「うん、問題なく動いてるみたい」
結人と別れて家に帰った私はカフェでスマホを借りた時にこっそりと彼のスマホにインストールをしていた遠隔監視アプリが正常に動作するかをチェックしていた。
遠隔監視アプリはスマホ上のメールやSMS、LIME、ウェブサイトの閲覧履歴などをこっそりと見る事ができ、その上GPSによる位置情報を取得できる機能までついた優れものだ。
それによって私のスマホから結人の行動を完全に監視する事が可能になる。アイコンを非表示にする機能がついているとはいえ常に遠隔監視アプリがバックグラウンドで動作してスマホが重くなるため何かしらかの違和感を覚えるかもしれない。
だが結人の性格的にそこまで深く考えないはずなので遠隔監視アプリの存在がバレるような心配は不要と言っても過言では無いだろう。
「本来は子どもの見守りとか盗難防止用に開発されたアプリを悪用するなんて私もすっかり悪い人間になっちゃったな」
私が結人にやった事は言うまでもなく犯罪だ。だが私はそこまでしてでも結人の事を監視をしたかった。なぜなら九条結人という人間の事をどうしようもなく愛しているからだ。
いや、ただ愛している程度の言葉では到底生温い。私は結人の全てが欲しいし、逆に彼の全てになりたいと本気で思っている。
「……だから結人が彼女いるって嘘をついた時に普段冷静な私が珍しく取り乱しちゃった」
結人のスマホに遠隔監視アプリをダウンロードしようと考えつつ思いとどまっていた最後の一線は彼の彼女がいるという言葉によって完全に崩れ去った。
結果的に結人の言葉は嘘だったため良かったがもし本当に私以外の女なんかと付き合っていたらあの場で何をしていたか分からない。
「結人って本来は普通にモテる側の人間なんだよね」
本人には全くそんな自覚がないかもしれないが結人は綾人ほどではないものの女子からの人気はそれなりに高いのだ。
今の結人は思春期に綾人へのコンプレックスを拗らせ過ぎた事が原因で自己肯定感が大幅に低くなり、ひねくれた暗い性格になって以前よりも女子ウケは悪くなったが油断は出来ない。
だから今回監視に踏み切ったというわけだ。そんな事を考えていると部屋の扉がノックされて凉乃ちゃんが部屋に入ってくる。
「ねえ、お姉ちゃん。結人君にLIMEを送っても既読にならないし電話をかけても繋がらないんだけど何か知らない?」
「ああ、結人はもう凉乃ちゃんとは連絡を取らないから」
私は凉乃ちゃんからの問いかけに対してさらっと嘘をついた。すると凉乃ちゃんは困惑したような表情になる。
「えっ、何で?」
「ほら、凉乃ちゃんって綾人の事が好きじゃない」
「うん、でもそれと結人君が私に連絡しなくなる事に何の関係があるの?」
「結人と凉乃ちゃんが頻繁に連絡を取り合ってたら綾人に誤解されるかもでしょ? だから私から結人に凉乃ちゃんと綾人の邪魔をしないためにも今後は連絡を取らないようにって厳しく言っておいたんだよ」
「そうなんだ、確かに綾人君って昔から嫉妬深いところがあるもんね」
次々と嘘をつく私だが凉乃ちゃんはそれで納得してくれた。凉乃ちゃんは私とは違って純粋な人間なため騙す事なんて容易い。
「もし結人と話したい事があったら私から伝えるし、逆に結人から何か連絡があっても凉乃ちゃんにちゃんと情報共有するから安心してね」
「お姉ちゃんありがとう。じゃあ早速なんだけど結人君に綾人君の来月の予定を確認して貰っても良いかな?」
「うん、また後でお姉ちゃんから責任を持って結人に連絡しておくから」
そう伝えると凉乃ちゃんは満足したような表情で私の部屋から出て行った。
「……凉乃ちゃんって本当鈍感」
凉乃ちゃんは結人から好かれている事に気付いていないし、綾人の好きな相手が私である事も当然知らないはずだ。
つまり凉乃ちゃんがどれだけ頑張ったとしても綾人は振り向いてくれない可能性が極めて高い。そんな絶望的状況にある凉乃ちゃんの恋を私は何としても成就させてあげたいと思っている。
これは可愛い妹の幸せを願っての行動だと思われるかもしれないがそんな単純な動機によるものではない。もっと複雑で薄汚い動機があるのだ。
確かに私は実妹である凉乃ちゃんの事を愛してはいるが、それと同時に世界で一番と言っても過言ではないくらい激しく憎んでいる。
私が実妹である凉乃ちゃんをここまで憎んでしまっている理由は自己嫌悪に陥るくらい醜い。
「まさか凉乃ちゃんも結人の初恋の相手って理由で私から憎まれてるなんて思ってすらいないだろうな」
そんな理不尽な理由で一方的に憎まれるなんて私が凉乃ちゃんの立場だったらたまったものではないとすら思うだろう。
でも結人の初恋という私がどうしても欲しかったものを何の苦労もなく奪い去った凉乃ちゃんをどうしても許せそうにない。
「凉乃ちゃんと綾人がくっつけば結果的に結人はフリーになる。だからこれは私だけじゃなくて凉乃ちゃんに取ってもメリットがある事なんだ」
私は自分自身にそう言い聞かせた。結人を私だけのものにするためにも絶対に凉乃ちゃんと綾人を付き合わせてみせる。