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前編 第三話

グランシデア王立学園 校庭

 実技棟に周囲を取り囲まれた巨大な空間こそ、王立学園の校庭であった。オーレリアはレイヴンからある程度距離を取ると、振り向く。

「さて、レイヴン・クロダ様。わたくしとのデートの用意はよろしくて?」

「いつでもどうぞ」

 オーレリアが右手を開くと、そこにオーレリアの身長の六倍近くはある超巨大な剣が握られる。

「中々ワイルドな剣だな」

「聖剣、クンネ・スレイマニエ。大山すら粉砕する巨剣ですわ」

「妹はテクニック、姉はパワーと来たか。面白そうだ、全力で行こうぜ!」

 レイヴンが瞬間移動でオーレリアへ近付き、長剣で先に攻撃する。が、左腕で弾かれ、続けてのパンチをレイヴンは空いている方の拳で迎え撃ち、吹き飛ばされる。スレイマニエの強烈な一閃がレイヴンを掠め、後に続く闘気と魔力の波がレイヴンを襲う。レイヴンは両手を前に構え、その波を打ち消す。切り上げが放たれ、レイヴンは大きく仰け反り、長剣を盾にして空中へ飛び上がる。短剣をオーレリアへ投げ、それを追うように瞬間移動し、グローブから長剣に魔力を流してスレイマニエと打ち合う。尋常ならざる超重量の一撃にレイヴンは手を痺れさせるが、構わず剣戟を続ける。

「流石は歴戦の傭兵、この剣の攻撃で気絶しないとは」

「確かに感じるぜ、君の力をな。油断も隙もない、完璧な気の流れだ」

「嬉しいお言葉ですわ。戦いに関しては弟の方が優秀でしたから、わたくしはどうなのかと思っていましたの」

 力任せの薙ぎ払いでレイヴンを吹き飛ばし、大きく飛び上がる。スレイマニエに光を宿し、思いっきり振り下ろす。

「秘剣・雷刃破ッ!」

 絶大な威力の一閃が直撃する寸前にレイヴンは起き上がり、長剣を投げ捨てて、その一撃をグローブで生み出した力場で凌ぐ。強烈な衝撃波が校庭の地面を捲り上げる。

「痺れるバトルだな、お嬢さん」

「案外余裕そうですわね。ならもっと全力でも良いのかしら」

 オーレリアがスレイマニエを持ち上げ、左腕を横に広げる。そして左腕から肩にかけて、小型のスレイマニエが四本現れる。

「わたくしが王女であり、次期国王であるということをお気になさらずに、全力で、殺す気で向かってきてくださいまし」

「おっと、どうやらお遊びでやってるわけじゃなさそうだな。ならこっちも……」

 レイヴンの体が赤い粒子に包まれ、竜人へと変貌する。

「全力で行くぜ!」

 幻影のような小型のスレイマニエを弾き飛ばしながら、レイヴンは先程とは比べ物にならないほどの速度で接近し、振り下ろされた本物のスレイマニエの剣戟さえ意に介さず、長剣でスレイマニエを弾き飛ばし、短剣を首許へ沿えて竜化を解く。轟音を立ててスレイマニエは校庭に突き刺さる。

「俺の勝ちだな、お嬢さん」

 諦めたようにオーレリアが笑い、そっと首の短剣を下ろさせる。

「ええ、お見事ですわ。わたくしやお父様が期待している以上に、貴方はお強いようで」

「伊達に一人で稼いでないんでね」

「ふふ……頼もしい限りですわ。任務をお忘れにならないように」

 オーレリアは後方に突き刺さっているスレイマニエを引き抜き、手元から消す。

「では、ごきげんよう」

 そのままオーレリアは去っていった。レイヴンは長剣と短剣を納め、リータの方を見る。

「リータ、君の魔術は役に立ったぜ。ありがとな」

 言い終わると同時に、リータが駆け寄り、慌ててレイヴンの体を検める。

「どうした?」

「かすり傷も付いてない……!?えっと、どういう……え?」

「そんなにすごいことが起きてるのか?」

「あれだけの衝撃をあんな小さい動きで無力化するなんて……レイヴンさんはいったい……?」

「俺もよくわからん。適当にやってるからな。したいと思ったことを出来るだけやってるだけだ」

「へぇ~授業じゃわからないこともあるんですね」

 うんうんと頷くリータの肩に、レイヴンは手を置く。

「さて、やることやったし帰るとしようぜ」

「はい!」

 と、二人が校庭を離れようとしたとき、目の前に一人の男が現れる。

「リータちゃんから離れるッス!」

 ハツラツな外見のその男は、レイヴンを指差して声を上げる。

「誰だ、お前」

 レイヴンの怪訝そうな声に、男も不快感を露にする。

「この学園でリータちゃんのことを知ってるなら、俺のことも当然知っているはずッス!」

 両手を横に、首を振りながらレイヴンは溜め息をつく。

「すると、お前がめんどくせえファンか」

 リータはレイヴンのコートの裾を引く。

「違いますよ、レイヴンさん。あの人は私のファンクラブを立ち上げた、マイケル・レイナードって人で、悪い人じゃありません」

 マイケルは手元に槍を構え、レイヴンに向ける。

「リータちゃん離れるッス!こんな不届きな輩は、俺が成敗するッス!」

「えっと、うーん」

 逡巡するリータを手で制し、レイヴンは前に出る。

「お前がどんな奴かは知らんが、早とちりは命を縮めるぜ。悪いことは言わん。早く失せろ」

「へん!エリナに鍛えられた俺は、アンタみたいなカッコつけ野郎になんか負けないッスよ!」

「エリナ……エリナ・シュクロウプのことか?」

「それがどうしたッスか!」

「気にすんな、こっちの事情だ」

「カーッ!その余裕たっぷりの態度!人をイラつかせる天才ッスね、アンタ!もういいッス。どっちにしろ、リータちゃんに寄り付く悪い虫は、俺が倒すッス!」

 槍を構え、マイケルは勢い良くレイヴンへ突っ込む。その矛先に、長剣の切っ先をぶつけ、マイケルは飛び退く。レイヴンは欠伸をする。

「ちっ、戦闘中に欠伸をするなんて、どんなやつッスか」

「素直じゃない女だぜ。なあ、リータ!」

 レイヴンは後ろを見て、リータに向かって叫ぶ。リータはポカンとしていたが、空中を鋭く切り裂く本の一ページを見て、驚きの表情をする。

「まさか……ロータが来てるの……!?」

「そのまさかみたいだな。アーシャから聞いた情報とは……」

 突っ込んでくるマイケルを雑な動きで弾き返しながら、レイヴンは破顔する。

「違うみてえだな」

 銃弾のようにレイヴンを狙うページを掴み、素手でマイケルの相手をしながらページを読む。

「今すぐ屋上に来い。なるほどな」

 ページは粒子になって消え、レイヴンはマイケルを見据える。

「アンタ、俺が真剣に戦ってるんスよ!?なんなんスかその態度!」

「お前は弱えよ。エリナの知り合いとはとても思えねえな」

「何を!俺とエリナは子供の頃から仲良しッス!」

「あっちが騎士でお前が学生なら、お前はよっぽど才能が無いのかもな。まあ、野郎がどうなろうが知ったこっちゃないが。俺は今お誘いを受けてね。悪いがお前には退場してもらうぜ」

 怒り心頭に達したマイケルは、槍に魔力を集中させながら突進する。レイヴンはグローブから長剣に丸い魔力を通し、長剣を縦回転させて槍を弾き、思いっきり空中に打ち上げ、野球のように長剣をフルスイングしてマイケルを吹き飛ばす。

「何かに執着するのも悪くねえが、もっと気楽に生きた方が楽しいだろ。なあ、マイケル!」

 長剣を納めながら、マイケルに吐き捨てるように告げる。校庭を縦回転しながら跳び跳ねるマイケルは、すぐに起き上がる。

「ほう、体が頑丈なのは確かだな」

「……」

 マイケルは無言のまま猛然とレイヴンに走り寄り、その手を握る。

「アンタの強さに感服したッス!兄貴と呼ばせてください!」

 その予想外の提案にレイヴンは大笑いする。

「思ったより全然面白いやつじゃねえか、お前。いいぜ、今からお前は弟ってことだな!」

「うッス!」

「そうだな、俺は今から用事があるから、リータを家まで送ってくれよ。家くらい知ってるだろ」

「もちろんッス!自分の妹が遊びに行ったことあるッスから!」

 レイヴンはリータの方を向く。

「つーことだ。リータ、先に帰っててくれ」

「あっ、はい!」

 リータはマイケルと共に去っていった。

「さてと、俺はランデブーと洒落込むか」


 グランシデア王立学園・屋上

 レイヴンが扉を開くと、結界を通るような感覚を覚えて屋上へ出る。屋上に置いてある長椅子に、ロータは一人で座っていた。レイヴンはその横に座る。

「隣に座っていいとか言ってないんだけど……」

「いいじゃねえか、俺は君の横に座りたいんだよ」

「はぁ……強さはここから見てた……オーレリアは私でも手を焼く実力者だけど……圧勝に近い勝ちを取った……ねえ、私を力ずくで従わせたいと思う……?」

「君が大人だったらまず初めに口説いただろうな」

「ふん……」

 ロータはそっぽを向く。

「私は兄様と呼ぶ……だからそっちは私を名前か、お前って呼んで……」

「おう、わかった」

「それと……」

 ロータは立ち上がる。

「さっきの戦いの続き……」

 腰に提げた本を開き、レイヴンから距離を取る。

「なるほどな。確かに決着は大事だ」

 レイヴンは椅子から飛び上がって着地し、ゆっくり振り返る。

「殺す気で……来て……」

「当然だな」

 長剣を振りかぶり、レイヴンは闘気を発する。

「始めようぜ、兄妹喧嘩を!」

 ロータは右手を上げると、後ろの空間が歪み、そこから鎖が無数に放たれる。長剣で弾き返しながら、最初に繰り出したのは強烈な突きである。

「初見で受けきれる攻撃をまたするなんて……兄様は愚かだね……」

「本当に同じだと思うか?」

「姉様の魔法が入ったグローブ……後で私の魔法で上書きしてあげるね」

 ロータは長剣を放り投げ、レイヴンと拳で打ち合う。

「最初にも思ったが、すげえバカ力だなお前」

「兄様もね」

 ロータは光の剣を手に持ってレイヴンの拳を弾き返し、そのままそれを突き立てて爆発させ、怯ませる。更に身を翻しながら蹴り上げ、空中で無数の光の剣で取り囲む。レイヴンはグローブの魔力を解き放ち、防壁を張って剣を弾く。空中を舞っていた長剣を掴むと、一回転して切り落ちる。その斬擊を当然のようにロータは弾き、右手に込めた魔力を掌底と共に放ち、レイヴンは大きく後ろに吹き飛ぶが、短剣を投げ、拳銃で撃つ。銃弾が短剣に当たり、加速してロータへ向かう。短剣はロータの拳で弾き返され、レイヴンは空中を足場にして回転しつつ着地する。

「ハッ、流石にガッツがあるな」

「兄様もね……」

 ロータは本を閉じる。

「今の兄様には……私は勝てる気がしない……今日はこれで終わり」

「そうか?なら帰るぞ」

「うん……」

 レイヴンが手を差しのべると、ロータはおずおずと握る。

「急にしおらしいな、どうした?」

「なんでもない……兄様、明日もここに来て……」

「ん?ああ、もちろん」

 扉へ向かう途中、ロータはレイヴンに聞こえないように小声で呟く。

「兄様……私は手に入れてみせる……あなたを屈服させ……すがる女を全て消し炭にして……」

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