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第20話 さっきのは私が結人に手を出すって意味なんだけどな

 約三十分ほどのクルージングを終えて桃源台港に到着した俺達は海賊船から降りる。そしてチケット売り場で切符を購入して早速ゴンドラに乗り込んだ。

 ゴンドラには最大で十八人まで乗れるらしいが乗客は俺達だけだった。ロープウェイは約一分間隔で運行しているらしいので回転率はかなり良い方なのだろうが、それにしても凄い偶然だ。


「夏乃さんあそこを見てください、さっきまで乗ってた海賊船がどんどん小さくなってますよ」


「本当だ、もう少ししたら豆粒くらいのサイズになりそう」


 俺達はゴンドラから見える景色を見て二人で盛り上がっていた。ちなみに現在の時間はまだ昼過ぎだが、夕方に乗ると湖面がキラキラと輝く芦ノ湖を一望できるためかなり絶景らしい。


「あっ、富士山」


「さっき海賊船のデッキからも見ましたけど、やっぱり何回見ても良いですね」


「うん、今日はよく晴れてるから本当に綺麗に見えるよ」


 夏乃さんはハイテンションで富士山の写真を撮っていた。多分その写真もすぐSNSへ投稿するに違いない。


「そう言えば今って密室に私と結人の二人きりだよね。ここなら誰も助けは来ないし、今なら普段は絶対に出来ないあんな事やこんな事をできるチャンスじゃない?」


「いやいや、しませんって」


 そんな大それた事をする勇気なんて俺にはあるはずがなかった。そもそも夏乃さんは俺にとっては手の届かない高嶺の花でありあまりにも眩し過ぎる存在だ。そう思っていると夏乃さんはニヤニヤしながら俺に迫ってくる。


「さっきのは私が結人に手を出すって意味なんだけどな」


「ちょっ!?」


 夏乃さんはかなり至近距離まで顔を接近させてきた。後数センチほど近付けば唇同士がくっつきそうなほどの距離だ。

 甘い匂いのせいかだんだん頭もくらくらし始めており何も考えられない。下半身は痛いほど元気になっており完全に理性が弾け飛ぶ寸前だ。混浴しても耐えられていた俺の精神もそろそろ限界なのかもしれない。


「なーんてね、今のは冗談だよ」


「……えっ?」


 夏乃さんはそう言い終わると俺の側からすっと離れていく。本来なら何事もなくて安心するべき場面かもしれない。

 だが今の俺は寸止めをされて残念という気持ちでいっぱいになっていた。凉乃が好きなはずなのにこんな気持ちになるなんて俺は本当に最低なのかもしれない。

 一人で自己嫌悪のループに陥っていた間にかなりの時間が経っていたようで気付けば終点の大涌谷駅の目前まで来ていた。


「あっ、もう到着なんだ」


「……二十分って案外すぐでしたね」


「うん、私の体感的にはまだ五分くらいだから正直驚いてる」


「流石に五分は大袈裟に言い過ぎでしょ……」


 俺はなるべく普段通りの態度で振る舞ったつもりだが果たして夏乃さんの目には一体どのように映っているのだろうか。

 もしかしたら何かしらの違和感を感じているかもしれないが、夏乃さんから嫌われる事がとにかく怖くて仕方のなかった俺は必死でいつもの自分を演じた。

 それから終点の大涌谷駅でゴンドラから降りた俺達はそのままの足で建物の二階にあるレストランへと向かい始める。

 大涌谷駅は標高1044メートルの高さにあるためレストランからの景色はめちゃくちゃ眺めが良いらしい。


「……真っ黒なカレーって本当に美味しいんですかね?」


「うーん、どうだろう。とりあえず食べて見ないと分からない気がする」


 レストラン前に到着した俺達は入り口前に設置されていたメニューの看板を見てそう反応した。メニューの黒カレーはまるで墨汁のように真っ黒だったため注文するかどうか悩んでしまう。

 だから結構迷う俺達だったが他では食べられない味というメニュー表に書かれていた言葉の誘惑に負けて注文する事にした。しばらくしてテーブルに運ばれてきた黒カレーを俺達は恐る恐る食べ始める。


「めちゃくちゃ美味しいじゃん」


「これなら何杯でも食べられそう」


 俺も夏乃さんも予想外の美味しさにそう声を上げた。ビーフの程よい甘みに加えて独特のコクも合わさった黒カレーは本当に絶品だ。

 この黒カレーは一階にある売り場でレトルトも売っているらしいので何個か家用のお土産として買って帰る事を決めた。

 昼食を終えた俺達はお土産売り場でぶらぶらと買い物をした後、再びロープウェイに乗って移動を始める。次の目的地はケーブルカーの駅がある早雲山だ。

 そこからケーブルカーで箱根湯本駅へと向かってそこでロマンスカーへと乗り換え、東京に戻れば今回のプチ旅行は終わりとなる。明日は普通に平日で学校もあるためほどほどの時間で解散する予定だ。


「今度は結人と二人きりじゃないのか」


「さっきが偶然人がいなかっただけだと思うのでこれが普通ですよ」


 他にも乗客がいる事に不満そうな夏乃さんに対して俺は何でもないような表情でそう口にしたわけだが本音を言えばまた二人きりが良かった。

 今の俺はちょっとだけどこかおかしいのかもしれない。夏乃さんにこんな感情を抱くとは正直思ってすらいなかった。

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