親切なおっさんたちの話によると、勇者パーティ選抜にはテストがあるらしい。
ただ、試験の内容は未公開。
勇者たるもの、臨機応変に対応できなければならないそうだ。
……まずいな。
勇者ご一行に関わると「没落! 追放!」と思っていたから、ろくな知識がねえぞ。
勇者の顔なら、うっすら記憶にある。
だけど、そのくらいだ。街中で見かけてもわかるかどうか。
勇者というくらいだから実技試験だろうか?
それともまさか、勇者だから人望による投票制か?
とりあえず、俺は現時点で所持している能力を確認することにした。
このときは十五歳くらいだったか?
生まれた街を出て、冒険者として王都にきていたころだったはず。
まだ野心に満ちあふれていて、大きな夢を見ていた。
せっかくなら偉大な功績を! 安定した生活を! と。
まぁ、その後、燃え尽き症候群におちいっていたわけだが。
領地運営のために取得した能力が多かったから、今の俺はさぞかし弱体化しているだろう。
「チェック」
親指と人差し指でパチンっと指を鳴らす。
心臓がぱあッと光った。
そこから、ホログラム映像が映し出されているような、白い光が目の前に伸び、俺にしか視認できないデータが表示される。
現時点で俺が獲得している能力一覧だ。
スキルブックのようなもので、能力は小さなカード状で閲覧できる。
これは、俺の固有能力による恩恵だ。
女神シンシアの転生ギフトだと思っているが、聞きそびれたのでわからない。
俺の固有能力は、他者の能力解放、および能力封印。
俺はかってに『スキル鍵師』と呼んでいる。
チートだがチートではないという、微妙な能力だ。
というのも、制約が多すぎる。
この世界には、住民たちが認識できない能力がある。才能のようなものだ。
条件を満たすと、特定の能力、固有魔法のようなものが獲得できる。
獲得すると一応感覚でわかるらしい。
「使えるような気がする」だとか、「わかる気がする」という直感は、たいてい能力を獲得した合図だ。
大魔道士だとか、大賢者とか呼ばれるやつらは、この固有魔法をすべて獲得している。
そして俺は、他者が持っている未開花の能力を視認し、解放することができる。
同時に、解放済みの能力を閉じることもできる。
俺が解放した他者の能力は、自動的にコピーされ、俺も使用できるようになる。
ただ、相手の能力を閉じた瞬間、俺も使用不可になる。連動しているようだ。
さらに、他者が自分の力で解放させていた能力を閉じた場合、相手は弱体化するが、俺の保有能力も閉じる。
しかもランダムで。
これは地味に痛い。
できれば使いたくない。
しかもこの能力は、他者の心臓付近に手を触れさせて使用する。
そのため、敵にかなり接近する必要がある。
敵の能力を閉じるのは、難易度が爆上がりするってわけだ。
というわけで、強いが使いどころがやや難しい。もっとわかりやすいチートにしてくれてもよかったんじゃねえか?
俺は現時点の能力をざっと確認する。
攻撃魔法、防御魔法はいくつかある。
この能力で一番大切なのは、だれの能力を解放させるかである。
最強の魔法をもった極悪人がいたとして、そいつの能力解放をしたら、この世は地獄化する。
善人だが弱小能力を持っていたやつの能力解放をしても、いきなり強くなるわけではない。
まぁ、ただ、極悪人の最強魔法より、善人の弱小魔法をすこしずつ貯めるほうが、自分への被害もすくない。
今の俺が保有している能力は、自分の父親、母親、および生まれた街にいた親しかったヤツらの能力が中心だ。
母さんが水の防御魔法、父さんが身体能力アップ魔法、炎の攻撃魔法を未開花だったので、その能力をいただいた。
母さんの能力、ウォーター・シールド。
周囲に水のバリアを生成し、物理的な攻撃や魔法の威力を軽減する。ただ、強力な攻撃には耐えられないのと、継続的な使用には魔力の消耗が激しい。
それから、父さんの身体能力アップ魔法、エンドレス・ヴィタリティ。
筋力、速度、反射神経がアップし、疲労やダメージを一時的に無視することが可能だ。ただ、効果は一時的で、翌日に強い疲労がやってくるから、多用は控えたい。
そして、炎系攻撃魔法、フレイム・バーストピラー。
これは単純に炎の攻撃魔法だ。手から炎を放ち、巨大な火柱で広範囲を焼き尽くす。
ほかによく使っていたのは、動物との対話が可能になる、ビースト・バベル。情報収集に役立つ。
それからほかには……っと。
一覧を見ていたが、変な能力を見つけて眉根を寄せる。
【女神召喚】
間違いなく、載っている。
そんな能力を獲得した覚えはないが、どう考えても女神シンシアのことだろう。
能力の説明を見るが、【使用条件を満たしていません】と表示される以外はうんともすんとも言わない。どんな能力かも不明だ。
まぁ、召喚というくらいだから、女神シンシアがくるのだろう。
使用条件ってのは……。
……世界の進化か。
世界が進化しないと具現化ができないとか言っていたしな。
女神召喚って、強いのか?
あの女神だ。翼で往復ビンタするような女神。
まぁ、創造神だから弱くはないだろう。
この女神召喚の文字だけで、「夢じゃないからサボるなよ?」という圧を感じる。
俺がまず最初に能力一覧を確認することを予測していたみたいに、しれっと紛れている。
言われなくてもやるっつーの。
俺だって保管庫行きは勘弁願いたい。
それに、もうやり直しははじまってる。
ただ問題は、勇者試験まで、あとひと月しかないことだ。
前回の勇者は、魔王を倒せるくらい強い。
そして、間違いなく、そいつが今回もテストを受けるだろう。
勝てるのか?
あのいい加減な女神は、俺が勇者になるはずだったとか言ってたが、今の俺の強さが魔王に勝てるくらいかというと、微妙じゃないか?
ある程度の魔物ならワンパンできるが、相手は魔王だぞ。魔族の頂点。一番強い。
そして、それに勝つ前回の勇者。
魔王と戦うより厄介だろ。どう考えても。
さて、どうするか。
時間はひと月。
俺はベンチに腰かけたまま、やや前かがみになって考える。
前はこのあと何をしたんだったか。約四年前だからな。記憶がすこし不安だ。
たしか、ドラゴンを倒すために能力をいくつか解放した。
前回と同じ能力を獲得するにしても、ひと月はやや短い。
いや、待てよ。
べつに、勇者にならなくてもいいんじゃないか?
女神シンシアは、魔王を救えと言っていた。魔王を救うなら、勇者である必要はない。
前回のときは勇者としてでなければ、魔王に会うこともなかっただろう。
だけど、今は記憶がある。
ミッションも明確だ。
そうと決まればと、ベンチから立ち上がる。歩き出そうとしたとき、前からきた茶髪の男にドンッと肩をぶつけられた。
いって。ぜってぇわざとだろこいつ。
苛立ちをおさえつつ、軽くあやまる。
だが、それだけでは終わらなかった。
相手は当たり屋のごとく、いちゃもんをつけてきたのだ。
「あんっ? なんだテメェ。だれにぶつかったと思ってんだ? クソ雑魚が」
突然胸ぐらをつかまれた。
普通ちょっとぶつかったくらいで喧嘩売るか? しかも、ぶつかってきたの、おまえだろうが!
「そんだけ動けるなら、怪我してねえだろ。俺は急いでんだよ」
「はあぁああ? そこはもっとへりくだって、申し訳ございませんでしたァ! だろうが。テメェ、俺がだれかわかってんのか?」
「知らねえよ。あんた有名人か? これっぽっちも聞かねえな」
言ってから、なんだか微妙に見覚えがある気がした。眉を寄せてマジマジと顔を見る。
茶色のウェーブした髪。センター分け。眉はやや釣りあがり、三白眼のチンピラ顔。
おい。
おいおいおいおい。
ちょっと待て!
こいつ、勇者じゃねえか⁉︎