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後編 第六話

 死都エリファス

 錆び付いた格子の扉を引き、一行は足を踏み入れる。

「なんていうか……」

 ホシヒメが辺りを見渡す。血霞は薄くなっているが、代わりに腐臭が増し、僅かに差し込む日光が厚く塗られた血をぬらぬらと輝かせている。

「きもっ」

 よくわからないポーズでホシヒメが不快感を表す。転がっている無数の死体は、人間や、半分竜化している者が大半を占めており、完全に竜化した死体は朽ち果てて内蔵が剥き出しになっている。

「何があったんだ、ここで……」

 思わず後ずさるゼルを見て、ルクレツィアはやれやれと首を振る。

「死都エリファスはかつての竜神の都。ここは竜王種との戦いで滅んだんや」

「竜王種との戦いで?」

「なんや、そんなことも知らんのか?差別に反対した竜王種の暴動に凶竜が加勢してとんでもない戦いになってこうなっとるんや」

「へえ、そうなんだ。……。なんか、違う気もするけど」

「んあ?どないしたん」

「死体から感じる流れが……そういう感じの気持ちじゃない気がするの」

「闘気が使えんからウチにはわからんなあ」

 ノウンが手を叩く。

「取り敢えず、福禄宮へ行こう」

 歩きながら、街中に倒れている死体に目をやる。

「なあルー。どこをどうみても竜王種の死体なんてねえぜ」

「ウチもフィロアから聞いただけやからな。死都に実際に入る用事とかあらへんし」

「しっかしくせえな、ここは。精肉所とは格が違う、純粋な生物の臭いだな」

「ウチらが生まれる前からこうなっとるらしいけど、それにしては死体の状態が新しい過ぎるわ。腐敗が終わって、消滅してないのはおかしい」

「それに、ホシヒメが気の流れを感じ取れるってことは、まだ生命力を多少は残して絶命してるってことだ。ルー、お前今28だよな」

「せやな」

「つまりは確実に28年以上は死体のまま放置されてたってわけだ」

「フィロアが話した以上の意味があるっちゅうことやな」

 二人が話し終えると、目の前に荘厳な宮殿が鎮座していた。

「これが福禄宮?」

 ホシヒメの問いに、ノウンが答える。

「そうだよ。これがエリファスの中心なんだけど……」

 目の前のゼルを見て、頷く。

「開かないみたい」

「ああ、どうやらな。門には四つの墓を回歴せよって書いてある」

 ゼルの後ろでネロが首を傾げる。

「四つの墓?なんだそりゃ」

「墓は墓だろう。何の意味があるのか知らないが、門を開けるために必要ならやるしかないだろ」

 ホシヒメが踵を返す。

「それなら早く行こ!」

「待ちぃや」

 今にも走り出しそうなホシヒメの肩をルクレツィアが掴む。

「どしたの、ルクレツィア」

「前座に時間をかける必要はあらへん。戦力を分けるで」

「お墓がどこにあるかわかんないよ?」

「足元を良く見ぃ」

「足元?」

 ゆっくりと視線を落とすと、石畳の中央の溝を、こびりついた血の流れが延々と続いていた。

「これはアナログな伝令のシステムや。ブリューナクでも見たやろ。血管のように都の中を巡り、それに様々な意味を持たせて連絡手段にする。エリファスもわざわざ門にあんなことを書くんや、そういう風な使い方もするはずや」

「なるほどね!じゃあどう分けるの?」

「せやなあ……」

 ルクレツィアはちらちらと他三人を見る。

「ノウンとゼル。それ以外は一人ずつ。それが良さそうやな」

「みんなオッケー?」

 三人は頷く。

「よっし、行こう!」


 死都エリファス・南西部(ゼル・ノウン)

 血の溝に従って、二人は歩いていた。

「死都にまで来るとは大事になったもんだな、ノウン」

「うん、そうだね。僕たちはホシヒメのために、ここまで来た。役に立ててるかどうかはわかんないけど」

「ああ。俺たちの想像以上に、ホシヒメは高い爆発力と根性があった。自分を計画の一部にして、濡れ衣まで着せたアルマを、許すどころか友達になってくる……そんな離れ業はあいつにしかできないだろうな」

「非力かもしれないけど、ホシヒメのために全力を尽くさなきゃね」

「見えてきたぞ」

 道の先に円形の広場が現れ、その中央に小さな墓があった。ゼルたちが近付くと、墓の文字が青く光る。

「なんだ……?」

「これは……『天象の鎖を解き放つまで、始源世界への次元門を開くのは不可能だ』?何を言ってるんだろう、これ」

「わからんな。あとでルクレツィアにでも聞いてみるか」

 墓は光を放ちながら消滅した。

「消えた」

 ゼルがそう呟くと同時に、空から何かが降ってくる。それは四本の足でどっしりと着地する。その衝撃で血霞が晴れ、全貌を示す。鎖の巻き付けられた巨大な犬だった。

「なんだ、こいつは」

「見たことない生物だよ、これ……」

 二人が逡巡していると、巨犬は言葉を発した。

「我が名は黒皇獣ヴァナルガンド、その半身たる黒皇獣エンキドゥの一首、ゲルギャ。汝、死都に何用だ」

「俺たちはエリファスに会いに来た」

 ゲルギャはがっぷり四つ、石畳に足をめり込ませる。

「そうか。時は来たれり。我らが王より託されし契約、今こそ果たそう」

 ゲルギャは身震いし、激しい闘気を爆裂させる。立ち込めていた雲が千切れ飛び、血霞も消え去る。

「来るがいい、竜たちよ!獣の王たる我らの力、断片であろうとも汝らを撃ち破る!」

 ゲルギャが前脚を振ると、闘気の渦がノウンへ飛ぶ。剣を盾へと変えてそれを防ぎ、ゼルが一気に接近してトリガーを引きつつガンブレードを放つ。

「我が炎はその程度では破れぬぞ!」

 鎖が炎を纏い、ゼルの攻撃を弾く。

「ちっ!」

「竜よ、人の姿で我と戦おうなどと思わぬことだな!」

 炎が収束し、爆発する。ゼルは吹き飛ぶが、受け身をとる。

「竜化しろって言ってるが」

「仕方ない。この広さなら問題ないはずだよ。二人竜化しても」

「背に腹は代えられんか。行くぞ!竜化!」

 ゼルは青い光に包まれて、一対の翼を持つ青白い竜へ、ノウンは赤黒い光に包まれて、一対の翼を持つ黒い竜へ変化した。

「オラァ!行くぜゼル!」

「あ、ああ……そういえばお前は竜化すると色々変わるんだったな」

「ヒャッハァ!」

 ノウンは狂乱の声を上げつつ、ゲルギャへ突っ込む。ゲルギャの攻撃を凄まじい反応速度で後方に翻って躱す。その流れで翼に添えられた赤い翼爪を発射する。ゲルギャは全て弾き落とし、旋回するノウンへ大ジャンプで接近する。

「やるじゃねえか、犬風情がよォ!喰らいやがれこのビチグソがァ!」

 ノウンは足を繰り出し、なんとゲルギャは空中で動いてそれを躱す。そして空中で高度を上げ、前足で叩き落とす。ノウンは地表寸前で制御を取り戻し、ドリフトを効かせながら着地する。同じく着地しようとするゲルギャに、ゼルは無数の光弾を放つ。ゲルギャは先ほどのように空中で姿勢を制御し、巧みに回避する。ゼルの口からビームが放たれ、そしてそれを防がれるやいなや顎から刺を生み出し、それで石畳を抉りながら突き進む。ゲルギャはビームを弾いた隙で動けず、真正面から受け止める。

「なるほど、まだシフルの扱いに慣れていないと見える。やはり、シフルをシフルそのものとして扱える者はまだ少ないようだな」

「口を開く暇があるなら、戦いに集中しろ!」

 ゼルが押し切り、ゲルギャの体勢を大きく崩す。そこにノウンが弾丸のように飛んできて、先ほど躱されたキックを腹に直撃させる。吹き飛んだが、何事も無かったかのようにゲルギャは受け身を取る。

「なるほど、弱くはないようだ。汝らならば、完全なる我との逢瀬もあるやもしれぬな」

 ゲルギャは半透明になっている。

「待ちやがれ!決着をつけずにどっかへ行こうなんざ、俺が許さねえぞ!」

「待て、ノウン。無闇に消耗する必要はない。俺たちはあくまでも門の封印を解くために戦っているんだ」

 ゲルギャも頷く。

「その通りだ。我はあくまでも、我が王によってこの死都の門番の一人を任されているに過ぎない。門番の役目は侵入者を排斥することではなく、侵入者の力を試すことだ」

「そうだ。なんのつもりかはわからんが、こいつはこれ以上俺たちと戦うつもりはないらしい」

「ちっ、わあったよ全く」

 二人は竜化を解く。

「一先ずは封印を解放できたってことだよね」

「そういうことだ」

 ゲルギャは霧散した。

「戻ろう、ゼル」

「ああ」


 死都エリファス・南東部(ネロ)

 ゼルたちが居たような広場にネロも辿り着いており、墓に触れる。

「特に何か仕掛けがある訳じゃねえな。単純な墓だ。何かしなきゃならんのか?」

 ネロが独り言を言っていると、墓は青い光を放つ。

「なんだぁ!?」

 墓は霧散し、巨大な犬が現れる。

「お!随分デカいわんちゃんじゃねえか。ビルでも投げねえと食い付かなそうだな」

 犬は身震いし、吠える。

「無礼な竜だ。貴様のような凡夫が獣を罵るとは」

「でもわんちゃんに違いはねえだろ?」

「私は黒皇獣エンキドゥの断片、ドローミ。わんちゃんなどという戯けた名ではない」

「んで?墓を調べたらいきなり出てきたってことは、なんだ?戦えってか?」

 ドローミは頷く。

「しゃあねえな。今の俺は虫の居所が悪くてな、ストレス発散させてもらうぜ」

「甘く見るなよ。私の雷は、魂をも切り裂く!」

「おっ、てめえも雷使いか!なら余計楽しめそうだぜ!」

 ネロがジャンプし、槍を三分割し、雷球を無数に生み出し、ビリヤードのように撃ち放つ。雷球が数珠繋ぎに別の雷球に当たり、規模を拡大しながら爆裂していく。ドローミはその場で力み、全身の毛を逆立たせて雷霆を放つ。激甚なスパークを発し、両者の雷は消え去る。槍を繋ぎ直したネロが突っ込み、ドローミは器用に前足に雷の刃を握り、槍を打ち返す。地に足を付けたドローミは刃を前足の横に付け、獣らしい振り方でネロを狙う。竜化のエネルギーでそれを弾き返し、ネロは口から雷球を放つ。着弾と共に拡散するそれは、ドローミを僅かに怯ませる。が、ドローミは五つの雷柱を前方へ発射し、ネロを叩き落とす。追い討ちに前足を叩きつけ、直進し地面を這う雷霆がネロを貫く。ネロは直ぐ様起き上がり、強引に突っ込んで巻き付く。

「無能が!蜥蜴風情ではその程度か!」

 ドローミはネロを離そうと暴れまわる。

「無駄だぜ、俺はしつこいタイプでね!喰らいやがれ!」

 ネロは全身から強烈な電撃を放ち、ドローミを焼き尽くす。ネロは離れ、竜化を解く。

「どうだ、俺の電撃の方が強いみたいだぜ?」

「どうかな、貴様はただフラストレーションを発散するためだけにそんな乱暴な戦いをしているようには見えないが」

「なんだと」

「貴様の魂は友のための復讐などという、綺麗事を決して容認しない。浄化が来るまで貴様はそのままだろうが、浄化後どうなっているかな」

 ドローミの姿は消えかかっていた。

「ふん、勝手に吠えてな。負け犬の遠吠えは耳障りなだけだ」

「くくっ、蜥蜴よ……凶竜の本質は鏖殺……貴様の魂の中に燻る殺戮衝動こそ、貴様のメビウス、なのだ……!」

 霧散したドローミには目もくれず、ネロは元来た道を戻っていった。


 死都エリファス・北西部(ルクレツィア)

「これが墓か」

 広場の中央の墓に触れ、後方から殺気を感じて高速で反転し、その一撃を刀で防ぐ。

「誰や!名乗りぃや!」

 前足を弾き返し、巨犬は吠える。

「犬か」

「我が名は黒皇獣エンキドゥの断片、レージング。始源世界への門を戒める鎖なり」

「まさに番犬っちゅうことか」

 その言い回しに、レージングは苦笑する。

「なんや!笑わんでもええやろ!」

「いや、面白いと思ってな。誰にでもユーモアというものはあるのだな」

「(なんやこいつ)」

「だが我が氷は滑ったギャグより冷たく、鋭い!」

「誰がすべってんねん!そもボケてへんし!」

 足元から現れた巨大な氷塊を切り裂き、接近しようとするが、レージングは自分の周囲に瞬時に氷のバリケードを作り、スピードを落としたルクレツィアを氷塊で狙い撃つ。難なく撃ち落とし、大ジャンプする。それを追尾してレージングは氷塊を連射し、前足に生み出した氷の刃で打ち合う。それも砕かれるが、怯まず咆哮でルクレツィアを吹き飛ばす。

「っち、割かし強いやん」

「当然!俺こそエンキドゥの中核、終末の狼を縛りし最初の鎖!」

「なんやようわからんけど、ノリは合うみたいやな!」

 尾と刀が打ち合い、霜のブレスが鼻先を掠める。スパークから漏れだした電気が霜の中を暴れ、ルクレツィアは肉薄してレージングの鼻先を掴むと刀を捩じ込む。そこで雷を炸裂させ、大ダメージを与える。が、引き抜くと同時にレージングに投げ飛ばされる。ビルの残骸にすっぽり入り、そこに追撃の氷塊が飛んでくる。ルクレツィアは竜化して抜け出し、水晶を纏った嵐を発射する。

「ほう!やるじゃないか!ならば俺も、そのノリに応えてやろう!」

 レージングは口許で巨大な冷気を生み出すと、それを器用に離し、前足で加速させる。二つの竜巻が激突し、そして霧散する。同時に前進した両者は空中で交差し、ルクレツィアの爪がレージングの体に水晶を残し、そして爆発する。

「ぬう……この世界ではこれ以上は危険か……」

 レージングは半透明になっている。

「もう終いか?これからやっちゅうに」

「済まぬ。俺たちは王によってここに貸し出されているに過ぎない。これ以上は王より与えられた任務に反する」

 ルクレツィアは竜化を解き、近付く。

「お前さんは強い。だが、誰かの魂を追い続けているだけに見える。誰かに道を教える強さも持っているが、逆に自分の選んだ道で路頭に迷っている」

「どうしたらええと思う」

「お前さんをここまで導いた者なら、わかるのではないか」

「……。あともひとつ。ウチはギャグを言ったつもりやないからな」

「知っているとも。事前に決めていた流れというものがあるだろう。それに強引に合わせただけだ」

 レージングは消滅した。

「ホシヒメの言うとおり、心を込めて戦えば友になれるんやろうか」

 ルクレツィアは踵を返す。

「何に価値を見出だすか、そういうことやな」


 死都エリファス・北東部(ホシヒメ)

 ホシヒメはメモを書きながら進んでいた。

「ええっと、アカツキに色々聞く、ゼロ君と決着をつける、アルメールに色々聞く……」

 メモは殴り書きのようで、ホシヒメ以外にはほぼ解読は不可能な文字だった。というより、ホシヒメが普通に書くとこうなる。

「ここを越えれば、あとは帝都だけ……竜神の都にどうして竜王種が居たのか、ちゃんと聞き出さなきゃ」

 ホシヒメがメモをポケットに入れると、広場についた。

「えーっと、何々……『氷の封印の底に、輝く柱が突き刺さる』?何言ってるんだろ、これ」

 墓が砕け、黒い馬に乗った黒い騎士が現れる。

「わわっ、ブラックライダー!?」

 黒い騎士は首を横に振り、女性のような声を出す。

「私は狂竜王。ネロから聞いているだろう?」

「きょーりゅーおー……?もしかして、こないだ会ったっていうのは……」

「その通り。墓の封印を解きに来たのだろう?それならば、ひとつ。私と力比べをしようではないか」

「力比べ?」

「そうだ。私はここの門番の一人。あの門を開けたいのだろう?」

 ホシヒメは眼前の騎士から溢れる闘気を見て、少し戸惑う。

「(おかしい……こんな物腰が柔らかな人からここまで闘気が出るわけない……)」

「どうした、ここで自らの未来を終えるのか?」

「いや。私は進むよ。君が私の力を試したいなら、私は君の度肝を抜いてあげるよ!」

 狂竜王はそれを聞いて、馬から降りる。

「さあ来るがよい」

「(構えない?何が一体……)」

 ホシヒメは戸惑いながらも、様子見の拳を放つ。が、それは狂竜王の眼前で止まり、しばしの静寂が流れる。

「え……え?」

「ふむ……わかった。私はもう用は済んだが、そなたはどうだ」

「えーっと、え?」

 狂竜王は巨大な黒馬に乗り直す。

「あ、ちょっと!まだまだ全然全力じゃないよ!?」

「私は満足だ。それに、まだそなたの旅は終わっていまい」

 狂竜王はそれだけ言うと、飛び去っていった。

「馬で飛んでいっちゃった。やっぱりブラックライダーの仲間……なのかな?」

 ホシヒメは門の方へ走っていった。

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