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後編(通常版)

 セレスティアル・アーク 艦内

 中世の屋敷のような黒楢の内装に、青い光が血管のように巡る。トラツグミはブーツで赤い絨毯を踏み締めながら、道なりに進んでいく。そして一つの部屋の前に立つと、扉を開く。その部屋は薄暗く、明人が一人でゲームをプレイしていた。

「明人様、時は来ました。ゼナ様からのゲート反応地点はヨーロッパ区、西部砂漠です。そして、バロンが穴井と遭遇、南アメリカ区、竜の国へ向かったようです。更に、竜世界からの次元接続先として、ロシア区が提示されております」

 明人はコントローラーを置き、トラツグミへ向き直る。

「零さんは」

 それ以外の目的はないという風に、低い声で呟く。

「白金零は……虚空の森林で気絶しているようです」

「あっそ。んじゃあまあ、俺も準備しよっかな」

「エネルギーの消費を抑え、ご自身のシフルに注ぎ込む感情の量的確保を優先してください」

「ういー」


 ―――……―――

 王龍結界・殷々たる救済の冰獄サラウンディング・アムネスティ・フォールダウン

「ん……んぅ……?」

 ホシヒメが目を醒ますと、そこは周囲が闇に包まれ、氷でできた遺跡だった。状況を把握しきれないところに、凄まじい威圧感の声が響く。

《聞け、竜の皇子。我が下へ来よ。貴様の戦いの手助けをしてやろう》

 声は聞こえなくなった。

「(なんだろう、聞いたことないけど……体の全てを震わせるようなあの声。どこかで覚えが……)」

 ホシヒメは首を傾げながらも、遺跡の中へ入っていった。遺跡内部の構造自体は単純なもので、道なりに進むだけで広場へ出た。巨大なクリスタルが吊られているが、その中に巨竜が封じられていた。

「あの……あなたが呼んでたんですか?」

 ホシヒメは恐る恐る聞いてみる。

《その通りだ。我は王龍ボーラス。貴様たち竜の王、王龍を統べる王龍。絶対にして究極の存在、それが我だ》

「私を何のためにここに?」

《貴様は理想を抱いた。だが竜でありながら、人化を解く方法を知らん。故に九竜の残滓を使いながら、誤魔化して戦っている。それでは駄目だ。貴様には、その理想を遥かに越える意味がある。貴様に我の力をやろう。貴様の「力」を、解き放つためのな》

「えーっと、それってどういう……」

 そこで記憶が途切れる。

 ―――……―――


 エターナルオリジン・治療室

 ホシヒメが目を思いっきり見開くと、白い天井があった。

「あ……れ……?ボーラスさんは……?」

 籠手の外された右手の甲に、奇妙な痣があった。

「なんだろう、これ……」

 不思議に思いながらも、ホシヒメは起き上がる。少しふらつきながら、治療室の扉を開く。通路に出ると、ゼルと遭遇した。

 ゼルは不意に倒れそうになったホシヒメを支える。

「起きたのか、ホシヒメ」

「う、うん。あれからどれくらい経ったの?」

「一日と七時間くらいか。あの医者が言ってたより早かったな」

「そっか……私、ゼロ君に負けちゃったんだよね」

「ああ。だが……ルクレツィアが止めを見逃すように仕向けてくれた。感謝しておけよ」

 ゼルの腕を支えに、ホシヒメは立ち上がる。

「行かなきゃ」

 歩き出そうとするホシヒメの腕を、ゼルは掴む。

「待てホシヒメ。焦るな。何があった」

「誰かが呼んでる気がするんだよ。何か……遠くの誰かが」

「まあ落ち着け。どのみち、残りの詔を集めなきゃならん。その誰かは、そのあと探すぞ」

「そう……だね」


 船内

 ルクレツィアが行きと同じように船のシステムを起動し、椅子に座ってあくびをする。その後ろでネロとホシヒメは向かい合っていた。

「よう竜神のお姫様」

「おお、チャラい!よろしくね!」

「俺はネロってんだ。お前が集めてる詔の代わりに同行する」

「ほほーう!戦力が増えるのはいいことだね!」

「おう!意外にお前、ノリがいいみたいだな!うぇーい!」

「うぇーい!」

 二人は拳を突き合わせて騒ぐ。

「うるせえな……」

「ま、まあゼル落ち着いて。賑やかなのはいいことだよ」

 それを見てゼルとノウンが苦笑する。

「ノウン、次はどこへ行く?」

「次は……いよいよ政府首都、かな」

「遂に来たか……ガイアからアルマへの道のりは?」

「日程に余裕を持つなら、ガイアから直にアルマへ向かった方がいい。でも、それで負傷したら逆に時間がかかる。安全を取るなら、来た道を逆走するのがいいと思うな」

「あいつらにも案を聞くか……」

 ゼルは立ち上がると、仮眠を取っていたルクレツィアと、二人で騒いでいたホシヒメとネロを集めた。

「んで、要は真正面から突っ込むかどうかって話やろ?ガイアからは徒歩でアケリア交商道を行った方が早いやん」

 ルクレツィアが怠そうに言い放つ。

「いや、だからな……恐らく一番守りが堅いはずだと言いたいんだが……」

 ゼルが尻切れ蜻蛉の返事をする。

「ちょっといいかな?」

 ホシヒメが手を上げる。

「なんだ」

「私たちは、というか私は、自分が正しいって証明するためにあそこに行くんだよね?だったら、こそこそする必要はどこにもないと思うんだ。だから……」

 ホシヒメは拳を突き合わす。

「真正面からぶち抜く!全部!」

 ゼルは驚愕の表情のあと、肩をすくめる。

「もう終わったな。この面子で真面目な話し合いをしようと思った俺がバカだった」

 ネロがルクレツィアにわざとらしくひそひそと聞く。

「なあルー、こいつらいっつもこんなテンションか?」

「ルーって呼ばんといてやキモいわ。まあ、この三日間で見た限りはこんな感じやな」

「やっぱ面白えなこいつら。ついてきて正解だったな」

「なあ、ネロ。1つ聞きたいんやけど」

「ん、なんだ?俺にチューしてくれるなら答えてやってもいいぜ?」

「死ね」

「いやいやいや、冗談だって」

「金を積めば股を開く女と戯れすぎた男の末路やな……自分がモテ男やと勘違いしとるわ。あのな、メルギウスはどこにおるか知っとるか?」

「メルギウス……ああ、あいつか。あいつは封印箱に行ったっきり連絡がないな」

「封印箱に?」

「お前なら知ってるだろ、封印箱の底には俺たちの始祖、パーシュパタが封じられてる。もしかしたら、パーシュパタの復活を狙ってるのかもしれん」

 二人がこそこそしていると、ホシヒメが笑顔で突っ込んで来て、二人に腕を組む。

「二人でなんか面白い話してるの?」

 ルクレツィアは苦笑いしながら腕を振りほどく。

「いんや。アンタが食い付きそうな話題やないで」

「そうなんだ。あんな風に話してるからなんか楽しいことなのかなーって思ったんだけど」

「ウチは寝るから、後は頼むわネロ」

 ルクレツィアはそう言って、椅子に座って目を閉じた。

「まあそういうことだな。うっし、船を出すぜ!ゼル、ノウン!準備しとけよー!」

 ネロの合図に、二人は手で答える。

「(ゼロ君……きっと君に追い付いて見せるから……!)」

 ホシヒメは拳を握り締め、船は動き始めた。


 ???・終期次元領域

 暗黒の中に浮かぶ球体越しにWorldAを見ていた狂竜王とエメルは先程の光景を見て立ち上がる。

「ボーラスがあの世界に干渉したのか……?バカな、彼はニヒロの封印が施されたままのはず」

 エメルは手を眼前で合わせ、目を輝かせている。

「素晴らしいことですよ、アルヴァナ。王龍ボーラスが目覚めを感じたということはこの世界こそが正解、今回の宇宙、あなたの望みを果たせる世界ということだわ」

 手を合わせたときの衝撃で今いるキューブに甚大なダメージが出たのを見ながら、狂竜王はエメルの方へ向く。

「君は強敵と戦いたいだけだろう」

「始源世界とここシャングリラには、あなたの味方しか居ないでしょう?私は強い敵と戦いたい。でもそれは、今叶えようとすると親友であるあなたを裏切ることになってしまいます。黙っていればいつかあなたに比肩するほど強い存在とたくさん戦えるはず。正解の宇宙なら、この私の乾きを満たす者が現れる」

「エメル。エデンへ向かおう。ボーラスが目覚めたのであれば、彼にはまだ眠っていてもらわねばならん」

 どこからともなく巨大な黒馬が現れ、狂竜王はその背に乗る。

 そして当然のように馬が空を駆ける。更に、エメルも何の躊躇いもなく空へ飛び出す。


 土の都・ガイア 港

 船が停泊すると、五人は桟橋を渡っていく。

「正面突破となると、最初から全力で行く必要があるか」

 ゼルが呟く。

「アルマと戦うためにホシヒメは温存しておくべきだよ」

 ノウンが答える。

「政府首都がこちらを警戒するのは明白だしな……だが、ここまで来れば退けない。ルクレツィア、ネロ。ホシヒメのための露払いをお願いできるか」

 ルクレツィアは刀を少し抜いて不気味な笑みを浮かべる。ネロはどこから持ってきたのか卑猥な雑誌を読んでにやけていた。

「あーなんか、凶竜ってやべえ集団だな」

 ゼルは真顔になってノウンへ向く。

「いや僕は違うからね!?と、ともかく。アルマの下へ辿り着くまでに出てくる雑魚は僕たちとルクレツィアたちで倒そう。ホシヒメもわかった?」

 虚空を見つめて呆けていたホシヒメは驚いて飛び上がる。

「え、なにノウン」

「うん、話聞いてね?」

 ホシヒメに呆れつつも、ノウンは一通り話直す。

「おっけーおっけー!任せてよ!なんか力が漲ってるからさ、あのおじさんだって倒しちゃうよ!」

 満面の笑みで親指をグッと立てる。

「ほんとに大丈夫かな……」

 かなりの強行軍に一抹の不安を覚えながら、一行は海岸沿いにアケリア交商道を目指していく。


 アケリア交商道

 政府首都の兵士が政府首都と遠霧の森の周辺に大量に駐留していた。

「思ったよりも数が多いな……これは中央突破は……っておい!?」

 ゼルが岩影から様子を窺っていると、ルクレツィアが飛び出す。

「いやあ、殺してええんやろ?」

 ルクレツィアは兵士が構え放つアサルトライフルの弾幕をさも当然のように刀で撃ち落としながら、次々と兵士を斬り倒していく。

「なんか予定と違うけど、まあいいや!行くよ、ホシヒメ、ネロ!」

 ノウンが促し、四人で飛び出す。ルクレツィアは闘気を放ち、刀で自分の腹を刺す。すると傷口が結晶化し、ルクレツィアは竜化する。黒色のスリムな竜になったルクレツィアの体には、結晶の鋭いヒレが並んでいた。ルクレツィアは前足を地面に叩きつけると、四人の進む道を確保するように地面から結晶を隆起させる。ノウンがルクレツィアの方へ目を向けると、ルクレツィアは狂ったように笑いながら大群の兵士を相手にしていた。

「まあ、ルクレツィアらしいと言えばらしいけど……」

 ノウンは前を向きながら呟いた。


 政府首都アルマ

 街の中は誰も居らず、建造物はすべて障壁が張られていた。

「都庁に向かうだけだね」

 ホシヒメは上を見上げて引き締まった表情をする。

「ここから逃げたのが遠い昔のように感じるが、まだ二日しか経ってないのか。少し急ぎすぎたか?」

「そんなことないよ、ゼル。何が起きるかわからないから、早めに決着をつける。作戦としては大いにありだよ」

 話していた二人に、ホシヒメが割り込む。

「何を企んでるのか、全部話してもらわないとねっ!ってことで、ゴー!」

 騒ぎながら、ホシヒメは突っ込んでいく。


 政府首都アルマ 行政都庁

 ガラスの大きな自動ドアが開き、シャンデリアが照らすロビーへ出る。受付は空で、調度品の反射する光と穏やかな音楽が、虚しく館内に響き渡る。

「すごい」

 ホシヒメは驚きの声を漏らす。ネロ以外の二人も、それに賛同するように驚嘆していた。

「さすが政府首都の行政都庁って感じだね」

「エレベーターが使えるか見に行くぞ」

 受付を通り過ぎ、巨大な柱の合間を縫っていくと七つ並んだエレベーターの前に辿り着いた。上矢印のボタンを押すと、点灯する。

「意外だな。まさか機能してるとは」

「まあ、そうだろうな」

 エレベーターに乗り込みながら、ネロはゼルの言葉に反応する。

「どういうことだ?」

「行政都庁は、四つの区画に別れてる。このエレベーターで行けるのは、その四つの区画の橋渡しになる場所までだ。つまり、待ち構えるならロビーじゃなくて、広いそこで戦えばいいってことさ」

「この先、移動手段がちゃんとあるとは限らないってことか」

「それもねえだろうがな。あくまでも、この詔を集める贖罪の旅はホシヒメに力をつけさせるためにあるはずだぜ。ここで時間を食わせて、失敗するリスクを増やしてどうする」

 エレベーターが動き始め、しばしの間重力を感じる。気味のいい機械音と共にエレベーターは停止し、ドアが開く。二枚のガラス張りの自動ドアを抜けると、四つの塔を連結する、円形のフロアへ出た。白と灰色で装飾されたそこは、雲1つない青を写し取っていた。

「真っ直ぐ行けばアルマの居る区画だぜ」

 ネロがそう言うと、一行は歩き始める。丁度中央に達した辺りで、四人は立ち止まる。

「感じたことある気配がするんだけど」

 ホシヒメが呟く。

「同感だ。それ以外のやつもあるが」

 ゼルがガンブレードを引き抜く。同時に、三本のナイフが飛んでくる。刀身を盾に、ゼルはそれを受けきる。そして目の前から、見慣れた黒いコートの男が現れる。

「あー……メルギウスかぁ……」

 ホシヒメは露骨にがっかりする。メルギウスはそれには一切触れず、仰々しく礼をした。

「ようこそ皆さん。政府首都アルマへ。ドランゴからここまで船と徒歩でこの速度とは……いやはや、若者の健脚には驚かされる」

「悪ぃ、メルギウス。今日はてめえの茶番に付き合ってる場合じゃないんだわ」

 話を遮って、ネロが前に出る。

「おや、あなたがいるとは珍しい。誰かと思えば、デリヘルお兄さんじゃないですか」

「お前の相手はこの俺だ。ピターとマータの命、ちゃんと償ってもらうぜ」

 メルギウスから薄ら笑いが消える。

「まだそんな昔のことを。凶竜は使命に従えば長命なのですから、苦しい記憶は忘れた方が生きやすいですよ」

「ふん、よく言うぜ。俺のことをわざわざ見つけ出して友達を殺しといてな」

 ネロはホシヒメたちへ振り返る。

「先に行け。俺はこいつをぶちのめす」

「うん、わかった。気をつけてね」

 三人は事情を察して、それ以上詮索せずに駆けた。

「なぜ俺がエターナルオリジンを守るなんていうことをやってたかわかるか」

「いいえ全く。私は過ぎたことは振り返らないし、私のせいで起きた如何な不利益も、私自身の使命に影響がないなら知らない」

「てめえが俺から全部奪ったからだよ。ルーやてめえのように、暗殺で飯を食う凶竜は少なくねえ。そして、凶竜はみんなそんなもんだと思ってるやつも居る。てめえはそういう凶竜を嫌ってる金持ちに依頼を受けて、ここに住んでた凶竜を皆殺しにしやがった。俺はあの二人が助けてくれたお陰で生き延びたが……」

「ふん、馬鹿馬鹿しいですねえ、あなたは。なんのために凶竜は使命を持って生まれてくるか、ご存じでないようですね」

「なんだと」

「全ての凶竜は、始祖凶竜パーシュパタを復活させるために存在しているのです」

 ネロは呆然とする。

「帝都竜神アルメールは、この世界の大半が竜と魚類で構成されていることを知っていた。故に、竜神種が海を、川を開拓していく内、魚類の居場所がなくなることを懸念していた。そこで、パーシュパタを騙し討ちにし、その力を使って魚を竜王種へと変えた。だが、悪いのは竜王種やアルメールではない。その種族のバランスをアルメールから告げられたにも関わらず、己を一切省みない竜神種に否がある。討たれたパーシュパタは、自らの死の原因となった竜神種に復讐するため、地の底で復活の時を待っているのです」

「てめえの言いたいことはわかった。だがそれと、アルマに住む凶竜を皆殺しにしたのは別だろうが」

「いいえ、違いませんよ」

「違わねえだろうが!」

 ネロは右手から電撃を放つ。メルギウスはナイフを投げて電撃の方向を変える。

「違わない。何もね。凶竜というのは、パーシュパタのエネルギーを削って生まれてきている。使命を果たした場合に、生まれてくるよりも大きなエネルギーのリターンがあるから。しかし、君らのように使命を果たさぬ凶竜ばかりが蔓延っていてはパーシュパタはどうなる?」

「……!待てよ、まさかてめえ……!アカツキがぶっ壊れたのは、てめえの仕業か!?」

「おお、よくそこまで思考を跳躍できたねえ。正解だが。そう、私はChaos社と契約したのさ。ホシヒメ……竜神の皇女をあちらの世界に届ける代わりに、その計画の過程でパーシュパタを復活させられるようにね」

「てめえの……使命は……」

「私の使命ですか?それは異界の門を開くこと。始祖凶竜パーシュパタを使い、王龍ボーラスが封印されし世界へとこの世界を到達させること」

 メルギウスは金の牙が並んだ棍棒を抜く。

「少しお喋りが過ぎましたかね。ともかく、あなたには死んでもらいましょう」

「ハッ、てめえに殺されるなんざ願い下げだぜ!」

 帯電した槍を構え、二人は対峙する。ネロが接近し、先制の一突を放つ。メルギウスは大振りな棍棒を持っているとは思えない軽やかな動きで躱し、重い一撃をぶつける。金の牙が床を抉り、溢れた闘気が荒れ狂う。

「ちっ、んなそよ風で怯ませてるつもりかよ!」

 ネロは空中を蹴り、メルギウスへ加速する。槍がメルギウスを掠り、反撃の一閃を槍を放棄して躱し、足で腕を絡めとり、そのまま体重をかけて押し倒す。メルギウスは力ずくでネロを放り投げ、ネロは飛ばされながら槍を回収する。

「クソッ、割とやるじゃねえか」

「私にその程度の攻撃が通用するとでも思っているのかな」

「ほざいてろ!」

 ネロが踏み込み、雷を纏った槍を構えつつ加速する。メルギウスは棍棒を爆発させ、二本のダガーを取り出す。そしてダガーで槍を挟み込む。ダガーから涌き出る闘気と、迸る雷が火花を散らす。

「残念ですねえ……この程度ではお話になりません」

 ネロは後転でダガーを蹴り飛ばし、次いで掌底を重ねる。それは両腕で止められ、右手、左手と拳を重ねられ、アッパーで吹き飛ぶ。体勢を立て直し、槍を投げつける。メルギウスは躱し、ダガーを引き抜き、バックジャンプしながらナイフを数本投げつける。拳圧でナイフを撃ち落とし、ネロは猛然と突進する。メルギウスの攻撃が当たる寸前に雷を足に纏わせて瞬間移動し槍を回収する。睨み殺すようなネロの視線を受けて、メルギウスは笑う。

「そんなに己の手で幕を下ろしたいか」

「何……?」

「ならば私が、終わらせてやる」

 ダガーが独りでに浮遊し、メルギウスへ突き刺さる。

「光捨てし棘の王、絶望の闇に鮮烈なる火花を散らせ!竜化!」

 メルギウスの体は白と黒と金の渦に呑まれて、一対の翼を持つ竜へと変貌する。

「ここで死ね、ネロ!」

 全身に並んだ金の刺が輝きを纏って出力する。床に頭を叩きつけ、振り上げる。闘気の波が走り、ネロはそれを躱す。

「てめえがそう来るなら、俺だって!竜化!」

 ネロは右手を握り締め、そこから蒼黒い光が迸る。蒼黒の竜には、所々仄暗く輝く青い棘が生えていた。翼はなく、宙に浮いている。

「止めを刺してやるよ、クソ野郎!」

 雷球と闘気の波が激突し、激しく行政都庁を揺らす。


 行政都庁 第4区角

 振動で通路の左右にある備品のダンボールの山が崩れる。

「今の揺れ、ネロだよね。大丈夫かな……」

 ホシヒメが心配そうに呟く。

「大丈夫。ネロは強いよ。最近はある事件のせいで腐ってたけど、その事件の犯人と戦ってるんだ、全力を出さないわけがない」

 ノウンが肩を押す。

「俺たちはアルマと戦うためにネロに任せてきた。アルマに勝ちに行くぞ」

 三人は巨大な鉄製の扉の前に立ち、重々しい金属音を鳴らしながら開くのを待つ。

 先程の広場と同じような巨大な円形のフロアに出ると、中央の柱に備え付けられたコンソールをノウンが操作し、フロアは上昇を始める。暫く経ったあと、フロアは停止し、同じような鉄製の扉を抜けて、仰々しい木製の扉の前につく。部屋に入ると、アルマが座っていた。

「ふう」

 アルマは溜め息をついた。

「来たか、蛮族に寝返った大罪人」

 ホシヒメは表情を変えず、前に出る。

「貴方は嘘をついてる」

「なんだと」

「だって貴方は原初竜神。私とアカツキの見分けがつかないわけがない」

「……。そうか、知らんわけがないか」

 アルマはもう一度深く溜め息をつくと、立ち上がる。

「お前がどう思おうと、お前は名目上犯罪者だ。お前の特例的な扱いは、一般人にどう映っているかな」

 ホシヒメは強く拳を握り締め、顔を上げる。

「私がどう思われようが、私は気にしない。ただ、皆のためにこの世界を救いたい」

「世迷い言を。お前は私たちの望み通りに踊ればよいのだ」

「貴方もお人形にする人を間違えたね。ゼロ君も私も、糸を付けて踊らせるには強すぎるからね!」

 表情には出さないが、アルマは怒りが滲んでいた。

「いいだろう、来い」

 アルマはホシヒメたちを通り過ぎ、今三人が来た道を逆に進み、先程の巨大な円形エレベーターへ出た。アルマがコンソールを操作すると、天井が開き、エレベーターが上昇する。陽光が差し込み、青空に細い雲が途切れ途切れに道を行く。エレベーターの上昇が止まり、コンソールごと柱が埋まる。

「ここでなら竜化も出来る。……が、まずはお前たちが竜化するに相応しいか、確かめさせてもらおう」

 アルマは左手をゆっくり上げると、すぐ前に高速回転する結晶が現れる。

「ちょっと待って。聞きたいことがあります」

 ホシヒメがアルマを制止する。

「なんだ」

「あなたはアカツキが起こした事件の罪を、私に擦り付けた。それで、わざわざ詔を集めるという遠回りなことをさせた。ゼロ君によれば、私は貴方の計画の重要な部分を占めているそうですね」

 アルマは苦虫を噛み潰したような表情をする。

「貴方とアカツキは……協力してるんですか?」

「この状況で何と言おうがお前たちは信用しまい」

「やっぱり……自分で答えを見つけるしかないってことだよね!」

 ホシヒメは嬉々として籠手を嵌め、拳を突き合わす。

「お前がこの計画の全てを知っていたとしても、何も問題はない」

 アルマは溜め息をつく。

「ふふん、覚悟してくださいね!」

 ホシヒメが突っ込むと、結晶がバリアを発し、ホシヒメの拳を受け止める。

「愚図が。お前ごとき、私の敵ではない」

「へえ、もしかしておじさん、ビビりなの?」

 アルマが光弾を放つが、ホシヒメはバリアを足場に飛び退き、光弾は虚空へ飛び散る。そこへゼルがガンブレードのトリガーを引きながら振りかぶり、叩きつける。蒼い粒子が飛び散って、虚しく空中で止まる。

「若者は勢いだけですべてが上手く行くと思っているようだが……甘い!」

 前に突き出した両腕から闘気が弾け、衝撃波でゼルを押し出す。アルマが重ねて放つ熱線を、ノウンが剣を盾へ変形させて防ぐ。再び切りかかったゼルを闘気で吹き飛ばし、宙を舞うガンブレードをホシヒメが掴み、それを結晶へ捩じ込む。トリガーを引くと同時に闘気を炸裂させ、空いた僅かな穴に手を捩じ込み、力任せに引き千切ろうとする。

「でもおじさん、破竹の勢いってのを舐め腐ったらさ……こうなるよッ!」

 結晶とバリアが溶けたプラスチックのようにひしゃげ、アルマが抜いた軍刀を頭突きで砕くと、サマーソルトを放つ。躱されるが、アルマのバリアは無くなったままで、結晶は回転を止め、痩せ細り、脈動している。ホシヒメはガンブレードをゼルへ投げ渡す。

「ほらね?」

 ホシヒメの満面の笑みに、アルマは露骨に嫌そうな顔をする。

「だが、それで歴然たる力の差を埋めることはできない」

「それが何?全部ぶち抜く、それが私の、私たちの進む道!どんな陰謀も全部ぶっ潰して通るの!」

 ガチンと拳を突き合わせ、炎が両腕に宿る。

「(九竜の力……)いいだろう、勝負はここからだ」

 アルマは結晶を消すと、赤黒い嵐に包まれ、砲金色の竜が現れる。

「お前を討ち、我らの世界の礎としてくれるわ!」

 咆哮と共に、つんざくような金属音が鳴り響く。

「ストライクフレーム、展開ッ!」

 アルマの鋼の体がプレートに沿って展開され、蒼い光を放つ。背に配されたモジュールが開き、巨大なビームの刃が何本も現れて翼となる。アルマは身を屈め、口から極大の熱線を放ち、三人は左右に避ける。凄まじい閃光で視界が眩み、昼間だというのに周囲が暗くなる。そしてビームを噛み砕き、細い破片になって爆散する。粘液になったそれはホシヒメへの攻撃を防いだノウンの剣に付着し、その変形機構を不全にする。攻撃を仕掛けたゼルとホシヒメを咆哮で吹き飛ばし、粘液が波立ち爆発する。ノウンは壊れた剣を分解し、細身の長剣を構える。

「流石は原初竜神。でもでも、まだこれからなんだから!」

 受け身を取ったホシヒメが着地して立ち上がる。

「その意気だホシヒメ!」

 ゼルがガンブレードを支えに立ち上がる。

「まだ決着がついてないのに諦めるなんて、絶対にダメだしね」

 ノウンも前へ出る。

「愚か者共め。私の計画のまま動けばよいものを……」

 アルマは翼を広げ、それを射出する。そしてフレームの継ぎ目から蒼光を放ち、前脚を幾度も叩きつける。五つの方向に光が進み爆裂する。その隙間に翼が突き刺さる。ホシヒメはその攻撃の合間にノウンをアルマへ放り投げる。アルマにとって予想外の一撃ではあるが、尾で難なく防がれる。しかし、重ねて放たれるゼルの攻撃には対応できずに一太刀受ける。一拍遅れて蒼光に闘気を乗せて炸裂させ、二人を吹き飛ばし、翼が元に戻り、V字のビームが間隙を潰すように幾つも放たれ、ホシヒメはそれを躱すために空中で二人を受け止め、闘気の盾を作りつつ着地する。重ねてアルマの熱線が放たれ、三人は吹き飛ぶ。


 アケリア交商道

 結晶の光が爆散し、最後の兵士が吹き飛ぶ。ルクレツィアは竜化を解き、辺りを見渡す。

「趣味悪いなあ、まさか人間植物とは」

 一人の兵士の死体を掴み上げ、検める。

「〝電動人間グール〟ですらない、正真正銘の人工物や」

 植物のような臭いを放つ死肉は、事切れた瞬間から急速に腐敗しているようだ。

「エターナルオリジン……」

 死体を放り投げ、ルクレツィアは政府首都へと入っていく。


 行政都庁・中腹

「オラァッ!くたばりやがれッ!」

 ネロがメルギウスへ組み付き、至近で雷球を叩きつける。

「まさかその程度の怒りで私の忠誠心を焼き尽くせるとでも?」

「FUCK YOU!」

 ネロが巻き付く力を強め、背中の棘も深い蒼の雷を燻らせる。

「バカが、その程度で私に勝てると思うな!」

 メルギウスは黄色く光る装甲の隙間から冷気を噴出させ、ネロを振り解く。そして左翼の翼爪を叩きつけ、尾をぶつけ、そこから闘気を放つ。ネロの長大な体が浮き上がり、メルギウスはすかさずラリアットで吹き飛ばす。

「確かにあなたは並みの兵士に比べれば強いでしょう。ですがね、その程度の力で私の理想を止めようなどと……片腹痛い!」

「なら両方痛くさせてやるよ、クソッタレ!」

 強烈な雷球の爆散で視界がハレーションを起こし、メルギウスはよろめく。雷球の嵐を突き破って出てきたネロはメルギウスの喉へ噛み付く。

「私が……無策だと……思うか……!」

 喉笛を締め上げられながらメルギウスは声を絞りだし、尾を地面に付け、闘気を噴射して空中へ飛び立つ。そして体勢を戻し、地面へ急降下する。着地寸前でネロは察したのか、口を離し、思いっきり距離を取った。メルギウスの着地で、行政都庁は凍り付く。激甚な冷風でネロは落下し、メルギウスは呼吸を整える。

「しかし……これはもっと後に使おうと思っていたんですがね」

「ちっ、大道芸風情が」

「ルクレツィアとならもっと楽しい決闘が出来たんですが……ん?」

 不意に空から声が響き、ゼルとノウンが落ちてくる。

「くっ、まさか落ちるとは」

「ゼル、ネロの支援に回ろう。ホシヒメはタイマンの方が強いはずだよ」

 メルギウスは笑う。

「まあいいでしょう。ネロだけでは役者不足でしたし」

 ネロは持ち直し、宙へ舞う。

「行くぞ、二人とも!」


 行政都庁・最上層

「雑魚は吹き飛んだか。後はお前だけだ、ホシヒメ」

 アルマは首をもたげ、咆哮を散らす。ホシヒメは膝をついている。

「詔を集めさせ、九竜の力を解き放たせるつもりだったが……まあいい。この際、使えるものは全て使わせてもらう」

「へ、へへへ……」

 ホシヒメは笑いながら立ち上がる。

「何がおかしい」

「こんな強い人と戦わせてもらえるなんて、この旅は本ッ当に最ッッッッッッッ高だよ!」

「何だと……!?(味方が二人居なくなったこの状況で……こいつ正気か?)」

「おばあちゃんが居なくなったのは、きっとおばあちゃんがいると私が成長しないってわかってたから、アカツキに倒されたんだ。こうして、私が世界を巡って、力と理想を兼ね備えた強さを手に入れて欲しかったんだ!力も理想も、誰かと語り合うための……」

 アルマの方から流れていた闘気の流れが止まり、ホシヒメから大きな渦が生まれる。

「力は瞬間の輝き、理想は未来への希望……そしてこの魂は、過去の結晶!そうだ、これこそが!」

「(こいつ……竜化も出来ないのに竜闘気を発している……!?)」

「これこそが闘気なんだ!」

 爆発的に威力を増した竜闘気が、最上層全体を包む。

「行くよアルマ。私は私の道を突き進む。あなたの野望を粉砕して、あなたと心からの友になる!」

「何を……くっ、図に乗るな、小娘が!」

 アルマは再びV字の熱線をいくつも重ねて放つ。ホシヒメは真っ直ぐ突き進み、

「ロケットパーンチ!」

 と叫びながら拳状の闘気を打ち出す。翼で弾かれるが、ホシヒメは自身の拳を届かせる。翼の一枚を破壊し、すかさず裏拳を鼻先にぶつけ、叩き伏せ、頭を抱え込んでハンマー投げのようにぐるぐると回転し、思いっきり放り投げる。

「うおおおおおおお!?バカな、私を投げるだと!?」

 アルマは体感したことのないダメージで、ひどく動揺している。

「行くよ!」

 ホシヒメは地を蹴り、アルマへ接近し、翼の雨を躱し、前脚を弾き返し、サマーソルトを顎へぶつける。咆哮にも粒子の爆散にも動じず、猛然とアルマに攻撃する。

「(バカな、一瞬でここまで強くなれるわけがない!やはり、九竜の……)」

「隙有りィ!」

「ぐふぁっ!?」

 空中蹴りがアルマの頬にクリーンヒットし、アルマの巨体は吹き飛ぶ。

「あなたの理想はまだわからない。でも、わかるまで、わかりあえるまで諦めたくない!メルギウスも、アカツキも。アルメールとも、ネロともルクレツィアともノウンともゼルとも!そしてゼロくんとも!この世界の全てと、理解し合える親友になりたい!そのために私は、もっと力を求める!」

 ホシヒメの真っ直ぐな瞳を見て、アルマは驚く。

「(似ている……その眼は、俺と会ったばかりのヤズそのもの……!)」

 アルマは竜化を解き、崩れ折れる。

「わあ!?びっくりした」

 ホシヒメはアルマへ駆け寄る。

「どうしたの、急に」

「私は……いや、俺は間違っていたと思うか、ホシヒメよ」

「……。どれが正解かなんて、誰にもわからないよ。私もあなたも、自分の未来を信じただけ」

「俺の未来は……こんなとき、ヤズならどう答えてくれる……?」

「自分らしく生きろって、おばあちゃんはいつも言ってくれたよ」

「なるほど、あいつらしい……持っていけ」

 アルマは手袋を投げて渡す。

「アミシスが俺に作ってくれたやつだが、もう俺にはそれを付ける資格はない。お前が持っていってくれ。それを以て詔としよう」

 手袋を付け、ホシヒメはもう一度アルマへ視線を向ける。

「エレベーターを動かさねばならんな。少し待て」

「いいよ。こっから飛んで帰るから」

 と言って、ホシヒメは親指を立てながら飛び降りた。

「若者の成長とはかくも早いものか……」

 アルマは自分の素手を眺め、溜め息をついた。

「結局は犠牲にしたあいつに救われたと、そういうことだな」


 行政都庁・中腹

 ゼルの一撃が右翼に弾かれ、尾の追撃が向かう。それをノウンが弾き返し、ネロの雷球ががら空きの逆サイドを狙う。メルギウスは一回転して雷球を弾く。

「おかしい、メルギウスはこんなに強くない」

 ノウンが疑問を口にする。

「おやおや、失礼ですねえ。ルクレツィアの腰巾着風情が」

「だって君は、五年前、僕に負けたことすらあるじゃないか!」

「はて、なんのことやら。私はわたごふぁ!?」

 メルギウスの尾が宙を舞い、メルギウスが竜化を解く。

「喧しいゴミは殺すに限るわぁ」

 刀をブンブン振り回し、ルクレツィアが現れる。

「ルクレツィア!」

「お、ノウン。入り口に居たやつは全員片付けたで。あと、こいつはまた映像や。どれだけ全力で攻撃しようが無駄やで」

 ネロが竜化を解いてルクレツィアに寄る。

「マジか」

「マジやで。ノウンの思ってる通り、こいつがそない強いわけないやろ」

 ルクレツィアが倒れているメルギウスを背中から串刺しにして、メルギウスはジャギを起こしながら消滅する。

「やっぱ、封印箱に戻るべきやな。詔を集め終わったあとで、やけどな」

 と、真面目な顔でルクレツィアが喋っていると、後ろに

「どっせーい!」

 凄まじくダサいポーズでホシヒメが着地する。

「ホシヒメ、大丈夫だったか?」

 ゼルが駆け寄る。

「うん!ばっちり友達になってきたよ!」

「友達……?」

 その場に居る全員がポカンとする。

「どういうことだ、ホシヒメ」

「えっとね、なんか戦ってるとすごい頭すっきりして色々わかってるんだけど、まあなんか、頭空っぽにして殴り合ったって感じ?」

「お、おう……」

 ゼルを含め、全員がやれやれという感じの反応をする。

「次はどこに行くのかな、ノウン」

 ホシヒメがゼル越しに話しかける。ノウンは地図を広げようとして、その必要が無いことに気付く。

「次は死都エリファスだね。僕たちがアルマから抜けて最初に辿り着いた、戦火の沼を抜けた先にある」

 それにルクレツィアが追随する。

「別名〝福禄宮〟。昔は竜神種の都だった場所やな。今までの流れでわかるやろうけど、治めるのは死都竜神エリファス。原初竜神の一角、死者の魂を司るもの」

「死者の魂……」

 ネロとホシヒメが全く同じ反応をする。

「原初竜神の魂はそう簡単に辿り着かんぞ。それに凶竜の魂は使命を果たせぬのならパーシュパタの元に消えるんやろ?なあ、ネロ」

「ああ、そうだな……ってえ、なんでルーが知ってる」

「ウチは年増やからな」

 ルクレツィアは刀を納める。

「行こう、みんな!」

 ホシヒメが促し、行政都庁を降りていく。


 死都エリファス・福禄宮

「ブラックライダー」

 エリファスは未だ途切れぬ雲の流れを、血霞越しに眺める。ブラックライダーは一本の注射器を懐から取り出す。

「それが〝零血細胞〟か」

「その通りだ。異史の白金零からChaos社が抽出した、純シフル」

「だがそれは……空の器に注いで〝蛇帝零血〟とせねば生物には注げぬだろう」

「杉原明人を素体として入手するのは我らも不可能だ。この世界では既にヴァナ・ファキナに目をつけられている。レイヴンが異史でバロンと相討ちになったせいで、正史では明人に鞍替えしたようだな」

「異史の有り得ない結末だからこそ出来た奇跡の物体ということか」

 エリファスは尾で霞を散らし、ブラックライダーへ向き直る。

「これをエターナルオリジンに打ち込む……我らの王への貢ぎ物に、己の住む世界そのものを手渡すか」

 ブラックライダーの問いに、エリファスは深く頷く。

「アルマ、そしてアミシスとヤズ……彼らはあくまでも王龍ボーラス様のために動いていたが、私は違う。私はこの世界の本当の発展が見たい。何者にも干渉されぬ世界を作りたいのだ」

「ふん。詰まらん下策だ……と言いたいが確かにこちらの方が効率良く強者の生命力に呼び掛けることができる。パーシュパタもそれによって目覚めるはずだ。その時こそ次元の扉を開き、DAAとこの世界を繋ぐ」

「九竜を早急に抽出する必要があるな」

「皇女から消滅したと言えど、九竜自身は一度この世界に対応した規格から外さねばならん。ラータを誰かが滅ぼす必要があるのだ」

「わかっているとも……一先ずは、ホシヒメがこの世界を越えんとな。着々とそちらの役者は揃っているのだろう」

「その通りだ。最初の山場、終幕は近い」

 エリファスは何かに感付き、入り口の方へ視線をやる。

「来たようだ、彼女たちが」

 テーブルの上に置いていた、右に傾いている天秤を取って、ブラックライダーは踵を返す。

「私が皇女と戦う」

 エリファスは返事をせず、微睡みながら空を再び見上げた。


 戦火の沼

 尽きることのない腐臭と、血の臭いが螺旋を描き、血霞が空へと立ち上る。死体のまま放置された無数の竜王種と竜神種の群れを横目に、ホシヒメたちは進んでいく。

「ここでルクレツィアと初めて戦ったんだよねー」

 ホシヒメがあけすけに言う。

「せやなー。正直あんときはボロ勝ち過ぎてつまらんかったわ」

 ルクレツィアも答え、それにノウンも乗る。

「僕は背骨を斬られたけどね」

「ええやん、ウチに斬られて嬉しかったやろ?」

「嬉しくないよ!」

 辺りの景色とは不釣り合いに間の抜けた話をしていると、ホシヒメが突然立ち止まる。

「どしたんホシヒメ」

「ルクレツィア、感じない?殺気を……」

「せやな、とてつもなく恐ろしい気配ってやつや……」

「来るぞ!」

 ゼルが叫ぶ。と同時に、上空から黒い馬に乗った黒い鎧の骸骨騎士が現れる。

「君は……誰?」

 ホシヒメの問いに、骸骨騎士は僅かに反応する。

「我が名は黙示録の騎士、その三騎目。獣共は〈ブラックライダー〉と呼ぶ」

「そのまんまだな」

 ネロが呆れ気味に答える。

「見ていたぞ、皇女。お前がアルマを遂に絆したことを。憎しみに囚われず、よくぞここまで至った」

 ホシヒメが前に出る。

「退いて。私たちは急いでるの」

「そうか」

 ブラックライダーは馬から降りる。具足が沼に深く沈み、背後の馬は消滅する。

「お前が急いでいようがいまいが、私のやるべきことはさせてもらおう」

 天秤を掲げ、ブラックライダーは天を仰ぐ。

「天秤を傾けるは怨愛の炎。即ち、赤きは愛に傾きし、青きは憎しみに傾きし。渾然一体足るものは黒にくゆる」

 全員がポカンとしているが、ブラックライダーは続ける。

「もうすぐ天は満つる。我が王の旅路も終わりを告げるのだ。その究極の終焉に、お前を招待する」

「っ……!来るぞ、ホシヒメ!」

 ゼルが殺気を感じて怯む。ブラックライダーが消え、天秤と拳でホシヒメと打ち合う。

「ねえそれって殴るための物じゃないよね!?」

「愚かな。戦いとは常識に囚われた者が負けるのだ。今までの戦いで……」

 背後から鋭い一撃を放つルクレツィアと片腕で応戦し、ホシヒメを吹き飛ばして上空から襲いかかるネロの槍を受け止める。

「学ばなかったか。お前自身、戦いの中で常識を越えてきたはず。実戦を経験しなかったお前が、たった数日で政府竜神を撃ち破るほどに強くなったことそのものが、常識の遥か彼方にある事実だ」

 ルクレツィアとネロを放り投げ、ゼルの一撃も容易に往なす。ホシヒメの瞬速の拳も平然と受け止める。

「もちろん、君の守りもぶち抜くよ!」

 闘気が拳を覆い、ドリル状に高速回転する。ガリガリと音を立ててブラックライダーの鎧を削っていく。

「背中ががら空きや!」

 ルクレツィアがスパークを纏った一閃を抜き、ブラックライダーはホシヒメの攻撃を受け止めながらもう片方の腕に持つ天秤で受け止める。その真正面から大剣を持ってノウンが突っ込み、ブラックライダーは文字通り頭蓋骨で迎え撃ち、ルクレツィアの連撃を手刀で弾き返し、ホシヒメの闘気を握り潰して蹴り飛ばす。

「やはり一対一でないと個々の強みは出ないな。ふむ……」

 ブラックライダーはまた黒馬に跨がると、吹き飛ばしたホシヒメを一瞥する。

「また会おう、皇女よ。時が来れば、決着を付けることになろう」

「待って!」

 ホシヒメが呼び止める。

「なんだ」

「君……竜じゃないよね。それに……勘だけど、この世界の人でもない」

「む……そうか。ならば、その勘に免じて教えてやろう。我らは三千十方世界を越えてある、始源世界より来たりし者」

「しげんせかい?さんぜんじっぽうせかい?なにそれ」

「時が来れば全てわかることだ」

 ブラックライダーは飛び去った。

「三千十方世界って何かわかるか、ルクレツィア」

 ゼルがガンブレードを納めつつ、尋ねる。

「さあ。ウチも知らへんな。が、アイツがただもんじゃないのはわかる。ゼロ兄とは違う方向の、圧倒的な威圧感を感じた」

 ネロが頭を掻く。

「俺はあいつの雰囲気に似たやつに、ついこないだ会ったぜ」

「ほんとに?」

 ホシヒメが耳を傾ける。

「ああ。そいつはエターナルオリジンにゼロたちが来る前に来たんだ。あの独特の風貌、恐らく仲間で間違いないはずだぜ」

「ということは……アカツキの起こした事件を中心に、政府竜神の陰謀と、ブラックライダーたちの狙う何か」

「それに一部の凶竜が狙う、始祖凶竜の復活もあるぞ」

「とにかく、アルマの計画してたことは潰したから……」

 ルクレツィアが口を挟む。

「んや。まだやで。確かに、アルマ自身はアンタに絆されてこの計画を降りたかもしれん。やけど、この計画に荷担しそうなやつを思い出してみぃ。詔を集めることで無罪にする、それが書かれたあの書類をブリューナクに渡されたとき、アイツは誰の名を呼んだ?」

「アルメール……確か、アルメールって言ってた。……ってえ、まさか!?」

「そう、ゼロ兄が急にエターナルオリジンにやってきたのも、この件にアルメールの方が入れ込んでいて、アルマはそれに唆されただけと言えば色々と話はつくはずやと思うけど」

「ということは……?」

「ホシヒメ。アンタはアルマにどんな話をされた?」

「えーっとね、詔を集めさせて九竜の力がどうたらこうたらって」

「ふむ。つまり、この旅は九竜とか言うやつを目覚めさせるために、ホシヒメを強くさせようとしたやつやったってことか。まあ、現状やとこれ以上はわからんし、アルメールとアカツキにそれぞれの目的を聞くしかないな」

「話は終わった?じゃあ、死都へ行こうか」

 ノウンが促し、血の沼を進んでいく。しばらく進んでいると、だんだん血霞が濃くなって視界が無くなっていく。余りの濃さに日も陰って、数メートル先も認識できないほどになる。次第に泥濘も消えて、石畳が現れる。


 死都エリファス

 錆び付いた格子の扉を引き、一行は足を踏み入れる。

「なんていうか……」

 ホシヒメが辺りを見渡す。血霞は薄くなっているが、代わりに腐臭が増し、僅かに差し込む日光が厚く塗られた血をぬらぬらと輝かせている。

「きもっ」

 よくわからないポーズでホシヒメが不快感を表す。転がっている無数の死体は、人間や、半分竜化している者が大半を占めており、完全に竜化した死体は朽ち果てて内蔵が剥き出しになっている。

「何があったんだ、ここで……」

 思わず後ずさるゼルを見て、ルクレツィアはやれやれと首を振る。

「死都エリファスはかつての竜神の都。ここは竜王種との戦いで滅んだんや」

「竜王種との戦いで?」

「なんや、そんなことも知らんのか?差別に反対した竜王種の暴動に凶竜が加勢してとんでもない戦いになってこうなっとるんや」

「へえ、そうなんだ。……。なんか、違う気もするけど」

「んあ?どないしたん」

「死体から感じる流れが……そういう感じの気持ちじゃない気がするの」

「闘気が使えんからウチにはわからんなあ」

 ノウンが手を叩く。

「取り敢えず、福禄宮へ行こう」

 歩きながら、街中に倒れている死体に目をやる。

「なあルー。どこをどうみても竜王種の死体なんてねえぜ」

「ウチもフィロアから聞いただけやからな。死都に実際に入る用事とかあらへんし」

「しっかしくせえな、ここは。精肉所とは格が違う、純粋な生物の臭いだな」

「ウチらが生まれる前からこうなっとるらしいけど、それにしては死体の状態が新しい過ぎるわ。腐敗が終わって、消滅してないのはおかしい」

「それに、ホシヒメが気の流れを感じ取れるってことは、まだ生命力を多少は残して絶命してるってことだ。ルー、お前今28だよな」

「せやな」

「つまりは確実に28年以上は死体のまま放置されてたってわけだ」

「フィロアが話した以上の意味があるっちゅうことやな」

 二人が話し終えると、目の前に荘厳な宮殿が鎮座していた。

「これが福禄宮?」

 ホシヒメの問いに、ノウンが答える。

「そうだよ。これがエリファスの中心なんだけど……」

 目の前のゼルを見て、頷く。

「開かないみたい」

「ああ、どうやらな。門には四つの墓を回歴せよって書いてある」

 ゼルの後ろでネロが首を傾げる。

「四つの墓?なんだそりゃ」

「墓は墓だろう。何の意味があるのか知らないが、門を開けるために必要ならやるしかないだろ」

 ホシヒメが踵を返す。

「それなら早く行こ!」

「待ちぃや」

 今にも走り出しそうなホシヒメの肩をルクレツィアが掴む。

「どしたの、ルクレツィア」

「前座に時間をかける必要はあらへん。戦力を分けるで」

「お墓がどこにあるかわかんないよ?」

「足元を良く見ぃ」

「足元?」

 ゆっくりと視線を落とすと、石畳の中央の溝を、こびりついた血の流れが延々と続いていた。

「これはアナログな伝令のシステムや。ブリューナクでも見たやろ。血管のように都の中を巡り、それに様々な意味を持たせて連絡手段にする。エリファスもわざわざ門にあんなことを書くんや、そういう風な使い方もするはずや」

「なるほどね!じゃあどう分けるの?」

「せやなあ……」

 ルクレツィアはちらちらと他三人を見る。

「ノウンとゼル。それ以外は一人ずつ。それが良さそうやな」

「みんなオッケー?」

 三人は頷く。

「よっし、行こう!」


 死都エリファス・南西部(ゼル・ノウン)

 血の溝に従って、二人は歩いていた。

「死都にまで来るとは大事になったもんだな、ノウン」

「うん、そうだね。僕たちはホシヒメのために、ここまで来た。役に立ててるかどうかはわかんないけど」

「ああ。俺たちの想像以上に、ホシヒメは高い爆発力と根性があった。自分を計画の一部にして、濡れ衣まで着せたアルマを、許すどころか友達になってくる……そんな離れ業はあいつにしかできないだろうな」

「非力かもしれないけど、ホシヒメのために全力を尽くさなきゃね」

「見えてきたぞ」

 道の先に円形の広場が現れ、その中央に小さな墓があった。ゼルたちが近付くと、墓の文字が青く光る。

「なんだ……?」

「これは……『天象の鎖を解き放つまで、始源世界への次元門を開くのは不可能だ』?何を言ってるんだろう、これ」

「わからんな。あとでルクレツィアにでも聞いてみるか」

 墓は光を放ちながら消滅した。

「消えた」

 ゼルがそう呟くと同時に、空から何かが降ってくる。それは四本の足でどっしりと着地する。その衝撃で血霞が晴れ、全貌を示す。鎖の巻き付けられた巨大な犬だった。

「なんだ、こいつは」

「見たことない生物だよ、これ……」

 二人が逡巡していると、巨犬は言葉を発した。

「我が名は黒皇獣ヴァナルガンド、その半身たる黒皇獣エンキドゥの一首、ゲルギャ。汝、死都に何用だ」

「俺たちはエリファスに会いに来た」

 ゲルギャはがっぷり四つ、石畳に足をめり込ませる。

「そうか。時は来たれり。我らが王より託されし契約、今こそ果たそう」

 ゲルギャは身震いし、激しい闘気を爆裂させる。立ち込めていた雲が千切れ飛び、血霞も消え去る。

「来るがいい、竜たちよ!獣の王たる我らの力、断片であろうとも汝らを撃ち破る!」

 ゲルギャが前脚を振ると、闘気の渦がノウンへ飛ぶ。剣を盾へと変えてそれを防ぎ、ゼルが一気に接近してトリガーを引きつつガンブレードを放つ。

「我が炎はその程度では破れぬぞ!」

 鎖が炎を纏い、ゼルの攻撃を弾く。

「ちっ!」

「竜よ、人の姿で我と戦おうなどと思わぬことだな!」

 炎が収束し、爆発する。ゼルは吹き飛ぶが、受け身をとる。

「竜化しろって言ってるが」

「仕方ない。この広さなら問題ないはずだよ。二人竜化しても」

「背に腹は代えられんか。行くぞ!竜化!」

 ゼルは青い光に包まれて、一対の翼を持つ青白い竜へ、ノウンは赤黒い光に包まれて、一対の翼を持つ黒い竜へ変化した。

「オラァ!行くぜゼル!」

「あ、ああ……そういえばお前は竜化すると色々変わるんだったな」

「ヒャッハァ!」

 ノウンは狂乱の声を上げつつ、ゲルギャへ突っ込む。ゲルギャの攻撃を凄まじい反応速度で後方に翻って躱す。その流れで翼に添えられた赤い翼爪を発射する。ゲルギャは全て弾き落とし、旋回するノウンへ大ジャンプで接近する。

「やるじゃねえか、犬風情がよォ!喰らいやがれこのビチグソがァ!」

 ノウンは足を繰り出し、なんとゲルギャは空中で動いてそれを躱す。そして空中で高度を上げ、前足で叩き落とす。ノウンは地表寸前で制御を取り戻し、ドリフトを効かせながら着地する。同じく着地しようとするゲルギャに、ゼルは無数の光弾を放つ。ゲルギャは先ほどのように空中で姿勢を制御し、巧みに回避する。ゼルの口からビームが放たれ、そしてそれを防がれるやいなや顎から刺を生み出し、それで石畳を抉りながら突き進む。ゲルギャはビームを弾いた隙で動けず、真正面から受け止める。

「なるほど、まだシフルの扱いに慣れていないと見える。やはり、シフルをシフルそのものとして扱える者はまだ少ないようだな」

「口を開く暇があるなら、戦いに集中しろ!」

 ゼルが押し切り、ゲルギャの体勢を大きく崩す。そこにノウンが弾丸のように飛んできて、先ほど躱されたキックを腹に直撃させる。吹き飛んだが、何事も無かったかのようにゲルギャは受け身を取る。

「なるほど、弱くはないようだ。汝らならば、完全なる我との逢瀬もあるやもしれぬな」

 ゲルギャは半透明になっている。

「待ちやがれ!決着をつけずにどっかへ行こうなんざ、俺が許さねえぞ!」

「待て、ノウン。無闇に消耗する必要はない。俺たちはあくまでも門の封印を解くために戦っているんだ」

 ゲルギャも頷く。

「その通りだ。我はあくまでも、我が王によってこの死都の門番の一人を任されているに過ぎない。門番の役目は侵入者を排斥することではなく、侵入者の力を試すことだ」

「そうだ。なんのつもりかはわからんが、こいつはこれ以上俺たちと戦うつもりはないらしい」

「ちっ、わあったよ全く」

 二人は竜化を解く。

「一先ずは封印を解放できたってことだよね」

「そういうことだ」

 ゲルギャは霧散した。

「戻ろう、ゼル」

「ああ」


 死都エリファス・南東部(ネロ)

 ゼルたちが居たような広場にネロも辿り着いており、墓に触れる。

「特に何か仕掛けがある訳じゃねえな。単純な墓だ。何かしなきゃならんのか?」

 ネロが独り言を言っていると、墓は青い光を放つ。

「なんだぁ!?」

 墓は霧散し、巨大な犬が現れる。

「お!随分デカいわんちゃんじゃねえか。ビルでも投げねえと食い付かなそうだな」

 犬は身震いし、吠える。

「無礼な竜だ。貴様のような凡夫が獣を罵るとは」

「でもわんちゃんに違いはねえだろ?」

「私は黒皇獣エンキドゥの断片、ドローミ。わんちゃんなどという戯けた名ではない」

「んで?墓を調べたらいきなり出てきたってことは、なんだ?戦えってか?」

 ドローミは頷く。

「しゃあねえな。今の俺は虫の居所が悪くてな、ストレス発散させてもらうぜ」

「甘く見るなよ。私の雷は、魂をも切り裂く!」

「おっ、てめえも雷使いか!なら余計楽しめそうだぜ!」

 ネロがジャンプし、槍を三分割し、雷球を無数に生み出し、ビリヤードのように撃ち放つ。雷球が数珠繋ぎに別の雷球に当たり、規模を拡大しながら爆裂していく。ドローミはその場で力み、全身の毛を逆立たせて雷霆を放つ。激甚なスパークを発し、両者の雷は消え去る。槍を繋ぎ直したネロが突っ込み、ドローミは器用に前足に雷の刃を握り、槍を打ち返す。地に足を付けたドローミは刃を前足の横に付け、獣らしい振り方でネロを狙う。竜化のエネルギーでそれを弾き返し、ネロは口から雷球を放つ。着弾と共に拡散するそれは、ドローミを僅かに怯ませる。が、ドローミは五つの雷柱を前方へ発射し、ネロを叩き落とす。追い討ちに前足を叩きつけ、直進し地面を這う雷霆がネロを貫く。ネロは直ぐ様起き上がり、強引に突っ込んで巻き付く。

「無能が!蜥蜴風情ではその程度か!」

 ドローミはネロを離そうと暴れまわる。

「無駄だぜ、俺はしつこいタイプでね!喰らいやがれ!」

 ネロは全身から強烈な電撃を放ち、ドローミを焼き尽くす。ネロは離れ、竜化を解く。

「どうだ、俺の電撃の方が強いみたいだぜ?」

「どうかな、貴様はただフラストレーションを発散するためだけにそんな乱暴な戦いをしているようには見えないが」

「なんだと」

「貴様の魂は友のための復讐などという、綺麗事を決して容認しない。浄化が来るまで貴様はそのままだろうが、浄化後どうなっているかな」

 ドローミの姿は消えかかっていた。

「ふん、勝手に吠えてな。負け犬の遠吠えは耳障りなだけだ」

「くくっ、蜥蜴よ……凶竜の本質は鏖殺……貴様の魂の中に燻る殺戮衝動こそ、貴様のメビウス、なのだ……!」

 霧散したドローミには目もくれず、ネロは元来た道を戻っていった。


 死都エリファス・北西部(ルクレツィア)

「これが墓か」

 広場の中央の墓に触れ、後方から殺気を感じて高速で反転し、その一撃を刀で防ぐ。

「誰や!名乗りぃや!」

 前足を弾き返し、巨犬は吠える。

「犬か」

「我が名は黒皇獣エンキドゥの断片、レージング。始源世界への門を戒める鎖なり」

「まさに番犬っちゅうことか」

 その言い回しに、レージングは苦笑する。

「なんや!笑わんでもええやろ!」

「いや、面白いと思ってな。誰にでもユーモアというものはあるのだな」

「(なんやこいつ)」

「だが我が氷は滑ったギャグより冷たく、鋭い!」

「誰がすべってんねん!そもボケてへんし!」

 足元から現れた巨大な氷塊を切り裂き、接近しようとするが、レージングは自分の周囲に瞬時に氷のバリケードを作り、スピードを落としたルクレツィアを氷塊で狙い撃つ。難なく撃ち落とし、大ジャンプする。それを追尾してレージングは氷塊を連射し、前足に生み出した氷の刃で打ち合う。それも砕かれるが、怯まず咆哮でルクレツィアを吹き飛ばす。

「っち、割かし強いやん」

「当然!俺こそエンキドゥの中核、終末の狼を縛りし最初の鎖!」

「なんやようわからんけど、ノリは合うみたいやな!」

 尾と刀が打ち合い、霜のブレスが鼻先を掠める。スパークから漏れだした電気が霜の中を暴れ、ルクレツィアは肉薄してレージングの鼻先を掴むと刀を捩じ込む。そこで雷を炸裂させ、大ダメージを与える。が、引き抜くと同時にレージングに投げ飛ばされる。ビルの残骸にすっぽり入り、そこに追撃の氷塊が飛んでくる。ルクレツィアは竜化して抜け出し、水晶を纏った嵐を発射する。

「ほう!やるじゃないか!ならば俺も、そのノリに応えてやろう!」

 レージングは口許で巨大な冷気を生み出すと、それを器用に離し、前足で加速させる。二つの竜巻が激突し、そして霧散する。同時に前進した両者は空中で交差し、ルクレツィアの爪がレージングの体に水晶を残し、そして爆発する。

「ぬう……この世界ではこれ以上は危険か……」

 レージングは半透明になっている。

「もう終いか?これからやっちゅうに」

「済まぬ。俺たちは王によってここに貸し出されているに過ぎない。これ以上は王より与えられた任務に反する」

 ルクレツィアは竜化を解き、近付く。

「お前さんは強い。だが、誰かの魂を追い続けているだけに見える。誰かに道を教える強さも持っているが、逆に自分の選んだ道で路頭に迷っている」

「どうしたらええと思う」

「お前さんをここまで導いた者なら、わかるのではないか」

「……。あともひとつ。ウチはギャグを言ったつもりやないからな」

「知っているとも。事前に決めていた流れというものがあるだろう。それに強引に合わせただけだ」

 レージングは消滅した。

「ホシヒメの言うとおり、心を込めて戦えば友になれるんやろうか」

 ルクレツィアは踵を返す。

「何に価値を見出だすか、そういうことやな」


 死都エリファス・北東部(ホシヒメ)

 ホシヒメはメモを書きながら進んでいた。

「ええっと、アカツキに色々聞く、ゼロ君と決着をつける、アルメールに色々聞く……」

 メモは殴り書きのようで、ホシヒメ以外にはほぼ解読は不可能な文字だった。というより、ホシヒメが普通に書くとこうなる。

「ここを越えれば、あとは帝都だけ……竜神の都にどうして竜王種が居たのか、ちゃんと聞き出さなきゃ」

 ホシヒメがメモをポケットに入れると、広場についた。

「えーっと、何々……『氷の封印の底に、輝く柱が突き刺さる』?何言ってるんだろ、これ」

 墓が砕け、黒い馬に乗った黒い騎士が現れる。

「わわっ、ブラックライダー!?」

 黒い騎士は首を横に振り、女性のような声を出す。

「私は狂竜王。ネロから聞いているだろう?」

「きょーりゅーおー……?もしかして、こないだ会ったっていうのは……」

「その通り。墓の封印を解きに来たのだろう?それならば、ひとつ。私と力比べをしようではないか」

「力比べ?」

「そうだ。私はここの門番の一人。あの門を開けたいのだろう?」

 ホシヒメは眼前の騎士から溢れる闘気を見て、少し戸惑う。

「(おかしい……こんな物腰が柔らかな人からここまで闘気が出るわけない……)」

「どうした、ここで自らの未来を終えるのか?」

「いや。私は進むよ。君が私の力を試したいなら、私は君の度肝を抜いてあげるよ!」

 狂竜王はそれを聞いて、馬から降りる。

「さあ来るがよい」

「(構えない?何が一体……)」

 ホシヒメは戸惑いながらも、様子見の拳を放つ。が、それは狂竜王の眼前で止まり、しばしの静寂が流れる。

「え……え?」

「ふむ……わかった。私はもう用は済んだが、そなたはどうだ」

「えーっと、え?」

 狂竜王は巨大な黒馬に乗り直す。

「あ、ちょっと!まだまだ全然全力じゃないよ!?」

「私は満足だ。それに、まだそなたの旅は終わっていまい」

 狂竜王はそれだけ言うと、飛び去っていった。

「馬で飛んでいっちゃった。やっぱりブラックライダーの仲間……なのかな?」

 ホシヒメは門の方へ走っていった。


 死都エリファス 福禄宮前

「全部封印が解けてるね」

 ノウンが門を見上げる。その横でホシヒメが躊躇なく扉を開ける。温い空気と腐乱臭が溢れ出る。

「行こう」

 ホシヒメに四人は続く。


 死都エリファス 福禄宮

 周囲を満たすおぞましい臭いに反して、宮内は倒壊こそしているものの、死体の類いは見受けられない。

「どこから来る臭いなんだぁ、これは」

 ネロが悪態をつく。

「わからへんな、空気が淀みすぎてどこから風が来とるんか検討もつかん」

 ルクレツィアは顔の前で手を振る。一行が探索していると、一際巨大な門の前に来た。ホシヒメがその門を押し開くと、そこには一匹の竜が鎮座していた。

「来たか……」

「あなたが……死都竜神エリファスさん……ですか?」

 エリファスは翼を広げ、空を仰ぐ。

「そうだ。私が死都の都竜神。この世界の死者の魂の管理を任されている」

「何のために私がここに来たか、わかりますよね」

「わかっているとも。詔を受けに来たのだろう。ならば、この哀れな竜の話を聞いてくれ」

 五人はきょとんとした。

「何、ほんの詰まらない話だ。私たち原初竜神は、この世界を王龍ボーラスから授かった。来るべき日に審判を乗り越える力を産み出せという命令付きでな。だが、パーシュパタがある日暴走し、自分の眷属となる凶竜という種族を生み出したのだ。傲り猛るパーシュパタは自らの軍勢を使い、この都に攻め入った。その惨状はここまでに見てきただろうが、私たちはパーシュパタを封印し、代わりにアカツキが凶竜を従えるようになった。パーシュパタはChaos社という名を何度も口にした。封印後間もなく現れた狂竜王によってそれが異世界の存在であるのを知ると同時に、我々はある計画を考えた」

「ある計画?」

 ホシヒメの疑問に答えるように、エリファスは続ける。

「それが今回起きている事件さ。アカツキによく似た少女が生まれたら、その子に力を付けさせChaos社への刺客とする。なぜなら、そのアカツキにそっくりな少女は、原初世界で猛威を奮った九竜の統一された姿なのだから」

「九竜……」

「そう、九竜だ。王龍とは完全に役割を異にする最上級の竜、真竜の九体。

 焔を体現し、怒りを司る最強の力〈烈火〉

 雷を体現し、幻想を司る神の力の具現〈迅雷〉

 水を体現し、喜びを司る大いなる生命の具現〈激流〉

 氷を体現し、傲慢を司る空間の具現〈雹雨〉

 風を体現し、哀しみを司る科学の具現〈暴嵐〉

 飲食を体現し、楽しさを司る本能の具現〈飲呑〉

 光を体現し、怠惰を司る神秘の具現〈黄泉〉

 闇を体現し、不死を司る安息の具現〈深淵〉

 宇宙を体現し、憎しみを司る概念の具現〈宙解〉

 その力をChaos社のある世界で爆発させることでしっぺ返しをしようとしたわけだが……もう既に、お前の中に九竜は居ないらしい。彼らは王龍ボーラスの居る全ての始まりの世界、始源世界に居るようだ。アカツキとアルメールがそれぞれ何を考えているのかは知らんが、お前から九竜が居なくなっている時点でアルマの計画は頓挫しているのだ」

 エリファスは何かを言おうとして留まり、別のことを話す。

「お前たちは、アミシスとヤズとアルマに何があったか知っているか?アミシスとヤズは二人とも、アルマのことが好きだった。だが、アルマはあの通り生真面目で仕事一筋なやつでな、そんなことに気付きもしない。しかもあの二人も人のことを気にしすぎるからアルマに遠慮する、片方がもう片方に遠慮する。そうやって一度も結ばれてないのに拗れていった。竜神の長たるヤズはともかく、アミシスはわざわざ計画のためにアカツキに喧嘩を売りに行った。そのお陰でブリューナクが都竜王になった。アルメールは陣取りに躍起になるほど視野の狭いやつとは思えんが、何かあるに違いない」

 ゼルとノウン、ルクレツィアは合点がいったように頷く。

「済まん、長話だったな。詔をくれてやろう」

 ホシヒメの籠手に紋章が刻み込まれる。

「さあ行け。帝都アルメールへ。そこにブリューナクもいる」

「っていうことは、水の都は通りすぎていいと」

 ノウンが呟く。

「その通りだ。そう時間もかかるまい」

「ありがとうございました」

 ホシヒメがそう言うと、一行は踵を返し、出ていった。

「正確に言えば、お前たちには私の計画もわからんだろうがね」

 エリファスは微睡んだ。


 帝都アルメール 行政区・執務室

 アルメールの座するデスクの前の黒いソファに、ブリューナクは顰めっ面で座り、対するゼロは急に立ち上がる。

「やつが来る」

 すぐに動こうとするゼロを、アルメールは制止する。

「やめたまえ、ゼロ。ここに皇女が来れば必ずアカツキが来る。その時こそ、この世界は審判の時を迎える。どうだ、君自身が望むことは決まったか」

「力をただ求める、それだけです」

「そうだ。それに純粋にいていいのだ。俺たちは所詮、王龍ボーラスによって、真竜の抽出が終わるまでの管理を任されただけの泥人形。だが、もし泥人形が本当の命を持つのなら、その可能性は君か皇女しかいない」

「……。アルメール様、あなたは何が望みなのです。俺は自分のために、ブリューナクはあなたのために、ではあなたは誰のために」

 アルメールは微笑を消し、真顔になる。それに気圧されて、ゼロは座る。

「そう言えば、今日は夜から雨が降るらしいぞ」

 アルメールの言葉だけが響き、そして静まり返る。


 帝都アルメール 地上エレベーター

 陽が傾き、黄昏が始まるとともに鉛色の雲の群れが反対に見える。

「なんかやな天気だねー」

「ああ、雨が降りそうだな」

 ガラス張りのチューブに入ると、足元のプレートがゆるりと上昇を始める。

「ブリューナクも居るっちゅうことは、今回は二回も都竜神クラスのやつと戦わないかんのか」

「あとはゼロもね。エターナルオリジンの戦いだけで満足しているとは思えない。ホシヒメの負担を考えれば、ブリューナクだけでも僕たちで仕留めたいところだよ」

 ルクレツィアとノウンの会話に、ホシヒメが割り込む。

「ほんと!?」

 その勢いにノウンはたじろぐ。

「う、うん」

「悔しいけどな、ゼロ兄の視界にはアンタしか映っとらん。ウチのことは自分の後を追う小娘としか見とらんからな」

「よーし、じゃあルクレツィアの分もゼロ君をぶん殴ってくるから!」

 ゼルとネロも加わる。

「だがよ、前座みてえな扱いしてるが、ブリューナクも都竜王に抜擢されるほどのやつだ。その上でアルメールと戦うってのは、流石に厳しくねえか?」

「俺もネロと同意見だ。今さらどうにもできんが、ブリューナクとの戦いはちゃんと考えてやらないとな」

 エレベーターは速度を上げていく。


 帝都アルメール 国境区画

 エレベーターの扉が開くと、朱色の構造物で作られた大量のビルが立ち並ぶ場所へ出た。政府首都と同じようなアスファルトの道路には、帝都の兵士が一列に並び、バリケードや戦車、装甲車が配備されていた。一行は身構えるが、奥から一人の男が出てきたために構えを解く。

「よく来たな、竜神種」

 ブリューナクは初めて会ったときのスーツ姿とは違う、甲冑に身を包んでいる。

「どうせどこかで野垂れ死んでいるだろうと思っていたが、まさかここまで来るとはな」

 わざとらしく手を握り、そして開く。

「だがもういい。お前たちはよく頑張った。ここで死ね」

 と、ブリューナクが闘気を発そうとした瞬間、後ろからもう一人、見覚えのある竜王種が現れる。

「ブリューナク。他の四人はどうなろうと知らんが、クラエスだけは俺が倒す」

 ゼロはホシヒメへ視線をやると、顎で促す。ホシヒメが仲間の方を見ると、みんなが頷く。ホシヒメははにかみで返し、既に踵を返していたゼロについていく。

「ちっ、マセガキが……まあいい。お前たちの相手はこの俺だ」

 ブリューナクが闘気を発し、四人は構え、後ろの兵士たちも銃を構える。

「水都竜王ブリューナク、いざ参る!」


 ホシヒメはゼロの後をついていくが、その道の左右にはエターナルオリジンの時のように大量の竜王種がきちんと整列している。区画の端まで来ると、中央に聳える行政区から大橋が展開される。

「クラエス」

「ほへ?」

 急に呼ばれてホシヒメはすっとんきょうな声を出す。

「アルマを説き伏せたと聞いたが、それは本当か」

「え。まあ、説き伏せたってより、友達になった?」

「そうか。貴様ならそうすると思っていた。俺はあの戦いのあと、ずっと考えていた。貴様に対するこの思いは何なのか」

 ゼロは橋の中央で立ち止まり、夕日を背に受けて雨雲を眺める。ホシヒメもその横に立つ。

「俺は戦う意味を持たなかった。ただ貴様へのこの思いと、アルマへの憎しみとをない交ぜにして、叩きつけるだけだった。だが貴様に会って、俺の心は変わった」

 ゼロはホシヒメの方へ向き直る。

「決着の時だ、クラエス。貴様は力と理想とを欲しているのかも知れないが、俺はただ、力を求める」

 ゼロがホシヒメから離れる。そして、橋が変形し、浮かぶ円盤と化す。

「おっけー。君がそれを望むなら、付き合い続けるよ。君のその望みが叶うまで、ずっとね!」

 両者が構える。俄に水滴が空から滑り落ち始めるのを合図に、空間の歪みが虚空を裂き穿つ。流れるように回避し、そのまま足から水を湧き出し滑る。雷を纏って空中を蹴り、ゼロへ拳を届かせる。当然のように右腕で弾かれ、反撃の一太刀をぎりぎりで凌ぐ。

「ふん、やはり力任せか」

「いいや、ちゃんと掠め手だってあるんだから!」

 ホシヒメは竜闘気を放つ。

「ほう、それを掠め手というか。貴様らしい」

「ありがとねっ!」

 竜闘気のパワーに任せたパンチを放ち、その一撃をゼロが先程のように防ぐが、僅かに身を崩したために反撃は難なくホシヒメに防がれる。しかし、重ねて放つ空間の歪みに吹き飛ばされ、竜闘気の鎧を無数の刃が音を立てて掠めていく。ホシヒメは空中で姿勢制御をし、続けて発射される空間の歪みを拳で往なす。

「バカな、そんなことが出来るのか、貴様!」

「えっへん!やっと驚かせたね、ラッキー!」

 意表を突かれたが、ゼロは冷静に蹴りを弾き、刀ではなく拳でホシヒメを殴り飛ばす。

「うぇっぷ……今のは効いたよ、ゼロ君」

「ふん、バカめ。貴様に遅れを取るほど落ちぶれてはいない。だが、たった数日でそこまでの隠し玉を用意できるとは予想外だった。故に、俺も本気を出す!」

 ゼロが四枚の翼を展開する。そして、翼は先端に配された掌を開く。

「来るぞ」

「うん、わかってるよ」

 先程まで小雨だったが、いよいよ雨粒が大きくなり、更には行政区を照らすサーチライトで、視界が途端に騒がしくなる。

「えへへ、雨の日に外に居るなんて、なんか悪いことしてるみたいだよね!」

「知らん。そんなことに同意を求めるな」

 ゼロは光の剣を自分の周囲に回転させつつ配し、同時にホシヒメへ発射していく。雨とともに光の剣はホシヒメへ向かうが、それは竜闘気で撃ち落とされる。

「そんな豪華な武器、雨に紛れさせてもバレバレだよ!」

「なるほどな、いいだろう」

 ゼロが身を引き、空間の歪みを連射する。そして刀から単純な真空刃を放ち、純粋に空間を引き裂いて繋げる。

「これはっ……!」

 ホシヒメは意図に気付いたが、間に合わずに一つの歪みに激突する。今までの真空刃ではなく、先程の光の剣がホシヒメに次々と突き刺さる。吹っ飛ばされ、痺れたように動けないホシヒメの胸に、ゼロは刀を突き刺そうと肉薄する。が、竜闘気を噴出させて光の剣を砕き、間近で構えられた刀を弾き、拳を腹に叩き込む。反撃で刀が腹に突き刺さるが、ホシヒメは躊躇なく引き抜いてゼロへ刺し返す。ゼロもまた躊躇なく刀を抜き、距離を取る。

「焦るのはよくないよ、ゼロ君」

「勝ちを狙いに行ったと言え、愚図が」

 ホシヒメもゼロも、雨に打たれながら笑っていた。

「まだあるんでしょ、君の隠し技」

「まだあるんだろ、貴様の新技」

 二人は同時に言い合った。

「えへへ」

「ふん」

 ゼロはふっと力むと、自分の分身を二つ生み出す。

「おお!ゼロ君が三人!ルクレツィアに一人あげたい!」

「あいつでは相手にならん。戯れ言を言うな」

 ゼロが身を引き空間の歪みを放つと、遅れて分身も同じ動きをする。その後、三つの影はそれぞれ縦横無尽に暴れだす。

「へへへ……やっぱ君はすごいや。でもね!」

 ホシヒメは拳を握り締め、それを雨で濡れたステージに叩きつける。ゼロの分身の内の一体が放つ空間の歪みの前に水の壁が浮き上がり、それを打ち消す。頭上から来たもう一体の攻撃も水壁が凌ぎ、背後から来た本体の刀を受け止める。

「まさか水都竜神アミシスの力か」

「うーん、よくわかんない!」

「これが貴様以外ならハッタリを疑うが、貴様にハッタリは一生無理そうだ」

「そお?嬉しいなあ、それだけ正直ってことだよね!」

「間抜けの間違いだ」

 ゼロの翼が拳を放ち、ホシヒメは海老反りになる。もう一枚が足を掴んで組み伏せるが、それを振り解いてゼロの首に足を絡ませ、バック転しながら放り投げ、突っ込んできた分身の一体目を頭突きで怯ませ、掌底から竜闘気を炸裂させて破壊する。分身と本体が同時に放つ攻撃を躱し、二体目の分身へ攻撃しようとしたとき、気配に気付いて身を引く。大量の光の剣が降り注いだ後、分身が追撃を放つ。それを水壁で往なし、その影から分身を手刀で粉砕する。と同時に、ホシヒメの視界が切り刻まれ、凄まじい手数の斬擊を喰らう。

「人形遊びにいつまでかまけている。それは俺の質量を持った残像、砕こうがどうしようが闘気が続く限りいくらでも出せる」

「でもさ、闘気って瞬間的なパワーを生み出すものだから、足りなくなったらゼロ君の得意な高速バトルができなくなるよ」

「そういうところが間抜けだ」

 ゼロは抜刀しつつ突進し、そのまま切り上げながら空中に留まり、空間の歪みを幾つも放つ。

「(ゼロ君の言った通り、さっきはあんまりにも分身の方に集中しすぎてあの大技を受けちゃったし……今度こそ、あの技を真正面から受け切る!)」

 竜闘気を纏った拳で空間の歪みを弾き飛ばしながら、高速移動を繰り返すゼロへ少しずつ間合いを詰めていく。対するゼロも歪みを放ちつつもホシヒメに接近しては鋭い一撃を放ち続ける。やがて歪みが許容量を越え、巨大な空間の歪みを作り上げる。

「覚悟はいいかッ!」

「もちろんおっけー!やっぱ君もめちゃくちゃ正直者じゃん!ちゃんと律儀にその技撃ってくれるんだからさ!」

 空間の中を真空刃が暴れ狂い、ホシヒメをもはや目測不能な速度で切り付ける。そしてゼロは刀を右腕に納め―――るところでホシヒメに首を掴まれ、思いっきり叩きつけられる。

「勝負あったねっ!」

「くっ……ああ、そうだ。貴様の勝ちだ」

 ホシヒメは片膝を付いて立ち上がるゼロに、手を差し伸べる。

「なんだ、この手は」

「え、何って、普通に?」

「自分で立てる」

 ホシヒメは強引にゼロの手を自分の手と組ませる。

「じゃあこれは握手だよ。お互いの健闘を称えてーって」

 ゼロはその手をすぐに振りほどく。そしてばつが悪そうに呟く。

「貴様といると調子が狂う」

 それを聞いて、ホシヒメはにこりと微笑む。

「えへへ、褒め言葉だよ?」


 同時刻、帝都アルメール フロントエリア

「水都竜王ブリューナク、いざ参る!」

 ブリューナクが氷剣を生み出し、突進する。その速度はゼロにも勝るとも劣らない速度で、ルクレツィアが咄嗟に前に出て防がなければゼルに氷剣が直撃していた。後方の兵士もブリューナクに少し遅れてアサルトライフルやスナイパーライフル、更には戦車主砲や装甲車のミニガンで攻撃してくる。ネロが雷で銃弾のベクトルを変え、砲撃はノウンが防ぐ。ゼルがブリューナクの氷剣を弾き飛ばし、ルクレツィアの一閃がブリューナクを後退させる。

「ゼル!こっちは僕たちが片付ける!」

「ルー!てめえはそいつを殺れ!」

 二人の声に、ゼルたちはそちらを向かずにブリューナクへの追撃を開始する。

「ほう、どちらも中々やる」

 ブリューナクは氷剣を両手に持ち、二人を同時に受け止める。すぐにルクレツィアの方の氷剣を砕き、氷の壁へと変える。ゼルへ蹴り入れ、怯んだところを切り上げる。鼻先を掠め、ゼルの反撃をタックルしつつ避ける。氷を割って出てきたルクレツィアを2本目の氷剣を再び作り出して阻み、背後から来たゼルの攻撃も受け止める。が、ルクレツィアが一気に身を引き、抜刀の勢いで雷を放ち、ゼルの蹴りを喰らって姿勢を崩したところにそれは直撃する。ブリューナクは直ぐに姿勢を戻し、平然と立ち上がる。

「ウチら二人を同時に相手できるっちゃあ、中々やな」

「ああ、混乱した事態の中で、都竜王に抜擢されるだけはあるな」

 二人と視線を交わし、ブリューナクは氷剣を再び生み出す。

「竜神種は生きてはならん。皇女の恩赦など、死んでもさせるものか」

 それを聞いて、ルクレツィアが鼻で笑う。

「やっぱし、アルメールは元から恩赦する気なんて無かったんやな」

「そのようだ。だがブリューナク。今の俺たちには恩赦はゴールじゃない。お前は俺たちにとって、通過点でしかない」

 自分に向けられたガンブレードと刀を見て、ブリューナクは狂ったように笑う。

「やはり竜神種は滅びねばならん。骨の髄まで凍り付かしてやろう!」

 ブリューナクが身を屈め、一気に解き放つ。激流が流れ出し、それが瞬間的に凍り付く。

「卑小なる竜神種よ!我が吐息にて、氷像と化すがいい!」

 竜化したブリューナクは、高層ビル群に匹敵するほどの巨大さだった。

 凄まじい冷気で周囲は完全に凍りついており、ネロとノウンが戻ってくる。

「まさか自分の兵を犠牲にするとはね」

「だが好都合だぜ。鉛弾ってのは数が多くてめんどくせえ」

 ブリューナクの口が開く。絶大な冷気が零れ、それが光線のように放たれる。躱した四人の隙間を縫い、氷の吐息は帝都を凍りつかせる。ルクレツィアがビルを駆け上がり、ブリューナクへ突っ込む。ブリューナクの振るう腕を避け、竜化する。ルクレツィアの腕から結晶を纏った嵐が放たれるが、尾で一蹴される。他の三人も竜化し、狂乱したノウンが足の一撃を喰らわそうと突撃し、ブリューナクの爪の一撃とぶつかり合う。ネロの雷球とゼルの光弾がその間隙を縫うが、闘気に阻まれる。ルクレツィアは腕を肥大化させてノウンと競り合う腕を弾き、ノウンは後ろへ翻りながら翼から刺を放つ。ガスで加速した刺がブリューナクの長大な胴体へ刺さり、内部へ突入する。ゼルが錐揉み回転しつつ光を纏って滑空を当てようとするが、巨大な翼に阻まれる。間髪入れずにネロが雷の竜巻を三つ飛ばし、更にルクレツィアが火のブレスをその竜巻に加える。氷の吐息で難なく弾かれるが、次に飛んでいったノウンが揺れを起こすほどの勢いで地面へ足を突き立て、ブリューナクごとアスファルトを空中へ放り投げ、回転しながらそれを追撃する。ブリューナクの巨体が交差点に落下し、衝撃が道路に沿って進み、アスファルトを引き剥がす。

「小童どもが……調子に乗るなよ!」

 ブリューナクの姿は小さくなり、ほぼゼルたちと同サイズの竜へと変化した。

「体を縮めたか」

 ゼルの頷きに、ノウンが猛る。

「間違いねえ、体はコンパクトな方がエネルギーの効率がいいからな」

 ブリューナクは吠える。

「我が力、止めることなど出来はせぬ!」

 放った吐息は先程と違い冷気と呼べるものだったが、間もなく無数の氷塊が続々とゼルたちへ落下する。正面切って特攻するノウンをブリューナクは頭の一撃で怯ませ、首を掴んで叩き伏せる。もがくノウンへ、何度も爪の一撃を加えようとするが、薄皮を削ぐに留まる。そうしている内にルクレツィアが猛烈な速度で飛び込み、今度はブリューナクがマウントを取られる。しかし、マニュピレーターが生えた尻尾の先でルクレツィアを掴み、すぐに放り投げる。立ち上がったノウンを再び突き飛ばし、そしてネロのタックルでよろめく。続くネロの巻き付きを強引に振りほどき、ネロを氷塊へと変える。尻尾を氷塊へ突き刺し、上空から突っ込むゼルへの盾にし、ノウンに素早く冷気を吐きかけて動きが自由になるより早く氷塊を叩きつけて氷塊ごと吹き飛ばす。ノウンとネロは同時に吹っ飛び、気を失った。そこにルクレツィアが飛び込み、右腕による一閃、回転による尻尾での攻撃、そのままバック転して結晶を飛ばし、止めにブレスを放つが、全て容易にブリューナクに止められる。

「緩いぞ、最強の凶竜!」

 ブリューナクは叫ぶと、溜められていた莫大な冷気をルクレツィアに解き放つ。ビルとビルの間を封鎖するような巨大な氷塊になり、ブリューナクはそれを足場にビルの屋上へ向かう。ゼルが急襲し、変形させた顎の一撃でブリューナクを後退させる。

「確かにお前、強いな」

「当然だ、お前たちとは戦った時間も、何もかもが違う」

「だがな、俺たちはこれで突き進むのさ。完全に立ち止まる、その日までな」

「ならばここで朽ち果てよ、愚かなる竜神種!」

 ゼルが回転し、翼の一撃を据える。それを翼で防いだブリューナクは更に姿を変える。腕が人間と同じような関節の作りとなり、翼が肥大化し、遂に空中へ飛び立つ。ブリューナクの腕が伸びるが、ゼルは躱し、巧みな空中制御で先制の一撃を与える。ブリューナクは噛み付くように組み付き、間近で冷気を当てようとするも、ゼルも同じように光線を吐き出し、両者離れる。翼の一撃を弾かれ、尾から光線を放つも躱され、接近してきたブリューナクを光弾で迎撃する。その弾幕を越えて、ブリューナクは最大の冷気を放つ。そこに竜化したネロの背に竜化を解いて乗ったノウンが現れ、盾に変形した剣でそれを防ぐ。そしてブリューナクの背後からルクレツィアが現れ、尾を刀のように腕で絞って解き放ち、ブリューナクの片翼をもぐ。

「今や、ゼル!」

 その声に応えるようにゼルは飛び出し、ブリューナクへ翼の一撃を加え、全員がアスファルトへ降り立つ。凍っていた兵士たちや街は元に戻り、ブリューナクは竜化を解いて、元の竜人に戻っていた。ノウン以外の三人も竜化を解く。

「勝負あったな」

「くっ……力量に種族の差はない。見事だった」

 ブリューナクは立ち上がる。

「詔は皇女に渡せ。俺はアルメール様にお前たちと戦えとしか命じられていない。水の都の公務に戻らせてもらう」

 踵を返し去っていった。

「ホシヒメのところへ行くぞ」

 四人は大橋に向けて歩き始めた。


 帝都アルメール 行政区・大橋

 ホシヒメとゼロは、大橋を渡りきった行政区の入り口で佇んでいた。

「クラエス、傷薬の類いは要らんのか」

「え?ああ、いいよ。私バカだから傷なんてすぐ治るよ!」

「貴様は俺が渡したものしか身に付けない信念でもあるのか」

「へ?」

「貴様が着ている服、全て俺が送った記憶のあるものだが」

「そうなの?」

「ああ。部下が選んだものだからセンスはよくわからんが」

「えーっと、まあ服に興味とかないからねー」

「そうか」

 ゼロが視線を大橋へ戻すと、大雨の中を歩いてくる四人組が見える。

「来たぞ、貴様の仲間だ。ブリューナクを負かしたようだな」

 二人は四人と合流すると、行政区の中へ入っていく。


 帝都アルメール  行政区・内部

 ゼロが先導し、五人が後をついていく。

「ところでクラエス……に聞いてもわからんか。ルクレツィア。貴様らは凶竜の企みをどれだけ知っている」

「ウチらはなあ、メルギウスがパーシュパタの復活を狙っとること、アカツキが何かしらの使命に基づいて動いとることしか知らん」

「俺が知っている情報とほぼ変わらんか……まあいい、アルメール様が何をお話しになるのか気になるところだな」

 ゼロは赤い絨毯の敷かれた道へ折れ、真っ直ぐ進む。そして辿り着いた木の扉を押し開く。そこには他の都よりも落ち着いた空間が広がっており、椅子に座る男はアルマに良く似ていた。

「アルメール様、彼らは力を示した」

 ゼロを一瞥し、アルメールは話し出す。

「ブリューナクから聞いているとも。君たち、よく来たね。俺はアルメール。帝都の竜神だ。君たちは竜神の都の襲撃からここまで、よく戦い、よく悩んできた。いいことだ。思春期の苦悩は、未来へ羽ばたく翼に変わるからな」

「くっさいセリフやなあ」

 ルクレツィアの大きい独り言に微笑んで、アルメールは立ち上がる。

「さあ、そこに座るといい」

 ソファへ座るように促し、全員が座ったのを見て再び口を開く。

「よくぞ俺の課した恩赦の条件を満たした。褒美に話をしてやろう」

 アルメールはわざとらしく咳を一つし、椅子に座る。

「竜神の都が襲撃される少し前、俺たちはこの世界に対する次元的干渉を確認した。それは本来、古代世界と呼ばれる世界からゼフィルス・ナーデルという存在を転送するための異次元ロードのはずだった。だがしかし、途中で思わぬ事故が起きたのだろう、ゼフィルス本体は来ず、その因果だけが凶竜の都に流れ着いた。と同時に、アカツキが竜神の都へ向け飛翔を始めた。そこで俺はアルマに計画の実行を唆した。俺はアカツキの襲撃と共に、竜王種を送り込み、ホシヒメにアカツキの罪を擦り付ける。アルマはそれを大々的に発表し、ホシヒメに恩赦の試練を課す。まあアルマは、君の中に眠っているはずだった九竜の力でChaos社を討とうとしていたようだが……この計画の焦点は君がChaos社を討つ力を覚醒するかどうかではない。世界の輪廻を食い破る最後の戦いへの準備が完了するかどうかだ」

 それを聞いて、当然の疑問をホシヒメが投げ掛ける。

「最後の戦いってなんですか」

「我々には想像もつかない、究極至極の決戦だよ。この世界、この時間だけではない、全ての存在の、全てをかけた戦いさ。戦いには、ふさわしい舞台が必要だ。そのふさわしい舞台を作るには、始源世界への接続を確保する必要がある。そこでこの世界の全てをかけて、その次元門を抉じ開けるのだよ」

 ゼロも含めた全員がポカンとしていた。

「ははは。今は気にしなくていい。今重要なのは、皇女、君に擦り付けられた罪が許されるかどうか、そしてパーシュパタの復活を止め、アカツキと―――友達になれるかどうかだろ?」

 アルメールは立ち上がる。

「さて、来たまえ。戦場の質で弟に負けるわけにはいかんしな」

 六人は立ち上がり、アルメールについていく。ある扉で立ち止まり、アルメールが液晶に顔を近づける。すると、緑色の光が目を読み取り、扉が開く。そこには円盤二枚が上下に据えられた、謎の装置があった。

「アルメール様、これは」

「うむ。ゼロ、君には話していなかったな。これは正史のChaos社で使われている転送装置さ」

「転送……装置?」

「これでエターナルオリジンへ行こう」

「そんなことができるのですか!?」

「百聞は一見にしかずだ。乗りたまえよ」

 七人は転送装置へ乗り込むと、光に包まれる。そして景色が元に戻る。


 エターナルオリジン

「ん?さっさと同じ?」

 ホシヒメの呟きに、アルメールは答える。

「外に出ればわかるさ」

 その言葉を聞いて、ホシヒメは外に出ると、そこは巨大な塔の麓の瓦礫の山だった。

「ここは……」

 ゼロが反応する。

「そうだね、私とゼロ君が戦ったところ!」

 ホシヒメの笑顔に、ゼロは苦笑いする。

「さて、ここなら気楽に戦える」

 アルメールは傍にあった瓦礫の山に腰かける。

「ゼロ、君も構えたまえ。敵として戦うだけではわからんこともあるだろうからな」

 ゼロはためらわずに腕から刀を抜く。

「クラエス、そういうことだ。俺も共に戦う」

 ホシヒメはその提案に満面の笑みを零す。

「もっちろん大歓迎だよ!」

 その二人の様を見て、アルメールは竜化する。が、その姿は他の竜化した竜神種とは大きく異なり、アルメールの人としての姿にそのまま竜の外殻を貼り付けたようになっている。

「さて、戯れよう。俺の持つ意味と、君たちが持つ意味。それをクロスワードのように、型にはめて交差させるんだ」

 アルメールは座ったままだ。

「舐めやがって……行くぜ!」

 ネロが飛び出す。が、それをゼロが裏拳で止める。

「ってえな、何しやがる!」

「愚図が。考えなしに突っ込んでどうする。座ったまま動かないのは何かあるに違いない」

 ゼロは空間の歪みを飛ばす。それはアルメールの眼前で無数の炎に撃ち落とされる。

「炎だと?」

 ゼルが訝しむ。

「怨愛の炎。心の炎だよ、少年。本来、火というものに熱量はない。火に熱量を与えるのは、それを熱いと思う心。心火というだろう。つまりはそういうことだ」

 アルメールはそう述べると、右手の人差し指をピンとゼロへ向ける。すると地面を引き裂いて炎が走る。

「ルクレツィア、ゼル、ノウン!貴様らは次に何をすべきかわかるな!?」

 ゼロの一喝に、ノウンがまず先頭に立ち、アルメールへ進む。

「ゼロ。それでは余りに教科書通り過ぎるな」

「何を……ん!?」

 ノウンたちとは別に、突っ込む一つの影がある。

「クラエス……!ちっ、だがそいつはあなたの想像をも越えたアホだ!あなたとて片手間に片付けられる女ではない!」

「そのとーり!」

 ホシヒメの拳をアルメールは受け止める。そこに辿り着いたルクレツィアとゼルも加わり、一撃を加える。しかし、アルメールの体は炎となって消え、三人の後ろにいた。

「なっ……」

 ゼルの感嘆の声と同時にルクレツィアが高速の抜刀を行い、躱したところを空間の歪みがアルメールを切り裂く。炎の跡を追ってネロが槍を突き刺す。が、ネロは至近距離で裏拳を喰らい、接近したゼロの一太刀は躱され刀を象った炎で打ち合う。

「アルメール様、あなたは一体何者なんだ!」

「俺か?俺は帝都竜神だ。知っているだろう」

「なるほどそうやってはぐらかすのなら……」

 ゼロが炎を弾き、空間の歪みを飛ばす。アルメールが炎となって躱すが、再び出現したところでルクレツィアの抜刀がネロの雷を受けて超高速で放たれる。

「なるほどな」

 アルメールの体には一文字の切創が付けられていた。ルクレツィアの追撃から瞬時に逃げ、ゼロの空間の歪みを躱し、ゼルとホシヒメの攻撃を受け流す。そして再び瓦礫の山に座る。

「わかった。君たちは中々いい腕をしているようだ。伊達に詔を集めてきたわけではないな。ならば、俺も本気じゃないと失礼だな」

 アルメールは力を溜め、上体を反らして解き放つ。その体は自然と中に浮き、炎の翼が四枚生えて、炎の剣を携えている。

「(だが、流石に全力全開というわけにはいかない。俺の役目も、君たちの役目も、この世界の役目も、ここで終わりではないのでな)」

 アルメールは背に手に持つ剣よりも細身の炎の剣を五本生み出す。

「これがアルメール様の全力かッ!?」

 戦くゼロの肩を、ホシヒメがポンと叩く。

「怖じ気づくことなんてないよ、ゼロくん。だってほら、想像をも越えたアホがここにいるんだよ?」

「そうだな、忘れていた」

 ネロも前に出る。

「俺を殴ったくせにビビるなよ、坊主」

「放蕩男に言われたくはない」

「んだと!」

「こほん」

 アルメールが大きめのわざとらしい咳をし、ゼルとノウンが二人を止める。

「うむ、ありがとう君たち。では始めようか、ホシヒメ」

 炎の翼をはためかせ、アルメールは斬擊を加える。それをゼロが受け止め、ホシヒメが反撃を繰り出す。アルメールの細剣が迎撃しようとしたとき、ホシヒメの右拳と打ち合ったことで強烈な光が生まれる。アルメールは壊れた機械のように全く同じ姿勢だが、ホシヒメを含め周りは皆怯んでいた。ホシヒメの右手の紋章は、赤く輝いている。そしてアルメールの炎が吸い込まれ、ホシヒメの右手に収まる。

「おめでとう、皇女」

 アルメールはパチパチと手を叩く。

「俺がすべきことは終わった」

「え?はい?何がどうなって……」

「君のその右手こそ、この戦いの証さ」

 ホシヒメは自分の右腕を見て、そして驚く。

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 右腕は竜化しており、淡く赤い光を灯していた。

「それこそが俺の真の狙いだよ、ホシヒメ。君の右腕は、今全ての都竜王と都竜神の力を手にした。残滓と言えど、パーシュパタを止めるには十分すぎるだろう」

 いきなり過ぎる展開に、ルクレツィアが割り込む。

「ちょい待ち。アルメール、アンタは最後の戦いのためにこれがあるっちゅうたな」

「そうだな」

「パーシュパタを止めることと、これがなんの関係があるんや」

「こちらにはこちらの都合があるのだよ、ルクレツィア。君たちと俺の目的は今一致しているだろう?おっと」

 アルメールはデバイスを取り出して、通話をする。そしてデバイスを懐に納め、ホシヒメたちの方を向く。

「アカツキが来た。君の命を拐いに」

 ホシヒメは生唾を飲む。

「まだ君たちにとって謎が多いだろうが、現実は謎の解明を待ってはくれないからね。先に進みたまえ。ゼロ、俺は後で戻る。君は彼女たちを連れてアカツキの迎撃に向かうのだ」

 ゼロは頷き、一行はワープ装置の方へ戻っていく。


 帝都アルメール 行政区

 ワープ装置の部屋から出るとすぐ、全員で駆け出す。正面の門から出て、激しい雨の中を大橋の中央まで駆ける。


 帝都アルメール 行政区・大橋

 先程ゼロとホシヒメが死闘を演じた橋の中央に、高速で巨大な氷塊が落下し、それを内部から粉砕して一人の少女が現れる。

「アカツキ!」

 ホシヒメの声に、アカツキは鋭敏に反応する。

「ふん、生きていたか、皇女」

 ホットパンツの解れた糸を引き千切り、アカツキは口角を釣り上げ殺意を漏らす。

「竜の力を全て宿した貴様を、Chaos社へと届ける。それが俺の使命だ。そして今、貴様は俺の使命の糧となるに相応しい力を得た」

 ホシヒメはやれやれという風に手を上げ首を振る。

「愚弄する気か」

「いやいや。君もパーシュパタも、友達になったら楽しそうだなって!」

 アカツキは理解が追い付いていないようだったが、少しして爆笑する。

「ふん、貴様と友になるだと?ヤズもそんなことを言っていたが、断言してやる。そんなことは、万が一にもない」

「ふっふーん。ゼロくんだって私に負けたんだから、前回引き分けだった君に負けるわけないよ!それに……私怨じゃない、本当の心で君と戦いたいしね!ということでみんな、雨が降んないところで見ててよ!」

 その提案に、全員が頷く。

「ホシヒメ。お前に全てを押し付けたような形になっているが」

 ゼルが拳をホシヒメへ向ける。

「大丈夫だよゼル。みんなの思いを背負っているからこそ、私は強くなれたんだから」

 ゼルの拳と自身の拳を突き合わせ、ホシヒメはアカツキへ向き直る。

「行くよ、乾坤一擲!」

「俺の使命の糧となるがいい、ホシヒメ!」

 二人が夜雨の中を跳ぶ。互いに竜闘気を放ち、拳が交差する。

「隙ありィ!」

 右腕でアカツキの足を掴み、抱え込むと、そのまま落下して大橋に叩きつける。アカツキは掴まれた足で蹴り上げ、ホシヒメを放り投げる。瞬間移動をし、手刀を突き立てる。左手でそれは止められ、右腕で頭を掴まれ再び地面に叩きつけられる。両足を揃えて蹴りをホシヒメにぶつけ、アカツキは立て直す。

「その右腕……」

「それだけじゃないよ。この籠手も、その下に付けてる手袋も、この服も、竜闘気も。全部誰かの思いを受けて、私の体が答えた力」

「所詮他人に頼るしかできん軟弱者なだけだろうが」

「そうなのかもしれないね。でもさ、単純に一人より二人の方が人数が多いじゃん!」

「貴様のような塵の放つ能天気な笑顔が死ぬほどむかつくんだよ!」

 アカツキは急接近してラッシュを放つ。

「お!あの時と同じだね!」

 ホシヒメは笑顔で同じ速度のラッシュを打って応戦する。

「ちっ、舐めるな!」

 鋭いアッパーを余裕で躱し、ホシヒメはノリノリで反撃をぶちかます。

「フゥ~!」

 怯むアカツキに連続で裏拳をぶつけ、ラリアットで大きく後退させ、ドロップキックで突き飛ばす。

「クソが……!」

 アカツキの両腕が凍り付き、強烈な冷気を放つ。土砂降りの雨は次第に猛烈な吹雪へと変わる。

「ははぁ、いいねえ、雪だよ、雪!」

「いい加減黙れ!」

 アカツキの氷を纏った拳を右腕で受け止める。

「いいや黙んないよ。君がもっと心を全開にしてくれるまでね!」

 右腕を押し退け、掌底を放ち氷の爆発がホシヒメを吹き飛ばし、アカツキは逃さず落下点にスライディングで蹴りを放つ。

「そうそう、そういうことだよ!殺意でも怒りでもいい、思いを全部ぶつけてよ!」

 ホシヒメは空中で姿勢を制御し、アカツキと拳をぶつけ合う。

「ふざけるな!戦いは会話ではない!」

「いいや、私たちが闘気これを使って戦う限り、心の動きこそが全てなんだよ!」

 アカツキの拳を弾き、右腕でその腕を掴んで放り投げる。空中でアカツキは反転し、手から突風を放つ。

「おお!やっと出たね、新しい技!なら私も、さっき思い付いたことをやっちゃうから!」

 ホシヒメはゼロのように構え、竜闘気で生み出した刀を放つ。斬擊が風を引き裂き、アカツキはガードする。ついでに刀も投げて、そちらは雷で落とされる。

「下らんことを……!」

「いいね、もっと全力で戦おうよ!」

 強大な冷気が爆ぜると、アカツキはホシヒメの眼前に現れ、猛ラッシュでホシヒメを殴り倒す。

「この程度は百も承知ってね!」

 倒れる動作でテイクバックを取り、一気に戻して頭突きで迎撃し、右腕から拳状の竜闘気を放ちアカツキは吹っ飛ぶ。

「ささ、もっともっと!」

「そんなに見たいのなら見せてやる、俺の全力を!」

 完全に怒りで狂ったアカツキは竜化し、その三つ首の威容を現出させる。

「オーケーオーケー!私だって、空を飛べるんだから!」

 ホシヒメの右手が光り、凄まじい光が彼女を覆っていく。

「この瞬間を輝かせるために!」

 そして一対の翼と腕を持つ、金銀入り交じる神々しい竜が現れる。

「消えろ!」

 アカツキは爆風を右の首から放ち、ホシヒメは赫焉なる光を放つ。左の首も雷を放ち、中央の首が氷を放つ。直撃点で爆裂し、ホシヒメがマウントを取り、長大な下半身をアカツキの三つ首を纏めて締め上げ、大橋に叩き付ける。そして背中に反って帝都の空中建造物に放り投げ、アカツキは巧みな空中制御で立て直し、明らかに不自然な風を翼が孕んで高度を上げる。そして尻尾が炎を纏って展開され、三ツ又の刃がホシヒメへ放たれる。体の細さに対して大きめのホシヒメの腕がそれを受け止め、凄まじい激流がアカツキを押し潰す。が、それは巨大な氷塊となり、砕け散る。そしてその氷片が一気にホシヒメへ飛んでいく。翼の一撃でそれを一蹴し、闇の波動を放つ。それに紛れて刺さった光の剣が爆発する。

「ぐっ……竜化まで出来るようになっているとはな。貴様の力は想像以上のようだな」

「へっへん!私の強さを甘く見ちゃいけないよー!」

 ホシヒメの動作とは別に、光の剣はアカツキへ無尽蔵に降り注ぎ、アカツキの竜闘気に打ち消され続ける。

「そんな小雨で俺を倒せると思うな!」

「まあ期待しててよ。今に大雨にしてあげるから!」

 素早く肩を突き出したタックルを放ち、防御に入った左首を気絶させ、尻尾で牽制し合い、お互いに喉笛を狙って噛み付く。

「嵐擊!」

 アカツキの口許から風の爆弾が放たれ、強烈な衝撃でホシヒメを離す。

「爆雷!」

 右首から雷の刃が複数射出されて、ホシヒメの光の剣と激突する。

「刧火!」

「烈火!」

 そして両者同時に炎を放ち、吹雪が溶けて再び雨となる。

「く、くくく……」

「……?」

「時は来た!始祖凶竜の復活まで、あと少し!」

 アカツキは空中へ舞い、ホシヒメの方を向く。

「世界は混沌に包まれる。俺を倒したいなら、大灯台まで来るがいい!」

 そしてアカツキは飛び去っていった。ホシヒメは大橋へ戻り竜化を解く。そしてゼルたちの下へ戻る。


 帝都アルメール 行政区 テラス

 六人はテーブルを囲み、ソファに座っている。

「ねえゼル、大灯台ってなに?」

 ホシヒメの問いに、ゼルは首を横に振る。

「わからん」

「じゃあゼロ君は?」

 ゼロは少し考え、そして口を開く。

「大灯台と言えば、かつて水の都の傍にあったというアガスティアタワー。それを思い浮かべるが。ルクレツィア、貴様の方がこういうのは詳しいのではないのか」

 ゼロから話を振られると、ルクレツィアは顔を綻ばせる。

「せやなあ、氷結界の封印箱、あれの地下に大灯台は沈んでいるはずや。確かあれを解放するには、エウレカにある―――」

 そこでゼルが反応する。

「エウレカだと!?まさか、アカツキはそこに!?」

「まあ大灯台がーっちゅうならまず間違いないやろな。何をそんなに驚いとるんや」

「エウレカは俺の故郷だ。今回の恩赦の話にも出てこないくらい田舎だが」

 ゼロが立ち上がる。

「つまり次の目的地はエウレカということだな。エターナルオリジンから船で行くのが早い。だが貴様らは、今日だけでアルマ、エリファス、アルメールと、この世界の半分を横断している。いくらタフネスに自信があろうと、もう休んだ方がいい」

 ネロも同意する。

「同感だぜ。エターナルオリジンからここまでノンストップだったし、もう寝ようぜ」

「アルメール様のご厚意で部屋を用意してある。俺が案内しよう」

 ゼロの案内で、五人は部屋を出た。


 ???・終期次元領域

「ボーラスは目覚めていたが、あくまでも彼なりに加減して干渉していたようだな」

 狂竜王が隣のエメルの方を向く。

「ええ。まああの小娘は竜化すら出来ないようでは私たちの予想を越えるわけがありませんからね。妥当な判断だと思いますよ」

 と、背後から来る気配に二人は振り返る。そこには、先程戦っていたアルメールがいた。

「帝都竜神。よくぞ戻ってきた」

「我が王よ。やっとこの世界も大詰め、エリアル・フィーネのせいで色々と面倒でしたが、ようやく軌道修正が出来ました」

「うむ。して、来須から奈野花が貰った、あの―――」

「E-ウィルスでしょう。あれはもう既に、各都に仕込んであります。アカツキを追って彼女たちが着けば、それでこの世界は完成する。彼女の突破力なら、余裕を持って古代世界へ辿り着けるでしょう」

「そうか。友愛……愛が生命の叫びに勝てるか、見物だな」

 アルメールは礼をすると、反転して去っていく。

「エメル、そなたはどう思う」

「愛の方が強い、私はそう思いますよ。殺したいほど愛しいのと、憎いほど殺したいのが同時に存在するのなら、愛せば愛すほど憎むことができるでしょう?」

「……。そう言えばそうだったな、そなたは」

「はい。ああ、バロン……早くあなたにこの憎しみの全てを叩き付けたい……」

「バロンか。やつこそが最も重要な鍵であることに変わりはないが、だがまだ足りない」

「同感です。まだ彼は私の憎しみを受け止めるほどの形が出来ていない。もう一度この手でぶち殺される準備が出来ていませんからね。我慢、我慢です」

「行け、竜の姫。我が願いの礎となれ」

 二人は引き続き球体へ目を向けた。


 氷結界の封印箱

 アカツキがふらふらと入ってきて、メルギウスがそれを嘲笑する。

「笑うな、クズが」

「いや、思ったよりボロボロだと思ってねえ」

「あの小娘……俺たちの想定以上だ」

「Chaos社が何を考えてるのかはわかりませんが、私たちはただ一つ。始祖凶竜の完全なる復活を果たすだけですよ」

「そうだな……メルギウス。小難しいことは貴様に任せる」

「パーシュパタの復活時に全力を出すために、貴方はここで休んでおくといい。このすぐ地下は大灯台の頂上……そんなことは百も承知でしょうが、頂上で力を蓄え、解放されたパーシュパタと融合するのは重要なことですからね」

「では貴様がエウレカへ行くというのか」

「ええ。仮想立体映像で―――と行きたいところですが、エウレカは謎の空間。竜神種は住んでいますが、Chaos社曰く、シフルの濃度が極端に濃いとかで仮想立体映像の波長が乱れるとか」

「そうか。ならば言葉に免じて俺は地下に行く。……死ぬなよ。アルマは計画のあと二人を復活させようとしていたようだが……死者は蘇らない。同じ体に魂を込めても、それは魂が同じだけの別人だ。そいつ自身は蘇らない」

「それがホシヒメの半身であるあなたの見解ですか」

「ああ。尤も、もう片方のリータ・コルンツとやらがどんな考え方なのかは知らんが、そんなことは今は関係ない」

「そうですか。哲学の授業は全てが終わってから聞くとしましょう」

「待て、メルギウス」

 アカツキはメルギウスに自身の籠手を投げ渡す。

「これは?」

「そんな安物もう使わん。どこかへ捨ててこい」

 祭壇を片手間に粉砕し、アカツキは新しい籠手を付ける。

「俺にはこのタイラントフィストの方が合っている」

 メルギウスとアカツキは背を向け合って離れた。


 帝都アルメール 行政区

 雨雲は去り、夜を満天の星が彩っている。ゼロは一人、自室の窓から外を眺めていた。

「始祖凶竜か……おそらく、どれだけ早くエウレカに着こうとも封印の解放はもはや確実なことなのだろうが、それ以外にも感じるこの不穏な気配……」

 これから起こりうることを思い、ゼロは嘲笑する。

「そうだ。俺はホシヒメに勝つために、あらゆる力を飲み干す。そのためには……」

 ゼロは部下を一人呼び、小箱を手渡す。

「それをクラエスに渡せ。俺は出る」

 部下が深く礼をすると、ゼロはそのまま部屋を出た。


 翌朝 

 帝都アルメール 行政区 テラス

 五人は昨日と同じようにテーブルを囲んでいた。ホシヒメは先程受け取った小箱を開け、そこに入っていた破片を取り出す。

「なんだそれは」

 ゼルが尋ねる。

「んーとね、おばあちゃんの気配を感じる……かな?あ、手紙が付いてる。何々……『クラエス・ホシヒメ様へ 皇女殿下、ご機嫌麗しゅう。拙い文章で大変申し訳なく思いますが、どうかご容赦を。貴殿がエウレカへ行き、凶竜の野望と戦う間、私は貴殿のように各地を巡ろうと思う。無断で去る非礼の代わりに、竜神の長の鱗を貴殿に渡す。では、次は大灯台の頂上にて 帝都アルメール 軍事最高顧問 ゼロ』だってさ」

 ホシヒメ以外の全員がしみじみと頷く。

「みんなどうしたの」

 その疑問に、全員が同時に答える。

「ホシヒメと同い年とは思えないほどしっかりしてるからびっくりした」

 数秒の沈黙の後、ホシヒメが口を開く。

「ひどくない!?」

「まあ、常日頃が余りにもフレンドリー過ぎやからな、アンタは」

「ま、まあともかく!このおばあちゃんの鱗、私の右腕に入んないかなあ?」

 と、何気なくホシヒメが右手に鱗を近づける。すると、直ぐに鱗は飲み込まれた。

「お、吸い込んだ」

 ネロの呟きと共に、ホシヒメは右手を開いたり握ったりしている。

「よくわかんないけど、ゼロくんとおばあちゃんの思いも私の中に入ったってことだよね!よーし、すぐエウレカに行こうよ!」

 ホシヒメはノウンの方を向く。

「うん。エウレカは遠い。早く出るに越したことはないよ。ゼロのお陰で休めたしね」

「おおっ、そうとなれば!?」

「さっきゼロの部下の人に言われたけど、エターナルオリジンへのワープ装置を自由に使っていいらしいよ。そこに船も用意されてるらしい」

 その話題にルクレツィアが乗る。

「せや、ゼロ兄がウチの船を動かしてくれたらしいわ。ウチにはなんも言ってくれんかったけどな」

「いよっし、じゃあ早速ゴー!」


 凶竜の都

 ゼロは門の前で深呼吸し、闘気を発して門を破壊する。石畳を進み、階段を上がっていく。


 凶竜の都・社

 そして祠を一刀両断し、フィロアを引きずり出す。フィロアは実体を発生させ、吼える。

「何のつもりだ、皇子」

「俺の糧になれ。もはやこの世界の崩壊は止まらない。消えて無くなる前に、俺がクラエスを討つための力にする」

「……」

「貴様は知っているのだろう、全てを。アルメール様と仲がいい上、実力を持ちながらアカツキの尻拭いしかしてこなかった。権力に興味が無いことを、善意で説明できるほどの時間は凶竜にはない」

「話すことはない」

「ならば消えろ、俺に力を奪われてな」

 フィロアは冷気を放ち、ゼロを氷漬けにし、間髪入れずに炎を放つ。

「もはや都竜神も都竜王も、俺の敵ではない」

 ゼロは全くダメージを受けておらず、その様にフィロアは少しだけ怯む。

「メルギウスを通して帝都での戦いを見ていたが、お前はそこまでの強さは持っていなかったはずだ。たった一日でこれほど……」

「力だ。闘気の強さは、それを操る者の意思の強さに依る。俺はクラエスに負けて、初めて知った。敗北の恐れを。そして、悔恨を。俺は二度と負けない。そのために、絶対的な力を手に入れる!その意思が、俺の闘気を強くした」

「だがそれは竜闘気……竜王種が出せるはずはない!」

「そうだ。これは竜闘気ではない。俺の命をより激しく燃やし、闘気の出力を上げているのだ。これは言うなれば、俺の生命力そのもの。力を得るためなら、どんな犠牲だろうが払う。自分の命でも、この世界でもな」

 フィロアは諦めたように俯く。

「良かろう。それがお前の思いなのだな」

「ああ」

「では、我が力を持っていけ。お前の懸念通り、この世界は瓦解する。Chaos社の生物兵器、E-ウィルスによってな」

「それは、どんなものだ」

「生体に感染すると、それを醜悪な餓鬼へと変える破滅の兵器だ。メルギウスがChaos社と手を組んだとき手渡された」

「なるほどな」

「パーシュパタとホシヒメが激突するエネルギーで大灯台の上空に次元門を開き、メルギウスたちだけを古代世界へ転移、この世界全てを実験場にしてしまうつもりらしい」

「それで」

「もう話すことはない。お前は誰のどんな陰謀があろうが自分の好きなように動くのだろう?」

 ゼロはフィロアを一太刀で霧散させ、その粒子を全て体に取り込んだ。

「その通りだ、フィロア。この世界の全てが餓鬼に変わるのなら、俺がその餓鬼を全員切り殺してやろう」

 刀を納めると、ゼロは空を見る。太陽は丁度真上にある。

「昼か。もうエウレカに着いている頃だろうが……俺はブリューナクへ向かわせてもらう」

 ゼロは反転し、前だけを見て去っていった。


 久遠の砂漠

 ホシヒメたちは船から降り、その砂漠に降り立つ。

「どうなってんだ?なんで海に面してるのにこんなに荒れてやがる」

 ネロの問いに、ゼルが答える。

「この土地は、全体が闘気と同じ成分で覆われているらしい。あくまでも伝承の中でだが、ヴァーミリオンという海軍がある程度には元々海に囲まれていたらしい」

「ゼル、これからの道のりは?」

 ノウンが加わる。

「ああ。真っ直ぐに進めばいずれ見えてくるはずだ。大分歩くことになるけどな」

 そう言って、ゼルは歩き出す。他の四人もそれに従った。

 しばらく歩くと、突如として地鳴りが起こり、一行の目の前に超巨大な蛇のような竜が現れる。

「止まれぃ、若造ども」

 その声に、ゼルが前へ出る。

「クオン様、俺です。ゼルです」

「ん?おお、ゼルではないか。どうしてここにおる」

「クオン様もご存じでしょう、竜神の都が襲撃された事件」

「うむ、竜神の皇女が竜王種に与したという誤報があったあれだろう。真犯人は凶竜の長のアカツキだというんだろう」

「そのアカツキは、大灯台を復活させようとしているんです」

「何?何のために」

「さあ、そこまでは。けれど、俺たちは先にエウレカで準備をして、やつらを迎撃したいんです」

「そうか。では、俺の背に乗るがよいぞ。あ、少し待て。ゼル、連れの説明を求む」

「そこの黒い服の男がネロ。ドランゴの管理を任されている。この巫女服がルクレツィア。最強の凶竜。このちっこいのがノウン。俺の友達です。で、この黄色いのがホシヒメ。竜神の皇女です」

 クオンはホシヒメをまじまじと見つめると、爆音で笑う。

「これまた良く似ておる。アカツキとここまで似ておるとは、それは間違われても仕方ないな」

 それだけ言うと、背を向ける。ゼルの手引きで全員がその背に乗り、砂漠を渡った。


 エウレカ

 クオンの背から降り、少し進むと、砂漠とは全く異なる緑豊かな空間が現れる。

「すげえな、天変地異レベルだぜ」

「懐かしいな、七年ぶりだ」

 ゼルとネロの感想をよそに、ノウンが冷静に尋ねる。

「どこに大灯台の……封印?があるのかな」

「あの大樹の根本だ」

 ゼルが指差した先には、天を貫かんばかりの大樹があった。

「確かな。ルクレツィアの方が詳しいんじゃないか?」

「ウチも詳しくは知らんで。ただまあ、もうアカンかもな」

「なぜだ?」

「ものすごーく嫌な予感がするからだよ」

 その会話にホシヒメが混ざる。

「私の右腕が教えてくれるよ、ちょっと先の未来についての予感をね。ルクレツィアのは自分の直感だろうけど、なーんか嫌な感じだよ……って何々!?」

 突然、空間が激しく揺れ始める。

「なんだ!?」

 大樹の頂上が光り輝く。

「まさかもう……」

「急ぐぞ!」


 エウレカ・大樹

 五人が大樹へ駆け込むと、その中は眩い光で満ちていた。

「なんだこの光は……!」

 全員がその光の巨大さに怯んでいると、奥に男が居るのを見つけた。

「誰!」

 ホシヒメの問いに、男は振り返る。

「おや、随分とお早い到着で。アルメールからここまではもっとかかると思っていましたが」

 黒いコートの、癪に障る話し方……

「てめえ、メルギウス!」

 ネロが飛び出し、槍を放つ。メルギウスは抵抗せず、その一撃で腹を貫かれる。

「な……なんで避けねえ」

「もう私の役目は終わった。あなた方がここに来た時点で、私がすべきお膳立ては全て終わった。私の願いはパーシュパタの復活。そしてそれが果たされた今、世界が滅ぼうがどうでもいい」

 メルギウスはネロの槍を更に深く自分に突き立てる。

「なんで今のてめえは今までみたいに映像じゃねえんだ」

「何を言ってるのやら……私の〝本体〟は、常にここに居ましたよ……」

「んだと……!」

 後ろでルクレツィアが頷く。

「なるほど、ウチらがどれだけ急ごうが、ウチらがここに来なければいけないほどシナリオが進めばどう足掻こうが大灯台は復活するんやな」

 メルギウスは血を吐きながら笑う。

「ええ……まあ、アカツキも気づいていないでしょうがね……さあ、月光の妖狐の妄執よ、我らが竜世界を覆い尽くせ!」

 輝きが勢いを増し、視界が光で潰れる。


 放たれた光が天を裂いて、世界に散らばっていく。

 爆裂した光から黒い瘴気が溢れ出して、竜たちを、それ以外の生物の何もかもを飲み込む。

 飲み込まれた生物は、たちまち黒い苔の化け物へと変貌して、手当たり次第に周囲の物体を無機有機関係なく喰らっていく。

 そしてその瘴気の中から、石造りの建造物が猛烈な速度で現れる。


 エウレカ・大樹

 光が収まり、異常なまでの静けさが辺りを包み込む。

「メルギウス、てめえ……何をした」

「生命の極限性を試すのさ……Chaos社の実験のためにね……大灯台は復活した……あとは……」

 メルギウスは事切れた。

「ちっ、スッキリしねえな」

 ネロが悪態をつく。

「大灯台に行かなきゃ!」

 そう口走ったホシヒメの脳裏で声が響き、ホシヒメは片膝をつく。

「っ……」

「どないしたん、ホシヒメ」

「いや、エターナルオリジンで聞いたのと同じ声が聞こえて……竜神の都で待ってるって」

「竜神の都か……まあ、大陸に戻ってから考えようや。まずは、行きに世話んなったデカい蛇を見つけんとな」

 一行は大樹から出る。


 エウレカ

 大樹の外は、正に地獄絵図となっていた。二足歩行の黒い苔の化け物が、大きな口を開いて、鋭い牙で木や建造物を喰らっている。

「うわ、なんだこれ」

 ホシヒメは真横で襲いかかろうとして来た化け物を裏拳で吹き飛ばす。化け物はすぐ起き上がる。ホシヒメは右腕で鷲掴み、地面に叩きつける。そして持ち上げてグルグル振り回し、放り投げる。それでも化け物は起き上がる。

「これは良くないんじゃない、ゼル」

「そうだな、一週間前の政府首都を思い出す。つまりだ、ノウン」

「そうだね、話も通じそうに無いし。ルクレツィア、ネロ。今から僕の言うことを聞いて?」

 二人は頷く。

「走れ!」

 五人が走り出すのと同時に、化け物は荒れ果てた森の残骸から無数に現れる。が、鈍足なようで、みるみる内に距離が離れていく。

「あれはなんだ!?」

「さてな、ウチも流石に見当がつかん!」

「あの光と関係あるのは間違いなさそうだけどな!」

「黙って走ってよ、みんな!ほら、ホシヒメだけ単純に走力ありすぎて先行してるから!」

 ホシヒメは四人の前を走りながら、突然出てくる化け物を殴り飛ばす。

「なーんか、生気を感じられないなー」

 走る勢いに任せて拳をめり込ませながら、ホシヒメは疑問を募らせていた。


 久遠の砂漠

 砂漠には元々生物が少ない影響か、黒い化け物は殆ど見えなかった。

「船まで戻るぞ」

 ゼルに続いて、砂漠を歩き出す。


 セレスティアル・アーク 屋上庭園

 トラツグミが、準備を終えて佇む明人へ近付く。

「なんだ、トラツグミ」

「報告します。竜世界にて、E-ウィルスの散布を確認。次元門の解放まであと少しです」

「そうか。一つ聞きたい。トラツグミ、零獄とここまでに開いた次元門の中で、何があった」

 トラツグミは表情を変えない。

「異史からの干渉を受けました。白金零と極めて近いシフル波長でありながら、致命的に何かが足りない。端的に言えば、クローンの襲撃を受けたようです」

「クローンだと?異史で零さんのクローンが出たタイミングは……」

「異史のChaos社では、明人様に代わりマザーAI〝アガスティア〟が全てを管理していました。そのマザーAIが、新人類計画の成就を焦り、作り上げたのが零のクローンであり、異史の新生世界から古代世界へ向かう次元門の途中で零を襲撃し、敗北しました」

「なるほど、つまり負けて次元門に飲まれ、正史まで流れてきたということか」

「その通りでございます」

「そのクローンを回収はできないのか」

「次元門は変化し続けます。特定の座標を繋げるのは不可能です」

「そう言えばそうだったな。時間という概念そのものが間違っているんだった」

「蛇帝零血を使わずとも、零本人を〝黄金の卵ヒラニヤガルバ〟の動力とすればよいのではないでしょうか」

「出来ることなら俺は零さんに勝ちたい。ぶっ壊しても良いように、先に蛇帝零血を作っておきたいんだよ」

「明人様。目的を見失っては意味がありません」

「わかってるよ。ただの願望だって」

 その後は、二人とも一言も発さなかった。


 ???・終期次元領域

「E-ウィルスが動き出したようだな、アルメール」

 狂竜王が顔を向ける。

「ここまで強烈なものとは思いませんでしたが」

「それで、あれはどんなものなのだ」

「開発した来須によれば、あれはプレタモリオン。ウィルスに抵抗できない弱者がなる失敗作だとか。無機有機関係なく、捕食した物質をウィルスに変換し、ガスとして撒き散らす。そして、中程度克服した場合ですが―――」

 アルメールは天球儀を指差す。


 久遠の砂漠

 ホシヒメたちが走っていると、地鳴りが響く。そして眼前の砂が裂け、黒い瘴気を放つ大蛇が現れる。

「クオン様!?」

 ゼルが驚愕する。クオンは先程と違い、目が赤く染まり、全身が赤く鈍い輝きを放っていた。

「明らかにヤバいよね」

「だが……邪魔するなら倒していくしかない!」

 ゼルが先陣を切る。ガンブレードのトリガーを引きながら切り付けるが、簡単に弾かれる。

「なんだと……?」

「どいてゼル!」

 ホシヒメが右腕で渾身のパンチを打ち込むが、びくともしない。そして二人纏めて咆哮で吹き飛ばされる。

「なんか妙な堅さじゃない、ゼル」

「ああ、無理矢理弾かれたように感じる」

 突進してくるクオンをホシヒメは右腕だけで受け止め、叫ぶ。

「相手してる場合じゃないよ!なんかさっきと全然違うし、今は優先順位が……」

 力任せに持ち上げ、その巨体を砂中から引き摺り出して放り投げる。

「低いっ!」

 五人は駆け出し、急いで沿岸まで竜化して飛ぶ。船に乗る寸前、突進してきたクオンをホシヒメが右の裏拳で張り倒す。

「ルー!準備はいいか!」

 直ぐ様ブリッジに着いたネロがルクレツィアの方を向く。

「高速旋回、エンジン全開で行くで!」

 船が動き出すと、クオンはそれ以上追って来なかった。


 海上 甲板

「それにしても、一体何が起きてるんだろう。あの光のあと、エウレカの人たちも、あのクオンって人も、おかしくなっちゃった」

「ああ。メルギウスは月光の妖狐の妄執と言っていたが、何の事かさっぱりだな」

「とにかく、ガイアに着くまで休んどこ」

「アカツキと決着をつけるときだからな」

 ゼルは船内へ戻っていくホシヒメを見送った。


 水の都・ブリューナク

 空間の歪みがプレタモリオンと化した見張りごと門を切断し、ゼロが堂々と足を踏み入れる。屋根から飛びかかってくるプレタモリオンを光の剣で滅多刺しにし、進行の妨げになる者だけ切り捌いて進む。


 水の都・ブリューナク   行政区

 アカツキとアミシスの激戦の跡を残したまま、更に黒く染まったブリューナクによって行政区の建物は崩壊していた。ゼロが近付くと、ブリューナクは黒い瘴気を吐きながら振り向く。

「貴様もそうなったか。雑魚め」

 ブリューナクは氷剣を生み、突っ込む。右腕で止められ、ゼロの左腕に闘気が籠手のように纏わりつく。

「この程度も克服できん愚図は俺の糧になる以外に価値はない。消えろ」

 強烈なパンチでブリューナクは漫画のように吹っ飛び、竜化する。ゼロは瞬間移動し、力任せの連打でブリューナクの体を粉々にしていく。飛んで逃げようとしたブリューナクの尾を掴み、地面に叩きつける。そして首を左手で掴み、持ち上げ、右腕で連打する。空中へ放り投げ、刀に持ち替えて止めに空中へ空間の歪みを放ち、細切れにする。粒子に変わったブリューナクがゼロに吸収される。

「次はエリファスか」

 ゼロは行きと同じように、片手間にプレタモリオンを木っ端微塵にしながら飛び去っていった。


 死都エリファス

 ゼロは翼のユニットを背中へマウントすると、また淡々と歩き出す。そして福禄宮の門を破壊し、侵入する。


 死都エリファス   福禄宮

 壁を破壊しながら真っ直ぐ進むと、エリファスが座していた。

「ゼロか……待っていたよ」

「なぜ、貴様はあの瘴気の影響を受けていない」

「なぜか?それはお前の力になるという役割があるからだよ」

「どういうことだ」

「お前も気付いてるんだろ?リータ・コルンツもChaos社もここではない別の世界に存在するということを」

「ああ」

「狂竜王の計画を知っているお前なら、狂竜王が何を求めているのかも知っているはずだ」

「元々そのつもりだ。俺がパーシュパタの力を奪い、次元門を抉じ開ける。ホシヒメが死のうが、パーシュパタの復活に影響はない。アカツキに負ける要素など何一つないからな」

 エリファスは翼を広げる。

「ゼロ、我が力を受けよ!そして、大いなる力を以て、我らが世界を混沌へと繋げよ!」

 そして尾で自らの胴を貫き、粒子へと変わる。

「下らんな」

 ゼロはその粒子を握り締め、天井に空いている大穴から飛び出し、火の都へと向かう。


 土の都・ガイア

 船から降りた一行が最初に目にしたのは、エウレカと同じプレタモリオンの群れだった。

「竜神の都に行く前に、都竜神のところへ行った方がいいと思うか?」

 ゼルの呼び掛けに、ノウンは首を横に振る。

「あの瘴気にやられていたら僕たちが消耗するだけだ。目的を優先した方がいい」

「竜神の都、そのあと大灯台か」

 アルメールへ行ったときのように、一行は海岸線を行く。


 火の都・ブロケード   マグナ・プリズン   禁獄牢

「やっぱここに来たか」

 ブロケードは黒の体躯に紫の炎を宿しており、異常に落ち着いていた。

「ブロケード、貴様のその体は……」

 ゼロは僅かに声を低める。

「あー、これだろ?これが俗に言う生命力の極限ってやつらしい。お前さんは知ってるだろう、既にお前さんの全身から命が霧散していくのが見える。生き急いでいるようだな」

「そうだ。俺には力が必要なんだ。ブロケード、ここで死ね」

 ブロケードは大笑いする。

「俺に死ねと?ガハハハハハ!どうやらお前さんは俺の性分を知らんようだな!」

「貴様を倒せばいいんだろう」

「話が早い。どうやらその様子だと、ロクな奴が居なかったみたいだな」

 ゼロが刀を生み出す。

「貴様の力、奪わせてもらう」

「命が爆ぜるその瞬間まで!暴れまわろうじゃないか!」

 ブロケードの拳をゼロは瞬間移動で躱し、空中に浮き、氷剣を作り出して突っ込む。人差し指と中指で止められるが、空間の歪みを放ちながら更に高空へ飛ぶ。ブロケードの追撃が歪みに弾かれ、振り下ろされた刀が拳に弾かれる。

「どうしたどうした!」

 熱波を放ってゼロの動きを空中へ誘うが、ゼロは動かず、氷壁で防ぐ。更にブロケードの頭上から大量の光の剣が注ぎ、その場に釘付けにする。そしてゼロは左に身を屈め、刀に力を注ぐ。

「行くぞブロケード!」

 そして刀を抜き放つと、一気に無数の空間が引き裂かれ、豪雨のように真空刃が乱れ飛ぶ。ゼロが納刀すると同時にブロケードに刺さっていた真空刃と光の剣が爆発する。が、ブロケードは平然と動き出し、猛然と拳を据える。ゼロは直ぐ様拳に闘気を纏わせ、その剛拳を受け止める。

「見事だ、ゼロ。だがな、もっと力を込めろ。お前さんの求める力はそんなものではないだろう!」

「わかっている……」

 ゼロから生えた四本の翼腕がそれぞれに氷剣を持ち、ブロケードの拳に突き立てる。

「もっと……もっと……もっと力を!」

 ゼロの全身から溢れる闘気が光へと変わり、凄まじい輝きが禁獄牢を隅々まで照らし出す。

「それでこそだ!もっと全力で楽しもうぜ!」

 もう片方の腕が禁獄牢の床を引き剥がしながらゼロを襲い、ゼロは翼腕で構えた刀で防ぐ。そして受け止められ、眼前にある拳に光の剣を高速で突き刺し、光の早さで放たれる蹴りがブロケードの巨大な指を粉砕し、突き刺さった光の剣が連鎖的に爆発し、ブロケードの硬質化した腕を粉々にする。

「俺の刃は極まった!これが闘気の放つ輝き、命の全てだ!」

 再び力を込め、刀を放つ。刀は今までとは違い、金色の光を放ち、放たれる空間の歪みはもはや光そのものだった。先程のように無数に空間が引き裂かれ、その中を光が暴れ狂う。満足げな顔をしてそれに粉々にされるブロケードを、ゼロは眺めていた。

「これで終わりだ」

 ゼロの納刀と共に、ブロケードは粒子へと変わる。そしてゼロの体に吸収される。

「ガイアか」

 ゼロが翼を広げようとしたとき、目の前に突然少年が現れる。直ぐに刀を抜き放つが、少年は動じない。

「貴様、竜ではないな。その雰囲気……貴様が四聖典か」

 少年は頷く。

「僕の名はアタルヴァ。貴方の思っている通り、僕が四聖典の一人」

 ゼロは刀を納める。

「四聖典が現れたということは、本当にこの世界は終わるのだな」

「その通り。月光の妖狐の作り上げた根絶細菌は、全ての命を飲み込み黒く染め上げる。彼女たちは、貴方の開く次元門を潜り、Chaos社を倒す以外の選択肢が無くなった」

「一つ言っておくが、俺はクラエスに負ける気など一切ない」

「それでいい。恐らく、貴方が負けるまで世界は何度でも巻き戻る。いや、無数のタイムラインを消費していく。この後の狂竜王の計画に狂いが出る。狂竜王だけにね」

「……」

「心地よい戦いがお望みなのでしょう?この世には、よい負け方というものが」

 光がアタルヴァの右頬を通り抜け、禁獄牢の天井を鋭利に切り裂く。

「俺は負けん」

「まあ……お好きにどうぞ。僕は貴方が大好きな皇女のところへ行きますから。彼女たちを竜神の都に呼んでおきましたから、見たいのならあそこに行くといい」

 アタルヴァは初めから居なかったかのように霧散した。

「クラエスか。ヤズは今……取り敢えず、ガイアを吸収してから見に行くとするか」


 アケリア交商道

「ここまで戻るのに、すごく時間がかかっちゃったね」

 森の前に立ち、ホシヒメは呟く。

「何のために恩赦を目指してたか良くわかんなくなっちゃったけどね」

 ノウンが続く。

「俺たちをここに誘う声……一体何者なんだ」

 ゼルが頭を捻る。

「なんや、今さら何が起きても驚かんやろ」

「ともかくよ、森の中であの黒いやつに会う方がめんどくせえ。早く行こうぜ」

 ルクレツィアとネロは二人で先に進んでいく。三人もそれに続く。


 竜神の都

 森を抜け、門を潜ると、そこには竜王種と竜神種の死体が無造作に転がっていた。しかし、それらがプレタモリオン化している様子はなく、単純に事切れていた。

「息はない……ここだけあの黒い霧が来とらんっちゅうことか?」

 ルクレツィアが手近な死体を検める。と同時に、気配を感じて刀を抜く。その目の前に、穏やかな表情をした少年が立っていた。少年は淡く微笑む。

「お初にお目にかかります、皇女。僕はアタルヴァ」

 ホシヒメは礼をする少年をまじまじと見つめる。

「君が、私の頭に話しかけてきた声だよね」

「その通りです。王龍ボーラスの力をその右腕に宿した貴方は、私たち、四聖典の呼び掛けを聞くことができた。ゼロに負けてすぐの貴方にはノイズにしか聞こえなかったでしょうが、今や貴方はこの世の原初竜神の力を全てその右腕に宿している」

「それで君は、何のために私をここに呼んだの?」

「原初竜神、ヤズがこの瘴気を受けて復活しています」

「……ッ!?」

 ホシヒメは目を見開き、硬直する。

「エウレカで貴方たちが見てきたように、生命力の解放のしかたを知らない一般の方々はあの醜悪な怪物……プレタモリオンへと変貌します。ですが、エウレカの竜神であるクオンはそうではなかった。自我は失いながらも、プレタモリオンとはならず、そのまま身体能力がパワーアップしていた。あの瘴気―――E-ウィルスは打ち克つものに力を与える。では完全にウィルスに勝利したならどうなるのか?それがこの先に座す竜が教えてくれます」

「おばあちゃんと戦えって言うの」

 ホシヒメはこれ以上なく真剣な眼差しだった。

「貴方が救ってやらぬなら、恐らくゼロが己の力としてしまうでしょうね」

「ゼロ君が?」

「ゼロ……彼は今、各地の都竜神、都竜王を己の力とすべく次々と打ち倒している。戦意を失い、瘴気に飲まれたアルマ以外の全ての都竜神と都竜王を糧としました。彼が倒すべき相手としているのは、貴方だけ。それ以外は糧でしかない」

「それはつまり……どう転んでも私はおばあちゃんか、おばあちゃんの残した力と戦う必要があるってこと」

「ええ。既に彼は、アカツキ単体でも、パーシュパタと組もうが、彼女らが勝てる要素は無いほどに力を蓄えている。今のままでは、その右腕の一撃すら容易に凌がれてしまう」

「……。わかった。おばあちゃんと、いや、原初竜神ヤズと戦う。みんな、私一人で戦わせてくれないかな」

 周りの四人は、既にわかっていたことのように頷く。

「うん、ありがとう。アタルヴァ君。連れていってくれるかな」

 アタルヴァはにこやかな表情を崩さず、踵を返して歩き始める。


 竜神の都・創生の社

 長い階段を登っていく内、一行は激しい闘気の波を感じ始める。社の前には、神々しい輝きが溢れ返っている。階段を上りきると、それは現れた。

 白かった体は真っ黒に染まり、迸っていた青い光は紫色に変わっている、原初竜神・ヤズである。

「ホシヒメか……」

 ヤズはゆっくりと目を開き、その赤い双眸を表す。

「おばあちゃん……!」

「辛く苦しい旅路だったろう。だが、それはまだここでは終わらない。なぜなら、私はお前が笑っている未来を視たから」

「わかってる。だからおばあちゃん。今度こそ……ちゃんとおやすみタイムに入んないとね」

「そう簡単にやられてあげるつもりはない。お互い、手加減なしで行こうじゃないか」

「オーケー」

 アタルヴァたちは脇に逸れ、ヤズが巨大な右前足を振る。ホシヒメは右腕で受け止め、そのまま弾き飛ばす。口から吐き出された青い闘気の熱線が脇を掠め、彼方の森を焼き尽くす。空中へ飛んだホシヒメはライダーキックの要領で飛んでいくが、ヤズの背から生えた無数の触手から放たれた光に遮られ、尾の一撃で吹き飛ばされる。間髪入れず、ヤズはホシヒメの周りに魔法陣を作り出し、退路を塞ぐように光線を放つ。しかしホシヒメは、右腕で一つの魔法陣を掴むと、それをグルグルと振り回して自分を取り囲む魔法陣を全て粉砕し、ヤズに投げつける。ヤズは背中に隠されていた翼腕を展開し、飛んできた魔法陣を握り潰す。ヤズは更に巨大な魔法陣を手元に展開し、二振りの大剣を翼腕に構える。そして吼え、ホシヒメの周りに開いた魔法陣から無数の棘を放つ。高速で駆け抜けるホシヒメには一つも当たらないが、その逃げ道が正確に管理されており、先回りした大剣の振り下ろしがホシヒメの目と鼻の先に突き刺さり、ホシヒメもそれを予測してすぐに右腕で大剣を奪い取る。身の丈の八倍はあろうかという大剣を、ヤズの持つもう片方の大剣と打ち合いつつ振り回す。ヤズは力を込め、叩きつけたと同時に互いの大剣を粉々にする。

「流石はホシヒメ。この程度では消耗すらしないとはねえ」

「へへ……おばあちゃんこそ。実は六本足だったなんて、知らなかったよ」

「ふふ、アカツキにはどうしても負けなければならぬ理由があったのでね」

「そうだね……確かに、おばあちゃんがアカツキに負けて殺されなきゃ、何も始まらなかった」

「物語の一区切りまで、あと少しと言うことさ!」

 ヤズは翼を広げ、空中へ飛び立つ。そして上空から、無数の光線を放つ。それを躱しながら、竜化する。

「烈火!」

 爆炎が光線と触れ合い、大爆発する。その煙の中から両者共に高速で脱出し、互いに無数の光線、光の剣で撃ち合う。急接近したホシヒメが体当たりをするが、それはあり得ない方向に跳ね返され、動転したところにヤズの前足の一撃が直撃する。

「(やっぱり、反動で後ろに跳ね返されるとかじゃない!反動以上のパワーで、体そのものが衝撃を返してくるような……!)」

 ホシヒメは直ぐに竜化を解き、自分の腹にめり込んでいたヤズの前足に飛び乗り、自分の右腕を渾身の力で叩き込む。が、弾かれ、ヤズに地面に叩きつけられる。ヤズが続けて放った極大の光線がホシヒメに当たる寸前、ホシヒメは起き上がる。光線はなぜか地面で炸裂せず、ホシヒメの眼前で止まっているようにヤズからは見える。

「もっと、全力で相手にぶつかっていかなきゃダメだよね!」

 その声と共に、光線は巨大な闘気の嵐に押し返されていく。

「これは……!」

 光線がどんどん押し返されていく毎に、その闘気の姿が露になっていく。ドリル状の闘気がホシヒメの右腕に纏わりついて高速回転している。

「どんな困難だって一発逆転!行くぜ超速トルネード!ぶち抜けマジドリル!せーのっ、〈ギガマキシマムドライバー〉!」

 どんどん回転率が上昇し、視界を覆い尽くすほどの光に変わっていく。ヤズも光線に力を足していくが、ホシヒメの勢いは止まらない。

「はああああああッ!」

 渦巻く闘気は正真正銘の光へ変わり、ヤズの光線を貫き、更にはその装甲を貫く。射抜かれたヤズは落下し、ホシヒメも着地する。

「勝負あり、だね」

「お見事、ホシヒメ。これで安心してお前の力になれるよ」

「え、どういうこと?」

「その右腕の最後のピース、それが私さ。ゼロに頼んで鱗を先に渡してもらっていたが」

「なるほどー!」

 ヤズが前足を伸ばし、その薬指をホシヒメが握り締める。

「どんな困難が立ち塞がろうが……ホシヒメ、お前は未来を切り開ける。気張るんだよ」

「うん!頑張る!」

 ヤズが光となって消え、右腕は普段のヤズと同じように白地に青い光を放つ造形へ変わった。

「力が漲るよ、私」

 ホシヒメはゼルたちへ向き直る。

「さあ行こう、大灯台へ」

 アタルヴァがゆっくりと離れていく。

「アタルヴァ君、君はどこに行くの?」

「僕はもうやることがない。この世界の残りの歴史を刻み、去るだけです」

 そう言うと、アタルヴァは消えた。

「よくわからんやつだ」

 ゼルが腕を組む。

「まあホシヒメに力をくれたんだろ。願ってもねえ戦力アップだぜ」

「大灯台は封印箱のとこやから、結構遠いで。ぼちぼち行こか」

 ルクレツィアとネロの間で、ノウンが地図を開く。

「結局、戦火の沼を通るのが一番だね。生きてる人がその……プレタモリオン?になってるっぽいから。それにしても、たった一週間で世界を二周するなんてね」

 ノウンのその言葉に、ホシヒメが笑う。

「もう迷うことなんてない……決着をつけよう!」

 一行は森の向こうに聳える大灯台へ歩き始めた。


 ???・終期次元領域

 アルメールが溜め息をつく。

「これで俺は騎士サマごっこまで暇というわけですか」

 狂竜王は頷く。

「その通りだ、ライオネル」

「ゴールデン・エイジの計画はまだ先ですよねえ。ロマノフやユウェルの調子は?」

 と、そこに黒いローブを来た竜人が現れる。

「我の話をしているのか」

「そうだ、君の話をしていたんだよ。アレクセイ・ミイハロヴィチ・ロマノフ」

 アレクセイは眉をひそめる。

「ライオネル、汝は虚言の魔術師。狂竜王に対する信仰が足りぬようだが」

 懐から歪な銃を取り出し、アルメールへ向ける。

「おやおや、穏やかじゃないなあ。アレクセイ、嘘は大人の特権だぜ?正直すぎるんだよ、君は。我らが王、アルヴァナは不完全でか弱い人間が生み出すゴミと違って、信仰など要らない」

「だが我ら竜の体を満たす純シフルの性質、知らぬわけではあるまい」

「もちろん。だが、何も俺たちはやつのように闘気を、天使の力を―――メギド・アークを使いたいわけではないだろ?俺たちは皇女やゼロ、バロンやレイヴンを我らが王を貫くほどの牙へと研ぎ上げるための砥石に過ぎない」

「同意見だ」

 アレクセイが放った弾は、不自然な軌道でアルメールの脳髄を狙う。それは当たる寸前で炎の細剣に滅多刺しにされて砕ける。

「これだから魔弾と邪眼の混合は嫌いなんだ。ノールックで殺しにかかるな」

「話が逸れた」

 アレクセイはアルメールから視線を外し、狂竜王へ向き直る。

「聖上。未だドボエ=ベリエ・アベロエスが目覚める様子はありませぬ。ロータ・コルンツの魂の内部にラータ・コルンツが封印されたままというのが関係していると思われますが」

「事を急く必要はない。一度目の浄化が行わなければ、世界に綻びを与えることはできない。我々が直接導くのではなく、彼らに世界を壊し進むだけの力が無ければ、始源世界まで来る意味などない」

「はっ。では引き続き、ベリエの監視に戻ります」

 アレクセイはアルメールをちらりと見る。

「我は汝が常に、聖上のために戦ってくれることを願う」

 それだけ言うと踵を返し、去っていった。

「やれやれ、面倒な男だ。バロンを尊敬しているだけあって、相当な堅物ですね。ゼロを思い出す」

「アルメール、そなたは暫し休むがよい」

「はっ、御心のままに」

 アルメールは礼をしたまま、背後の闇に消えた。狂竜王は座り直し、退屈で寝たエメルを起こす。

「エメル、もう竜の戦いは終わる。最後まで見よ」

「仕方ないですねー……どのみち退屈であることは変わりませんし」

 二人が見上げる天球儀は、大灯台を映していた。


 大灯台・外周

 封印箱の面影は微塵もなく、余りにも大きな摩天楼が荘厳な雰囲気を持って鎮座している。

「入り口どこー!?」

 ホシヒメが開口一番叫ぶ。大灯台の地表部分には、入り口らしきものはない。しかし、円形のフロアが地表に現れている。

「あれに乗るんとちゃうんか」

 ルクレツィアが指差し、ネロが躊躇なくそれに乗る。すると、青い光を放ってフロアが降下し始める。

「うお!動いたぜ!乗れー!」

 ネロのじたばたを合図に、四人は飛び乗る。


 大灯台・地下層

 どんどんフロアが下がっていき、陽の光が遠退くほどに視界が黒に潰されていく。

「ちょっと、これ見えなくなーい!?」

「俺に任せろ!」

 ネロが自分の体に雷を這わせる。周囲が僅かに照らされる。内部は石造りのようで、所々苔むしている。足元は水浸しで、柱の上部は凍りついている。

「如何にもな景色だね」

 ノウンが壁に手を当てつつ呟く。

「どうやって上に上がるかだが」

「簡単だよ、ゼル!」

「どういうことだ、ホシヒメ」

 ホシヒメは迷いなく前進していく。ネロが焦り気味にそれに追随する。

「ちょちょちょ!どこに行くってんだ!」

「決まってるよ!悩む暇があったら歩く!んでもって仕掛けがあったらぶっ壊す!」

「なるほどな!いいノリだぜ!んなら……」

 ネロが竜化して放電する。配置された雷球がふわふわと浮かび、地下層全体を照らし出す。

「よし!これでぶっ壊せるぜ!」

「おっけー!」

 ホシヒメがフロアの四隅にある扉の内、南西の扉へ突撃し、扉を破壊する。ネロは竜化を解き、四人がホシヒメのあとに続く。

 その部屋は奥行きが大きく、横幅が小さい。

「これもしかしてさ、死都と同じパターンじゃない?」

 目の前に群がるモンスターと、奥に見える仕掛けらしき祭壇から感じるエネルギーは同じだった。

「みんな散開!他の部屋をお願い!」

 ホシヒメの一声で、四人はばらける。

「よーし、肩慣らしってことだよね!せいっ!」

 襲いかかってきた大剣を持つ獣人モンスターの牙を左パンチでへし折り、怯んだところを右腕で掴んで叩きつけ、消滅させる。空中に舞う大剣を手に取り、自分を軸にグルグル回転して周囲の同型モンスターを木っ端微塵にする。モンスターが全滅すると、室内が明るくなる。それに気付いたホシヒメは大剣を放り投げ、部屋から出る。他の四人もほぼ同時に終わったようで、全員が同じ場所に出た。中央に巨大な光が点っており、その先には新たなフロアが見える。

「これで先に行けるっちゅうことか」

「しかし高い塔だな。伝承では知っていたが、まさか実在するとは」

 ゼルとルクレツィアが慎重に調べようとしていると、ホシヒメは躊躇なく突っ込む。

「ゴーゴー!」

 ホシヒメはノウンを引っ張りながら、ネロと共にハイテンションで光へ入る。二人も仕方なく、それに従う。


 大灯台・下層

 光の先は、地下層と違って明るい、そして地下とは全く異なる構造をしていた。塔の内壁に沿って、延々と階段が続いている。

「ひょえ~!これ竜化して飛んでいった方が早くない?」

「いや……」

「ん?どったのノウン」

「ほら見て、ホシヒメ」

 ノウンは階段を指差す。そこには赤く光る奇妙なモンスターがいる。続けて階段の先にある赤い障壁を指差す。

「たぶんあのモンスターとあのバリアは連動してるんじゃないかな。ホシヒメが何も考えずに突っ込んでたら頭を強打して落っこちてたよ」

「ほうほう!つまりはあのモンスターをぶん殴ればいいんだね!」

「まあ……そういうことなんだけどさ」

 ホシヒメが駆け出すと、待っていたように騎士型のモンスターが2体突っ込んでくるが、槍を上手く躱されて抱え込まれ、2体を互いに激突させて砕け散る。なおも複数の騎士型モンスターが現れるが、ネロの雷で動きを止められ、ゼルのガンブレードをまともに受けて爆散する。赤い障壁の前にいる赤いモンスターの前に着くと、ホシヒメはすぐ戦闘を開始する。赤いモンスターは先程の騎士型モンスターに盾を持たせた、安易な強化版だった。モンスターもホシヒメを見るなり直ぐ様戦闘態勢に入り、凄まじい速度で切りかかる。しかし、ホシヒメの右腕に軽く往なされ、そのまま首を掴まれて左腕で雑な連打を受け砕け散る。赤い障壁は砕け、長い長い階段が姿を現す。

「よし、次へゴー!」

 ホシヒメはすぐに走り出す。


 大灯台・中層

 階段を駆け上がるが、一行に頂上は見えない。

「うん!竜化しよう!」

 ホシヒメはそう叫ぶと、竜化して灯台内部を飛び上がる。が、途中で黄色い障壁に激突して落ちる。竜化を解くと、目の前に黒い体に黄色のラインが入った猿のようなモンスターが座している。そのモンスターもホシヒメを見るなり飛びかかり、またも右腕の一撃で沈む。障壁が壊れ、またホシヒメは飛び上がる。


 大灯台・上層

 ホシヒメが限界まで飛び上がると、祭壇のようなフロアに辿り着く。竜化を解き、他の四人の到着を待つ。ほどなく四人が到着し、祭壇を見る。

「なんだろこれ」

 ホシヒメの問いに、ゼルが答える。

「それこそお前の言うように、取り敢えず起動させればいいんじゃないのか」

「それもそっかぁ!えいっ!」

 ホシヒメの右腕の一撃で祭壇は粉々になり、階段への道が現れる。

「だいぶ登った思ったけど、まだ上があるんか」

 ルクレツィアが毒づく。

「いや、これで最後だろ、たぶん」

 ネロの呟きと共に、一行は階段を上がる。


 大灯台・最上層

 階段を登り終えると、青空が広がる最上層へ出た。その中央に、アカツキが居た。

「アカツキ!ようやく辿り着いたよ!」

「やっと来たか。遅かったな。もうパーシュパタの封印は解かれ、俺の力となった」

「構わないよ。私は、君と、パーシュパタとも友達になるためにここまで来たんだから!」

「まだそんなことを抜かしているのか。俺は貴様と友達になど絶対にならない」

「いやいやいや!私とこんなにそっくりなんだもん、絶対にわかりあえるはずだって!」

「もう貴様と話しても何も得るものはない!構えろ!」

「行くよ!」

「来い!」

 二人は一歩踏み出し、ホシヒメは光を纏った拳を放つ。完全に想定外の攻撃に、アカツキは一切対処が追い付かずに直撃を受けて凄まじく吹っ飛ぶ。

「ぐふっ……バカな、何が……」

「えへへ、これが私の思いだよ!どんなわからず屋にも、闘気の持つ全霊の力で私の思いを届けるの!」

「おのれ、この程度で……!」

 アカツキの高速のパンチを平然と右腕で受け止め、満面の笑みを咲かす。

「ぐっ……貴様、なぜそんな……」

「ワクワクするんだよ、これから起こる全てのことにさあ!」

 左腕でアカツキを怯ませ、右拳で胸に渾身のパンチを叩き込む。

「君の本当の使命はパーシュパタを復活させることなんでしょ?それが何かのせいで、Chaos社だっけ?そんなよくわかんないもののために戦うって言う風にねじ曲げられてる」

「なんだと!?」

「だって、今こうやって戦うのが何よりの証拠じゃん!本当なら、君はどっちかの使命を忘れてるはずだよ」

「……!そうだ、俺は……」

 アカツキが立ち上がる。

「俺はパーシュパタの復活のために動いていたのに……どうしてここまで世界をボロボロに……」

「話してくれる?」

「ああ……」

 アカツキは呼吸を整える。

「凶竜の王であるパーシュパタはアルメールの策略でアルマへの恨みを募らせ、そしてエリファスの事件に繋がった。

 その戦いの末にパーシュパタは封印されてしまい、パーシュパタもアルマも、互いに非はないのに争い合い、殺し合ってしまった。

 パーシュパタは元々、アルマに勝つために復活しようとしていた。しかしな、俺たち凶竜を使って知った真実から、アルメールへ攻撃するために復活しようとしていたんだ。だが……!?」

 その瞬間、アカツキの左胸から闘気の刀が現れ、鮮やかな赤がホシヒメへ吹きかかる。

「だがエターナルオリジンから転送されたデータに貴様が侵され、メルギウスはアルメールの享楽の毒牙に晒され、この世界そのものがChaos社の実験場になった」

 刀は引き抜かれ、アカツキが力なく倒れる。そして背後から、見慣れた竜人が現れる。崩れるアカツキをホシヒメは咄嗟に受け止める。

「ゼロ君!?なんで……今アカツキとも分かり合えそうだったのに!」

 ゼロは刀を納める。ホシヒメは闘気でアカツキの傷を塞ぐ。

「くっ……ゼロ、貴様……俺の中からパーシュパタが消えた……何をした……!」

「俺の糧としただけだ。アカツキ、貴様は俺の糧にするにも値しない。ホシヒメの仲間と共にこの戦いを見ているがいい」

「ふざけるな……」

 立ち上がろうとするアカツキを、ホシヒメは止める。

「アカツキ」

「離せホシヒメ!俺はこいつを……うぐっ!?」

 アカツキが動こうとするとゼロが繰り出す光の剣にそっくりな刃が先程の傷口だった場所から突き出る。

「アカツキ、私が戦うから」

「ホシヒメ……」

「任せてよ。私ゼロ君とは何回も戦ってるから!」

「くっ……」

 アカツキは悔しさを滲ませつつ意識を失う。ホシヒメは横抱きにしてゼルのところへアカツキを運ぶ。

「ゼル、アカツキをお願い」

「一人で戦うのか」

「うん。だって、ゼロ君は私と戦いたいんだから」

「わかった。俺はお前が勝つとわかっている。だから何も言わない」

「任せてよ」

 ホシヒメはノウンたちに目を向ける。

「もう誰が原因だとか、そんなことはどうでもいい。ホシヒメ、目の前にある戦いに、全力で挑むんだ」

「正直言えばウチがゼロ兄と戦いたいところやけど、たぶんウチは一太刀触れることすらできへん。ホシヒメ。ウチの分も頼んだで」

「俺はあんまり役に立ててねえけどよ、応援くらいはするぜ!全力で勝ちに行け、ホシヒメ!」

 ホシヒメは大きく頷き、ゼロの前に戻る。

「クラエス。この世界を覆い尽くす黒の瘴気の正体を知っているか。これはChaos社が生み出した細菌兵器、E-ウィルスだ。俺はガイアやエリファスを通じ、この世界を巡った陰謀のすべてを知った。帝都竜神アルメールこそが、この世を狂乱に導いた張本人だとな」

「どういうこと?」

「メルギウスを誑かしたのも、E-ウィルスを持ち込んだのも、パーシュパタをアルマへ差し向けたのも、すべてアイツだ」

「そんな……」

「だが俺は、もはやそんなことはどうでもいい。俺に与えられた使命もな。俺は貴様を倒し、更なる力を手に入れる」

 ゼロは刀を抜刀する。

「君の使命は……?」

「俺はこの大灯台の頂上に、貴様らを古代世界……即ちChaos社の総本山がある世界へ行かせるための次元門を開く」

「次元門……」

「だが、そんなものは俺と貴様の戦いに不要だ。クラエス、俺を殺す気で来い。友であることと、戦いへの手加減は別の問題だ」

「うん、わかってるよ。君とはわかり合ってる。でも私と戦い続けることが、君の意志だと言うのなら―――全力全霊で相手するよ!」

 ゼロがほぼ無動作で空間の歪みを放ち、ホシヒメは寸前で躱す。光速でゼロに近付き、右腕で攻撃する。しかし当然のように刀の柄で弾かれ、反撃に肉厚の氷剣が放たれる。左腕で破壊し、続いてゼロの闘気を纏った拳が右頬に直撃し、吹き飛ぶ。ゼロはホシヒメの上に光速移動し、刀を振り下ろす。ホシヒメは咄嗟に跳ね起きて躱し、着地した一瞬の隙に右パンチを抉り込む。全く動じないゼロは刀を振り上げ、ホシヒメを打ち上げる。そこに続けて光の剣を連射し、ホシヒメは空中で右腕を振るい、跳ね返す。しかしホシヒメを取り囲むように生まれた光の剣が一気に突き刺さり、ホシヒメは落下し崩れる。光の剣の力で膝を折ったままのホシヒメにゼロは光の剣で取り囲み、次々に発射する。そして続けて刀を突き刺し、氷剣で突き飛ばし、闘気を纏った拳で打ち上げ空間の歪みを瞬時に放ってホシヒメを吹き飛ばす。続くゼロの刀の攻撃を体の自由を取り戻したホシヒメが右腕で受け止める。

「初めを思い出すな」

「あの時はゼロ君の方が強かったけどさ、今なら……!」

「それはどうかな」

 ゼロが身を引くと、ホシヒメの頭上から無数の光の剣が降り注ぐ。ホシヒメは瞬時に躱し、ゼロへ突っ込む。拳を捩じ込むが刀に弾かれ、もう一度拳を捩じ込み、右腕の渾身の一撃でガードを突破し、刀と幾度か打ち合い、ゼロがホシヒメの腹に刀を突き刺そうとして止め、代わりに氷剣を突き立てようとするが、それを弾き返して右腕でゼロの首を掴み、叩き伏せる。そして竜の形の闘気を左腕に纏わせ、強烈なアッパーをゼロに叩き込む。吹き飛んだゼロは体勢を立て直す。

「ふん、流石に光となった闘気は俺でも手こずるか」

「それだけじゃないよ。私の右腕には、この世界の全部が、私たちの全部が入ってるんだから!」

「ならば……俺も本気で行こう!」

 ゼロが闘気を放つ。

「俺たち竜王種は元々竜化しているようなものだが、だが俺は竜王種の限界を越える!」

 闘気の輝きが蒼に代わり、ゼロが竜化する。ゼロの頭身はそのままに本物の翼が生え、蒼い闘気がジェット噴射のように体から噴出する。

「それが君の竜化……!」

「覚悟を決めろ、クラエス!」

 後ろに飛び退いたゼロが身を引き、夥しい量の空間の歪みを放つ。それと共に弾幕もかくやと言わんばかりの凄まじい光の剣がホシヒメの退路を潰すように連射される。そしてゼロは二戦目の時のように二つの分身を生み出し、それが別々に動きながら、その弾幕を濃くしていく。

「(くぅっ……闘気から流れてくる殺意がすごい!)」

 本体は接近してこず、分身と弾幕が乱れ飛ぶ。飛んできた光の剣の一本をやってくる分身の一体に突き刺し、そのままもう一体の分身と激突させる。ホシヒメが着地した瞬間、ゼロが突進と共にホシヒメを切り裂く。と同時に光の剣が突き刺さり、爆発する。ゼロの追撃の瞬間、ホシヒメは竜化する。だがそれは帝都での竜化と違い、竜王種のような竜人形態だった。そして追撃を真正面から受け止める。

「貴様もそうなれるとはな」

「なんか思い付きでさ。君が今さっき急にパンチとか使ってきたじゃん、そういうのと同じだよ」

 ゼロはホシヒメを頭突きで離し、光の剣で追撃し、身を引いて闘気を集中させる。

「ここで塵と化せ」

 そして渾身の抜刀を放つ。空間が切られたガラスのように切り刻まれ、そのあと光が切り裂かれた空間から乱れ飛ぶ。納刀と共に空間は元に戻る。

「これが終わりだ」

 ホシヒメはふらついて、後ろに倒れる―――寸前でこらえる。

「へへへ……こんなに楽しいのにもう終わっちゃうなんて、納得できないよ」

「それでこそだ。何度でも切り刻んでやる」

「行くよ!どんな困難だって一発逆転!行くぜ超速トルネード!ぶち抜けマジドリル!せーのっ、〈ギガマキシマムドライバー〉!」

 ホシヒメの右腕に凄まじい闘気が逆巻く。光へと変わるその闘気の渦に、ゼロは渾身の一太刀を叩きつける。

「ぬうっ……!」

「ぶち抜けえ!」

 どんどん勢いを増していく闘気が、ゼロの刀を押し退けて行く。

「まだだ!」

 ゼロの背から四つの翼腕を生やし、その一つ一つに刀を作り出す。そしてそれぞれから光の刃を放つ。が、ホシヒメの勢いを潰すことは出来ず、全ての刀が折られる。

「ちいっ!」

 ゼロは翼腕を全て拳に纏わせ、ホシヒメと真正面からぶつかる。

「うりゃあああああああああッ!!!!!」

「おおおおおおおおおおッ!!!!!」

 二人の闘気が衝突して凄まじい閃光を放つ。と同時に、天空に巨大な亜空間が生まれる。

 閃光が収まると、互いの竜化が解けていた。ゼロは直ぐ様刀を生み出し、それを支えに立ち上がる。

「勝負はここからだ……と言いたいところだが」

 ゼロは亜空間を見上げた後、周囲を見渡す。大灯台の縁から、無数のプレタモリオンが這い上がってくる。

「戦いの妨害をされるのは不愉快だ。貴様は仲間が無事でないと全力が出せんだろうからな」

「ゼロ君……」

「あの次元門は古代世界に繋がっている。この世界からE-ウィルスを取り除く方法も、あちらにしかあるまい。早く行け」

「ゼロ君はどうするの?」

「見てわからんか?貴様らが次元門を通りすぎるまで守ってやると言っているんだ」

「……。死んじゃダメだからね!」

 ゼロはホシヒメの方を見ず、プレタモリオンを切り刻んでいく。ホシヒメはゼルたちのところへ戻る。

「みんな!あの次元門?とか言うのに入って古代世界まで行こう!」

 四人は頷く。

「ゼル、アカツキをお願い!」

 五人は次元門に飛び込むと同時に、ゼロが斬撃で次元門を閉じる。

「行ったか」

 ゼロは周りを見る。

「雑魚がどれだけ集まろうが知ったことではないが……楽しませてもらおうか」

 蒼い粒子がプレタモリオンを消し炭にして、空間の歪みが光に変わって粉々に引き裂く。それを俯瞰するように、灰色の蝶が舞っていた。

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