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第2話世界が滅んだのは俺のせい?

 俺はふと顔をあげて、自分の目を疑った。


 女の声がしたから、女がいると思っていた。

 なおかつ、またもや転生をしたのなら、美女がいるだろうと。


 だけど、そんな期待は裏切られた。

 理想のピンク髪美少女の映像が、砂嵐となって消えていく。


 俺の目の前には、化け物がいたのである……。


 巨大なひとつ目が、時折りギョロリと動き、俺を見ている。目玉の横からは、真っ白の翼が十枚。それで宙に浮いているようだ。

 翼には、装飾のごとく、小さな目玉が連なっていた。全部で二十はあるだろうか。


 目玉むき出しで、ドライアイは大丈夫なのか。

 乾燥で目がカピカピなるのは、地味に辛い。進行すると頭痛や肩こりにも影響がでる。

 さらにひどくなると……。

 って、そんなどうでもいい心配をしている場合じゃない。


 どうなってるんだ⁉


 俺はツバを飲み、頭のなかで状況を整理する。が、さっぱりわからん。


 おそらく、さっきの声はこの化け物からだろう。

 幸い、魔物耐性がついていたので、発狂せずにはいられる。

 なんだかヤバそうなやつであることに変わりはないが。


 俺はひとまず話しかけることにした。

 どんなヤバいやつでも、言葉が話せるなら希望はある。


「ど、どうもはじめまして」


 とりあえず下手に出た。

 刺激すると、殺されるかもと思ったからだ。

 いや、こんな化け物だ。殺されるより、もっと辛い地獄が待っているかもしれない。


 いや、よく考えたら、もう死んでいるのか?


「うむ。あいさつは大事じゃの。で、お主のせいじゃが。どうしてくれるんじゃ?」


 目玉がずいッと近づいてきた。思わず体をのけぞらせる。


 これはアレだ。漫画で見たことがある。

 サングラスをし、じゃらじゃらと光り物を身につけた、体に絵が入った方々が、「えぇ⁉ あんちゃん、どうしてくれんだ? 落とし前をつけてもらおうか」と脅すやつだ。


 こいつはマズイ。

 瞬時に悟った俺は、脳みそをフル回転させた。

 だが、とりあえず状況説明をしてもらわないと、まともな会話なんかできない。


「お、落ち着いて。なにがあったんですか。俺のせいとは? 俺は、変な奴らのせいで死んだはずですけど。そもそもあんたは?」


 目玉の知り合いは、俺にはいなかったはずだ。

 いきなりいちゃもんをつけられるし、なんなんだ。


「おお、そうじゃったの。すまんすまん。気が急っておったのじゃ。順番に説明しようかの」


 目玉が身を引いた。

 それにしても、グロテスクな見た目なのであまり見たくない。目玉が宙に浮かんでいるのは、心臓に悪い。

 俺はおそるおそる右手をあげた。


「なんじゃ」

「あのー。その姿なんとかなりませんか? こう、迫力が強すぎるというか、委縮するというか」

「おお! たしかに、お主は人族じゃったの。すまんすまん」


 意外と話のわかる目玉のようだ。

 目玉は自分の体を大きな白い翼で包みこんだ。ぱあッと、一度、強い黄金の光を放つ。


 十枚の翼は、一対の真っ白い大きな翼に変わっていた。そして、黄金のなめらかな髪が、ふわりと空になびく。

 きれいにウェーブした、金糸のような美しい髪。


 体をおおっていた巨大な翼が、そっとひらき、白いシルクの布でおおわれた華奢で豊満な体が姿をあらわす。

 ゆっくりとひらいた瞳は、魅惑的な薄紫。


 美女だ。ものすごい美女である。

 ただ、どっかで見たことあるような……。


 記憶を探り、頭に稲妻が走る。

 思わず美女を指差した。


「女神、シンシア⁉︎」

「おお。わらわを知っておるか。よいよい。誉めてつかわそう」


 美女が満足気にうなずいた。

 いやいや、待てよ。どういうことだ⁉︎


 たしかに、教会で祀っていた神はこんな姿だった。でも、あれって、時の権力者たちが、自分たちの都合のいいようにつくった寓話じゃないのか⁉︎

 女神が本当に存在すると?

 そんなバカな!


「わらわの美しさに言葉も出ないようじゃな」


 女神シンシアがブロンドの髪を見せつけるように手で払った。


「いや、あんたさっきまで目玉だった……しっ、いや、なんでもありません」


 高圧的に睨みつけられて、俺は口をとざした。


 まさか、今から神の審判が行われるのか?

 前世の世界でも、死後は審判が下されるとあったような。いや、どうだったか。無宗教だったからうろ覚えだ。

 そもそも、一回目死んだときはなにもなかったしな。


「まず、単刀直入に申す」


 女神が俺を見下す。


「主のせいで、世界が滅んだ」


 言葉を反芻する。

 滅んだ。俺のせいで。世界が滅んだ。

 ……俺のせいで?


「いや、待ってくださいよ。どうして俺のせいになるんですか」

「これで滅ぶのは五回目じゃ……。次こそ、上手くいくと思ったんじゃがのう」


 聞いちゃいねぇ。

 憂気に片手を頬にあてた女神は、ふぅっと魅惑のため息をつく。

 きれいだが騙されるな。こいつは目玉だ。俺は理性を必死に保つ。


「五回っていうのは? 俺は、昔べつの世界で生きてた記憶がある。一回目のはずだ」

「四回失敗したから、主を連れてきたんじゃ」


 俺を、連れてきた?

 話の流れ的に地球からだよな。

 異世界転生は、女神シンシアの仕業ってことか? そして、俺の異世界転生は失敗したから、役立たずと罵られているってとこか。なんだか腹が立つな。

 俺は目を座らせて女神シンシアを見た。


「……なら、ほかの人間を連れてくるとかしたらどうですか」

「ムリじゃ。主は、昔の世界にこれっっぽっちも未練がなかったのじゃ」


 女神が、親指と人差し指でアリくらいの隙間をつくる。


「だから、その世界の輪廻転生から外れておった。しかも、主には野心もあった。次こそは成り上がると。だからわらわが拾ってきたんじゃ」


 それ、間違いなく、厨二病の影響だな……。

 俺は遠くを見た。

 死んでも厨二病を患っていたなんて、土に埋もれたいくらい恥ずかしい。


「わらわは期待しておった。お主なら、よいほうに導けるのではないかと! じゃが、結果は失敗じゃ……」


 女神が悲しそうに目を伏せた。

 メソメソと、白い床に指で文字を書いている。ガキか。女神のくせに。


 そうは思うものの、微妙に良心が痛む。たしかに、異世界転生に喜んでいたのは事実だ。やってやるぜ! とも思っていた。


「あ、あのさ」


 いじけている女神の肩に、手をおこうとした。その手を拒絶するように、地獄の底から響くような怨みの声が、女神シンシアから発せられる。


「なぜじゃ」


 なんだかヤバい気がする。

 白い女神の背後からどす黒いオーラが見える。

 俺はなるべく刺激しないように、動きを止めた。


「なぜ、ならなかったんじゃ」

「な、なにに?」


 女神シンシアが、涙目でギロッと俺を睨んだ。


「勇者じゃ! お主が勇者になるはずだったんじゃ。なのに、ぐーたら怠けおって! このドアホウ! 怠け者が!」

「ぶへっ⁉︎」


 巨大な翼で殴られた。

 二枚あるから、右からも左からも殴られる往復ビンタだ。白い羽根が舞い、俺はバシバシとたたかれる。

 地味に痛ぇ……!

 癇癪を起こした女神をなんとかなだめる。


「そんなこと言ったって、知らなかったんだからしょうがないだろ! あんたが説明しないから!」

「主はべつ世界の魂じゃったから、すぐに直接干渉ができなかったんじゃ! 死んで初対面じゃ! なにがどうもはじめましてじゃ! このドアホウ!」


 最初にあいさつしたときは喜んでたじゃねえか!

 文句とツッコミを抑え、両手で頭をガードして、癇癪女神の説得を試みる。


「わかった、わかりましたよ! 五回やり直したなら、またやり直せばいいでしょう! どっかにいい魂転がってないんですか⁉︎」

「いい魂がゴロゴロ転がってるわけなかろう! いい魂は即、売り切れ完売じゃ!」


 女神シンシアはついに大声をあげて泣き出してしまった。

 めんどくせぇ……。

 本当に女神なのか?


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