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後編 第七話

死都エリファス 福禄宮前

「全部封印が解けてるね」

 ノウンが門を見上げる。その横でホシヒメが躊躇なく扉を開ける。温い空気と腐乱臭が溢れ出る。

「行こう」

 ホシヒメに四人は続く。


 死都エリファス 福禄宮

 周囲を満たすおぞましい臭いに反して、宮内は倒壊こそしているものの、死体の類いは見受けられない。

「どこから来る臭いなんだぁ、これは」

 ネロが悪態をつく。

「わからへんな、空気が淀みすぎてどこから風が来とるんか検討もつかん」

 ルクレツィアは顔の前で手を振る。一行が探索していると、一際巨大な門の前に来た。ホシヒメがその門を押し開くと、そこには一匹の竜が鎮座していた。

「来たか……」

「あなたが……死都竜神エリファスさん……ですか?」

 エリファスは翼を広げ、空を仰ぐ。

「そうだ。私が死都の都竜神。この世界の死者の魂の管理を任されている」

「何のために私がここに来たか、わかりますよね」

「わかっているとも。詔を受けに来たのだろう。ならば、この哀れな竜の話を聞いてくれ」

 五人はきょとんとした。

「何、ほんの詰まらない話だ。私たち原初竜神は、この世界を王龍ボーラスから授かった。来るべき日に審判を乗り越える力を産み出せという命令付きでな。だが、パーシュパタがある日暴走し、自分の眷属となる凶竜という種族を生み出したのだ。傲り猛るパーシュパタは自らの軍勢を使い、この都に攻め入った。その惨状はここまでに見てきただろうが、私たちはパーシュパタを封印し、代わりにアカツキが凶竜を従えるようになった。パーシュパタはChaos社という名を何度も口にした。封印後間もなく現れた狂竜王によってそれが異世界の存在であるのを知ると同時に、我々はある計画を考えた」

「ある計画?」

 ホシヒメの疑問に答えるように、エリファスは続ける。

「それが今回起きている事件さ。アカツキによく似た少女が生まれたら、その子に力を付けさせChaos社への刺客とする。なぜなら、そのアカツキにそっくりな少女は、原初世界で猛威を奮った九竜の統一された姿なのだから」

「九竜……」

「そう、九竜だ。王龍とは完全に役割を異にする最上級の竜、真竜の九体。

 焔を体現し、怒りを司る最強の力〈烈火〉

 雷を体現し、幻想を司る神の力の具現〈迅雷〉

 水を体現し、喜びを司る大いなる生命の具現〈激流〉

 氷を体現し、傲慢を司る空間の具現〈雹雨〉

 風を体現し、哀しみを司る科学の具現〈暴嵐〉

 飲食を体現し、楽しさを司る本能の具現〈飲呑〉

 光を体現し、怠惰を司る神秘の具現〈黄泉〉

 闇を体現し、不死を司る安息の具現〈深淵〉

 宇宙を体現し、憎しみを司る概念の具現〈宙解〉

 その力をChaos社のある世界で爆発させることでしっぺ返しをしようとしたわけだが……もう既に、お前の中に九竜は居ないらしい。彼らは王龍ボーラスの居る全ての始まりの世界、始源世界に居るようだ。アカツキとアルメールがそれぞれ何を考えているのかは知らんが、お前から九竜が居なくなっている時点でアルマの計画は頓挫しているのだ」

 エリファスは何かを言おうとして留まり、別のことを話す。

「お前たちは、アミシスとヤズとアルマに何があったか知っているか?アミシスとヤズは二人とも、アルマのことが好きだった。だが、アルマはあの通り生真面目で仕事一筋なやつでな、そんなことに気付きもしない。しかもあの二人も人のことを気にしすぎるからアルマに遠慮する、片方がもう片方に遠慮する。そうやって一度も結ばれてないのに拗れていった。竜神の長たるヤズはともかく、アミシスはわざわざ計画のためにアカツキに喧嘩を売りに行った。そのお陰でブリューナクが都竜王になった。アルメールは陣取りに躍起になるほど視野の狭いやつとは思えんが、何かあるに違いない」

 ゼルとノウン、ルクレツィアは合点がいったように頷く。

「済まん、長話だったな。詔をくれてやろう」

 ホシヒメの籠手に紋章が刻み込まれる。

「さあ行け。帝都アルメールへ。そこにブリューナクもいる」

「っていうことは、水の都は通りすぎていいと」

 ノウンが呟く。

「その通りだ。そう時間もかかるまい」

「ありがとうございました」

 ホシヒメがそう言うと、一行は踵を返し、出ていった。

「正確に言えば、お前たちには私の計画もわからんだろうがね」

 エリファスは微睡んだ。


 帝都アルメール 行政区・執務室

 アルメールの座するデスクの前の黒いソファに、ブリューナクは顰めっ面で座り、対するゼロは急に立ち上がる。

「やつが来る」

 すぐに動こうとするゼロを、アルメールは制止する。

「やめたまえ、ゼロ。ここに皇女が来れば必ずアカツキが来る。その時こそ、この世界は審判の時を迎える。どうだ、君自身が望むことは決まったか」

「力をただ求める、それだけです」

「そうだ。それに純粋にいていいのだ。俺たちは所詮、王龍ボーラスによって、真竜の抽出が終わるまでの管理を任されただけの泥人形。だが、もし泥人形が本当の命を持つのなら、その可能性は君か皇女しかいない」

「……。アルメール様、あなたは何が望みなのです。俺は自分のために、ブリューナクはあなたのために、ではあなたは誰のために」

 アルメールは微笑を消し、真顔になる。それに気圧されて、ゼロは座る。

「そう言えば、今日は夜から雨が降るらしいぞ」

 アルメールの言葉だけが響き、そして静まり返る。


 帝都アルメール 地上エレベーター

 陽が傾き、黄昏が始まるとともに鉛色の雲の群れが反対に見える。

「なんかやな天気だねー」

「ああ、雨が降りそうだな」

 ガラス張りのチューブに入ると、足元のプレートがゆるりと上昇を始める。

「ブリューナクも居るっちゅうことは、今回は二回も都竜神クラスのやつと戦わないかんのか」

「あとはゼロもね。エターナルオリジンの戦いだけで満足しているとは思えない。ホシヒメの負担を考えれば、ブリューナクだけでも僕たちで仕留めたいところだよ」

 ルクレツィアとノウンの会話に、ホシヒメが割り込む。

「ほんと!?」

 その勢いにノウンはたじろぐ。

「う、うん」

「悔しいけどな、ゼロ兄の視界にはアンタしか映っとらん。ウチのことは自分の後を追う小娘としか見とらんからな」

「よーし、じゃあルクレツィアの分もゼロ君をぶん殴ってくるから!」

 ゼルとネロも加わる。

「だがよ、前座みてえな扱いしてるが、ブリューナクも都竜王に抜擢されるほどのやつだ。その上でアルメールと戦うってのは、流石に厳しくねえか?」

「俺もネロと同意見だ。今さらどうにもできんが、ブリューナクとの戦いはちゃんと考えてやらないとな」

 エレベーターは速度を上げていく。


 帝都アルメール 国境区画

 エレベーターの扉が開くと、朱色の構造物で作られた大量のビルが立ち並ぶ場所へ出た。政府首都と同じようなアスファルトの道路には、帝都の兵士が一列に並び、バリケードや戦車、装甲車が配備されていた。一行は身構えるが、奥から一人の男が出てきたために構えを解く。

「よく来たな、竜神種」

 ブリューナクは初めて会ったときのスーツ姿とは違う、甲冑に身を包んでいる。

「どうせどこかで野垂れ死んでいるだろうと思っていたが、まさかここまで来るとはな」

 わざとらしく手を握り、そして開く。

「だがもういい。お前たちはよく頑張った。ここで死ね」

 と、ブリューナクが闘気を発そうとした瞬間、後ろからもう一人、見覚えのある竜王種が現れる。

「ブリューナク。他の四人はどうなろうと知らんが、クラエスだけは俺が倒す」

 ゼロはホシヒメへ視線をやると、顎で促す。ホシヒメが仲間の方を見ると、みんなが頷く。ホシヒメははにかみで返し、既に踵を返していたゼロについていく。

「ちっ、マセガキが……まあいい。お前たちの相手はこの俺だ」

 ブリューナクが闘気を発し、四人は構え、後ろの兵士たちも銃を構える。

「水都竜王ブリューナク、いざ参る!」

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