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前編 第十二話

 第二帝都ドランゴ

 中央に聳える塔を囲むように大量の竜王種が宙を舞い、近づく船を牽制している。

「ふぅん、何を考えとるかは今一掴めへんけど、ウチらをすぐにでも海の藻屑にしようとは考えてへんようやな」

「ゼロ君……」

「ゼロ兄に容赦は無用や。わかっとるやろうけど」

「わかってる。今度は負けない……なんであんなに私を殺したいのか、ちゃんと聞かなきゃ」

 船が港に近付くと、一匹の竜王種が飛んでくる。ホシヒメたちは構えるが、その竜王種はゆっくりと着地し、深く礼をする。

「どういうことや、アンタ」

 ルクレツィアが訝しげに問う。

「ゼロ様より命を授かった。竜神の王女を案内せよと」

 竜王種はホシヒメへ視線を流す。

「ゼロ様は貴公との決闘を望まれておられる。くれぐれも失礼のないよう、万全の準備を願う。そのための物資は我々が用意する」

 ゼルが頷く。

「思ったよりも律儀なやつだ」

「でも、それだけホシヒメと正しい形で戦いたいってことだよね」

 ノウンがゼルへ向く。

「ゼロ……確か生まれたときは大々的にニュースになってたな」

「うん。王龍より授かりし至高の竜……それがあの二人」

「今は二人の戦いを見届けるしかないか」

 竜王種はホシヒメへ促すと、ルクレツィアがその手を取って船から飛び降りる。

 ゼルとノウンもそれに続く。


 第二帝都ドランゴ・市街地

 エターナルオリジンを中央に据え、そこから伸びる長いコンクリートの道の左右に無機質な自動ショップが並ぶ。竜王種がその前に立ち、コンクリートの道の果てまで列を作っていた。

「随分と歓迎ムードやな、ゼロ兄は」

「ゼロ様は戦士としての礼儀を尽くして下さっているのだ、感謝しろ。王女よ、準備を行うのだ。用が済んだら……」

「いや、私はこのままでいいよ」

 竜王種は少し止まる。

「わかった」

 四人は竜王種に従い、真っ直ぐ進んだ。


 エターナルオリジン

 案内役の竜王種とゼロの目が合うと、竜王種は背を向けて去っていった。ゼロは瓦礫の上に立ち、昨日会ったときと同じように腕を組んでいた。

「よく来たな、クラエス。貴様の活躍は聞いている。あのブロケードと対等以上に戦ったらしいな。ペイシオに苦戦すらせず勝利したことも」

 ホシヒメとゼロは互いの距離を一定に保ちながら、ゆっくりと歩く。

「ねえ、ひとつ聞いてもいいかな」

「なんだ」

「なんで君は、私の事を殺そうとするの」

「俺たちは、同じ王龍から生まれた双子だ。貴様は竜神を、俺は竜王を、それぞれ導くためにいる。だが」

 ゼロは腕を解く。

「俺は十年前……四歳のときにアルマに言われた。俺はクラエス……貴様をchaos社へ差し向けるための駒だと」

 ホシヒメは目を見開く。

「やはりな。貴様は何の事情も知らず、ただ兵器になる定めをもわからず、今までのうのうと生きてきたんだろう。その様子では、今の竜神と竜王を覆い尽くす差別をさえ知らなそうだな」

「どういう……こと?」

「竜王種は純粋な竜ではない。魚から進化した、言わば二次竜神だ。俺たちは貴様らで言う竜化を常時行っている。故に短命だ。それだけではない。俺たちが生まれるまで、それまで竜神が地上・空中の支配者であったのに、竜王はそれを乱した。竜王種は、竜神の支配が強い地域、つまり政府首都に近い全ての地域で悪質な迫害を受けている。マグナ・プリズンのある火の都とて例外ではない。あそこに収監される殆どは、冤罪で捕まった竜王種だ」

 ホシヒメは絶句する。

「ああ、知っているとも。貴様らがマグナ・プリズンで電動人間を粉々にしたことをな。あれの大半は竜化すら不完全になり、半ば魚人のごとくなっている竜王種だ」

「……」

「まあいい。大義をどれだけ並べようが、今から俺が貴様にぶつけるのは、全て私怨だ。俺は、アルマの計画の最も重要なファクターたる貴様を殺し、俺自身を宿命の軛から解き放つ。全ての竜神を殺し、この世界をシフルで満たし、竜王種が永遠の命を誇る世界を作り上げる。都竜神だろうが、原初竜神だろうが関係ない。全て滅ぼし尽くすまでだ!」

 ゼロが闘気を放つ。

「わかった。君が理想の世界を作り上げたいように、私にも叶えたい夢がある!アルマさんが私をどう使おうとしているのかは知らない。でも、私は私自身の意思で、前に進む!そのためにも、今ここで決着をつける!」

「ふん、その意気だクラエス!どちらが正しいのか……ここで決めるぞ!」

 ゼロが翼を思いきり展開し、無数の光弾を放つ。ホシヒメは地面を殴り、闘気で岩を砕いて吹き飛ばす。そのぶつかり合う隙間を縫って高速で接近し、拳をぶつけ合う。

「なるほど確かに、昨日とはまるで違う」

「ありがと、ねっ!」

 蹴りで距離を取り、ゼロの爪が空を裂き引き千切る。

「空間が!?」

 もう片方の腕で斬撃を放ち、ホシヒメの後方へもう一つの空間の歪みを作り出す。

「俺は負けん、絶対にな!」

 翼の竜頭から放たれる光線を空間の歪みへ放ち、それはホシヒメの後方から通過する。空中でバランスを崩したホシヒメへゼロは翼を叩きつける。直撃して叩き伏せられ、ゼロの尾の追撃をすぐさま起き上がって躱す。が、ゼロは尾の先の時空を引き裂き、ホシヒメへ高速の突きを連続で放つ。転ける寸前でホシヒメは後ろに下がる。ホシヒメが体勢を立て直そうと頭を上げると、眼前に巨大な空間の歪みが現れ、ゼロが猛スピードで突っ込んでくる。ホシヒメは咄嗟に右腕から閃光を放ち、ゼロの右頬を焼く。ゼロの拳は少し遅れてホシヒメの腹を抉り飛ばす。吹き飛んだホシヒメは左腕で地面を掴み、堪える。開いた距離を眺め、ゼロは右頬に手を添える。ホシヒメは起き上がり、不敵に笑う。

「ちょっとは歩み寄れたんじゃないかな?」

「まだ足りんな、クラエス!」

 ゼロは腕を上に上げ、そして振り下ろすと同時に、翼からエネルギーを噴出させる。

「全力で貴様を殺す!貴様も全力で来い!」

 背後に光輪が浮かぶと、ルクレツィアが血相を変えて叫ぶ。

「ゼロ兄!流石にそれはやりすぎとちゃうんか!?」

 ゼロはそれを無視して、ホシヒメを見つめる。ホシヒメはルクレツィアをちらりと見ると、にっこりと微笑む。

「大丈夫だよ、ルクレツィア。ルクレツィアのお陰で、私は目指すべきものを見つけた……」

 ホシヒメは右腕を高く掲げる。

「もっと力を!」

 全身から闘気が吹き出し、ホシヒメは拳を突き合わす。

「君には力があって、理想がない」

「貴様には理想があって、力がない」

 両者は刺すような視線を交わす。

「わかっているさ。最初からな。貴様もアルマの計画の一部でしかない。だが、そんなものはどうでもいい。同じ立場にありながら、辿った道の違いを認めるわけにはいかない。俺の未来は、俺の理想は、貴様を殺して初めて生まれる」

「ふふん」

 ホシヒメは微笑む。

「それなら私が勝てるね!」

「来い!」

 ゼロが斬撃を三つ放ち、ホシヒメは雷を足に宿し、ダッシュで避ける。続いて発射された巨大な魔力塊を二つ飛ばし、ホシヒメは水を鞭のように腕に纏わせ、伸ばし、ゼロに巻き付けて接近する。炎を纏った拳でゼロの頬を殴り飛ばす。ゼロの反撃を氷の盾で防ぎ、風の刃で攻撃しようとしたとき、ゼロが視界から消える。

「(また消えた……ということは空間を繋げて攻撃してくる!)」

 空中に氷を生み出し、それを足場に更に飛び上がる。ホシヒメを追うように無数の空間の歪みが現れ、そこから斬撃と光弾が嵐のように暴れ狂う。空間の歪みから空間の歪みを経由し、それらは次第に加速していく。的確にホシヒメを狙って飛翔する嵐を、光の繊維を束ねて受け止める。大爆発を起こし、煙の中から二人が飛び出てくる。ゼロの突進をホシヒメが光で受け止めているが、ゼロは翼の出力を上げてホシヒメを地面へ叩き落とし、落下点の空間を引き裂く。ホシヒメは闇をその空間へ放ち、空間を元の形に戻す。着地と共に地面を殴り、猛烈に隆起させてゼロの元へ翔ぶ。エネルギーを纏わせた左の拳でゼロの放つ斬撃を打ち返し、エネルギーを解き放つ。それによってゼロに肉薄し、光の纏った拳で腹に強烈なパンチを叩き込んで吹き飛ばす。

「甘いなクラエス……やはり秘めたる力が相当なものでも、まだまだ研鑽が足りん!」

 先程まで斬撃の嵐を生み出していた空間の歪みが一気に繋がり、巨大な亜空間を作り出す。空中で体勢を立て直したゼロは、左手を腰だめに、右手はそれに添え、まるでルクレツィアが抜刀するときのような構えをする。そして右手の戒めを解き放つと同時に、夥しい数の斬撃が亜空間内部に炸裂する。ゼロが眼前で刀を仕舞うような動きをしたあと、亜空間は消え、二人とも着地していた。が、ホシヒメは全身に傷を負い、血溜まりができるほどに満身創痍だった。

「終わりだ」

 ホシヒメは膝をつく。ゼロは右手を振り上げ――

 その拳を受け止める。

「勝負は……まだまだこれからだよ……!」

「いいだろう。貴様が戦えるのなら、俺もここでやめるつもりはない」

 ゼロは後ろに開いておいた空間の歪みへ消え、瞬時にホシヒメの横に現れて切り飛ばす。翼から光弾を放ち、槍のようなそれがホシヒメへ突き刺さる。

「う……動けない!?」

 ゼロは腕から柄を引き抜くと、それから青い粒子の刃が出てくる。そしてホシヒメの元へ瞬間移動し、その腹を貫く。

「これが力の本質だ」

 ホシヒメは血を吐きながら笑う。

「何がおかしい」

「いやあ……ごふっ……君は強いなあってさ……でもさ……まだ……負けてないんだよね……!」

 ホシヒメは右の拳でゼロを怯ますと、刀を思いっきり引き抜いてゼロに刺し返す。お互いに崩れ、地面を叩いて無理矢理起きる。

「ね……?言ったでしょ……!まだまだこれからなんだから……!」

「確かにな……」

 ゼロは刀を引き抜く。

「完全に破壊するまで、勝負はついていないな!」

 翼が消え、翼膜を繋いでいたブースターがゼロの背中にマウントされる。代わりに四枚の翼が生え、折り畳まれる。ゼロは刀を構えた。

「あの構え……」

 外野でゼルが呟く。それにノウンも気付く。

「ルクレツィアと同じ……」

 ルクレツィアが頷く。

「ウチにとっての最強……それはゼロ兄や。あの人に憧れたからウチはあの人の戦い方を必死に盗んだし、兄と慕っとる」

「ホシヒメはとっくに体の限界は迎えているはずだ……だがあいつの強い気持ちがそれを超越する何かを生み出している」

「ゼロ兄……」

 ルクレツィアは心配そうに二人を見つめる。

 ホシヒメは歯を食い縛り、拳を握り締める。

「行くよ、ゼロ君」

「ああ、来い」

 雷が地面を焦がした跡だけが残り、ホシヒメはゼロの眼前に辿り着く。

「バカめ、自分が手負いだと言うことを忘れたか!」

 空間に零れた血との間合いを見切り、刀を振る。ホシヒメの拳がいとも簡単に弾かれ、続く斬撃がホシヒメを切り裂く。ゼロは身を一気に引き、刀を連続かつ瞬時に抜刀し、空間の歪みを発射する。強引に高速に着地したホシヒメはその空間の歪みを根性だけで体を動かして躱す。ホシヒメが動かなければ命中していた空間の歪みは、着弾と共に凄まじい真空刃を巻き起こして消滅を繰り返す。ゼロはまた追撃のために瞬間移動し、回転しながら斬撃を放つ。飛び上がって躱したホシヒメへ、空間の歪みを利用して今の斬撃を直接飛ばす。ホシヒメは闘気を全身から放ち、その斬撃を弾き飛ばす。ゼロは光弾を放ちながら刀の攻撃を続行し、ホシヒメは氷の盾で光弾を弾きつつ、炎を放って間合いを取る。

「どうした、怖じ気づいたか」

「いやいや。君こそ、さっきみたいにドカーンってすればいいじゃん」

「ふん、では挑発に乗ってやろうじゃないか」

 ゼロは身を引き、空間の歪みを発射する。ホシヒメは氷の盾を砕いて飛ばし、雷を纏った足で駆ける。ゼロが消えると、ホシヒメへ大量の空間の歪みが乱れ飛ぶ。全ての空間の歪みが繋がり、巨大な亜空間が再び発生する。

「今度こそ細切れにしてやるぞ、クラエス!」

 両手を先程と同じように構える。その構えは、居合い抜きの要領そのものだった。

「(さっきのは刀無しの、手加減された威力の攻撃だったはず……それなら、これがゼロ君の全身全霊……!)」

 ホシヒメは亜空間の中で全身から闘気を放つ。ゼロの抜刀で、夥しい数の斬撃が炸裂する。瞬時に地上へ移動したゼロへ斬撃を受けつつ接近し、納刀寸前で拳を叩き込む。亜空間は消滅し、ホシヒメが前のめりになって倒れる。闘気が霧散し、血が闘気に乗って霧のように噴出する。ゼロは平然と起き上がると、刀を納めた。

「勝負は終わった。俺の勝ちだ」

 ゼロは倒れたホシヒメへ近づく。と、そこにゼルたちが立ちはだかる。

「こいつを殺すのか」

「貴様は……俺の右目を潰した男か。そうだ、その女は俺との戦いに負けた。敗者の命を弄ぶのは、勝者の特権だろう」

 ゼルがガンブレードを抜く。

「俺たちを倒してからだ」

「雑魚に興味はない。竜王の世界が実現すれば、竜神種はどのみち絶滅する」

「それでもだ」

 ゼルがゼロを睨む。そこにルクレツィアが割って入る。

「な、なあ待ってやゼロ兄。コイツは……ホシヒメはもっと伸び代があるやつなんや。今倒してもうたらもったいないで?ほ、ほら、な?今の戦いはあんまりにもゼロ兄とホシヒメの実力差がありすぎるっちゅうかなんというか……」

 ゼロはルクレツィアを一瞥する。

「ルクレツィア、貴様はそんなにこの女がお気に入りか」

「せや。間違いなく、コイツは原初竜神よりも強くなるんや。せやから……な?ここは堪忍してほしいっちゅうか……」

「む……」

「義妹の頼みやから聞いてくれへんか……?」

「そこまで言うのなら聞いてやろう」

「ほんまか!?恩に着るわ、ゼロ兄!」

「だが、勝者の権利を簒奪したのだ、相応の対価は払ってもらおうか」

「なら……ウチがゼロ兄と手合わせしたる!ウチだって色んな任務をこなして強うなっとるんや。な?気になるやろ?」

 ゼロはルクレツィアの顎を撫でる。

「俺の倍の歳のくせに幼稚な妹だ。よかろう。その女を連れてエターナルオリジンへ行け。塔の管理人……ネロが詔を授けてくれるはずだ。だが覚えておけ。今回はルクレツィアに免じて見逃してやるが、次は貴様ら諸共殺す」

 ゼルはゼロを睨んだまま、ホシヒメを抱えてエターナルオリジンへ去っていき、ノウンも無言でゼルについていった。

「ではルクレツィア。あの女の命の対価だ。貴様の成長を見せてもらおうか」

 ゼロが腕から刀を引き抜く。

「ううっ……思い付きで言ってみたんはええけど……緊張するわぁ」

 ルクレツィアは刀の柄に手を添える。

「加減は無しだ、いいな」

「当たり前や」

 発射された空間の歪みを、帯電した抜刀が切り裂く。

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