頭に突き刺さった羽根を抜きながら、女神に声をかける。
「そもそも、世界ってのはなんですか。創造神ってことでいいんですよね」
「そうじゃ。わらわがつくった」
「世界ってそんな簡単につくれんのか」
「主だって、前の世界でシュミレーションゲーム? というのをやっていたじゃろう。あんな感じじゃ」
わかるけどわかりたくねぇ。
俺たちの人生が、ゲームと同じだと言われている感じだ。
いや、俺もやったことあるからなんとも言い難いが。たしかに、あれはちょっとしたことで世界が壊れたりしていた。
「ゲーム感覚で世界育ててたってことですか」
「それが神の大切な仕事じゃ」
神はそういうもんだと言われたら、なんとも言いづらいが。複雑な気持ちだ。
まぁ、地球にも創生神話があったくらいだしな。
神を信じて敬っている者もたくさんいた。日本ではめずらしかったが。
「ゲームオーバーになったからリセットしてたと?」
「ふんっ。そんな単純な理由ではない。神々はすべての生きものを愛しておるのじゃ」
女神シンシアが両手を広げて前に出す。
ふわっと、やわらかな風が吹いた。
ブロンドの髪がなびき、シンシアは慈しみのほほ笑みを浮かべる。背後に謎の光のエフェクトが見えた。
神々しさに、一瞬見惚れる。
だがすぐにハッとして、首をふった。
たしかに、神っぽくはある。
大切にしていた生きものが死んだら、なんとかしようとするのだろう。
なんてったって、神だからな。
それに、世界が滅んだってことは、あの世界での父さん母さん、ローランたちも死んだのだろう。
「なぁ、死んだ者たちって……」
「世界が壊れたら、終了じゃ」
シンシアはぷいっと顔をそむける。
いじけてるな……こいつ。
「……終了って?」
「通常、輪廻転生は、同じ世界で行われるんじゃ。たまに、違うところから混ざったりもするがの」
女神シンシアがどこからかボードを持ちだし、解説をはじめる。
頭の上には黒い角帽をかぶり、メガネをつけ、手には紙のテキスト。
それ、俺の前の世界の衣装じゃね?
「滅んだ世界の魂は、生まれる世界がなくなるんじゃ。つまり、保管庫行きじゃの」
「……保管庫?」
「生まれる優先度が一気に下がるんじゃ。ほかの世界には、ほかの魂があるからの。じっと我慢する者もおるが、消滅するものも多いの」
「消滅?」
「魂の消滅じゃ! 二度と生まれることはない。通常、極悪人に堕ちた者が辿るルートじゃな」
そういや、地獄の最後は魂の消滅とかだったか?
「じゃが、それはかわいそうじゃからの。わらわの慈悲でやり直しをしておるが、滅ぶ世界はいつも滅ぶんじゃ」
「あ〜。ナルホド」
死ぬ運命は、いくら巻き戻しても変わらない的なヤツか。
「で、そこで最終兵器の投入じゃ! なのに、なのに……っ、このドアホウ!」
突然、また翼で往復ビンタされた。
癇癪が復活したらしい。
「わかった、わかったって。世界はなんで滅んだんだよ? あの魔物か?」
「アレは魔力磁場が狂って、バリア機能が働かなくなったからきた者たちじゃ。わらわたちは、蛮族と呼んでおる」
「蛮族?」
「わらわたちのつくった世界を壊してまわる、極悪人よ!」
人じゃなくね?
と思ったが、とりあえず話を進める。
「魔力磁場ってのは?」
「あの世界に魔力があるのは、お主も知っておろう」
「あぁ、それはバッチリ学んだ」
女神シンシアが嬉しそうにうなずく。
「主らは知らんじゃろうが、魔法は二種類ある。人族が使うのは、精霊魔法。魔族が使うのは、黒魔法」
「へぇ。あれ、発動原理が違ったのか」
「そうじゃ! 人族も魔族も、もとはひとつじゃった。じゃが、世界の均衡を保つため、自ら進化して分岐したんじゃ」
「分岐?」
「魔族は、負のエネルギーを吸収して魔法を発動する。もとは、負のエネルギーが世界に循環するのを防ぐ進化じゃった……じゃが……」
女神シンシアは小さくため息をついた。
「負のエネルギーが多いほど強くなるからの。人を困らせるようになったのじゃ。そこからは、芋が転がるように悪いほうに世界の軸が回ったんじゃ」
「なら、進化分岐からやり直したらいいんじゃ?」
「ドアホウ! もともと、負のエネルギーがあると世界が滅ぶから人は進化したんじゃ! 嫉妬、怒り、憎しみ、悲しみが充満した世界は地獄絵図じゃ」
あー、なんとなく話が見えてきたぞ。
死ぬ直前、ローランが民衆の争いが増えていると言っていたな。
「魔法を扱える者たちのエネルギーは、強すぎるんじゃ。魔力磁場は狂い、魔物も凶暴化、天変地異は起きて、最終的にバリア機能が崩壊。蛮族突入じゃ!」
それって、俺が死んだときとまったく一緒のような。
「魔法をなくすのは?」
「わらわは魔法がある世界がいいのじゃ!」
なるほど。世界デザインが決まってて、でもうまくいかないということか。
つまり、どっからやり直しても、詰んでる世界ってことか?
いや、そんな世界に転生させられた俺って、超不幸じゃね⁉︎
「ちょっといいですか」
「うむ、よかろう」
手をあげた俺を、シンシアが指差す。
「俺って、どっちの世界所属になるんですかね? 地球?」
「むろん、この世界じゃ! 一度死んだからの!」
嫌な予感がする。
「消滅した世界の魂って……」
「うむ。お主も保管庫行きじゃ!」
「いやいやいや! ちょーっと待て! かってに連れてきて、世界詰んでるんで魂保管庫行きです〜なんて認められるわけねえだろ!」
俺は立ち上がって、理不尽さを主張した。
女神シンシアも立ち上がり、キィキィわめく。
「お主がぼけ〜っと過ごしていたからじゃろうが! ドアホウ! あの野心をどこに捨てたんじゃ! のんびりのほほんと暮らしおって! あのときのわらわの気持ちがわからぬか! 串刺しにしてやりたいと思ったわ!」
「知らねえよ! あんたの声なんて聞こえねえからな! それに、この世界のヤツらに今の説明したらいいだろうが!」
「できたらとうにやっておるわ! 自分のつくった子らに、世界のルールを教えるのはご法度! それが神の決まりじゃ! 主はどこぞのよそ者だからオーケーなのじゃ!」
「そのよそ者に全部任せっきりにするな!」
無意味な怒鳴り合いをして、お互い息を切らす。
虚しい……。こんなことをしても保管庫行きだというのに。
女神シンシアが不満そうに口を尖らせる。
「もうわかったじゃろう。主は、勇者になって、魔王を救う。それが使命じゃったんじゃ!」
「いや、ぶっ飛んでね? つか、勇者パーティーは魔王を討伐するために結成されてたんだぞ? なのに、魔王を救う?」
「安心せい。お主はきっと、救ったはずじゃ」
女神シンシアが俺の両肩をつかみ、深くうなずいた。
どっからくるんだ、その自信は。
「わらわは、どーっしても、世界を進化させたいんじゃ!」
「世界の進化?」
「こう、ひとつ上に行くんじゃ」
シンシアが人差し指で上を示す。
「そうすると、なにかあんのか?」
「わらわが遊びに行けるんじゃ!」
「は?」
「今の世界レベルだと、わらわと波長が合わんのじゃ。具現化できないと言ったらいいかの? わらわが世界を満喫できるようにするには、この危機を乗り越える必要があるんじゃ!」
「つまり、あんたが遊びたいからってことか?」
俺はうろんな目で女神シンシアを見た。
シンシアは居心地悪そうに、ソワソワ体を動かし、首を大きく横にふる。
「なっ、違うぞ! わらわは皆を愛しておるのじゃ」
「はいはい。まぁ、事情はわかった」
「おお! わかってくれたか。それじゃ、時を戻すぞ」
「……は?」
「今度は、怠けるんじゃないぞ! このドアホウが!」
罵倒されたと思ったら、視界がぐにゃりと曲がった。目の前が歪み、暗転し、まず戻ったのは聴覚。
人の話し声がした。それから、ガラガラと地面を走る車輪の音。
次に焼き立てパンの匂い。
おなかがぐぅっと鳴ったと思ったら、ハッと両目がひらく。
「……マジかよ」
平穏そうな街を行き交う人々。
そして、真っ昼間から街のベンチに腰かけている俺。
「そういや聞いたか? 来月、魔王討伐パーティーが結成されるんだってよ!」
「おっ、勇者誕生ってわけか! こりゃ忙しくなるぞ」
目の前でおっさんたちによって交わされる会話。
聞き覚えがあった。
俺は、この会話を聞いて、スローライフ生活を決めたからだ。
マジで見てたのかあの女神。
というか、いきなり戻すとかありかよ。もっと対策を考えるとかあるだろ。
とはいえ、戻ってしまったものはしかたがない。
俺はベンチから立ち上がった。そして前のおっさんたちに声をかける。
「あのー。すみません。その話、くわしく聞かせてもらえますか?」
人生の選択肢が、強制的にひとつにさせられた瞬間だった。