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第5話 男装令嬢の憂鬱

 結局、婚約についてどうするか決定的な結論は出ずじまいだった。



「このことは二人で追々決めよう。あまりにも情報過多すぎて今すぐどうこうできることじゃない」



 ダリルにそう言われて、ニシャは頷くしかなかった。






 その日の夜。ニシャは湯船に浸かりながら1日の出来事を思い返していた。



 まさか、あんなにも美しいカタリナが騎士仲間のダリルだったなんて。しかも、事故とはいえ胸を触られてしまった。


 自分の胸をしげしげと見つめ、ため息をつく。どうせならもっと魅力的な胸だったらよかったのに。



 ふと、なぜ自分がそんなことを思ってしまっているのかと我に返る。ニシャは騎士姿のダリルを思い出しながら、ぶくぶくと湯船の中に沈んでいった。






 同じくジェーン家に戻ったカタリナ、もといダリルもまた、1日を振り返っていた。



 まさか、あのニシャが女だったなんて。ずっと男だと思っていたのに、仲間だと思っていたのに、突然すぎて頭が追いつかない。しかも触れてしまった胸の感触を思い出してしまい思わず顔が赤くなる。




 それに、双子の姉のエリーシャがニシャ自身だったことも衝撃だった。



「明日からどんな顔で会えばいいんだ……」



 ダリルは苦しげに言葉を吐いた。









 婚約のための顔合わせの日から数日が経ったが、あの日からダリルの様子がおかしい。



 いつものように騎士団の演習場や稽古場、武器庫で作業をしているが、ダリルの距離がやけに近い。近い、と思ったら突然離れたりまた近くなったり。



 他の騎士仲間と楽しく話をしていると、突然割って入ってくる。騎士仲間がニシャの肩に手を回したりしようものならものすごい圧で後ろに立っていたりする。



とにかく、おかしいのだ。




「おい、ちょっと来いよ」



 ニシャがダリルを人気のない場所へ呼び出すと、ダリルは表情の読めない顔で立っていた。



「お前、一体なんなんだよ。ちょっと様子がおかしすぎるだろ」



 イラつくニシャに、ダリルもバツの悪い顔になっていく。



「悪い。あれからどうしていいかわからなくなった」


「あのな、ここでは俺は俺なの。今までと変わらず接してくれないと困るんだよ。お前がそんなんだから変な噂まで流れ始めたんだぞ」


「変な噂?」


「お前と俺ができてるんじゃないかって噂」



 男同士の恋愛は別段珍しいことでもないが、ニシャとダリルの美男子カップルとなれば騎士団内でもちょっとした騒ぎになる。


 さらに騎士に憧れを持つ令嬢達の格好の噂話の的だ。



「……なるほどな。でもそれだったら俺としては好都合だ」



 ダリルの返答にニシャは目を丸くする。



「お前は何を言ってるんだよ……」



「俺がお前とできてるってことになれば、言い寄ってきていた令嬢達も諦めてくれる。親父もお袋もたぶんそういうことならば、ってカタリナとしての婚約も諦めてくれるかもしれない」



「いやいやいやいや、まてまてまてまて」



 ニシャは慌てるが、ダリルはいたって冷静だ。



「よし、そういうことにしよう」


「いや、だから待てって!」







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