてはなりませんね。それでも反対意見が多く上がってきそうですが」

「種族とスキルの数、そしてレィエの娘で年若い少女だ、反対など山ほど来よう。…反対に対する処理は提案をしたデュロに動かせつつ、必要であれば我々で手を貸してやれれば、八分方は問題なく進められような」

「卒業後の年に式典があると考えたら中々…、デュロにも苦労を掛けることになってしまう」

「式典を乗り越えられれば、暫くは安泰であろうよ」

「…ですね」

「なにか心配事でもありそうな間だが?」

「世の中とは上手くいかないものだと思いましてね」

(どちらかといえば、今年度末が私とチマ、そして主人公ブルード・リンの正念場。そのために準備はしてきた心算だ。何があろうと娘は守ってみせる)


「御機嫌好う、チマ姫様」

「ごきげんよう、グミー・ラチェ騎士」

 夕刻の王城にてチマはラチェと遭遇して足を止める。

「本日は…第六騎士団へご来所を?」

「ええ、そうよ。それにお祖父様とお祖母様の庭弄りのお手伝いもしていたの」

「そういうことでしたか。警護を務めている第一騎士団の面々から無礼を受けたりは?」

「第一に無礼者なんていないでしょう。丁寧な対応をしてくれたわよ」

「それは何より」

「もし仮にそんな者を離邸の警護に配置するようなら、色々と疑わなくてはならないわね」

 僅かに視線の鋭くなるチマに、ラチェは微笑みを送り口を開く。

「ですから問うたのです、お二人を愛し、耳の良いチマ姫様に。もう一度問います第一騎士団に問題はありませんか?」

「…。本日の訪問では問題なかったわ。護衛の二人を離邸の近くに置いていたから、軽々とそういう無礼を働くことが出来なかったとも言うべきかもしれないけれど」

 シェオとビャスに視線を送れば、二人共首を左右に振って何もなかった事を表していた。

「それは何より。第一騎士団も一枚岩ではありませんし、昔のことを根に持つ者や現状を面白く思わない者もおります。チマ姫様に限らずアゲセンベ家の方々はご警戒ください」

 忠告をしたラチェは弾む足取りで王城を歩いては消えていく。

「グミー・ラチェ騎士が言うのなら嘘や脅しでないわね」

(お父様を面白く思わない貴族は多い。失脚を狙うなら時期は…私なら…、今現在を含む周年式典前迄の期間を狙うわね。ふむ、…あのグミー・ラチェ騎士が態々私に忠告したことを加味すると、独自に動けるようにした方がいいわよね。……、そういう時のための人脈構築)

「私キャラメ・シェオは何があろうとお嬢様の味方であり続けます」

「っ僕も、ひ拾ってもらった恩義と、っとかありますので」

「ふふっ、安心していいわよ、頭数に入っているから。そもそもの話しだけど、大前提なのよね貴方達は」

 並外れたスキルポイントを有する侍従二人は戦力の要、荒事に発展した場合には頼らざるを得ない味方なのだ。

「はい」「っ!」

(現段階で、デュロがお相手を決めるまでは派閥に入ることは悪手、あっちの土台を傾けかねないから、お膳立てをしてくれた二人とリンを上手く取り込まないとね。…不登校のままならどんなに気持ちが楽だったか、…でも、こういうことを知らずに後悔もしたくないし)

 背反する気持ちを胸に、チマは自身の道を探っていく。


「失礼します」

「ん?おお、チマじゃないか!父上と母上にでも会いに行っていたのか?」

「はい、正に。一緒にお庭弄りをして参りました」

「そうかそうか。チマが訪れて二人共喜んだろう?」

「ええ、大喜びでしたわ」

 シェオとビャスは執務室、どころか政務区画に入ることすら出来ないので再び待機させて、叔父であるロォワと父のレィエの許へ足を運んでいた。

「お仕事は…大変そうですね。何かお手伝いでも出来たら良かったのですが、立場的に…」

「厳しいね。チマがどんな道に進むかは分からないけれど、今は未だ学校に通う生徒の身だから、お父さん的にはそちらを優先してほしいな」

「ああ、少しばかり遅れた入学になってしまったようなものなのだから、学校生活を友達仲間と共に楽しんでこい」

「畏まりました」

 ロゥワが椅子を手で刺し、そこにチマが腰を下ろせば政務官の一人が茶を差し出して、礼を伝えてから喉を潤す。

 時刻は夕刻を少し過ぎて、茜色の空に薄っすらと星々の光が見え始める頃。特にこれといった用事もなく、顔を出すために足を運んだチマは、ゆっくりと周囲を見回して山のような仕事に眼を丸くする。

「先ほどお手伝いと、チマは言ってくれたよね」

「はい。出来ることは多くありませんが、多少の役に立てると思っていますわ」

「なら、今日明日のことではないのだけど、周年式典で布陣札ふじんさつの国際公式戦に出てもらいたいんだ」

「国際公式戦ですか。国の沽券こけんに関わる、盤面の戦に私が出て良いものなのですか?」

「ドゥルッチェ王国の王族に連なる公爵の娘だ、出場の可否を問われれば可能だな。但し間違いなくチマとレィエを面白く思わない派閥からの反発はある。が、そちらの方は此方で対処を行うから、参加して欲しいと私とレィエが頼んだら、参加してくれるだろうか?」

「…。…伯父様とお父様からの頼みと有れば喜んで出場しますわ。ドゥルッチェ王国の王族、いては王位継承権を与えられた一人のチマとして、王命に答えるべく全力を賭す所存です」

(なるほど、国際公式戦での勝利を掲げれば、アゲセンベ家とお父様の地位は盤石なものになる。これに乗らない手はないわね!楽しみを一時の義務に変えてでも、やってみせるわぁ!)

 めらめらと燃ゆる闘志はチマの表情へと表れて。

(なんというか…)(ものすごく簡単に説得できてしまったね…)

 ロォワとレィエはチマのチョロさに少し不安になった。


 雑談も終えてそろそろ帰宅するかという時間になって、チマとレィエの二人が席を立てば、ロォワは思い出したかのように手を叩く。

「また近い内に一勝負しないか?持っていかれた道具を回収したいのでな」

「挑戦者からの対戦を拒む者はいませんわ、伯父様が都合の良い日程を用意してくださいませ」

「言ってくれるじゃあないか」

「ふふっ」

「良いだろう私、いや俺は挑戦者として挑ませてもらう。国王ではなく、一人のガレト・ロォワとして」

「では私は姪っ子ではなく、卓越者のアゲセンベ・チマとして眼前に立ちはだかりましょう」

 ロォワを見下すなど一国民として有ってはならない事なのだが、それが許されるだけの強者がチマである。

 歯牙を剥き出しな悪役顔で仁王立ちしていたチマは、ぷふっと笑いの籠もった吐息を吐き出して満面の笑みを作ってから踵を返して退室した。

(今の表情はデュロルートでチマと戦う前に見せたスチルと一緒。場所も執務室だったはずだから、…物語ストーリーは歪な形で動いている)

「ふふっ、漫画の悪役みたいではありませんでしたか?」

「お父さんはチマが倒されてしまわないか心配だよ」

「伯父様に負けても道具をお返しするだけですから、問題ありませんわ。勝ったらどうしましょう」

 浮々と足を進めるチマを見て、レィエは複雑な感情を渦巻かせ後を追っていく。

(チマに栄誉なんてなくても、他の貴族たちから認められずとも構わない。穏やかに幸せにさえ暮らしてくれれば私は満足なんだ。でも、…仲間と共に進んでいってしまうのだろうね、君は)

 大切な我が子、そして生前の推しであるチマが楽しく幸せに生きていけることを願って、レィエは手回しを確実に行っていく。

(私に接触のない統魔族とうまぞくがどうやって復活するのかは不明だが、物語が始まってしまっている以上は、遅かれ早かれ辿り着いてしまう通過点エンディングがあるはず。…ゲーム内のレィエは王位を求めて統魔族に取り込まれ、チマは…詳細を語られてはいないが居場所を求め、そして主人公たちに敗れた事を切っ掛けに飲み込まれた。渇望とも呼べる感情を糧によって来るのであれば、…スキルを求めるチマは餌食になってしまうかもしれない。が、隠しキャラである勇者ビャスを自力で拾ってきた、それこそが鍵になるはずだ。隠しルートの様に統魔族そのものが復活するのであれば、私達の独壇場だ)

 レィエの生前はしがない会社員であった。

 時間を見つけてはゲームを嗜み、緩やかな平凡な生活をしており、アクションゲームを求めて色々と探していたら、ARPGアクションロールプレイングゲーム味の強い乙女ゲームだと評判になっていた『甘飾』を見つけ購入。

 物語にそこまで入れ込んでいたわけではないのだが、アクションパートの触り心地が良く気持ちよくプレイできたため、流れで隠しキャラを含めた全ルートをクリアするに至ったのだ。

 そんな彼の推しはチマ。猫系獣人で見た目が可愛く、主人公に対して別け隔てなく接しては導いてくれる親友キャラに惚れ込み、どのルートでも同じ道を歩むことのできない寂しさを胸に、キャラクターグッズを買い込み、二次創作を楽しんでもいた。

 ある程度時間が経って熱も冷めてきた頃に、彼は体調を崩して医者に罹ってみれば、大病が進行していて必死の闘病生活も浮かばれず若くして世を去ってしまう。

 両親や親しい友人などへ申し訳なく思って暗い水底に意識が沈んでいくと、そこは別世界で、ガレト王家の第二王子レィエとして生まれ変わっていた。

 生まれたての頃はこれといって出来ることもなく、あやふやな意識と記憶の中で数年を過ごし、情報を手に入れてみれば前世で遊んだゲームの世界。

 ならばと思い立ったのは推しの生存ルートで、早くに王位継承権を返還し、兄であるロォワに仕える道を選んだのだ。

 時を同じくして王城へ現れたのは、どこかチマの面影がある夜眼族やがんぞくの少女。名前をマイと聞き母親だと確信したレィエは、保護するように提案を行い王城へ連れて、言葉や礼儀を教えるために彼女の周りを固めてく。

 誤算があったとすれば、本気で惚れ込んでしまったことだろう。

 そうこうして、愛の証としてチマが誕生し、父のフュンが譲位すればロォワと協力し自身らの盤石な地位を確保するため奔走して、今日に辿り着いたのである。

(この一年を乗り越えれば、いや乗り越えたとしても面倒事は絶えないけれど、一安心は出来る。チマが誰を選んで誰と人生を歩むかはわからない、けれども晴れ姿を見るまで私は死ねないし、チマも死なせない)

「今度私とも布陣札しようか」

「はいっ!是非是非しましょう!」

 満面の笑みを咲かせるチマに、レィエは心の底から幸せを感じた。

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