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三話 穢遺地のにて!

「お嬢様!今日はお休みなのでレベル上げに行きましょう!」

「…、行きましょうっ!」

 何時も通りに乙女の寝室にズカズカ入ってくる侍従たちをたしなめることもなく、チマは掛布を被って丸まった。尻尾だけを出しては、寝台を叩き反意を示しながら。

 ちなみにチマの寝室に入れるのは家令のトゥモとシェオ、そして女性使用人のみ。他のものは同行者としてのみ入室が認められる形になっている。

「今日はいいお天気ですし、私とビャスがいれば百人力!パパッとレベルを上げて、私もにスキルポイントを下賜かししてください!」

「…。」

 ビャスは握り拳を作って頷いている。

「…気軽に私を利用しようとするわね」

「スキルが育てばお嬢様をお守りする力となれますし、優秀な護衛がいるとなれば下賤げせんな平民連れなんてそしりをお嬢様が受けることがなくなるやもしれませんよ」

「…、別に私が誹られるのはいいのよ。仕方ないわね、貴方達が優秀な私の侍従であると証明できるようレベル上げに行ってあげるわよ」

「流っ石、お嬢様!よっ、ドゥルッチェいち!」

「その馬鹿で間抜けなはやし立ては本当にやめて…。スキルポイントなんていくらでもあげるけれど、それに溺れて鍛錬を怠ったり堕落するようでれば、お父様に言って解雇してもらうから努々ゆめゆめ忘れないように。いいわね」

「承知しました、胸に刻みます」「…っ承知、しました」

 シェオとビャスは一糸乱れぬ、息の合った動きでひざまづき誓いの姿勢を表していた。

「ビャスも誓跪けいきを出来るようになったのね」

「っいい色んな人、アゲセンベ家の皆が沢山教えてくれました」

「そう、頑張っているのね。努力は報われる、なんてことは言えないけれど、努力をする者は好きよ。雇ってよかった、そう思われるように励みなさい」

「はい!」


 朝餉あさげを終えてシェオの運転する蒸気自動車に揺られていれば、ビャスが何かを発見したようで声を出そうと一呼吸する。

「っあ、あの。おおお嬢様のお友達が」

「友達?リンのこと?」

 コクコクと首肯しゅこうしては、リンと思しき者を指さしている。

「偶然の巡り合わせですし、お喋りでもしていきましょうか」

「そうね、近くに停めてくれる?」

「承知しました!いやぁ、お嬢様にもお友達ができて、私は嬉しい限りですよ」

「大袈裟ね…」

「大袈裟ではありませんよ。お友達も居らずひとり寂しく人生を過ごすお嬢様を見ることなく、職務に全うできるのですから、これ以上の喜びはありません。…本当に良かった」

(私の事を考えてくれるのはいいけれど…昔から変わり者の侍従よね)

 彼がアゲセンベ家にやってきたのは、チマが八歳の頃。明るく元気な使用人のシェオは、事あるごとにチマに手を貸して同じ土台で一緒に頭を悩ませながら共に様々な挑戦をしてきた。チマにとっては兄のような存在であり、手放しに信用できる相手だ。

 リンの進行方向へ停車し、少し待っていれば彼女も気がついたようで目を丸くして走り寄ってきた。

「おはようございます、チマ様。町中で会うなんて奇遇ですね」

「おはよう、リン。貴女はお出かけかしら?」

「そんなところです。穢遺地あいゆのちに行ってレベル上げと、お金稼ぎにと」

「あら、リンも穢遺地にいくのね。私たちもなのよ、二人がうるさくって」

「チマ様もですか、ならご同行しても宜しいでしょうか?実は回復魔法を使えまして、役に立つと思いますよ」

 よく見れば荷物からは棒状の物が三本頭を出しており、武器であることが推し量れる。

「だって、どうするシェオ」

「良いですね!回復が出来るということならば、戦いやすくもなりますし、いざという時にも対処できます。是非ご乗車くださいリン様」

「では失礼しますね」

 後部座席はチマが一人で乗っていたので、横へ移動し並んで座る。「わぁ高級車だ」なんて独り言は聞き流し、荷物を後ろに移して再発進となった。

「ところでリン様、いきなりの質問で不躾なのですが」

「はい、何でしょう」

「リン様のレベルは如何ほどでしょうか?」

「34ですよ」

「34?!ブルード家の養女とのことですけど、出生は騎士やそれに関する家だったりしますか?」

 チマと同じ一五歳とは思えないレベルに声を裏返らせて驚いたシェオ。

「ちょっとお小遣い稼ぎに穢遺地に通ってただけですよ、あははー…」

(一五歳であればレベル20にいかないくらいが適正だもんね~、あたしでも驚くよ)

「リンって勉強だけでなくて戦闘もできるのね。将来は王国騎士団にでも入るの?」

「どうでしょう、とりあえず二年生に上がれたら考えようかなって。眼の前のことがいっぱいいっぱいなんです」

「ふぅん。私と縁があるのだし、必要なら言って頂戴。お父様と伯父様に紹介してあげるから」

「その時は是非」

(本気で言ってそうな表情…。国王陛下と宰相に紹介ってとんでもないこといってくれるよね。…、不登校だったり、スキルが一つしかなかったり、夜眼族やがんぞくとの混血ハーフだったり、他とは違うご令嬢だけど人柄は良いし、遠巻きに眺めて陰口を叩く同級生たちは見る目ないんじゃないかな)

(リンが出世すればアゲセンベ家に仕えてくれる市井出身者や、市井の民への風当たりがもっと良くなるかもしれないわね。そうすればお父様と伯父様の行っている政策も進めやすくなるだろうし、悪くない、悪くないわ。でも友達を政争に巻き込まれてしまうのは嫌だけども、その時は私が矢面に立ってあげようかしら)

「皆さんはどんな感じなんですか?」

「私が14で、シェオが40いくつ、ビャスが3よ。ああ、ビャスは3だけど十分強いから安心していいわよ」

「シェオさんって結構レベル高いんですね」

「旦那様やお嬢様のお役に立てるようにと、鍛錬を怠らなかった成果ですよ」

 自慢げなシェオは鼻高々といった様子。

「王城に務める騎士とかは目指さないのですか?まだお若いですし」

「私が仕えるのは大恩のあるアゲセンベ家と心に決めておりますので、解雇でもされない限りは他所に行く予定はありません」

(凄い忠義心、ゲームの時よりも使える主に熱心な感じなんだ。レベルも高いし、頼りにしていいかも。そしてビャスさんは順当にレベルが低いね。『勇者』を所持している影響でレベル上げ効率が半減してるから当然なんだけど、結構強いってどういうことなんだろう。晩成型のキャラで、パーティ加入可能状態では最弱だったはずだけども)

「ビャスさんの、レベルに反して強いというのは、戦闘技術が高いということでしょうか?」

「そんなところよ。夜眼剣術やがんけんじゅつも教えているから頼りになるはずよ」

「…が、がんばりますっ」

 チマのスキルポイントを譲渡されたジャスは、実質的なレベルは120相当。変化に身体を慣らすため、幾らかスキルポイントは温存し少しずつ振り分けることで実力を制限している状況だが、それでも十分強くなっている。

(チマ様は同年代貴族よりちょっと低いくらい。作中じゃビャスルートのイベントで使用可能プレイアブルキャラになったときも、レベルとスキルは確認できなかったから、低いのか高いのか分からないけども。これである程度の実力は判別できるだろうし良い機会かも、渡りに舟ってやつだよね~)

 ご機嫌なリンは車窓から過ぎゆく景色を眺めながら、ゲームのオープニングを鼻歌で奏でていく。

「ところで何処の穢遺地にいくんですか?」

「ああ、そういえば言っていませんでしたね。私達が向かうのは王都南東部に位置するゲッペの穢遺地ですよ」

「「は?」」

 声を合わせたのはチマとリン。

「ゲッペって王国騎士団の騎士たちが修練に行くような本気マジな場所じゃない!?」

「そうですよ。私一人でも対処できる相手しかいないので、四人もいれば余裕でレベル上げをできます」

「騎士団からの発表されている推奨レベル帯は35以上ですよね?到達している人がシェオさん一人しかいないのですが…」

「ははっ、なんとななりますよ。もう蒸気自動車は走り出しているのでお二方は覚悟してくださいね!」

「ふざけるんじゃないわよぉぉっ!!」

 悲鳴めいたチマの叫びがこだまして、シェオの運転する車は進んでいくのであった。

(クールで復讐の牙を虎視眈々と研いでいたシェオは何処にもいないんだなぁ…。エピローグでは結構明るかったし、元はこういう性格なんだろうね)


 リンを拾って一時間半あまり、到着したのはゲッペの穢遺地。騎士団や一部の実力者などが訪れる場所ということもあり、駐車場や滞在用の区画、御手洗いなども整備されている。

『推奨レベル35以上。本穢遺地に立ち入った場合に被った損害ついて、ドゥルッチェ王国騎士団は如何なる責任も負わず、行方不明者が発生した場合においても捜索は行われません。ドゥルッチェ王国騎士団』

『ゲッペ穢遺地に於いて取得された錫色すずいろ残響炭ざんきょうたんは、各地の騎士団駐屯地ちゅうとんちにて換金を行っております。昇歴しょうれき二四八五年枇杷月4がつ付け、1キログラム当たり800フィナン。ドゥルッチェ王国騎士団』

『行方不明者を探しています。本人若しくは遺留品等がございましたら、こちらまでご連絡をください。[似顔絵][付加情報][連絡先の住所]』

 警告や残響炭の換金情報、行方不明者を探す旨の張り紙となんともまあ物騒な場所に、チマはわかりやすく嫌そうな表情を見せている。

「気が重いわ、ちょっと万全の状態で挑めるか心配なのだけど」

「安心してください、お嬢様。確実に対処できるように、装備を整えてきていますので。いざという時には全力で撤退していただければ、こちらも対処できますし、問題ありませんよ」

「それならいいのだけど。命を賭して守る、とかいうのは洒落にならないからやめてよね」

「私が命を賭さなくてはいけないような場所へお嬢様を連れては来ません、安心してください」

 慇懃いんぎんこうべを垂れたシェオは、ニコリと微笑んでチマを心を落ち着かせる。

「仕方ないわね、それじゃあ準備を整えて向かうわよ」

「はい!」「…っ」「はーい」

 チマとビャスの装備はサーベル。ビャスが用いるのはアゲセンベ家が保有する刀剣の一振りで貸し出された物、今まで使っていた剣は彼の私室に保管されている。

(夜眼剣術を使うってことは、そりゃまあサーベルだよね。二人はゲッペの適正レベルに達してないから、あたしの方でも注意してないといけないね~。そしてシェオさんは…やっぱり手袋。杖とか魔力銃と比べて威力は劣るけど、小回りが利いて反応速度も上がる。護衛職を務める魔法師に多い装備だ)

 味方の状況を確かめつつ、リンは手荷物から60センチほどの棒を三本取り出して組み立てていく。

鉄棍てっこんですか、なかなか渋い武器選択をなさるのですね」

「金属製の長棍だと鈍器術と棒術の両方が乗るので便利なんですよ、この組立式くみたてしき六尺鉄棍ろくしゃくてっこん

「剣術と刀術に乗るのは有名ですが、そちらは初めて知りました、リン様は聡明そうめいでいらっしゃる」

(あっ、ヤバ。これってゲームやってないと分かんない情報だったかも!)

「あはは…、試していたら偶然乗っている風だったので、偶然ですよ偶然!!」

 武器スキルを習得し、対応する武器を所持していると、身体能力や戦闘技能の向上が起り、そして技術習得の速度が格段に上がる。スキルを持っていない者が数年掛かりで得られる腕前を、スキルポイントのいくつかで習得できるのだから、スキル至上主義という考え方も頷けてしまう。

「…。」

 そんな会話を少し面白くなささそうに見つめるのはチマ。

(無いものは仕方ないけど…、スキルの彼是あれこれをお喋りしたいわ!)

「そうだ、パーティを組むのですし御三方のスキル構成なんかも知りたいなぁって思うのですが良いでしょうか?」

「「「…。」」」

「…っ」

 アゲセンベの三人が纏う空気が僅かながら変わって、リンは息を飲み込む。

(私のスキルってかなり価値のあるらしいし、未だ秘匿しておいたほうがいいわよね。せっかくのお友達だし教えてあげたいけど、それはいずれってことで)

「知っているかもしれないけど、私にはスキルが一つしか無いの。持てる手札を全て明かしてしまう不得策と思うから“秘密”とさせていただくわ。シェオは風を主体とする魔法師、そしてビャスは剣士よ」

「そうですよね、不躾な質問でした」

 平頭に謝罪していれば、「頭を上げて」と穏やかな表情のチマが言い。

「リン。貴女とは良き友になれそうだから、何れ教えてあげるわ」

「~っ!楽しみに待っていますね!」


「それでは皆さん、こちらを装着してくださいね」

 シェオが取り出したのは鞄やベルトにつける装飾品の玉、のようなもの。

護陣佩ごじんはいね。そういえば前回のレベル上げの時には使わなかったけど」

「あの程度、余裕でしたよね?」

「余裕だったけど、…不測の事態もあったから持っといたほうが良かったでしょうに…」

「…実はちょっとばかし後悔をしてまして」

「なら気をつけなさいね。私に何かあって、シェオがお父様に叱られるところなんて見たくないんだから」

「承知しました。今回もですが次回以降も場所を問わず使用するので、使用方法を覚えてくださいね」

「ええ、教えて頂戴」

(おおぉー、ここ数日思ってたけど、この二人って本当に仲いいんだ)

 なんて新たなカップリングの可能性を見出しているリンは扨措さておき、護陣佩の説明が行われていく。

「この金具を下ろすと半分に開きますので、内部に整形残響炭を入れることで効力を発揮します。この護陣佩ならば…駈歩時速20Kmの馬に轢かれるくらいまで耐えられると思いますので、一時間半毎に炭を入れ替えて戦いましょう」

「私もいいんですか?」

「どうぞどうぞ。費用もこちら持ちですのでお気兼ねなくご使用ください」

 市井では手に入らないような一級品を貸し出され、「費用分は間違いなく働かねば」と気合を入れるリンである。

「次いではパーティ契約です。各々が自身の手の甲を撫でまして、息を吹きかけずに拳を合わせますと大きな巻紙が現れますので、リーダーとなる人が期間を宣言することで完了します。得られる利点としてましては、仲間の場所を把握できることと同士討ちの際の被害を軽減してくれ、仲間が倒した際にもレベルが上がるようになります。一体を倒した際の効率は四半分25パーセントになってしまうそうですが、人数が増えた分、効率的且つ安全に対処できるようになりますので、最終的には組んだほうが良いですよ」

「…っ、そそうなんですね」

「人数上限は四人で、最大期間は三ヶ月だったはずよ。リーダーは誰がやるの、一番レベルが高いシェオ?」

「ここはお嬢様で。高貴なお立場ですし、何れ誰彼だれかれと組むことがあると思いますので予行演習としてやっておきましょう」

「まあいいけれど。何かパーティリーダーとして心得ておくことはあるかしら?」

「そうですねぇ、私が魔物を倒す毎に『流っ石シェオ、頼りになるわ!』と仰ってもらうことでしょうか」

「はぁ…バカバカしい。シェオの事を頼りにしてないわけがないじゃない、仕えてくれる皆の中では誰よりも、一番信頼しているのよ。まったく…」

「っ!!」

 阿呆らしいと肩を竦めるチマとは対象的に、シェオは顔を真赤にして落ち着きなく顔を手で扇いでいる。茶化す心算つもりが最大級の反撃を喰らって言葉もなくなってしまうとは情けない。

(ねえビャスさん、この二人っていつもこんな感じなんですか?)

(…いいいつもじゃないです。っだ、だけど仲は良くて、兄妹みたいな感じかと)

(へぇ、兄妹)

 なんともまあ見慣れぬ光景を楽しみつつ、リンは準備運動を行って魔物との戦闘へと気合を込める。


「それじゃあレベル上げ開始。危なそうなら私を援護してちょうだいね」

 さやからサーベルを引き抜いたチマは、一度姿勢を落してからしなやかな身体から繰り出される瞬発力を元手に飛び出して、視界に映っていた鱗で覆われた犬へと向かっていく。

 このゲッペの穢遺地に現れるとは魔物は二種類。身体の上部を鱗で覆った犬のような魔物のリンク。そして、炎を纏った蜥蜴とかげのエンセキだ。

 リンクの体躯は大型犬のそれよりもいくらか大きく、身体そのものでの体当たりから、鎧でも噛み砕かん顎力がくりょく、そして鋭い爪とどれを取っても厄介な相手。加えて鱗による鎧の防御と、素人では苦戦必至、囲まれれば容易く命を落とすであろう。

 人並み外れた速度で接近したチマは、先ず一度、斬り掛かる風を演じて相手の対応を見た。リンクは一歩退いてから大口を開け歯牙で柔肌を貫こうとするのだが、攻撃の隙を晒しているチマなどいるはずもなく、くるりひらりと相手の頭上へと跳び避けて着地と同時に後ろ脚の一本を斬りつける。

 キィン。腕に伝わる振動に鱗の強靭さを理解わからさせられるが、騎士団御用達の修練地。想定済みと言わんばかりに駆け抜けて距離を置く。

(後ろ脚にまで鱗があるのね。狙い目は首から腹にかけての毛皮部分だけど、そこを狙うには)

 右、左と繰り出される爪撃を、限々届かない、一歩足りないところで回避しては距離を詰めさせ、再び大口を開けての咬撃アホ面を誘発して鼻先を全力で殴りつけた。

 夜眼剣術はお行儀の良い戦い方でなく、空いている手で殴り、蹴りを繰り出し、手段を選ばず身体の全てを使って殺しにいく剣術、いや武術。

「キャウン!ッギャ!」

 大きな体躯に見合わない可愛らしい声で鳴いたリンクに対して、膝で下顎を蹴り上げて頭を浮かせながら耳を鷲掴わしづかみ、力いっぱい捻り喉元を上に向けた。

 すれば次の行動は一つで、サーベルを逆手に握り替え喉へ突き刺して引っ張り、リンクを討伐してみせたのである。

「ふぅ、一対一ならやれるものね。多対多になるから難しいのだろうけども」

「「「…。」」」

 これに驚いていたのは本人ではなく、残りの三人。

(ゲームでは文句無しの最強キャラだったけど、こっちでも相当な実力なんだね…。武器術を超えた剣聖やら刀神みたいな神聖スキル持ちかも…、隠したくなる理由がわかるわ〜)

 スキル一本で倍以上のレベルが推奨される相手を難なくリンクを倒してみせたうえ、あまつさ幾許いくばくかの余裕さえ見えるチマの姿は驚愕の一言。本来であれば様子を見て横槍を入れつつ、援護しようと考えていたのだから驚きが止むことはない。

 戦闘に役立たないスキルだと知っている二人に関しては、思考すら停止してしまっているのだが。

「さあ貴方達も見惚みとれてないで手伝って」

「「「はいっ!」」」


(アレが、さっきのが夜眼剣術の本領!貰い物のスキルと習いたての技術だけど、僕だって拾ってくれたお嬢様の役に立ちたいから)

 チマと比べると俊敏性と柔軟さに掛ける動きのビャスであるが、それでも多くのスキルポイントを使用することで得られた身体能力強化を不断ふんだんに利用して地を駆け、剣術スキルを乗せた一撃を繰り出す。接敵からの勁い踏み込み、そこから繰り出される横薙ぎはリンクの上顎を切断してみせた。

「っ!?」

 ず驚くのはビャス自身。いとも容易たやすく相手を仕留められた事実、そして単調な動きではあるものの農村でくすぶっていた頃よりも格段に上がっている身体能力。スキルポイントという要素が如何に重要だったかを思い知らされ、まるで別人に生まれ変わったかのように錯覚する。

「…、これなら」

(役に立てる!!)

 決定力に欠け至近距離戦闘を繰り広げるチマの方へと視線を向けては駆け出し、リンクの後ろ脚を斬り落としては大きな隙を作り出し、彼女が相手の喉を裂いて止めを刺した。

(やるわねビャス)

 チマが控えめな笑顔を向ければビャスははにかんで、次の相手へと視線を向ける。戦闘を、同胞はらからの血の匂いを感じ取ったリンクがあちこちから姿を見せ始め、高いレベルが要求される場所ということを理解させられていく。

「ふっ、はっ!」

 遅れせならが二人に合流したリンは鉄棍を振るいてリンクの横っ面を殴り飛ばし、手元でくるりと鉄棍を回しては迫りきた相手に突きをお見舞いする。どれもこれもが一五歳の少女から繰り出されるとは思えない威力と技術わざの数々、跳び掛かってきた相手の頭蓋を振り下ろして砕いてから、軽く退いてチマとビャスへ合流を果たす。

「私も結構強いと自負しているのですけど。どうでしょう、お眼鏡に適いましたか?」

「回復も使用できるのでしょう?」

「そっちが本命ですね!」

「今日一日、頼りにさせてもらうわ、リン」

「次以降のレベル上げの際も是非ご同行させてください」

「…その機会があったら、ね」

(頻繁に穢遺地へ来たくないしぃ)

「まあ何にせよ、護陣佩の期限まで魔物の相手をするわよ。シェオ!準備は出来ているかしら?」

「問題ありませんよ、乱れ駆けろフーア!」

 手袋に魔力を流して展開するは風の慈鳥からす、その大群。リンク一匹に対して三匹の鴉が突き刺さり、風の刃を生み出して四散することでチマらを囲もうとしていた一群は半壊。前衛を張る三人が暴れ始めるのである。

 夜眼剣術の防御手段は攻撃を受けないこと、それは回避するだけに至らずチマのように相手の攻撃を潰すことも含まれているのだが、習って数日のビャスにはやや厳しいようで動き回り、爪牙を回避しながら的確に対処を行っていく。右左右、そして噛みつき、四連続攻撃を足を止めずに回避仕切り、口が閉じられた瞬間にサーベルを振るった。

 然しながら刃は相手に届かずリンクには脇を抜けられ、相手の後ろに、ビャスの視界になるように潜んでいたもう一匹が大口を上げて飛び掛かり、彼は顔を引き攣らせた。

「諦めるには速いんじゃない?今日は一人じゃないのよ」

 サーベルを肩に担いだチマは、飛びかかろうとしているリンクの腹下に入り込み、前転でもするかのように全身で得物を振って腹を裂き、空いた手で大地を掴んでは一点倒立の体勢でサーベルを投擲。ビャスの脇を抜けていった一匹の喉に命中させる。

(そう、私ももう一人じゃないわ。ふふっ、なんて気分が良いものかしら、居場所は守らなくっちゃ!)

 大地を弾き、軽い身の熟しで着地をしては、左右から襲いかかるリンクを跳び避けて、シェオのフーアが通り抜けた事を確認。巻き込まれまいと更に後ろへ下がりつつ、自身のサーベルを回収。慈鳥から放たれた風の刃、その当たりどころが悪く一撃で死ねなかった相手に止めを刺してから、囲まれないよう全力で駆け抜けていく。

 方向転換の合間、リンの状況を確かめてみれば、あちらはあちらで迫りくるリンクを千切っては投げ千切っては投げの無双状態。鉄棍に因る打撃音が鈍く響き渡っている。

(敵の数が多くなってきましたか、…お嬢様は高揚しきりで体力の配分が狂ってしまいそうですし、一旦三人には戻ってきてもらいましょう)

「中規模の魔法を使いますので、此方へ戻ってきてください!」

 この場での最高実力者且つ戦闘の熟練者であるシェオの一言は、前衛三人を一斉に引かせることに成功し。

「狂え踊れ風の大籠、フーカ」

 範囲を指定する腕の動きに連動して、中距離前後を薙ぎ払う風の刃は多くの相手を軽々と細切れ肉に変えていく。

「はぁっ、ふぅー」

(一人の時と違って範囲調整に神経を使いますね)

(レベル40台は伊達じゃない…、魔法の範囲指定も上手いし、狙いも正しい。王国騎士団、それも王城務めが可能な第二第三騎士団にも就けそうな実力。出自的に厳しそうだけども…)

「流石シェオ、やるわね」

「お褒めいただき光栄です。大群は片付きましたし、残響炭の回収をしてしまいましょうか」

小忠実こまめな休息を怠ると戦力の低下に直結しますからね、私は賛成です」

「レベルが高い二人がそういうなら回収がてらの休息ね、ふぅー……」

 サーベルを払って血糊を落とし鞘へと収めたチマは、膝に手をつき大きく息を吐きだしていく。

「だっだ大丈夫ですか、お嬢様?」

「怪我が有れば回復魔法を使いますけれど」

「何かありましたか?」

 三人はチマを心配するように集まってきて、様子を伺い顔色を見る。…体毛で覆われていて表情しか読み取れないが。

「ちょっと高揚しちゃって、自身の体力を考えられなかっただけよ、大丈夫」


 何度かの戦闘を繰り返し一旦区切り。残響炭の回収などに向かったシェオとビャスを見つめていたチマは、急激に体調が下向いたことに驚き転倒しないよう支えを探す。

「っ?はぁ…はぁ…はぁっ…っ!」

 とはいえそれらしいものはサーベルくらいしかなく、悩んでいた間に視界が暗転しへたり込み。その状況を目の当たりにしていたリンが、チマの許へと大急ぎで駆けつけて、回復魔法をかけていく。

「カイス。如何なされましたか、チマ様?」

「ちょっと、貧血かも。めまいと…耳鳴りがするわ…」

 戦闘を始めておよそ二時間と少し適度に休息も挟んではいたのだが、高揚感に駆られて動き回っていたチマは限度を超えた稼働をしており、脳の酸素欠乏という形で動けなくなっていた。

朝餉あさげは食べましたか?」

「ええ、食べたわ…」

「睡眠不足だったりは?」

「しないわね…」

「なら急激な運動が原因の酸欠状態でしょうね。水分補給をして横になれば自然と治りますよ」

「そう…、はぁはぁ」

(…はしゃぎ過ぎちゃったわね)

「それじゃあ私が運びますので」

「えっ?」

 リンに背負われたチマは、少しだけ不満げな声を上げたものの、抵抗をすることなく身体を任せて呼吸での体温調節に勤しむ。

「お嬢様、大丈夫ですか?!」「…っ!」

「はぁはぁはぁ、……心配しないで」

「激しい運動を急に止めたので、体調不良を起こしてしまったようです。車の中で休んでもらいたいのですが、体温を冷やすためにシェオさんの風魔法をお願いできますか?」

「お任せください!ビャスには残響炭の回収をお願いします、出来ますか?」

「!」

 コクコクと頷いたビャスは急ぎ踵を返しては、穢遺地に散らかっている残響炭の回収へと奔走する。頼れる先輩たるシェオに仕事を任され、お願いされたことが誇らしかったのだろう、普段以上に張り切っているようにも思える動きだ。

(身体能力強化が無いと、こういった体調不良の類への耐性が他者より低くなってしまうことを念頭に置くべきでした…)

 車輌、後部座席にチマを寝かせては、体温を冷ますべくシェオが風を作る。

「私はビャスさんの応援に行ってきますね」

「お願いします」

 走り去ったリンを横目に、忙しない呼吸で胸部が上下するチマを心配そうに見つめるシェオ。自身の監督不行届にほぞむ思いをしながら、魔法を行使し続けた。

「どうし…、スキルが………かない……なの?」

「?」

 いつの間にか眠りに就いていたのか、譫言うわごとを口にする彼女の言葉に耳に向けていけば、どこか悲痛な声色で。

「ここも……う。………を利用……、…ぎ上げたい、だけ…んだわ。……。……もやっぱり、……………」

(内容は聞き取れませんが、お嬢様らしくない言動といいますか…。自身のスキルの数を嘆いていても、普段はここまで悲痛な感じにはなりませんよね)

 ぽろりと雫が目蓋の隙間から溢れ出た瞬間に、シェオの心は無数の槍にでも貫かれた感覚に陥り、直ぐ様チマの手を握り言葉を紡ぐ。

「大丈夫ですよお嬢様。私がついております故、安心してお眠りください」

「…シェオ?」

「はい。貴女の従僕、シェオにございます」

「…いつもありがと、すぅ…」

 薄っすらと開けられた目蓋は再び閉じられて、穏やかな呼吸に戻ったチマは再び眠りに就く。安心しきった表情と、固く握られた手と共に。


「もう…醜態しゅうたいさらしたわね…」

「体調は大丈夫ですか?」

「一眠りしたらすっきりしたわ!」

 満足気なチマの表情に三人は安堵し胸を撫で下ろす。

「とりあえず今日は戻りましょうか。結構な数の残響炭が手に入りましたので等分にしつつ、昼餉ひるげにしましょうか」

「さんせーい、今日はもう動けないわぁ。リン、貴女をアゲセンベ家に招待してあげるから、昼食を満喫していきなさいな」

「いいんですか?ありがとうございます!」

 華やぐ表情を眺めて満足したチマは蒸気自動車の座席に改めて腰を下ろして、残響炭の配分が終わるのを待つ。

「そうそう、私の分は必要ないから三人で分けていいわよ。炭も金子きんすも自分では使わないもの」

「ならお言葉に甘えて三等分にしてしまいましょうか、ありがとうございますお嬢様」

「ありがとうございます!」「…っ」

 市井出身三人組は気前の良いチマに感謝しつつ、懐が暖かくなったことを喜んでいく。

「あら?」

 ピクリと動いたチマの耳が捉えた音は、蒸気自動車のエンジン音。座席に膝を突いて確かめれば王国騎士団所属のほろ屋根車輌が数台向かってきていた。

「あの感じ第六騎士団が来たみたいね、修練かしら」

「掃討かもしれませんよ、先程までの戦闘を鑑みるとそれなりに魔物が増えていましたので」

「なるほどね」

 チマ御一行へ敬礼をしつつ笑顔を向ける騎士の一団、その一部はチマとシェオを見つけては目を丸く向いていた。

「あれ、チマお嬢様とシェオじゃないですかー!ゲッペの穢遺地への見学ですかね?」

 人好きしそうな顔をしたシェオと同年代の騎士は、勢いよく車輌から飛び降りて駆け寄ってくる。

「おや、ディンじゃないですか。こんなところで会うとは奇遇ですね」

「ごきげんよう、ミザメ・ディン騎士」

「おっと、これはご丁寧に。アゲセンベ・チマ様、見目麗しい女神のような貴女に会えて光栄にございます」

 腰を折り深々と頭を垂れたディンはニコリと明るい笑顔を咲かせて、チマ一行の装備を確かめては以外そうな顔を見せた。

「チマお嬢様をゲッペの穢遺地につれてきたのか?随分な事をするじゃないかシェオ」

「ウチのお嬢様は強いんで、ここでもなんとかなりましたよ。ほら見てください、こんなにも残響炭を得られているのですから」

「おお?おお!すごい数だ!?シェオが優秀なのは学校に通っている頃から知っていたが、チマお嬢様とご友人の方々まで此処で戦えるとは驚き千万だ」

「少し体力の配分を失敗してしまったけれどね。ディンは修練かしら、それとも掃討?」

「両方ですね。最近、ゲッペの穢遺地で魔物の数が多くなってきたと報告も受けていたので、上からの指示で三日掛かりの大掃除となり、こうして足を運んだ次第であります」

「そう、ご苦労さま。貴方達騎士団のお陰でドゥルッチェは平和を保てているのだから、感謝してもしきれないわ」

「ありがたき御言葉。チマお嬢様からとあれば団員の皆も歓喜すると思いますので、後ほど伝えたいと思います」

「大袈裟ね、まったく。それでは私達は撤退するけれども、気を付けてね」

「はいっ!」

 言葉はかくとして、にこやかな笑みは他の騎士たちにも伝わったようで、敬礼をしたり頭を垂れていたり反応は様々。一様に嬉しそうである。

「そうそう、深くに足を踏み入れてはいませんので、手前のリンクのみを討伐しました。エンセキは多く残っていると思うので気をつけてください、ディン」

「ああ、全力で挑むさ!…然し、俺にまでその丁寧な口調は止してくれないか。くすぐったくてしょうがない」

「職務中ですので。それでは騎士の方々にもよろしくお伝え下さい」

 慇懃に礼をしたシェオは車輌へと戻っていき、エンジンを掛けるのであった。


「先程の騎士様はチマ様とシェオ様のお知り合いなんですか?」

「アゲセンベ家の運営する学校出身者よ。シェオとは同期で、何度か顔を合わせたことがあるの。彼もスキルの数は少ないのだけど、戦闘に有効な、騎士として有効なスキルを持っているとのことで雇用されてね。ふふっ」

 微笑みを零すチマは我が事のように誇らしくしている。

「お父様と伯父様はね、スキルが少なくとも、出自が市井であろうとも、優秀な人材をすくい上げて多くの国民の立場を向上させようとしてくれているの。リン、貴女も嫌でなかったら協力してくれると嬉しいわ。市井から栄えある王立第一高等教育学校へ次席入学しているのだし、そこから城仕えにまで登り上がれば、もっと多くの民が高みを目指せるように成るはずだわ」

(チマ様はやっぱりチマなんだな~)

「私が力になれるのであれば是非に。ただまあ不安もありまますので、学校なんかはチマ様とご一緒出来たらなぁと思っているのですが」

「仕方ないわね、既に生徒会に取り込まれて登校を強要されている身だもの、く登校をしようとは思うわ」

(よしっ!ありがとうございます、リン様)

 「善処する」と同じような意味合いではあるものの、頑なに生きたくないと不登校生活をしていたチマとは大きく変わっていることを、シェオは小さく握りこぶしを作る程に喜んでいた。

 リンとしてもチマは物語シナリオの進行に関わる重要人物であり、なんとしても助けたいヒロイン。目の届くところにいてもらったほうが都合がいい。

「あっそうだ。残響炭を詰所へ換金しに行きますよね?」

「はい、物のついでですからね」

「なら寄り道を追加してもらってもよろしいでしょうか。良い金額になるので四人の活躍を祝い、お菓子を購入していきたいんです」

「いいわね、寄りましょうか。シェオ、お願いね」

「お任せを」

(かなりの纏まった金額が入ってくるから、蓄えと同時に三人との好感度上げをしておきたいんだよね。ゲームみたいにはいかないだろうけど好物は一緒だろうし、ティラミスと揚げ煎餅、あとはシェオさんはゲームだとバニラアイスだったけれど、キャラメルの方がいいのかな?)

 攻略対象には好物のお菓子がある。バァニー・シェオであればバニラアイス、ティラミ・ビャスであればティラミス、ガレト・デュロであればガレット・デ・ロワ。家名から推測できる仕組みになっている。なのでチマの好物は揚げ煎餅となり、それらを用意すべくリンは寄り道を提案したのだ。

「そうだ。もう一つ寄り道で燃料炭の購入も行いますね。それなりの距離を走ったので、一応の予備を積んでおきたいのです」

「好きにして頂戴。…さっきの残響炭じゃ駄目なの?」

「少し前からなんですが、蒸気自動車は加工された炭を利用すんですよ。燃料効率が良いこともなんですが、排煙量が少なくて」

「そういえば煙くないわ。車も日々進歩しているのね」

 そこうして、騎士団の詰所へ立ち寄り三人が錫色残響炭を換金すれば一人一〇キログラムで八〇〇〇フィナンとなり、シェオとリンはほくほく顔、ビャスは驚愕の表情を見せていた。

(半日で八〇〇〇フィナン。確かな換算じゃないけど一フィナン=二〇円くらいになるはずだから、一六万円くらいの儲けだよね。これは大きい。装備の買い替えなんかも出来るし、いやぁ助かったよ~)

「…っ、お嬢様。……僕たちでもらっちゃって本当によかった、のですか?」

「別にいいわよ、必要なものはお父様が用意してくれるのだもの。臨時のお給金として受け取りなさいな」

「ああありがとうございますっ!」

 一行は寄り道をしながらアゲセンベ家の屋敷へと戻っていく。


「おかえりなさいませお嬢様」

 シェオの運転する車輌が見えていたようで、家令のトゥモが玄関でチマを出迎える。

「出迎えありがとう。湯浴みと着替えを済ませたら昼食にしたいのだけど、私の友人リン、そしてシェオとビャスの分も用意してくれるかしら。祝勝会をしようと思っていてね」

「畏まりました。それではお嬢様は湯浴みへ、お客様の対応は私共で行います故」

「一任するわ。よしなにね」

 チマが使用人と共に歩き出せば、どこからともなくマカロがやってきて「ウニャ」と鳴いて後を追う。

「あら、マカロも湯浴みする?」

「ニャ」

 肯定とも否定とも取り難い短い返事。一緒に浴場に行くのであれば、そのまま綺麗になってもらおうと考えて、チマはマカロを抱きかかえた。

「日向ぼっこの匂いがするわね、気持ちよかった?」

「ンナぁ」

 その後、一人と一匹は湯浴みでさっぱりし、マカロは散歩に出かけたのだとか。


 アゲセンベ家の屋敷にやって来て浴場へ連行されたリンは、身体の隅々まで綺麗にされては貸し出された衣服に身を包む。あれこれ使用人に世話を焼かれることに慣れてない彼女は、中々大変な思いをしほんのり疲れた表情で席に着く。

「お綺麗ですよリン様」

「っ…綺麗です」

「ありがとうございます、お二人も騎士や勇者を彷彿とさせる、男前な出で立ちですよ」

 にこにこと定番の挨拶をしたり、あくまで社交の一環としてリンは振る舞う。失態を晒せば、交友関係が切られかねない可能性がなくもないからだ。

「そこまで畏まらなくとも大丈夫ですよ。お嬢様が個人的に人を招いての昼食会を開催しているだけですから」

「そうですか、ふふ、ではお言葉に甘えまして」

 少しばかり肩を落としては息を吐き出し、強張った表情を緩めるリン。

「っみ、皆いい人ですから、だ大丈夫ですよ!」

「ありがとうございます、ビャスさん。出身が市井なもので、どうにも緊張してしまって」

「わかりますっ。ぼぼ僕も最初は緊張してばかりでした」

 そこまで長く勤めているわけではないが、為人ひととなりの良さからアゲセンベ家に仕える者達から好評なビャス。未だ未だ失敗もあるが、頑張っている姿に皆ほだされているのだろう。

(健気系ショタ、最高!!実際は一個下だからショタって言うかは微妙だけど、それはそれこれはこれ。くぅ〜、エピローグの成長した姿も最高なんだよねぇ)

 リンの推しはビャスである。

 元々のシナリオでは老夫婦のパン屋に務める会話が苦手な少年で、足繁く通っていると穢遺地で顔を合わせ、レベルを上げていくとルートに入る隠しキャラなのだが。現在はチマの護衛として雇われており、学校でも毎日顔を合わせることが可能なキャラとなっていた。

(色々違う点はあるけど、気軽に接点を持てるのは最高だよね)

「そういえば護衛兼従者として雇われているってことですけど、ビャスさんもアゲセンベ家の運営する学校出身だったりするんでしょうか?」

「ビャスは私の不手際で元いた場所を追放されちゃって、アゲセンベ家で雇ったのよ」

「っそ、そんなことは!」

 いいのよ、と呟きながらやってきたのは可憐な衣装に身を包んだチマ。全身に生える体毛の影響で化粧は出来ないものの、髪を緩く巻き装飾品で着用することで全体的に華やかになっている。

 どこに出しても恥ずかしくない美少女がそこにいた。

 斯々然々かくかくしかじか。ビャスがアゲセンベ家で雇われるようになった経緯を説明すれば、リンも初回のチマと同じような反応を見せて拳を固く握り立ち上がっては。

「納得いきません!断固抗議です!」

 ゲーム内では語られることのなかった物語に触れたリンは憤慨、鼻息荒く怒りを露わにしていた。

「…っお世話になった人もいます、…だだから大丈夫なんです」

「そう?ビャスさんがそういうのなら、まあいいんだけども」

(傍からこう見えていたのね、私も冷静に対応しなければ。でもビャスの肩を持ってくれるのは、悪い気しないわね)

 自身の生活範囲内いばしょ、つまりは身内に加わった者へ激甘になるチマなので、リンの評価が上向いていく。

「落ち着いて、食事にするわよ」

 ちらりと扉の方へと目配せすれば、市井出身の三人とは縁遠い至高の品々が並べられていき、唾を飲み込む音が三つ。

 従者たるシェオとビャスも、それなりに美味しい食事にはありつけているのだが、やはりチマの客人相手に出される料理は格が違い、礼儀なんてかなぐり捨てて食器を手にしたく思っていた。

 先ずは主催たるチマは一口ずつ食べていき、提供される料理の味に問題が無いことを確認し、満足のいく出来であることを表情のみで三人に示して食事を促す。

(いただきまーす!)

 あまりがっつくのは礼儀的によろしくないので、先ず綺麗に小皿へ取り分けては舌鼓を打ち、次の新しい小皿を手にして盛り付けていく。ドゥルッチェ王国では、こういった会食の際には、なるべく多くの皿を使用することで如何いかに美味で満足の行く食事だった事を表すのが習わしだ。

 逆に言えば何度も同じ皿を使い回すことで、主催への不満を表すのもこの国の習わしとなる。

 多少の非礼には目を瞑り、チマ自身も料理を楽しんでは昼過ぎの昼食会を楽しんでいく。


「どうだった、アゲセンベ家の料理は。うちの料理人たちが腕にりをかけて作ってくれたのよ?」

「最高でした…、ブルード家で食べた食事も市井出身のわたしからすれば頬が落ちるかと思える程の品々だったのですが、アゲセンベ家の料理には格の違いを思い知らされました。田舎の家族にも食べさせてあげたいくらいです」

「ふふ、何時か招待するから連れてきなさいな。貴女のご家族なら歓迎してあげるから」

 ころころと笑うチマはご機嫌そのもの。家族以外の気の許せる相手と食事することの楽しみを覚えたのか、暦を思い浮かべては「次は何処で開催しようかしら」なんて考える始末。友達が出来ないと引きこもっていた数日前から考えれば、大躍進そのものだ。

(薄々と感じていましたがお嬢様って)(なんとなくだけどチマ様って)

((すごくチョロいのでは?))

(このままではいけませんね、脇を固めなくては悪どい貴族に利用されてしまうかもしれません。学校での活動に関しては我々護衛は動きにくいところもありますし、リン様に協力を扇いでおきましょうか)

(現状の市井をみるに革命のきざしなんかは微塵も感じ取れないけれど、ゲームのシナリオっていう前例があるもんね。変なやからに担ぎ上げられないよう周囲の注意をしないと…)

 激チョロ激甘お嬢様を守るべく二人は確固たる意思を固めて、何も知らないビャスは呑気に昼餉を食んでいく。

「こうも楽しいと…休み明けに学校へ通うのが億劫になるわ…」

「えぇ…、やる気の向上に繋がったりするのではなく?」

「だって退屈な授業を受けながら、密々ひそひそと陰口を言われ続ける場所よ?今日との落差で風邪を患ってしまうわよ…」

「リン様もおりますし、最近は風当たりも和らいできたではありませんか。ねえ、リン様?」

「はい、そうですよ!一緒に学校生活を楽しみましょう!」

「…っお嬢様、頑張ってください!」

「…。休み明けは生徒会もないし、朝の気分次第でね」

(断固として拒否されるよりは、…いいのでしょうか。進歩していると考えたいですね)

 そうこう賑やかして、市井で買ったお菓子を楽しみ、四人は楽しげな昼下がりを過ごしていくのであった。


「それじゃあまた、“学校”で会いましょうねチマ様」

「え、ええ。会いましょう」

 リンに気圧されながら彼女の乗る車輌が見えなくなるまで見送って、チマと侍従二人は屋敷に戻っていく。

「ふぅ…じゃあレベル確認かしらね。私とビャスはリンがいるとスキルの確認は出来ないし」

「チマ様は特異なスキルを。ビャスはレベルに不釣り合いなスキルレベルをしていますからね」

 一室に集まった三人は各々の巻紙スクロールを出してはレベルとスキルの変異を確認してく。

 チマはあいも変わらずレベルと余剰スキルポイントが増えたのみだが、レベルは21と年齢平均よりも僅かに高いくらいへと収まっている。次いでシェオは、魔法関連のスキルレベル上限が増えたことと、レベルが51に上がっておりなかなか高い水準に。最後にビャスはレベルが10まで上昇し、剣術と身体能力強化のスキルレベル上限が上昇していた。

「今の余剰スキルポイントは…70。ビャスに全てを譲渡するけど、それでいいのかし…って!もう移ってってるのだけど!」

「おお?!ものすごい勢いでスキルポイントが増えていきますね!」

「まったく、意味不明ね。…いいかしらシェオ、それとビャスよく聞きなさい。私のスキルポイントが原因で、私に心苦しい選択だけはさせないで頂戴、貴方達は大事な従者なんだから…」

「はっ、何があろうとこの力はチマ様、そしてチマ様の意向に沿って使用すると誓います」「ち、誓います!」

 頭を垂れて跪いての誓跪。その姿を心に刻み込み、いざという時には責任の全てを負う覚悟をしてチマは二人に頭を上げさせたのである。

「…あ、あの。なんか新しいスキル増えてて」

「ほう?何でしょうか」

「…っこれです」

 『怠惰たいだ仕徒しと【1/1】』誰の、何の影響を受けたかは一目瞭然、不明なスキルが増えたものだと三人は首を傾げていく。


―――


 マカロは激怒した。マカロは温厚な、のんびりとした猫で、執拗しつこ嫌な場所後ろ脚を触られない限り、撫でられようが場所を退かされようか気にした風はないのだが、食事に関しては猫一倍敏感であった。

 何を怒っているのかといえば、「マカロ、最近ちょっと太ったわね」という、マカロの腹部をムニムニ触っていたチマの一言を切っ掛けに、言葉が流れ流れて尾鰭おびれが付き「マカロが肥満になった」とアゲセンベ家の厨房へ伝わり、食事制限ダイエットが本人いや本猫の許可なく開始されてしまったのだ。

「なー!!」

「食べ過ぎは良くないんだマカロ、我慢してくれるかい?」

 邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの料理長が何を言っているかは理解していないが、食事量を増やしてくれる気配がないことへ腹を立てて、マカロは急ぎ応援を呼びに走り出す。

 向かった先は頼れる友人たるチマの部屋。…まあこうなったのも彼女のせいなのだが、細かな言葉を理解できない都合上、知る術はない。

 タッタッタ、広い屋敷を駆けていき、到着するのはチマの私室。今日は扉が開けられていないので、マカロ用の小扉を潜り抜ければ夕日に照らされ長椅子で転寝うたたねをするアゲセンベの姫が一人。

「ンニャ」

「ん、…まかろ、おはよ。ん~~っ、ふぁ…よく寝た」

 伸びをしてからマカロに視線を向ければ背中を向けて首を振り、「ついて来い」と言わんばかりの意思表示をしており、欠伸をしながら後を追い駆け調理場まで辿り着いた。

「調理場?」

「お嬢様?御夕食ならば、あと少しで完成しますよ?」

「マカロがね、ついて来いっていうのよ」

 チマと料理長が視線を下に下ろせば、マカロは自身の食事皿に手を乗せて、不満そうに鳴き声を一つ。

「食事に不満みたいだけどなにかあったの?」

「最近マカロが肥満だということで、お食事の制限をと」

「肥満ねえ、」

 お腹をぷにぷにと触ってみては持ち上げて、体重を確かめてみれば問題はなさそうな様子。

「ほんのり柔らかい感じだけど、大丈夫じゃない?必要ならお医者さんに診てもらってからでいいと思うわよ。…、マカロにも健康診断は必要かしら、もういい歳だから」

「んな」

「畏まりました。ではマカロのお食事をいつもの量にしますので」

「そうしてあげて。マカロの事を考えてくれてありがとうね、料理長」

 チマは菓子の一つを摘み食いして、呑気に部屋に戻っていく。「なんで肥満なんて話しになったのかしら」と独りちりながら。


―――


「お父様おかえりなさい!」

「ただいま、チマ」

 居室でのんびりとマカロの毛繕いブラッシングをしていたチマは、レィエが帰宅したことを喜び声を上げる。膝に乗るマカロの姿を確認したレィエは、自らチマのもとへと足を進めて頬を差し出し口づけを待つ。

 チクチクと髭の当たる慣れ親しんだ感覚を楽しんでからお返しをし、襟元えりもとを緩めながら長椅子に腰を下ろす。

「最近、忙しそうですわね」

「少しばかりね。マイを妻にもらいチマが産まれて、近いとは言い難いカリントとのあれやこれやが進みつつあってね。その関連がどうにも忙しいのだよ」

「外交ですか?」

「そう、外交。再来年はドゥルッチェ王国樹立から二五〇〇年の区切るとなるだろう?そこでカリント国のセンベ譜系や今上きんじょう陛下、つまりチマのお祖父様や親戚を招きたいと考えて話し合いを続けているんだ。…だけども往路がなかなかに難しくて、手をこまねいているところなんだ」

「なるほど…」

 チマはカリントの王族とは面識がない。レィエの話した通り、国と国との距離の問題で、そう安々と行って帰ってきてを繰り返せる場所ではないのだ。

「お母様はどうやって来たの?」

「マイは陸路だよ」

「陸路、ルーラー山脈を挟んだ向こう側ですから、山越えを?」

「いいや、マイいわく大陸をぐるりと半周してきたんだって商隊に紛れ込んでね。いい機会だし馴れ初めを教えてあげよう、面白い話だよ」

 わくわくと瞳を輝かせるチマに笑顔を向けつつレィエは言葉を紡ぐ。

「『わたしはカリントのダイキュウオウジョ、タイコクドゥルッチェとコッコウをムスブためやってきた!』なんて少し辿々たどたどしい言葉遣いの夜眼族の少女が現れて、そんな彼女が自身をカリントの第九王女なんていうのだから驚いたよ。まさか他国の王女が単身やってくるとは思わないだろう?だから夜眼族流の悪戯とも考えたのだけどカリント王族の証だというしるしを差し出されたから、一応のことカリントへ真偽を問うべく使者を送り、マイには国賓待遇で王城に滞在してもらってね。半年くらいの時間を掛けて、マイが王女だということが判明したんだ」

 マイの本名はマイ・センベ・カリント。アゲセンベはカリント王家のセンベ譜系に由来し、友好関係を結ぶための家名となっている。

「今の穏やかなお母様からは想像もつきませんわ…」

「すごく精力的でね。ふふっ、言葉の面倒を見ている最中に私達は恋に落ちて、七年後に結婚してチマが産まれたんだよ」

「まあ物語のようなお話しですわね。…七年?逆算するとお母様は一八歳で私を産んでいますよね?」

「気づいてしまったかい?そう、マイはね、一〇歳でカリントを飛び出して一一歳でドゥルッチェに乗り込んできたんたよ」

「それは、悪戯と思いますわね…」

「うん…」

(まあゲーム通りならレィエとマイは政略結婚だし、愛想を尽かした彼女はアゲセンベ家を捨てて去っていく。…推しの父親になるなんて思いもよらなかったしシナリオは破茶滅茶にしたけども、愛しい妻子が楽しい日々を過ごすためなんだ)

 レィエは愛娘たるチマを抱き寄せては頬を合わせる。

「チマ、私はね、君の父親になれて本当に良かったと思っているんだよ。…ただ、色々と苦しく悔しい思いをさせてしまっているのも確かで、心の底から無理だと思ったら伝えてほしい。兄上には負担を掛けてしまうけど、今の地位を降りてチマの安らげる場所へ移住することだって出来るのだから」

「お父様…。お父様がいなくなってしまったらデュロも伯父様も悲しみますし、後釜を狙って国政が荒れてしまいますわ。国の中枢が荒れてしまえば、それは方々へと伝播して何れは市井にまで到達し国そのものが荒れてします。だからっ、私はお父様を引っ張って何処かへ行くつもりはありませんし、ドゥルッチェを離れるつもりはありません!…学校に行くのは気が重いのですけど、」

「チマっ」

「だからお父様は私の自慢のお父様として、伯父様や国のため立派で後世にも名を残す宰相として頑張ってください」

「チマ!!お父さんが馬鹿だったよ!」

「あははっ擽ったいですわぁ」

 レィエに抱きつかれたチマは笑い声を上げながら抵抗はせず、レィエとのじゃれ合いを楽しむ。

「あら、なになに。私も混ぜてくださらない?」

 少し遅れて帰宅したマイが現れては、チマを挟み込むように長椅子に腰掛けて、三人仲良く押し競饅頭おしくらまんじゅうをしてくのであった。

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