グランシデア王立学園・理事長室
「ペイルライダー、どうやらレイヴンが来るそうよ」
気品溢れる木の椅子に腰かける栗毛の女性が、悩ましい吐息を吐きながら目の前にいる青白い鎧に身を包んだ骸骨騎士に話しかける。
「私には何の影響もございません。どのみち、次元門をホルカンたちが開こうとすれば、自然と我々の思惑通りに進むでしょうからね」
「ふふっ、期待してるわね。じゃあ、ペイルライダー。もうじきここにレイヴンが来るから、あなたは幻鏡の湖に行っていなさい」
「はっ、我が王よ」
ペイルライダーは霧になって消えた。その後に続けてアーシャ、エリナ、レイヴンが入ってきた。
「理事長、ホルカン王からお話は聞いていらっしゃると思いますが、明日から編入する、レイヴンを連れてきました」
エリナの形式張った挨拶を無視して、女性は口を開く。
「ようこそレイヴン。私は理事長のシュバルツシルト。あなたの話は聞いているわ。次元門の鍵、そして―――おっと、これ以上はネタバレね。歓迎するわ、あなたを」
レイヴンは黙っている。
「ちょっと、挨拶くらいしたらどうなんですかレイヴンさん」
アーシャがレイヴンを小突く。
「この状況で俺が話すことなんて何もねえだろ」
シュバルツシルトは何も気にせず話を続ける。
「それで王室側の考えとして、その子をコルンツ姉妹と引き合わせるってことでしょう。彼女たちはまだ九歳だけど、あなたは子守りしたことはある?」
「妹がいる。十二歳年下の」
「へえ。なら安心ね。言っておくけど、あの二人は色んな意味で大人気だから、気を付けるようにね」
アーシャが付け足す。
「リータさんはファンクラブがあるほど大人気なんですよ。この学園の男子の半分以上が好きだとか。これだからロリコンは……」
レイヴンは疑問を返す。
「ロータの方は?」
「ロータさんはですね、普段は屋上にいるんですが、実技の時だけたま~に現れて、全員ボコボコにして帰ります」
「どういうことだ」
「挑むだけで称号になるほどの強さってことですよ」
「なるほどな。君はどうなんだ、アーシャ」
「へっ?私?」
「そうだ。君も充分美人だろ?どうやってあの親父から生まれたか知らんが」
「いや私はですね……まあなんでもいいじゃないですか」
駄弁っていると、理事長室の扉が蹴り飛ばされ、飛んできた扉をシュバルツシルトが片手で受け止める。
「邪魔……」
美しい黒髪を靡かせて、小柄な幼女が現れた。
「こいつがロータか?」
「そうです。こんな感じのちょっと気難しそうな……って、本物じゃないですか」
レイヴンとアーシャの会話には目もくれず、ロータはシュバルツシルトにプリントを渡す。
「これ……今月分の請求」
「いつもご苦労様ね」
すぐに踵を返して帰ろうとするロータを、シュバルツシルトが止める。
「何……?」
「今日からあなたたちの用心棒をする人を紹介するわ」
「要らない……姉様がどこのバカの子供を孕まされようが関係ないし……私は誰にも負けない……」
「まあまあそう言わずに、彼は中々頼りになるわよ?」
「誰……」
シュバルツシルトは微笑み、レイヴンを指差す。
「彼よ」
ロータの刺すような視線がレイヴンに注がれる。
「要らない」
「とんでもなく強いらしいわよ?」
「姉様は喜ぶかもね……面食いだから」
「取り敢えず、これは理事長命令であり、国王の勅令だから、彼を家まで案内してあげて」
「……。チッ、仕方ない……」
ロータはレイヴンを睨み付けたあと、すぐに反転して歩き出す。
「ほら追いかけてくださいレイヴンさん!」
「ったく、無愛想なお嬢様だこと」
アーシャに急かされて、レイヴンはロータの後をついていく。
「ほんとに大丈夫なんでしょうか」
腕を組んで、アーシャは溜め息をつく。
「ええ。あなたが思っている以上に、深い因縁がレイヴンとコルンツ姉妹にはあるわ。それはもうとってもね。うふふ……」
シュバルツシルトのその一言に、アーシャは呆れ気味に目を閉じる。
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学園を出ると、ロータは猫背で猛進する。リリュールとは比べ物にならない摩天楼の間を、何の有り難みも無く突き進んでいくロータの速度は、レイヴンでも少しスピードを上げないと追い付かないほどの猛突さだった。と、ある地点でロータが立ち止まる。誰もいない駐車場のようだ。
「君はずいぶん早歩きだな」
レイヴンが話しかけたことは無視し、ロータは腰に提げていた本を開き、その駐車場に結界を張る。
「死ね」
ロータが右腕を振ると空間が歪み、そこから無数の鎖が放たれる。レイヴンが咄嗟に走り回って回避し、長剣を抜刀する。続けて発射される光の刃を弾きながらロータへ近付き、踏み込んで突きを放つ。しかし―――
「雑魚が」
「バカな!?」
人差し指と親指で長剣の切っ先を摘ままれ、レイヴンの勢いは完全に死んだ。そして腕力だけで長剣を放り投げられ、レイヴンより50cm以上も小さいロータに足を抱えられハンマー投げのように回転の後投げ飛ばされ、吹っ飛んでいる途中で足を掴まれて地面に叩きつけられ、馬乗りになって顔面をボコボコに殴られる。更に力を込めた一撃を加えようとした瞬間、レイヴンはニヤリと笑う。
「まだ甘いな……〝お嬢さん〟」
ロータの拳を頭を動かして躱し、両腕でロータの足を掴んで押し倒し、空中を舞っていた長剣を取り戻し、ロータの首筋に沿える。
「全く、この体のどこにそんな馬鹿力があるんだか」
「くたばれ」
ロータの蹴りを咄嗟にレイヴンは飛び退いて躱し、股間を掠める。体勢を立て直したロータはすぐに反撃に戻り、再び鎖を連射しつつ、地面から紫色の棘を次々と発生させる。更に先程放たれ、地面に突き刺さっている光の刃は爆発し、レイヴンの視界と退路を塞いでいる。レイヴンは瞬間移動してロータの前に現れ、長剣の突きを放つ。ロータの動きよりも先に長剣を引っ込め、迎撃のために出した手を引いて抱き寄せる。
「ちょっ……キモい、離せ」
「こうやって戦ってると話が進まないだろ?」
「話すことなんてない……邪魔、消えて」
ロータの鋭いパンチをギリギリで躱し、続く蹴りを耐える。
「内蔵に来るな、君の攻撃」
「失せろよこの……」
ロータがレイヴンの腕を振りほどくと、結界を解除する。指で合図し、また猫背で猛進するロータの後をレイヴンはついていく。