目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第3話強制やり直し生活

 頭に突き刺さった羽根を抜きながら、女神に声をかける。


「そもそも、世界ってのはなんですか。創造神ってことでいいんですよね」

「そうじゃ。わらわがつくった」

「世界ってそんな簡単につくれんのか」

「主だって、前の世界でシュミレーションゲーム? というのをやっていたじゃろう。あんな感じじゃ」


 わかるけどわかりたくねぇ。

 俺たちの人生が、ゲームと同じだと言われている感じだ。

 いや、俺もやったことあるからなんとも言い難いが。たしかに、あれはちょっとしたことで世界が壊れたりしていた。


「ゲーム感覚で世界育ててたってことですか」

「それが神の大切な仕事じゃ」


 神はそういうもんだと言われたら、なんとも言いづらいが。複雑な気持ちだ。


 まぁ、地球にも創生神話があったくらいだしな。

 神を信じて敬っている者もたくさんいた。日本ではめずらしかったが。


「ゲームオーバーになったからリセットしてたと?」

「ふんっ。そんな単純な理由ではない。神々はすべての生きものを愛しておるのじゃ」


 女神シンシアが両手を広げて前に出す。

 ふわっと、やわらかな風が吹いた。

 ブロンドの髪がなびき、シンシアは慈しみのほほ笑みを浮かべる。背後に謎の光のエフェクトが見えた。


 神々しさに、一瞬見惚れる。

 だがすぐにハッとして、首をふった。


 たしかに、神っぽくはある。

 大切にしていた生きものが死んだら、なんとかしようとするのだろう。

 なんてったって、神だからな。

 それに、世界が滅んだってことは、あの世界での父さん母さん、ローランたちも死んだのだろう。


「なぁ、死んだ者たちって……」

「世界が壊れたら、終了じゃ」


 シンシアはぷいっと顔をそむける。

 いじけてるな……こいつ。


「……終了って?」

「通常、輪廻転生は、同じ世界で行われるんじゃ。たまに、違うところから混ざったりもするがの」


 女神シンシアがどこからかボードを持ちだし、解説をはじめる。

 頭の上には黒い角帽をかぶり、メガネをつけ、手には紙のテキスト。

 それ、俺の前の世界の衣装じゃね?


「滅んだ世界の魂は、生まれる世界がなくなるんじゃ。つまり、保管庫行きじゃの」

「……保管庫?」

「生まれる優先度が一気に下がるんじゃ。ほかの世界には、ほかの魂があるからの。じっと我慢する者もおるが、消滅するものも多いの」

「消滅?」

「魂の消滅じゃ! 二度と生まれることはない。通常、極悪人に堕ちた者が辿るルートじゃな」


 そういや、地獄の最後は魂の消滅とかだったか?


「じゃが、それはかわいそうじゃからの。わらわの慈悲でやり直しをしておるが、滅ぶ世界はいつも滅ぶんじゃ」

「あ〜。ナルホド」


 死ぬ運命は、いくら巻き戻しても変わらない的なヤツか。


「で、そこで最終兵器の投入じゃ! なのに、なのに……っ、このドアホウ!」


 突然、また翼で往復ビンタされた。

 癇癪が復活したらしい。


「わかった、わかったって。世界はなんで滅んだんだよ? あの魔物か?」

「アレは魔力磁場が狂って、バリア機能が働かなくなったからきた者たちじゃ。わらわたちは、蛮族と呼んでおる」

「蛮族?」

「わらわたちのつくった世界を壊してまわる、極悪人よ!」


 人じゃなくね?

 と思ったが、とりあえず話を進める。


「魔力磁場ってのは?」

「あの世界に魔力があるのは、お主も知っておろう」

「あぁ、それはバッチリ学んだ」


 女神シンシアが嬉しそうにうなずく。


「主らは知らんじゃろうが、魔法は二種類ある。人族が使うのは、精霊魔法。魔族が使うのは、黒魔法」

「へぇ。あれ、発動原理が違ったのか」

「そうじゃ! 人族も魔族も、もとはひとつじゃった。じゃが、世界の均衡を保つため、自ら進化して分岐したんじゃ」

「分岐?」

「魔族は、負のエネルギーを吸収して魔法を発動する。もとは、負のエネルギーが世界に循環するのを防ぐ進化じゃった……じゃが……」


 女神シンシアは小さくため息をついた。


「負のエネルギーが多いほど強くなるからの。人を困らせるようになったのじゃ。そこからは、芋が転がるように悪いほうに世界の軸が回ったんじゃ」

「なら、進化分岐からやり直したらいいんじゃ?」

「ドアホウ! もともと、負のエネルギーがあると世界が滅ぶから人は進化したんじゃ! 嫉妬、怒り、憎しみ、悲しみが充満した世界は地獄絵図じゃ」


 あー、なんとなく話が見えてきたぞ。

 死ぬ直前、ローランが民衆の争いが増えていると言っていたな。


「魔法を扱える者たちのエネルギーは、強すぎるんじゃ。魔力磁場は狂い、魔物も凶暴化、天変地異は起きて、最終的にバリア機能が崩壊。蛮族突入じゃ!」


 それって、俺が死んだときとまったく一緒のような。


「魔法をなくすのは?」

「わらわは魔法がある世界がいいのじゃ!」


 なるほど。世界デザインが決まってて、でもうまくいかないということか。

 つまり、どっからやり直しても、詰んでる世界ってことか?

 いや、そんな世界に転生させられた俺って、超不幸じゃね⁉︎


「ちょっといいですか」

「うむ、よかろう」


 手をあげた俺を、シンシアが指差す。


「俺って、どっちの世界所属になるんですかね? 地球?」

「むろん、この世界じゃ! 一度死んだからの!」


 嫌な予感がする。


「消滅した世界の魂って……」

「うむ。お主も保管庫行きじゃ!」

「いやいやいや! ちょーっと待て! かってに連れてきて、世界詰んでるんで魂保管庫行きです〜なんて認められるわけねえだろ!」


 俺は立ち上がって、理不尽さを主張した。

 女神シンシアも立ち上がり、キィキィわめく。


「お主がぼけ〜っと過ごしていたからじゃろうが! ドアホウ! あの野心をどこに捨てたんじゃ! のんびりのほほんと暮らしおって! あのときのわらわの気持ちがわからぬか! 串刺しにしてやりたいと思ったわ!」

「知らねえよ! あんたの声なんて聞こえねえからな! それに、この世界のヤツらに今の説明したらいいだろうが!」

「できたらとうにやっておるわ! 自分のつくった子らに、世界のルールを教えるのはご法度! それが神の決まりじゃ! 主はどこぞのよそ者だからオーケーなのじゃ!」

「そのよそ者に全部任せっきりにするな!」


 無意味な怒鳴り合いをして、お互い息を切らす。

 虚しい……。こんなことをしても保管庫行きだというのに。


 女神シンシアが不満そうに口を尖らせる。


「もうわかったじゃろう。主は、勇者になって、魔王を救う。それが使命じゃったんじゃ!」

「いや、ぶっ飛んでね? つか、勇者パーティーは魔王を討伐するために結成されてたんだぞ? なのに、魔王を救う?」

「安心せい。お主はきっと、救ったはずじゃ」


 女神シンシアが俺の両肩をつかみ、深くうなずいた。

 どっからくるんだ、その自信は。


「わらわは、どーっしても、世界を進化させたいんじゃ!」

「世界の進化?」

「こう、ひとつ上に行くんじゃ」


 シンシアが人差し指で上を示す。


「そうすると、なにかあんのか?」

「わらわが遊びに行けるんじゃ!」

「は?」

「今の世界レベルだと、わらわと波長が合わんのじゃ。具現化できないと言ったらいいかの? わらわが世界を満喫できるようにするには、この危機を乗り越える必要があるんじゃ!」

「つまり、あんたが遊びたいからってことか?」


 俺はうろんな目で女神シンシアを見た。

 シンシアは居心地悪そうに、ソワソワ体を動かし、首を大きく横にふる。


「なっ、違うぞ! わらわは皆を愛しておるのじゃ」

「はいはい。まぁ、事情はわかった」

「おお! わかってくれたか。それじゃ、時を戻すぞ」

「……は?」

「今度は、怠けるんじゃないぞ! このドアホウが!」


 罵倒されたと思ったら、視界がぐにゃりと曲がった。目の前が歪み、暗転し、まず戻ったのは聴覚。


 人の話し声がした。それから、ガラガラと地面を走る車輪の音。

 次に焼き立てパンの匂い。

 おなかがぐぅっと鳴ったと思ったら、ハッと両目がひらく。


「……マジかよ」


 平穏そうな街を行き交う人々。

 そして、真っ昼間から街のベンチに腰かけている俺。


「そういや聞いたか? 来月、魔王討伐パーティーが結成されるんだってよ!」

「おっ、勇者誕生ってわけか! こりゃ忙しくなるぞ」


 目の前でおっさんたちによって交わされる会話。

 聞き覚えがあった。

 俺は、この会話を聞いて、スローライフ生活を決めたからだ。


 マジで見てたのかあの女神。

 というか、いきなり戻すとかありかよ。もっと対策を考えるとかあるだろ。


 とはいえ、戻ってしまったものはしかたがない。

 俺はベンチから立ち上がった。そして前のおっさんたちに声をかける。


「あのー。すみません。その話、くわしく聞かせてもらえますか?」


 人生の選択肢が、強制的にひとつにさせられた瞬間だった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?