昔々、ある所に白ずきんちゃんという――――。
「ムッキィィィィッ! どいつもこいつも赤ずきん赤ずきんって、そんなに狼の腹の中に入ったことが凄いのっ? アタシも赤ずきんみたいに持て囃されたーいっ!」
…………白ずきんちゃんは赤ずきんちゃんのお隣さんで、ナレーターが紹介するのを待てない程に短気で喧嘩っ早く、友達も少ない可哀想な女の子でした。
そんな白ずきんちゃんですが、何やらご機嫌斜めのご様子。どうやら先日あった狼の騒動で、赤ずきんちゃんが皆の注目を一人占めしているのが不満なようです。
「でもまさかあの優しい赤ずきんが、狼のハラワタをぶちまけるなんてね……」
おやおや? 白ずきんちゃんは少し勘違いをしているみたい。狼をやっつけたのは狩人さんとお婆さんの知恵袋で、赤ずきんちゃんは何もしていないよ?
「そうだわ! アタシも狼以上の動物をやっつければいいんだわ! 熊がいいわね」
…………言うが早いか白ずきんちゃんはお父さん愛用のスタンガンを手に取ると、熊を探しに意気揚々と家を飛び出して行きました。
森に向かって歩いていると、前方から見知らぬ男の子がやってきます。
とてもセンスが良いとは言えない、エプロンみたいな赤色の服には金の一文字。それも素肌の上から直に着ているのを見て、白ずきんちゃんは内心ドン引きです。
「アンタ見かけない顔ね」
「俺は金太郎。お前は?」
「アタシは白ずきんよ。アンタ、こんな所で何してんの?」
「もっとマッチョになるために、この辺りにいる熊を探しに来たんだ」
「あら偶然ね。アタシも熊を探してるの……って、アンタまさかその斧で戦うつもり?」
「おまっ! 俺のまさかりを馬鹿にすんなしっ!」
「ぷぷーっ。そんなので熊に勝てるわけないじゃない」
いやいや白ずきんちゃん。スタンガンで戦うのもどうかと思うよ?
「何にせよ、どっちが先に熊を倒すか競争ね。せいぜいアンタも頑張りなさい」
「えっ? お、おいっ?」
そう言うが早いか、白ずきんちゃんは森の中を走って行きました。
「倒すって……マジかよアイツ?」
「それにしてもいないわねー。どこにいるのよ熊ー?」
『ガサッ』
「え……ギャーっ?」
花咲く森の道を呑気に歩いていた白ずきんちゃんの悲鳴が響き渡りました。
それもその筈、茂みから出てきたのは大きな熊だったのです。
「か、かか、掛かって来なさいよ」
「お嬢さん」
「キェェェアァァァシャァベッタァァァ!!!」
「何をしているんだ。早くお逃げなさい」
「…………へ?」
「熊と会ったら逃げる。キミはそんなことも教わらなかったのかい?」
「に、にに、逃げなんかしないわよ。アタシはアンタを倒すために――――」
「ガオーッ」
「キェェェアァァァ!」
「待つんだ! 後ろを向いちゃいけない! 背中を向けると熊は本能的に獲物だと思うからね。決して目を離さず、ゆっくりと後ずさりして離れて行きなさい。じゅるり」
「ふぁ……ふぁい……」
涎ダラダラな優しい熊さんの指示に従い、白ずきんちゃんはゆっくりと後ろに下がっていきます。10m……20m……すると熊さんは笑顔で頷きました。
「うん、もういいだろう」
「ギャーッ! キャーキャーキャーッ!」
『ポロッ』
おやおや? あまりにも慌てるあまり、ポケットからスタンガンを落としちゃったぞ?
「むっ! これはいかん!」
でも優しい熊さんが拾い上げてくれました。良かったね、白ずきんちゃん。
「お嬢さぁあああんっ! 落し物ぉおおおっ!」
「キェェェアァァァ!」
「はあ、はあ、酷い目に遭ったわ」
熊の脚の速さは時速35~40㎞。そこから逃げ切るなんて、凄いぞ白ずきんちゃん。
でもスタンガンは落としちゃったし、森を抜けて町外れまでやってきちゃった。これから一体どうするのかな?
「熊は……ちょっとハードルが高かったわね。ワニ……うん、ワニにしましょう! 口を開いたところにつっかえ棒を挟めば楽勝…………ん?」
「マッチ……マッチは要りませんか……?」
「えっ? ちょっと赤ずきんじゃないっ! こんな所で何してんのよっ?」
「マッチ……マッチは要りませ『ジュボッ』んか……?」
「何で商品をアンタが使ってるのよっ?」
「ああ……暖かいご飯……」
「アタシの顔まで忘れてるなんて重症ね。こうなったらハイパースタンガンで……あれっ? 無いっ! どうしよう……パパに怒られる……」
うん、多分パパは熊を倒しに行った時点で怒ってると思うよ?
頭を抱えて悩む白ずきんちゃん。すると背後から肩をポンポンと叩かれます。
「よう」
「アンタ……銀太郎……」
「金太郎だよっ! 格下げすんなよっ!」
「な、何の用よ」
涙を拭いながら強がる白ずきんちゃんに、銀……じゃなくて金太郎君はスタンガンを差し出します。
「えっ? これ……?」
「お前のだろ? 熊から渡しておいてくれって頼まれたんだよ」
「な、何よっ! それならそうって早く言いなさいよっ!」
スタンガンを奪い取る白ずきんちゃん。こらこら、お礼を忘れてるぞ?
「これで赤ずきんを治せるわっ! 必殺、10万ボルトォッ!」
「マッチ……マッチはばばばばばばばば――――」
「おいぃっ!? 何してんだお前ぇっ?」
「赤ずきんの病気を治すためよっ!」
「ホシュー」
「だ、大丈夫か、おい?」
「マッ……マッ…………」
「じゃあアタシはワニを探しに行くから、後のことはアンタに任せるわ」
「えっ? ちょっ! おいっ!」
「マッ……マッチョ……マッチョは要りませんか……?」
「マッチョっ?」
「む……お嬢さん。そこのマッチョはいくらかな?」
「えっ? 俺は売り物じゃ…………アッー」
「ただいまー」
空もすっかり暗くなり、門限になった白ずきんちゃんはお家へ帰ります。
「お帰り白ずきん。ついさっき赤ずきんちゃんが来てたわよ」
「えっ? 赤ずきんが?」
「ええ。この前に貸した本を返してほしいって」
(おかしいわね……さっき町外れにいた赤ずきんが、アタシより早く戻ってきたっていうの? まさかそこまで強くなっていたなんて……)
さっきのはマッチを売ってた普通の女の子だったことにまだ気付いていないみたい。それと借りたものはちゃんと返さなきゃ駄目だよ、白ずきんちゃん。
でもすっかりワニ探しにも飽きたみたいで、これでまた平穏な日常を送れるね。
「明日こそワニを探して、赤ずきんより目立ってみせるわよ」
前言撤回。きっとこの町にワニはいないよ、白ずきんちゃん。
「ただいま」
「あっ! パパ……と、銅太郎?」
「金太郎だっ!」
「うん? 何だ、知り合いだったのか。ウチの養子にしようと思ってな」
何ということでしょう。金太郎君を買ったのは白ずきんちゃんのパパだったのです。
「あらそうなの。でも二人とも泥だらけね。夕飯の前にお風呂に入ってきなさい」
「はーい」
「えっ? で、でもっ!」
「遠慮することはないさ金太郎。自分の家だと思って、キミも一緒に入るといい」
「は、はい……」
金太郎君が脱衣所へ入ると、そこには躊躇いなく服を脱いでる白ずきんちゃんの姿が。もはやこうなっては白ずきんちゃんというより、ただのちゃんですね。
顔を真っ赤にする金太郎君を見て、白ずきんちゃんは不思議そうに首を傾げます。
「何よ赤太郎?」
「金太郎だよっ!」
「別にいいじゃない。そういえばアンタ、熊に会ったの?」
「あ、ああ。随分と親切な熊だったから倒しはしなかったけど……」
「とか言っておきながら、本当はビビって逃げたんでしょ?」
「そ、そんなことねーし! それより何でお前、熊なんて倒しに行こうとしたんだよ?」
「そんなの皆に持て囃されるために決まってるじゃない!」
「は?」
「この近くに住んでる子はね、口を開けば赤ずきんの話ばっかりなの。やれ可愛いだの、やれ凄いだの、ちやほやされてばっかり。アタシだって……」
「白ずきん……」
「って、何か辛気臭い話になっちゃったわね。さっさとお風呂に入りましょ」
すっぽんぽんの白ずきんちゃんから目を逸らしつつ、金太郎君は手を差し伸べます。
「何よ?」
「と、友達の証」
「はあ?」
「その……桃太郎や浦島太郎に比べたら知られてない俺だけど、友達になってやる」
どうやら金太郎君は家に来るまでの間、白ずきんちゃんに友達が少ないことをお父さんから聞いていたようです。
白ずきんちゃんは驚いた表情を浮かべた後で、目を逸らしつつも手を握りました。
「し、仕方ないわね。アタシが友達になってあげてもいいわよ」
おやおや? 心なしか、白ずきんちゃんの顔も赤くなってますね。
こうして沢山の友達よりずっとずっと大切なボーイフレンドができた白ずきんちゃんは、いつまでも仲良く平和に暮らすのでした。めでたしめで――――。
「金太郎! 明日は一緒にワニを倒しに行くわよ!」
「えぇっ?」
――――めでたしめでたし……? ちゃんちゃん♪