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前編(通常版)

 政府首都アルマ・行政塔

「アミシスとヤズが死んだのか」

 アルマは革製の椅子を回転させて机に向き直り、デスクトップのキーボードを叩く。

「哀れな女だ」

 アルマは立ち上がると、執務室の横にある巨大なガラスへ近付く。

「時が来たというべきか」

 そして、胸元のポケットから携帯端末を取り出し、耳に当てる。

「エリファス。直にアミシスとヤズの魂が来るはずだ。到着したら連絡しろ。計画を開始する」

 アルマはそれを元に戻すと、ネクタイを締め直した。


 ――……――……――

 古代世界・DAA施設

「明人様、力は行使できますでしょうか」

 トラツグミと小柄な少年が、DAAの研究室のコンソールの前に立っていた。

「ああ、勿論。一つ聞きたいんやけど、今DAAの安全は確保されとるん?」

「ええ。核となるエクスカリバーが引き抜かれていましたが、代わりにバロン・クロザキが中枢部に居ることが確認でき、またカルブルムヨーロッパ支部長とエリアル・フィーネ親子が行方不明となっていましたが、カルブルム支部長はWorldBにて殉職を確認、エリアルに関してはサンフランシスコの海岸に倒れていたと報告を受けております。今回のシステムダウンは黒崎特別顧問の独断によるところが大きいと共に、首謀者はエリアル・フィーネであると断定しております」

「わかった。っていうか、エリアルとカルブルムって誰」

「KIAの判定が出ておりますので、明人様がお記憶に留める必要はないかと」

「あっそ。まあそんなことより俺が気になるのはさ、零さんは今どうなってるん?」

 トラツグミはコンソールを叩き、視界情報にデータを転送していく。

「明人様、現在白金零は零獄、ルーミア地方のシュバルツシルトという少女と共にいるようです」

「へえ。コード・プロミネンスとやらは?」

「世界中にプロトコルが張られているのは吉田からの定期報告で確認しておりますが、まだ実行段階ではないようです」

「で、俺が力で新生世界の時間を操作すればいいんだっけ」

「左様でございます。ゼナ様のバイタルサインを表示致しますので、ゼナ様から合図が来たら明人様のお力をDAAへ照射してくださいませ」

「ういー」

 表示された地図に、緑色の点が現れた。

「ゼナ様より信号を確認、chaos社携行用トーチカ、〈カテドラル〉の展開を確認」

「よし、行くぞ」

 明人が手元の緑色の穴に腕を突っ込むと、ガラスの向こうのDAA装置が光り出す。

「タイムセット。ホストからの干渉を許可せよ」

「五十年間の時間操作を認証したようです、明人様」

「で、俺はまだDAAにいないといけないの?」

「もう長居する必要はございません。セレスティアル・アークへ帰りましょう」

「ういー」


 新生世界・カテドラル

「時の十二要素を弄び、時代の流れさえも我らの自由にする……それがわしらchaos社の特権であり、わしらの成すべきことじゃ」

 巨大な雪山が連なり、黒い岩肌と白い雪が無限に続く銀世界を円柱の中心からガラス越しに眺める。chaos社携行用トーチカ・カテドラルはその名の通り、個人携行用の巨大な塔であり、無数の仕掛けと共に、様々な干渉から使用者を守るのである。

「この世界を改編した結果生まれる不都合も、大いなる目的の前では僅かな犠牲でしかない。誰の運命を弄ぼうとも、わしらにはこれを成す使命がある。新人類計画……主の理想のために」

 ゼナは短いスカートの裾を直すと、きめ細かな白い肌が流れる足を組んだ。

「それは彼の地にて終わる。その時まで、わしはただ、動き続けるのみよ」

 ――……――……――


 アケリア交商道

「おいホシヒメ!起きろ!」

 ゼルが肩を揺すり、ホシヒメが目を醒ます。目の前は車が行き交う道路だった。背後には濃霧に満ちた森、周囲には草原があった。

「どこここ」

「アケリア交商道だ。土の都と政府首都を直接繋いでる。誰かが俺たちを助けてくれたらしい」

「おばあちゃんは!?」

「わからん。だが今竜神の都に戻るのは危険だ。政府首都の竜神は長老と知り合いらしい。そこで情報を仕入れるぞ。歩けるか?」

「うん、大丈夫」

 ホシヒメが立ち上がると、ノウンが走ってきた。

「竜王種はいないみたい」

「わかった。行くぞホシヒメ」


 政府首都アルマ

 アルマは巨大な都市であり、竜神側の総本山とも言える。中央に聳える行政都庁を囲むように様々な建造物が並び立っている。ホシヒメたちは、アスファルトで作られた車道を挟むように続く石畳の道を行政区へ向かって進んでいた。

 しばらく進んで、大きな交差点に辿り着く。真正面のビルに張り付けられた液晶に、政府からのニュースが流れていた。液晶に映った男は、銀髪に赤目、白い背広に黒い手袋という、異様な佇まいで、机の上で手を組み椅子に腰を掛けていた。

『都民の皆様に速報をお伝えします。先刻、竜神の都が竜王種の集団によって襲撃されたという情報が入ってきました』

「あれが長老の知り合い、政府竜神アルマだ」

 ゼルが液晶に映った男を指して呟く。

『こちらをご覧ください』

 アルマの姿が消え、代わりに先程の竜神の都が襲撃されている映像が流れる。

『これはその一部始終を切り取った映像です。竜王種の野蛮さがよく現れていることが確認できますが、この事件の首謀者はというと……』

 また画面が切り替わり、ある少女の顔写真が映される。

「これ……私?」

 と、ホシヒメが困惑するほどにホシヒメにそっくりな少女の顔が映し出されていた。

『彼女は皆様もご存じでしょう。クラエス・ホシヒメ。竜神種の皇女でありながら、竜王種を率いている大罪人です』

 ホシヒメがゼルをつつく。

「ねえ、ゼル。なんかヤバくない?」

「俺もそう思う。これってがっつり冤罪をなすりつけようとしてるよな」

 ノウンも頷き、三人はそそくさとその場から離れようとする。アルマは液晶の中で、言葉を重ねる。

『発見次第、即刻都庁に通報し、速やかにその場を離れてください』

 液晶が普通の番組を流し始めた途端に周囲の竜たちはホシヒメを見て逃げ始める。

「逃げるぞ」

 三人が走ろうとすると、交差点は地面からせり上がるバリケードで道が塞がれていく。

「あそこだけ遅いよ!」

 ホシヒメが指差したバリケードは、確かに露骨に遅かった。

「絶対怪しいよあれ!」

「仕方ない、行くぞ!」

 三人はその道を駆ける。そしてその道は、二体のゴーレムが居た。

「相手してらんないよ!」

「余計なことをせずに逃げるぞ!」

 ゴーレムの攻撃をするりと抜けて、都の外へ出た。

「レリジャスまで行くぞ!あそこは竜王種寄りの都だ!」

 草原を、沼の方へと駆けていった。


 戦火の沼

「ここまで来れば追ってこないはずだ」

 先程までの草原とは打って変わって、折れた槍や刀が所々に刺さっている沼が辺り一面に広がっていた。

「ここを行くの?」

 ホシヒメの問いに、ノウンが答える。

「僕たちは今から水の都、レリジャスに向かってる。本来は鉄道を使えばいいけど、アルマさんの考え的には僕たちは竜神種でありながら竜神種を滅ぼそうとする大罪人。公共交通機関が使える立場じゃない。だから、デッドゾーンとも呼ばれるこの沼を、アリア氷山に向けて越えるんだ」

「氷山を越えるの?」

「うん。恐らく、それが一番安全だと思う」

 血を吸って紅く輝く沼を歩きながらホシヒメが呟く。

「酷いよね、アレ。私、社に辿り着いてないのに」

 ゼルが答える。

「だが、逆に言えば誰かの捏造か、お前に似た誰かが竜王種と協力したってわけだ。犯人を見つけ出せばいい」

「それはそうだけどさ、手掛かりないよ?」

「いや、お前とそっくりで、長老よりも強いとなれば数は限られてくるはずだ」

 ノウンが立ち止まる。

「どったの、ノウン」

「殺気がする。……ねえ、出てきたら」

 竜の腐乱死体の山から、一人の少女が現れる。

「いけずやわぁ、ちゃんと正面から挑もう思ってたんに」

 少女は短い栗色の髪で、腰に刀を提げ、改造された袴に身を包んでいた。

「ルクレツィア!?なんでここに!?」

 ノウンが驚く。

「知り合いか」

「知り合いも何も、友達だよ」

「だが今の言葉……」

「敵……ってことだよね」

 ルクレツィアは裾が血沼で汚れるのも気にせず、前へ出た。

「政府竜神アルマの命で、アンタらを殺させてもらうわ」

「ちょ、ちょっと待ってよルクレツィア!」

「待たん。これは仕事やし、それに……」

 ルクレツィアはホシヒメの方を見る。

「原初竜神を破ったその力、この目に焼き付けんとな!」

 ルクレツィアが腰を落としたのと同時に、三人は構える。ルクレツィアは仰々しく刀を抜く。紅く輝く刀身にスパークが走る。

「来な」

 ゼルが切りかかる。難なく弾かれ、追撃をガンブレードの腹で受け止める。

「ふぅん、お供は雑魚なんやな」

「何?」

「ウチが加減したのわからんやった?本気でやったら今頃体と首が泣き別れしとるわ」

「この女……!」

「なんや?本気で行ってええんか?」

 ノウンが諭す。

「ゼル!挑発に乗っちゃダメだ!」

 ルクレツィアが刀を横に回し、鞘に刀を納める。

「ま、挑発に乗ろうが乗るまいが、攻撃せんと終わらんけどな」

 一気にゼルに肉薄し、納刀している刀を発射し、ゼルの顎に直撃させる。宙を舞うゼルに向け、ルクレツィアは跳躍して刀を掴み取り、止めを刺そうとする。そのとき、ノウンがその間に入って大剣で止める。

「ルクレツィア落ち着いて!竜神の都を襲ったのはホシヒメじゃない!」

「わかっとるよ?第一、凶竜であの顔とその顔の区別がつかんわけ無いやろ?」

「じゃあなんで!」

「言うたやん。仕事やって」

 大剣を踏み台に更に飛び上がり、納刀し、右手をスパークさせてノウンの眼前で抜刀する。大剣は真っ二つになり、合体していたパーツも綺麗に両断されていた。得物を失ったノウンは気絶したゼルを掴んで後退する。

「次はアンタや、クラエス・ホシヒメ」

「行くよ!」

 竜形の闘気が噴き出すが、ルクレツィアは微動だにせずに受ける。

「そよ風やなあ。ゼロ兄にボコられるのも無理ないわ」

 ホシヒメのラッシュを軽く往なし、隙を突いて腹を蹴り、ホシヒメを放り投げる。

「手緩いなぁ、竜神種のお姫様とは思えんわ」

「まだまだ!」

 パンチをするりと躱す。

「筋は悪ぅない。けど、実戦に慣れとらんし、迷いがあるようにも見えるわ」

 右ストレートを流し、蹴りを返すが躱され、次のパンチの直前に刀を納め――

「ぐあっ!」

 放たれた一閃がホシヒメの腕を切り飛ばす寸前にノウンが盾になり、背骨が斜めに切断される。ノウンが糸の切れた人形のように倒れるのを、ホシヒメが受け止める。

「ノウン!?しっかりして!」

「大丈夫……これくらいなら放っておいても治るよ……今はもう動けないけど……」

 ルクレツィアは刀に指を這わせ、血を拭き取る。

「ま、こんなもんやな。止め刺すのもやる気にならんわ。今日は見逃したる。ほな、ウチは帰るわ」

 納刀し、ルクレツィアはホシヒメたちの傍を通りすぎていった。

「取り敢えずゼルを起こさないと」

 ホシヒメはノウンを抱えてゼルを起こす。

「うっ……ってて、顎が……」

「大丈夫?ルクレツィアって子はどっか行ったけど」

 ふらふらとゼルが立ち上がる。

「なら先を急ぐぞ……」

「わかった」


 ???・終期次元領域

「我が王よ……レッドライダーは役目を終え、ペイルライダーはロータ・コルンツがモンスター化した瞬間を、ホワイトライダーもコード・プロミネンスの発動を待つのみですが……私はいつ出撃すれば」

 黒い鎧の骸骨騎士が、狂竜王へ跪く。周囲は闇に包まれ、その中を、無数の巨大なキューブが泳ぎ回る。

「そなたは変わらぬな、ブラックライダー。何をいつすべきかは既に伝えたはずだ。時が来るまで待つがよい。そなたは与えた任務を違えたことはない。功を焦る必要はないのだ。今はまだアベロエスに動きはない」

 狂竜王が振り向くと、青白い鎧の骸骨騎士が現れる。

「申し訳ありませぬ、我が王よ。エリアル・フィーネによってゼフィルス・ナーデルが新生世界に送られるまではよかったのですが、DAAを通して改編を受けまして」

「うむ、奈野花に聞いている。それで、どうしたのだ」

「追憶の深窓にて決戦が行われている最中でしたので、私も即座に介入し、記憶を削除したレベンを投入し、私自身の手でヨーウィーとルネを殺害しました」

「了解した」

「ええ。ですが、レイヴン、リータ、ロータが古代世界へ行くかは運が絡みます」

「心配は要らん……ペイルライダー」

「ブラックライダー、何か策が?」

「異史からアルバ・コルンツとセレナ・コルンツが向かったらしい……chaos社と決着をつけさせようとする者がいれば、必然的に古代世界へ行くはずだ……」

 ブラックライダーが立ち上がる。

「僕はアルメールへ行く。やはり一人だけ何もしないというのは我慢ならない。それにあの男は、余計な情報を漏らす上に、要らん演技をする。我が王よ、私はこれで」

 礼をしたあと、踵を返し闇に消えた。

「やれやれ、始源世界からあやつは何も変わりませんな、王よ」

「あれでよい。繊細で責任感が強いのだ、ブラックライダーは。誰よりも私のことを憂いてくれる、心優しい男よ」

「流石は我が王。よくご覧になっていらっしゃる」

「世辞はよい。私は適材適所を徹底しているつもりだが、もしも不満があるのなら言うのだ」

「何も。では、私もこれで、失礼致しました」

 ペイルライダーは青白い馬に乗り、虚空へ走り去った。

「竜の戦いはまだまだこれから……私の望みのままに戦うがよい」

 狂竜王は果てなく続くキューブの波を見て呟いた。


 アリア氷山

 ホシヒメたちは氷山の辛うじて道と言える崖を歩いていた。かつて原初竜神アミシス・レリジャスが、水の都を作ったときの余波で生まれた、世にも珍しい連氷山である。

「ねえ、これほんとに辿り着くの?」

「大丈夫だ。幸い今の季節は天気が荒れにくい。それに、ここは死都エリファスに向かう物好きが開いた道だ。基本的に誰も寄り付かんが多少整備はされている」

 二人は連戦で疲弊した体を引き摺りながら、氷山を登る。道の横のチェーンに半分以上身を任せつつ登っていく内に広場に出た。広場にはいくつかのテントが張ってあった。

「ベースキャンプだな」

「もーへとへとだよ……」

「休むか」

 二人はテントに入り、入り口のファスナーを閉める。ホシヒメは置いてある寝袋を1つ取り、その上にノウンを寝かせる。

「どう、傷は」

 ホシヒメが微笑みながらノウンに話しかける。

「傷は塞がってるけど、骨がまだ繋がってないみたい」

「私の代わりに斬られたときはどうなることかと思ったよ」

 ノウンはそれを見てはにかむ。

「こういう時には竜神種であることのありがたさがわかるな」

 ゼルが呟く。

「どゆこと?」

「粉砕されない限りはすぐ治るってことだよ」

「せやねぇ~ウチもそう思うわぁ」

「うんうん、竜神の体って便利……ってええ!?」

 二人は飛び上がる。ノウンのすぐ横に、ルクレツィアが座っていた。

「てめえ、何しに来た!」

「ふわぁ……何って、ホシヒメたちと旅する以外にあるん思うてるん?」

「は……?」

 ゼルもホシヒメもポカンとしていた。

「アルマから仕事を取り下げってもらって、すぐここまで来たんよ。ウチにとって、竜神とか竜王とかどうでもええ。ただ強いやつを切りたいだけなんや。さっき戦ったとき、ホシヒメ、アンタには可能性を感じた。強くなったら誰も追い付かないほどに、アンタは強くなるはずや。でも強く育つ前に殺されたらアカンから、ウチもついていこう思うてな」

 ルクレツィアはあぐらを掻いた。

「どうする、ホシヒメ……」

「まあいいんじゃない?私は旅は大勢の方が楽しいと思うから」

「今一信用ならんが……貴重な戦力であることに変わりはないか」

「よろしくね、ルクレツィア!」

 ホシヒメがルクレツィアの手を握る。

「おおきに。よろしゅうな、ホシヒメ」

「ノウンが回復したらすぐ出るから、そのつもりでね!」

「了解。じゃ、ウチは寝る」

 ルクレツィアは寝転がった。ホシヒメとゼルは顔を見合わせる。

「ねえゼル。レリジャスってところに行ってどうするの?」

「水都竜神は温和なことで知られている。事情をきちんと話せばわかってくれるかもしれない」

「でもさ、行政区に行くまでが危険じゃない?」

「それなら大丈夫やで」

 ルクレツィアが起きる。

「大丈夫って、どゆこと?」

「ほれ、これを見てみ」

「何これ」

「就労手形やろ。そんなんも知らんとか、ほんまに箱入り娘なんやなあ。これは就労手形の中でも最高位の、特形のものや。アルメール以外じゃ捕まらん」

 ルクレツィアがカードをホシヒメに投げる。

「アンタに渡しとくわ」

「ありがと、ルクレツィア」

 またルクレツィアは寝転がった。

「それじゃあ私たちも休もっか」

「そうだな」


 27分後

 ノウンがもぞもぞと動く。その音で、テントの入り口で箱にもたれかかっていたホシヒメは目を覚ます。

「ノウン、大丈夫?」

「うん、もう動けるよ」

「ルクレツィアが仲間になってくれたんだよ」

「聞こえてたよ」

「よし、じゃ行こっか。二人とも、起きて~」


 テントの外へ出ると、空は晴れ渡っていた。氷に照りつける日光が反射して一瞬視界が眩む。

「こっちだ」

 ゼルが先頭に立ち、三人がそれに従う。下山していくと、次第に氷は無くなり、土と森が広がっていた。森の中を貫通する交商道を通っていくと、石造りの巨大な門と、武装した竜王種が何匹か居た。

「これを見せればいいよね」

「せや」

 一行は門に近付き、守衛と思しき竜王種に就労手形を見せようとする。すると、

「ホシヒメ様でございますね」

 と、後ろで声がした。

 一行が振り返ると、そこには黒と金のコートを着た男が立っていた。

「チッ」

 ルクレツィアは舌打ちする。男はルクレツィアをちらりと見た後、ホシヒメに目線を戻す。

「私はメルギウスと申します。帝都竜神アルメール様の命により、あなた様をサポートしに来ました」

 メルギウスは妙に鼻につく下手な演技で、仰々しく礼をする。

「はぁ……?」

「一先ずは水の都へ入りましょうか」

 舞踏会へ出るかのように優しくホシヒメの手を取り、メルギウスは進む。

「単純に苦手だな、ああいうやつは」

「僕も」

「ウチも」


 水の都・ブリューナク

「ようこそ水の都、ブリューナクへ!」

 奥に見える巨大な湖を中心として水路が血管のように街中を巡っている。

「ちょっと待て、ここはレリジャスだろ」

 ゼルが不機嫌そうに問う。

「先刻の事件が起こる前までね」

「事件?」

 ルクレツィア以外の三人が声を合わせる。

「行政区上空に巨大な氷塊が出現し、そこでアミシス様と三つ首の竜が戦ったのです。アミシス様は戦死、代わりに竜王種のブリューナク様が初の都竜王として就任なされました」

 ルクレツィアはやれやれと首を振った後、そっぽを向く。ゼルが続ける。

「三つ首の竜って何だ」

「私も詳しくは知りませんのでね。何分、アミシス様の戦死も、ヤズ様の戦死も、合わせて半日も経っていませんし」

「ブリューナクってどんなやつだ」

「会った方が早いと思いますが、一言で言うなら、そう、エスノセントリズムの塊とでも言いましょうか」

 メルギウスは再びホシヒメの手を取り、奥の大きな建物へ歩き始めた。


 ブリューナク・行政区

 巨大な湖の中に佇む西洋の城のような行政区は、右半分が崩壊し、巨大な氷片がいくつも突き刺さっていた。

「ひどいな」

 ゼルが呟く。

「まあ、レリジャスと対等に戦えるやつともなればこれくらいお手のもんやろなあ」

 ルクレツィアは日光の反射を鬱陶しそうにしている。一行は、行政区の門を開ける。話が既に通っているのだろう、メルギウスは顔パスで進んでいき、区内左側にあるエレベーターで最上階へ向かった。最上階も半壊しており、眩しい陽の光と程好い冷気が流れてきた。メルギウスは少し進んだところにある扉を押し開く。その部屋には、青と白の体色の竜王種が居た。メルギウスは身を退くと、ホシヒメを前へと促した。

「お前がホシヒメだな」

「え、えと、まあ……はい」

 竜王種の放つ気配にホシヒメが気圧されていると、竜王種は椅子から立ち上がる。

「俺はブリューナク。この水の都の新首長だ」

 ブリューナクはホシヒメをまじまじと見つめる。

「仮に不意打ちだとしてもこんな小娘にヤズが倒せると思えんが……まあいい。竜王種に貢献したのは事実だ。今回お前をここまでその男を使って来させたのはアルメール様から渡すよう仰せつかった書状があるからだ」

 そう言ってブリューナクは一枚の手紙を投げて寄越す。

「あのー、これは?」

「アルメール様がアルマと話し、お作りになられたものだ。各都竜神、都竜王より恩赦の詔を受けることで、お前を無罪にするというアルメール様の御慈悲だ。当然だが、アルマとアルメール様からも受けねばならん。期限は一週間、出来ねばお前は竜神側から処断されるだろう。わかったらさっさと行け」

 一方的に話終えると、ブリューナクは椅子に座り直し、窓枠に切り取られた景色を眺めている。ホシヒメたちはそそくさとその部屋から出て、もと来た道を辿って外へ出た。そして顔を見合わせる。

「なんかさあ、おかしくない?」

 ホシヒメが問う。

「起きたばっかりの事件でここまで対処が早いだなんて、絶対おかしいよ」

 ゼルが引き取る。

「お前もそう思うか、ホシヒメ。例え原初竜神が竜神種の皇女に殺害されたという事件であっても、アルマのように声明を出すならともかく、法的なプロセスをこの短時間で、竜王種側の原初竜神であるアルメールが踏めるとは思えん」

 ルクレツィアが続ける。

「わかってへんな、ゼル。これは竜王とか竜神とかそういう問題とちゃう。何を企んどるかは知らんけど、アルメールとアルマが結託しとるのは間違いない」

 ノウンが締める。

「とにかく、詔を集めていけばわかるんじゃないかな」

 ホシヒメは頷き、歩き出そうとすると、仰々しい動きでメルギウスが前へ出た。

「お待ちくださいホシヒメ様、こちらを」

「おー、世界地図じゃん!あんがとね」

「いえいえ、では私はこれで」

 メルギウスは凄まじく変なステップで去っていった。

「どうやっても仲良くはなれんな」

 ゼルが顔を引き攣らせる。

「ここからは……えーっと、ブロケード?ってところが近いのかな」

「そうだな。氷結界の封印箱っていうデカい遺跡を越えればすぐ火の都ブロケードだ」

「じゃ行こっか。一週間しかないし。二人は大丈夫?」

 ノウンとルクレツィアはかぶりを振る。

「おっけ、ブロケードにゴー!」


 アリア氷河

「ねえゼル、ブリューナクに居るときに思ったんだけど」

「何だ」

「なんか寒くなーい?」

「確かに気温は低いが……別に寒くはないだろ」

「いや、寒くはないけど寒いというか……うーん、説明しにくいなー」

 そんな他愛ない会話が、針葉樹林の間を通り抜け、氷河の波濤に掻き消される。

 アリア氷河はアリア氷山より流れる川であり、氷山の砕けた氷を運び、森へ栄養をもたらす存在となっている。

 一行はブリューナクを出た後、川に沿って北上している。

 しばらく歩くと、木々の向こうに巨大な何かが見える。氷結した石が積み上げられた、珍妙な遺跡だ。

「あれかな」

「まだ全然冷たいんやけど、ここ越えたらほんまにブロケードなん?」

 ルクレツィアがわざとらしく囀ずる。

「ああ。現に俺は、ここからブロケードに行ったことがある」

「まいっか。違ったらその時だよ」


 氷結界の封印箱

 内部は特に入り組んでいる様子もなく、一見すると巨大な石造りの倉庫にすら見えるかもしれない。

 天井に大きな穴が空いていて、それは無理に突き抜けたような乱雑な穴だった。

「うーん、何もないし、ただ通り抜けるだけかな」

「元々通過点のつもりだしな」

 ゼルとホシヒメが話しているところにノウンがゼルを、ルクレツィアがホシヒメを突き飛ばす。そして二人は上から降ってきた何かを息の合った攻撃で弾き飛ばす。何かはゆるりと宙を舞い、着地する。

「え何!?何が起きてん!?」

 ホシヒメが大声を出し、ゼルと共に起き上がる。

「ノウン、やっぱこいつの仕業やったな」

「うん……出来れば信じたくはなかったけどね……」

 何かは前に出て、日光にその身を晒す。

「な……」

 ゼルが絶句する。

「私と……そっくり……」

 ホシヒメも驚嘆の声を漏らす。

「アンタやったか、アカツキ。この世でホシヒメにあそこまで似とるのはアンタ以外居らんもんな」

 ルクレツィアを一瞥すると、アカツキはニヤリと笑う。

「アンタならヤズもアカツキも殺れるやろうし、アルマとアルメールがこの速度で対応できるんも納得やわ」

「どういうこと?」

 ホシヒメが問う。

「こいつはアカツキ。ウチら凶竜の元締めや。何らかの理由で行方不明になった原初凶竜パーシュパタの後釜。要は、当代の凶竜覇王のアンタが死なんようにアンタの使命を果たしつつホシヒメをなんらかの形で利用しようとしとるってことや」

 アカツキは腕を組む。

「流石だな、最強の凶竜は洞察力も違うらしい」

 ルクレツィアは刀を構え直す。

「お世辞は結構や。ウチは原初竜神どころか、都竜神にすら勝てへん雑魚やからな。しかしなあ、ウチらの王だけあって何が使命なんかさっぱりわからんわ。ホシヒメを殺すなら竜神の都で出来たやろうし、そもそも原初竜神を殺す必要がない」

 アカツキは踏み込む。

「知る必要もない。ここで死ね」

 構えを取った瞬間凶竜の二人は身構える。そしてアカツキはノウンへ迫る。合体剣を盾にするが、蹴りが貫通し、ノウンは吹き飛ぶ。後ろから放たれる高速抜刀を見向きもせずに片手で受け止め、振り向き様に足を払い頭を掴んで叩きつける。ルクレツィアは動じず鋭い蹴りでアカツキを吹き飛ばす。着地しようとするアカツキをノウンが迎撃するが、足を振り下ろし再度ノウンの剣を砕く。そのまま腹に掌底を加え、首を掴んで投げ飛ばす。切り込んできたゼルのガンブレードを避け、顔を掴んで叩きつけ、サッカーボールのように蹴り飛ばして壁に激突させる。ルクレツィアの雷撃を纏った刀が放たれるが、アカツキの髪を切り落とすに留まり、右腕を折られ、左胸を貫かれる。

「みんな!」

 ホシヒメが叫ぶ。

「次は貴様だ、ホシヒメ」

 アカツキが指差す。

「くっ……」

 ホシヒメが構える。

「行くぞ」

 二人が一気に間合いを詰め、拳を交錯させる。そしてホシヒメは拳の速さの違いを察知し、ガードする。アカツキの重い拳が、ホシヒメの腕にめり込み骨の折れる音と共に咆哮を上げる。そして反撃に移る余地すらなく、アカツキの二発目の拳が胸を抉り取る。ホシヒメは喀血し、手刀で応戦する。アカツキの頬を掠め、アカツキに首を掴まれる。

「この様ではヤズも浮かばれんな。お前のような雑兵のために命を散らしたとは」

 ホシヒメは目を見開く。

「今……なんて言ったの……!」

「今更何をしようが無駄だ、死ね」

「おばあちゃんのこと……悪く言ったでしょ……!」

 ホシヒメは自分の首を掴むアカツキの右腕を両腕で掴むと、思いっきり引き千切る。アカツキの右腕が縦に裂け、ホシヒメは着地する。

 そしてホシヒメの足元から炎が噴出する。

「君が私を騙って何かをするのは構わない。私のことを信じてくれる人は君が何をしようと私を信じてくれるから。でも、君は私の仲間や知らない人たち……そしておばあちゃんまで傷つけて……君だけは絶対に許さないから!」

 アカツキは力み、右腕を修復する。ホシヒメは猛烈な速度でアカツキに近付き、手刀を振り下ろす。アカツキは腕を交差して防ぐ。

「(これはまさか……まさか九竜の力を放ったのか!?)」

「はああああああッ!」

 ホシヒメはアカツキの右腕を切断し、左腕で首を掴み、思いっきり頭突く。ホシヒメは反撃の蹴りを喰らって吹き飛ぶが、すぐに起き上がる。

「ちっ、童女風情が」

 アカツキは全身から氷を放つ。

「気が変わった。本気でぶち殺す」

「怒りと憎しみと……楽しさと、喜びと、哀しみと……怠惰をこの手に……!」

 ホシヒメの体からみるみる内に九つのオーラが放たれる。

「不死と、傲慢と、幻想をも……我が手に……!」

 アカツキが破顔する。

「クハハハハハ!そうだ、それでこそchaos社の贄となるに相応しい!」

 二人が拳をぶつけ合う。そのまま拳の連打が始まり、僅かに拳を外したアカツキの隙を逃さず拳を放つが、体に触れる寸前で何かに弾かれ、ホシヒメはラッシュを受ける。が、ホシヒメは痛みを噛み殺す声さえ上げず、アカツキの股に強烈な蹴りを捻り込む。そして反射的にアカツキが放った突きを受け止め裏拳を頬に叩き込む。風の刃がアカツキを切り刻む。そして右腕にもう一度、今度は炎を纏った手刀で切りつける。断面が焼き焦げ、そして自己再生を封じる。アカツキは飛び退く。

「これはまさか……怨愛の炎か……いや違う、これは九竜・烈火のもたらす……真炎かッ!?」

 アカツキは動揺するが、すぐに平生を取り戻す。

「ふん、ならば、竜闘気を放つ他あるまい」

 そして凄まじいエネルギーを纏い、鋭い手刀を放つ。ホシヒメの放つ拳とすれ違い、お互いの左胸を貫く。ホシヒメからオーラが退く。

「ふっふーん……油断、したねっ……!」

 ホシヒメは根性で悪戯っぽく笑い、両腕でアカツキの左腕を捻り引っこ抜く。そして足でがっちり腰に組み付くと、全力の頭突きをぶつける。ホシヒメは足を離して落ち、アカツキは後退する。

「九竜の力か、やはり……ん?」

 ブロケードの方角から遠く足音が聞こえてくる。

「流石に派手にやり過ぎたか」

 アカツキは竜闘気を解き、竜化して天井の大穴から去っていった。程なくして、ブロケードの兵たちが入ってくる。

「こちらアルファ1。ホシヒメ一行を発見。何者かと交戦した跡がある。ひどく傷を負っている」

 五人組の一人が無線で話す。

『こちらHQ。応急処置を施した後、マグナ・プリズンへ連行せよ』

「アルファ1了解」

 そこまで聞いてホシヒメの思考は闇に落ちた。


 火の都・ブロケード マグナ・プリズン

 迸るマグマが竜の体へ降りかかり、竜――火都竜神ブロケードは目覚める。退屈そうに両腕を伸ばし、10mはある禁獄牢の天井を指先が掠める。

「おお、いかんいかん。この間修理したばっかなのにまた壊しちまうところだった」

 ブロケードはあどけなくそう言い放つと、そして床を思わず踏み抜いた。

「ああ、やっちまった」

 やれやれと呆れていると、無線が鳴る。

「おう、なんだ」

『ホシヒメをB5Fに拘束しました』

「わかった。ルールも教えたな?」

『抜かりなく』

「うっし、俺はいつも通りここで待つ」

『了解』

 無線は切れた。

「しかしまぁ、あの可愛いお嬢ちゃんがヤズを殺すなんてことが出来るもんかねえ……あの子なら、竜神と竜王を和解させることだってできるだろうにな」

 ブロケードは再び座り込む。


 B5F

「いやぁん、不覚やわ~」

 ルクレツィアが笑う。

「笑い事じゃないよルクレツィア。だってマグナ・プリズンだよ?ここは凶悪犯罪者が片っ端から収容されてるんだよ?」

 ノウンが呟く。

「ウチはタイマン専門やし、竜闘気まで使われたら敵わんわぁ」

 ホシヒメがそれに反応する。

「竜闘気って何?」

「アカツキがアンタとの戦いの最後の方に放ったやつよ。わかるやろ?ホシヒメも竜神の皇女様なわけやし」

「いや全然」

「嘘やろ?竜化できれば誰にでもできるんやで?」

「竜化できないもん」

「うぉう!?ほんまかホシヒメ、嘘やろ?」

「ほんとほんと」

「まあええか。竜闘気っちゅうのはな、竜化のエネルギーを人体のまま扱うことや。まあ竜化したまま使えんこともないやろうし、竜化さえできればどんな素人にも使えるやろうけど、体がまず持たんやろな」

「へえ~」

「絶対わかってへんやろ」

「うん!」

 ルクレツィアが苦笑いをしたその時、ゼルが徐に鉄格子に触れると、音を立てて鉄格子が倒れた。

「何だと……?」

 ゼルが目を見開く。

「開いたけど」

「開いたね」

 ホシヒメとノウンが顔を見合わせる。

「ほー、まさかほんまに戦って脱獄せえってことなんかね」

「なるほどな、火都竜神自身が処刑人ということか」

「んー?どゆこと?」

「考えてみろ、ホシヒメ。都竜神や都竜王というのは、長老に比肩するほどの強者が就く職業だ。如何な凶悪犯であろうとも、都竜神に勝てるようなやつがそうそう居るとは思えない。つまり、最低限度の自由を与え、自分に勝つことで合法的に脱獄できるという条件を提示することで、刑期の短縮、経費の削減、死刑囚の確実な処断ができるということだ」

「なんかよくわかんないけど、下に行けばいいんでしょ?」

「まあ……それはそうだが。ブロケードは好戦的なことで知られているから、詔を受けるにしても戦って勝つ必要があるだろうな」

「じゃあ行くっきゃないね!わーい!」

 ホシヒメが通路に飛び出す。マグナ・プリズンの牢屋内部や通路には、ルールに従って交戦したと思われる囚人や看守の死体が大量にあった。

「僕たちの装備を一切外さないのは、ブロケードの余裕の現れってことかな」

 ノウンが死体からタブレット端末を取り出す。電源を入れると、まず初めに〝CCChaos Conpany〟の文字が表示され、その後、各階の見取り図が表示された。

「そこはどうなんだ、戦闘狂」

 ゼルがルクレツィアへ告げる。

「嫌やわぁ、こんな可愛い女の子を戦闘狂扱いなんて。まあええけど、ウチは自分より強いやつにギリギリで勝つのが気持ちええから、相手が全力を出せるようにするわなあ」

「だそうだ、ノウン」

「僕にはわからないね」

 歩き出そうとしたとき、ルクレツィアは起き上がってきた死体を蹴り、壁に叩きつけた。

「汚いわぁ、死体は大人しく眠っといてや」

 それを合図に周囲の死体がわらわらと起き上がる。

「この閉所でこの数は厳しいぞ!」

「ほんならウチにお任せやな」

「え、何かあるのルクレツィア?」

 ホシヒメが小首を傾げる。

「まあ見とき」

 そう言うと、死体の群れにルクレツィアが突っ込む。蹴りで先頭の死体の頭を粉々にすると、続くアッパーカットで1体、左ストレート、右フックでそれぞれ1体、更に手刀で頭を貫き、目にも止まらぬ斬撃を放ち後に続く死体が全て砕ける。

「わぁ、すご」

 ホシヒメが拍手する。

「ただの電動人間グールやね」

「何それ」

「死体に電気を流して動かすんよ。ま、魔力や闘気を使わんと動かんゴーレムより安上がりやな」

 ゼルが口を挟む。

「あの数をあの速度で処理できるやつがいるとは思わなかった」

「ゼル、どうやらアンタはカタログスペックに気圧されやすいみたいやなあ。何事も経験が全てやで」

「そういうレベルじゃない気もするが」

「まあまあ!ルクレツィアが強いってことじゃん!先に行こうよ!」

 ゼルの手を引いて、ホシヒメが走り出す。粉々になった死体を余所に、四人は下への階段を下っていった。


 マグナ・プリズン B6F

 階段を下り終えると、そこは中央に大きめの岩場がある広間だった。周りは溶岩に囲まれており、天井から個人用の牢が何個か吊られていた。

「ここは……」

 ホシヒメがゆっくりと岩場に出る。そしてその眼前に、黒い影が降り立つ。

「やあやあホシヒメ様、またお会いしましたねえ」

「んと、えー……メルギウスだっけ」

 メルギウスはわざとマントを喧しくはためかせ、両腕を上げる。

「ええ。ええ。つい数時間前の出会いでしたからねえ。忘れてしまいそうになるのも無理ありませんでも、今からは覚えるでしょう。それは何故か?今から戦うからですよ」

 メルギウスは後ろへ捻り回転しながらナイフを三本投げる。ホシヒメはすぐに三本とも撃ち落とす。

「では始めましょうか」

 メルギウスは三本のダガーを構える。ホシヒメに接近し、ホシヒメの拳を避け、反対に手をついて、後ろ足で蹴り上げる。ホシヒメを追撃するため飛ぶが、ホシヒメは吊られている牢屋のチェーンを掴んでぐるりと回り、メルギウスの頭を足で挟んで岩場に叩きつける。そして足で空中に放りながら後転し、落ちてくるメルギウスに切り揉み回転しつつタックルする。

「ほう、これは中々。確かに荒削りですが、これは強い」

「やっとまともに戦えるからね。元気いっぱいで行くから!」

「ではこちらも全力で……」

 メルギウスはダガーを投げ捨て、溶岩が鈍い音を嘶く。そして背から巨大な棍棒を引き抜く。それを軽々と片手で振るうと、金の牙が無数に飛び出し、螺旋状の闘気が表面を巡る。ホシヒメの蹴りと棍棒が衝突し、ホシヒメは軸足を変えずにテイクバックを取り、もう一度蹴りを入れる。金の牙を四本へし折り、そこから闘気が吹き出してホシヒメはよろめく。棍棒がホシヒメの腹を抉り、横顔を殴り飛ばす。

「その棍棒、面白いね」

「私のお気に入りでねえ、ねえ?ルクレツィア」

 メルギウスは悪徳商人のような胡散臭い笑顔でホシヒメ越しにルクレツィアへ問う。

「はぁー、これやからウチはこいつのこと嫌いやねん。ホシヒメ、気にせんでさっさと溶岩に叩き落としたり!」

「うん!」

 グッと拳を挙げる。

「急いでるからさ、私のとっておきを見せてあげるね!」

「ほほう、それは楽しみだ」

 メルギウスは満面の笑みで武器を下げる。

「え、ちょっと、私今から大技出すんだよ?守ったりしないの?」

「必殺技を防ぐなんて、芸が無いでしょう?」

 メルギウスの体の輪郭が少し歪む。

「っち、ホシヒメ!攻撃をやめい!」

 ルクレツィアが叫ぶ。

「え!?どうして!?」

 ホシヒメが振り返る間もなく、ルクレツィアが一気に接近し、メルギウスを切り裂く。

「やれやれ、そういうのが一番困るんだよ、ルクレツィア」

 メルギウスが首を振る。0と1が大量に溢れ、メルギウスの形が溶ける。

「どういうことだ!?」

 ゼルが声を上げる。

「下らんことしやがって、アンタは竜化が基本の男やろ。ウチが居るのをわかってそんな戦略を取っとんのなら、読みが甘いで」

「どうなってるの、ルクレツィア」

 ノウンが問う。

「こいつは映像や。質量立体映像。chaos社っちゅう、大昔の秘密結社の超技術」

「ははは、やはりお前と居るとロクなことが無いな、ルクレツィア。そこまでわかっているとは、驚きだよ」

「生憎、ウチは気になることはとことん知りたいタイプやからな」

 ルクレツィアが刀を納める。

「では、また今度お会いしましょうか、ホシヒメ様」

 メルギウスはまたも大袈裟に礼をすると、粒子になって消えた。

「消えちゃった」

「まあ、無用な消耗は避けられたわけだ」

 ゼルとノウンが近づく。

「でもルクレツィア、よく映像だってわかったね」

「ホシヒメ、アンタが自分の出す闘気の量を上げたお陰や。映像の信号が一瞬乱れとった」

「なんかよくわかんないけど、ありがとね」

「おおきに」

 四人は先へ進み、階段を降りた。


 マグナ・プリズン 禁獄牢

「天地に き揺らすかは さゆらかす 竜わがも 竜こそは きねきこう き揺らならば 王龍の よさしたまへる 大命」

 ブロケードが禁獄牢に響く声で呟く。

「ニルヴァーナへの道は拓かず、未だ全ては不可視の混沌の中……とでも言おうかねえ、ホシヒメ」

 そして、自身の眼前に立った四人へ顔を向ける。

「えと……あなたがブロケードってことでいいんですか?」

「そうだ。とは言っても、こちらは君に会ったことがあるからな、君が覚えてなくても顔見知りだ」

 ブロケードは立ち上がる。

「ブロケード様、我らはあなた様から詔を受けようとここに……」

 ゼルをその巨大な腕で制止する。

「わかっている。俺は君たちがヤズを殺したとは思っていないぞ。彼女は聡明な竜神だ、そして、自らの命さえ世界のために犠牲にできる」

「……」

 ホシヒメは真剣な表情でブロケードを見つめる。

「ヤズにそっくりだな、その澄んだ眼。俺はその眼が好きだ。恐るべき覚悟の見える、だがそれでいて純粋無垢なその瞳がな」

 ブロケードが腰を落として構える。

「ホシヒメ、竜神の御子よ。我が詔受けたくば、汝の武を見せてみよ!」

 ホシヒメが頷く。

「行くよ、皆!」

 ブロケードが拳を振るう。それをノウンが剣で受け止め、遅れてやってくる熱風をルクレツィアが切り裂き、ゼルとホシヒメが同時に攻撃を放つ。ブロケードが迎撃で放つ炎のブレスをゼルがガンブレードを爆発させて打ち消し、ホシヒメと頭突きで打ち合う。

「ふん、手緩いぞ小童ども!」

 ブロケードは殴り抜いてノウンを押し返し、ホシヒメを掴んで投げ飛ばす。宙返りしながら振ってきたゼルのガンブレードが肩に巻き付いている布を薄く切り裂き、ルクレツィアの刀を人差し指で受け止める。

「いやぁ、流石都竜神やわぁ。四対一でここまで押し負けるなんてなぁ」

「黙って戦え」

 ゼルがガンブレードのトリガーを引き、その瞬間にブロケードへ叩きつける。手の甲に巻き付いた厚い布を引き千切り、ブロケードの表皮が露出する。

「おお、中々やるじゃねえか。その辺の雑魚どもとは格が違うって訳だ!」

 ブロケードが拳を握り締めると、その表皮から爆炎が飛び散り、ゼルが吹き飛ぶ。そして、ホシヒメの真横に着地する。

 ルクレツィアも一旦、そこまで飛び退く。

「うん、確かに強いね」

「どうする、ホシヒメ。このまま直線的に攻めても勝ち目は薄そうだぞ」

「そうだね。確かに、私たちじゃ力不足なのは見えてるよ。でも、力不足ってだけじゃ、諦める理由になんて全然ならないよ」

 ホシヒメが眼を閉じる。

「みんなの力を貸してくれないかな。ただ、勝ちを確信してくれるだけでいいんだけど」

 それを聞いて、ルクレツィアが薄く笑う。そして、ノウンとゼルは頷く。

「だが、それは単騎で戦うということか?」

 ゼルが訊ねる。

「もちのろんだよ。ほら、よく言うじゃん。真剣勝負に横槍は無粋だって」

 ブロケードが拳を突き合わせる。

「腕白な皇女様だ。ますます気に入ったぜ」

「ほら、あっちもやる気だし、とりあえずやってみない?」

「お前がそう言うならそれが最善なんだろうな。お前の勘は当たるからな」

 ゼルとホシヒメは拳を突き合わせる。ホシヒメはブロケードへ歩む。ブロケードはホシヒメを指差す。

「タイマンの殴り合いなんていつぶりだろうな。ま、せいぜいお互い楽しもうや!」

「お望みのままに!」

 ホシヒメは眼を見開き、ブロケードの拳より早く飛ぶ。強烈な蹴りを放つが、それは簡単に受け止められる。すかさず膝と肘でブロケードの巨大な中指を粉砕し、その勢いで更に上へ飛ぶ。ブロケードが迎撃で放つ熱風を闘気で打ち消しながら特攻する。

「甘いぜ嬢ちゃん!」

 ブロケードが掌を向けると、瞬時に衝撃波が走る。禁獄牢の天井を粉砕し、ホシヒメを吹き飛ばす。壊れた天井から無数の電動人間が落下してくる。ホシヒメはそれを乗り継ぎながら体勢を立て直し、竜の頭を模した闘気を放つ。ブロケードは咆哮を放ち、大きく天を仰ぐ。禁獄牢全体が振動し、マグマが荒ぶる。ブロケードの全身を覆っていた布が解け、体のあらゆる部分から巨大な棘が迫り出す。ホシヒメは落下する瓦礫を掴んでぐるりと回り、ブロケードにドロップキックを放つ。腕で防がれ、履いていたスニーカーが煙を上げてどろどろに溶ける。

「雹雨!」

 ホシヒメの足元から巨大な氷塊が爆裂し、凄まじい水蒸気で視界が殆ど無くなる。

「激流!」

 ホシヒメは床に両手をつき、水を掌から放って飛び上がる。

「暴嵐!」

 そして強風で水蒸気を吹き飛ばし、空中でオーバーヘッドキックの体勢になる。

「迅雷!」

 隙だらけのブロケードへ向かって雷球を蹴り飛ばす。見事にブロケードに直撃し、衝撃波が撒き散らされる。

「どうかな!?」

 土煙が収まると、仁王立ちのブロケードが現れた。

「ふむ……今の君を例えるならば、精錬されていない鉄だ」

「な……」

 ホシヒメはたじろぐ。

「無傷とは言わんが、それだけ力を振り絞ってこの程度とはな。だが……いいぞ。これで俺もまだまだ鍛練が足りんとわかった。あとで行政区へ来るんだ、わかったか?」

「え……え?詔をくれるんですか?」

「もちろんだ。楽しかったからな。欲を言えばもっと死闘を演じたいところだが、流石にこれ以上するとマグナ・プリズンが持たんからな」

 ブロケードは奥の大扉から出ていった。

 ホシヒメは振り向く。

「やったよゼル!」

「ああ!見てたぞ。見事な戦いっぷりだったな」

 ノウンとルクレツィアがハイタッチする。

「これで火の都の詔は貰えるってことだね!」

「せやな!まさか都竜神と単騎であそこまで戦えるとは、アンタの成長速度は化け物やなあ、ホシヒメ」

「えへへー、まあ?それほどでもありますけど!」

 ゼルがげんこつで小突く。

「あいだっ!?」

「調子に乗りすぎだ」

 ルクレツィアが先へ進む。

「ま、取り敢えず行政区へ行こか」


 ???・終期次元領域

「我が王よ」

 トランペットを携え、法衣を纏い、天使のような翼を生やした骸骨が、狂竜王の傍で跪く。

「何用だ、トランペッター」

「エメルが目覚めました」

「そうか」

 階段を登る音が後ろから響く。

「そうですよ~」

 黒い軍服に身を包んだ女が、竜化した右手を口に添えて微笑む。

「ボーラスと一戦交えたいのですけど、貴方もどうですか、アルヴァナ」

「断る。そう暴力的にならずに、古代世界で奈野花と茶でも飲んでくればよいだろう」

「ダメですよ~原始的な力を振るうことこそ、人間の正しい姿でしょう?第一、古代世界なんて貧弱な世界で私が戦ったら、全てが消し炭になってしまうでしょう」

「まあ……確かにそうではあるが」

 エメルはにこりとしたが、すぐにはっとして両手を合わせる。

「今私たちが戦ったら今起こっている竜たちの戦いが茶番に見えてしまいますね♪」

「むう……そういう事情ではなく……ともかく、ボーラスは諸事情で今封印されている。私がトランペッターに合図を出すまでは目覚めんぞ」

「うふふ、まあこの世界まで彼らが来るのをここで待つとしましょうか」

 エメルは自分の椅子に座った。キューブの向こうから白い馬に乗った骸骨騎士が現れる。

「我が王よ、ただいま戻りました」

「ホワイトライダー、ご苦労。白金零は古代世界に戻ったか?」

「抜かり無く」

「そうか。ならば、しばし休むがよい」

「はっ」

 虚空へ去っていくホワイトライダーを眺めて、エメルは呟く。

「使命に殉ずる者は羨ましいですね~。誰かの夢に自らの命を賭けることが出来るんですから」

「まだ戦いは始まってすらいない。この天球儀をただ眺めるのだ、エメル」

「ええ、ええ。更なる強者を育てるための土壌が、あなたの作る世界ですからね」

 狂竜王とトランペッターは微動だにせず、エメルは足を組み直す。


 火の都・ブロケード 行政区

「ふいーっ、久しぶりにここに戻ってきたな」

 黄金で作られた煉瓦のような岩の壁が、長々と螺旋を作る行政区の区長室で、人間態になったブロケードがシャツを脱ぎ捨てながら喚く。

「嬢ちゃんたちはその辺に座ってな」

 四人は区長室の来客用のソファに座っていた。

「なあなあ、ホシヒメ。アンタって意外と礼儀正しいんやな」

「え?そ、そうかな?」

「僕もそう思うかな、ホシヒメ」

「ノウンも?」

「ほら、今だって背筋ちゃんと伸びてるし」

 ブロケードが椅子に座り、ホシヒメへ籠手を投げる。

「わわっ、なんですか、これ」

「俺がヤズに渡した籠手だよ。あの人は素手で戦わねえから返されたが、君が使うのが一番だと思ってな。因みにそれには、既に俺の詔を込めてある」

「ありがとうございます!」

「ま、ひょっとすると嬢ちゃんは素手の方が強いかわからんがね。次は凶竜の都を通ってガイアに向かうといい。まだアルマやアルメールには敵わんだろうからな」

 四人は立ち上がる。

「本当にありがとうございました!」

 ホシヒメは深々と礼をする。

「おうよ。まあ、出世払いってこったな。強くなったら俺んとこに来いよ?」

「はい!」

 四人が区長室から出ていくのを見送ると、ブロケードは一息ついた。

「しかし、やはりあの子はヤズを殺せるようなタマじゃねえ。ということは……」

 部屋の隅で黒い影が揺れる。

「誰だ!」

「汝、我が天秤を均衡に保つものか」

 黒い鎧の骸骨騎士が現れる。

「誰だ、お前」

「我が名はブラックライダー。揺れる天秤を見定め、罪の意味を計るもの」

 ブロケードはブラックライダーの天秤を一瞥すると、椅子に深く座る。

「で、何の用だ。許可無く区長室に入った時点で、マグナ・プリズンに収容してもいいんだぜ?」

「私を縛るのは我が王ただ一人。汝に私は縛れぬ」

「ほう。そいつはまさか、俺に勝負を挑もうってか?」

「否。私がここに来るは、汝に最後の戦いを見定める器量があるか計るため」

「最後の戦いだぁ?なんだそりゃ」

「知る必要はない。私は王のため、定められた計画の全てを書きなぞるだけだ」

「俺はそうじゃねえんだよ。お前がもったいぶるせいで気になるだろうが」

「そうか。エメルもそう言っていたが……好奇心というものは理解できんな」

 ブラックライダーは天秤を掲げ、その瞬間に空間がひしゃげる。


 ???・第一期終着点

「んあ……?」

 キューブの渦が上空へ続いている。真っ黒に染まった水晶のようなキューブの上に、ブロケードとブラックライダーは居た。

「なんだぁ?ここは?」

「マグナ・プリズンでの戦いは見ていた。全力が出したいのだろう?」

「ほう?」

「ここは我が王が作り出せし桃源郷シャングリラ。無明桃源郷・シャングリラ。いかなる力の影響でさえも、この世界は砕けない」

「中々興があるじゃねえか。なら……」

 ブロケードは炎を纏い、竜化する。

「ぶちかましてやるよ!」

「我が王の下す命の前に、汝を……私の肩慣らしにさせてもらおう」

 天秤を掲げると、蛇の通った骸骨が2体現れる。

「汝の罪を計ろう」

 ブラックライダーはどこからともなく現れた黒馬に乗り、骸骨より後ろへ退いた。

「ぶるぁぁぁぁぁ!」

 ブロケードが拳をキューブへ叩きつけると、猛烈な熱波が骸骨を薙ぎ払う。

「む……」

「さっき嬢ちゃんたちに剥がされた呪符、新調しなくて正解だったな」

「流石は都竜神。この程度では意にも介さぬか」

「さっさと本気を出しな。そんな骨じゃ俺を倒すなんて到底無理だ」

 ブロケードが瞬時に距離を詰め、ブラックライダーに拳を放つ。だがそれは、天秤の柄で容易に受け止められる。

「私はレッドやホワイトとは違う。その程度で倒せると思うな」

「レッドだかホワイトだか、何を言ってるのかは知らんが、本当に全力で行っても問題無さそうだな!」

 全身から噴出する炎がその勢いを増し、裏拳が振り下ろされ、爆炎がブラックライダーを追撃する。空中で追撃を仕掛けるように連爆する炎を黒い馬が高速で駆けて躱す。

「汝の魂は我が天秤をどちらへ傾けるか」

 ブラックライダーは炎とブロケードの拳の両方を紙一重で躱しながら天秤を掲げる。しかし天秤は全く動かない。

「ふむ……あの女エメル・アンナの言う通りか。戦いに純粋な者は正邪を越えた清き心を持つということ……だが」

 ごく僅かに、天秤は左に傾いた。

「ふ……ブロケード、汝は罪ありき。我が天秤の元に、その命を半分貰おうか!」

 ブラックライダーは馬から飛び上がり、凄まじい反応速度で拳を放ってきたブロケードを躱し、天秤を突き刺す。

「汝の戦いに懸ける魂、実に見事。だが、汝は我が王が求める器に非ず。であるからこそ」

 天秤を引き抜くとブロケードは崩れ折れ、天秤が突き刺された傷口から白く結晶のように透けていく。

「ぐっ……何をした」

「言ったはずだ。その命を半分貰うと。命の限りある者は、その限界を知ったときに己を越えた力を出すと我が王は言っていた。ならば、試すのが必然だろう」

 ブロケードは倒れ臥した。

「結末はまだ遠い」

 ブラックライダーは天秤を掲げると、周囲の空間が歪む。


 火の都・ブロケード 行政区

 ブロケードは深く椅子に凭れている。

「これより先、大いなる戦いが始まる。汝があの小娘の進化を信ずるならば、再び壁として立ちはだかるがよい」

 ブラックライダーは踵を返し、霧のように消え失せた。

「はぁー……ったく、都竜神以外にもあんなに強いやつがいたとはな。あれがアルマやアルメールの言うchaos社とかいう異界の使者か……?」

 ブロケードはゆっくりと立ち上がり、電話を手に取る。

「ああ、アルマ様ですか?お話ししたいことがありましてね……」


 火の都・ブロケード 市街地

「うーん、ぴったりだなー」

 ホシヒメは籠手を付けた腕を眺めてはにやけている。

「さっきからずっと見てるね、それ」

 ノウンが話しかける。

「えへへー、おばあちゃんと私って体格そっくりなんだーってね」

 ルクレツィアとゼルが会話に加わる。

「凶竜の都へ行こか」

「ルクレツィアが言うには、エルデ火山を抜け、アーメレス大草原を越えればあるらしい」

 ノウンが頷く。

「一応そうだね。徒歩であそこに行くなんて、よほど体力に自信のある人だけだと思うけど、状況が状況だから仕方ないよね」

「ウチは結構歩きで世界中を回っとるけどな」

 ゼルが口を挟む。

「お前を基準に話をしたら色々おかしくなる」

「ええやん。ウチに合わせたら体力付くで?」

「とにかく、次は火山だ。単純に体力が必要な長道だから、今日は休むぞ」

 ゼルがそう言うと、ホシヒメが反応する。

「えー外泊するならゼルとおんなじ部屋は嫌だよー?」

「うるせえ。お前みたいなド汚い女とあの二人のどっちかを一緒に入れられるか!」

「汚くないよ!」

「じゃあ言わせてもらうが、お前は一回穿いたパンツを平均で十日以上変えないだろ。風呂には入らない、手も洗わんだろ」

「うん。だって自然は家族ですし?」

 ゼルが大きく溜め息をつく。

「いーじゃん!ルクレツィアもいいよね!」

「ん?ウチ?ウチは別にええけど。凶竜として傭兵の仕事をしてるとなあ、一週間以上風呂に入れんのもあるわな」

「ほら!ルクレツィアもこー言ってるよ!」

「う、うぅん……任せていいか、ルクレツィア」

「ウチもズボラやしなあ。な、ノウン」

「この話の流れで僕!?確かにルクレツィアは鍋で茹でた麺を直に食べたりするけどさ……」

「わかったわかった。宿へいくぞ」


 火の都・ブロケード 宿屋

「いやあ疲れたねえルクレツィア」

 ホシヒメは部屋に入るなりベッドに飛び込みピクリとも動かなくなった。

「ホシヒメ、風呂くらいは入りぃや。ブロケードは名湯でも有名で……って、まさかもう寝とるんけ?」

 ルクレツィアが鍵を締めた後にベッドに向かうと、ホシヒメはもう寝入っていた。

「むにゃ……ゼル……青髪染めたら黒バナナ……」

「(どういう夢を見とるんや……)」

 ルクレツィアは朗らかに一人微笑むと、装備を解き始める。

「しっかし、ブロケードが手配してくれた宿だけあって、部屋に備え付けの露天風呂とは恐れ入るわ。アルマのジャグジーもええけど、凶竜としてはこっちのがええわ」

 腰の紐をほどき、ルクレツィアは一糸纏わぬ姿になる。そしてガラス戸を開き、浴槽に浸かる。ほどよい熱が体を包み、遠くに見えるエルデ火山がただの入浴に情緒を添える。

「くくっ、火山を食材に風情を喰らうか……派手な夕食やな」

 しばらくして、火山の横に鎮座していた夕日も沈み、ルクレツィアは風呂から上がった。寝間着に着替えたルクレツィアは、ホシヒメに手刀を放つ。容赦の無いそれは、ホシヒメの頭頂部にめり込む。

「あいだぁ!?」

「ほれ起きぃや。いい湯やで?」

「えーでもめんどくさいし……」

「ほう、そうか……」

 ルクレツィアはおもむろに刀を手に取る。

「なになになに!?何する気!?」

「いや、意地でも入らんならその服ぶった切ろうかと思うてな」

「ダメだよ!?一張羅だし!」

「なら風呂入り」

「う、うぅん……まあ仕方ない」

 ホシヒメはしぶしぶ浴槽へ向かった。


 ――……――……――

 エターナルオリジン

 第二帝都ドランゴ。海上の巨大な島の上に建てられたその国は、治める竜神も竜王も存在しない。存在理由はただ一つ。無限エネルギー施設、〝エターナルオリジン〟の制御である。

「ふむ。エターナルオリジンは然程小細工があるわけではないか」

 狂竜王は黒皇から降りると、巨大な鉄製の塔へ向かう。そして大扉の前で、二体のゴーレムが起動する。

「やれやれ……また奈野花に怒られるか」

 狂竜王はゴーレムを軽く小突くと、ゴーレムは爆音を立てて崩壊する。

「始源世界でなくては確実に世界が耐えられんな。……やはり、どうにかして私の見立てに合う強者を始源世界へ辿り着かせる必要があるようだ」

 ゆっくりと人差し指を大扉に触れさせると、大扉は跡形もなく消失した。幾重にも作られた隔壁も、吹き出る暗黒闘気に掠るだけで消え去っていく。そして通路を歩いていくと、途中で風の揺れを感じる。

「どうした、ブラックライダー」

『ブロケードと交戦しました』

「そうか。場所はわかるな。すぐに来い。予想に反してバロンの成長が早い。私はもうじきレッドの元へ行かねばならぬ」

『承知……』

 風は止まった。狂竜王は一切迷わずにセキュリティドアや壁を木っ端微塵にして突き進み、エレベーターのドアを突き破る。そしてエレベーターシャフトを垂直に飛び上がる。そして最上階でほぼ重力を無視した受け身を取り、エレベーターのドアに軽く触れる。そしてまた粉砕する。ドアのフレームに顔面が当たるが、構わず壊す。また幾重にも重ねられた隔壁を直進で粉砕し、緑色の光を放つ装置の前に出た。

「やはり……ここがDAAの枝の一つか。だが……エリアルは中々にこの装置に事情が通じているらしい」

 狂竜王は装置に触れる。

「しかしそれより恐れるべきはあの雌狐……やつからは空の器やバロンにも劣らぬ可能性を感じる」

 ふと気づく。

「む。いや当然と言うべきか。エリアルによってこちらの世界からの通常の干渉はブロックされているようだな。ならば」

 狂竜王が軽く握った拳で装置を突くと、凄まじい振動が塔全体を揺らす。装置は数秒沈黙し、また動き始める。

「これで支障あるまい」

 狂竜王が振り返ると、男が立っていた。

「随分派手にやってくれてるじゃん、お前」

「そなたは」

「俺はネロ。ネロ・エンガイオスだ」

「ネロよ。このエターナルオリジンに何用だ?」

「ん?それはこっちの台詞だぜ?最高級のセキュリティゴーレムを二機も瞬殺、おまけにそのデカブツを指一本で制御しやがる。一体何者なにもんだ?」

 ネロは手元に帯電した長槍を作り出す。

「お前が野次馬だろうが、正真正銘の狂人だろうが、とりあえず倒させてもらう」

「ふむ、凶竜か」

「だったらどうするってんだ?」

「なるほど、DAAを守り、chaos社の新人類計画を守り抜くために……」

「始めようぜ、黒騎士!」

 ネロが槍を構えて斬りかかる。狂竜王は動かず、体から緩やかに流れ出る気だけで吹き飛ばす。

「まだまだァ!」

 空中で受け身を取り、壁を蹴って突進する。それもまた軽く往なされ、ネロは距離を取って一息つく。

「お前、本当に何者だ……?都竜神や都竜王を遥かに越えてるぞ……!」

「私は何者でもない。私はただ、成すべき事を成すのみ」

「まぁいい……仕事は仕事だからな!」

 左手から電撃を放ち、狂竜王の出方を窺うも、狂竜王は微動だにしない。ネロは床を滑り、雷を纏った槍の斬撃を擦れ違い様に幾度も放つ。が、その連撃は狂竜王の気の前に虚しく失せる。

「(おかしい……殺気が感じられない……こいつは闘気で防いでいるわけじゃない。戦う意志の無い手練れが放つ無意識のエネルギーだったとしても、俺の攻撃をここまで軽く往なせるか?)」

 ネロは動きを止める。狂竜王は頷く。

「私はそなたと争うつもりはない。ここで壊したものは全て元に戻しておく。退いてはくれぬか」

 狂竜王はネロの攻撃が始まってから、一歩も動いていない。

「ちっ、わあったよ。勝ち目は無さそうだし、それにお前は触れる以上の事をしてねえ。エターナルオリジンから生み出される力を手にする時間すらあったのにだ。悪用する気のないやつを追い回してもしゃあない」

「うむ。そなたが使命に従順な凶竜で良かった。では去らばだ。また会うやも知れぬがな」

「二度目は逃がさねえからな。どれだけお前が強かろうが、凶竜の使命のもとに必ず殺す」

 狂竜王がエレベーターへ向かうと、道中の破壊された隔壁が次々と修復されていく。

「本当に元に戻しやがった……なんだアイツ」


 火の都・ブロケード 宿屋

「なあノウン」

 ゼルがベッドに腰を下ろしながら問う。

「どうしたのゼル」

 ノウンは窓の前で本を読んでいた。

「今回の事件、本当にアルマとアルメールが結託したならどうして長老を殺す必要があったんだ?」

「アカツキの使命に何か秘密があるはずだよ。長老を殺し、アミシス様を殺し、そしてホシヒメを封印箱で襲撃した。それらはすべて使命に関連したものなんだろうけど、まだその全貌はわからない」

「そうか。そう言われればそうだな。あくまでも襲撃はアカツキが行ったものであって、それをアルマとアルメールが単に利用してるって可能性もあるわけか」

「それに、凶竜の僕が言うことじゃないかもしれないけど、アカツキっていうのはかなり乱暴な人でね、誰かと手を組んだり、誰かの命令を聞くなんてことは絶対に無いよ」

「となると、詔を集めるのが至上命題だが、この事件の根本的解決を目指すにはアカツキの行動の真意を知る必要があるわけか」

「うん。アカツキの使命さえわかれば、アルマやアルメールがアカツキを利用しているのかどうかがわかるしね」

「よし。明日は早い。早めに風呂に入って寝るぞ」

「わかった」


 次の日

 火の都・ブロケード

「……と、いうことだ」

 ゼルが話し終える。

「まあ、そうなるわな。誰を斬るべきなのか、狙いを定めるためにも必要やし」

 ルクレツィアが首を縦に振る。

「どっちにしたって、私はアカツキとケリをつけるからね」

 ホシヒメが拳を握り締める。

「じゃあ行こうか、僕たちの都へ」

 ノウンが歩き始める。


 エルデ火山・街道

「出てく前にお礼をしたかったんだけど、ブロケードさん居なかったよね」

 ホシヒメが残念そうに呟く。

「マグナ・プリズンに戻ったんだろう。聞くところによれば、マグナ・プリズンの崩落した部分はブロケード自ら修復しているらしい」

「へえ~律儀な人だね!」

「当たり前だろ。都竜神になれるようなお人はお前みたいなバカじゃねえんだよ」

「えへへ~」

「なんで照れてるんだよ気持ち悪いな」

 ホシヒメは火山の方を向く。

「竜王種に動きは無いよね。かといって竜神種も私たちを捕まえようとはしてこない。いくら詔を集めれば無罪になるって言ってもさ、わざわざおばあちゃんを殺した罪を着せたんだからさっさと捕まえて裁いた方がいいんじゃないかと思うよね」

「確かにな。その辺は本人に聞くしかないが」

 ルクレツィアは会話に割って入る。

「ちょっと待ちや。本人に聞かんでもわかることがいくつかあるで」

「どういうこと?」

「罪を着せて退路を無くさせ、わざわざ回りくどい交換条件を出す。これは、ホシヒメを強くして戦力にしたいって気持ちがだだ漏れやろ?それに、あわよくば強くなったホシヒメとアカツキをぶつけて何かしらの目的を果たしたいって言うんもありそうやしな」

「なるほどー。でもどんな狙いがあっても、私はアカツキと戦うよ」

「せや。それでええんや。どんな陰謀が後ろにあっても、その狙いごとアンタが全部ぶっ壊せばええんや。アルマも、アルメールも。竜王だろうが竜神だろうが、アンタならひとつに出来るはずや」

「うん!」

 ノウンが告げる。

「皆、ここから先がエルデ火山だよ」


 エルデ火山

 ここはこのWorldA唯一の活火山である。溶け出したマグマは巨大な一本の川のように流れ、火の都のマグナ・プリズンへ注ぐ。

「そういえばルクレツィア。お前メルギウスとホシヒメが戦っているとき、質量立体映像とやらを知っていたよな。chaos社とかいう組織のことも。詳しく教えてくれないか」

「ええで。といってもな、ウチも詳細を知っとるわけやないし、chaos社なんてほぼお伽噺に近いけどな」

「構わない」

「ほな、行くで。chaos社っちゅうのは、原初竜神が生まれてすぐくらいの時代に存在していた組織で、現状、一番技術が発展している政府首都など比にならないほどの技術力を持っとったっちゅう話や。で、そん中の一つの商品が質量立体映像。その名の通り、映像でありながら現実に干渉する質量を持っとるんや。まあ、大群のナノマシンとかいう小さい機械がエターナルオリジンのような無限エネルギーで形を保ち続けるってだけらしいけどな」

「だが、それをなぜやつは使えたんだ?」

「知らんわそんなん」

「エターナルオリジンか……あそこは今はただのエネルギー施設としてしか見られてないが、確か発見されたときに古代の遺跡として調査されていたはずだな」

「せや。あそこは絶海の孤島に浮かぶ、遺跡や。あそこに秘密があると見て間違いないやろ」

「これからの流れ次第で、chaos社についても知る必要が出てくるかもな」

 ホシヒメが二人に駆け寄ってくる。

「ねえねえ、凶竜の都の都竜神って誰?」

 ルクレツィアが答える。

「アカツキや」

「へ?」

「アンタのそっくりさんのアカツキが、凶竜の都竜神やで。まあ、居るわけ無いけど」

「じゃあどうするのさ」

「代理のやつが居ると思うで。フィロアっちゅう強めの凶竜がな。まあ使命を果たした老いぼれやし、凶竜の立場を考えれば無条件で詔を出すとは思うけどな」

「じゃあほんとに通過するだけなの?」

「せやな。次の戦いに備えて今は体を休めとき」

「わかった!」

 ホシヒメたちは活火山の麓を、ひたすら歩いていった。


 ――……――……――

 新生世界 神都タル・ウォリル

 ゼナが槍を向ける。その矛先には、一人の少女と青年が立っていた。

「クカカカ!グラナディア、ジデル。ここまで攻め込んできた主らを褒めてやろう。グランシデア王国……たった十年ほどでここまで成長するとはのう」

 ジデルが剣を構え直す。

「俺たちの理想のために、ここでchaos教を滅ぼす!覚悟しろ、ゼナ!」

 ゼナはそれを見て、目を見開く。

「愉快じゃなあ、全力の殺意は!」

 懐から取り出した油揚げを貪ると、ゼナの瞳の光彩が赤く輝き、〈CARNAGE〉の文字が浮かぶ。そして、長槍が装甲をスライドして青い輝きを放つ。三人の背後では、ゼナの率いる教団の聖獣たる巨大な竜と、ジデルたちの軍の作り上げた機械竜が壮絶な熱戦を繰り広げている。

「ジデル、気を付けて。あの女……人間じゃない!」

 グラナディアが告げる。

「わかっている……行こう、グラナディア!」

 二人が武器を構え、距離を詰めようと駆け出す。

「では始めるとするかのう、殺し合いを!」

 ゼナが爆発的な速度で接近し、槍を叩きつける。ジデルが剣で防ぐが、ぶつかり合った刃先は爆発し、ゼナは大きく上空へ飛び上がる。すかさずグラナディアが右手から炎を放ち、ゼナはそれに巻かれる。

「ジオフランメル!」

 爆炎の中からワイヤーが放たれ、それが地面に刺さると電撃を放つ。その電流のフィールド内に居るグラナディアとジデルの動きが鈍る。

「なんだこれは!?」

「chaos社の技術の結晶たるわしを舐めてもらっては困るのう!」

 ゼナはするりと着地し、一気に接近してジデルを蹴り飛ばす。そしてグラナディアと打ち合う。

「ほう、女。お主もそれなりに剣術に富んでいるようじゃな」

「くっ……当たり前だろ?私は彼と……理想の国を築くんだ!」

 グラナディアの持つガラス細工のような剣が炎を纏い、ゼナの槍を押し返す。首筋へ一撃放ち、躱され、強烈な蹴りがグラナディアを中空に飛ばす。ゼナはその小さい可憐な手でグラナディアを掴んで叩きつける。

「ストライクフレーム展開!鏖殺せよ、その激流で!〈ハレルンカ・オリネンモ〉!」

 水を纏った槍が放たれ、突っ込んできたジデルの左胸を刺し貫く。

「ジデル!?」

 グラナディアが起き上がりながら叫ぶ。そしてゼナが踏みつける。

「勝者はわしじゃ。消えよ!」

 ジデルの胸からゼナの手元に飛んで戻ってきた槍が、グラナディアの首に添えられる。生暖かい血と共に、冷たい無機質が流れ落ちる。

「武士の情けじゃ、遺言くらいは聞いてやろう」

 グラナディアは少しだけ顔をゼナの方へ向ける。

「叶うなら……私は……彼以外の全てを消し炭にして……彼と二人の世界を生きたい……」

「……。やはりお主は来須のリフレクション……ということか。よい。悔恨を抱き、朽ち果てよ」

 ゼナは槍を横に振り、その首を断つ。視線を上げると、戦火が辺りを焼き尽くしていくのが見えた。

「消し炭に、か……これが後のディクテイター、というわけじゃな」

 ゼナは槍を構え直し、肩に担ぐとカテドラルへと消えていった。

 ――……――……――


 アーメレス大草原

 火山から離れていくうちに、熱気が薄れていく。次第に爽やかな風が吹き抜ける。

「うーん、しばらく帰ってなかったけど、この景色を見ると安心するね、ルクレツィア」

 ノウンが伸びをする。

「せやねぇ。最近は仕事ばっかやったし、ウチも久しぶりかもしれんわ」

 ルクレツィアも涼しそうにしている。

「そういえばさ、凶竜の都には統治してる人は居ないの?」

 ホシヒメが尋ねる。

「んや。居らへんよ。凶竜はそもそもエウレカの竜と同じで政治的中立やからな」

「でもアカツキが都竜神なんでしょ?」

「そりゃ都としては成立しとるんやから、他の都竜神とかと対等に話せるやつが必要やろ?せやから便宜上の称号みたいなもんや」

「へえ~」

 草原を掻き分けながら、ホシヒメたちはぐんぐん進む。


 凶竜の都

 ルクレツィアを先頭に進み、大草原を抜けると、木製の巨大な門と、それから繋がれて領地を成す石垣が現れる。

「ここが凶竜の都やな」

 ルクレツィアが呟き、抜刀する。

「いやいやいや!?何してるのルクレツィア!?」

 ホシヒメとゼルが止めようとする。

「気にせんでもええよ。力任せにぶち抜くっちゅうのは礼儀みたいなもんや。なあ、ノウン?」

「まあそれに関しては否定できないよね。実際そうだし」

「ほな、行くで!」

 電撃を発したルクレツィアの右腕に呼応して、刀が僅かに青く光る。そして刀を門の隙間へ差し込み、一気に上空へ飛び上がる。門は大きな音を立てながらゆっくりと開いた。

「ほらな?」

 ルクレツィアは笑顔でホシヒメの方へ振り向いた。

 四人が門を潜り抜けると、そこは異常に静かだった。

「なんだこの静けさは……本当にここが都なのか?」

 ゼルが訝しげに呟く。

「凶竜は普通、都では暮らさない。ルクレツィアくらいだよ、ここに住んでるのは。凶竜は生まれるのはここだ。親が居なくても勝手に生まれてくる。でも住むのはここじゃない」

 ノウンが答える。

「ここに居るのはアカツキと、フィロア、それにルクレツィアだけだ。他の凶竜は他の都で各々の仕事をやってる。ほら見て、そこに階段があるだろ」

 ノウンが指差した先には、石で作られて長い階段があった。

「あの先が凶竜の都の代表がいるところさ」

 ホシヒメが頷く。

「竜神の都の社もこんな感じの階段あったよね」

 ノウンも迎合する。

「わかりやすいでしょ?」

「うん!」

「じゃあ行こう」


 凶竜の都・社

 長い階段を登り終えて、社の石畳を真っ直ぐ歩いていく。森に囲まれた場所の中央に、柱が四本、そして更にその中央に小さな祠があった。

「来たで、フィロア。用はわかっとるやろ」

 ルクレツィアが前へ出る。祠の扉が割れて、一匹の竜が現れる。その大きさは柱よりも大きく、周囲の木々を睥睨するほどの大きさであった。

「凶竜の詔を手渡せ、だろう。構わん、持っていけ」

「ありがとな」

「早急に立ち去れ。まだ、この世界の決着には遠い」

 フィロアはそれだけ言い残して、祠へと消えた。

「ほれ、もう終わったで」

 ホシヒメは首を傾げる。

「えーっと、流石に簡単すぎると思うんだけど」

「今はこれでええんや。凶竜が動くのは、アンタとアカツキが白黒付けてからや」

「私が……」

「アンタがこの世界をどうしたいかで、この贖罪の旅は成す意味を変える。それこそアンタの願い次第で、凶竜の存在意義すら破壊することもあるかもしらん。アカツキを倒したいと思うのは当然の事やけども、それを果たしたとして、アンタはその後何がしたいか?それをよく考えておいたほうがええで」

 ルクレツィアが妖しい視線を溢しながら告げる。

「その、後……」

 ホシヒメは掌に視線を落とす。

「ま、それで迷いが起きたらそれはそれで迷惑や。自分だけの思いっちゅうのを戦いの中で見つけるとええで」

 肩をポンと叩き、ルクレツィアは社の階段を降りていく。


 凶竜の都・大門前広場

 ゆっくりと歩いていくルクレツィアを追いかけてホシヒメが声を出す。

「待ってルクレツィア」

「なんや?」

 拳を胸の前で作り、ホシヒメはルクレツィアを見つめる。

「ここで戦ってくれないかな、ルクレツィア」

「なんやて?」

「昨日初めて戦ったときは、ルクレツィアは手を抜いていたでしょ?アカツキと戦ってるときも、全然本気じゃなかったよね」

「……」

「純粋に気になるんだ、ルクレツィアの本気」

 ゼルとノウンは黙って見守っている。

「ウチの本気か……ま、ええけど。死んでも知らんで」

「望むところだよ」

 ルクレツィアの視線が鋭く抉るように殺気を放つ。ホシヒメも腰を落とし、腕を構える。

「まずはルクレツィアとの戦いで、私の思いを探し出す」

 先にホシヒメが踏み込む。猛烈な早さの拳が光を纏いながら放たれ、遅れて空気を裂く音がが響く。光の残り香がルクレツィアの髪の先を焼き焦がす。ルクレツィアの右腕がスパークして放たれる。抜刀を警戒したホシヒメは身を引かずに更に身を擦り合わそうとするが、予想が外れてルクレツィアは右手でそのままホシヒメを殴り飛ばす。そして吹き飛んでいくホシヒメへ向かって石畳を踏み壊しながら突っ込み高速の居合を放つ。ホシヒメは空中で体勢を立て直し、腕を交差させて闘気を放ち、無理矢理その一撃を防ぐ。縦回転しながら吹っ飛ぶホシヒメをルクレツィアは追撃しようと突進するが、ホシヒメは強引に落下速度を上げて半ば地面に突撃する形で着地し、竜の頭を模した闘気嵐を撃つ。ルクレツィアはひらりと躱し、帯電した刀を幾度も放つ。紙一重で防ぎ続け、一瞬乱れたルクレツィアの動きを逃さず拳を捻り込む。

「くっ……なんちゅう無理矢理な攻撃を……」

 刀の背で弾き返し、刀を放り投げて、ホシヒメを抱えて後ろへ投げ飛ばす。ホシヒメはすぐに手を石畳に捻り込みブレーキをかけて立ち上がる。

「やっぱり何か遠慮してるよね、ルクレツィア」

 石畳に突き刺さった刀を取りながら、ルクレツィアはその言葉に溜め息をつく。

「仲間になるとき言うたやろ。ウチは強くなったアンタを切りたいんや。まだウチが望むほど強くないアンタをうっかり殺したら楽しみが一つ減るやろ」

「うーん、ん?」

「わかってへんのかい。そんなにウチの本気が見たいなら全部ぶっ倒してアンタだけの理想の世界を作ってみぃや」

「私の理想……」

「理想を果たすためには力が必要や。所詮、力の無い思いなんて無意味やで」

「うん、ありがとねルクレツィア」

「満足したならはよ出ようや。アンタのための旅やろ」

 ルクレツィアの納刀と共に、ゼルたちが近寄ってくる。

「何か掴めたか、ホシヒメ」

「うん。まずは……この世界を平らげるだけの力を手に入れようと思う」

「力?」

「私は弱い。だから今みたいに、誰かの計画に勝手に組み込まれちゃう。それなら、誰も私の進む道を阻めないくらい、強くなればいいんだって思ったの」

 ゼルが頷く。

「お前がそう思うなら、それでいいさ」

 四人は凶竜の都を後にした。


 アーメレス大草原

「んで、次はどこに行くの?」

 ホシヒメが籠手の様子を見ながら呟く。

「次は土の都だね。ガイア様はアミシス様と同じくらい穏和な方だから、そう問題はないはずだよ。土の都を抜けたあとは船でドランゴに向かう」

 ノウンが地図を見ながら答える。

「船だと?ガイアを行き来する民間の旅船に今乗れるわけがないだろ」

 ゼルが問う。

「そこは大丈夫や。ウチが趣味で買うた漁船がある」

 ルクレツィアが満面の笑みで振り向く。

「趣味で船を買うのか……」

「稼ぎがええからな」

「まあいい。とりあえず、ストランゼ川を抜けるんだろ」

 ノウンが地図をしまい、歩き始める。三人はそれについていく。


 政府首都アルマ・都庁

 アルマは机の上で頭を抱えていた。

「ブロケードの報告にあった、ブラックライダー……あれは恐らく、狂竜王直属の配下、〝黙示録の四騎士〟の一人……!だとしたら、予想以上に手が早いようだな、chaos社は……」

 深く溜め息をつく。

「九竜を覚醒させ、ホシヒメを分割して戦力にする算段だったが……仕方あるまい。アカツキの力の矛先を外の世界に向けさせて時間を稼ぐか……」

 懐から端末を取り出そうとしたとき、視界に影が揺れた。

「誰だ!」

 影は形を成し、黒い鎧の骸骨騎士が現れた。

「ブラックライダー……!」

「哀れなる駒よ。私は汝に言の葉を伝えに来た」

「なんだと」

「もはや、あの竜に九竜は無し。此度の週でこの宇宙は終わる。原初に手渡したあの九つの力もまた、我らの始源の世界へ戻った。あの小娘に宿るは力無き竜の亡骸」

「何を……言っている。ホシヒメは九竜の力の集合体だ!九竜が力を失うなど……!」

「九竜そのものが失われたなど、誰が言った。今回の宇宙の始まりを知らぬ汝には理解しがたいか」

 ブラックライダーは一歩退き、踵を返す。

「待て!どういうことだ!?」

「汝がこれを理解する瞬間は永遠にない。汝は我が王に選ばれし器ではない」

「王……杉原明人か」

「推測で物事を判断するな、政府竜神。汝が考える以上に、世界というのは遠大だ」

 ブラックライダーはそのまま消えた。

「くっ……だが九竜の抜け殻と言えど、その力に狂いはないはず……我々がchaos社を討つ計画に支障はない」

 アルマは立ち上がり、深く呼吸をした。

「さあ、ホシヒメ……我らの世界のため、その罪を平らげるのだ……」


 土の都・ガイア

 太陽はちょうど真上に上がり、土の都の畑や森の緑を光で彩っている。土の都はその名の通り、肥沃な大地がその一帯を覆う都であり、この世界最大の食料生産地でもある。耕作範囲の確保のために、先進的な建造物は余り無く、家屋も木造のものが多い。

「うーん自然の香り」

 ホシヒメが深々と息をする。肩の骨が鳴る音が幾度か響く。

「行政区はどこにあるんだ?」

 ゼルがノウンに問いかける。

「山の中だよ。とはいっても、ちゃんと道が整備される程度の深さだから大丈夫だけど」

「いやあ平和やなあ」

 ルクレツィアが先程購入した人参を直に頬張る。そしてろくに咀嚼せず飲み込む。

「ぎゅっぷい。アルマやブリューナクは喧しいとこやし、住むんならこういうところがええなあ」

 その光景にゼルだけが驚愕しながら、一行は行政区へ進む。


 土の都・ガイア 行政区

 山の中に整備された道を登っていくと、開けた場所へ出た。そこには民家に比べ非常に豪華な屋敷が建っていた。ルクレツィアが扉を開くと、正装の男が一行を案内した。区長室の前で男は退き、ホシヒメが扉を開く。ブリューナク、ブロケードで見た区長室とほぼ同じ内装の部屋が現れ、机には男が座していた。

「やあ、来たか。待っていたよ」

 無精髭を生やした恰幅のよい男は立ち上がり、ホシヒメたちを来客用のソファへ促す。

「えと、あなたがガイアさん……ですか?」

 慣れない丁寧語でホシヒメが訊ねる。

「いかにも。私が土都竜神ガイアだ。そちらの状況は把握している。一つ確認させてほしいことはあるがね」

「なんですか?」

「君が本当に、ヤズさんを殺したかどうかだ」

 ガイアは鋭い眼光を光らせる。ホシヒメはそれを真っ直ぐ見つめ、答える。

「私はおばあちゃんを殺してはいません」

「ああやって自分の顔が映像で映ってもかね」

「はい。何度でも言って見せます。私ではないと」

「……」

「言っても信じてもらえないかもしれません。でも、それは私に力が無いから。この詔を集める旅は、私に濡れ衣を着せた張本人を見つけるのと、私自身の力をつけるためにやっているんです」

「なるほど。君は中々豪胆だな。この事件を解決するだけではない、祖母の形見にこの世界を導こうと言うのか」

「はい。私の理想……みんなが笑って暮らせる世界、それを作るだけの力を手に入れたいんです」

「力か……ならば、こちらに来たまえ」

 ガイアは立ち上がると、ホシヒメたちを手招きする。それに従い、ホシヒメたちは廊下へ出る。そして玄関から屋敷の前の広場に出る。ガイアは振り返る。

「ホシヒメ、エターナルオリジンを知っているかい?」

「エネルギーをなんかどうこうしてるところですよね」

「まあ、おおよそはそれで合っている。そこで見つけられた機動人形、ゴーレム。君たちがアルマで交戦したもののオリジナルというわけだが、その中でも、ティタノマキアと呼ばれる巨大な機体があってな。出力の確認の次いで、君と戦わせてみようと思ってここへ来た」

 ガイアの後ろから巨大な影が現れる。間隙のない統一された装甲とモノアイが異様な雰囲気を放っていた。

「(こいつは……chaos社のウォーカーギア、天城か……)」

 ルクレツィアが刺さるような視線を傍の森へ流す。そして表情を戻す。

「ウチはアンタらが戦うところを見してもらうわ」

 一歩引いたルクレツィアをガイアは僅かに警戒しつつホシヒメへ向き直る。

「やるよ、ゼル、ノウン」

「当然だな」

「僕たちは君のために居るんだからね」

 ガイアは頷く。

「ならば、存分に力を振るうがよいぞ」

 ホシヒメとティタノマキアを中心として、その周囲に岩が隆起する。

「この岩のフィールドの中ならば君たちも全力で戦えるだろう。周りは気にせずに戦いたまえ」

「ありがとうございます!」

 ティタノマキアのモノアイが光を灯し、背から複数のアームを展開する。その先には、大口径の連装砲が備えられていた。

 ホシヒメが先手を打って飛び出す。最初に放たれた砲弾をノウンの合体剣の一部が撃ち落とし、ホシヒメはティタノマキアと拳をぶつけ合う。

「(天城のヘッドパーツが単体で戦ったところで大した成果は出えへん。都竜神と都竜王全員……いや、ブリューナクは何も知らん可能性はあるが……ほぼ全員がアルマの計画に荷担しているとするなら、ガイアがこの程度の事実を知らんわけがない)」

 ルクレツィアは岩の壁の上に座って訝しげな表情をする。

「(何がしたいのか今はわからへんな)」

 ゼルの斬撃が連装砲の1つを両断し、ホシヒメがティタノマキアの拳を殴り返し、粉砕する。ゼルを狙った砲弾をノウンが防ぎ、続いてもう一本連装砲を繋ぐアームを切断する。ホシヒメがもう片方の腕に強烈な一撃を加え、飛び上がり蹴りでモノアイを砕く。壊れたモノアイに手刀を両手で刺し込み、外側に開いて破壊する。

「よし!倒せたよ!」

 ホシヒメは崩れ落ちるティタノマキアから離れ、ガッツポーズを取る。と同時に岩が崩れ落ち、ルクレツィアとガイアが歩いてくる。

「思っていたより弱かったようだな。君たちの強さでは経験値にすらならないか」

 ガイアは肩をすくめた。

「その籠手に私の詔を授けよう」

 籠手に力が注がれ、ホシヒメはその様をまじまじと見つめる。

「君の旅路の充実を祈る」

 そう言うとガイアは屋敷へ帰っていった。その後、ホシヒメはルクレツィアへ話しかける。

「そう言えばさ、なんでルクレツィアは戦わなかったの?」

「なんでっちゅうてもな。どう見ても雑魚やろこんなやつ」

「それだけ?」

「それだけ」

 数瞬沈黙し、ホシヒメが苦笑いする。

「まいっか。ルクレツィア、船まで案内してよ」

「お安いご用やな」


 土の都・ガイア 港

 山を降り、畑の波を越えていくと、そこには青々と海が広がっていた。血管のように浜辺から生える桟橋の先には、複数の漁船が停泊している。その集団の横にある巨大な建屋の中に、ルクレツィアの船はあった。

「いや、明らかに外に泊めてあるやつの数倍でかいよね」

 ホシヒメが見上げて感嘆の声を漏らす。

「当たり前やろ。これは狩猟船。海賊とか迷惑な生物をぶち殺すためのものなんやから」

 ルクレツィアが言った通り、その船には大砲や機関砲が複数設置されており、物々しい装甲に身を包んでいた。

「これほどの戦艦を作るとなれば相当の資金が必要なはずだ」

「ウチは稼ぎがええからな」

 ゼルはやれやれと言った風に首を振る。

「操縦はお前がやるのか?」

「もち、ウチがするで」

「これを一人で動かすのか?」

「まあ乗ってみぃ。アンタが思ってるよりハイテクやと思うで」

 手慣れた動きで乗り込むルクレツィアに、三人は追従する。分厚い鋼鉄の扉の先には金属質な通路が続いており、ルクレツィアはその中をスタスタと進む。明らかにバルブハンドルを回して開けるような扉をルクレツィアは蹴り破り、振り向く。

「ほれ、これを見ぃ」

 ルクレツィアの後ろには無数の液晶があり、様々な情報が映されていた。

「ほへえ、なんかすごそう!」

 ホシヒメが手を合わせて目を輝かせる。

「なんだこれは……」

 ゼルの疑問にルクレツィアが答える。

「エターナルオリジンで発見された超技術遺産群……この世界でのオーパーツとも異なる、完全なる異世界の産物、いわゆる〝ネオ・オーパーツ〟というやつで、フリードリヒ・デア・クローゼとかいうどいつ?とかいう都の船らしいで。本当ならchaos社の技術研究のためにアルマの所有物になるはずやったのを買い取ったんや」

「歪な形のようだが」

「そりゃそうやろ。ウチが色々ぶった切って雷でくっつけとるんやから。元々は運用に何十人も必要なポンコツやったんやで?」

「貴重な歴史資料に何をしてるんだお前は……」

「まあ、動けばええやろ。それのお陰で今こうしてドランゴに行けるわけやし。ほれ、もう出るから座れ」

 ルクレツィアは液晶に目を向け、素早く入力していく。十秒もしないうちに船は動き出した。


 海上

 紺碧の流れを断ち切って、船が進む。雲1つない青空が陽の光に爽やかさを添える。

「うーむ、めんどいな」

 ルクレツィアがぼやく。

「どうしたんだい、ルクレツィア」

 ノウンが傍へ寄る。

「空は晴れとるな」

「そうだね」

「鳥よりデカい影がこっちに向かって来とるわ」

「ん?それって……」

「竜王種がこの船目掛けて飛んで来とるっちゅうことやな」

「でもまだ敵かどうかは……」

「いや、もう肉眼で見えるで、ノウン」

「赤の竜王種と黄の竜王種……まさかペイシオとレイシオ!?」

「ゼロ兄のところの部隊やな。アイツらが来とるんなら、間違いなくドランゴにゼロ兄が居るっちゅうことやな。そんで、今からこの船は攻撃される」

「まずいよ!ホシヒメとゼルは今甲板に居るよ!?」

「ま、攻撃してきたら反撃するやろ」

「楽観的!?」

「ゼロ兄を送り込むっちゅうことは、よっぽど余裕が無いんか知らんけど、こっちをドランゴに釘付けにしとかなあかん理由が出来たってことやな」

「そうだね……僕は甲板で二人の援護にまわ……」

 ノウンが言い終わるよりも先に、ルクレツィアはノウンを液晶の前へ押す。

「え、ちょっと!?」

「ウチも戦いたいねん。適当に動かしといてや」

「動かしたことないよ!?」

「大丈夫や、ノウンならちゃんとやれる」

 反論を一切気に留めず、ルクレツィアは艦橋を出ていった。


 甲板

「いやあ空は広いし海は青いねえ」

「そうだな、宿で休むのとはまた違う心地よさがある」

 ホシヒメとゼルは並んで海を見ていた。

「そういえばさ、ゼルの故郷ってドランゴとかいうところの近くなんでしょ?」

「ああ、エウレカはドランゴに近いな。砂漠を越える必要があるが」

「なんでゼルって竜神の都に居たの?」

「あー、それは……」

 ゼルは顎に手を添え、目をしばたたせる。

「どったの?」

「いや、なんであそこに居たのか全く思い出せなくてな」

「ふーん。まあ今こうして仲いいんだし気にすることでもないか!」

 ホシヒメが満面の笑みをすると、ゼルは吹き出す。

「あれ?なんか面白かった?」

「この状況でもそんな屈託のない笑顔ができるのが面白くてな」

「誉めても何もでないよー?」

 と、その時、後ろの扉が蹴り飛ばされ、その轟音で二人は振り向く。ルクレツィアがゆっくりと甲板に出てきて、二人に告げる。

「ドランゴは竜王種に占拠されとるようや。この船にも竜王種の尖兵が来た」

「それって……」

「ホシヒメ、覚悟はええか?ドランゴにはゼロ兄がいる。竜神の都でアンタらを叩きのめしたアイツや。今からこの船に来るのはその直属の兵。あの戦いから一日しか経ってないとはいえ、アンタはあのブロケードと対等以上に戦った。今ならゼロ兄とも勝負できるはずや。やから……」

 ホシヒメは籠手を付け、拳を突き合わす。

「本番前の腕慣らしってことだね!」

「せや。ほれ、お出ましや」

 紺碧の彼方から、赤と黄の竜王種が現れる。その二体は船の眼前で停止し、赤が口を開く。

「現在、ドランゴに入国することはできない。早急に反転し、帰れ」

 ホシヒメが一歩踏み出す。

「嫌、って言ったら」

 黄が口を開く。

「蛮族には死あるのみ」

「だってさ、ゼル、ルクレツィア」

 ゼルが呆れ気味に頭を掻く。

「元から強行突破の流れだっただろ」

 ホシヒメが力強く頷く。

「うん!ってことで、邪魔だからどいてねっ!」

 ホシヒメが飛び上がり、赤と空中で拳を交わす。

「貴様は我ら竜王種に戦いの道を与えた。だがアルマも、アルメール様も、貴様に猶予を与えた。だが、その浄罪の路……貴様に渡り切らせるわけにはいかん!」

 赤は拳圧でホシヒメを弾き、海上へ飛ばす。ホシヒメは闘気で海へ着地し、腕だけで飛び上がって迎え撃つ。先ほどホシヒメを迎撃した左の上腕を足で切り飛ばし、顎にアッパーカットを叩き込む。赤は組んでいた下腕を開き、炎を連射する。ホシヒメはそれを次々と打ち落とすが、発生した硝煙で視界が煙り、赤の拳が直撃する。それを無理矢理押さえ込み、右の下腕を引きちぎる。体を大きく崩したところに、胸へ強烈な一撃を加え、赤は海へと落ちた。

 一方、黄は甲板にいるゼルへ電撃魔法を次々と加えていた。この攻撃は目の前を飛び回るルクレツィアを狙って撃っているものだが、全く当たらないせいでゼルへ飛び火している。

「待てルクレツィア!少しは俺のことを考えろ!」

 ゼルが叫ぶが、ルクレツィアは全く止まらない。それどころか、もはや黄は追いかけるのを止め始めている。明確にゼルを狙った電撃が放たれるその瞬間、

「甘いッ!」

 ルクレツィアが突然現れ、帯電した刀を振り抜いて黄の体を両断する。黄の体は真っ二つになって海へ沈んだ。

 ホシヒメが海上をジャンプしながら戻ってくる。

「いやあ、雑魚だったね」

 ホシヒメは肩を回しながら甲板を歩く。

「俺にはよくわからんが」

「まあまあ。アンタだってウチの大技見れて嬉しかったやろ?」

「昨日からろくに戦えてないんだがな」

 ルクレツィアは手元の無線を取り出し、ノウンへ告げる。

「ノウン、こっから真っ直ぐ全速前進や。恐らくドランゴに近づけば近づくほど、竜王種の哨戒兵が多くなるやろうが、気にせず突っ込むんや。ええな?」

『いいけど……三人とも甲板に居て大丈夫なの?』

「ええねん。その程度じゃ死なんし」

『わかった』


 死都エリファス・福禄宮

 埃っぽい霧が辺りを包み、尽きることのない血の臭いが舞い上がる。石造りの宮内は所々崩落し、雲で淀んだ太陽が鉛色の光を注がせる。

「ヤズとアミシス……どちらも自我というものの深淵を知らず、思いの擦れ違いを知らず、こうして朽ち果てたものよ」

 エリファスは膜が骨に張られている自らの尾を緩やかに振り、霧を切断する。

「狂竜王……本当に愛の力を信じたのなら、どこに辿り着こうというのだ」

 エリファスは空を見上げた。


 帝都アルメール 行政区

 四方を鋼鉄で囲まれた、他の都とは明らかに雰囲気が異なる執務室に、アルマによく似た男が居た。

「アルメール」

 ブラックライダーがその前に立ち、天秤を掲げる。アルメールはそれに気だるそうに見上げる。

「アルマは」

「焦っている」

「貴方たちは急ぎすぎている。アルマを追い詰めるだけではない。他の世界にも手を出している、しかも同時に。何がしたいのだ、貴方たちは。先ほどに至っては、大規模な時空歪曲が見られたが」

「我々は……chaos社ではない……それはわかっていよう……」

「わかっている。だからこそ、弟を使ってまで貴方たちに協力している。だが、それでこの世界に被害があるなら俺は許さない。ヤズとアミシスは必要な犠牲として認めるが、これ以上は例え狂竜王が相手だろうと戦う」

 ブラックライダーは黙り、アルメールはデバイスを机に置く。

「エターナルオリジン……あれこそこちらとあちらを繋ぐ〝DAA〟……あれの出現と貴方たちとの邂逅はほぼ同時。この世界の特異性を考えれば、もうこの世界は役目を終えたとし、黙示録のように滅ぼしに来たともとれる」

「……」

「物語は、いつかのどこかで起きた事実。貴方たちは、狂竜王の命であるならヒエラルキーの底辺たる神にすら従う。杉原と狂竜王の目的が同じなら……」

 ブラックライダーは殺意を漏らす。

「この世界は九竜を返してもらうためにある……そういう意味ではもはや不要。だが我らには必要なのだ。十万億土を越え、三千世界を進み、我らの王を葬る牙が」

「まあ……ブロケード以外で貴方たちは我々に被害を出してはいない。倒すべき相手がchaos社であることに変わりはない。ホシヒメには、竜王と竜神を繋ぎ止めてもらう役目がある」

 アルメールは振動する端末を耳に当てる。

「どうした、ゼロ」

『ルクレツィアの船が見えました』

「交戦を許可する。それと……君は彼女に対し思うところがあるだろうが、私情に任せてくれて構わない」

『殺しても構わないと?』

「そうだとも。君の苦しみは俺にもわかる。どちらが正しいかは、力で示す他ない」

『承知』

 通信は切れた。

「彼女たちはエターナルオリジンにもうすぐ辿り着くだろう」

「そうか……ではアルメール、私は次の役目を果たしに行く。くれぐれも……下らん演技で化けの皮を剥がさぬように」

 ブラックライダーは後ろの影へ消えた。


 第二帝都ドランゴ

 中央に聳える塔を囲むように大量の竜王種が宙を舞い、近づく船を牽制している。

「ふぅん、何を考えとるかは今一掴めへんけど、ウチらをすぐにでも海の藻屑にしようとは考えてへんようやな」

「ゼロ君……」

「ゼロ兄に容赦は無用や。わかっとるやろうけど」

「わかってる。今度は負けない……なんであんなに私を殺したいのか、ちゃんと聞かなきゃ」

 船が港に近付くと、一匹の竜王種が飛んでくる。ホシヒメたちは構えるが、その竜王種はゆっくりと着地し、深く礼をする。

「どういうことや、アンタ」

 ルクレツィアが訝しげに問う。

「ゼロ様より命を授かった。竜神の王女を案内せよと」

 竜王種はホシヒメへ視線を流す。

「ゼロ様は貴公との決闘を望まれておられる。くれぐれも失礼のないよう、万全の準備を願う。そのための物資は我々が用意する」

 ゼルが頷く。

「思ったよりも律儀なやつだ」

「でも、それだけホシヒメと正しい形で戦いたいってことだよね」

 ノウンがゼルへ向く。

「ゼロ……確か生まれたときは大々的にニュースになってたな」

「うん。王龍より授かりし至高の竜……それがあの二人」

「今は二人の戦いを見届けるしかないか」

 竜王種はホシヒメへ促すと、ルクレツィアがその手を取って船から飛び降りる。

 ゼルとノウンもそれに続く。


 第二帝都ドランゴ・市街地

 エターナルオリジンを中央に据え、そこから伸びる長いコンクリートの道の左右に無機質な自動ショップが並ぶ。竜王種がその前に立ち、コンクリートの道の果てまで列を作っていた。

「随分と歓迎ムードやな、ゼロ兄は」

「ゼロ様は戦士としての礼儀を尽くして下さっているのだ、感謝しろ。王女よ、準備を行うのだ。用が済んだら……」

「いや、私はこのままでいいよ」

 竜王種は少し止まる。

「わかった」

 四人は竜王種に従い、真っ直ぐ進んだ。


 エターナルオリジン

 案内役の竜王種とゼロの目が合うと、竜王種は背を向けて去っていった。ゼロは瓦礫の上に立ち、昨日会ったときと同じように腕を組んでいた。

「よく来たな、クラエス。貴様の活躍は聞いている。あのブロケードと対等以上に戦ったらしいな。ペイシオに苦戦すらせず勝利したことも」

 ホシヒメとゼロは互いの距離を一定に保ちながら、ゆっくりと歩く。

「ねえ、ひとつ聞いてもいいかな」

「なんだ」

「なんで君は、私の事を殺そうとするの」

「俺たちは、同じ王龍から生まれた双子だ。貴様は竜神を、俺は竜王を、それぞれ導くためにいる。だが」

 ゼロは腕を解く。

「俺は十年前……四歳のときにアルマに言われた。俺はクラエス……貴様をchaos社へ差し向けるための駒だと」

 ホシヒメは目を見開く。

「やはりな。貴様は何の事情も知らず、ただ兵器になる定めをもわからず、今までのうのうと生きてきたんだろう。その様子では、今の竜神と竜王を覆い尽くす差別をさえ知らなそうだな」

「どういう……こと?」

「竜王種は純粋な竜ではない。魚から進化した、言わば二次竜神だ。俺たちは貴様らで言う竜化を常時行っている。故に短命だ。それだけではない。俺たちが生まれるまで、それまで竜神が地上・空中の支配者であったのに、竜王はそれを乱した。竜王種は、竜神の支配が強い地域、つまり政府首都に近い全ての地域で悪質な迫害を受けている。マグナ・プリズンのある火の都とて例外ではない。あそこに収監される殆どは、冤罪で捕まった竜王種だ」

 ホシヒメは絶句する。

「ああ、知っているとも。貴様らがマグナ・プリズンで電動人間を粉々にしたことをな。あれの大半は竜化すら不完全になり、半ば魚人のごとくなっている竜王種だ」

「……」

「まあいい。大義をどれだけ並べようが、今から俺が貴様にぶつけるのは、全て私怨だ。俺は、アルマの計画の最も重要なファクターたる貴様を殺し、俺自身を宿命の軛から解き放つ。全ての竜神を殺し、この世界をシフルで満たし、竜王種が永遠の命を誇る世界を作り上げる。都竜神だろうが、原初竜神だろうが関係ない。全て滅ぼし尽くすまでだ!」

 ゼロが闘気を放つ。

「わかった。君が理想の世界を作り上げたいように、私にも叶えたい夢がある!アルマさんが私をどう使おうとしているのかは知らない。でも、私は私自身の意思で、前に進む!そのためにも、今ここで決着をつける!」

「ふん、その意気だクラエス!どちらが正しいのか……ここで決めるぞ!」

 ゼロが翼を思いきり展開し、無数の光弾を放つ。ホシヒメは地面を殴り、闘気で岩を砕いて吹き飛ばす。そのぶつかり合う隙間を縫って高速で接近し、拳をぶつけ合う。

「なるほど確かに、昨日とはまるで違う」

「ありがと、ねっ!」

 蹴りで距離を取り、ゼロの爪が空を裂き引き千切る。

「空間が!?」

 もう片方の腕で斬撃を放ち、ホシヒメの後方へもう一つの空間の歪みを作り出す。

「俺は負けん、絶対にな!」

 翼の竜頭から放たれる光線を空間の歪みへ放ち、それはホシヒメの後方から通過する。空中でバランスを崩したホシヒメへゼロは翼を叩きつける。直撃して叩き伏せられ、ゼロの尾の追撃をすぐさま起き上がって躱す。が、ゼロは尾の先の時空を引き裂き、ホシヒメへ高速の突きを連続で放つ。転ける寸前でホシヒメは後ろに下がる。ホシヒメが体勢を立て直そうと頭を上げると、眼前に巨大な空間の歪みが現れ、ゼロが猛スピードで突っ込んでくる。ホシヒメは咄嗟に右腕から閃光を放ち、ゼロの右頬を焼く。ゼロの拳は少し遅れてホシヒメの腹を抉り飛ばす。吹き飛んだホシヒメは左腕で地面を掴み、堪える。開いた距離を眺め、ゼロは右頬に手を添える。ホシヒメは起き上がり、不敵に笑う。

「ちょっとは歩み寄れたんじゃないかな?」

「まだ足りんな、クラエス!」

 ゼロは腕を上に上げ、そして振り下ろすと同時に、翼からエネルギーを噴出させる。

「全力で貴様を殺す!貴様も全力で来い!」

 背後に光輪が浮かぶと、ルクレツィアが血相を変えて叫ぶ。

「ゼロ兄!流石にそれはやりすぎとちゃうんか!?」

 ゼロはそれを無視して、ホシヒメを見つめる。ホシヒメはルクレツィアをちらりと見ると、にっこりと微笑む。

「大丈夫だよ、ルクレツィア。ルクレツィアのお陰で、私は目指すべきものを見つけた……」

 ホシヒメは右腕を高く掲げる。

「もっと力を!」

 全身から闘気が吹き出し、ホシヒメは拳を突き合わす。

「君には力があって、理想がない」

「貴様には理想があって、力がない」

 両者は刺すような視線を交わす。

「わかっているさ。最初からな。貴様もアルマの計画の一部でしかない。だが、そんなものはどうでもいい。同じ立場にありながら、辿った道の違いを認めるわけにはいかない。俺の未来は、俺の理想は、貴様を殺して初めて生まれる」

「ふふん」

 ホシヒメは微笑む。

「それなら私が勝てるね!」

「来い!」

 ゼロが斬撃を三つ放ち、ホシヒメは雷を足に宿し、ダッシュで避ける。続いて発射された巨大な魔力塊を二つ飛ばし、ホシヒメは水を鞭のように腕に纏わせ、伸ばし、ゼロに巻き付けて接近する。炎を纏った拳でゼロの頬を殴り飛ばす。ゼロの反撃を氷の盾で防ぎ、風の刃で攻撃しようとしたとき、ゼロが視界から消える。

「(また消えた……ということは空間を繋げて攻撃してくる!)」

 空中に氷を生み出し、それを足場に更に飛び上がる。ホシヒメを追うように無数の空間の歪みが現れ、そこから斬撃と光弾が嵐のように暴れ狂う。空間の歪みから空間の歪みを経由し、それらは次第に加速していく。的確にホシヒメを狙って飛翔する嵐を、光の繊維を束ねて受け止める。大爆発を起こし、煙の中から二人が飛び出てくる。ゼロの突進をホシヒメが光で受け止めているが、ゼロは翼の出力を上げてホシヒメを地面へ叩き落とし、落下点の空間を引き裂く。ホシヒメは闇をその空間へ放ち、空間を元の形に戻す。着地と共に地面を殴り、猛烈に隆起させてゼロの元へ翔ぶ。エネルギーを纏わせた左の拳でゼロの放つ斬撃を打ち返し、エネルギーを解き放つ。それによってゼロに肉薄し、光の纏った拳で腹に強烈なパンチを叩き込んで吹き飛ばす。

「甘いなクラエス……やはり秘めたる力が相当なものでも、まだまだ研鑽が足りん!」

 先程まで斬撃の嵐を生み出していた空間の歪みが一気に繋がり、巨大な亜空間を作り出す。空中で体勢を立て直したゼロは、左手を腰だめに、右手はそれに添え、まるでルクレツィアが抜刀するときのような構えをする。そして右手の戒めを解き放つと同時に、夥しい数の斬撃が亜空間内部に炸裂する。ゼロが眼前で刀を仕舞うような動きをしたあと、亜空間は消え、二人とも着地していた。が、ホシヒメは全身に傷を負い、血溜まりができるほどに満身創痍だった。

「終わりだ」

 ホシヒメは膝をつく。ゼロは右手を振り上げ――

 その拳を受け止める。

「勝負は……まだまだこれからだよ……!」

「いいだろう。貴様が戦えるのなら、俺もここでやめるつもりはない」

 ゼロは後ろに開いておいた空間の歪みへ消え、瞬時にホシヒメの横に現れて切り飛ばす。翼から光弾を放ち、槍のようなそれがホシヒメへ突き刺さる。

「う……動けない!?」

 ゼロは腕から柄を引き抜くと、それから青い粒子の刃が出てくる。そしてホシヒメの元へ瞬間移動し、その腹を貫く。

「これが力の本質だ」

 ホシヒメは血を吐きながら笑う。

「何がおかしい」

「いやあ……ごふっ……君は強いなあってさ……でもさ……まだ……負けてないんだよね……!」

 ホシヒメは右の拳でゼロを怯ますと、刀を思いっきり引き抜いてゼロに刺し返す。お互いに崩れ、地面を叩いて無理矢理起きる。

「ね……?言ったでしょ……!まだまだこれからなんだから……!」

「確かにな……」

 ゼロは刀を引き抜く。

「完全に破壊するまで、勝負はついていないな!」

 翼が消え、翼膜を繋いでいたブースターがゼロの背中にマウントされる。代わりに四枚の翼が生え、折り畳まれる。ゼロは刀を構えた。

「あの構え……」

 外野でゼルが呟く。それにノウンも気付く。

「ルクレツィアと同じ……」

 ルクレツィアが頷く。

「ウチにとっての最強……それはゼロ兄や。あの人に憧れたからウチはあの人の戦い方を必死に盗んだし、兄と慕っとる」

「ホシヒメはとっくに体の限界は迎えているはずだ……だがあいつの強い気持ちがそれを超越する何かを生み出している」

「ゼロ兄……」

 ルクレツィアは心配そうに二人を見つめる。

 ホシヒメは歯を食い縛り、拳を握り締める。

「行くよ、ゼロ君」

「ああ、来い」

 雷が地面を焦がした跡だけが残り、ホシヒメはゼロの眼前に辿り着く。

「バカめ、自分が手負いだと言うことを忘れたか!」

 空間に零れた血との間合いを見切り、刀を振る。ホシヒメの拳がいとも簡単に弾かれ、続く斬撃がホシヒメを切り裂く。ゼロは身を一気に引き、刀を連続かつ瞬時に抜刀し、空間の歪みを発射する。強引に高速に着地したホシヒメはその空間の歪みを根性だけで体を動かして躱す。ホシヒメが動かなければ命中していた空間の歪みは、着弾と共に凄まじい真空刃を巻き起こして消滅を繰り返す。ゼロはまた追撃のために瞬間移動し、回転しながら斬撃を放つ。飛び上がって躱したホシヒメへ、空間の歪みを利用して今の斬撃を直接飛ばす。ホシヒメは闘気を全身から放ち、その斬撃を弾き飛ばす。ゼロは光弾を放ちながら刀の攻撃を続行し、ホシヒメは氷の盾で光弾を弾きつつ、炎を放って間合いを取る。

「どうした、怖じ気づいたか」

「いやいや。君こそ、さっきみたいにドカーンってすればいいじゃん」

「ふん、では挑発に乗ってやろうじゃないか」

 ゼロは身を引き、空間の歪みを発射する。ホシヒメは氷の盾を砕いて飛ばし、雷を纏った足で駆ける。ゼロが消えると、ホシヒメへ大量の空間の歪みが乱れ飛ぶ。全ての空間の歪みが繋がり、巨大な亜空間が再び発生する。

「今度こそ細切れにしてやるぞ、クラエス!」

 両手を先程と同じように構える。その構えは、居合い抜きの要領そのものだった。

「(さっきのは刀無しの、手加減された威力の攻撃だったはず……それなら、これがゼロ君の全身全霊……!)」

 ホシヒメは亜空間の中で全身から闘気を放つ。ゼロの抜刀で、夥しい数の斬撃が炸裂する。瞬時に地上へ移動したゼロへ斬撃を受けつつ接近し、納刀寸前で拳を叩き込む。亜空間は消滅し、ホシヒメが前のめりになって倒れる。闘気が霧散し、血が闘気に乗って霧のように噴出する。ゼロは平然と起き上がると、刀を納めた。

「勝負は終わった。俺の勝ちだ」

 ゼロは倒れたホシヒメへ近づく。と、そこにゼルたちが立ちはだかる。

「こいつを殺すのか」

「貴様は……俺の右目を潰した男か。そうだ、その女は俺との戦いに負けた。敗者の命を弄ぶのは、勝者の特権だろう」

 ゼルがガンブレードを抜く。

「俺たちを倒してからだ」

「雑魚に興味はない。竜王の世界が実現すれば、竜神種はどのみち絶滅する」

「それでもだ」

 ゼルがゼロを睨む。そこにルクレツィアが割って入る。

「な、なあ待ってやゼロ兄。コイツは……ホシヒメはもっと伸び代があるやつなんや。今倒してもうたらもったいないで?ほ、ほら、な?今の戦いはあんまりにもゼロ兄とホシヒメの実力差がありすぎるっちゅうかなんというか……」

 ゼロはルクレツィアを一瞥する。

「ルクレツィア、貴様はそんなにこの女がお気に入りか」

「せや。間違いなく、コイツは原初竜神よりも強くなるんや。せやから……な?ここは堪忍してほしいっちゅうか……」

「む……」

「義妹の頼みやから聞いてくれへんか……?」

「そこまで言うのなら聞いてやろう」

「ほんまか!?恩に着るわ、ゼロ兄!」

「だが、勝者の権利を簒奪したのだ、相応の対価は払ってもらおうか」

「なら……ウチがゼロ兄と手合わせしたる!ウチだって色んな任務をこなして強うなっとるんや。な?気になるやろ?」

 ゼロはルクレツィアの顎を撫でる。

「俺の倍の歳のくせに幼稚な妹だ。よかろう。その女を連れてエターナルオリジンへ行け。塔の管理人……ネロが詔を授けてくれるはずだ。だが覚えておけ。今回はルクレツィアに免じて見逃してやるが、次は貴様ら諸共殺す」

 ゼルはゼロを睨んだまま、ホシヒメを抱えてエターナルオリジンへ去っていき、ノウンも無言でゼルについていった。

「ではルクレツィア。あの女の命の対価だ。貴様の成長を見せてもらおうか」

 ゼロが腕から刀を引き抜く。

「ううっ……思い付きで言ってみたんはええけど……緊張するわぁ」

 ルクレツィアは刀の柄に手を添える。

「加減は無しだ、いいな」

「当たり前や」

 発射された空間の歪みを、帯電した抜刀が切り裂く。


 エターナルオリジン・内部

 塔の前には守衛と思われる二体のセキュリティゴーレムが居たが、機能していないようだ。二人は扉を開け、エターナルオリジン内部へ入る。

「なあ、ノウン。今の話……」

 ゼルが言いにくそうに問う。

「どうしたの?」

「ルクレツィアって……何歳だ?」

「ああ、28だよ?」

「マジで?」

「マジで。ゼルより十歳上、僕より十二歳上」

「でもお前は幼馴染みって」

「うん。物心ついたときから遊んでるから幼馴染みでいいよね?」

「まあ……今さらなんでもいいか……」

 脇に抱えたホシヒメをそっと下ろし、その体を検める。

「切創が凄まじいな……手当てさえすれば死なんだろうが、余裕を持って詔を集めるのはほぼ不可能だな……」

「むしろあの攻撃とこの傷でよくあそこまで耐えられたよね……」

 二人がホシヒメの傷を一つ一つ見ていると、一人竜王種が近づいてきた。

「治療室へお連れしましょう」

 二人は頷く。

「では」

 竜王種は深く礼をすると、続々と白衣の竜王種が現れ、ホシヒメを担架に乗せて去っていった。

「俺たちは上へ行こう」


 エターナルオリジン

 ルクレツィアの神速の抜刀を弾き返し、空間の歪みに乗せた斬撃を重ねる。ルクレツィアは電撃を刀に乗せて放ち、空間の歪みの中にプラズマを起こして真空刃を対消滅させる。

「ほう、やるじゃないか。義兄妹の契りを交わしたときはこれだけで死にかけだったが」

「ウチも強うなっとるって言うたやろ」

「だがな、まだ速度も精度も甘いな」

「くっ……くくく……」

 ルクレツィアの額から冷や汗と血が流れる。

「決まった型に嵌まらない戦い方は俺のように決まった攻撃を繰り返す者よりトリッキーで読まれにくいが……貴様は自分の必殺技に慢心する癖があるのと受けのタイミングがなっていない」

「厳しいなぁ、ゼロ兄は……」

「当然だ。俺の妹でありたいのなら、兄である俺を越えんと精進するのが常道だ。弟にせよ、妹にせよ……兄や姉を越えられぬのなら死ぬしかない」

「へへ……こっちも全力で挑んどるんやけどなぁ」

 空間の歪みを連射し、ルクレツィアはそれを躱す。一気に肉薄し、電撃の抜刀を放つ。

「ふん、貴様なら暇潰しくらいにはなると思ったが」

 目にも止まらぬその抜刀を当然のように躱し、反撃でルクレツィアを切り伏せる。そして納刀する。

「俺に媚びるのだけ上達してどうする。自分の欲望だけを果たしたいのなら、もっと自分の欲望に真剣に向き合え。ただ現実逃避に使っているだけなら、その刀はあっという間に錆びるぞ」

「ぐっ……」

 ルクレツィアはふらつきながら起き上がる。

「クラエスよりはマシだが。まあいい。貴様自身、ホシヒメの旅に同行する理由に合法的に原初竜神と戦える、などと思っていそうだしな。全てが終わったあと、貴様は最後に残しておいてやる。義理とはいえ、肉親であることに変わりはない。万全の準備はさせてやる。せいぜい精進することだな」

 ゼロは一方的にそう告げると、身を翻して去っていった。

「やっぱかっこええなあ……ふぅ……」

 ルクレツィアは傍にあった手頃な瓦礫に腰かける。

「格が違うっちゅうんは、まさにああいうこっちゃろなあ」

 譫言のように呟いたあと、ルクレツィアは意識を失った。


 エターナルオリジン・内部

 エレベーターが果てなく続くシャフトの中を延々と上っていく。

「いや、長くないか?」

「雲を貫く摩天楼だからね。地下にも同じ長さの施設が埋まってるとか」

「かれこれ二分くらいエレベーターに入ってるわけだが」

「ルクレツィアは大丈夫かな……」

「しかし驚いたな。年齢のこともそうだが、ゼロとルクレツィアが義兄妹なんてな」

「うん。ゼロが六歳の時に我流で生み出した剣術を見て、それまで体術を基本に戦ってたルクレツィアは一目惚れでね。それで刀を使い始めて、剣術を教えてもらおうとしたんだけど」

「したんだけど?」

「ゼロ……あの人は自分の妹になって技を盗めって言ったんだよ。妹や弟ならば兄や姉に打ち勝つことが存在意義だからって」

「理解できんな……肉親を越えることが正しいと言っているのか」

「うん。子なら親を倒すべきだっていつも言ってたね。なんだかんだでルクレツィアのことは大事に思ってるみたいだけどね」

「やつの戦い方は外野からは理解できなかったが、あれは盗める技術なのか?」

「まあ無理だよね。昨日ルクレツィアと戦ったときに知っただろうけど、ルクレツィアはあの手の特殊な攻撃はできない。手も足も出なかったことは事実だけど、努力で辿り着こうと思えば辿り着けるレベルだ。でもゼロのあれは……原初竜神と同レベルいや、それすら生温いのかもしれない。あんなに同時かつ、高速で空間を切り取って、それを固形にして、斬撃や真空刃をパッケージして発射するなんて」

「ホシヒメ以外でやつに勝ち目はないか。まあ、アカツキとやつは関係無さそうで安心したが」

「あんな風なこと言ってるけどゼロはホシヒメのことをよく知ってるし、結構好きなんだよ?毎年誕生日にはプレゼント送ってくるし。ホシヒメが着てるあの黄色いパーカーもそうだし、いつもつけてる髪飾りもそうだし」

「やっぱり理解できんな……」

 ゼルが首を捻ると、エレベーターが止まってドアが開く。足元からぼやけた光が発され、三角形の白い通路が続く。大扉の前に立つと、ハンドルが回り、三つの隔壁が段階的に開く。その先には、円形の広場があった。中央に光輝く柱があり、その前に男が一人いた。

「よう、待ってたぜ。竜王種のお偉いさんから事情は聞いてる。詔を貰いに来たんだろ?」

「お前がネロか」

 ネロは立ち上がると、ゼルたちへ近付く。

「つーことで、俺がその詔だ」

 二人は沈黙する。

「お前らは今から政府竜神とか帝都竜王と戦うんだろ?戦力は一人でも多い方がいい」

「ノウン、どう思う」

「どう思うも何も、彼自身が詔で、それが罷り通ってるのなら、僕たちはホシヒメのためにその提案を受けなきゃいけないでしょ」

 ネロは笑顔でノウンの肩と組む。

「話が早い坊主だな!んで、肝心の竜神のお姫様はどこだ」

「下の治療室にいる」

「ああ、治療室か。んなら、早く降りようぜ」


 エターナルオリジン・治療室

 ゼロは空間を引き裂いて、ホシヒメが治療を受けている処置室の前に立つ。横にルクレツィアを抱えて。

「貴様は俺が殺す。だがそれは、正しい勝利を掴んだときだけだ」

 ゼロは治療室の前に落ちていた髪飾りを拾い、ルクレツィアの髪へ差すと、傍にあった椅子へ座らせた。

「貴様もだ、ルクレツィア。貴様が俺を殺せるのは、正しい勝利を掴んだときだけだ」

 ゼロはルクレツィアの頬を手の甲で撫でると、身を翻し、刀で空間を引き裂いて消えた。そのあとすぐに、ゼルたちが辿り着く。

「ルクレツィア!?大丈夫か!?」

 ゼルが駆け寄ると、ルクレツィアは目を覚ます。

「なんや……アンタか。ゼロ兄がさっきまで傍に居てくれた気がしたんやけどな」

「手当ての跡があるな。ということは、ゼロはあのあと」

「せやろなあ、ゼロはウチがぶっ倒れた後に傷の手当てをしてここまで運んできてくれたっちゅうことやな。ところで、なんでネロが居るん」

 ルクレツィアがゼルの横から顔を出す。

「俺が詔だからだ」

「風俗の行きすぎで頭までイカれたんやな。わかった、もうアンタには何も聞かん」

「ちょっと待って!真面目!大真面目だぜ!?」

「わかったわかった。アンタは昔からそうやからな。んで、ここはどこかわかるか、ノウン?」

「ここは治療室だよ。エターナルオリジンの中」

 と、治療室から一人の竜王種が出てくる。深く礼をし、ゼルたちに話す。

「皇女殿下の容体は安定しております。本人の基本的な治癒力が高いのも相まって、明日には意識が回復するでしょう。ですが、万全を期すならば明後日まで戦闘を避けた方がよいかと」

「明後日か……残る詔はあと何個だ、ノウン」

「水都、死都、帝都、政府……四つだね」

「四つか……まあ、まだ時間に余裕はあるな」

 竜王種はゼルへ視線を向ける。

「殿下の眷属たるあなた方にも、休憩室を用意してありますので、案内いたします」

 四人はそれに従った。


 帝都アルメール・行政区 大橋

 空中に浮かぶ巨大な通路の中央を、ゼロは歩いていた。帝都アルメールは全域が空中に浮遊しており、巨大なクレーターの上に発展している。行政区は、その中央にある。ゼロが足早に行政区へ進もうとすると、目の前に少女がいた。ホシヒメそっくりだが、纏っている雰囲気は邪悪で殺気が漏れている。

「アカツキか。何の用だ。あの程度の小娘に両腕を奪われるような無能が、俺の前に立つか」

 ゼロは表情を変えずに挑発するが、アカツキは乗る気が無いらしい。

「随分とホシヒメに入れ込んでいるようだな、竜王の皇子」

「当然だ。戦いには正当な過程と結末が必要だからな。使命と踊る凶竜とは違う」

「ククッ、滑稽だな。まるでアミシスのようだ」

「水都竜神がどうした」

「あの女もなあ、恋をしてたんだよ、決して実らないな」

「……」

「まあ、貴様の思いもアルマへの憎しみで消え失せるんだろうが」

「嫌味を言いたいだけなら付き合う気はない。失せろ」

「まあまあそう言うなって。貴様も始祖凶竜には興味あるだろ?」

「始祖凶竜だと?パーシュパタなど、とうの昔に死んだはずだ」

「違うな。始祖凶竜はまだ生きている。そしてその大いなる使命を果たさんと燻っているのだ」

「アカツキ、貴様……!」

 ゼロが腕から柄を出す。

「始祖凶竜は誰の手にも余る存在だ。復活などさせんぞ!」

 アカツキはガントレットの状態を確認すると、竜化し、空へ飛ぶ。ゼロもそれを追って、翼を展開する。


 セナベル空域

 雲海を越えて、二匹の竜が対峙する。アカツキはゼロの周囲を旋回し、次第に空が黒い霧に覆われていく。そしてゼロの足下に巨大な氷の塊が出現し、二人はそれに着地し、アカツキは竜化を解く。

「ここなら邪魔は入らん」

「凶竜の王たる貴様を相手にする日が来るとはな」

 ゼロは光輪を発し、それが砕けて全身に吸い込まれる。そしてブースターと飛膜が格納され、銀色の翼が四枚生える。

「手は抜かん。完膚なきまでに切り刻んでやる」

「図に乗るな若造が」

 アカツキも竜闘気を放ち、霧が晴れる。ゼロが刀を抜刀する。凄まじい速度の空間の歪みが放たれ、アカツキはそれを弾き返す。続く空間の歪みも紙一重で躱し、素早いステップで接近する。アカツキは掌底を放つが、ゼロは左腕の鞘で弾き、切り上げる。それは躱され、ゼロは追撃に空間の歪みを放つ。そしてアカツキの退路を潰すように瞬間移動し、一太刀加えて吹き飛ばす。空間の歪みはアカツキに直撃し、鈍い轟音が響く。アカツキは構わず突っ込み拳でゼロと打ち合う。ゼロの一閃がアカツキを貫くが、鋭いアッパーがゼロの顎を抉り、ホシヒメの時と同じように刀を刺し返される。ゼロはすぐ引き抜き、光弾を発射しつつ空間の歪みを放つ。抜き身の刀で攻撃しつつ、次々と光弾と歪みの弾幕を張る。が、光弾は竜闘気に阻まれ、歪みから弾け出る真空刃は金属音を鳴らして消え失せる。

「その程度か?」

「下らん、こんなことに時間をかけて何になる」

 ゼロは力むと、自分の分身を二つ生み出す。

「数に頼るのか?」

「語弊があるな。これは質量を持つ俺の残像だ」

 ゼロが身を引き空間の歪みを連射すると、分身もあちらこちらへ動いて空間の歪みを同じだけ放つ。更に通常の斬撃を重ね、分身も続く一撃を放つ。空間同士が一繋ぎになり、放たれた空間の歪みがそれを通って暴れ狂う。瞬間移動からの一太刀を三体が一度に放ち、抉じ開けた竜闘気の穴に光弾を捩じ込む。アカツキの動きが鈍り、竜闘気が不安定になる。間隙なく突進しつつ切り付け、打ち上げる。分身は歪みを放ち、空中で追撃を加え、アカツキは吹っ飛ぶ。そしてゼロは三つの亜空間を重ね、その中を三倍の斬撃が乱れ飛び、ゼロの納刀と共に分身も消える。

 アカツキは起き上がる。

「大した技だ。俺に脅威を示すほどじゃないが」

「ふん、間抜けが。大局を見据える余り、眼前の敵の強さを見誤るのは戦いの初心者と同じだ」

「とりあえず、勝負はお預けだ。言いたいことは言った。去らばだ!」

 瞬時に竜化し、飛び去った。氷が融け、ゼロは落下する。


 帝都アルメール・行政区大橋

 溶けたら氷が雨のように注ぐ。ゼロは着地し、行政区へ歩いた。


 帝都アルメール・行政区 執務室

 ゼロは木製の扉を開く。アルメールが立ち上がり、ゼロを迎える。

「よくぞ帰ってきてくれた、ゼロ」

「造作もないことであります」

「そう畏まるな。気が済んだか?」

「俺はまだ疑問に思います。あの女にそこまでの価値があるとは思えない。俺の感覚で言わせてもらうなら、あの程度でブロケードが満足するわけがない。ガイアは生温いので信用していませんが、まさかブロケードが手を抜くとは」

「違う、違うぞゼロ。ブロケードは情を持っているのだ。戦いを求める以前の心として、皇女に慈悲をかけたのだ」

「俺にはわかりません。だが少なくとも、アルマもホシヒメも、そしてあなたでさえも、力と理想を兼ね備えることの意味を示してはいない。力と理想を兼ね備えることが、一体何を生み出すのか。俺はあなたたちからそれを見いだせない」

 アルメールは肩を竦める。

「それはそれで良いのだ。君が皇女との戦いで証明したように、理想だけでは克つことはできない。だがこれも知っておいて欲しいのだ。全ての意思あるものは、理想がなければいずれ行き詰まる。どちらか片方では限界が来るのだ」

 ゼロは眉をひそめる。

「ですが……」

「そうだな……試しに、自分の心に素直になってみたらどうだ?俺たち都竜神、都竜王、そして原初竜神は、社会そのものへの利益のために嘘をつかねばならない。だが君たちはまだ若い。君は己の心に素直になるのだ。君の皇女への心は憎しみではない。彼女をアルマの計画から外そうとして、彼女への愛を覆い隠しているだけなのだ」

「アルメール様。それ以上はあなたと言えど、俺も刃を向けざるを得ない」

「おっと、すまんな。ともかくだ。力の向ける先を考えるのだ、ゼロ。そこから理想は見つかる」

 アルメールは澄まし顔で首を振る。

「ゼロ、皇女はいずれこの帝都にも来る。そのとき、もっと素直に彼女と向き合ってみたらどうだ?」

「しばらく一人で考えます」

 ゼロは踵を返し、扉を開いて去っていった。

「ふう……全く、アルマめ。脱け殻の皇女ではchaos社に勝つことなどできん。特に黒崎奈野花……万物の霊長にはな」


 ――……――……――

 古代世界 セレスティアル・アーク

 雲の上に浮かぶ白磁の城が、陽光に照らされて目映いばかりの輝きを放つ。福岡県の折那区、大灯台の上に浮かぶchaos社の総本山、セレスティアル・アークの屋上には、庭園と教会があった。そこに、黒い鎧の少女と機械の右手のメイド――トラツグミ――が居た。

「DAAを利用した異世界干渉は順調なようね、トラツグミ」

 トラツグミは微動だにせず答える。

「明人様の推し進める〈新人類計画〉……それがこの世界の迎える最終形態です。白金零、クラエス・ホシヒメ、ロータ・コルンツ、レイヴン・クロダ、バロン・エウレカ。それらの欠片を一つに束ねる……あなたにはDAAから得られる情報よりも濃密にそれぞれの世界の情勢がわかっているはずです、黒崎奈野花」

 奈野花は傍に咲いていたオオアマナを一輪引き抜く。

「ええ。ねえトラツグミ。あなたは主である杉原に忠誠を誓っている。それは、この花が似合うほどの純潔の証よ」

「それが何か」

「私もそんな純潔の願いのために動いているとしたらどう思う?」

「私には判断しかねます。その問いに答えても、明人様の利益にも、損益にも成り得ない」

「うーん、百点の答えね。素晴らしいわ、トラツグミ。シフルの運用において最も重要なのは純粋な感情、強い思いよ。闘気や魔力の根源もまたシフル。感情こそが力、感情こそが理想。竜の世界も、新生世界も、零獄も。今は誰もが己の感情の発露を見出だそうとしている。まあバロンは一足先に辿り着いたようだけど」

 トラツグミはコーデックを開く。

「ところでゼナちゃんの調子はどう?」

「ヴァル・ヴルドル・グラナディアがディクテイターと同化したようですね」

「つまり、ゼナちゃんはちゃんと計画通りの改編を成し遂げたのね」

「既に知っていることでしょう」

「神都に私の配下を配置してないからわからないわ。ペイルがルネとヨーウィーを殺したのは教えてもらったけど」

「奈野花様。こちらから質問しても?」

「構わないわ」

「命の価値は平等だと思いますか」

「思わないわ。命が平等ならば、小虫が一匹死ぬだけで全員死ななければならない。でないと平等ではないもの。でも……命に限らず、全ては遍く救われなければならないとは思うけど」

「どんなに救いようのない愚民でも、ですか」

「ええ、もちろん。誰にも生きる意味なんて無いけど、存在しているのなら私に救われる権利がある」

 奈野花は一歩踏み出す。

「貴方や杉原が想像し得ないほど、世界は広いわ。この地球だって、何度目の宇宙の中にあるのかさえ、理解できないでしょう?」

「我々の宇宙は終焉を迎えたことなどありません。ビッグバン以前は無限の暗黒が広がり、そして今は未だ成長を続けている」

「そんな次元の低い話はしていないわ、トラツグミ。一つの宇宙ごとき、片手間に滅ぼせるでしょう?」

「奈野花様は……本当に何者なのですか。我々に協力せずとも、貴方一人の力で全てを思いのままにできるはず」

「……。何事にも限界はあるわ。だからこそここにいる。友達のためではあるけど、それ以上の意味も多分にある」

「私たちは協力関係にあります。故に奈野花様も、相応の働きで答えていただきます」

「わかっているわ。今からアフリカに向かう。燐花ちゃんの部隊を後退させておいて」

「承知いたしました」

 奈野花は平然とセレスティアル・アークの縁から飛び上がり、瞬く間に空の彼方へ消えていった。

「明人様の障害にならぬのなら、敵対することもない。ですが……」

 トラツグミは踵を返し、階段を下りていく。

「あの力の根源は、この宇宙よりも遥か彼方にある」

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