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プロローグ

※この物語はフィクションです。作中の人物、団体は実在の人物、団体と一切関係なく、また法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


 竜世界―――それはあくまでも、ホシヒメに貸していた九竜を返してもらうためだけに存在していた鳥籠。今より語るのは、この正史とは異なる、異史の結末により生まれた、異史の残滓。新生世界の話だ。


 太平洋上空

「オオオオオオオッ!」

 黒鋼の渾身の一撃が、巨竜、ヴァナ・ファキナの胸を抉る。

「おのれ……真滅王龍たる我が……ゼノビアごときに討たれた……カスに!」

 ヴァナ・ファキナの咆哮が空間を激しく揺らし、リータとエリアルが生み出す防御結界にダメージを与えていく。

「ただでは死なんぞ、宙核!貴様を道連れにしてやる!」

「……構わない……それで未来が輝かしいものになるのなら!」

 黒鋼の一撃でヴァナ・ファキナの体は完全に崩壊し、その体から溢れ出る凄まじいエネルギーを黒鋼が抱え込んで対消滅させる。

「き、さまらぁ……この……恨みッ……必ず……晴らしてくれるわ……!」

 ヴァナ・ファキナの体は消え去り、力を失ったバロンが落下していく。


 次元門・内部

 蒼い光が一方に進み続ける空間の中に、ゴシックドレスを着た黒髪の少女が流れていた。その少女は気絶しているようで、流れに任せたまま漂っている。背後から黒い影が現れる。

「おのれバロン……!この恨み晴らさでおくべきか!」

 黒い影は少女から離れて、次元門の彼方へ消えて行った。そして次元門を抜け、少女は深い谷へ落ちていった。


 グランシデア王城 謁見の間

 大男が玉座に座っていて、その前には金髪の少女が居た。大男は上半身を上げ、座り方を変える。

「オーレリア。次元門を開くための条件は揃った。あとは全て我らが手に収め、あの遺跡に向かうだけだ」

 オーレリアは僅かに頷く。

「お父様、既にレイヴンには使いをやっています」

「使いか。誰をやったんだ?」

「アーシャです」

 大男は深く座り直し、一拍置いて前のめりになる。

「何!?アーシャをやったのか!?」

「ええ。エールは純粋な戦闘以外には向いていませんし、わたくしもお父様と公務を共にせねばならないでしょう」

「むう、仕方ないか。外の世界を知ることもいずれ王になるものには必要か。ところで、エールは今何をしている」

「あー、お父様は知らずともよいかと」

「どういうことだ?」

「エールはとても良くできた弟ですので、我々が心配する必要はありません」

 オーレリアは若干気まずそうな顔をする。

「ふむ、そうか。ではオーレリア、午後から神都の使者がやってくる。仕事の準備をしておくのだ」

「承知いたしましたわ、お父様」

 オーレリアは深く礼をすると、謁見の間から出ていった。


 グランシデア王城 地下牢

 一人の男が手首を鎖で縛られ、吊るされている。目隠しをされ、猿轡を嵌められ、上半身は裸だ。

「全く……ジャンクヤードはほぼ無法地帯と言っても、やっていいことと悪いことがあるでしょ?」

 紫色の髪と、白を中心にした鎧、燃えるような赤のマントが強烈な主張をする容貌の美男子が、その男の鎖骨に茨のようなものを突き刺す。男は呻き、悶える。

「アッハッハッハ!滑稽だね、君。ダメだよ、演技でもいいからもっとよがらないと」

 笑顔のまま強烈なパンチを右、左と交互に叩き込む。更に蹴りで顎をかち上げ、飛びながら回し蹴りを加える。

「あー、すっきりした。死んでいいよ」

 美男子の左腕に装着されているデバイスから光の剣が生成され、問答無用で男を真っ二つにする。先程までの笑顔とは打って変わった冷えきった表情で、美男子は死体から離れていった。


 ―――……―――……―――

 遠く微睡む景色の中に、青白い鎧を纏い、鎌を振る騎士が見える。その騎士は、自分へ向かってくる男女を蹴散らし、それぞれに確実な死を与える。クローゼットの中で幼い妹を抱えている少年は、クローゼットの扉のスリットからその様子を息を呑んで見ていた。そして妹をかごの中に隠し、手に持っていた短剣を構えて背後を見せた騎士に突っ込む。当然歯が立たず、一方的に叩きのめされる。だが騎士は少年に止めを刺さず、現れたときと同じように玄関から平然と出ていった。少年は息をしなくなった男女を引きずり、庭へ埋める。そして床に迸る血痕を拭き取り、ため息をひとつして、その場に倒れた。


 リリュール 万屋クロダ

「どわっ!」

 男は目覚めると、アイマスク代わりに自分の顔に伏せていた雑誌を落とし、それを寝ぼけたまま拾おうとして椅子から落ちる。

「ってて……」

 雑誌を拾い上げて椅子に座り直すと、目の前にいるメイドが笑う。

「どうしたエルデ、思い出し笑いするやつはスケベらしいぞ?」

「ふふっ。この笑いは、ご主人様でも間抜けな失態をすることもあるのだという、安堵の笑いですよ」

 男は呆れたように鼻で笑うと、雑誌を机の上に放り投げ、足を組んで深く座る。

「それにしても、ただで働いてくれるメイドがいて楽だぜ」

「ただで働くも何も、ここに住んで、ご飯まで食べさせてもらっていますから。むしろこれ以上何をくれるのでしょう、気になりますね」

「領収書ならいくらでもくれてやるよ。ところでエルデ、今日は誰か来てんのか?」

 机の上に放置されている昨日のサンドイッチを貪りながら、男はエルデに尋ねる。エルデはその豊満すぎる胸元から手帳を取り出し、ペラペラとめくる。

「今日は何もございませんね。無職です」

「そりゃあいい。無職らしく朝から酒飲んで寝るか」

 男が冗談っぽく笑っていると、奥の階段の先から声がする。

「朝からお酒を飲んだら一週間晩御飯抜きなのです、お兄様」

 青白いツインテールを揺らしながら、制服を着た少女が部屋の奥から現れる。

「おっとこれはこれは姫殿下。もう学校か?」

「もう、冗談ばっかり言っても無駄なのです」

「すまんなアリア。生まれつき無駄口の神がついててな」

 アリアはエルデ以上の超重量を揺らしてやれやれと言った風な様子だ。

「エルデ、お兄様にお酒を飲ませたら絶対ダメなのですからね!」

「承知しております」

「絶対承知してない承知しましたってわかってるのですからね!」

 そう言うと、そのままアリアは出掛けていった。

「世話焼きな妹だぜ。なあ、エルデ」

「心配してくれる家族がいるだけでも良いではないですか」

「さて、あいつに言われたことはちゃんと守らないとな。半殺しにされる」

 減らず口を叩いていると、ゆっくりと正面の扉が開く。金髪の美女が入ってきた。

「レイヴン・クロダはいるか」

 美女の鋭い声に、男が答える。

「俺だ」

「そうか。仕事の依頼をしたい。貴方は金さえ積めばどんな仕事も引き受けると聞いている」

「まあな。多少は法に触れてもいいが、流石に神都の教皇を暗殺するとか、王都の政権を転覆させるとかは無理だぜ」

 美女が次の言葉を紡ごうとする前に、レイヴンが付け加える。

「っと、依頼の内容を聞く前に、名前を教えてもらおうか」

「そうだったな。私はエリナ・シュクロウプ。王都の騎士を勤めている」

「ほう?お忍びだからそんな汚ねえローブ着てんのか」

「そうだ」

「で、王都グランシデアの高給取りが何の用だ?」

「アメルダという奴隷を捕獲してメナニスのギルドに置いてある。そいつを王都まで連れてきてほしい」

 レイヴンは耳を疑った。

「何?たかが奴隷一人を王都まで運ぶために俺を訪ねたのか?」

「闇社会に明るい貴方ならよくわかっているだろう。諸事情で通常の奴隷商人を通したくないのだ」

「そのアメルダの素性は―――まあいい。そいつを運べばいいんだな?で、肝心の報酬は?」

「グランシデアのロイヤルエリアの屋敷と、この額でどうだ」

 エリナは紙を一枚机の上に置く。レイヴンはそれを手に取り、目を見開いて一瞬呼吸が止まる。

「バカな、たかが奴隷一人運ぶのにこれだけ積むのか!?」

「当然だ」

「(この落ち着いた態度……世間知らずのバカって訳でも無さそうだが……流石にこの事務所の何倍もある家とこの金額……一生仕事もしなくていいレベルだぞ)」

「それに貴方は守秘義務をきちんと守ると定評があってな。まあその評価が知れ渡っているということは貴方を嗅ぎ回る者がいるということでもあるが」

「じゃあなぜ俺に」

「言ったはずだ。貴方は金を積めば動くから、これだけの金を用意しているわけだ」

「前払いだ。屋敷は要らん。その屋敷の分だけ上乗せしろ」

「わかった」

 レイヴンはまたも耳を疑った。

「(こいつ今わかったと言ったのか?いや、王国のトップス共が暮らす屋敷をポンと差し出すような奴なら、屋敷を現金に換えることも造作もないと言うことか……?)」

 エリナの手元から電気が走り、その先の空間に不自然な輪郭ができる。次第にその輪郭を埋めるように、アタッシュケースが実体化する。

「はっ、手品でお茶を濁すのか?」

「そこで見ていろ」

 巨大なアタッシュケースを机に乗せ、開く。その中には凄まじい量の紙幣が入っている。

「おいおいマジか……」

「これで契約成立ということだな?」

「はあ、仕方ねえな。偽札が無いかと金額が正しいか調べてからな」

「いいだろう。グランシデア騎士の誇りにかけて、そんなイカサマはしていないと誓う」

 ―――十五分後

「偽札はなかった。参ったぜ」

「では私はこれで。先にグランシデアで待っている」

 エリナは踵を返すと、そのまま出ていった。

「エルデ、そういうことで、しばらくここを空ける。アリアとこの家を頼むぜ」

「承知しました、ご主人様」

 レイヴンは立ち上がり、傍に立て掛けてある長剣背に短剣を腰に佩き、拳銃をホルスターに入れる。残った最後のサンドイッチを頬張ると、扉を開けて外へ出た。


 リリュール

 外へ出ると、まだ朝だからか慌ただしく人々が動いている。レイヴンは人混みを避けて進み、隣町へ急ぐ。


 メナニス

 リリュールから程近い場所にあるメナニスは、世界南部で唯一ギルド―――即ち、役所と労働者向けの仕事の斡旋を行う機能が融合した公的機関―――がある街である。レイヴンは来てすぐ、ギルドへ向かった。


 メナニス ギルド

 扉を押し開け、受付にエリナから渡された紙を見せる。すると奥の倉庫に案内され、とある大きめの木箱の前にレイヴンは立つ。簡易な鍵を開け、蓋を開くと、中に少女が眠っていた。

「ほう、随分とお綺麗なお嬢さんだ」

 レイヴンの声に反応したのか、少女は目を覚ます。

「ああ、あなたがレイヴン様ですか?」

「そうだ。君がアメルダということでいいんだな?」

「アメルダ……」

 アメルダは少し考えると、頷く。

「はい、その通りです。あなたが私を王都まで運んでくださるのですね?」

「(なるほどな、この淑やかさ、奴隷ではない。つまりはグランシデアの貴族がお忍びで旅行した帰りの護衛を頼まれたってことか。あのエリナは表向きの付き人で、行きと帰りで同じ護衛を使わないことでより事実を隠せる確率が上がると)」

 レイヴンは取り敢えずアメルダに手を差し伸べ、アメルダは木箱から出る。地味な服を着てはいるものの、鮮やかな金髪や、透き通った緑色の目は、明らかに異質な雰囲気を放っている。

「あー、お嬢さん。どうも君の見た目は目立ちすぎるな。これでも被っててくれ」

 その辺に置いてあったキャップを雑に被せると、レイヴンはアメルダを連れ出す。


 メナニス

「お嬢さん」

 レイヴンがそう言うと、アメルダはむくれる。

「お嬢さんではありません。私はアメルダです」

「あー、アメルダ。人目を避けるために森へ行くが、問題ないか?」

「構いませんよ。エリナからは、あなたは頼れる傭兵だと聞いておりますので」

「ま、そういうこった。君よりは強いもんでね」

「それにしても」

「ん?」

「まさか噂に聞くレイヴン・クロダがこんなに精悍な二枚目だったなんて、驚きです。てっきり、ちちう……ホルカン王のように筋骨隆々かと」

「ハハッ、口説き文句のつもりならまだまだ初だな、〝お嬢さん〟」

「あとこんなに皮肉っぽいとは」

「いいじゃねえか。旅は退屈が一番の敵だぜ?減らず口でも賑やかしになるならそれで十分なのさ」

「それは同意しますが……エリナは余りにも堅物ですし、行きは退屈でした」

「(俺の推測はだいたい当たってそうだな)よし、森へ行くぜ」

 二人は町を離れ、近くの森へ入っていく。


 アクバムの森

 メナニスより程近いこの森は、数多くのモンスターが生息しているが、その大多数は危険度の低いものである。レイヴンはアメルダを抱えて、軽やかに木々の間を飛び抜けていく。

「飛行系の魔術でも使えるんですか?」

 アメルダの問いに、レイヴンはそっけなく返事する。

「いや、使ってねえよ」

「だったらどういう原理でこんな高度を保って滞空できるんです?」

「適当にやってるだけさ。飛べると思ったら飛べるんだよ」

 レイヴンは咄嗟に殺気を感じて、近くの木陰に隠れる。

「どうされました?」

「いや、どうにも悪い感じがしてな」

 徐に拳銃を取り出すと、殺気のする方向へ撃つ。銃弾が掠めた木陰に、動く何かが見える。

「ほう、非合法の仕事をしてる時に向かってくるとはな。よっぽど死にたいらしい。アメルダ、準備はいいか」

 アメルダは頷き、無数の切れ目のある両刃剣を引き抜く。

「関節剣か。中々面白い武器使ってんだな」

「これはですね、聖剣ウーウェ・カサトです」

「そうか。その称号が嘘じゃないことを願うぜ」

 レイヴンは木陰から出て、わざと無防備に木々の間を舞う。別の木陰から奇妙な仮面を付けた剣士が二人出てくる。レイヴンは背中の長剣を抜き、空中を足場に踏み込んで強烈な突きを一人目に叩き込む。防具越しの衝撃で気絶し、もう一人の攻撃を腰に挿した短剣で弾き、長剣で仮面ごと頭を叩き割る。そして突きで気絶した一人目を、問答無用で切り殺す。木陰で見ていたアメルダは、その様に無言になる。

「どうした」

 返り血で汚れたレイヴンの顔を、アメルダは真剣に見つめる。

「何を立ち止まってる。恐らくこいつらは君を狙った犯罪者集団の下っ端だと思うぜ」

 長剣を背に戻し、短剣を腰に挿す。

「いえ……本当にお強いんだと」

「あの程度蹴散らせないとな。俺に仕事を回してくるやつはだいたい面倒な相手に絡まれてるもんでな。しかしバカで良かったぜ。あれだけ隙を晒して一撃で殺せないとは、素人でも底辺のレベルだな」

 レイヴンがアメルダの方へ戻ろうとすると、彼は先程よりも多くの殺気を感じる。

「楽しいパーティーの始まりかもしれんな。防御を重視しとけ、〝お嬢さん〟」

 アメルダが関節剣を伸ばし、奇妙な仮面を付けた男を樹上から叩き落として締め上げ圧殺する。

「つまり、こう言いたいんですね?『この仕事は社会的に誉められたものではないから、自分達を襲撃する人たちが死んでも業務上仕方ないことだ』って」

「物分かりがいいな。その通りだ」

 アメルダから視線を外さずに、レイヴンは拳銃で仮面の男を撃ち殺す。

「行くぞ、川へ降りろ!」

 二人は仮面の男たちを蹴散らしながら、川へ向かう。


 トーラ川

 森を抜け川原に辿り着くと、そこには大量の仮面の男たちがいた。

「おやおや、やっぱりパーティーだったか」

 レイヴンが手を叩いてわざとらしく笑う。が男たちは動かず、その合間から細い美少年が現れる。

「こんにちは、罪の虚鴉」

「お前がこいつらの親玉か?仮面を付ける前に技術を身に付けたほうがいいと思うぜ?」

「すみません、僕自身が戦闘に余り慣れていないものでして」

 少年が手を上げると、仮面の男たちは消える。

「僕の名前はリグゥ。四聖典の一人です」

「ほーう……お前が何を言ってるのか全然わからんが、敵なのか、違うのか。いや、どっちだとしても、口外されると面倒だ。ここで死ね」

 リグゥは懐から鋏を取り出し、構える。

「鋏で戦うのか。サーカスを思い出すな」

「いいではないですか。ピエロは邪悪な方がマッドな笑いを引き出せますよ」

 リグゥが前へ出る。レイヴンは踏み込み、長剣の突きを放つ。リグゥは躱し、そのまま至近距離まで近づく。短剣で鋏を弾き、リグゥの襟首を掴んで叩きつける。蹴りでレイヴンを牽制しつつ飛び上がったリグゥに長剣から産み出したエネルギーの刃を三つ飛ばす。それを躱したリグゥの目の前に瞬間移動し、長剣を振り下ろす。そのまま着地したレイヴンは突きでリグゥを吹き飛ばす。

「くっ……想定外に強いですね……流石はヴァナ・ファキナがその力を取り戻すためだけに作り出した男……」

「おかしいな、もう死んでると思ったんだが」

 レイヴンがもう一度瞬間移動し、強烈な横切りでリグゥを怯ませ、猛烈な突きのラッシュで消耗させる。鋏を弾き飛ばした一瞬に、渾身の力を込めた切り上げでリグゥを吹き飛ばす。

「割と頑丈なんだな、お前」

「なるほど確かに……これは狂竜王が放置している理由もわかる……力や記憶を取り戻すお膳立てをせずとも……この男は古代世界に辿り着く……」

「ったく、最近は独り言が流行ってんのか?まあいい、次で決めてやる」

 レイヴンの再三の突きを素手で受け止めると、リグゥは静かに立ち上がる。

「いやはや、流石はかの真滅王龍の化身。しかし」

 レイヴンは上空からの殺気を感じて咄嗟に躱す。特大の衝撃波が川原を破壊し、水飛沫が舞い上がる。リグゥよりは精悍な男が現れる。

「ヴェヱダ」

 男はそれだけ告げて、手に持つ槍でレイヴンに襲いかかる。

「用心棒かッ!」

「俺は四聖典の接続部。つまり」

 レイヴンの長剣を弾き飛ばし、逃さず突進する。が、レイヴンは身を翻しながら槍を更に引き、勢い余ったヴェヱダが槍を地面に突き刺しブレーキをかける。

「俺は四聖典を繋ぎ、王龍ヴリトラへと変えるためにここにいる」

「ワケわからんな」

 ヴェヱダは無言でレイヴンへ切りかかり、レイヴンは落ちてきた長剣を掴むとスナップをかけてそれを投げつける。ヴェヱダはそれを弾き返すが、独特の軌道を描いてもう一度ヴェヱダへ長剣は進む。回避に専念しようとしたヴェヱダへすかさず拳銃を抜き撃ち、処理しきれずに姿勢を崩して二つを避けたヴェヱダを踏み台にして長剣を取り戻し、振り下ろして着地し、更にヴェヱダを切り上げて空中で強烈な突きを浴びせ、追撃に瞬間移動し、短剣で左胸を抉って蹴りで押し込み、長剣の横切りで地面へ叩きつける。

「ふん」

 ヴェヱダは平然と起き上がり、短剣を投げ返す。

「どうやら我々が干渉すべきは、ロータとエールのようですね」

「どちらにせよ、次元門は開かれなければならない」

「彼方始源世界に至り、滅びをもたらす牙とならんことを」

 リグゥとヴェヱダは消えた。

「消えた……なんなんだ、アイツら」

「あれだけの物理的損傷を受けて動じないなんて……」

 アメルダの感想に、レイヴンも頷く。

「それなりに力は込めたはずなんだが、あそこまで耐えるとはタフなやつだぜ」

「タフとかそういう次元じゃないですよね、あれは。流石に心臓を突き刺されてあそこまで動けるなんて魔法でも不可能でしょう。幻覚の類いだったとしても、それを受けている人が想像できるものしか映せないはずです」

「そういうものか。魔法の心得は無くてな」

「魔法はあくまでも技術です。概念を具現化するのではなく、理論を物理干渉できる形にする。それが魔法なのです。それに、質量を持った幻覚なんて、並外れた闘気の使い手すら不可能に近いはずです」

「まあ、これ以上何かしてくる訳じゃないだろ。先へ行くぞ」

 二人は粉々になった川原の石を踏み越えて進む。


 リケル湿原

 トーラ川の先にあるエークル草原を越えて、その先にあるのがリケル湿原。オアケルアと城塞都市エルドラドを繋ぐ広大な湿原である。

「ただ歩くだけってのも中々暇だろ」

 レイヴンが指貫グローブをしっかりと付け直しながら呟く。

「いい運動です」

 アメルダは気丈に歩き続ける。

「元気なお嬢さんだぜ、全く」

 不意にアメルダが振り向く。

「お嬢さんではありません」

 その様にレイヴンは思わず吹き出す。アメルダは構わず続ける。

「ところでこの湿原、危険なモンスターが出てくることで有名ではありませんでしたか」

「ん?ああ。ボイドアーニルっていう馬型モンスターだな。特定危険生物に指定されてるが、ここでしか見られないのもあって無断で狩っちゃいけないがな」

「もし出てきたら?」

「もちろん殺す。前に依頼で戦ったことがあるが、霊体が質量持ってるようなもんだ。倒せば元の霊体に戻るだろうよ」

「人目につかないように移動しているのはわかりますが、この道、かなり危険ではないですか」

「いいだろ、並みのモンスターじゃ俺を倒せねえ。だからこんな危険な近道を使えるって訳だ」

 水辺から唐突に現れた骸骨を、脊髄を撃ち抜いて沈黙させる。

「な?この程度じゃどうにもならんさ」

「まあ……エリナが信頼している以上、私もあなたを信頼しますけど」

「正直なところアクシデントが起きないとめんどくさくてな。ふぁ……」

 レイヴンが大きな欠伸をすると、また骸骨が二体現れる。片手間に長剣で薙ぎ払われ、無惨に砕け散る。

「俺が危険な仕事をやってるのもそれが理由なんだよ。裏があるやつが持ち込むめんどくせえ仕事の方がよっぽどスリルがあって楽しいからな」

「変な人ですね」

「そう。変だから楽しいのさ。誰かと同じようなことやっても詰まらんだろ?」

「……。まあ、そういう考え方もありますか」

「おっと、お嬢さんお待ちかねのあいつの気配がするぜ」

「え……?」

 アメルダが振り向くと、レイヴンの真後ろに巨大な靄が見えた。

「レイヴンさん!」

 その叫びにニヤっと不敵に微笑むと、その靄の一撃を長剣で平然と弾き返し、拳で頭をぶち、靄を押し返す。

「お出ましだ、アメルダ。こいつがボイドアーニル。この湿原の王者だ」

「なるほど、こんなに巨大とは」

 ボイドアーニルはレイヴンの四倍近い体躯を持つ巨体を揺らし、二人へ襲いかかる。

「そうらお嬢さん!君の力を見せてくれよ!」

 レイヴンは長剣で前足の攻撃を弾き、そのまま前足を掴んでアメルダへ放り投げる。

「わかりました」

 アメルダは関節剣を自分の周囲でぐるぐると回し、力場を組み立てる。剣の先端に球状の力場を付け、飛んできたボイドアーニルに叩きつける。強烈な雷撃が炸裂し、ボイドアーニルが再び吹き飛ぶ。レイヴンの鋭い追撃を躱し、ボイドアーニルは着地する。

「おっと、避けられたか」

 短剣を飛ばすが、ボイドアーニルが発する闘気に弾かれる。弾かれた短剣の下へ瞬間移動し、ボイドアーニルの頭突きを弾き、空中を足場に踏み込んで強烈な突きを浴びせる。頭部の角が砕け、そこにアメルダの関節剣が巻き付く。魔力が伝導し、炎を纏って締め上げる。

「やるじゃねえかアメルダ!止めと行こうぜ!」

 アメルダがボイドアーニルを空中へ放り投げ、レイヴンがアメルダへ長剣を投げる。アメルダは長剣に魔力を纏わせると、レイヴンは空中で掴み直し、それでアッパーカットを加え、上空から背中を貫く。湿原に落下し、ボイドアーニルは息絶え、霧散する。

「アメルダ、君は中々強いな」

「レイヴンさんがこっちに剣とかボイドアーニルを投げてきた時は正気を疑いましたけどね」

「そのお陰で実力がわかったしな。今度戦闘が起きたら積極的に無茶振りしてやるよ」

「やめてください。強姦されたってエリナに言いますよ」

「はっはっは。美人は手厳しいな。だがグランシデアに居てもわからんことが色々わかるだろ、〝お嬢さん〟」

「お嬢さんではありません。確かに、私が経験したことないものですね、実戦は」

「女もモンスターも、扱いにくいって意味では似たようなもんだ」

「そんなに経験豊富なんですか」

「お、気になるか。大人になったら教えてやるよ」

「どうでもいいところで意地悪なんですね」

 レイヴンは肩を竦め、長剣を納め歩き出す。

「しかも都合が悪くなったら話を止める」

「止めてる訳じゃねえよ」

「意外と女性遍歴が黒歴史とか」

「……」

「実はマザコンとか」

「うるせえな、さっさと行くぞ」

 アメルダは顔を綻ばせながら、すたすたと歩くレイヴンの跡をついていく。


 オアケルア

 オアケルアは王都に近い都市の一つだが、リケル湿原からの濃霧のせいで視界が悪くなりやすいことで有名である。

「今日は一段と霧が濃いな。今の内に抜けるか」

「オアケルアですか。エルドラドからの行商が休憩地点でよく使うと聞いていますが」

「さて、アメルダ。どっちがいい。ここをさっさと抜けるか、一旦休むか」

「一緒に宿に泊まったらそれこそ襲われそうなので嫌です」

「そんな節操なしに見えるか。残念だぜ、女を惚れさせるのだけが俺の長所のつもりだったんだが」

「ええ、節操なしに見えます。私は自分だけを愛してくれそうな人としか一緒に寝たくないです」

「そうかい、じゃあ行くぞ」

「きゃあ!?」

 レイヴンがアメルダを横抱きにして、屋根へ飛び乗る。

「さっきの続きと行こうか、お嬢さん。空中のランデブーなら問題ないだろ?」

「そういうところが嫌なんですよ。絶対あなた、気になった子をすぐ口説いて一夜を過ごしたら捨てるんでしょう?」

「解釈が濃いな……多少語弊はあるが正解だな」

「私はもっとロマンチックな方が」

「流石にお嬢さんみたいな子供は相手にしないが……まあ大人になったら口説きに行くかもな」

「慎んでお断りします」

 レイヴンは屋根を飛び越え、オアケルアを後にした。


 アルカニア雪原

 オアケルアの先にあるヴェールズ原野を越え、二人は王都グランシデアの目前にある、アルカニア雪原へと到着した。

「ところでレイヴンさん。王都に着いたらまず王城へ向かっていただけますか?」

「王城?エリナに頼めばいいだろ」

「いえ……ああ、そういえばそうですね。いえ、あなたに連れていって欲しくてですね」

「まあいい。この手の仕事は後で要件が追加されるのはいつものことだからな。付き合ってやるよ」

「じゃあ先に行きましょうか」


 王都グランシデア

 雪原を抜けて、巨大な城門に着く。レイヴンは門の前で、不自然な視線に気付き、アメルダを自分の後ろへ隠す。

「どうしました?」

「回りの兵士の視線が俺らに向いてる気がしてな……ッ!?」

 レイヴンは突然のことに反応できず、関節剣に絡め取られる。

「ごめんなさい、レイヴンさん」

「フッ、やっぱ面倒なことになったか」

 周りの行商人や通行人は全て服を脱ぎ捨て、魔法で隠していた鎧に身を包んでいる。

「王都の兵士か……」

「私はアメルダではなく、ヴァル=ヴルドル・アーシャ。グランシデアの第二王女です」

 宙吊りになったレイヴンは呆れたように手を上げ、首を振る。

「そんなこったろうと思ったぜ。で?金を積んでここまで呼び寄せたのはどんな用なんだ?エリナには教皇の暗殺とかは出来ないって言ったつもりだったんだがな」

「私たちは次元連続体において、零獄という世界を観測しました。それは、このグランシデアを守るために神都と戦った私たちの祖母が存在する、確かに生きているのです」

「急にオカルトか?」

「こほん。次元連続体……俗称は『次元門』。その次元門を開く力はレイヴンさん、あなたが持っているんです」

「なんのことやら」

「わからなくていいんです。でもあなたの、その人間の心にするりと入る図々しさ……少し利用価値を思い付きました」

 アーシャが関節剣を離し、落ちるレイヴンを再び強くホールドすると、豪奢な鎧に身を包んだエリナが門から現れる。

「アーシャ様、よくぞご無事で」

「エリナこそ、遠路ご苦労だったわ。レイヴンさんをお父上のところへお連れして」

「はっ」

 エリナは周囲の兵士へ顎を振って合図すると、一人の兵士がレイヴンに手錠をかける。

「すまないな、便利屋。私たちは騎士の誇りに従ったまでだ」

「まあいいさ。今日だけで二人も美人に会えたからな」

「ああそれと、あのとき渡した金だが、あれはホルカン王からの心付けだと思ってくれて構わない。君の妹と給仕は、一生楽に暮らせるだろう」

「ほう、お優しいな、王都じゃ慈善事業が流行ってんのか?」

「そうだな、哀れみこそ偽善とはよく言ったものだ」

 その舌戦にアーシャは失笑しながら、周囲の兵士は反応に困りながら、その一団は王城へ向かった。


 グランシデア王城

 一般の兵士はどこかへ消え、エリナとアーシャだけがレイヴンの傍で歩き続けている。王城の前の大橋を越えて、城の中に入り、中央の長い階段を上がり、縦長の扉をエリナが押し開けると、そこは謁見の間だった。青い絨毯が敷かれた道の先には、玉座に座る大男がいた。

「よくぞここまで娘を守ってきてくれた、レイヴン・クロダ」

 大男の声に、レイヴンは溜め息をつく。

「ったく、せっかく美人に囲まれて夢心地だったのに、まさかこんな巨人と会わないといけないなんてな。アーシャの親父さんってあんたなんだろ、ヴァル=ヴルドル・ホルカン」

 ホルカンはその生意気な台詞に思わず笑う。

「ガッハッハッハ!女たらしで有名だとオーレリアは言っておったが、まさかここまで女好きとはな!よいぞ、そちのその絶倫さを見込んでひとつ頼みがある!」

「ん……?」

 レイヴンは身構える。

「ハッハッハ、身構えんでもいい。そちには王立学園に入学してほしいのだ」

「は?学園だと?俺は二十七歳だぞ」

「構わん。今の時代、俺以上の先人も学校に再入学する者もいるくらいだ。問題なかろう。シュバルツシルト卿も、『学びの道に終わりはない』と言っておったしな」

「なんの意味があるんだ」

「うむ、それなのだが……次元門の話はアーシャから聞いておるか?」

「ああ、まあ一応な」

「そちも必要なパーツではあるのだが、それとさらに二つ……王立学園に通うリータ・コルンツとロータ・コルンツが必要なのだ。その二人と親睦を深めてほしい」

「それはつまり、俺にお前らが親に会いたいがための願望の犠牲になれってか?」

「その通りだ。だがそちも不満はあるまい?既に妹を一生養えるだけの金額を払っているのだからな」

「(ちっ、そういうことか。暗にアリアを人質に取ってるっていいたいわけだな)」

「どうだ?」

 諦めたように溜め息をついて、レイヴンは答える。

「わかったわかった。やりゃいいんだろ。無償で働くのは趣味じゃないんだがな」

「案ずるな、そちの望み通り、学園ではアーシャを傍に付けよう」

「(そっちかよ)」

 レイヴンは手錠を外され、立ち上がる。

「では、よろしく頼むぞ」

 ホルカンがそう言うと、エリナたちが礼をしたあと踵を返して歩く。レイヴンもそれに従った。

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