俺はふと顔をあげて、自分の目を疑った。
女の声がしたから、女がいると思っていた。
なおかつ、またもや転生をしたのなら、美女がいるだろうと。
だけど、そんな期待は裏切られた。
理想のピンク髪美少女の映像が、砂嵐となって消えていく。
俺の目の前には、化け物がいたのである……。
巨大なひとつ目が、時折りギョロリと動き、俺を見ている。目玉の横からは、真っ白の翼が十枚。それで宙に浮いているようだ。
翼には、装飾のごとく、小さな目玉が連なっていた。全部で二十はあるだろうか。
目玉むき出しで、ドライアイは大丈夫なのか。
乾燥で目がカピカピなるのは、地味に辛い。進行すると頭痛や肩こりにも影響がでる。
さらにひどくなると……。
って、そんなどうでもいい心配をしている場合じゃない。
どうなってるんだ⁉
俺はツバを飲み、頭のなかで状況を整理する。が、さっぱりわからん。
おそらく、さっきの声はこの化け物からだろう。
幸い、魔物耐性がついていたので、発狂せずにはいられる。
なんだかヤバそうなやつであることに変わりはないが。
俺はひとまず話しかけることにした。
どんなヤバいやつでも、言葉が話せるなら希望はある。
「ど、どうもはじめまして」
とりあえず下手に出た。
刺激すると、殺されるかもと思ったからだ。
いや、こんな化け物だ。殺されるより、もっと辛い地獄が待っているかもしれない。
いや、よく考えたら、もう死んでいるのか?
「うむ。あいさつは大事じゃの。で、お主のせいじゃが。どうしてくれるんじゃ?」
目玉がずいッと近づいてきた。思わず体をのけぞらせる。
これはアレだ。漫画で見たことがある。
サングラスをし、じゃらじゃらと光り物を身につけた、体に絵が入った方々が、「えぇ⁉ あんちゃん、どうしてくれんだ? 落とし前をつけてもらおうか」と脅すやつだ。
こいつはマズイ。
瞬時に悟った俺は、脳みそをフル回転させた。
だが、とりあえず状況説明をしてもらわないと、まともな会話なんかできない。
「お、落ち着いて。なにがあったんですか。俺のせいとは? 俺は、変な奴らのせいで死んだはずですけど。そもそもあんたは?」
目玉の知り合いは、俺にはいなかったはずだ。
いきなりいちゃもんをつけられるし、なんなんだ。
「おお、そうじゃったの。すまんすまん。気が急っておったのじゃ。順番に説明しようかの」
目玉が身を引いた。
それにしても、グロテスクな見た目なのであまり見たくない。目玉が宙に浮かんでいるのは、心臓に悪い。
俺はおそるおそる右手をあげた。
「なんじゃ」
「あのー。その姿なんとかなりませんか? こう、迫力が強すぎるというか、委縮するというか」
「おお! たしかに、お主は人族じゃったの。すまんすまん」
意外と話のわかる目玉のようだ。
目玉は自分の体を大きな白い翼で包みこんだ。ぱあッと、一度、強い黄金の光を放つ。
十枚の翼は、一対の真っ白い大きな翼に変わっていた。そして、黄金のなめらかな髪が、ふわりと空になびく。
きれいにウェーブした、金糸のような美しい髪。
体をおおっていた巨大な翼が、そっとひらき、白いシルクの布でおおわれた華奢で豊満な体が姿をあらわす。
ゆっくりとひらいた瞳は、魅惑的な薄紫。
美女だ。ものすごい美女である。
ただ、どっかで見たことあるような……。
記憶を探り、頭に稲妻が走る。
思わず美女を指差した。
「女神、シンシア⁉︎」
「おお。わらわを知っておるか。よいよい。誉めてつかわそう」
美女が満足気にうなずいた。
いやいや、待てよ。どういうことだ⁉︎
たしかに、教会で祀っていた神はこんな姿だった。でも、あれって、時の権力者たちが、自分たちの都合のいいようにつくった寓話じゃないのか⁉︎
女神が本当に存在すると?
そんなバカな!
「わらわの美しさに言葉も出ないようじゃな」
女神シンシアがブロンドの髪を見せつけるように手で払った。
「いや、あんたさっきまで目玉だった……しっ、いや、なんでもありません」
高圧的に睨みつけられて、俺は口をとざした。
まさか、今から神の審判が行われるのか?
前世の世界でも、死後は審判が下されるとあったような。いや、どうだったか。無宗教だったからうろ覚えだ。
そもそも、一回目死んだときはなにもなかったしな。
「まず、単刀直入に申す」
女神が俺を見下す。
「主のせいで、世界が滅んだ」
言葉を反芻する。
滅んだ。俺のせいで。世界が滅んだ。
……俺のせいで?
「いや、待ってくださいよ。どうして俺のせいになるんですか」
「これで滅ぶのは五回目じゃ……。次こそ、上手くいくと思ったんじゃがのう」
聞いちゃいねぇ。
憂気に片手を頬にあてた女神は、ふぅっと魅惑のため息をつく。
きれいだが騙されるな。こいつは目玉だ。俺は理性を必死に保つ。
「五回っていうのは? 俺は、昔べつの世界で生きてた記憶がある。一回目のはずだ」
「四回失敗したから、主を連れてきたんじゃ」
俺を、連れてきた?
話の流れ的に地球からだよな。
異世界転生は、女神シンシアの仕業ってことか? そして、俺の異世界転生は失敗したから、役立たずと罵られているってとこか。なんだか腹が立つな。
俺は目を座らせて女神シンシアを見た。
「……なら、ほかの人間を連れてくるとかしたらどうですか」
「ムリじゃ。主は、昔の世界にこれっっぽっちも未練がなかったのじゃ」
女神が、親指と人差し指でアリくらいの隙間をつくる。
「だから、その世界の輪廻転生から外れておった。しかも、主には野心もあった。次こそは成り上がると。だからわらわが拾ってきたんじゃ」
それ、間違いなく、厨二病の影響だな……。
俺は遠くを見た。
死んでも厨二病を患っていたなんて、土に埋もれたいくらい恥ずかしい。
「わらわは期待しておった。お主なら、よいほうに導けるのではないかと! じゃが、結果は失敗じゃ……」
女神が悲しそうに目を伏せた。
メソメソと、白い床に指で文字を書いている。ガキか。女神のくせに。
そうは思うものの、微妙に良心が痛む。たしかに、異世界転生に喜んでいたのは事実だ。やってやるぜ! とも思っていた。
「あ、あのさ」
いじけている女神の肩に、手をおこうとした。その手を拒絶するように、地獄の底から響くような怨みの声が、女神シンシアから発せられる。
「なぜじゃ」
なんだかヤバい気がする。
白い女神の背後からどす黒いオーラが見える。
俺はなるべく刺激しないように、動きを止めた。
「なぜ、ならなかったんじゃ」
「な、なにに?」
女神シンシアが、涙目でギロッと俺を睨んだ。
「勇者じゃ! お主が勇者になるはずだったんじゃ。なのに、ぐーたら怠けおって! このドアホウ! 怠け者が!」
「ぶへっ⁉︎」
巨大な翼で殴られた。
二枚あるから、右からも左からも殴られる往復ビンタだ。白い羽根が舞い、俺はバシバシとたたかれる。
地味に痛ぇ……!
癇癪を起こした女神をなんとかなだめる。
「そんなこと言ったって、知らなかったんだからしょうがないだろ! あんたが説明しないから!」
「主はべつ世界の魂じゃったから、すぐに直接干渉ができなかったんじゃ! 死んで初対面じゃ! なにがどうもはじめましてじゃ! このドアホウ!」
最初にあいさつしたときは喜んでたじゃねえか!
文句とツッコミを抑え、両手で頭をガードして、癇癪女神の説得を試みる。
「わかった、わかりましたよ! 五回やり直したなら、またやり直せばいいでしょう! どっかにいい魂転がってないんですか⁉︎」
「いい魂がゴロゴロ転がってるわけなかろう! いい魂は即、売り切れ完売じゃ!」
女神シンシアはついに大声をあげて泣き出してしまった。
めんどくせぇ……。
本当に女神なのか?