コルンツ家
トップスシティの摩天楼を越えて、明らかにその近代的な雰囲気からはかけ離れた木造の家に着いた。
「ここが君の家か?」
「そう」
ロータは玄関の扉に施された多重結界を解き、家へ入る。レイヴンもそれに従う。扉が自動で閉まり、また結界が張られる。
「ハイテクな家だな」
「姉様はリビングに居るから」
それだけ言って、ロータは階段を上っていった。
「クレイジーな女だぜ。時間があればお茶でもご一緒したいところだがな」
レイヴンはぼやきながら、リビングのドアを開ける。リビングでは椅子に座った可憐な少女がお茶を飲んでいた。
「わあ!?はうわぁ……」
少女はレイヴンを見るなり倒れる。駆け寄って抱えると、少女は顔を真っ赤にして目を開く。
「大丈夫か?」
「はわ……すっごくカッコいい人が目の前に……あっあの、不法侵入ですか?」
「姉妹揃ってバカなのか?」
「もうバカでもなんでもいいや……」
「俺はレイヴンだ。理事長から聞いてここに来たんだが、君がリータ・コルンツだな?」
少女はますます顔を赤らめて、ふっと視線を逸らす。
「はい……えっと、今日から私と一緒に暮らしてくれるんですよね?」
「え?なんだって?(そう言えば宿についての話が全く無かったが……これだと用心棒っていうよりは警備員だろ)」
「え、はい?違うんですか?」
「多分そうだ」
「はわぁ……毎日こんなイケメンと……」
「とにかく、一度席につかないか?」
「あっ、すみません!」
リータは急いで立ち上がると、まだ倒れそうになる。それをレイヴンが止め、また急に動き出して転けそうになる。それをレイヴンが―――
「無限ループじゃねえか!待てリータ、一旦止まれ!」
「ひゃい!?」
また転ける。
「慌てすぎだ。ほら、手を貸すぞ」
レイヴンから差し伸べられた手を取って、リータは無言で立ち上がる。
「大丈夫か?」
「はいぃ……」
落ち着いたリータはようやく椅子に座り、その向かいにレイヴンも座る。
「で、俺は君たちコルンツ姉妹のために国から派遣された用心棒ってわけだが、それはちゃんとわかってるな?」
「はい!」
屈託のない笑顔で答える。
「最近は距離が近いファンの人が多くて……でもレイヴンさんはとっても強いんですよね?」
「まあ君の妹ほどじゃないがね」
「あれ?ロータと戦ったことがあるんですか?」
「さっき戦ったよ。危うく殺されかけたが」
「ええ!?後でちゃんと注意しておきますから機嫌を悪くしたりしないでくださいね!?」
「大丈夫だ。それに、あんなにスリルのある戦いは久しぶりだったし、あっちがいいなら何回でも戦ってみたいがな」
「それならロータにはしつこく迫ってみてください!あの子は誰に対してもひどい態度で……でも根はいい子なんですよ!きっと諦めずに傍に居てくれる人が居れば……」
「わかってるさ。俺も興味あるしな」
「ほんとですか!?良かったぁ……」
「ところで、君のファンとはなんだ」
「あー、私なぜか人気があって、それでファンクラブが出来てるらしいです。一年くらい前からですね。でもなぜか最近、私に無理矢理近づいてくる人が多くて……それで理事長に相談したんです」
「なるほどな。俺も二十歳になってすぐくらいはクレイジーな女に追い回されたもんだが」
「おお、歴代彼女の自慢話ですか!?聞きたいです!」
「君が大人になったらな」
「えー!?あ、ところでレイヴンさん。荷物持ちとかやっていただけますか?」
「わかった、今からか?」
「はい!」
王都グランシデア トップスシティ
リータはロータと同じように腰に本を提げており、それとは別に、背に杖を挿していた。
「君も魔法使いか?」
「はい!ロータは攻撃魔法が上手なんですけど、私は医療系で!」
「魔法はどうも苦手でな。ドーピングとかに転用できないのか?」
「はい、出来ますよ?ていうか、流石に傭兵さんならわかってると思ってたんですけど」
「どうでもいいことだったからな。適当に戦ってたら生き残れてたからな」
「適当に!?適当に戦ってあのロータ相手に無事だったんですか!?」
「結構危なかったがな」
「すごく強いんですね!安心です!あ、折角ですから私の魔力で防具とか作ってみたらどうですか?」
「そんなことができるのか?」
「何かご希望は?」
「そうだな……籠手と具足とかか?」
「ふむふむ……えっと、身体強化以外要らない感じですか?」
「俺自身に魔力は無いからな。戦いは妹を養うのと、俺の暇潰しのだけにある。魔力を使うために必要な感情の類いは特に考えてない」
「妹さんがいるんですか?」
「俺より十二歳年下のな。まあそんなことはどうでもいい。とにかく買い物をするんだろう?」
「あ、そうでした!じゃあ行きましょうか!」
リータは一歩踏み出そうとして、また転けそうになる。レイヴンがそれを受け止め、リータは照れ臭そうにしてゆっくり立ち上がる。
「じゃ、じゃあ行きましょう!」
レイヴンはやれやれと首を振りながら後をついていく。リータはある店の前で立ち止まる。
「ここですよ」
「何の店だ?」
レイヴンが店の看板を見ると、〈魔法雑貨〉と書いてある。
「(魔法か……どうも繊細な技術が必要なものは苦手だがな)」
リータが扉を開けていくのを、レイヴンがついていく。リータは書庫のように入り組んだ店内を進んでいく。と、一つの書架で振り返る。
「身体強化はこの辺ですね。お店によって欠けてるものがあったりするんですけど、このお店はだいたい何でもあるからよく通うんですよ」
「ほう。俺としてはだな、単純な力の増幅でいいんだ。大したギミックが欲しい訳じゃない」
「でもあって困るものでもないですよね?」
「まあ、暴発しない程度にな」
「適当に買っていきましょう!」
リータはその言葉通りに目についた本を適当に選び、レイヴンがそれを抱える。
「この本を読むのか?」
「いえ、これに宿っている魔法を移植するんですよ。自動車もパーツを組み合わせて作りますよね?これはそのパーツに当たる部分ということです。魔法というのは闘気で出来ることを身体能力が優れていなくても出来るようにするためにあるんです」
「なるほど、わかりやすい」
「魔力を宿すのは……そうですね、レイヴンさんが付けてるそのグローブとブーツなんてどうですか?」
「そんなんでいいのか?もっと豪勢なもんが必要かと思ってたぜ」
二人でレジへと進みながら、レイヴンは率直な質問をする。リータが財布から硬貨を取り出して会計を済ませ、二人は店から出ていく。
「字面ほど凄いことじゃないんですよ。魔法は、科学の別形態でしかないんです。奇跡を形にするものではなく、物理的な可能な事象を、わかりやすい形にしてるだけです。そうですね、例えるなら―――」
饒舌になりかけたリータに、レイヴンは面倒くさそうに手を振る。
「運用に関係ない話はゴメンだぜ、先生」
「あっ、済みません。えっと、次はスーパーマーケットに行きましょう!」
コルンツ家
リータが結界を解くと、玄関から階段を駆け上がり、自分の部屋の扉を勢いよく開ける。
「レイヴンさんも来てくださーい!」
その声に、レイヴンも階段を上がる。リータの部屋はぬいぐるみや桃色のファンシーな小物が大量にあった。
「これが君の部屋か」
「そうです!どうですか!?」
「どうと言われてもな」
レイヴンは周りを見回す。
「婚期を逃した三十代だ」
「えーっ!ひどいです!」
リータが大声を出すと、扉の方からロータが現れる。
「うるさいアバズレ。次騒いだらぶん殴……って、レイヴン。なんで姉様の部屋に……」
ロータはレイヴンに目を止めると、驚きの表情をする。
「ああ、なるほど……九歳で処女を捨てるつもり……流石アバズレ。うるさいからリビングでやって」
ロータは踵を返し、不意に振り返る。
「臭いのは嫌だからちゃんと掃除して、姉様」
それだけ言って、ロータは去っていった。
「やっぱハードな女だな、俺好みだぜ」
レイヴンは少し視線を歪める。その少々の邪悪さを感じる表情に、思わずリータは怯む。レイヴンは普通の表情に戻り、リータを見る。
「ん?どうした、そんな縮こまって」
「いえ……ただ、レイヴンさんはロータの方が好きなんですか?」
「流石にガキには手を出さねえよ」
「そうじゃなくて、私とロータならロータを選ぶんですか?」
「さあな。君らが大人になったら考えてやるよ」
リータはその微妙な答えに少し不機嫌になったが、気を取り直して準備を始める。
「レイヴンさん、さっきの本をください」
「わかった」
受け取った本から紋章状の粒子を取り出すと、それを器用に組み立てていく。そして出来上がった複雑な紋章状の粒子をレイヴンの前に浮かべる。
「これで完成か?」
「その通りです!実のところ、身体強化ならロータの方が詳しいと思うんですけど、私でも充分実用に足るものを作れていると自負しています!」
「で、俺は何をすればいい?」
「じっとしててください!」
リータは四つ作った紋章状の粒子をグローブとブーツに移植していく。焼き付いた紋章が、その光を失う。
「よし、これでオッケーです!」
レイヴンは手を握り締めたり開いたりして、感触を確かめる。
「何か変わっている感じはないな。本当に効いてんのか?」
「それなら学園の練習用の案山子を実験台にしてみたらどうでしょう?」
「そんなもんがあるのか。案内してくれ。新しい武器は試してみないとな」
「えっと、あくまでも身体強化ですから武器には使えないかと……」
「気にすんな。俺は適当に使うからよ」
「へえ~、確かに、常識に囚われてる戦い方じゃ、間違いなくロータ相手に生き残れませんし、言うとおり少し適当なくらいがいいのかも……じゃあ、学園に行きましょう」
グランシデア王立学園 実技棟
学園の正門を通り抜け、大きなアリーナが複数ある棟へ向かう。その中は実技授業に耐えるための頑丈な建材で出来ていた。
「王立言うだけあって豪華な建物だな、こりゃ」
「はい!雪山の向こうにある帝都アルメールにもここまで施設が充実した学園はありません!」
「なるほどな、軍事力もかなりの強さを誇ると聞いてたが……ここがその根城ってわけか」
「むぅ、私たちは兵隊になるためにここにいるんじゃないんですよ?」
「ま、俺にはどうでもいいことだがな」
「レイヴンさん、ここです」
リータが一つの扉の前で立ち止まる。扉を開くと、そこには魔力が動力であると思しき鎧が1体置いてあった。
「で?これはぶっ壊してもいいのか?」
「大丈夫ですよ。とっても頑丈なので、試し打ちくらいじゃ壊れません」
「ほう?じゃ早速行くぜ!」
レイヴンは部屋に入るなり、鎧を素手で殴り上げる。続けて蹴り上げ、更に空中で連続で蹴りを加え、拳で叩き落とし、急降下で蹴り込み、掌底で鎧を強引に起き上がらせると、渾身のボディブローからの強烈なアッパーで鎧を粉砕する。
「おい、壊れたぞ」
レイヴンからの抗議の視線に答えるよりも前に、リータは唖然としている。
「おい、お嬢さん!割と簡単にぶっ壊れたぞ!」
「ええっと、私もよくわかんないです」
「大した練習にならなかったが、まあいいか。ちゃんと機能してるみたいだな」
レイヴンが部屋から出ようとすると、リータの後ろから少女が一人現れる。
「中々素晴らしい腕をお持ちのようで」
少女は気品に溢れた風貌ながら、凄まじい闘気と魔力を放っている。
「わあ!オーレリア様!」
リータの反応に、オーレリアは優しく微笑む。
「オーレリア?それが君の名前か」
「ええ。私の名前はヴァル=ヴルドル・オーレリア。先日お世話になったアーシャの姉です」
「ほう?通りで別嬪なわけだ」
「まあ。お世辞がお上手ですわね」
オーレリアはレイヴンへ近づき、その手を取る。
「デートはお上手ですか?」
美しい碧眼の中に宿る殺気を、レイヴンは感じ取る。
「もちろんだ。特に美人の相手ならな」
その状況を理解できないリータは、二人の後をついていくしか出来なかった。