異世界転生をした。
かつての俺は、これといった特徴もない、平々凡々な人間だった。
特筆すべきことといえば、漫画、アニメ、ラノベが好きだったことか。
だから、くしゃみをした瞬間にツルッと足が滑って頭を強打という、聞くも涙、語るも涙の不幸から目覚がめた瞬間、すぐにピンときた。
見たことのない美男美女が、水で花や鳥を空中につくり、赤子の俺をあやしていたからだ。
魔法だ! 魔法がある!
俺は水の鳥にむっちりとした手を伸ばし、両足をばたつかせて喜んだ。
気持ちは、天に掲げる感謝のガッツポーズ。
俺はあの、『異世界転生』をしたと!
そして、俺はよわい0にして、コレまで読んできた
日本で生きていたころは、前世の記憶なんてなかった。
当然、勉強なんかクソくらえである。
毎日ネットやゲーム、アニメや漫画に溺れていた。
ネットにいる奴らも、どうでもいいことに笑って、他人の炎上に野次馬してと、のんびりしていた。
みんなそんなもんだと、安心しきって笑っていた。
が!
大きくなると、薄々わかってしまう。
現実は、間違いなく戦いだと。
人生とは、椅子取りゲームなのだと!
そして、幼いころの積み重ねは、ものすごく重く、時間はなによりも惜しいものであると。
今思えば、子どものころからコツコツ勉強していた奴らは、べつの世界からきた転生者だったのかもしれない……。
俺はとにかく魔法を学んだ。
その結果、俺には特殊能力があることがわかった。異世界転生ギフトだろうか。
だが、さすがに突然ドカッと強くなることはなかった。
そこだけは妙に現実的である。
しかたなく、地道に特訓を重ねた。
俺は、RPGでは敵の上までレベルを上げ、「敵よえぇ!」と、瞬時に消えるHPバーを見るのが好きだったからだ。
執念の結果、無事、敵をワンパンくらいの強さは手に入れた。
生まれた街周辺の魔物を掃除していき、冒険者として功績を上げ、「さあどうする?」と、目の前に選択肢が広がった。
優秀になると、できることが増えるようだ。
俺は悩んだ。
人生の岐路である。
冒険者、神官、騎士、文官、魔法庁、領主。店を開くのもありだ。
どのルートをたどるかで、将来がある程度決まる。
冒険者ならギルドマスター。
神官なら教皇。
騎士なら騎士団長といった風に。
昼間から街のベンチに座り、悩みに悩んでいる最中、とあるウワサが広まった。
魔王討伐パーティーが結成されると。
そのとき、俺の頭に電流が走った。
思い出したのである。
勇者ご一行と関わると危険だという、
結局俺は、ドラゴン退治の褒美に田舎の小さな領地をもらい、のんびりまったりスローライフを満喫することにした。
転生してから、ちょっと頑張りすぎたのだ。
早めのFIRE生活である。
と、そんなこんなで、俺は大きな屋敷をもらった。肩書きは男爵。爵位をもらったので一応貴族だ。
白い猫脚ソファにあおむけで横たわり、あいた窓から心地よい風を浴びる。
鳥のさえずりを聞きながらうたた寝をしていた俺の部屋に、ひとりの部下が駆け込んできた。
ノックはない。
毎度のことなので、もう気にしなくなった。
「ディオン様! 大変です! また魔物が!」
「またか……?」
ディオン・ライトクロー。
俺の名前だ。
異世界年齢十九歳。
毛先がよく見ると濃い紫という黒髪に、紫の瞳で、美男美女から生まれたからか、かつての俺よりはるかにイケメンだ。遺伝子に感謝である。
年齢的に、まだまだ若造に入るはずだが、生まれた瞬間から意識があったおかげで、無駄に貫禄がついてしまった。
決して、前世年齢を含めたら大変なおっさんであるからではない。決して。
「最近多くないか?」
「ですねぇ。魔王も倒したのに、不思議です」
呑気に首をかしげるのは、俺の秘書官。ローラン・フィーター。二十二歳の既婚男だ。うらやましい。
ローランは丸い小さなメガネを押し上げ、後ろで一括りにされている銀色の滑らかな髪をゆらし、紙を数枚差し出してくる。
領内の駐屯地からの報告書だった。
結界の外に、複数の魔物が確認されたこと。それから、民間人の争いの内容がズラズラと書かれていた。
殴り合い、罵倒、恋人を奪われただの、ドレスを切られただの。
本人たちからしたら深刻な問題なのだろうが、まぁまぁくだらない内容だ。
「最近、街での争いが増えているんですよ。聞けば、他の街でもそうらしいです。とくに、王都は今、地獄絵図だそうで」
だれも聞いちゃいないのに、ローランがヒソヒソと耳打ちをしてくる。銀色の長い髪が顔に垂れてきたので、さりげなく払いのけた。
それでも顔をくすぐってくるので、俺はしかたなく起きあがった。
ローランは、にっこり笑う。
……いい性格をしている。
「王都、そんなにヤバいのか?」
「権力争い、後継者争い、他国との戦争準備、地震や嵐で食糧危機。それによって民間人の暴徒化、窃盗や暴力も増えてるとか」
「スラムかよ」
「王都です」
ボケたわけじゃないんだが……。
まぁいい。
たしかに、ここ最近、地震や嵐、噴火といった自然災害が多い。
魔物の凶暴化も確認されている。
俺的には民間人の争いごとより、こっちのほうが気になる。食料や水の確保、新たな建築の材料確保なども必要かもしれない。
「それと、最近魔法が使えなくなる者が多発していると……。我が領地でも、昨日ひとり確認されました」
「原因は?」
「まだ不明です。伝染病の可能性もあるので、ひとまず隔離生活を送ってもらっています」
「ん、了解」
早々に対策を立てているようなので、俺はうなずくだけですんだ。
そして、魔物討伐部隊の編成と、民間裁判の指示を出し、あとは丸投げする。
基本的にOKサインをしていればいいからとても楽である。身の回りを優秀な者で固めた努力の結果だ。
素晴らしきスローライフ。
素晴らしき堕落。
またゴロリとソファに横になって、片腕を目の上にのせ、うとうとと微睡む。
いつもと変わらない、とてつもなく平和で、のんびりとした日。
……のはずだった。
「キャアアアア‼︎」
耳をつん裂くような甲高い悲鳴。
と、同時に、バリンッと結界が破られたような感覚がした。体に亀裂が入り、透明なガラスが砕け散ったような、嫌な感覚。はじめての感覚だった。
ハッと両目をひらき、バネのように飛び起きる。冷や汗が顎を伝った。
結界が、破られた⁉︎
今まで、俺の結界が破られたことはない。
だから、この領地が魔族たちの住処と隣接してても。着任時、ずいぶんと寂れ、荒れ果てていても。のほほんと、平和に暮らせるようにまでなったのだ。
「ディオン様! 大変です! 見たことのない魔物が……ッ!」
ローランが駆け込んできた。
顔は青ざめ、かすかに体が震えている。
「場所は⁉︎ 具体的な状況報告!」
「ば、場所は、中央広場、西門、貯蔵庫、水路……ほかにも複数。敵は氷のような青白い体で、顔は楕円形、角があります。触れたものが、次々凍り漬けに……!」
そこまで聞いて、俺は部屋を飛び出した。
めんどうなので、正面玄関に位置する窓に足をかけ、そのまま飛び降りる。
ふわりと地面に着地し、顔をあげる。
そして、ありえないものを目にした。
青い空が、真っ二つに裂けていたのだ。
そんなバカな。
空が裂ける?
前世の記憶があるからわかるが、空の向こうは宇宙だぞ。裂けるはずがない。
でも、裂けているのだ。
見間違いではない。
その裂けた空間に、手がかけられた。
巨大な四本の指。まるで、機械と氷が合わさったような、メタルチックなボディだった。
指先一本でも、人が千人必要なくらいのデカさだ。
なにが起きてる?
どう考えたって、普通じゃない。
巨大な手が伸びてきて、地面に手をかざした。瞬間。
ピシッと、世界が凍り漬けになった。
俺の周りにいた生命体が、瞬時に凍りつく。人も、動物も、建物も。
巨大な手が俺を見た。
見たという表現は、正しくないかもしれない。目はないからだ。
だが、間違いなく、「まだ生きていたのか」と言いたげに、俺のほうに手が向いた。
瞬間的に「まずい!」と思ったが、ピシッと思考が止まり、視界が暗転した。
こうして、俺のいた第二の世界は消滅した。
◇◇◇
「おい、起きろ。起きろと言うとろうが! 起きるんじゃ!」
ベジッと頭をたたかれた気がして、うっすら目をひらく。
ここはどこだ?
真っ白の空間にいた、と思ったが、次には花畑に変わっていた。死後の世界だろうか……。
体はなんともない。が、俺はあのとき死んだはずだ。凍り漬けにされて。
パチパチと目をまたたく。そして、手を目の前に持ってくる。
血の通った健康そうな手だった。指は五本。欠損はない。爪もきれいなピンク色だ。
「ようやく起きたか。まったく、お主のせいで、まーたやり直しじゃ。おいこら。責任は感じてるんじゃろうな⁉︎」
やたら威張った女の声だ。
いったいなんだというんだ。
こっちは死んだばかりだというのに。
いや、まさか、また転生したのか⁉︎