アリアがイベリスの元で過ごすようになってから三ヶ月が経った。その後イベリスが何者かに狙われることもなく、城内はかりそめの平和を取り戻したかに思えた。だが、事件は突然訪れたのだった。
「おい!聖獣をよこせ!」
イベリスの首元に剣を当て、一人の男がそう声高らかに叫んだ。その男はこの国の第二王子であるイーリス。イベリスとは父の血しか同じではないがれっきとした兄弟だ。短髪の赤髪に尖った犬歯があり見た目はイケメンだがいかんせん声が大きい。耳障りな声にアリアは顔を顰めていた。
「イーリス様、どうかおやめください。こんなことをしてはあなたの地位も名誉も底に落ちます」
「うるさい!さっさと聖獣とやらを差し出せ!聖獣さえ手に入ればこっちのもんだ!何をしても俺の思い通りだからな!」
イベリスとイーリスの目の前にはモルガとサイシア、そして人の姿をしたアリアがいる。イベリスを助けたいが、今下手に動けばイベリスの首は一瞬で飛ぶだろう。
「イーリス、お兄、様……どうして、こんなことを」
「うるさい、お前は黙ってろ。大人しく毒に侵されて死ねばよかったものを、聖獣とかいうやつのせいですっかり元気になりやがって。お前とユーリが結託したら俺が困るんだよ。だが聖獣さえ手に入ればこの国は俺のものだ」
イーリスの言葉にイベリスは驚き、途端に悲しそうな顔になる。
(ああ、イベリスはイーリスのこと信じていたのね。それなのにこんなひどいこと、許せない)
アリアは額の石と体を金色に光らせ、獣の姿に戻るとイーリスの足元に駆け寄る。そしてイーリスの足に両手をかけながら必死に登りたがるような仕草をした。
「なんだぁ?お前がもしかして聖獣ってやつか?どう見てもただのウサギじゃねえか!」
そう言ってイーリスはアリアの耳を掴み、持ち上げる。宙ぶらりんになったアリアは手足をバタつかせた。
(い、痛い!けどイベリスが解放されるまでは絶対に我慢するんだから!)
「まぁいい、こいつがこっちに来たらもうイベリスはどうでもいいや」
イーリスはイベリスの首元から剣を避けイベリスを足で強く蹴飛ばした。
「イベリス様!」
すかさずモルガとサイシアが駆け寄り、倒れたイベリスを支える。
「大丈夫ですかイベリス様!」
「モルガ、サイシア!アリアが……」
両目に涙を浮かべたイベリスに言われ、モルガとサイシアはイーリスとアリアを見る。手足をばたつかせるアリアを見てサイシアは今にもイーリスに向かって剣を構え走り出しそうな勢いだ。
「おっと、余計なことするとこの獣の耳ちょんぎっちまうぞ。そういえばこの獣、さっきまで女の姿だったよな?てことは女の姿のこいつを好きにすることもできるか。女の姿はなかなかの絶品だったもんな、楽しみが増えるぜ」
ゲヘヘ、と気持ちの悪い笑みを浮かべたイーリスに、モルガもサイシアももう我慢がならない。そして何よりもアリア自身が一番我慢ならなかった。
(何よこいつ、第二王子だかなんだか知らないけど気持ち悪い!イベリスをあんな目に合わせた挙句に私にまで手を出そうとするなんて許せない!いい加減に離して!ええい、離せ!)
アリアが強くそう思った瞬間、アリアの額の石と耳が金色に光り、爆発が起きた。
「ぎゃあああっ!」
驚いたイーリスが叫びをあげ手を離すと、アリアは床に華麗に着地しイベリスたちの元に走り出す。そしてイベリスたちのそばにたどり着くと、体を金色に光らせて人の姿になった。
イーリスの片手は大きな火傷を負い、ジュウジュウと焼け焦げている。イーリスはヒイヒイと泣きながら手に必死に治癒魔法をかけていた。だがその手はなぜか完全には治らない。そんなイーリスを睨みながらアリアは言った。
「いいか、何か勘違いをしているようだがお前が私を捕まえても私は絶対にお前の力になどならない。お前のような人間は大嫌いだ。それにお前のその手はお前が心を入れ替え罪を償わない限り完全に治ることはない、覚悟しておけ」
アリアがそう宣言すると、イーリスは片手を見つめながら涙を流しうめき叫び続けた。そんなイーリスを冷ややかな目で見てからアリアはイベリスのそばにかがみ込んだ。
「イベリス、大丈夫?」
「アリアこそ、大丈夫なの?」
(こんな時でも自分のことより私の心配をしてくれるのね、本当に優しい子)
「私は大丈夫、イベリスが無事で本当によかった」
そう言ってアリアが優しくイベリスを抱きしめると、イベリスはアリアの胸の中で泣き出した。どれほど怖かっただろう、第三王子と言っても、彼はまだほんの十歳の子供なのだ。
そんな二人の様子に、モルガとサイシアは目を合わせて頷き、泣き叫んだままのイーリスを捕獲した。
第二王子イーリスの行いは国の裁判にかけられ、イーリスは王位継承権を完全に剥奪された。イーリスが失脚したことで第一王子であるユーリの王位継承は揺るがないものとなり、国内は次第に落ち着きを取り戻していった。