「ニシャ、お前には婚約をしてもらう」
「……は?」
突然の事にニシャは気の抜けた声で返事をしてしまう。
「お前ももう16歳だ。この家のためにジェーン家より令嬢をもらうことにした」
その言葉に、ニシャは顔がひきつってしまう。
「それは、つまり、男として婚約するということですか」
ニシャ・マルクル。公爵マルクル家の長女にして長男である。
マルクル家は長年子宝に恵まれず、ニシャが生れた時にはニシャが唯一の跡取りであった。
男子を望む父親のダン・マルクルは、ニシャが女の子だとわかるとすぐに男装をさせ男の子として育てようとした。
だが、母親のローゼットはニシャを不憫に思い、令嬢としての教養も身に付けさせたいと懇願した。
そこで、ニシャにはエリーシャという双子の姉がいることにしたのだった。
エリーシャは体が弱く、あまり家から出ないということになっている。そうすれば、男のニシャとしてより多く行動できるからだ。
「この家の長男はニシャ、お前だ。跡取りとして当然のことだろう」
「しかし、相手のご令嬢が可哀想なのでは?私は結局女ですし、いずれバレる可能性も……」
「相手の家もこれが契約結婚だとわかった上で、だ。もちろんお前の素性は知らせていないが、お飾りの妻で構わないそうだ。別邸でも与えてそこに住まわせておけば問題ない」
父親の言葉にニシャはカッとなりそうになるのを抑える。どいつもこいつも、女性を、妻をなんだと思っているんだ。
これは、相手のご令嬢のためにも婚約破棄になるよう計画しなければ。
ニシャは固く決意したのだった。
◇
婚約のための顔合わせ当日。
マルクル家に到着したジェーン家のご令嬢、カタリナを出迎えるニシャは、カタリナの姿を見て息をのむ。
帽子から覗く長く揺れる黒髪は艶々として触ればきっと滑らかであろうことが伺える。美しい顔立ちはきっと誰もが称賛するであろうし、立ち振舞いも淑女たるそれであった。その姿はあまりにも美しく、自分にはふさわしくないのではと思う程だ。唯一背丈だけはニシャよりも少し高く、しかしそれすらもカタリナの美しさを際立たせるかのようだった。
「旅でお疲れでしょう、どうぞこちらへ」
ニシャが笑顔で促すと、カタリナは顔を覆う帽子から蒼い瞳をチラリとニシャへ向けて、すぐにお辞儀をする。ふわぁっと揺れた黒髪からは花のような良い香りがする。
(男性であったならきっといちころなんだろうな)
ニシャは心の中でため息をつく。こんなに美しい人を別邸へ閉じ込めておくだなんてあんまりだ。
ニシャの婚約破棄への決意がさらに高まった。