グランシデア王城
オーレリアがゆっくりと廊下を歩いていると、正面から紫色の髪の少年が歩いてくる。
「おや、姉さん。魔力の流れが乱れていますよ」
少年の嘲笑に、オーレリアはいつものように落ち着いて返す。
「エール。わたくしはやるべきことをしてきただけですわ」
「へえ。姉さんがやるべきこと……ああ、婿探しとか?」
「違います。次元門の鍵の力を試してきただけですわ」
「次元門の鍵ねえ……でも神都の遺跡の調査も済んでないでしょ?」
「それが……奇妙なことに、ついさっき遺跡の調査を許可する書面が届いて」
「大僧正様も何か思うところがあったのかねえ」
エールはマントを翻し、オーレリアの横を通りすぎる。そして振り返る。
「あっ、姉さん。次元門の鍵ってどこに所属してるんだい?」
「客員剣士ですから、自由に学園内を動けるはずですわ」
「なるほどね。でも、明日の闘技会には出せるんだろ?」
「戦うにしても、学園内で本気を出さないように。わかっていますね?」
半笑いで首を振り、エールは去っていった。
コルンツ家
ロータが玄関を開けると、リビングからリータとマイケルが出てくる。
「おかえりなさいッス、兄貴!」
リータよりも先にマイケルが駆け寄り、深く頭を下げる。
「おう、帰ったぜ。ご苦労さん、マイケル」
「ういッス!ありがとうございます!」
そのやり取りを見て、ロータがマイケルを張り倒す。
「むごぉ!?」
「邪魔」
マイケルは水平に飛んでいき、窓ガラスに激突するも、ゆっくり立ち上がる。
「兄様、私の部屋に行こ……」
ロータがレイヴンを引っ張っていこうとすると、それをリータが止める。
「ちょっと待ってよロータ!兄様って何!?」
「兄様は兄様……姉様には関係ない……」
「ずるい!私もそういうのしたい!ということで、私はお兄ちゃんって呼びますね、レイヴンさん!」
ロータが握っていない方の手を握り、リータは跳び跳ねる。奥からマイケルが戻ってくる。
「いってえ……兄貴、明日は闘技会があるんで、ゆっくり休んだ方がいいッスよ」
「闘技会?なんだそりゃ」
「学園の月一イベントッス。好きなやつと戦って、勝った数で点数が付けられる、まあ小テストみたいなやつッス」
「誰が参加するんだ?」
ロータが頷き、リータは首を横に振る。
「魔法科は攻撃魔法を専門にしてる人以外は任意ッス。俺は近接武術科なんで参加するッスけど」
「なるほどな、準備しておくか」
「ういッス!じゃあ俺は兄貴が帰ってきたから帰るッス!」
マイケルは軽快に靴を履くと、走り去っていった。
「じゃあ私はリビングに居るね!」
リータもリビングへ移動した。
「じゃあ兄様……私の部屋に行こ……」
ロータに引っ張られ、レイヴンは部屋に入る。ロータの部屋はリータの部屋と違い、机と本棚、ベッドがあるだけの簡素な部屋だった。
「中々洒落た部屋じゃないか」
「私は……姉様と違って……真面目だから……」
「んじゃ、武器の強化を頼むぜ」
「わかった……剣と銃はどうする……?」
「出来るならお願いするぜ」
「うん」
ロータはレイヴンから差し出された長剣を軽々と持ち上げる。
「それにしても……」
「ん?」
「私と最初に戦ったときは……魔力の補助もなしにあんな動きをしてたなんて……」
「ああ、そのことか。アーシャにも言われたが、そんなにすごいことか?」
「うん、すごい……魔力は闘気……一度は空虚な存在を経由しなければならないけど……魔力が使えない人間には闘気も扱えない……闘気でなければ……あれだけの動きをすることは出来ない……でも兄様から闘気は感じられない……かと言って魔力の類いも……」
片手間に話しながら、長剣に、短剣に、拳銃に、グローブに、ブーツに、無数の紋章が浮かび上がっていく。
「まさか……シフルをそのままエネルギーに変えてる……とか」
「さっぱりわからんな」
「私も……出来たよ……兄様」
レイヴンはロータから手渡された装備を慣れた手つきで装着し、感触を確かめる。
「お、中々いい出来じゃねえか」
「兄様は……感覚で戦ってると思うから……その常人には無理がありすぎる戦い方をサポートするような魔法を……組み込んである……」
「明日試してみるか。ありがとな」
レイヴンは部屋から出ていこうとする。
「ん……兄様、どこに行くの……?」
「俺は外を見張る。お前らを守るのが仕事だからな」
「じゃあ……私の傍に居て……」
レイヴンはロータを見下ろし、肩を竦める。
「仕方ないな。少しだけだぜ?」
ロータは静かに頷く。
古代世界 セレスティアル・アーク
「うっ……!?」
明人は椅子に座ったまま、鋭い頭痛に顔を歪める。
「いかがされました、明人様」
トラツグミを右手で制し、明人は立ち上がる。
「新人類計画も大詰めでございます。ご無理はなさらぬよう」
「わかっとおって……新生世界はどうなっとるん」
「ゼナ様からの連絡はございません。タイムラインの乱れもございませんが……」
「ああ……そう。新生世界でレイヴンが何をしてるかはよくわかる。ヴァル=ヴルドル・エールが何をしてるのかもな」
「真滅王龍ヴァナ・ファキナ……明人様に力を授けたという、かの龍の狙いが、レイヴンであると……」
「らしいな。だからDAAを使って俺が集めてやってるんだが……まあどのみち、世界を滅ぼすために働いてもらうけどな」
明人は頭を抱えながら、椅子に座り直す。
「とにかく……バロンの確保とエリアルの捕獲を急ぐようみーさんに伝えて。ゆーちゃんと協力されたらたまったもんじゃない」
「はっ、承知いたしました」
トラツグミは踵を返し、部屋から出ていく。
「この世の終わり、完全なる終焉……そのために、せいぜい踊ってくれよ、アガスティアレイヴン」
頭から来る激痛に顔を歪ませながら、明人は不敵に笑う。