「あれ、結人じゃん。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「あっ、夏乃さんこんにちは」
土曜日授業終わりに本屋へと寄り道をして立ち読みしていると夏乃さんに遭遇した。
「ここ最近は本当によく会いますよね」
「うん、私がふらっと立ち寄った場所に結人がいるからびっくりしてる」
「特に待ち合わせているわけでもないのにこんなに会うなんて凄い偶然過ぎて驚いてます」
二週間ほど前にカフェと買い物へ一緒に行って以降、何故かは全く分からないが、夏乃さんとのエンカウント率が大幅に上がっている。
放課後や休日はその日の気分や思いつきでどこかに出掛けるパターンが多いため、俺の行き先などを予想して待ち伏せする事はほぼ不可能に違いない。
だから監視されているのではないかと思ってしまうほどだ。まあ、夏乃さんがそんな事をするとは思えないためまずあり得ないだろうが。
「こんなに偶然が重なるって事はもしかしたら私達運命の赤い糸で結ばれてるのかもよ」
「赤い糸に関しては全く信じてないですけど確かに運命めいたものは感じますね」
「……せっかく私が珍しくロマンチックな事を言ってるんだからもっとノリのいい返事をしてくれても良いと思うんだけど」
「それが俺って人間ですから」
やや不満そうな表情の夏乃さんに対して俺は言葉を返した。兄貴ならノリノリで反応したかもしれないが俺はそんなキャラじゃない。
「ところで結人はこの後は何をする予定なの?」
「特に予定は入ってないので家に帰って月曜日に提出の週末課題をやるくらいですかね」
「土曜日なのに随分と寂しい過ごし方をするんだね、せっかくの青春時代だっていうのに勿体ないよ?」
「余計なお世話です」
煽るような口調で話しかけてくる夏乃さんに対して俺はそう言い返した。そもそも今日は土曜日授業の日で午前中を潰されていたためあまり何もする気が起きない。
「そんな可哀想な結人のためにお姉ちゃんが一肌脱いであげる」
「一体何をするつもりなんですか?」
「今日は特別に結人と一緒に遊んであげるから」
「いや、俺は大丈夫なので……」
「別に遠慮しなくてもいいじゃない、私と結人の仲だよ?」
そう言って夏乃さんは俺に思いっきり抱きついてきた。絶対に逃げられない事を悟った俺はすぐに白旗をあげる。
「分かりました降参です、だから今すぐ離してください」
「えー、このままでもいいじゃん」
「いやいや、周りからめちゃくちゃ見られてるので」
こんなところでいちゃつくなと言いたげな視線を複数人から向けられており、とにかく居心地が凄まじく悪かった。
それにここは学校の近くでもあるため万が一クラスメイト達に見られでもして変な噂を広められても面倒でしかない。
「しようがないな、今回はこれくらいで許してあげる。じゃあ早速行こうか」
「ちなみにこれからどこへ行くつもりですか?」
「今日は色々と遊びたい気分だからフェイズワンへ行こうかなと思ってるんだ」
「確かにあそこなら色々な事ができますもんね」
複合型アミューズメント施設であるフェイズワンにはボウリング場やカラオケルーム、ゲームセンターなどがあるため遊ぶにはもってこいの場所だ。
それから俺達は本屋を後にして夏乃さんのバイクでフェイズワンへと向かい始める。俺の家からは割と離れた場所にあるため行くのは本当に久々だ。しばらくしてフェイズワンへと到着した俺達は建物の中へと入る。
「それで何からやりますか?」
「結人もまだお昼食べてないと思うし、まずはカラオケでのんびりと歌いながらお昼ご飯にしようよ」
「そうですね、俺もそれに賛成です」
特に異論も無かったためまずは二人でカラオケをする事にした。
「時間はどうする?」
「とりあえず二時間くらいでいいんじゃないですか? 歌い足りなかったら後から延長も出来るので」
「オッケー、なら二時間にしようか」
受付の手続きを済ませた俺と夏乃さんは早速カラオケルームへと入室する。二人用の部屋で中はかなり狭いため夏乃さんとかなり密着して座る必要がありそうだ。
「ねえ、密室で男女が二人きりの状況ってなんか興奮しない?」
「き、急に何を言い始めるんですか!?」
夏乃さんがニヤニヤしながらそんな事を口にしたせいで俺は思いっきり動揺させられた。
「フェイズワンのカラオケルームって防音性がかなり高いから男女が一線を越えたとしても多分バレないと思うんだよね」
「確かにそういういかがわしい目的でカラオケを使う人もいるって聞きますけど」
「だからもし結人がムラムラして私に手を出したとしてもバレる可能性は低いんじゃないかな?」
「あ、あんまり揶揄わないでください。俺はドリンクバーでジュースを取ってきますから」
俺は夏乃さんから逃げるように部屋を出てドリンクバーへと向かう。俺も一応性欲旺盛な年頃の男子高校生なんだから刺激的な発言をしないで欲しい。
ただでさえスマホに保存していたお気に入りのエロ動画やエロ画像が二週間前に何故か全部消えてしまったせいで欲求不満気味なんだから。
「……やっぱり俺も健全な男子って事か」
俺の下半身は夏乃さんの言葉によって痛いほどに勃起していた。凉乃が好きなはずなのに夏乃さんに勃起させられるなんて本当に情けない。
やはり三大欲求の一つである性欲には生物として抗えないという事なのだろう。俺はそんな事を考えながらドリンクバーの前で下半身が落ち着くのをしばらく待つ。
そしてドリンクバーで夏乃さんの分も含めて適当なジュースをコップに入れてから部屋へと戻る。
「あっ、やっと戻ってきた。寂しかったんだからお姉ちゃんをあんまりひとりぼっちにしないでよね」
「全く誰のせいだと思ってるんだか……」
呑気な顔をした夏乃さんを見て俺は静かにそうつぶやいた。さっきあんな事を言ったくせに平然としている事を考えるとやはり俺を揶揄って楽しむためだったに違いない。
まあ、そもそも夏乃さんからすれば俺は弟のような存在でしかないはずなので本気でそういう行為に誘うなんて事はまずあり得ないだろう。