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四話 侍従は騎士団で!

 蒸気自動車に揺られてチマがやってきたのは、そう学校である。あまり乗り気はしなかったものの、気の迷いから一度登校してしまった事を理由に、シェオが執拗しつこく登校を促すために仕方なく足を運んでいる。

 車輌を停めて玄関口に向かえば、先日にレベル上げを共にしたリンが待っており。

(二人共、圧が強いのよね…)

 気圧されながら挨拶を交わしていく。

「おはよう、リン」

「おはようございます、チマ様、シェオさん、ビャスさん」

「はい、おはようございます」「お、おはようございますっ」

 こうして友人と挨拶を交わせることは嬉しいようで、「あの日に登校しなければ」と思えないことが、なんともいえない表情を作り出す原因となっている。

「ではビャス、今日はお嬢様をお願いしますね」

「は、はいっ!」

「あら、シェオは何処かにお出かけかしら?」

「登城して騎士団の方へ顔を出すようにと」

「そういうね。この前に会ったばかりだけど、騎士たちみんなにもよろしく伝えといて。ああそうそう、アゲセンベ家から向かうのだから手土産は忘れちゃ駄目よ」

「承知しています。それでは授業が終わる頃には間に合わせますので。お嬢様とビャスの事をお願いしますね、リン様」

「はい、任されました」

 丁寧に腰を折りお辞儀をしてからシェオはきびすを返し、王城へと向かっていく。

「シェオさんって騎士も兼任しているのですか?」

「年齢に対してレベルが高いし実力を十分だから、騎士の修練に加わっているんだって。実際の様子は見たこと無いけれど」

(シェオが登城するなら今日は休んでても…、そうなるとリンが待ちぼうけになっちゃったわけだし。…なんか休み難い雰囲気を作られている気がするわ…)

「…。ビャス、そんな肩肘張らなくても大丈夫よ」

「…っ。」

 コクリと首肯しゅこうして、手足が揃って前を出す緊張しい様子にチマは微笑みを零す。

「そういえばチマ様ってシェオさんと仲が良いじゃないですか、何時いつからの仲なんです?」

「アゲセンベ家に仕えるのは七年前からよ、お父様が孤児院から雇ってね。働き者でスキルも多く優秀、時折穢遺地あいゆのちに行ってたみたいでレベルも高い。これ以上ない優良物件ってことで連れてきたみたいなのよ」

「それで直ぐにチマ様の侍従に?」

「二年くらいしてからだったかしら。色んなお稽古の合間に遊んでくれて、一緒にスキルを習得しようと協力もしてくれたから、私がお父様に言って侍従にしてもらったの」

「なるほど〜」

「私にとって、なくてはならない存在なのよ、シェオは」

 誇らしげなチマは胸を張り廊下を進んでいく。

(色恋とかじゃなくて、主従の信頼って感じなんだ。シェオさんは強いし、物語が進行した際に起こる彼是に対処するため、チマ様の近くにいてほしいけど。…今日みたいに護衛を離れる可能性は考慮しとかないと)

(そういえばシェオなしで屋敷外を出歩くのって、小さい頃以来よね。早く戻ってこないかしら)

 チマにとっての退屈な時間が始まろうとしていた。


―――


 シェオが向かったのは王城の一角にある第六騎士団の詰所。ここは数年前に新設された、市井出身者や家格の低い者が多く所属する騎士団で、日夜有事に備えて騎士たちが鍛錬を行っている場所でもある。

 施設は第三騎士団から明け渡されたお古で、味のある佇まい。有り体に言えば襤褸く、所々に手直しされた箇所も。

「アゲセンベ家に仕えているキャラメ・シェオです」

「まあこんにちはシェオさん。ちょっとご無沙汰だったんじゃない?」

 受付に構えていたのは、ふっくらとした体型の女性で憎めない笑顔を咲かせている。

「ある程度レベルも上がって、修練に加わる必要もなくなってきまして。少しばかりアゲセンベ家の職務を主としていました」

「じゃあ今日は別の用事が?」

「いえ、修練に。レベルが少し上がったということもあって、スキルの慣らしなんかをしておきたかったんです」

忠実まめねシェオさんは。ちょっと待っててね、許可証出しちゃうから」

「感謝します。それと手土産を、皆さんと召し上がってください」

「毎度ありがとうねぇ。…はい、入所許可証。回復魔法を使用できる騎士もいるけれど、怪我には気をつけてね」

「はい、それでは」

 白い手袋を着用したシェオが向かうのは勿論修練場、足を踏み入れれば騎士の面々が身体を技を鍛えており、初夏の熱気と彼らの活気が共に肌へと纏わりつくようではないか。

「ん?おお、シェオ!こっちに顔出すなんて、へぶっ!」

「鍛錬中に他所見をしない」

「はいっ!」

 顔面に一撃をもらったディンは、自身の顔に回復魔法を使いながら改めてディンへと向き直る。

「ご無沙汰ですねシェオ。先日にゲッペの穢遺地に出向いていたと伺いましたが、それに関連することでの来訪ですか?」

「半らそんなところです、ユーベシ副団長。レベルが上がりスキルを習得しましたので、その慣らしをしておきたくて」

「そういうことでしたか、構いませんよ。ではこの後は模擬戦にでもしましょうか」

(シェオのレベルは、確か…40半ばだったのがいくらか前。先程で報告をしていない以上、現在値の隠蔽を図っているのでしょうね。…となると50後半まで上がり、公にしたくないと考えるのが妥当。どう組み合わせに)

(ユーベシ副団長なら、今回レベルの報告をしなかったことに気がついて、こちらのレベルを高く見積もるはず。…、スキルポイントだけであれば100超え、だからこそそれに伴った技能がなければ、十分にお嬢様の役には立てない)

 元が低かったのが原因とはいえ、ビャスのそれは実力が伴ったものではなく、ややスキルに振り回されている印象があった。シェオはその事を考慮して、自身を鍛えるために騎士団へ足を運んだのである。

「そういえばアゲセンベ家の雇われたっていう、もう一人の方は連れてきていないのか?ゲッペで戦えるなら、ここでもいい修練になると思うんだが」

「お嬢様は今、学校の授業中です。二人同時に護衛を離れるわけにいきませんので、…時期を見計らって連れてきますよ」

「学校なら危ないこともないと思うんだがな」

「三〇年ほど前に伯爵家のご子息が暗殺されたのは学校でしたよ、ディン。騎士として国仕えるのなら、そういった事件を把握する必要があります。実際にそれ以降は学校側が警備を雇い、王族及び一部の高位貴族のご子息ご令嬢が通う際には第二か第四が警護に加わっているのです。配置換えがあった場合、他人事ではありませんのでしっかりと記憶しておくように。いいですか?」

「は、はいっ!」

第六ここを掃き溜め等と形容する騎士もいますが、貴方方は間違いなくドゥルッチェに仕える騎士なのですから、実力を認められそういった役職を賜る可能性がないわけではありません。何れの恥を無くすよう、心して学と力を身に着けるように!」

「「「はいっ!」」」


 キャラメ・シェオ。レベル51。保有スキル、風属性魔法適性【43/43】、身体能力強化【23/23】、魔法威力強化【15/15】、格闘術【14/14】、魔法射程強化【12/12】、魔獣察知【5/5】、毒察知【1/1】、怠惰の仕徒しと【1/1】。

 スキルポイントを振り分けてあるスキルは以上で、必要に応じて習得できるようポイントは余らせているシェオなのだが、模擬戦闘が始まってみれば高くなった自身の力に振り回され一試合が終わる頃には息も絶え絶えである。

「なんだシェオ、体調でも悪いのか?」

「そうではないのですが、少し上手くいかず…」

(適性と威力の上昇で力の調整が難しく。…小刻みに振って身体を慣らしていくべきでしたね。…、それとも『怠惰の仕徒』という不明なスキルが関与しているか。何にせよ、経験を重ねて慣らさねば、次の戦闘ではお嬢様を危険に晒してしまうかもしれません)

「ふぅー…、次も加えてもらっていいですか?」

「構いませんよ、…ですが根を詰め過ぎてもよくありませんから、次が終わったら一旦身体を休めるように。いいですか?」

「はい」

 仕える主の為に、シェオは自身の身体にスキルを馴染ませるべく騎士団と肩を並べ、彼らと模擬戦闘を重ねていく。

(魔法に関しては全体へ劇的な上昇が見られますが、それに対して彼自が追いつけていない状況ですね。こういう状況は、神聖しんせいスキルを取得した場合に多いと言われていますから…、『魔神まじん』か『風聖ふうせい』でも取得したと見るべきでしょう。優秀な才を有している若者だとは思っていましたが此処までとは)

「はい、そこまで。そろそろ昼餉ひるげ時ですから昼休憩を挟みますよ」

「「はい!」」「…っはい」

「感覚は掴めましたか、シェオ」

「お陰様で大方は」

「何があったかは聞きませんが、騎士たちにもいい刺激となりますので、必要に応じて足を運んでください」

「助かります、ユーベシ副団長」

「騎士団へ迎え入れられないのが本当に惜しい人材です」

「ははっ、何時いつもながら有り難いお言葉です。ただ、私はお嬢様一筋なもので」

「でしょうね。…我々騎士団ではレィエ宰相さいしょうの娘であるチマ姫を日常的に護ることはできませんから、シェオに役割を託します。我々を拾い上げてくれたレィエ宰相の、そしてチマ姫の為にお互いに尽力しましょう」

「はい。」

(実際のところ王城での貴族たちの動きはどんな様子で?)

(目立ったものは出来事はありませんが、小規模な小競り合いが発生していますよ)

(ガレト王家派閥と対立貴族派閥が、でしょうか?)

(ええ。対立派閥も一枚岩ではないのでまとまりがなく、動きも遅いので脅威になってはいませんが、第六騎士団で行っているように平民を多くすくい上げる政策は軋轢あつれきを生む原因と成るはずです)

(…。)

(レィエ宰相と仲の良いデュロ殿下でんかは彼らにとって都合の悪い存在ですので、対立の旗印にチマ姫を傀儡かいらいとして担ぎ上げようと手を出してくる可能性は捨てきれませんので、学校内外問わず警戒を怠らず、寄って来る貴族子息には特に目を光らせてくださいね。女の子であるチマ姫は御しやすい相手と見られますので)

(承知しました)

 チマ本人がどう思うと、彼女は王位継承者の一人であり、ガレト王家の血を継ぐ姫なのだ。そして都合の良いことに表舞台には立ちたがらず、持っているスキルは一つしか無く一点特化…と見える。故にそのスキルが政に向いているものでなければ、傀儡にしてやすいと考えるのが常で。

 第六騎士団の食堂へ同行すればシェオも受け取ることが出来、騎士らと肩を並べて料理をさじで突く。

「そういやあさ、この前は本人がいたから言わなかったけど、ゲッペでやってたのってパワーレベリングか?」

 レベルが高く実力のあるシェオが他の者チマを引率し、本人の努力なくレベルだけ上げたのではないか、とディンは問う。

「全員戦えていましたよ、お嬢様も。自身の管理を怠って体力を切らしてしまっていましたが、戦闘面では三人とも問題なく私も一人の時よりか楽ができた程なんです」

「へぇ、チマお嬢様もゲッペで戦えるなんて、俺たち騎士も浮々うかうかしてらんないってことか。遠出をしてレベルを上げに行く予定とかは?」

「お嬢様の長期休暇が来てからですね」

「なるほどね。…というか今更だけど、学校に行ってんの?」

「ええ、最近はお友達も出来て、楽しく…はなさそうですが渋々登校するようになってくれました」

「渋々…お屋敷でどんな風に暮らしていたかなんて知らないけども、友達もなく一人なんてのは面白くないもんな」

「そうです。それにスキルのせいで腐ってほしくもありませんので」

 シェオの言葉に嘘偽りはなく、長年の友人、いや親友たるディンはチマを想う彼を見て楽しそうに口端を上げた。

「あーあ、クソガキしてたシェオはどっかに行っちまったなー」

「そりゃあもういい歳ですからね」

「嘘つけ、歳なんかじゃなくてチマお嬢様に一目惚れしたのが原因だろうが!このカッコつけめ!」

「なっ、一目惚れって!そんなこと!」

「無いって言い切れんのかぁ?大事なチマお嬢様に、惹かれたことがない、そんなこと毛ほども思ったことはないってさ」

「否定は…、しないけども」

「はははっ、まさかシェオがね。他の男に取られないよう気をつけないといけないな!」

「…。」

「シェオはアレですか?身分がーとか気にする類いの人ですかね」

「ユーベシ副団長まで…」

「相手は王位継承権を有する紛うことなき王族、気後れする気持ちもわからなくはありませんが。現在の政策の旗頭になると私は思いますよ」

「それが嫌なんですよ。もし隣に立つことが出来たら、…お嬢様を政に利用してしまうようで」

「チマ姫の婚姻なんてどう転んでもまつりごとに利用されるのですから、悪くない選択肢を取れると考えて進んでみてはどうでしょう?レィエ宰相が許してくれるかはわかりませんがね」

 茶を飲み終えたユーベシは「悩め若者よ」と告げて、席を立って何処かへと消えていたのである。

 縁あって公爵こうしゃく家に仕えているものの、シェオは父親も知らない孤児で、本来であればチマなど雲の上の存在。彼女に手を差し出して良いのか、そう悩む気持ちは消えることはない。


「お疲れさん、また騎士団こっちに顔出せよ」

「まだ本調子にれていないからまた来るさ」

(…、ところでシェオ、お前どんなスキルを習得したんだ?今までと実力が段違だんちだったぞ)

(悪いがそれは言えない)

(そうかい。…まあ気負いすぎるなよ)

「ああ、それじゃあまた」

「またな」

 騎士団詰所から徒歩で王城内を移動するシェオは視線を一つ感じて出どころを探る。

(アレは…誰だったか。政務官の)

「君は確かアゲセンベ家に仕える使用人だっただろうか?」

「はい。第六騎士団に縁があり修練に参加していました」

「ああ、そういうね。私はバァニー・キィス、名前を聞かせてもらっても?」

「キャラメ・シェオです。アゲセンベ家に何か御用でも?」

「キャラメ…。あぁいやなんでもない、知っている顔に似ていたものでな。呼び止めて済まなかった」

「そうですか、失礼します」

 顎を撫でながらシェオの後ろ姿を眺めていたキィスは、子を孕んだことを切っ掛けに手切れ金を渡し屋敷から追い出した使用人を思い出す。

(捨てたた種がアゲセンベ家あんなところで芽吹いているとは思わなんだ。…上手く利用すれば王弟宰相の失脚、いやそれ以上の結果を望めるか)


―――


「やあチマ。今日も登校しているんだね」

「こんにちはデュロ、仕方なくよ仕方なく」

「仕方なくでも嬉しいよ。これから楽しくなっていけばいいのだからね」

 眩い笑顔のデュロは食堂にやってきては、チマとリンと同じ席へと着くて麗人の護衛に食事を運ばせる。

「さらっと相席するじゃない…。リン、嫌だったら言ってね、蹴飛ばして追い出すから」

「大丈夫ですよ」

(周りからの視線がヤバい~っ)

 不登校者と市井出身者、その二人と態々机を同じくする彼の行動に、あらぬ噂の一つ二つ。デュロとチマは気にした風でもないのだが、リンと護衛をしているビャスの心臓が跳ね上がる。

「そういえばシェオがいないようだけど、体調でも崩したのかい?」

「騎士団で修練を積むために護衛を外れているの」

「なんだ不用心じゃないか、…ラチェ、昼後の授業はチマの護衛をするように」

「はっ、承知しました。グミー・ラチェ、只今よりチマ姫様の護衛へと移ります」

 ラチェと呼ばれたのは小太りで背の小さい護衛の一人。堅苦しい返事に反して、ウインクをしながらその目元でブイサインを作っているお茶目さん。その実力は今上陛下きんじょうへいかの一人息子である第一王子デュロの護衛を務められる程なので、人とは容姿で判別出来ないものである。

「いいの?デュロの護衛を減らす方が色々と不都合でしょうに」

「一人減って守れないようならこの場にはいないさ」

「っ」

 彼の言葉に護衛の一人は気を引き締めていく。

「そういうことなら。よろしくね、グミー・ラチェ騎士」

「お任せを」

「それでは昼食としよう二人共」

「もう私たちは食べ始めているのだけど。というかデュロの食事は未だ届いてないし」

「あぁ…本当だ、ついつい気が早ってしまったか」

「まあいいわ、待っててあげるわよ」

「流石チマ、寛大な私の従妹いとこだ」

「あまり調子良いこと言うと、あることないことお父様に言いつけるわよ…」

 呆れた表情のチマは、リンと共にデュロの昼餉ひるげを待つのであった。


 教室でリンと並び席に着いたチマは退屈そうな表情で、一応のこと授業を受けていく。

「今から大凡おおよそ二五〇〇年前、地上に残られていた最古にして最後の神セアーダスが休息の為に天へと昇ったこと、それを切っ掛けに地上の各種族は建国を行い、このドゥルッチェ王国も誕生しました。さて、この時に建国宣言を行った建国王は誰か分かりますよね?…ではアゲセンベ・チマ様、お答えいただけますか?」

「古ドウルーチェ語呼びできみのフェーヴと呼ぶ方もいますが、現代に即した呼称ではフェヴ王が正解ね。場所は旧都ドウルーチェ、純人族による最古の国として脈々と受け継がれ、現在のガレト王朝に至ったわ」

 王族の一人として恥ずことのない回答に教師は肯き、チマへの着席を促す。

「ありがとうございました。では、―――」

 初期建国史。古ドウルーチェ国として形をなしたこの国は、周囲の国々を飲み込んでいき大勢力となって国家基盤を固めていくという話し。

 ここから大凡二五〇〇年の時を、内乱による分裂や純人族同士での戦による領地の奪い合い、他族との戦争と長い長い歴史が続いていくこととなる。

 「貴族であれば基本知識」と言いたいチマであるが、周囲の様子を見るに全体の内七分70パーセント程度しか理解しておらず、こんなものなのだろうと視線を戻す。

(卒業後に学院進む者以外はそこまでの関心もないのね)

 学校というのは貴族の子らが出会いの場とすることも、目的の一つとしている。王族の通う事が決まっている第一は他と比べれば試験こそ難しいものの、入ってしまえば後はおんの字。将来の伴侶を見繕うことができる。

 特に昨年からの四年間は王族の男女が在籍するので、灰被りのような展開シンデレラストーリーが望めるかもしれないと胸躍らせていたことだろう。…片方は先日まで不登校を決めていたのだが。

(リンは…まあわかってるわよね、次席なんですもの。熱心に勉強しているし、…学を身に着けて城仕えに成る心算つもりかしら。…ならまあ、超えるべき壁として目の前に立っててあげるのが、首席としての役割よねぇ、ふふっ、ちょっとくらい真面目に授業に参加しなくっちゃ)

 そんな、少しばかりやる気を出したチマを見て、リンは「歴史が好きだったっけ?」などと小さく首を傾げた。


「最近にアゲセンベ家へし抱えられた護衛の方でしたか、お名前を伺っても?」

「…っ、びゃ、ビャスです。てぃティラミ・ビャスっ」

「ティラミ・ビャス殿、お食事の席で紹介に与りましたが、私は子爵ししゃくの地位をたまわり第一騎士団に所属するグミー・ラチェと申します。お互い護衛の身として学校では顔を合わせることになると思いますので、是非名前とこの顔だけでも覚えて下さい」

「…はははいっ」

 やはりと言うべきか、丁寧な言葉遣いに反して変な構えをしてみたり、少々変わった御人。…なのだが、未だ未だ未熟なビャスでさえ感じ取れる隙のない姿勢運びに、彼は小さく握り拳を作っていた。

(スキルポイントはたくさん振って、スキルレベルの総数だけなら負けない、…と思うけど。勝てる気がしない、そんな人だ)

「なんだか…、何れとんでもない傑物になりそうなので、機会が有りましたら手合わせをいたしましょう。多少であれば剣術の指南も出来ますので」

「……、はいっ。そそそその時はお願いします」

 ラチェはVサインを作りながら、廊下で警備を継続していく。


 昼後の授業が終わる頃合い、校舎内をツカツカ進んでいくのはシェオの姿。騎士団で色々と言われて思うところもあるのだが、それはそれとして職務を果たすべくチマの許へと向かっていく。

「あれ、グミー様じゃありませんか」

「シェオ殿、時間に遅れるとのない登場ですね。第六での修練は如何でしたか?」

「お嬢様を守る為に必要な力と出来たと思います」

「それはなにより」

「グミー様はデュロ殿下でんかの命でお嬢様の護衛を?」

「ええ、昼後からですけどね」

「それはお手数をお掛けしました、ありがとうございます。感謝の意をデュロ殿下にお伝え頂けますか?」

「承知しました。では私は失礼します」

 慇懃な礼をするラチェに、二人も礼を返して授業の終わりを待つ。

「何か問題は有りましたか?」

「ありません」

「それは良かった。…そうです、今度はビャスも第六へ行って修練に揉まれて来るように。いい経験になるはずですから」

「、っ!」

 首肯しゅこうしたビャスは腰にくサーベルを軽く触り、期待を胸に気合を入れる。


「それじゃあね、リン。…仕方ないから明日も来てあげるわ」

「え、はい。それじゃあお待ちしてますね!」

「明日は雨が降りそうだから待ってなくていいわ、濡れて風邪を引かれたら困るのよ」

 ひらひらと手を振ってチマは下校していく。

「ねえシェオ」

「なんですかお嬢様」

「騎士団では結構な熱量で修練を積んできたみたいだけど、それほどのことでもあったのかしら?」

「慣らしが必要だと思い修練に参加したのですが、“新しいスキル”はどうにも悍馬じゃじゃうまでして熱がってしまったのですよ」

「なるほど、スキル持ちはスキル持ちで大変なのね」

「そういうことになります。ところで、どうして私がそれほど修練に打ち込んだと分かったのですか?」

石鹸せっけんの匂いが違うわ」

「捜査犬みたいですね…」

「私を犬扱い?!心外だわぁ」

「長年仕えている私だから、…なんとも思わないわけではありませんが、許容出来ているんです。匂い云々は他の方に言ってはいけませんよ」

「流石に言わないわよ。ただ、頑張っているシェオを労いたかっただけ。いつもお疲れ様って、ね」

「あ、はい。ありがとうございます」

 やや紅潮したシェオを見たビャスは、この二人の関係を羨ましく思い。そして少しばかり焦れったくも思い始めた。


 帰宅したチマは夕餉までの間に、体力を培おうと庭で準備運動を行っており、シェオとビャスも合流し共に身体を動かす。

「私は走り込みをする予定だけど、二人も一緒にやるの?」

「基礎体力は鍛えて損がないと騎士たちも言ってましたから」

「……僕も身体を慣らしたくて」

「そう、それじゃあゆっくりやっていくわよ」

 前回のレベル上げで得た反省は、身体能力強化や武器スキル持ちよりも持久力が劣るという点だ。こういった場合、関連スキルへポイントを振り分けることで軽減か解消するのだが、残念ながらチマにはそういった手法が取れるだけのスキルが存在しないので、地道に汗水…は多く流れないので、泥臭く頑張っていく必要がある。

 現在の身のこなしや剣術も、長い期間の稽古と夜眼族の基礎能力で構成されているため、同じ手法で進むのだ。

 三〇分走り、軽い水分補給と休息。これらを三回繰り返していけば、チマはへとへとになって座り込み、二人もいい汗を流していた。

「はぁはぁはっ、三回が、限度っね、はぁはっ、わたくしは、」

「はぁー、すぅ、はぁー、三回もできていれば十分だと思いますよ。チマ様はスキルによる補助がありませんし」

「僕は、もう一回やってきます」

「無理そうなら、途中でも休憩するのよー…」

「は、はい!」

 高い身体能力強化により溢れ出る体力のあるビャスを眺めつつ、シェオは口を開いく。

「未だ、スキルは欲しいですか?」

「ほしいわ。スキルが一つしかない限り永劫に希い続ける筈よ」

 即答。

「お嬢様が私とビャスへスキルポイントを分け与えられたように、こちらからもスキルをお渡しできれば良かったのですが…」

「なら試しに必要のないスキルで試してほしいわ」

「わかりました。私キャラメ・シェオのスキル、その全てをアゲセンベ・チマ様に譲渡します」

「ぜ、全部って…。重いと逃げる心算はないけれども、随分と思い切ったわね」

「お嬢様が笑顔で暮らせるのなら安いものですよ」

「…駄目ね。シェオの覚悟は無駄になってしまった。ただ、気持ちだけは受け取ってあげる、懐剣かいけんとしてね」

 夕焼け空を見上げているチマは、一度口を開いてから閉じて、意を決したように言葉を吐き出す。

「私ってシェオに何か…したかしら?」

やぶから棒になんですか?」

「今のアゲセンベ家うちに仕えてくれる皆って、忠誠心にあつい人たちが多いじゃない?その中でもシェオは特に私に尽くしてくれて、何か切っ掛けでもあったのかなって思ったの」

「うっ、そうですね。えーっと、ちょっと自分自身でもよくわからなくて、まあ…人徳ということで」

「ふぅーん。分かったら教えて頂戴。どんな小さな理由でもしっかりと聞いてあげるから」

(流石に一目惚れなんて言えませんよねぇ。お嬢様が八歳やっつの時ですから、今思うと幼年愛者ロリコン疑惑が浮かびますし…)

 身悶えしたくなる衝動を抑え込み、シェオは真面目顔で考えるふりをし。

(もし…私の想いを打ち明けたのなら、お嬢様は…どんな反応をするのでしょうか)

 一歩踏み出せない自分自身に少しばかりの嫌気が差す。

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