部屋に戻るとイベリスはまだ寝ている。イベリスの寝顔は可愛らしく、全力で守ってあげたくなってしまう。
(こんな可愛い子に小さい頃から毒を入れていてしかも殺そうとするだなんて。一体、誰があのコックに指示を出しているのかしら。誰かに言われてやっているみたいだけれど……)
アリアはまだこの城の中の人間関係をよく知らない。顔と名前をちゃんと知っているのはイベリス、モルガ、サイシアだけだ。
(きっとこの後出されるお昼の食事にも毒が入っているのよね。どうしよう、本人もしくはモルガかサイシアに知らせたいけれど、この体じゃ言葉も喋れない)
アリアは考え込みながらしきりに毛繕いをする。イライラすると無意識でいつも以上に毛繕いをしてしまうようだ。
厨房での恐ろしい秘密をアリアが知ってから数時間が経ち、昼になった。イベリスの元には先ほどの毒入りの昼食が届けられている。
(あぁ、どうしよう、これを食べたらまたイベリスの体調が悪くなってしまう。私がそばにいたって毎日これでは意味がないのよ。悪の根元を切り離さないと)
アリアの心配をよそに、イベリスは届けられた昼食を口にしようとする。思わずアリアはイベリスのベッドにとびのり、イベリスが食べるのを邪魔した。
「アリア、どうしたんだい。いつもは僕の食事になど見向きもしないのに。一緒に食べたくなったの?」
イベリスは不思議そうにそう言ってアリアを見る。思いが伝わらないアリアは後ろ足でタンッと叩く。
「どうしたの、何をそんなに怒っているの?これがほしい?ほしいならあげるよ、君は聖獣だから普通のウサギと違って何でも食べることができるからね」
(そうか、私がこれを食べて倒れてしまえば流石のイベリスだって食べるのをやめるわよね!まあ聖獣の私には毒なんて効かないけど、それでも演技でも何でもして阻止してみせる!)
アリアはイベリスのフォークに乗せられた食べ物にパクッと食いついた。そしてもぐもぐと咀嚼すると、一思いに飲み込んだ。そして、すぐにその場に倒れ込む。そんなアリアを見てイベリスは悲鳴をあげた。
「アリア!アリア!どうしたんだ!」
(よし、演技だと気づかれていないわね、このまま気絶したふりをしなきゃ)
イベリスの叫びを聞きつけてモルガとサイシアが慌てて駆けつけた。二人とも国の中でもトップクラスの逸材で忙しいはずなのに、イベリスの元へはどんな時でもすぐに駆けつけてくるのだ。
「イベリス様!どうなさいました!」
「モルガ!サイシア!アリアが大変なんだ!僕の昼食を食べて急に、急に倒れて……」
ハラハラと涙を流してイベリスは訴える。その様子にモルガとサイシアは目を合わせ、モルガはアリアを抱えて治癒魔法を唱えた。
アリアの体が緑色の光に包まれ、アリアはうっすらと瞳を開ける。
「アリア!大丈夫?」
涙を流してアリアを抱きしめるイベリスの姿に、アリアは後ろめたい気持ちでいっぱいになる。アリアはそもそも倒れていたふりをしただけなのだ。
「この食事を念のため検査に回せ」
サイシアが厳しい顔で近くの侍女に告げると、アリアはほっと胸を撫で下ろした。
(良かった、うまく行ったわ。これで毒が見つかってあのコックは調べられる。コックの後ろにいる黒幕にもきっと辿り着けるはずだわ)
アリアは体を起こしてイベリスの手を優しく舐める。そうするとイベリスは安心したようにまたアリアを抱きしめた。
「しかし妙ですね、聖獣が人間の食事を食べて倒れるなどあり得ないはずなのに……」
「そういえばアリア、いつもは興味を示さないのに今日は僕が食べるのをしきりに邪魔してきたんだ。何なら後ろ足で床ドンして怒ってるようにも見えたよ」
イベリスの話を聞いてモルガとサイシアは真剣に何かを考え始めたが、突然サイシアは何かに気付いたように部屋を飛び出していった。