朝食を食べ終わってホテルを出発した俺達はバスに乗って移動して箱根神社前へとやって来た。正面入口である第三鳥居から境内に入った俺達は参道を進み始める。
「やっぱり観光客で溢れかってる」
「箱根神社は関東でも最強のパワースポットだからね、人もたくさん来るに決まってるよ」
「うっかり夏休みとかゴールデンウィークみたいな長期連休の時期に来たら人口密度が凄そうですね」
そんな話をしているうちに手水舎へと到着したため俺はひとまず柄杓を手に取る。そして手を清めようとしていると夏乃さんが口を開く。
「そう言えば結人は正しい手水の作法とかって知ってる?」
「いや、全然知らないです」
「それならお姉ちゃんが特別に教えてあげるよ、とりあえず説明しながら実演してあげるからまずは見てて」
いつも通りそれっぽい感じで適当にやろうと思っていたが、夏乃さんがそう言ってくれるならせっかくだし教えてもらおう。
「まず右手で柄杓を取って水を汲んで左手を清めるのが最初だね」
「へー、手を清めるのにも左右で順番があるのか」
「次に柄杓を左手に持ち替えてさっきと同じように右手を清めたら、もう一回右手で柄杓を持って左手に水を入れて口に含む」
そう言い終わった夏乃さんは水を含んで口をすすぐ。そして下にある排水路に左手で口を隠しながら静かに含んだ水を吐き出した。
「後は左手を清めて残った水で柄を洗って戻せば終わりかな」
「参考になりました、俺もやってみます」
俺は夏乃さんと全く同じ手順で手と口を清め始める。今までは何となくでやっていたため正しい作法でやるのは今回が初めてだ。
「よし、お互いに手と口も清めも終わった事だし先に進もう」
「順路的には多分こっちですよね?」
「うん、鳥居をくぐってそのまま階段を進んでいけば良かったはず」
俺達は手水舎横の第四鳥居をくぐると階段を上り始める。大きな杉の木に囲まれた石造りの階段は中々に圧巻だ。
それから階段途中にあった境内社である曽我神社に立ち寄りつつ石段を上り切った俺達は第五鳥居をくぐり抜けて御社殿前へと到着した。
「空の青と森の緑、御社殿の朱色が合わさって本当に綺麗だね」
「ですね、もうこの景色を見れただけで来たかいがあったって思えます」
「早速お参りをしようか」
俺達は御社殿の賽銭箱にそれぞれ五円硬貨を入れると二拝二拍手一拝の作法で参拝を行う。ここでも夏乃さんから正しい作法を教えて貰った事は言うまでもない。
「じゃあいよいよ本命の九頭龍神社新宮へ行こう」
「えっ、箱根神社の御社殿で礼拝する事がここに来た目的じゃないんですか?」
「うん、むしろここからが本番かな」
どうやらここまでは前哨戦に過ぎなかったようだ。俺は夏乃さんの案内で九頭龍神社新宮に向かい始める。
「新宮って事は本宮もどこか別にあるんですか?」
「そうそう、新宮は芦ノ湖畔にある本宮の分社なんだよね。本宮に参拝するのが難しい人のために箱根神社の隣に新宮が作られたんだってさ」
「一緒にお参りできるのは良いですね」
「しかもどちらで参拝しても同じ御利益があるらしいよ」
「御利益ってどんなのがあるんですか?」
「金運アップとか開運、商売繁盛って効果に加えて縁結びって効果もあるんだよね」
俺は気になった内容を夏乃さんに質問するとニコッとした表情で答えてくれた。なるほど、夏乃さんは縁結びが目的に違いない。
俺も将来凉乃と結ばれるようしっかりお祈りをさせて貰う事にしよう。数分歩いて九頭龍神社新宮に到着した俺達は先程と同じように参拝する。
割とすぐ終わった俺とは対照的に夏乃さんはかなり長時間参拝していた。どのくらい長かったのかと言うと俺達の後ろに並んでいたカップルがまだ終わらないのかと言いたげな顔になるほどだ。
「……そんなに長時間拝む必要ありました?」
「例え何があっても絶対に切れる事のない強固な縁を結びたかったから」
「そこまでやったらもう二度と離れられなくなりそうな気しかしないんですけど」
「一生離れる気も離す気も無いから大丈夫」
そう話した夏乃さんは今まで見たこともないくらい真剣だった。その後俺達は九頭龍神社新宮の側にあった階段を降りて龍神水舎へと足を運ぶ。
龍神水舎には九匹の龍がずらりと並んでいてその口からは水が流れ落ちていた。これは境内から湧き出たご神水であり龍神水という名前で呼ばれているらしい。口に含むと不浄を清め良い物を引き寄せるとか。
「龍神水って名前が凄まじく中二病っぽくないですか?」
「確かに私もそれは思った」
「飲んだらめちゃくちゃ強くなりそう」
龍神水という名前を聞いてとある少年漫画に出てくるキャラクターを大幅にパワーアップさせるアイテムを連想したのは多分俺だけではないはずだ。
ちなみに龍神水はペットボトルなどに入れて持って帰っても問題ないらしい。持ち帰り用のペットボトルが授与所で販売されている事を考えるとむしろ推奨されていると言っても過言ではないだろう。