勇者と戦うのを回避しようと思っていたのに、本人にエンカウントしてしまった。
前回と違って、おっさんに勇者パーティーの詳細を聞き、今後の予定をのんびり考えていたから、未来がほんのり変化したということだろう。
どう考えても、前回速攻スローライフを決めた俺の選択は、神がかっていたとしか思えない。
まぁ、世界は滅んだが。
俺の胸ぐらをつかんでいた元勇者は、額に青筋を何本も浮かべて、三白眼をギラつかせる。口もとは、不愉快そうにひくひくと痙攣していた。
どう見てもチンピラである。
「テメェ……俺様を知らないだと?」
というか、勇者って、こんなにガラの悪いヤツだったのかよ。
やっぱり、勇者パーティーに関わらないのが正解だったじゃねえか!
「いやぁ、まぁ、よく見たら見覚えがあるような、ないような……」
すっとぼけながら、サッと周囲を見る。
口のなかで小さく「リサーチ」と唱え、指を弾く。
パッと、集まってきていた野次馬たちの能力情報が表示された。
それぞれの頭上に、未開花の能力は赤。獲得済みの能力は青の文字で表示される。たいてい、開花しているのはゼロ。もしくは、ひとつ。
ちなみに、能力は先天的なものが多いが、後天的に能力獲得に近づくと表示されることもある。
だから、努力の天才型というのも、存在する。
そういうやつを見つけられたら、超ラッキーだ。
まじめで堅実な性格。そのくせ、ポコポコと新能力を引っさげてくるので、トータル的にかなり有能な秘書官になる。
前回のローランである。
どうにかして、ローランはまた仲間に引きこみたい。
それにしても、目ぼしい能力はないな。
町人たちの能力を確認していると、突然腹を殴られた。元勇者だ。
「ぐっ」
「いいかァ? よーく覚えとけッ! 俺様は、黒豹ギルドのヤルド様だ。テメェみてぇなクソ雑魚とは、レベルが違うんだよ! わかったら申し訳ありませんでしただろうが!」
黒豹って、強いが、黒い噂も絶えない闇ギルドじゃねえか。オモテの仕事もやるが、メインで請け負ってるのは暗殺だと聞いたことがある。
そんなところのヤツが、前は勇者だったのかよ。
いやまぁ、殺すということにおいては、特化していそうだが。
俺はチラリとヤルドの能力を見た。
獲得済み能力が三つ。
シークレット・ダブル。
常に発動型。
すべての身体能力が倍になる能力。
いや、チートじゃね?
それから、ヴォイド・アブソーブ。
攻撃を無効化し、そのエネルギーを自分の力に加える魔法。魔法や全能力が強化される。
……いや、チートじゃね?
そして最後に、ライトニングブレス。
名前のとおり、特大雷の魔法を口から放つ。
おめーはドラゴンかよ。
いや、強い。文句なしに強い。勇者になったのも納得の能力だ。
今の俺が、正面から戦って勝つことは不可能。
だが、単に固有能力頼りのヤツだってんなら、勝つ方法はある。
さいわい、今の俺の手持ち能力に、激レアはすくない。街の人たちからコピーした、生活が楽になるちょっと便利くらいの能力が多い。
ここで会ったのも、なにかの運命。
なにも、強くなって勝つ必要なんかなかったってわけだ。
最初っから、こうすればよかっただけで。
俺は愉悦に口もとをゆがませ、元勇者、ヤルドの胸もとに右手をかざす。
「あ? なんだテメェ。クソ雑魚が歯向かう気か? おもしれェ!」
ヤルドが拳を振りあげた。
その瞬間、発動呪文を唱える。
「ロック」
俺の手から、黒紫の光が放たれる。
そして、光でできた鎖がヤルドの体内に入りこみ、心臓の周りにある、固有能力につながる魔力回路を、縛る。
ヤルドはビクンッと体をのけぞらせ、俺から手をはなした。
ヤルドの頭上にあった能力の文字が、三つとも光を失い、グレーに変わっている。
能力が封印された証だ。
ヤルドは苦しそうに胸もとを押さえ、冷や汗を流しながら地面に崩れ落ちる。そして、石畳の上をゴロゴロと左右に転がった。
「ぐ、あっ⁉︎ ガァァア⁉︎ テ、メェ……っ、俺になにをした⁉︎」
地面に転がったまま、ヤルドが三白眼で睨みつけてくる。
「べつになにもしてねえよ。あんたがかってに地面に転がっただけだろ。病気かもしれないし、病院に行ったほうがいいんじゃないか? じゃ、そういうわけで」
そそくさとその場を立ち去ろうとした。
が、やっぱりそう簡単にはいかない。
後ろから小石が飛んできて、耳の横をかすめた。耳を手で押さえ、目の前に持ってくる。
すこし切れたのか、手にはうっすら血がついていた。
「テメェ……待ちやがれ。よくも俺様をコケにしてくれたなァ」
……やっぱダメか。
このまま解散! と行きたかったんだけどな。
野次馬多いし。
「おい、あのヤルドが苦しんでるぞ」
「地面に這いつくばってるのなんか、はじめて見たぞ」
「あの黒髪坊主、なにかしてたか?」
「いや、なにもしてなかったように見えたが」
「でもよ、あのヤルドの姿……ぷふっ」
ヒソヒソと会話が交わされる。
こいつ、街の人たちからもよく思われてなかったんだな。まぁ、どう見てもチンピラだしな。
街の人たちの会話を耳にしたらしいヤルドが、顔を真っ赤にさせて立ちあがった。体はぷるぷると細かく震えている。
そして、苦しそうに息を切らしたまま、鋭い三白眼を憎悪にギラつかせ、俺を睨みつけてきた。
「テメェ……このままですむと思うんじゃねぇぞ」
まぁ、たしかに能力を封じたのは俺だけど。
でも笑ったのは俺じゃないし。
八つ当たりじゃね?