コルンツ家
リビングの椅子で寝ていたレイヴンは、カーテンの隙間から結界を通して差し込む朝日で目覚める。
「んあ……エルデ……カーテンは開けんなって……」
寝言をいいながら立ち上がろうとすると椅子ごとこける。
「あだっ。昨日もこんな目覚めだった気がするぜ……」
立ち上がりながら、部屋を見渡す。双子のどちらも起きていないらしく、ただ静かである。
「案外起きるのは遅めなのか?まあいい、なんか作ってやるか」
レイヴンがキッチンへ向かうが、調理器具は殆ど無く、冷蔵庫の中に食品も殆ど無かった。
「どっちも飯が作れそうな感じしねえからな……昨日は結局外食したしな」
再びリビングに戻り、椅子に座る。
「寝よう」
机に突っ伏して、レイヴンは眠りに落ちる。
しばらくして周囲が騒がしくなり、レイヴンは目を開ける。向かいには満面の笑みのリータがレイヴンを見つめており、キッチンにはロータがいた。
「うふふ、おはよー、お兄ちゃん!」
リータが大声で朗らかに叫ぶ。
「うるさい……三枚に下ろすぞ」
ロータが本のページを机に投げつけ突き刺す。
「おはよう、お二人さん」
レイヴンは寝ぼけ眼を擦り、大きく伸びをして、後ろにぶっ倒れる。
「わわっ、お兄ちゃん大丈夫!?」
リータが机に前のめりになってレイヴンを覗き込み、ロータが凄まじい速度で駆け寄る。レイヴンは苦笑しつつ立ち上がり、椅子を元に戻す。
「椅子が一番寝やすいんだが、これだけが問題だな」
座り直したレイヴンを、ロータは真剣に見つめる。
「どうした?」
「いや……怪我してないかなって……」
「心配すんなって。ただずっこけただけなんだしよ」
「うん……」
本気で心配しているらしいロータに、リータが話題を投げ掛ける。
「ね、ねえロータ!朝御飯食べないと!」
「そうだった……兄様、サンドイッチでいい……?」
レイヴンは欠伸しながら答える。
「ああ、それでいい」
少しして机に出てきたサンドイッチは、ハムと野菜を挟んだ単純なものだった。三人はすぐ食べ終わり、双子は上の階で着替えてくる。
「それじゃあ、学校に行こー!」
リータの元気な声で、三人は歩き出す。
グランシデア王立学園
正門を抜けると、三人にマイケルが駆け寄ってくる。
「お早うございますッス、リータちゃん、ロータちゃん、兄貴!」
深く礼をする。とそこに
「ロータちゃあああああああん!」
と叫びながら駆け寄ってくる少女がいた。
「チッ……面倒な……」
ロータは目を背けるが、避けようとはしなかった。少女はジャンプしてロータに抱きつく。
「ミリル……離れて……」
ミリルを振りほどき、ロータはぐるぐると振り回して放り投げる。が、ミリルはすぐに起き上がって駆け寄ってくる。
「ロータちゃん!そいつ誰?」
ミリルはレイヴンを指差して問う。
「この人は……私の兄様……」
「ほえ?兄?ロータちゃんのところって……」
と、ミリルとレイヴンの視線が合う。
「よう、お嬢さん。俺はレイヴンだ。訳あって兄になっちまったが、まあよろしく頼む」
「はあ……どうも。マイケルの妹の、ミリル・レイナードです」
「ほう、こいつの妹か。それにしてはしっかりしてる気もするけどな……まあアリアと俺もこんな感じか」
マイケルが口を挟む。
「兄貴、ミリルは俺よりしっかり者ッス!特に、情報技術に関しては一流ッスよ!な!ミリル!」
「うっさい兄貴。って、兄貴が兄貴って呼ぶのって……え、何その謎の義兄弟ブーム。まいっか。一応私は兄貴と違って頭いいからね」
「んじゃあ兄貴に今日の闘技会の目玉を教えるッスよ!」
「兄貴に教えるのは気が向かないけど……まあロータちゃんのお兄さんになら」
ミリルはヘッドギアのような装置を被り、パッド状のデバイスを弄る。そしてそれをレイヴンに見せる。
「えっとですね、今日の見所はヴルドル王家の人たちが全員参加するところと、エリナ姉が参加してるところかな。王家の人たち……つまり、オーレリア様とアーシャ様、そしてエール様は特例で闘技会に参加する義務は無い。だから、この三人が参加するのは大いに盛り上がるだろうね。それとエリナ姉は間抜けな兄貴と違って騎士で近衛兵長だから忙しいんだけど、珍しく参加してるみたい」
「ほう、そいつは楽しみだな」
「まあ犠牲者が多くなりそうですけどね」
その言葉にレイヴンは首を傾げる。
「どういうことだ?」
「兄様は……昨日オーレリアと戦ったから……わかるはず……」
ロータの返事に、レイヴンは答える。
「なんだ?強すぎるってか?」
「そういうこと……」
「なるほどな。まあほどほどにやるか」
ミリルが続ける。
「まあロータちゃんが毎回参加してますけど、みんなビビって挑みすらしませんからね」
リータがレイヴンの手を引っ張る。
「お兄ちゃん、そろそろ始まるから行こうよ!」
「おう」
グランシデア王立学園・闘技場
闘技場の入り口でリータ、ミリルと別れ、レイヴンはロータ、マイケルと共に進む。
「結構な人数がいるな」
レイヴンは呟く。
「そりゃそうッス。この学園はグランシデア王国の支配領土の中で一番人数の多い学園ッスからね!」
「一応は優秀なやつの集まりってことだ」
そこの会話に、一人割り込んでくる。
「その通りよ、レイヴン・クロダ」
マイケルはその人物の方を見て満面の笑みになる。
「エリナー!久しぶりだな!」
「ああマイク、久しぶりね。貴方がレイヴンと一緒に居るとは思わなかったけど」
エリナはレイヴンの方を向く。
「レイヴン、ホルカン王の命により、私は貴方と戦う。闘技会は一個人四戦あるが、貴方は私と、ホルカン王のご子息とご息女と戦わなければならない。貴方と私の戦いは一番最初で、なおかつ貴方が戦うのは全てフィールド全面を使うから、速やかに移動しろ」
そして踵を返す。
「もう始まるから、準備しておくように」
去っていく姿に、ロータが舌打つ。
「兄様……私の目の前で目移りとはいい度胸ね……」
「おい、それはねえだろ?男だったら美人に目移りするのは仕方ねえことなのさ」
レイヴンの腹に鋭いパンチがめり込む。
「ぐふぉっ!?」
「ダメ。兄様は……私だけを見るの」
「ぐぅぅ……まあ考えておく」
「ん!」
レイヴンにスープレックスを決め、手をはたく。
「兄様」
「わかった。わかったよ。わかったから全力で攻撃するのはやめろ」
「じゃあ……兄様……武運を祈ってる……」
ロータは歩き去る。
「よっし。俺も頑張るッス!兄貴、一緒に頑張るッスよ!」
「おう」
ハイタッチして、マイケルも走り去っていった。
「退屈しなくていいねえ、この仕事はよ!」
レイヴンもフィールドへ踏み出していく。
巨大な円形のフィールドの両端に、たくさんの学生が見える。そして中央に、エリナが居た。
「さあ、早く構えろ」
「言われなくてもな」
レイヴンが前に立つと、エリナは兜を被る。そしてチェーンソーのような長剣を抜く。
「始めようか、レイヴン・クロダ」
エリナは電撃を纏い、レイヴンの眼前にワープする。強烈な一閃をギリギリ往なし、背から長剣を抜き、幾度か打ち合う。エリナの剣は変形し、槍に匹敵するほどのリーチになる。片刃となったその剣の背面には、無数のブースターが配されている。レイヴンは短剣を投げつけ、それと同時に踏み込みながら長剣で突きを放つ。当然弾かれるが、長剣をわざと上空へ弾かせ、空になった両手から無数の魔力の剣を生み出し、空中に投げる。少し進んでその剣は空中で固定され、レイヴンはそれを足場にしながら長剣を取り戻し、エリナと剣戟を再開する。
「流石、あれだけの金を積む価値はあるらしい」
「若造が舐められないためには強くなるしか無くてな」
「確かに。私も十七で近衛兵長を勤めると周りの僻みが耳障りでな」
「お互い苦労してるみたいだな」
エリナは瞬間移動で距離を離す。と同時に、レイヴンが空中に固定していた剣が先程までエリナが居た場所に突き刺さり、爆発する。
「やるじゃねえか。初めてやる技だったんだが、初見で見破られるとはな」
「私の勘を甘くみるなよ」
エリナは瞬間移動し、レイヴンの頭上から切りかかる。レイヴンは裏拳で弾き返し、即座に魔力の剣を投げつける。エリナは剣の刃を自分の方へ向け、ブースターで離れる。そして着地と共に加速しつつ剣の勢いに任せて突進する。長剣を構えたレイヴンを怯ませ、エリナは剣を元に戻し、レイヴンへ突き立てる。それを防いだレイヴンへエリナは追撃を雷を放ち、更に着弾と共に瞬間移動して鎧の籠手を雷で加速させながら噴射し、叩き込む。凄まじい土煙が上がり、観客席に張られた結界がその姿を現す。エリナは着地すると、自動で籠手が元に戻る。
「今のは効いたぜ……」
腹を押さえながらレイヴンが立ち上がる。
「まだ戦えるとは思わなかった」
「流石は騎士様だ。そんな面白鎧を付けてるとはな。だが……」
レイヴンがダーツのように魔力の剣を投げる―――
「しまっ……」
エリナが気付くときには遅く、エリナの剣に突き刺さった魔力の剣にそれが当たり、剣が爆発する。
「いやあ苦労したぜ。だがギミックの凝った武器はこの手の攻撃に弱いだろ」
「見事だ、レイヴン・クロダ」
「まあ所詮学校のおままごとだしな。要は生き残るんじゃなくて勝てばいいんだろ?」
「そういうことだ」
エリナは壊れた長剣を拾うと、フィールドから出た。レイヴンもそれに従って出ていった。