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プロローグ 前編

※この物語はフィクションです。作中の人物、団体は実在の人物、団体と一切関係なく、また法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


 竜世界―――それはあくまでも、ホシヒメに貸していた九竜を返してもらうためだけに存在していた鳥籠。今より語るのは、この正史とは異なる、異史の結末により生まれた、異史の残滓。新生世界の話だ。


 太平洋上空

「オオオオオオオッ!」

 黒鋼の渾身の一撃が、巨竜、ヴァナ・ファキナの胸を抉る。

「おのれ……真滅王龍たる我が……ゼノビアごときに討たれた……カスに!」

 ヴァナ・ファキナの咆哮が空間を激しく揺らし、リータとエリアルが生み出す防御結界にダメージを与えていく。

「ただでは死なんぞ、宙核!貴様を道連れにしてやる!」

「……構わない……それで未来が輝かしいものになるのなら!」

 黒鋼の一撃でヴァナ・ファキナの体は完全に崩壊し、その体から溢れ出る凄まじいエネルギーを黒鋼が抱え込んで対消滅させる。

「き、さまらぁ……この……恨みッ……必ず……晴らしてくれるわ……!」

 ヴァナ・ファキナの体は消え去り、力を失ったバロンが落下していく。


 次元門・内部

 蒼い光が一方に進み続ける空間の中に、ゴシックドレスを着た黒髪の少女が流れていた。その少女は気絶しているようで、流れに任せたまま漂っている。背後から黒い影が現れる。

「おのれバロン……!この恨み晴らさでおくべきか!」

 黒い影は少女から離れて、次元門の彼方へ消えて行った。そして次元門を抜け、少女は深い谷へ落ちていった。


 グランシデア王城 謁見の間

 大男が玉座に座っていて、その前には金髪の少女が居た。大男は上半身を上げ、座り方を変える。

「オーレリア。次元門を開くための条件は揃った。あとは全て我らが手に収め、あの遺跡に向かうだけだ」

 オーレリアは僅かに頷く。

「お父様、既にレイヴンには使いをやっています」

「使いか。誰をやったんだ?」

「アーシャです」

 大男は深く座り直し、一拍置いて前のめりになる。

「何!?アーシャをやったのか!?」

「ええ。エールは純粋な戦闘以外には向いていませんし、わたくしもお父様と公務を共にせねばならないでしょう」

「むう、仕方ないか。外の世界を知ることもいずれ王になるものには必要か。ところで、エールは今何をしている」

「あー、お父様は知らずともよいかと」

「どういうことだ?」

「エールはとても良くできた弟ですので、我々が心配する必要はありません」

 オーレリアは若干気まずそうな顔をする。

「ふむ、そうか。ではオーレリア、午後から神都の使者がやってくる。仕事の準備をしておくのだ」

「承知いたしましたわ、お父様」

 オーレリアは深く礼をすると、謁見の間から出ていった。


 グランシデア王城 地下牢

 一人の男が手首を鎖で縛られ、吊るされている。目隠しをされ、猿轡を嵌められ、上半身は裸だ。

「全く……ジャンクヤードはほぼ無法地帯と言っても、やっていいことと悪いことがあるでしょ?」

 紫色の髪と、白を中心にした鎧、燃えるような赤のマントが強烈な主張をする容貌の美男子が、その男の鎖骨に茨のようなものを突き刺す。男は呻き、悶える。

「アッハッハッハ!滑稽だね、君。ダメだよ、演技でもいいからもっとよがらないと」

 笑顔のまま強烈なパンチを右、左と交互に叩き込む。更に蹴りで顎をかち上げ、飛びながら回し蹴りを加える。

「あー、すっきりした。死んでいいよ」

 美男子の左腕に装着されているデバイスから光の剣が生成され、問答無用で男を真っ二つにする。先程までの笑顔とは打って変わった冷えきった表情で、美男子は死体から離れていった。


 ―――……―――……―――

 遠く微睡む景色の中に、青白い鎧を纏い、鎌を振る騎士が見える。その騎士は、自分へ向かってくる男女を蹴散らし、それぞれに確実な死を与える。クローゼットの中で幼い妹を抱えている少年は、クローゼットの扉のスリットからその様子を息を呑んで見ていた。そして妹をかごの中に隠し、手に持っていた短剣を構えて背後を見せた騎士に突っ込む。当然歯が立たず、一方的に叩きのめされる。だが騎士は少年に止めを刺さず、現れたときと同じように玄関から平然と出ていった。少年は息をしなくなった男女を引きずり、庭へ埋める。そして床に迸る血痕を拭き取り、ため息をひとつして、その場に倒れた。


 リリュール 万屋クロダ

「どわっ!」

 男は目覚めると、アイマスク代わりに自分の顔に伏せていた雑誌を落とし、それを寝ぼけたまま拾おうとして椅子から落ちる。

「ってて……」

 雑誌を拾い上げて椅子に座り直すと、目の前にいるメイドが笑う。

「どうしたエルデ、思い出し笑いするやつはスケベらしいぞ?」

「ふふっ。この笑いは、ご主人様でも間抜けな失態をすることもあるのだという、安堵の笑いですよ」

 男は呆れたように鼻で笑うと、雑誌を机の上に放り投げ、足を組んで深く座る。

「それにしても、ただで働いてくれるメイドがいて楽だぜ」

「ただで働くも何も、ここに住んで、ご飯まで食べさせてもらっていますから。むしろこれ以上何をくれるのでしょう、気になりますね」

「領収書ならいくらでもくれてやるよ。ところでエルデ、今日は誰か来てんのか?」

 机の上に放置されている昨日のサンドイッチを貪りながら、男はエルデに尋ねる。エルデはその豊満すぎる胸元から手帳を取り出し、ペラペラとめくる。

「今日は何もございませんね。無職です」

「そりゃあいい。無職らしく朝から酒飲んで寝るか」

 男が冗談っぽく笑っていると、奥の階段の先から声がする。

「朝からお酒を飲んだら一週間晩御飯抜きなのです、お兄様」

 青白いツインテールを揺らしながら、制服を着た少女が部屋の奥から現れる。

「おっとこれはこれは姫殿下。もう学校か?」

「もう、冗談ばっかり言っても無駄なのです」

「すまんなアリア。生まれつき無駄口の神がついててな」

 アリアはエルデ以上の超重量を揺らしてやれやれと言った風な様子だ。

「エルデ、お兄様にお酒を飲ませたら絶対ダメなのですからね!」

「承知しております」

「絶対承知してない承知しましたってわかってるのですからね!」

 そう言うと、そのままアリアは出掛けていった。

「世話焼きな妹だぜ。なあ、エルデ」

「心配してくれる家族がいるだけでも良いではないですか」

「さて、あいつに言われたことはちゃんと守らないとな。半殺しにされる」

 減らず口を叩いていると、ゆっくりと正面の扉が開く。金髪の美女が入ってきた。

「レイヴン・クロダはいるか」

 美女の鋭い声に、男が答える。

「俺だ」

「そうか。仕事の依頼をしたい。貴方は金さえ積めばどんな仕事も引き受けると聞いている」

「まあな。多少は法に触れてもいいが、流石に神都の教皇を暗殺するとか、王都の政権を転覆させるとかは無理だぜ」

 美女が次の言葉を紡ごうとする前に、レイヴンが付け加える。

「っと、依頼の内容を聞く前に、名前を教えてもらおうか」

「そうだったな。私はエリナ・シュクロウプ。王都の騎士を勤めている」

「ほう?お忍びだからそんな汚ねえローブ着てんのか」

「そうだ」

「で、王都グランシデアの高給取りが何の用だ?」

「アメルダという奴隷を捕獲してメナニスのギルドに置いてある。そいつを王都まで連れてきてほしい」

 レイヴンは耳を疑った。

「何?たかが奴隷一人を王都まで運ぶために俺を訪ねたのか?」

「闇社会に明るい貴方ならよくわかっているだろう。諸事情で通常の奴隷商人を通したくないのだ」

「そのアメルダの素性は―――まあいい。そいつを運べばいいんだな?で、肝心の報酬は?」

「グランシデアのロイヤルエリアの屋敷と、この額でどうだ」

 エリナは紙を一枚机の上に置く。レイヴンはそれを手に取り、目を見開いて一瞬呼吸が止まる。

「バカな、たかが奴隷一人運ぶのにこれだけ積むのか!?」

「当然だ」

「(この落ち着いた態度……世間知らずのバカって訳でも無さそうだが……流石にこの事務所の何倍もある家とこの金額……一生仕事もしなくていいレベルだぞ)」

「それに貴方は守秘義務をきちんと守ると定評があってな。まあその評価が知れ渡っているということは貴方を嗅ぎ回る者がいるということでもあるが」

「じゃあなぜ俺に」

「言ったはずだ。貴方は金を積めば動くから、これだけの金を用意しているわけだ」

「前払いだ。屋敷は要らん。その屋敷の分だけ上乗せしろ」

「わかった」

 レイヴンはまたも耳を疑った。

「(こいつ今わかったと言ったのか?いや、王国のトップス共が暮らす屋敷をポンと差し出すような奴なら、屋敷を現金に換えることも造作もないと言うことか……?)」

 エリナの手元から電気が走り、その先の空間に不自然な輪郭ができる。次第にその輪郭を埋めるように、アタッシュケースが実体化する。

「はっ、手品でお茶を濁すのか?」

「そこで見ていろ」

 巨大なアタッシュケースを机に乗せ、開く。その中には凄まじい量の紙幣が入っている。

「おいおいマジか……」

「これで契約成立ということだな?」

「はあ、仕方ねえな。偽札が無いかと金額が正しいか調べてからな」

「いいだろう。グランシデア騎士の誇りにかけて、そんなイカサマはしていないと誓う」

 ―――十五分後

「偽札はなかった。参ったぜ」

「では私はこれで。先にグランシデアで待っている」

 エリナは踵を返すと、そのまま出ていった。

「エルデ、そういうことで、しばらくここを空ける。アリアとこの家を頼むぜ」

「承知しました、ご主人様」

 レイヴンは立ち上がり、傍に立て掛けてある長剣背に短剣を腰に佩き、拳銃をホルスターに入れる。残った最後のサンドイッチを頬張ると、扉を開けて外へ出た。


 リリュール

 外へ出ると、まだ朝だからか慌ただしく人々が動いている。レイヴンは人混みを避けて進み、隣町へ急ぐ。


 メナニス

 リリュールから程近い場所にあるメナニスは、世界南部で唯一ギルド―――即ち、役所と労働者向けの仕事の斡旋を行う機能が融合した公的機関―――がある街である。レイヴンは来てすぐ、ギルドへ向かった。


 メナニス ギルド

 扉を押し開け、受付にエリナから渡された紙を見せる。すると奥の倉庫に案内され、とある大きめの木箱の前にレイヴンは立つ。簡易な鍵を開け、蓋を開くと、中に少女が眠っていた。

「ほう、随分とお綺麗なお嬢さんだ」

 レイヴンの声に反応したのか、少女は目を覚ます。

「ああ、あなたがレイヴン様ですか?」

「そうだ。君がアメルダということでいいんだな?」

「アメルダ……」

 アメルダは少し考えると、頷く。

「はい、その通りです。あなたが私を王都まで運んでくださるのですね?」

「(なるほどな、この淑やかさ、奴隷ではない。つまりはグランシデアの貴族がお忍びで旅行した帰りの護衛を頼まれたってことか。あのエリナは表向きの付き人で、行きと帰りで同じ護衛を使わないことでより事実を隠せる確率が上がると)」

 レイヴンは取り敢えずアメルダに手を差し伸べ、アメルダは木箱から出る。地味な服を着てはいるものの、鮮やかな金髪や、透き通った緑色の目は、明らかに異質な雰囲気を放っている。

「あー、お嬢さん。どうも君の見た目は目立ちすぎるな。これでも被っててくれ」

 その辺に置いてあったキャップを雑に被せると、レイヴンはアメルダを連れ出す。


 メナニス

「お嬢さん」

 レイヴンがそう言うと、アメルダはむくれる。

「お嬢さんではありません。私はアメルダです」

「あー、アメルダ。人目を避けるために森へ行くが、問題ないか?」

「構いませんよ。エリナからは、あなたは頼れる傭兵だと聞いておりますので」

「ま、そういうこった。君よりは強いもんでね」

「それにしても」

「ん?」

「まさか噂に聞くレイヴン・クロダがこんなに精悍な二枚目だったなんて、驚きです。てっきり、ちちう……ホルカン王のように筋骨隆々かと」

「ハハッ、口説き文句のつもりならまだまだ初だな、〝お嬢さん〟」

「あとこんなに皮肉っぽいとは」

「いいじゃねえか。旅は退屈が一番の敵だぜ?減らず口でも賑やかしになるならそれで十分なのさ」

「それは同意しますが……エリナは余りにも堅物ですし、行きは退屈でした」

「(俺の推測はだいたい当たってそうだな)よし、森へ行くぜ」

 二人は町を離れ、近くの森へ入っていく。

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