帝都アルメール・行政区 大橋
空中に浮かぶ巨大な通路の中央を、ゼロは歩いていた。帝都アルメールは全域が空中に浮遊しており、巨大なクレーターの上に発展している。行政区は、その中央にある。ゼロが足早に行政区へ進もうとすると、目の前に少女がいた。ホシヒメそっくりだが、纏っている雰囲気は邪悪で殺気が漏れている。
「アカツキか。何の用だ。あの程度の小娘に両腕を奪われるような無能が、俺の前に立つか」
ゼロは表情を変えずに挑発するが、アカツキは乗る気が無いらしい。
「随分とホシヒメに入れ込んでいるようだな、竜王の皇子」
「当然だ。戦いには正当な過程と結末が必要だからな。使命と踊る凶竜とは違う」
「ククッ、滑稽だな。まるでアミシスのようだ」
「水都竜神がどうした」
「あの女もなあ、恋をしてたんだよ、決して実らないな」
「……」
「まあ、貴様の思いもアルマへの憎しみで消え失せるんだろうが」
「嫌味を言いたいだけなら付き合う気はない。失せろ」
「まあまあそう言うなって。貴様も始祖凶竜には興味あるだろ?」
「始祖凶竜だと?パーシュパタなど、とうの昔に死んだはずだ」
「違うな。始祖凶竜はまだ生きている。そしてその大いなる使命を果たさんと燻っているのだ」
「アカツキ、貴様……!」
ゼロが腕から柄を出す。
「始祖凶竜は誰の手にも余る存在だ。復活などさせんぞ!」
アカツキはガントレットの状態を確認すると、竜化し、空へ飛ぶ。ゼロもそれを追って、翼を展開する。
セナベル空域
雲海を越えて、二匹の竜が対峙する。アカツキはゼロの周囲を旋回し、次第に空が黒い霧に覆われていく。そしてゼロの足下に巨大な氷の塊が出現し、二人はそれに着地し、アカツキは竜化を解く。
「ここなら邪魔は入らん」
「凶竜の王たる貴様を相手にする日が来るとはな」
ゼロは光輪を発し、それが砕けて全身に吸い込まれる。そしてブースターと飛膜が格納され、銀色の翼が四枚生える。
「手は抜かん。完膚なきまでに切り刻んでやる」
「図に乗るな若造が」
アカツキも竜闘気を放ち、霧が晴れる。ゼロが刀を抜刀する。凄まじい速度の空間の歪みが放たれ、アカツキはそれを弾き返す。続く空間の歪みも紙一重で躱し、素早いステップで接近する。アカツキは掌底を放つが、ゼロは左腕の鞘で弾き、切り上げる。それは躱され、ゼロは追撃に空間の歪みを放つ。そしてアカツキの退路を潰すように瞬間移動し、一太刀加えて吹き飛ばす。空間の歪みはアカツキに直撃し、鈍い轟音が響く。アカツキは構わず突っ込み拳でゼロと打ち合う。ゼロの一閃がアカツキを貫くが、鋭いアッパーがゼロの顎を抉り、ホシヒメの時と同じように刀を刺し返される。ゼロはすぐ引き抜き、光弾を発射しつつ空間の歪みを放つ。抜き身の刀で攻撃しつつ、次々と光弾と歪みの弾幕を張る。が、光弾は竜闘気に阻まれ、歪みから弾け出る真空刃は金属音を鳴らして消え失せる。
「その程度か?」
「下らん、こんなことに時間をかけて何になる」
ゼロは力むと、自分の分身を二つ生み出す。
「数に頼るのか?」
「語弊があるな。これは質量を持つ俺の残像だ」
ゼロが身を引き空間の歪みを連射すると、分身もあちらこちらへ動いて空間の歪みを同じだけ放つ。更に通常の斬撃を重ね、分身も続く一撃を放つ。空間同士が一繋ぎになり、放たれた空間の歪みがそれを通って暴れ狂う。瞬間移動からの一太刀を三体が一度に放ち、抉じ開けた竜闘気の穴に光弾を捩じ込む。アカツキの動きが鈍り、竜闘気が不安定になる。間隙なく突進しつつ切り付け、打ち上げる。分身は歪みを放ち、空中で追撃を加え、アカツキは吹っ飛ぶ。そしてゼロは三つの亜空間を重ね、その中を三倍の斬撃が乱れ飛び、ゼロの納刀と共に分身も消える。
アカツキは起き上がる。
「大した技だ。俺に脅威を示すほどじゃないが」
「ふん、間抜けが。大局を見据える余り、眼前の敵の強さを見誤るのは戦いの初心者と同じだ」
「とりあえず、勝負はお預けだ。言いたいことは言った。去らばだ!」
瞬時に竜化し、飛び去った。氷が融け、ゼロは落下する。
帝都アルメール・行政区大橋
溶けたら氷が雨のように注ぐ。ゼロは着地し、行政区へ歩いた。
帝都アルメール・行政区 執務室
ゼロは木製の扉を開く。アルメールが立ち上がり、ゼロを迎える。
「よくぞ帰ってきてくれた、ゼロ」
「造作もないことであります」
「そう畏まるな。気が済んだか?」
「俺はまだ疑問に思います。あの女にそこまでの価値があるとは思えない。俺の感覚で言わせてもらうなら、あの程度でブロケードが満足するわけがない。ガイアは生温いので信用していませんが、まさかブロケードが手を抜くとは」
「違う、違うぞゼロ。ブロケードは情を持っているのだ。戦いを求める以前の心として、皇女に慈悲をかけたのだ」
「俺にはわかりません。だが少なくとも、アルマもホシヒメも、そしてあなたでさえも、力と理想を兼ね備えることの意味を示してはいない。力と理想を兼ね備えることが、一体何を生み出すのか。俺はあなたたちからそれを見いだせない」
アルメールは肩を竦める。
「それはそれで良いのだ。君が皇女との戦いで証明したように、理想だけでは克つことはできない。だがこれも知っておいて欲しいのだ。全ての意思あるものは、理想がなければいずれ行き詰まる。どちらか片方では限界が来るのだ」
ゼロは眉をひそめる。
「ですが……」
「そうだな……試しに、自分の心に素直になってみたらどうだ?俺たち都竜神、都竜王、そして原初竜神は、社会そのものへの利益のために嘘をつかねばならない。だが君たちはまだ若い。君は己の心に素直になるのだ。君の皇女への心は憎しみではない。彼女をアルマの計画から外そうとして、彼女への愛を覆い隠しているだけなのだ」
「アルメール様。それ以上はあなたと言えど、俺も刃を向けざるを得ない」
「おっと、すまんな。ともかくだ。力の向ける先を考えるのだ、ゼロ。そこから理想は見つかる」
アルメールは澄まし顔で首を振る。
「ゼロ、皇女はいずれこの帝都にも来る。そのとき、もっと素直に彼女と向き合ってみたらどうだ?」
「しばらく一人で考えます」
ゼロは踵を返し、扉を開いて去っていった。
「ふう……全く、アルマめ。脱け殻の皇女ではchaos社に勝つことなどできん。特に黒崎奈野花……万物の霊長にはな」
――……――……――
古代世界 セレスティアル・アーク
雲の上に浮かぶ白磁の城が、陽光に照らされて目映いばかりの輝きを放つ。福岡県の折那区、大灯台の上に浮かぶchaos社の総本山、セレスティアル・アークの屋上には、庭園と教会があった。そこに、黒い鎧の少女と機械の右手のメイド――トラツグミ――が居た。
「DAAを利用した異世界干渉は順調なようね、トラツグミ」
トラツグミは微動だにせず答える。
「明人様の推し進める〈新人類計画〉……それがこの世界の迎える最終形態です。白金零、クラエス・ホシヒメ、ロータ・コルンツ、レイヴン・クロダ、バロン・エウレカ。それらの欠片を一つに束ねる……あなたにはDAAから得られる情報よりも濃密にそれぞれの世界の情勢がわかっているはずです、黒崎奈野花」
奈野花は傍に咲いていたオオアマナを一輪引き抜く。
「ええ。ねえトラツグミ。あなたは主である杉原に忠誠を誓っている。それは、この花が似合うほどの純潔の証よ」
「それが何か」
「私もそんな純潔の願いのために動いているとしたらどう思う?」
「私には判断しかねます。その問いに答えても、明人様の利益にも、損益にも成り得ない」
「うーん、百点の答えね。素晴らしいわ、トラツグミ。シフルの運用において最も重要なのは純粋な感情、強い思いよ。闘気や魔力の根源もまたシフル。感情こそが力、感情こそが理想。竜の世界も、新生世界も、零獄も。今は誰もが己の感情の発露を見出だそうとしている。まあバロンは一足先に辿り着いたようだけど」
トラツグミはコーデックを開く。
「ところでゼナちゃんの調子はどう?」
「ヴァル・ヴルドル・グラナディアがディクテイターと同化したようですね」
「つまり、ゼナちゃんはちゃんと計画通りの改編を成し遂げたのね」
「既に知っていることでしょう」
「神都に私の配下を配置してないからわからないわ。ペイルがルネとヨーウィーを殺したのは教えてもらったけど」
「奈野花様。こちらから質問しても?」
「構わないわ」
「命の価値は平等だと思いますか」
「思わないわ。命が平等ならば、小虫が一匹死ぬだけで全員死ななければならない。でないと平等ではないもの。でも……命に限らず、全ては遍く救われなければならないとは思うけど」
「どんなに救いようのない愚民でも、ですか」
「ええ、もちろん。誰にも生きる意味なんて無いけど、存在しているのなら私に救われる権利がある」
奈野花は一歩踏み出す。
「貴方や杉原が想像し得ないほど、世界は広いわ。この地球だって、何度目の宇宙の中にあるのかさえ、理解できないでしょう?」
「我々の宇宙は終焉を迎えたことなどありません。ビッグバン以前は無限の暗黒が広がり、そして今は未だ成長を続けている」
「そんな次元の低い話はしていないわ、トラツグミ。一つの宇宙ごとき、片手間に滅ぼせるでしょう?」
「奈野花様は……本当に何者なのですか。我々に協力せずとも、貴方一人の力で全てを思いのままにできるはず」
「……。何事にも限界はあるわ。だからこそここにいる。友達のためではあるけど、それ以上の意味も多分にある」
「私たちは協力関係にあります。故に奈野花様も、相応の働きで答えていただきます」
「わかっているわ。今からアフリカに向かう。燐花ちゃんの部隊を後退させておいて」
「承知いたしました」
奈野花は平然とセレスティアル・アークの縁から飛び上がり、瞬く間に空の彼方へ消えていった。
「明人様の障害にならぬのなら、敵対することもない。ですが……」
トラツグミは踵を返し、階段を下りていく。
「あの力の根源は、この宇宙よりも遥か彼方にある」