目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
まほうつかい
一希児雄
文芸・その他ショートショート
2024年09月26日
公開日
1,270文字
完結
小さな町の小さな駄菓子屋での小さなお話。

まほうつかい

 私は幼い頃、陽だまり町という町に住んでいた。小学1年生になると、母から初めてのお小遣い100円を貰った。私はとても嬉しくて、飛んだり跳ねたりと大はしゃぎしながら近くの駄菓子屋へと走った。途中転んだりもしたが、泣いたりはしなかった。自分で欲しい物が買えるという喜びの方が勝っていたから。

 駄菓子屋にやって来ると、私は50円のチョコレート2個を握りしめてレジへと向かった。

「これください!!」

「はい!ありがとう!」

駄菓子屋のおじさんはとても気の優しい人だった。私はチョコレートを買おうと、ポケットから100円玉を出そうとした。

「…あれ?…ない!100円がない!!」

「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」

「おかね…おとしちゃったぁ!!はじめてもらったおこづかいなのにぃ!!」

 きっと転んだ時に落としてしまったんだろう。私はショックのあまりに、その場で泣き出した。すると、おじさんが私の傍へとやって来た。

「よし、それじゃおじさんが、お嬢ちゃんの100円を呼び戻してあげよう」

「え?」

 おじさんはそう言い、私のポケットを軽く3回ほどたたきながら、「100円よ、戻ってこい!」と呪文のような言葉を唱えると、ポケットの中に手を入れた。

「さぁ、戻って来たよ」と、ポケットから手を出すと、おじさんの手の中に100円玉があった。

「あっ!100円だ!!」

「もうなくしちゃ駄目だよ」

「うん!ありがとう!!」

 私はおじさんに心から感謝し、チョコレートを買って家へと帰った。本当に素敵なおじさんだった。きっとレジのお金を私にくれたのだろうと、今なら分かる。でも、まだ純粋無垢だったあの頃の私は、おじさんの事を魔法使いだと心の底から思っていた。

 それからは月一のお小遣いを貰う度に、私は駄菓子屋へと足を踏み入れていた。けれど小学3年生になった年に、父親の転勤で隣町へと引っ越し、もうその駄菓子屋には行かなくなってしまった。


 それからまた何年かが経ち、私は大人になった。

 販売会社に就職した私は、仕事で再び陽だまり町へと訪れた。そして、あの駄菓子屋の近くを通りかかった。

「おじさん、今も元気にしてるかなぁ…」そう思いながら駄菓子屋の前まで来ると、一人の女の子が泣いていた。私は女の子に話しかけた。

「どうしたの?」

「おかあさんからもらった100えんなくしちゃったんのぉ!おかしかえないよぉ!!」

 あの時の私とそっくりだ。泣きじゃくる女の子を見た私は、女の子に見えないように財布から100円玉を取り出した。

「じゃあ、お姉ちゃんが100円を呼び戻してあげる」

「え?どうやって?」

 私は手の内に親指で100玉を抑えながら、女の子のポケットを軽く3回たたき、「100円よ、戻ってこい!」と唱えた。

「はい、戻って来たよ」と、ポケットから手を出し、女の子に100円玉を渡した。

「すごぉい!!」

「もうなくしちゃ駄目だよ」

「ありがとう!おねえちゃんってまほうつかいなの!?」

 女の子がそう言うと、「そう、そのお姉ちゃんはまほうつかいだよ」と、お店の奥から懐かしい声がして振り向いた。

 私たちは顔を見合わし、にこりと笑った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?