死都エリファス・福禄宮
埃っぽい霧が辺りを包み、尽きることのない血の臭いが舞い上がる。石造りの宮内は所々崩落し、雲で淀んだ太陽が鉛色の光を注がせる。
「ヤズとアミシス……どちらも自我というものの深淵を知らず、思いの擦れ違いを知らず、こうして朽ち果てたものよ」
エリファスは膜が骨に張られている自らの尾を緩やかに振り、霧を切断する。
「狂竜王……本当に愛の力を信じたのなら、どこに辿り着こうというのだ」
エリファスは空を見上げた。
帝都アルメール 行政区
四方を鋼鉄で囲まれた、他の都とは明らかに雰囲気が異なる執務室に、アルマによく似た男が居た。
「アルメール」
ブラックライダーがその前に立ち、天秤を掲げる。アルメールはそれに気だるそうに見上げる。
「アルマは」
「焦っている」
「貴方たちは急ぎすぎている。アルマを追い詰めるだけではない。他の世界にも手を出している、しかも同時に。何がしたいのだ、貴方たちは。先ほどに至っては、大規模な時空歪曲が見られたが」
「我々は……chaos社ではない……それはわかっていよう……」
「わかっている。だからこそ、弟を使ってまで貴方たちに協力している。だが、それでこの世界に被害があるなら俺は許さない。ヤズとアミシスは必要な犠牲として認めるが、これ以上は例え狂竜王が相手だろうと戦う」
ブラックライダーは黙り、アルメールはデバイスを机に置く。
「エターナルオリジン……あれこそこちらとあちらを繋ぐ〝DAA〟……あれの出現と貴方たちとの邂逅はほぼ同時。この世界の特異性を考えれば、もうこの世界は役目を終えたとし、黙示録のように滅ぼしに来たともとれる」
「……」
「物語は、いつかのどこかで起きた事実。貴方たちは、狂竜王の命であるならヒエラルキーの底辺たる神にすら従う。杉原と狂竜王の目的が同じなら……」
ブラックライダーは殺意を漏らす。
「この世界は九竜を返してもらうためにある……そういう意味ではもはや不要。だが我らには必要なのだ。十万億土を越え、三千世界を進み、我らの王を葬る牙が」
「まあ……ブロケード以外で貴方たちは我々に被害を出してはいない。倒すべき相手がchaos社であることに変わりはない。ホシヒメには、竜王と竜神を繋ぎ止めてもらう役目がある」
アルメールは振動する端末を耳に当てる。
「どうした、ゼロ」
『ルクレツィアの船が見えました』
「交戦を許可する。それと……君は彼女に対し思うところがあるだろうが、私情に任せてくれて構わない」
『殺しても構わないと?』
「そうだとも。君の苦しみは俺にもわかる。どちらが正しいかは、力で示す他ない」
『承知』
通信は切れた。
「彼女たちはエターナルオリジンにもうすぐ辿り着くだろう」
「そうか……ではアルメール、私は次の役目を果たしに行く。くれぐれも……下らん演技で化けの皮を剥がさぬように」
ブラックライダーは後ろの影へ消えた。