アケリア交商道
結晶の光が爆散し、最後の兵士が吹き飛ぶ。ルクレツィアは竜化を解き、辺りを見渡す。
「趣味悪いなあ、まさか人間植物とは」
一人の兵士の死体を掴み上げ、検める。
「〝
植物のような臭いを放つ死肉は、事切れた瞬間から急速に腐敗しているようだ。
「エターナルオリジン……」
死体を放り投げ、ルクレツィアは政府首都へと入っていく。
行政都庁・中腹
「オラァッ!くたばりやがれッ!」
ネロがメルギウスへ組み付き、至近で雷球を叩きつける。
「まさかその程度の怒りで私の忠誠心を焼き尽くせるとでも?」
「FUCK YOU!」
ネロが巻き付く力を強め、背中の棘も深い蒼の雷を燻らせる。
「バカが、その程度で私に勝てると思うな!」
メルギウスは黄色く光る装甲の隙間から冷気を噴出させ、ネロを振り解く。そして左翼の翼爪を叩きつけ、尾をぶつけ、そこから闘気を放つ。ネロの長大な体が浮き上がり、メルギウスはすかさずラリアットで吹き飛ばす。
「確かにあなたは並みの兵士に比べれば強いでしょう。ですがね、その程度の力で私の理想を止めようなどと……片腹痛い!」
「なら両方痛くさせてやるよ、クソッタレ!」
強烈な雷球の爆散で視界がハレーションを起こし、メルギウスはよろめく。雷球の嵐を突き破って出てきたネロはメルギウスの喉へ噛み付く。
「私が……無策だと……思うか……!」
喉笛を締め上げられながらメルギウスは声を絞りだし、尾を地面に付け、闘気を噴射して空中へ飛び立つ。そして体勢を戻し、地面へ急降下する。着地寸前でネロは察したのか、口を離し、思いっきり距離を取った。メルギウスの着地で、行政都庁は凍り付く。激甚な冷風でネロは落下し、メルギウスは呼吸を整える。
「しかし……これはもっと後に使おうと思っていたんですがね」
「ちっ、大道芸風情が」
「ルクレツィアとならもっと楽しい決闘が出来たんですが……ん?」
不意に空から声が響き、ゼルとノウンが落ちてくる。
「くっ、まさか落ちるとは」
「ゼル、ネロの支援に回ろう。ホシヒメはタイマンの方が強いはずだよ」
メルギウスは笑う。
「まあいいでしょう。ネロだけでは役者不足でしたし」
ネロは持ち直し、宙へ舞う。
「行くぞ、二人とも!」
行政都庁・最上層
「雑魚は吹き飛んだか。後はお前だけだ、ホシヒメ」
アルマは首をもたげ、咆哮を散らす。ホシヒメは膝をついている。
「詔を集めさせ、九竜の力を解き放たせるつもりだったが……まあいい。この際、使えるものは全て使わせてもらう」
「へ、へへへ……」
ホシヒメは笑いながら立ち上がる。
「何がおかしい」
「こんな強い人と戦わせてもらえるなんて、この旅は本ッ当に最ッッッッッッッ高だよ!」
「何だと……!?(味方が二人居なくなったこの状況で……こいつ正気か?)」
「おばあちゃんが居なくなったのは、きっとおばあちゃんがいると私が成長しないってわかってたから、アカツキに倒されたんだ。こうして、私が世界を巡って、力と理想を兼ね備えた強さを手に入れて欲しかったんだ!力も理想も、誰かと語り合うための……」
アルマの方から流れていた闘気の流れが止まり、ホシヒメから大きな渦が生まれる。
「力は瞬間の輝き、理想は未来への希望……そしてこの魂は、過去の結晶!そうだ、これこそが!」
「(こいつ……竜化も出来ないのに竜闘気を発している……!?)」
「これこそが闘気なんだ!」
爆発的に威力を増した竜闘気が、最上層全体を包む。
「行くよアルマ。私は私の道を突き進む。あなたの野望を粉砕して、あなたと心からの友になる!」
「何を……くっ、図に乗るな、小娘が!」
アルマは再びV字の熱線をいくつも重ねて放つ。ホシヒメは真っ直ぐ突き進み、
「ロケットパーンチ!」
と叫びながら拳状の闘気を打ち出す。翼で弾かれるが、ホシヒメは自身の拳を届かせる。翼の一枚を破壊し、すかさず裏拳を鼻先にぶつけ、叩き伏せ、頭を抱え込んでハンマー投げのようにぐるぐると回転し、思いっきり放り投げる。
「うおおおおおおお!?バカな、私を投げるだと!?」
アルマは体感したことのないダメージで、ひどく動揺している。
「行くよ!」
ホシヒメは地を蹴り、アルマへ接近し、翼の雨を躱し、前脚を弾き返し、サマーソルトを顎へぶつける。咆哮にも粒子の爆散にも動じず、猛然とアルマに攻撃する。
「(バカな、一瞬でここまで強くなれるわけがない!やはり、九竜の……)」
「隙有りィ!」
「ぐふぁっ!?」
空中蹴りがアルマの頬にクリーンヒットし、アルマの巨体は吹き飛ぶ。
「あなたの理想はまだわからない。でも、わかるまで、わかりあえるまで諦めたくない!メルギウスも、アカツキも。アルメールとも、ネロともルクレツィアともノウンともゼルとも!そしてゼロくんとも!この世界の全てと、理解し合える親友になりたい!そのために私は、もっと力を求める!」
ホシヒメの真っ直ぐな瞳を見て、アルマは驚く。
「(似ている……その眼は、俺と会ったばかりのヤズそのもの……!)」
アルマは竜化を解き、崩れ折れる。
「わあ!?びっくりした」
ホシヒメはアルマへ駆け寄る。
「どうしたの、急に」
「私は……いや、俺は間違っていたと思うか、ホシヒメよ」
「……。どれが正解かなんて、誰にもわからないよ。私もあなたも、自分の未来を信じただけ」
「俺の未来は……こんなとき、ヤズならどう答えてくれる……?」
「自分らしく生きろって、おばあちゃんはいつも言ってくれたよ」
「なるほど、あいつらしい……持っていけ」
アルマは手袋を投げて渡す。
「アミシスが俺に作ってくれたやつだが、もう俺にはそれを付ける資格はない。お前が持っていってくれ。それを以て詔としよう」
手袋を付け、ホシヒメはもう一度アルマへ視線を向ける。
「エレベーターを動かさねばならんな。少し待て」
「いいよ。こっから飛んで帰るから」
と言って、ホシヒメは親指を立てながら飛び降りた。
「若者の成長とはかくも早いものか……」
アルマは自分の素手を眺め、溜め息をついた。
「結局は犠牲にしたあいつに救われたと、そういうことだな」
行政都庁・中腹
ゼルの一撃が右翼に弾かれ、尾の追撃が向かう。それをノウンが弾き返し、ネロの雷球ががら空きの逆サイドを狙う。メルギウスは一回転して雷球を弾く。
「おかしい、メルギウスはこんなに強くない」
ノウンが疑問を口にする。
「おやおや、失礼ですねえ。ルクレツィアの腰巾着風情が」
「だって君は、五年前、僕に負けたことすらあるじゃないか!」
「はて、なんのことやら。私はわたごふぁ!?」
メルギウスの尾が宙を舞い、メルギウスが竜化を解く。
「喧しいゴミは殺すに限るわぁ」
刀をブンブン振り回し、ルクレツィアが現れる。
「ルクレツィア!」
「お、ノウン。入り口に居たやつは全員片付けたで。あと、こいつはまた映像や。どれだけ全力で攻撃しようが無駄やで」
ネロが竜化を解いてルクレツィアに寄る。
「マジか」
「マジやで。ノウンの思ってる通り、こいつがそない強いわけないやろ」
ルクレツィアが倒れているメルギウスを背中から串刺しにして、メルギウスはジャギを起こしながら消滅する。
「やっぱ、封印箱に戻るべきやな。詔を集め終わったあとで、やけどな」
と、真面目な顔でルクレツィアが喋っていると、後ろに
「どっせーい!」
凄まじくダサいポーズでホシヒメが着地する。
「ホシヒメ、大丈夫だったか?」
ゼルが駆け寄る。
「うん!ばっちり友達になってきたよ!」
「友達……?」
その場に居る全員がポカンとする。
「どういうことだ、ホシヒメ」
「えっとね、なんか戦ってるとすごい頭すっきりして色々わかってるんだけど、まあなんか、頭空っぽにして殴り合ったって感じ?」
「お、おう……」
ゼルを含め、全員がやれやれという感じの反応をする。
「次はどこに行くのかな、ノウン」
ホシヒメがゼル越しに話しかける。ノウンは地図を広げようとして、その必要が無いことに気付く。
「次は死都エリファスだね。僕たちがアルマから抜けて最初に辿り着いた、戦火の沼を抜けた先にある」
それにルクレツィアが追随する。
「別名〝福禄宮〟。昔は竜神種の都だった場所やな。今までの流れでわかるやろうけど、治めるのは死都竜神エリファス。原初竜神の一角、死者の魂を司るもの」
「死者の魂……」
ネロとホシヒメが全く同じ反応をする。
「原初竜神の魂はそう簡単に辿り着かんぞ。それに凶竜の魂は使命を果たせぬのならパーシュパタの元に消えるんやろ?なあ、ネロ」
「ああ、そうだな……ってえ、なんでルーが知ってる」
「ウチは年増やからな」
ルクレツィアは刀を納める。
「行こう、みんな!」
ホシヒメが促し、行政都庁を降りていく。