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前編 第八話

 クラレティア山脈・クベル川

 河原に倒れている黒髪の少女が意識を取り戻し、やおら立ち上がる。少女は自分の体を確認しつつ、周囲を確かめる。

「……。戻らないと……元の……私に……」

 少女は一歩踏み出して、力が入らずに転ける。

「ん……お父さんの気配がする……探さないと……」

 ふらふらと歩き、森の中へ消えていく。


 グランシデア王城・アーシャ私室

 アーシャは椅子に腰かけたまま、ウーウェ・カサトを研ぎ上げ、魔力を込め直していた。

「今度は理事長の依頼でまたあの人と一緒に行動することになるなんて……」

 寝間着の裾を整えて立ち上がり、鎧の傍に置いた薄汚いキャップを手に取る。

「口説かれたこと自体、初めてですし……それにあの強さ……」

 呆けた顔でキャップを眺め、そして手放す。

「まったく、こんな品のない帽子を私に被らせるなんて、やっぱりデリカシーが無いと思いますね、あの人は」

 数瞬の後、アーシャはまたキャップを手に取って、被る。そして鏡の前へ行く。

「た、たまには普通の格好……してみよう……かな」

 妄想が膨れ上がりそうになり、アーシャは慌ててキャップを脱ぐ。

「いや!別にそんなんじゃないし!私全然あんな人のことなんて気になってないし!……。もう寝よう」

 アーシャはそそくさと寝る支度を整え、床に着いた。


 グランシデア王立学園・理事長室

 レイヴンが雑に扉を開けると、既にアーシャとロータが居た。

「やあ、よく来たね」

 シュバルツシルトが屈託のない笑みを浮かべる。レイヴンはそれを苦い顔で返し、目を逸らす。

「理事長、これで全員ですか?」

 アーシャの問いに、シュバルツシルトは頷く。

「なぜこの三人なのですか?」

「戦力面と精神面、その二つの観点から考えて、あなたたちが適任だと思ったのよ。残念ながら、この学園は未来のグランシデア兵を量産する工場でありながら、優秀な素材が少ないから、あなたたちのような幼い女児や部外者を使うしかないの」

「ふわぁ……」

 ロータが退屈そうに欠伸をして、徐にレイヴンへすり寄る。レイヴンは片手間にロータの頭を撫でながら、シュバルツシルトの方を向く。

「で、俺たちはクラレティアの遺跡で何をすればいいんだ?トレジャーハントみたいなやつじゃないだろ」

「ええ、あなたたちにはクラレティアの遺跡にある資料を回収してきて欲しいの」

「資料だと?そんなもん、俺たちが行かなくても出来るだろ」

 シュバルツシルトは薄ら笑いを浮かべる。

「あの遺跡は強力なモンスターが大量に居るわ。戦闘に、そして次元横断、機密保持に特化した……ね」

「どうしてそれを知ってるんだ?言いたくはないがアンタ、怪しすぎるぜ」

「あらそう?ミステリアスな方が楽しいでしょう?それにあなたに断る権利は無いわ。なぜならあなたは既に仕事を引き受けたから」

「俺が受けたのはアーシャの護送と、ロータたちの身の安全を確保することだけだった気がするがな」

「あの遺跡に居るモンスターの力は想像を絶するわ。数ではどうしようもないほどの。遺跡自体のシステムも面倒だしね。まあとにかく、私の言葉はホルカン王の言葉よ。従わないなら、ここであなたを殺し、リリュールを塵にするまで」

 その言葉にレイヴンは身構えるが、諦めたように肩を竦める。

「ふぅ。仕方ねえな。面倒だが、仕事ならやってやるよ」

「ふふ、期待しておくわ。万が一、死にそうになったらこれを使いなさいな」

 シュバルツシルトはレイヴンに装飾の施された小さい剣を投げ渡す。

「なんだこれ」

「そうね……どんなピンチも逆転できるスーパーヒーローを呼ぶための信号弾、とでも言おうかしらね」

「胡散臭いな……まあいい。ロータ、アーシャ。行こうぜ。善は急げだ」

 踵を返すレイヴンにロータは離れずついていく。

「えっ、ちょっと!えと、理事長。この任、必ずや成功させて見せます!それでは失礼致しました!」

 律儀に礼をしてからレイヴンたちを追いかけるアーシャを、シュバルツシルトは微笑んで眺める。

「なぜこの世界が新生世界と呼ばれているか……きっと理解するはずよ」


 王都グランシデア 東門

「レイヴンさん、クラレティア山脈への道筋はわかってますか?」

 アーシャが鎧のチェックをしながら、レイヴンに問いかける。

「アルバージュ雪谷を下り、ウォーレス山道、マームル湿地、レーブル海岸、大場翼原、幻鏡の湖、エレルリア草原を越えるとあるな」

「その通りです。リリュールからグランシデア王国への道筋のように、無理をしたら一日で着くような道程ではありません。ですから、観光地でもあるレーブル海岸で一泊しましょう」

「だがアーシャみたいなお姫様が泊まるところなんてあるのか?金をわんさか持ち歩くわけにはいかねえぞ」

「大丈夫です。私は安いボロ宿でも、野宿でも問題ないですから」

「そういう問題じゃねえけどな……それと、なんで観光地ってわざわざ言った」

「えっ、いや、特に理由は……こほん。観光地の方が整備が整っているでしょう?」

「まあそういうことにしといてやるか」

 レイヴンが歩き出すと、ロータが離れずついていく。アーシャは呆れ気味に首を振る。

「大丈夫なんでしょうか……?」


 アルバージュ雪谷

 グランシデア王国の東部に位置するアルバージュ雪谷は、グランシデア王国が属するアルスヴァーグ氷山から続く山岳地帯の果てであり、リケル湿原、ウォーレス山道へと繋がっている。

「しっかし重労働だな。俺はもう三日連続で働いているんだが」

 レイヴンが愚痴ると、ロータが近寄る。

「兄様……私が癒してあげる……」

「ハハッ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。まあ、全部終わってから息抜きさせてもらうぜ」

 ロータは無言で頷く。

「未成年に手を出すのは感心しませんね、レイヴンさん」

 ムスッとした表情のアーシャがデバイスを展開しつつ二人へ釘を刺す。

「イチャつくのは構いませんけど、私は多少不愉快です」

「お姫様はワガママなのが基本だからな。甘えてくれてもいいぜ?」

「結構です。あなたの強さは尊敬していますし、あなた個人も好ましいところはあります。けれど、信頼と言う関係で繋がってはいませんから」

「そうかい。ま、ボチボチやるのが一番だろ」

 一行は無駄話に花を咲かせながら、雪の降り積もる山道を下っていく。


 レーブル海岸

 ウォーレス山道、マームル湿地を越え、一行はレーブル海岸に辿り着いた。既に、日は傾きかけている。

「やれやれ、やっと着いたか」

「かなり早足で来たつもりでしたが……意外と時間を取られるものですね」

 アーシャがはーっと息をつくと、ロータがそちらを見る。

「あの程度で……へばるような人間は……兄様に相応しくない……」

「むっ。そういうあなたはどうなんですか?ここまで一瞬たりとも喋っていませんけど」

「死にたいなら……いつでも言って……」

 二人の会話を聞いて、レイヴンは大笑いする。

「何がおかしいんですか!」

「いや。なんでもねえよ」

「はあ。そうですか。なんか、あなたたちと一緒にいるとひどく疲れるんですけど……」

 ため息をつくアーシャに、レイヴンは尋ねる。

「おい、どこに泊まるんだ?正直俺たちのスタミナなら強行軍で行けそうだけどな」

「ダメです。遺跡には強力なモンスターが居るって話をされましたよね?」

「まあ、そうだな」

「ですから、休みましょう」

「よし、寝るぞ」

 レイヴンは驚くべき早さで態度を変え、アーシャの案内に従う。

「ほんとに変な人ですね……」

 アーシャは頭を抱えて進んでいった。

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