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第4話 ふーん、結人は私の事をそんな風に思ってくれてたんだ

「……あの、さっき夏服を買いに行くって言ってましたよね?」


「うん、確かにそう言ったけど」


「水着って夏服なんですか?」


「夏に着る物だから夏服だね」


「絶対違うでしょ」


 ショッピングモールに到着した途端女性用水着売り場へと連れて来られた俺は夏乃さんにそうツッコミを入れていた。

 夏に着る物だから夏服という無茶苦茶な理屈が通用してしまうならなんでもありになるに違いない。


「結人も納得してくれたみたいだし、早速水着を選ぶのを手伝って貰おうかな」


「いやいや、さっきの説明に微塵も納得してないんですが。てか、俺に選ぶのを手伝わせるんですか?」


「うん、やっぱり第三者の意見も欲しいからさ」


「そういうのって友達とかに頼むのが普通だと思うんですけど」


 何を思って俺なんかに自分の水着を選ばせようとしているのだろうか。


「あっ、もしかして結人は私に友達がいない可哀想な奴とでも言いたいわけ?」


「何言ってるんですか、俺は夏乃さんほど友達が多い人を他に知らないんですけど」


 昔から夏乃さんは大勢の友達に囲まれていたため孤独とは無縁な人間だ。まあ、夏乃さんが向こうの事を友達として認識していない可能性も否定は出来ないが。


「とにかく嘘をついた罰として水着選びを結人に手伝って貰う事はもう確定だからね」


「はいはい、どうせ俺には拒否権なんて初めからないでしょうし」


「よく分かってるじゃん」


 俺と兄貴は子供の頃から結城姉妹とはずっと交流があるため夏乃さんの性格なんてとっくの昔に知り尽くしている。

 そんな事を思いながら俺は夏乃さんの水着選びを手伝い始める。周りの客や店員からめちゃくちゃジロジロ見られて非常に居心地が悪いため一刻も早く解放されたい。


「ビキニを買おうと思ってるんだけどこの赤と黒ならどっちが私に似合うと思う?」


「うーん、正直どっちもよく似合うとは思うので判断が難しいんですけど強いて言うなら黒い方かな」


「その心は?」


「黒って派手すぎる赤とは違ってクールな大人っぽさを出す色で、大人びている夏乃さんにはよく似合うと思ったからです」


 俺は赤ではなく黒を選んだ理由を丁寧に説明した。すると俺の言葉を聞いていた夏乃さんは嬉しそうな顔で口を開く。


「へー、しっかりと考えてくれたんだ。お姉ちゃん感心だよ」


「ちゃんと考えないと夏乃さんが納得してくれない事くらい知ってますからね」


 もしどっちでも似合うみたいな優柔不断な回答をしていたとしたら夏乃さんの機嫌を損ねてしまったに違いない。

 そうなったら女性用水着売り場に滞在する時間が長引いてしまう事が容易に想像できたためそれだけは絶対に避けたかったのだ。


「じゃあさ、三角ビキニとリボンビキニならどっちが良いと思う?」


「そうですね……」


 その後も夏乃さんが持ってきた水着に俺が俺が意見を言う形で話を続け、最終的には黒いリボンビキニを買う事が決定した。


「結人のおかげで助かったよ、ありがとう」


「いえいえ、俺はただ意見を言っただけですし。じゃあこれでさっき嘘を付いた件はチャラって事で」


「そうだね、もう十分罰も与えたから今回は特別に許してあげるよ。あっ、でもせっかくここまで来たんだから買い物にはもう少し付き合って貰おうかな」


「了解です、夏乃さんが満足するまでお供しますよ」


 水着売り場を後にした俺達は二人でしばらく買い物を続けた今度はゲームセンターへと立ち寄る。突然夏乃さんがプリクラを撮りたいと言い始めたのだ。


「想像はしてたけどやっぱりプリクラエリアは女性ばっかりだな」


「男子は基本的にプリクラなんて撮らないもんね」


「ですね、女子と一緒に来てるならまだしも男だけ来てプリクラなんてまず撮らないですし」


 プリクラ機の周辺は制服姿の女子中学生や女子高生達の姿で溢れかえっており、男子の姿は全くと言って良いほど無かった。

 一人とか男同士でプリクラを撮っている奴がいたら正直気持ち悪すぎるし当然か。もしそんな奴がいたら即座に通報されてもおかしくないレベルだし。


「プリクラ機の操作とかは全然知らないので夏乃さんお願いします」


「うん、私に任せておいて」


 そんな会話をしながら二人でプリクラ機の中へと入り、夏乃さんが手慣れた様子で操作している姿を横から眺める。

 そしてあっという間に撮影画面まで進んだ。撮影開始のカウントダウンが始まったので何か適当なポーズを取ろうとしていると夏乃さんが突然抱きついてくる。


「ちょっ!?」


 突然の事に驚く俺だったが、その瞬間カウントがゼロになりシャッター音が鳴り響いた。そのまま五回ほど撮られたところで撮影が終了し、画面に撮った画像の一覧が表示される。


「結人凄い顔になってるね」


「急に抱きつかれたら誰でもこんな顔になりますって」


「こんな表情の結人は中々見れないから今日はこれだけで来た甲斐があったよ」


 俺の抗議するような視線に対して夏乃さんはどこ吹く風といった様子だ。それから夏乃さんはタッチペンを使って画面に表示された写真に対して落書きを始める。


「……そんなに目とかを大きくする必要ってありますか? まるで宇宙人にしか見えないんですけど」


「これがプリクラの醍醐味だから」


 俺には全く理解できなかったがどうやら女子の間ではこれが普通の事らしい。


「夏乃さんってめちゃくちゃ美人だから正直何もする必要なんてないと思うけど……」


「……急にお姉ちゃんに対して不意打ちするなんて結人も中々やるようになったね」


「ご、ごめんなさい。まさか口に出てるとは思わなくて」


 心の声が漏れ出ていた事に動揺してしまった俺は咄嗟に謝罪をした。


「ふーん、結人は私の事をそんな風に思ってくれてたんだ」


「今のはちょっと口が滑っただけなので忘れてください」


「勿論ずっと覚えておいてあげるから安心してね」


 夏乃さんはめちゃくちゃニヤニヤした顔で俺の事を見ている。多分しばらくこれをネタにして揶揄われそうだ。

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