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第3話 ああ、あの子の連絡先もついでだから消しておいたよ

 スマホを手渡すと夏乃さんは連絡先やチャットアプリLIMEのトーク履歴などを確認し始める。夏乃さんはしばらく無言で俺のスマホを操作していた。


「ふーん、特に怪しそうなメッセージのやり取りは無いね」


「だから言ったじゃないですか」


「いや、でも結人が私の目を欺くために何かしらの証拠隠滅をしてる可能性も……」


「今さっき夏乃さんからいきなりスマホを見せろって言われて渡したばっかりなんだから証拠隠滅なんてしてる暇とか無いですって」


 あの短時間で証拠隠滅なんて器用な真似が俺なんかに出来るはずが無かった事は言うまでも無い。そもそも隠滅するような人に見られたくないやり取りすら無いわけだし。


「……とにかくこれでようやく俺に彼女がいないって信じてくれましたか?」


「一応はね。それより女の子の連絡先があるのがお姉ちゃん的にはちょっと気になったんだけどさ、何であるの?」


「学校の行事関係の業務連絡とかで女子とやり取りする事くらいは流石の俺でもありますよ」


 だからLIMEの友達には一応少数だが女子も何人か登録されている。本当に最低限の業務連絡しかしていないため色気も何も無い淡々としたやり取りだが。


「もうやり取りしてない人ならいちいちスマホに連絡先を残しておく必要は無いよね?」


「それはそうかもしれないですけど」


 確かに夏乃さんの言う通りもう二度とやり取りしないかもしれない相手の連絡先を残しておく必要性は特に感じない。いちいち消すのが面倒だったから残しているだけに過ぎないのだ。


「だよね、なら私が綺麗さっぱり消しておいてあげる」


「……えっ?」


「善は急げって事で早速消すね」


 突然の発言に驚く俺を無視して夏乃さんはスマホを操作し始める。いやいや、本当にそこまでする必要あるかのか。そんな事を思っているうちに連絡先の消去が終わったようでスマホを返してくる。


「はい、これでちゃんと消えたから」


「本当だ、マジで消えてるじゃん」


「これで結人の連絡先の断捨離は完了ってところかな」


 夏乃さんから返却されたスマホを確認してみるとトーク履歴や友達から女性が一掃されていた。見事に男だらけのむさ苦しい連絡先になっている。女性で残っているのは夏乃さんくらいだ。


「あれ、凉乃の連絡先も見当たらないぞ……?」


「ああ、あの子の連絡先もついでだから消しておいたよ」


「……何やってるんですか」


「だって結人が凉乃に連絡する用事なんて特にないでしょ」


 まさか夏乃さんが凉乃の連絡先まで消すとは思ってすらいなかった。凉乃が兄貴に惚れていれる事は分かっているがそれでも好きな相手の連絡先を消されてしまった事は正直ちょっとショックだ。

 どうしても凉乃の連絡先を諦めきれなかった俺は何とか復活させられないか夏乃さんに対して抵抗を試みる。


「……凉乃とはたまにやり取りする事があるので消されたりしたら普通に困るんですけど」


「そこは大丈夫。凉乃ちゃんに何か連絡したい事があれば私に言ってくれれば代わりに送るし、逆に何か連絡があれば私から結人に伝えるから」


「それって凄まじく手間じゃないですか?」


 凉乃へのメッセージを夏乃さん経由で送るのは二度手間な気しかしない。それに俺と凉乃のやり取りの内容が夏乃さんにも全部筒抜けになってしまうし。


「可愛い結人のためなら私はどれだけ手間がかかっても大丈夫」


「でも……」


「これはもう決定事項だから諦めて」


 夏乃さんはきっぱりとそう言い切った。こうなってしまった夏乃さんは昔から梃子でも動かないためこれ以上何を言っても時間の無駄だろう。

 まあ、最悪凉乃の連絡先は学校でまたこっそりと登録させてもらえば良いだけなので一旦は諦めたふりをしておこう。


「そろそろ外に出ようか。さっきも言ったけどここのお金は全部私が払うね」


「ありがとうございます、ご馳走様でした」


 その後会計を済ませた俺達はカフェの外へと出る。そんなに長い間滞在していたわけでは無いので外はまだ明るい。


「お腹もいっぱいになりましたし、帰りましょうか」


「あっ、結人にはまだまだ私に付き合ってもらうから」


 ヘルメットを手に取ってバイクのタンデムシートに座ろうとしている俺に対して夏乃さんはそんな事を言ってきた。


「そんな事一言も言ってなかったと思うんですけど」


「ああ、結人は私に対してさっき彼女がいるって嘘をついたからその罰だよ」


「いや、二次元に彼女がいるって事は一応本当なので」


「その言い分はちょっと認められそうにないかな」


 とりあえず言い訳をしてみたが夏乃さんは全く聞き入れてくれそうにない。大人しく夏乃さんに付き合うしかなさそうだ。


「……それでこの後はどこへ行くんです?」


「うーん、どうしようか?」


 なるほど、夏乃さんはこの後の事を特に何も考えていたかったらしい。


「別に行く場所が無いなら無理して行かなくても良いですよ」


「いや、これは結人に対する罰の意味もあるから」


 どうやら夏乃さんは何が何でも俺に罰を与えたいようだ。一体どんな罰が待っているのかは分からないがお手柔らかに頼みたい。


「こことかはどう?」


「……いやいや、どう考えてもここは絶対駄目でしょ!? 何考えてるんですか」


「えー、私的には素晴らしい名案だと思ったんだけどな」


 夏乃さんが地図アプリを表示させて俺に見せつけてきた場所は男女の愛を育む宿泊施設、いわゆる世間一般的に言うラブホテルだった。

 多分俺を揶揄って反応を楽しむために提案してきたに違いないが未成年をラブホテルに誘うなんて捕まえてくださいと言っているようなものだ。


「もし俺達が男女逆なら間違いなくセクハラですよ」


「流石に今のは冗談だよ……今はまだね」


 後半なんて言ったのかよく聞こえなかったが多分大した事ではないだろう。


「じゃあ結人には私の買い物にでも付き合って貰おうかな、近々ショッピングモールに行って夏服を買おうと思ってたから」


「それくらいなら全然お安い御用です」


「よし、そうと決まったら早速行こうか。ヘルメットを被ったら後ろに乗って」


 俺は夏乃さんの言う通りヘルメットを被ってタンデムシートへと腰掛ける。それを確認した夏乃さんはキーを回してエンジンをかけ、そのままバイクを勢いよく発進させた。

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