「じゃあそろそろ夜も深まって来た事だしお泊まり会では恒例のイベントをやろうか」
入浴を終えてからしばらく時間が経ち、だんだん眠くなってきた俺がうとうとし始めていると夏乃さんはそんな事を言い始めた。
「恒例のイベントっていうのは具体的に何の事です?」
「お泊まりなんだからあれをするしかないよね」
「……いい加減勿体ぶらないで早く教えてくださいよ」
どうせろくでもない事だとは思うが俺に実害があっても困るため何をする気なのかは今すぐにでも知っておきたい。
「ほら、お泊まりの夜と言えばやっぱり恋バナでしょ」
「一体これから何に付き合わされるのかと思えばそんなくだらない事だったんですね……」
どんな無茶振りをしてくるかドキドキしていた俺だったが、夏乃さんの口から出た言葉があまりにも普通過ぎてちょっと拍子抜けだ。
「いやいや、全然くだらなくないから」
「てか、夜に恋バナって完全に修学旅行とかのノリですよね? あれは大人数でするから盛り上がるのであって、二人でやってもそんなに面白くないと思うんですけど」
「えー、いいじゃん。せっかくだからやろうよ」
完全に拒否する気満々の俺に対して夏乃さんは子供のように駄々をこねながら誘ってくる。
「そもそも夏乃さんは俺が誰の事を好きなのか前から知ってるじゃないですか」
「だからその辺についても結人にじっくり聞きたいと思ってさ」
「普通に嫌です」
「もしかしたら私の口から凉乃ちゃんに関する何か有益な情報とかを聞けるかもよ?」
「……分かりました、このまま放置するのも可哀想なのでちょっとだけでいいなら付き合いますよ」
有益な情報という言葉に魅力を感じた俺は迷った末に夏乃さんの恋バナに付き合う事を決めた。その時一瞬だけ夏乃さんの顔が酷く歪んだように見えたのは気のせいだろうか。
「ちなみに結人は凉乃ちゃんのどこが良いと思ってるわけ?」
「やっぱり誰に対しても優しいところとか……」
正直に答える事が少し恥ずかしかった俺はひとまずありきたりな理由を答えた。だが実際に凉乃は昔からそういうキャラだったため別に嘘をついたり捏造しているわけではない。
「ふーん、私的には嫌われたくないから誰にでも愛嬌を振りまいているだけのいわゆる八方美人にしか見えないけどな」
「……実の妹に対して随分ばっさり言いますね」
「だって本当の事だし」
夏乃さんは心なしか不機嫌そうに見えた。何というかお気に入りのおもちゃを取られて拗ねた子供のように見える。もしかしたら凉乃と喧嘩でもしたのだろうか。
「もしかして良いって思った部分はそれだけ?」
「何言ってるんですか、まだまだたくさんありますから」
「じゃあお姉ちゃんに聞かせてみてよ」
それから俺は凉乃のどこが好きなのか答え始める。それに対して夏乃さんは先程と同じように悪い方向にしか解釈してくれない。
小柄をチビと言ったり天然を馬鹿と言い換えたりとにかく凉乃に対しての当たりがやけに強かった。やはり凉乃との間で何かがあったのかもしれない。
それで家に帰りたくなくて今回泊まりがけのプチ旅行にわざわざ来たという可能性も十分考えられる。俺を連れてきた理由は多分話し相手が欲しかったとかだろう。
凉乃のネガキャンをされ過ぎてだんだん気が滅入ってきてしまった俺はこの辺りで話題を変える事にする。
「俺の事はもう十分話しましたし、そろそろ夏乃さんの恋バナの方も聞かせてください。確か昼間好きな人がいるって言ってましたよね?」
「ひょっとして私の好きな人がそんなに気になるの?」
「勿論気になるに決まってますよ」
夏乃さんほどの超ハイスペック女子の好きな相手がどんな奴なのか、気になるなという方が到底無理な話しに違いない。
「具体的に誰かって事を今ここで答える気はないけどめちゃくちゃカッコいいとだけ」
「へー、夏乃さんにそこまで言わせるんだから相当カッコいいんでしょうね」
「うん、私にとっては白馬に乗った王子様だから」
夏乃さんをここまでメロメロにするなんて本当に凄いな。マジでそいつがどんな顔をしているのか一度でいいから拝んでみたい。
「もしあの人がいなかったら人生がだいぶ違ったと思うから本当に感謝しかないよ」
「って事は夏乃さんにとっては恩人なのか」
「でも一つ大きな問題があるんだよね」
「問題って?」
「私がこんなにも愛してるっていうのに他の女の子が好きみたいでさ」
なるほど、確かにそれは大きな問題だ。こんな美少女からめちゃくちゃ愛されているというのに他の女の子が好きだなんて本当に勿体無い。
「でも絶対に私のものにするつもりだから、例えどんな手を使ってでもね」
そう口にした夏乃さんの姿はまるで獲物を狙う肉食獣のようだった。傍から見ているだけで少し恐怖を感じてしまったほどだ。
どこの誰なのかは全く知らないがこうなった夏乃さんからはもう逃げられないに違いない。一方的に好きな相手の良さを話し始める夏乃さんを見ながら俺はそんな事を考えていた。