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五話 生徒会っ!

「……車出してくれて、あ有難うございます」

「いえいえ、お安い御用ですよ。…、今度に蒸気自動車を運転できるように練習しましょうか」

「はは、はい」

 ビャスは家令かれいのトゥモと共に車で郊外へと駆けていく。

 今日はビャスが護衛を外れ、自身の実家へと荷物の回収へ向かう日である。確実に保管すると村長が保証してくれてはいたものの、彼の家族が大人しくしているとも思えないので急ぎ向かうようにと、シェオから指示があったのだ。

 農村に見合わないお高い車輌に住民は「何か何か」と視線を向けて、口々に、あることないことを言っている。

「…、あそこです。あの屋根が欠けたとこ」

「承知しました。家の前に停めて荷台の準備をしていますので、荷物の選別等をお願いします」

「…っ」

 首肯しゅこうしては安全帯を外し、ビャスは蒸気自動車を降りると、見知った相手が群れてやって来た。

「おい、ビャス。お前がなんでこんないいところの車から降りてくるんだよ」

「…っ、雇ってもらったから」

「はぁ?お前なんかが?」

 村長の息子は納得のいかない表情でビャスの頭の上から爪先までを確認し、質が良く凝った意匠いしょうのアゲセンベ家使用人衣で、荷台の準備をしているトゥモと同じもの。

 田舎の小僧であろうと、良いところの貴族に仕えていることを一目で察せられ、面白くないと腹が立っていく。

「どうせ、お前なんかが仕えているところだ。くっだらない家なんだろうな!」

「…」

(ここで騒ぎを起こしたら、お嬢様が悪く言われる…、けど)

「…僕が仕えているところは、格式高いちゃんとした場所だっ!お嬢様も旦那様も奥様も、シェオさんやトゥモさん、みんなみんないい人たちなんだ!!」

 ナメられたまま家格を落とすようでは使用人失格、そのための質の良い衣や礼儀を教わるのであり、アゲセンベ家が低く見られない為にビャスは声を張る。

(もう少し冷静に対処できれば満点なのですが、今は及第点といったところでしょうね)

「当方はアゲセンベ公爵こうしゃく家に仕える従者で、私は爵士しゃくし地位を拝命しているポプコン・トゥモと申します。本日は先日に使用することとなった、ティラミ・ビャスの私物の回収にと足を運んだ次第なのですが、…何か問題でもありましたか?」

「いや、…何でもない。もう二度と顔を見せるなよ、この村には居場所がないんだからな!その家も、燃やしてやる!」

「…っ」

 虐めてくる相手だが世話になった村長の息子だと、自身に言い聞かせて腹を立てずにいたビャスは、アレらと顔を合わせることがなくなって清々する気持ちと、一四年過ごしてきた思い出の実家を手放さなくてはならないうら寂しさが混じり合い、難しい表情で振り返る。

「我慢を強いる事になってしまいますが、…お嬢様には何事もなく無事回収作業が終わったと報告をお願いしますね」

「…はい」

(お嬢様は怒るから、このことは心に秘めてくんだ)

 「悲しい決断をさせないでほしい」という言葉も彼の胸には収まっている。

「手伝いますので片付けをしてしまいましょうか」

「っ」

 ビャスは首肯して、扉を解錠し掃除のされた家から必要な物品だけ回収していく。


(枠の無い猫と思しき爵徴しゃくちょう、枠が無いのは…貴族家の中でも王族に近い公爵だっけ。…、こんなところに王族の従者が足を運ぶだなんて思ってなかったから、教えていなかった私の責任だ…)

 村にやって来た余所者、そして綺麗な衣服に身を包んだビャスが現れたと聞いた村長は、急ぎ駆けつければアゲセンベ公爵を示す爵位のしるしが刻まれた車輌。高級車というよりは使用人が作業に使うような見た目であることへ、僅かばかりの安堵をしつつ、胃がじ切れん思いで足を進めた。

 他国と比べれば市井への当たりが柔らかなドゥルッチェ王国であるが、粗相をしようものならば首が飛ぶことも十分にありえる相手。支援や施しを行うのも文化の一端と優秀な者を召し抱える為であり、ナメて掛かっていい相手ではないのだ。

(知り合いのパン屋で世話のなっているとばかり思ってたけど、…貴族家に召し抱えられるなんてどういう風の吹き回しなんだろうか)

 村長としては、子供がおらず店の継ぎ手のいない優しげな夫婦のもとへ紹介状を出し、親子とはいかないまでも良好な関係を築けるように、ビャスが言葉を得意としないが働き者であると文言を添えていた。

 結果を見ては驚き千万である。

「あー、ビャスはいるかい?」

「…、はい」

 荷物を仕分けていたビャスは、村長の声を耳にして顔を出し小さく礼をした。

「元気そうでなによりだよ。…追い出した側の言葉ではない気もするけど、安心したよ」

「…っ村長は気にしないでください。おおお世話になってばっかりだったので」

「そういって貰えると気持ちが楽になるね。私も荷造りを手伝おうかな」

「はいっ、お願いします」

 せめてもの罪滅ぼしと村長はせっせと荷造りの手伝いをして、不要な品々は村の方で処分すると提案をする。車輌に積みきれないことは明らかだった為、ビャスは承諾し、半日を掛けて作業を終えた。

「アゲセンベ公爵家…、学がなくて詳しい事はわからないけれど、良い雇い主と職場に恵まれたようで本当に良かったよ。この村では苦しい思いばかりさせてしまったし、今の場所で頑張り、そして幸せになってほしい」

「…っ」

 首肯したビャスは、口をハクハクと動かして、一度呼吸を飲み込んでから。

「、お世話になりました村長。りょ両親のお墓はお願いしますっ」

「任せてくれ。あの二人にはそれくらいしかしてやれることがなくなってしまったからね…」

「それでは我々はこれで失礼します。此処での回収作業は無事、何事もなく終わったと主へ報告するので安心してください」

「助かります」

 蒸気自動車に乗り込んで村を立つ二人に手を振り、彼らを睨めつける息子を見て、村長は溜息を吐き出すのであった。


―――


「今日はビャスの方が抜けているのだね」

「さっさと用事を片付けてもらいたくて、そっちに掛かってもらってるのよ」

 生徒会室やって来たチマは、従兄いとこであるデュロと雑談をしながら面々が揃うのを待つ。

「そういえば、催物もよおしものの会議をするってことだったけど、直近で何かあるのかしら?」

「伝統行事の『夏の野営会サマーキャンプ』をするのさ」

「うえ、野営会?野外で寝泊まりをするってこと?」

「昔はそうしてたのだけども、そうすると問題がね。生徒同士で抜け出して、…色々とあったらしいんだよ」

「へぇー、決闘でもしてたの?」

「「えぇ…?」」

 デュロだけでなく、隣のリンまで少し引いている。

「いやほら、デュロにもこの前貸した漫画があるじゃない。アレでも一人の女の子を巡って、夜に決闘をしてたはずよ」

「あー…そういえばそんな場面があったね。あの漫画って未だ新刊出てないのかい?」

「来月くらいのはずよ」

「じゃあまた借りに行くよ」

「まあいいけども。デュロも大変よね、漫画を自由に読むのも人目をはばかかる必要があるのだから」

(チマ様は私室に漫画が置かれてて、この前のお邪魔した時に見たから驚かないけども、デュロ殿下でんかの方も好きとは。ゲーム内だとお忍びデートとかあったし、他の貴族が見えないところでこうやって息抜きしているんだろうな~)

 のんびりと二人の会話を聞きつつ、麗人な護衛がれてくれた茶で喉を潤していれば、デュロはリンの様子を伺うように視線を送っていた。

「リンは大丈夫よ。漫画の話しが少しわかるし、低俗だと眉をひそめることもしないから。ね」

「あ、え、まあ大衆娯楽を下賤だとか低俗と言わないチマ様には、市井出身として好感を持てますし、好きなものは人それぞれじゃないですか」

「良いこというわね。でも一つ間違いがあるわ」

「間違いですか?」

「貴族っていうのは大衆娯楽たいしゅうごらくだからさげすむわけじゃなくて、その娯楽に歴史がないから低俗だと鼻で笑うのよ。観劇や音楽鑑賞、歴史文学の読書、曲馬きょくば鑑賞なんかも大衆化しているけれど、品位を問われるようなものでない限り貴族は受け入れているのだから」

「そうだね。それらの発祥は貴族社会からで、富裕層と呼べる階層へ広まっていき彼らが商売の種になると感じ取ってから、多くの者から金子きんすを得られるように安価化していったのが今の大衆娯楽となっている」

「なるほど…、つまりは逆の、市井社会から生まれいでた漫画みたいな最初から大衆娯楽だったものを、貴族の方々は蛇蝎の如く嫌っていると」

「暦を見ても分かる通り、歴史の長い国の宿命かもしれないね」

「案外、こそこそ楽しんでいる同年代もいると思うけれどね。作品の出来は良くて面白いのだし」

 因みに堂々と楽しんでいるチマへ対して、レィエもマイも文句を言ったりはせず、面白いものがあれば積極的に話しを聞いて彼女から借りたりしているデュロと同類だ。

「娯楽ついでの話しなんですが…、布陣札ふじんさつなんかはあまり一般化しませんよね。同級生に話しを振っても理解を得られなかったのですが、廃れていたりします?」

「「へぇ」」

 眼を丸くするのはチマとデュロだけでなく、護衛の面々も。

「?」

「優秀だとは思っていたけれど、一部の、それも大半が上級貴族くらいしか嗜まない遊戯まで押さえているとは意外ね。もしかして規定あそびかたも分かってたりするの?」

「え、あー…」

(ミニゲームの一環だったから誰でも出来るとばかり思っていたけれど、そういう感じなんだ。…どう返事をするべきかな~…)

「一応、そのぉ貴族社会に足を踏み入れる準備としてなんとなく、みたいな」

(生まれ変わってから一五年のブランクはあるわけだし)

「ふふっ、良い遊び相手が出来たわね、これでっ」

 浮々うきうきなチマはご機嫌そのもの、尻尾もくねくね揺れている。

(あれ、なんか…チマ様以外の表情が…、憐れんでいるような…)

(チマの眼前に獲物がまた一人…)(心が折れる前にうまく誘導して差し上げましょうかね…)(チマ姫様は陛下へいかに勝利する程の実力者ですから、初心者相手では…)

 確実に拙い相手と戦おうとしていることをそれとなく自覚したリンは、図書館で布陣札の指南書を借りて復習を行っていくのだとか。


「…、野営会ねぇ。実際どんな事をするの?」

 雑談をしていたはずのチマはピクリと耳を動かし、唐突に話題を生徒会活動のものへと戻す。するとデュロも理解したようで話しを合わせ、生徒会室の扉が開かれた。

(二人共手慣れているな~)

「もう来ているなんて早いではありませんか」

 入室したのは生徒会長のバァナ。

「学校ってすることがなくって暇なのよ」

「…チマ様は、もっと積極的にお友達を作ったほうが良いかもしれませんね」

「まあそのための生徒会に、各種催物だ!」

「…デュロってこういうの好きよね」

「非日常的なことは生活の香辛料スパイスとして欠かせないからね」

「私は退屈でも平凡でもいいわ、落ち着ける場所で寛いでいたい」

「っ!…なら、この生徒会室をチマ様が寛げるように、役員の皆さんと仲良くお友達になりましょうよ」

「良い提案ですね、ブルード・リン嬢。ドゥルッチェ王国の繁栄も一日では成り立ちませんから、チマ様ご本人とブルード・リン嬢を除いた一〇人との交友関係を結びましょうか!」

「はいはい。それじゃお友達になってくれるかしらバァナ」

「有難き幸せ」

「デュロは…友達以上よね従兄いとこだし」

「友達、…というにはむずかゆいね」

 くすぐったそうな表情のデュロは眉をハの字に傾けては、リンに会話の主導権を譲る。

「私もいいのですか?」

「構いませんよ。三年である私とは短い付き合いとなってしまいますが、それでも一年弱は顔を合わせることになるのですから、是非親しくしていただきたい」

「ありがとうございます、生徒会長。では私のことはリンとお呼びください。ブルード・リンでは長くて大変だと思いますので」

「承知しました、リン嬢。これから生徒会の一員として、頻繁に顔を合わせる友人としてよろしくお願いします」

 相手が市井出身であろうと礼節を欠くことなく丁寧に対応する、ゲームとの違いの少ないバァナにリンは懐かしいものを感じるのであった。


「失礼しまぁす…」

 控えめな声が生徒会室の外から響き、バァナが入室の許可を出せば一年の生徒が二人、顔を見せて足を踏み入れる。

「来たか、紹介しよう。一年の生徒会役員として私が選んだ、マシュマーロン・メレとウィスキボン・リキュの二人だ」

「お初にお目にかかります、マシュマーロン伯爵家のマシュマーロン・メレです。家はマシュマーロン領で王都に来る機会が少なく、やや王都での彼是あれこれに疎くありますが、生徒会役員として尽力したいと思っていますぅ」

「私はウィスキボン・リキュ。第六騎士団団長を務めるウィスキボン・キュルの子で、生徒会役員という栄誉ある地位に指名されたことへ真摯しんしに向き合い、ご指名頂いたデュロ王子殿下でんかの顔に泥を塗ることのないよう、細心の注意を払いながら邁進まいしんしていきたい所存であります」

 メレは薄幸はっこうそうな容姿の女子で、リキュは騎士の家系に生まれましたと体現しているかのような男子である。

「へぇー、貴方がキュル第六騎士団長の子息なのね」

「はいっ!私は三男です。我が父リキュは宰相レィエ様に拾われた大恩があると常々申しておりまして、アゲセンベの姫様にもご助力出来ることを嬉しく思います」

「お兄さん二人は知らないけれど、キュル第六騎士団長とよく似ているわね」

「頻繁に言われます」

 シェオもチマの言葉にはうなずいている。

「マシュマーロン領は東端に大港を所有する貿易領よね。どんなところなの?」

「は、はいぃ、その…海が綺麗な土地で、夏の暑い時なんかは海岸で水遊びをしたりできる良い領地で、海産物も美味しいのですよ」

「そう、何時か行ってみたいわね」

「ぜ、是非!」

 怯々おどおどとした態度のメレだったが、チマが行ってみたいといえば身体をやや乗り出しての返事。故郷愛の深い娘なのだろう。

(綺麗にお父様派閥で固めてきたわね。そっちの方が楽といえば楽なのだけど、友達になるには、少し難しい相手かもしれないわ…)

 親の主従関係が直にチマとの関係に結びついているため、少しばかりやりにくい関係だと彼女は考えていた。相手側からは間違いなく「お友達になってください」なんて言えず、チマ側から「お友達になってくれる?」と言えば強制力が生まれてしまう。

 家や派閥の彼是なく、友人として接してくれるリンとの関係みたく構築するのは難しい相手である。

(チマの人脈が構築されてチマ派閥が出来れば、宰相さいしょうとはいかなくとも手元に置きやすくなる。彼女らには橋頭堡きょうとうほとして頑張ってもらいたい)


「それでは自己紹介も終わったことだし、夏の野営会について説明に入ろうかと。基本的に日時や場所、日程は本職である教師陣によって決定されています。我々生徒会は野営会の最中にある娯楽時間レクリエーションの企画運営を行うのが主な仕事ですね」

「一から決めていくわけじゃないのね」

「一時期は生徒会で多くの催物も一から計画していったらしいのですが、人数に対する負担が大きく失敗も少なくなかったので、大枠は教師陣、お楽しみは我々がという分担に収まっていったのです」

「生徒会の規模拡大とはならなかったのね」

「内部で派閥は生まれ、足の引っ張り合いをするのは目に見えているからな」

「あぁー…。各学年四人くらいの規模が丁度いいということね」

「そうなりますね。特に政争が活発な時期は中々に凄惨な事件も発生していたらしく…」

 近い年齢で王位継承権を持つ者同士の争いを、やんわりと伝える。そういった事をしてきた者は、チマとデュロ先祖に当たるので言葉をはばかっているのだろう。

「ここ二年は大丈夫そうね」

「三年と言ってほしいな…」

 現状のチマには人望がないのだが、生徒会長となるのは地位的に彼女に確定している。

「さあ、例年はどんな事をしてきたの?資料をちょうだい」

「乗り気になりましたかチマ様。ではお配りしますね」

 二年三年生は昨年一昨年も目を通している資料だが、一年生たちは始めてであるため足並みをそろえて彼らも読み直していく。

 定番と成りつつあるのは舞踏会。昨年一昨年も舞踏会で、考えに行き詰まったら取り敢えず踊っとけの精神のようだ。

 次いで多いのは観劇会、これは劇団を呼ぶ場合と生徒会役員に有志を加えたものの二種類ある。前者は劇団を抱えている貴族が生徒会に属している場合、後者は芸術志向な者が属している場合に多く見られている。

 みなで娯楽を楽しもうという企画なので、当たり障りのない定番が重んじられているということであろう。

 武闘会なんていうのも開催されていたようだが、こちらは学校の催物の一つとして毎年開催されていることに加えて、「怪我人の対処などが大変、賭博を行う生徒が少なからず発生するのでお勧めできない」と記載されている。開催回数は片手で数えられるほど。

「踊り過ぎじゃないかしら?七分五厘75パーセントが舞踏会よ」

「定番ですからね」

「ふぅん、ダンスねぇ…」

「ダンスなぁ…」

 王族二人はなんとも言えない表情。踊ることが嫌いなわけでは無い、踊る相手を選ばないといえないのが大変なのである。

「去年の舞踏会って、デュロは先ず誰と踊ったの?私もいなければ、トゥルトの令嬢もいないでしょう」

「大変だったよ、抽選会が行われて…」

「…。」

 生徒会役員は皆一様に遠い目をして、今年は違う催物をしようと考えている。

「あのぉ、ビンゴ会ってなんですか?」

「ビンゴっていうのは二五個の数字が書かれた札を全員に配り、司会側が不規則な数字をくじで引いて発表。早くに列が揃った人から景品を貰えるって…そんな感じですよね?」

北方九金貨連合国ナインコインズユニオンの伝統遊戯なんて、よく知っていますね」

「あ、あはー…何処かで聞いた気がするんですよね。実際にやったことはないんです」

「教えていただきありがとうございますぅ」

(あってて良かった…。ゲーム的には舞踏会が確定してて、隠しであるビャス以外の攻略キャラと踊ることでスチルを回収できるんだよね。けどこの雰囲気だと舞踏会以外になりそうかな、あたしも踊る相手がいないからいいんだけど。何を提案しようかな)

「皆さん何かありますか?」

「食べ物系がいいわね。デュロと私がいるから毒察知保有者も王城から引っ張れるでしょ?」

「食事会、ふむ」

(野営会でやる食事会、バーベキューとか芋煮会とか?流石に芋煮会をするわけにはいかないし…)

「すっごく大きな鍋で、皆さんで食べれるような大量の汁物を作る催しなんてどうでしょう?」

「芋煮会ですね!」

 嬉々として声を上げたのは二年生の役員。

(あるんだ…、芋煮会)

「一部地域で収穫期に行われる祭りなんですよ。領地の方でもやってまして、毎年招待が来ては足を運んでいました」

 彼が細々と芋煮会について説明していけば、一同は「いい案」だと受け入れてくれる。

「ただ、そのままのだと抵抗のある貴族もいるでしょうから、内容を少し弄る必要はありますね」

「なら大きなパンケーキなんてどう?大迫力間違いなし、そしてトッピング次第で好みも補えるわ!」

「ははっパンケーキ、良いじゃないか」

「いいですね。異論がなければ計画書の作成に移りたく思うのですが?」

 満場一致、チマの意見が受け入れられて、夏の野営会では巨大パンケーキ会なる初の催しが娯楽時間に行われることになる。


―――


「さあ布陣札ふじんさつをするわよ、リン!わたしも少しやっていなかったから腕が鈍っているかもしれないわね」

 生徒会室で机に置かれたのは、遊戯用の敷物プレイマット一二〇枚の札スタンダードデッキ規定書ルールブック

に砂時計が二つ。

 一つ一つが高級感のある意匠となっており、それらを見たリンは「全クリ特典のカードとプレマじゃん…」と心の内でツッコミをしていた。

「規定の説明は必要かしら?」

「大丈夫です、予習をしてきたので」

「勤勉ね、なら始めましょう。シェオ、…だと公平性に欠けるからデュロが審判を請け負ってくれる?」

「わかった。チマから審判を指名されるのは光栄だから喜んで請け負おう」

 審判になったデュロは山札を手に取り切り混ぜていく。

 選手同士はこの一二〇枚の大山札へ触れることは、如何様いかさまと同義であり挑戦を受ける側、場合によっては卓越者と呼ばれる側が進行管理者として審判を指名し、札の分配を行わせるのが規則になっている。

「それでは分配を行う。砂時計の準備を」

「出来ているわ」「問題ありません」

 水平に寝かされた砂時計に手を被せ、デュロがお互いの前に三枚の札を配ったところで砂時計を立て、自身にだけ札が見えるように確認してから一枚を選び、残りを伏せて捨て場に置き、最初に選び終わった方が砂時計を寝かせる。お互いに寝かせたところで次の三枚が配られ、手元に残る札が二〇枚になるまで繰り返しを行う。

 チマとリン、どちらも札選びが早いため砂時計の砂が落ちきることはないのだが、選んでいる最中に全ての砂が落ち終わった場合は、伏せた札から一枚選び残りの二枚を捨て場に置くことになるので、どの札がどういう意味を持つのかを理解している必要がある。

(あたしの手札はかなり優秀。だけど…砂時計の砂の割合がチマ様の方が多いから、先攻後攻選択権は取れなかった。後攻が微有利だからもっと早く選びたかったけど、敵わなかったな~)

「私も鬼じゃないわ、初回は先攻を取ってあげる」

「いいんですか?後で言い訳とかされても、…チマ様なら言い訳なんてしませんよね」

「言うじゃない。そうね、勝てたらこの道具一式を贈るわよ」

「「っ!?」」

 生徒会室で二人の勝負を見ている外野は、チマの一言で口元を引きつらせたのだが、この一式は元々今上陛下きんじょうへいか所有の品。国宝とまではいかないながら、この国に一つしかない貴重な品であることに違いはない。

「そこまでいうのならわかりました。全力で挑ませていただきます」

 砂時計の砂を戻し、二〇枚の山札から一〇枚を引いて遊戯の開始である。

 布陣札という遊戯は、各選手の順番に一枚ずつ札を場に出していき、両者が終了と言った時に盤面に残っている札の点数が多いほうが勝利となる。一度終わる毎に札を五枚引き再び勝負を行い、どちらかが二回勝つことで一試合が終了。最初に五試合取った側が勝利者だ。

 一二〇枚あるの大山札は、四〇種各三枚ずつ同じ札が用意されていて、その一枚一枚に名称と得点、効果が記されている。

 例えば『騎馬きば』1得点(この札が出ている場合、騎士の得点を1増やす)のように他に作用を及ぼすものから、『落雷らくらい』0得点(相手の得点が一番高い札を裏側にする)という妨害札。基本的な『騎士きし』3得点(効果なし)と様々。

 それらを選別しては組み合わせて、自身の山札を構築して相手に挑むのが布陣札なのだ。

(チマ様の初手は『騎士』、わかりやすい順当な手。あたしは最強CPUにも5-0で勝てるくらいにやり込んでいるから、相手が誰であろうと負けるはずなんて――――)

「―――……。?」

 意気揚々と息巻いて挑んだリンは5-2で敗北。腕を組み首を傾げて、何故に襤褸ぼろ負けしたのかを考えている最中であった。

 この遊戯、一試合負ける毎に捨て場の札を一〇枚捲り好きな札を山札の中の一枚から交換できる、不利な選手への救済措置なんかもある。あるのだが、チマによって完膚なきまでに叩きのめされて、敗因を考えていた。

「いい勝負をするわね、リン。ここまで強いのなら、デュロとかとやっても全然楽しめる実力があるはずよ」

「え…、この結果で褒めていただけるのですか?」

「チマ様から二試合取れるのは、…凄いのですよ。運の絡む遊びですので、一試合は取れることもあるのですが、山札の交換を行った後のチマ様はもう…」

 バァナは沁々しみじみと言葉を紡ぎ、「実に筋が良いです、今度は私と対戦しませんか?」などと誘ってきているほど。

「そう…なんですね。チマ様が一番強いと思う相手は誰なんですか?」

今上陛下伯父様よ、次点でお父様ね。この道具一式を賭けて勝負したときは、5-4でそれはもう手に汗握る試合だったのだから」

(これ、国王陛下の持ち物だったんだ…)

 リンはそっと手を離して、汚れていないかどうかの確認をしていく。

「歴史に残る試合だとか解説している者もいたな。非公式のお遊びなのが惜しい」

「遊びだから楽しいのよ。伯父様、今度はいつ戦ってくれるかしら」

 一回の試合でチマは大変ご機嫌になったようで、彼女のではない別の道具を用いて布陣札を楽しむ生徒会役員を見ては、ゆらゆらと尻尾を揺らしていた。

「…っお嬢様、僕も教えて欲しいです」

「ビャスも興味を持ったの?いいわよ、屋敷に帰ったら教えてあげるわ!」

 暫くの生徒会室で布陣札が流行り、その期間中はチマは楽しそうに登校していたのだとか。


(何度やっても勝てない…)

 ここ数日、生徒会に集まる前に役員たちは布陣札ふじんさつを楽しんでいるのだが、リンは一向に勝利できずに頭を抱えていた。

 良くて5−2で1試合を取るのが精々な結果に、如何様イカサマすら疑いたくなる強さ具合。しかしながら一対一タイマンでやるのならかく、生徒会の目があり審判も代わる代わる。道具もデュロやバァナが持ち込んだ品を使うこともあるので、細工など出来ようはずがない。

 純粋な実力で負けているのだ。

「チマ様が強すぎる…」

「初心者だった頃はまだ可愛い記録だったのだけどね、もう暫くは負け無しだったはずだよ」

「確か国王陛下も強いのですよね、何かコツとかあるのでしょうか?」

「父上の強さはスキル有りきだが、配られた札を全て記憶して全体の半数を記憶することで相手側に配られたものも掌握できる、そこから定石札じょうせきふだを二〇枚選出して仮想山札を作って行くそうだ」

「暗記スキルですか。ならチマ様も同様に」

 試合中に捨て場を任意で確認することはできないので、記憶力と駆け引き、そして運での戦いとなる。

「チマは実力のみで記憶して、楽しんでいるようだけどね」

(暗記スキル無しで、…。)

 バァナと一戦するチマの横顔は真剣そのもの、外野の声など耳に届いていない集中っぷり。

「如何様でもしない限りは国内であれば最強なのは確定だろうね。通用するかどうかは知らないけれど」

「目を皿のようにしていますからね。盤面と手札だけじゃなくて、相手の目の動きとかも見ていそうです」

「見ているだろうね、ちなみにね、さっき言った戦術を父上から教えてもらって以来、チマは実力をめきめきと上げていったから、同じことをすればいい勝負までたどり着けるはずだ。国際公式戦で活躍すれば、叙爵じょしゃくもあるから念頭に入れておくといい」

「国際公式戦ですか?」

「おや、知らないとは意外。国の大きな祭典などで国賓こくひんを招く際、こちらから足を運んだ際に開催される国際試合のことなんだ。…市井にには馴染みがないから、そっち方面に向けた新聞版屋しんぶんばんやも取り立てないのかな。要は国の沽券こけんを賭けた勝負が時折行われていると覚えておくといい。そうそう一度参戦すると勝負の結果に関わらず五年は再参加出来ない取り決めもあるから、それも忘れてはいけないね」

「なら直近は再来年ということですね」

「そういうことだ。二五〇〇周年という目出度めでたい歴史の節目、どうやってチマを引きずり出そうかずっと考えているんだよ」

「…、そこで活躍すればチマ様の評価が上がりますね」

「そう、察しが良くて助かるよ。上手くチマの布陣札への意欲を高めつつ、周囲からの評価を得ておきたい。簡単ではないけれど、生徒会長として名を馳せていられれば、条件は整うと私は考えている。その為に力を貸してくれるかな?」

「私では出来ることが限られてしまうので確約は出来ませんが、チマ様のお手伝いであれば是非にと考えています」

 デュロはリンへ向けて確かな笑顔を向けて返事とした。

(リン嬢…、中々に使えそうな生徒だな。チマに侍る利を得ようとする魂胆であろうから、此方からも利益を提示し続けることで、チマ派閥の一員として組み込むことが出来るだろう。成績も次席入学で、学問なり暗記なりの勉学や何れの文官仕事に役立つスキルの所持もしているはずだしな)

 優秀な手駒が手に入ったことを喜びながら、彼是あれこれ画策していく。

(再来年…。シナリオが順調に進んでいったら、今年度の終わりにはラスボスと戦うことになる。チマ様とデュロ殿下を通して生徒会への伝手も手に入れた。一年もあれば決戦時に協力を望めるくらいの関係を構築できる、…いや、してみせる!統魔族とうまぞくが心へ染み入る条件は何かしらの感情で、アゲセンベ・レィエであれば嫉妬だったはずだけど…チマは何だったの?主人公に負けた悔しさ、そんな程度の筈はないよね、自分を犠牲にしてまで統魔族を討たせたくらいなんだし)

 そんなこんな二人が会話をしていれば、チマとバァナの勝負は佳境となっていた。


「私は布陣を終えるわ」

(盤面点数はチマ様が4点有利。そして手札は私が一枚多い状況ですが、一枚で覆せるだけの札は手札にない。二枚出すことでこの回に勝利することが出来ますが、一枚不利な状況で残り二回のどちらかを勝利しないといけなく、次は先手で最低限一枚は札を出す必要があり…。………私の盤面にある『獅子金貨のコンソ』は回を超えて場に残り続けますが、チマ様の山札には後攻時の開始一巡目に使用できる『春嵐しゅんらん』得点0(相手の盤面にある札を全て裏側に変える)が確認できましたし…使われた場合は此方が札を二枚失うことに…)

 落ち行く砂時計に視線を送ってから、猶予が残されていないことを悟って、バァナは札を二枚使い勝負に出た。

(バァナが大きく勝負にでるなんて珍しいわね。こちらの手札に『春嵐』が無いことに賭けた勝負かしら)

 山札から五枚引いて確認するも『春嵐』は無く、この回に勝利をしても次の回は先手で開始する為に、実質的な手札の補充は四枚に成ることが確定した。

 少しばかり考え込んだバァナは、『屯田兵とんでんへい』得点1(他の屯田兵が場にいる場合に得点を1増やす)といったわかりやすい捨札を展開する。

(わかりやすい安定展開。バァナの持ち札、さっき入れ替えた札があるから一枚の不明はあるけど、残りの相互作用も加味して今の手札と次回に勝てる組み合わせは、)

 結果、この試合はチマが敗北したのだが、最終的に5-2とバァナが善戦したのである。


 本日も本日とて生徒会、夏の野営会で行う巨大パンケーキ会の企画詰め作業である。

「今更なのですがぁ、これどうやってひっくり返すのでしょうか?」

「身体能力強化を持つ生徒と警護に参加している騎士たちに協力してもらおうとは思っているのですが、企画の根幹ですから予行演習を行いたいですね」

「良いわね、ちょっとしたおやつにもなるわ。材料は兎も角として道具は未だ届いていなかったわよね?」

「未だだね。急造品をこさえさせて本番で失敗したのなら意味がない」

「学校の調理場では普通の大きさでしか作れませんから、どうしましょうか」

 生徒会の面々が悩んでいれば、シェオが何かを思いついたかのように口を開く。

「一つ提案なのですが、私がよく足を運ぶ第六騎士団では野外で大きな鉄板を用いて食材を焼いていることがあります。それらを借りて来るのは如何でしょうか?大きさは―――」

 と大きさの説明をしていけば、練習にはちょうど良さそうな大きさの鉄板らしく、一同は頷いていく。

「多少、食材の臭いが付いている可能性はありますが、学校こちらで使用すると伝えれば全身全霊を以て洗浄作業に勤しむと思いますよ」

「よい提案だビャス。第六に縁があるのなら連絡も願えるだろうか?」

「お任せを。運搬には何処に頼みましょうか?第六を学校へ入れるには少々面倒な手続きが必要となりますよね」

「それならば校門前で第二か第四に受け取ってもらいましょう。日程さえ連絡いただければ私の方で連絡いたしますので」

 第一騎士団のラチェが名乗りを上げ、にこやかな表情で面白い構えポーズをとっていた。

「ならば二年生三年生の面々から我々が身体能力強化スキル持ちの生徒を見繕い、協力を仰いでおきましょうか」

「「はいっ!」」

「一年生からはいいの?」

「新しく入学してきた一年生には、当日の楽しみとしてほしいので。…賑やかな予行演習となってしまうのは必至で、目には付いてしまいますが、当日を楽しみにしてもらいたいのですよ」

「ふふっ、良いわね」

 そうして各員は自分たちの役割を全うすべく動き始める。

「ところで…、夏の野営会はどこでやるの?」

「マフィ領ですよ。自然公園とそこに付随する宿泊地があり、マフィ侯爵家の者が在籍中はほぼ確定の選出となります」

「ドゥルッチェ縦断鉄道で行けるのが大きいのだ」

「そうなのね」

 チマの尻尾は心做しかくねくねと動き、口角も上がっていたとか。

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