月日は流れ、とある日の騎士団本部稽古場。
「お、ダリル!婚約おめでとう」
騎士の一人が声をかける。
「あ、あぁ、ありがとう」
ダリルは少しはにかみながら横にいるニシャをチラリと見る。
「ニシャもいずれダリルが義理の兄になるなら安心だろ」
「あぁ、そうだな。ダリルだから安心して姉さんを任せられる」
ダリルの横でニシャも笑いながら答えた。
「でもよ、お姉さんからなんかダリルについての苦情とかないのか?一応顔合わせしてから何度か家同士交流は深めているんだろう」
騎士の一人がニヤニヤしながらニシャに訪ねると、ダリルが心配そうにニシャを見る。
「あ~……別に苦情とかは聞いてないな。どれだけいい男かっていうのろけならよく聞くけど」
なんだよのろけかよ~とがっかりする騎士を横目に、ダリルは顔を真っ赤にし、そんなダリルをニシャはニヤニヤと見ている。
「お前、そういうからかうような真似やめろよ!」
◇
ダリルがエリーシャに婚約の申し込みをした際に、エリーシャとダリル両方の両親へ二人の婚約・結婚がいかに両家にとってメリットがあるか力説していた。
マルクル家にとってはエリーシャが婿養子を迎えることで家の存続の心配はなくなる。ジェーン家は、多くの令嬢の申し込みを断り続けてきたダリルが自ら結婚したいと申し出たことに驚きと喜びしかなかった。
ダリルの母親はダリルの婚姻により念願の娘ができることでダリルを女装させる意味が無くなった。故にダリルは女装から晴れて解放されたのである。カタリナについてはあくまでも遠方の親戚の子供を預かっているということになっていたので、親戚の家に帰って行ったということで落ち着いたのだった。
エリーシャとしていずれダリルと結婚する以上、男装してニシャとしていることは必要がなくなる。ニシャは流行り病などで亡くなったことにすれば良いと両家では話し合われていたが、ニシャ本人がそれを断った。
「ずっとこの姿で生きてきたし、そんな簡単にはニシャを捨てることなんてできないよ。騎士としての誇りもあるし」
そうして、エリーシャは今まで通りニシャとしても生きていくことになった。
◇
マルクル家の一室。
「ニシャとしても生きていくことを了承してくれてありがとう」
エリーシャはダリルにお礼を言った。
「いや、別にいいんだよ。俺はニシャでもエリーシャでもどちらの君も好きだから」
ダリルの言葉に思わずエリーシャは顔を赤らめる。
そんなエリーシャを見て、ダリルはそっとエリーシャの頬に手を添え頬笑む。少しずつ、ダリルの顔が近づいてきて……
思わずエリーシャは顔をそらし、慌てて話を再開した。
「で、でも、もうカタリナの姿が見られなくなるのはなんか残念だったな~せっかくの美人さんだったのに」
照れてしまいせっかくのムードをぶち壊してしまうエリーシャだが、ダリルはエリーシャのそんな所もいとおしいと思える程に溺愛している。
「いや、カタリナの姿になるのはあれが最後だ。もう勘弁してくれ」
もったいないと口を尖らせるエリーシャに、ダリルは机の上にある写真を見ながら苦笑した。
そこには、美しいドレスを纏ったエリーシャと礼服姿のダリルの写真と、その横に礼服姿のニシャと美しいドレスを纏ったカタリナの婚約写真が並んでいた。
「エリーシャ、抱きしめてもいいかい?」
ダリルがそっと尋ねると、エリーシャはまた顔を真っ赤にする。だが拒否するでもなく、わかるかわからないか程の小さな頷きをした。
その様子に、ダリルの胸にいとおしさがまた広がっていく。
そっと優しくエリーシャを抱きしめると、エリーシャもためらいがちに、優しくダリルの背中に手を回して抱きしめ返した。