夏乃さんの嘘によってしばらく場は騒然としていたが俺が必死に誤解を解いた事によって落ち着きを取り戻しつつあった。
「へー、結城先輩ってうちの高校のOGなんですね」
「一組の結城さんにちょっと似てると思ったら姉妹だったんだ」
「結局結人とはどういう関係なんですか?」
「あっ、やっぱり皆んなも気になっちゃう?」
気付けば夏乃さんはちゃっかり俺の隣に座って料理を食べながら三人と楽しそうに話している。今日が初対面のはずなのにあっという間に打ち解けている夏乃さんは本当に流石としか言いようがない。
ちなみに店員に説明して伝票を五人分に修正して貰ったため店のルール的には夏乃さんがこの場にいても問題ないようだ。部外者の夏乃さんが球技大会の打ち上げに乱入しているのはどうかと思うが。
「でね、結人ってばソフトクリームを地面に落として大号泣しちゃってさ」
「へー、普段は割とクールぶってる結人にもそんな時期があったのか」
「……ちょっと夏乃さん、子供の頃の恥ずかしいエピソードをさらっと暴露しないでくださいよ」
いつの間にかそんな事を皆んなの前で話し始めていた夏乃さんに対して俺はそう声をあげた。これ以上夏乃さんを自由にさせると何を話されるか分かったものではない。
「えー、別にいいじゃん。私的にはまだまだ話し足りないんだけど」
「せっかくだから結城先輩から色々話を聞こうぜ」
「ああ、結人ってあんまり過去の事を喋らないから気になってたしな」
「他にはどんなエピソードがあるんですか?」
抵抗虚しく夏乃さんが暴露を辞めてくれそうな気配は全く無かった。勘弁してくれよと思っていると近くの席に俺達と同じ学校の制服を着た男女二人組が着席しようとしている姿が目に入ってくる。
「あっ!?」
男女二人組の横顔を見た俺は思わず声を上げてしまった。その声を聞いて向こうも俺達の存在に気付いたらしく驚いたような表情になる。
「えっ!?」
「結人と夏乃さん!?」
凉乃と兄貴はそれぞれそんな言葉を口にした。俺も結構びっくりしているが凉乃と兄貴もかなり驚いているらしい。
「こんなところで二人に会うなんて本当に奇遇だね、凉乃ちゃんと綾人はデートの最中?」
「……うん」
凉乃は恥ずかしそうな顔をしつつもそう答えた。その姿を見て俺は一気にテンションが下がる。
「夏乃さんは何で結人達と一緒にいるんですか? 見た感じ球技大会の打ち上げか何かだと思うんですけど……」
「ああ、大学終わりにショッピングでここに寄ったら偶然結人とエンカウントしてさ。暇だったから結人達の打ち上げに混ぜてもらったんだ」
「お姉ちゃんって相変わらず凄い行動力だね」
少し面白くなさそうな兄貴に対して凉乃は平常運転な様子だ。
「……もし良かったらこっちの席で俺達と一緒に食べません? 結人達の打ち上げに夏乃さんが混ざってるのはちょっとおかしい気がしますし」
「うーん、私的には結人達と盛り上がってる最中だからこっちのままでいいかな。それに凉乃ちゃんと綾人のデートを邪魔するのも悪いだろうから」
「そうですか……」
さりげなく夏乃さんを自分達の席に誘導しようとした兄貴だったがバッサリと断られていた。兄貴はすぐに引き下がったもののどこか悔しそうにも見える。
まあ、自分の好きな女の子が他の男達と一緒にいる姿を見て内心穏やかな気持ちでいられるはずがない。もし逆の立場だったなら俺も絶対同じ気持ちになっているはずだ。特に嫉妬深い兄貴なら尚更だろう。
それから再び俺の暴露話で盛り上がり始めるわけだが兄貴は頻繁にこちらをちらちらと見ていた。多分俺達の事がよっぽど気になるのだろう。
「兄貴さっきからこっちをがん見し過ぎ」
「そ、そんな事ないだろ」
「いやいや、明らかにバレバレだから。ちゃんと凉乃の相手もしてやれよ」
料理を取りに行った兄貴を追いかけて席を立った俺はそう忠告した。恋敵である兄貴に塩を送るのはちょっと癪だがそんな事は言ってられない。
凉乃が放置され気味になっていてちょっと可哀想だった。せっかく好きな相手と二人きりで放課後デートをしているというのにそんな態度を取られ続けるのはショックに違いない。
現に凉乃は少しだけ悲しそうに見える。確かに兄貴が凉乃から嫌われれば俺の方を向いてくれる確率が一気にあがるかもしれない。
だが俺は凉乃に傷付いて欲しくなんてなかった。だから自分の気持ちを理性で押さえ込んで凉乃のために行動をしたのだ。
「分かった、マジで反省する」
「頼んだぞ」
兄貴に対して最低限言いたい事を伝えられたため俺は適当な料理を皿に入れて席へと戻る。
「ねえ、綾人と何を話してたの?」
「ちょっと文句を言ってやったんですよ」
どうやら俺が兄貴と話していた様子を夏乃さんは見ていたらしい。
「もしかして俺の女をじろじろ見るなとかって言ってくれたのかな?」
「そんな事言うわけないでしょ、凉乃の相手をちゃんとしろって言っただけなので」
「……ふーん、全部凉乃ちゃんのためなんだ」
そう言葉を口にした夏乃さんはどこか不機嫌そうに見えた。