新宿駅で乗り換えをして特急列車のロマンスカーに乗車してからあっという間に一時間半近くが経過し、目的地である箱根湯本駅へと到着した。
「やっと着いた」
「外はもうすっかり薄暗くなってますね、それでこの後はどうする予定ですか?」
「とりあえず晩御飯にしよう、もう既に店は決めてあるから」
夏乃さんがスマホの画面を見ながらそう口にした姿を見て俺は意外な気持ちになってしまう。
「あっ、もしかして結人は私が何も考えてなかったとか思ってた?」
「何で分かったんですか!?」
「顔に思いっきりそう書いてあるからバレバレだよ。結人はお姉ちゃんが昔から計画的だった事を忘れちゃったのかな?」
「夏乃さんの急な思いつきに付き合わされて箱根までプチ旅行に来てる時点で計画性のかけらすら無いと思うんですが」
「もう、そこは突っ込まないお約束だよ」
そんな会話をしながら夏乃さんの案内で店へと向かう。到着したのはそば屋だった。店内は御飯時という事で結構混雑している様子だ。
「昼はカラオケしながらピザとかポテトを食べたのでさっぱりしてそうなそばはちょうどいいですね」
「うん、それに箱根と言えばそばが名物らしいから」
「そうなんですか?」
箱根の名物がそばとは全く知らなかったため俺はそう声を上げた。温泉が有名な事は知っていたがそばのイメージは持っていなかったため意外だ。
「長野県みたいにそばの実の生産地では無いんだけど水が美味しいって事で箱根の名水を求めてそば屋が集まってきて名物になったんだって」
「へー、そういう歴史的な経緯があるんだ」
「この店は結構美味しいって口コミにたくさん書かれてたから期待できると思うよ」
「今から楽しみになってきました」
何を頼むか結構迷ったが最終的に俺達は二人揃ってざるそばを注文した。ざるそばが一番美味しそうだったためそれを選んだ。しばらくしてからテーブルに運ばれて来たざるそばは本当に絶品だったため一瞬で完食してしまった。
「美味しかったね」
「ですね、ここまで美味しいそばを食べたのは初めてな気がします」
あまりにも美味し過ぎて感動を覚えたほどだ。お土産はそばにしようかなと考え始めていると夏乃さんが口を開く。
「じゃあ今日の宿泊先に移動しよう」
「観光はしないんですか?」
「観光するのは明日の予定だよ、今日はもうゆっくりしたいし」
「確かに昼過ぎからずっと遊んでましたもんね」
俺も午前中は土曜日授業があってそこからフェイズワンでカラオケとボウリングをして今に至るわけなのでかなり疲れていた。
「今日の宿泊先はホテルだから」
「いつの間にホテルの予約なんてしてたんですか?」
「実はボウリングが終わってすぐのタイミングで予約してたんだ、今って予約はサイトからすぐにさくっとできるから」
「ホテルって当日予約とかも出来るんですね」
今日みたいな土曜日の夜なんて絶対どこのホテルも部屋が埋まってそうな気しかしないため相当運が良かったに違いない。
「ああ、ラブの付くホテルだから当日でも全然余裕だよ」
「えっ!?」
どう考えてもそれは駄目だろ。もし高校生の俺とラブホテルに泊まったのがバレたら青少年保護育成条例違反で夏乃さんが捕まりかねない。俺が一人で狼狽えていると夏乃さんはニコニコした表情になる。
「まあ、流石にそれは嘘なんだけどね」
「……俺を揶揄いましたね」
「ナイスリアクションをありがとう」
どうやら俺は夏乃さんに弄ばれたらしい。ひとまず安心だが心のどこかで残念がる俺がいた事は絶対に内緒だ。
「でもホテルに泊まる事自体は嘘じゃないから、勿論ちゃんとした普通のところだよ」
「本当ですね」
夏乃さんから見せられたスマホの画面には普通のホテルが表示されていた。しかもお洒落でかなりグレードが高そうだ。
「ここって結構高そうですけどお金とかは大丈夫なんですか?」
「そこは全く問題ないから安心して」
「いやいや、安心できないですよ。俺のお小遣いだけじゃ折半した分も多分すぐには払えないですし」
アルバイトをしておらず収入源がお小遣いだけの俺ではどう考えてもしばらくは返せそうにない。下手したら年単位の借金になりそうだ。
「ホテル代も全額私が出すから別に結人は気にしなくていいよ」
「でもそれは……」
「ちなみにラブが付くホテルなら余裕で半額以上は安くなると思うけどそっちにする?」
「……やっぱり普通のホテルにしましょう」
長い間沈黙していた俺だったが流石にラブホテルを選ぶ勇気は無かった。すると俺の言葉を聞いた夏乃さんはつまらなさそうな表情になる。
「結人って相変わらずヘタレだよね」
「夏乃さんが社会的に死ぬ姿を見たくなかったので普通のホテルを選んだだけですから」
ジト目で俺の事をひたすら見つめてくる夏乃さんに対してとりあえずそう言い訳をしてみたが辞めてくれそうにない。一体俺が何をしたって言うんだよ。
むしろ社会的な死から救った恩人だと思うのだが。結局夏乃さんはホテルに着くまでジト目を辞めてくれなかった。