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前編 第八話

 エルデ火山・街道

「出てく前にお礼をしたかったんだけど、ブロケードさん居なかったよね」

 ホシヒメが残念そうに呟く。

「マグナ・プリズンに戻ったんだろう。聞くところによれば、マグナ・プリズンの崩落した部分はブロケード自ら修復しているらしい」

「へえ~律儀な人だね!」

「当たり前だろ。都竜神になれるようなお人はお前みたいなバカじゃねえんだよ」

「えへへ~」

「なんで照れてるんだよ気持ち悪いな」

 ホシヒメは火山の方を向く。

「竜王種に動きは無いよね。かといって竜神種も私たちを捕まえようとはしてこない。いくら詔を集めれば無罪になるって言ってもさ、わざわざおばあちゃんを殺した罪を着せたんだからさっさと捕まえて裁いた方がいいんじゃないかと思うよね」

「確かにな。その辺は本人に聞くしかないが」

 ルクレツィアは会話に割って入る。

「ちょっと待ちや。本人に聞かんでもわかることがいくつかあるで」

「どういうこと?」

「罪を着せて退路を無くさせ、わざわざ回りくどい交換条件を出す。これは、ホシヒメを強くして戦力にしたいって気持ちがだだ漏れやろ?それに、あわよくば強くなったホシヒメとアカツキをぶつけて何かしらの目的を果たしたいって言うんもありそうやしな」

「なるほどー。でもどんな狙いがあっても、私はアカツキと戦うよ」

「せや。それでええんや。どんな陰謀が後ろにあっても、その狙いごとアンタが全部ぶっ壊せばええんや。アルマも、アルメールも。竜王だろうが竜神だろうが、アンタならひとつに出来るはずや」

「うん!」

 ノウンが告げる。

「皆、ここから先がエルデ火山だよ」


 エルデ火山

 ここはこのWorldA唯一の活火山である。溶け出したマグマは巨大な一本の川のように流れ、火の都のマグナ・プリズンへ注ぐ。

「そういえばルクレツィア。お前メルギウスとホシヒメが戦っているとき、質量立体映像とやらを知っていたよな。chaos社とかいう組織のことも。詳しく教えてくれないか」

「ええで。といってもな、ウチも詳細を知っとるわけやないし、chaos社なんてほぼお伽噺に近いけどな」

「構わない」

「ほな、行くで。chaos社っちゅうのは、原初竜神が生まれてすぐくらいの時代に存在していた組織で、現状、一番技術が発展している政府首都など比にならないほどの技術力を持っとったっちゅう話や。で、そん中の一つの商品が質量立体映像。その名の通り、映像でありながら現実に干渉する質量を持っとるんや。まあ、大群のナノマシンとかいう小さい機械がエターナルオリジンのような無限エネルギーで形を保ち続けるってだけらしいけどな」

「だが、それをなぜやつは使えたんだ?」

「知らんわそんなん」

「エターナルオリジンか……あそこは今はただのエネルギー施設としてしか見られてないが、確か発見されたときに古代の遺跡として調査されていたはずだな」

「せや。あそこは絶海の孤島に浮かぶ、遺跡や。あそこに秘密があると見て間違いないやろ」

「これからの流れ次第で、chaos社についても知る必要が出てくるかもな」

 ホシヒメが二人に駆け寄ってくる。

「ねえねえ、凶竜の都の都竜神って誰?」

 ルクレツィアが答える。

「アカツキや」

「へ?」

「アンタのそっくりさんのアカツキが、凶竜の都竜神やで。まあ、居るわけ無いけど」

「じゃあどうするのさ」

「代理のやつが居ると思うで。フィロアっちゅう強めの凶竜がな。まあ使命を果たした老いぼれやし、凶竜の立場を考えれば無条件で詔を出すとは思うけどな」

「じゃあほんとに通過するだけなの?」

「せやな。次の戦いに備えて今は体を休めとき」

「わかった!」

 ホシヒメたちは活火山の麓を、ひたすら歩いていった。


 ――……――……――

 新生世界 神都タル・ウォリル

 ゼナが槍を向ける。その矛先には、一人の少女と青年が立っていた。

「クカカカ!グラナディア、ジデル。ここまで攻め込んできた主らを褒めてやろう。グランシデア王国……たった十年ほどでここまで成長するとはのう」

 ジデルが剣を構え直す。

「俺たちの理想のために、ここでchaos教を滅ぼす!覚悟しろ、ゼナ!」

 ゼナはそれを見て、目を見開く。

「愉快じゃなあ、全力の殺意は!」

 懐から取り出した油揚げを貪ると、ゼナの瞳の光彩が赤く輝き、〈CARNAGE〉の文字が浮かぶ。そして、長槍が装甲をスライドして青い輝きを放つ。三人の背後では、ゼナの率いる教団の聖獣たる巨大な竜と、ジデルたちの軍の作り上げた機械竜が壮絶な熱戦を繰り広げている。

「ジデル、気を付けて。あの女……人間じゃない!」

 グラナディアが告げる。

「わかっている……行こう、グラナディア!」

 二人が武器を構え、距離を詰めようと駆け出す。

「では始めるとするかのう、殺し合いを!」

 ゼナが爆発的な速度で接近し、槍を叩きつける。ジデルが剣で防ぐが、ぶつかり合った刃先は爆発し、ゼナは大きく上空へ飛び上がる。すかさずグラナディアが右手から炎を放ち、ゼナはそれに巻かれる。

「ジオフランメル!」

 爆炎の中からワイヤーが放たれ、それが地面に刺さると電撃を放つ。その電流のフィールド内に居るグラナディアとジデルの動きが鈍る。

「なんだこれは!?」

「chaos社の技術の結晶たるわしを舐めてもらっては困るのう!」

 ゼナはするりと着地し、一気に接近してジデルを蹴り飛ばす。そしてグラナディアと打ち合う。

「ほう、女。お主もそれなりに剣術に富んでいるようじゃな」

「くっ……当たり前だろ?私は彼と……理想の国を築くんだ!」

 グラナディアの持つガラス細工のような剣が炎を纏い、ゼナの槍を押し返す。首筋へ一撃放ち、躱され、強烈な蹴りがグラナディアを中空に飛ばす。ゼナはその小さい可憐な手でグラナディアを掴んで叩きつける。

「ストライクフレーム展開!鏖殺せよ、その激流で!〈ハレルンカ・オリネンモ〉!」

 水を纏った槍が放たれ、突っ込んできたジデルの左胸を刺し貫く。

「ジデル!?」

 グラナディアが起き上がりながら叫ぶ。そしてゼナが踏みつける。

「勝者はわしじゃ。消えよ!」

 ジデルの胸からゼナの手元に飛んで戻ってきた槍が、グラナディアの首に添えられる。生暖かい血と共に、冷たい無機質が流れ落ちる。

「武士の情けじゃ、遺言くらいは聞いてやろう」

 グラナディアは少しだけ顔をゼナの方へ向ける。

「叶うなら……私は……彼以外の全てを消し炭にして……彼と二人の世界を生きたい……」

「……。やはりお主は来須のリフレクション……ということか。よい。悔恨を抱き、朽ち果てよ」

 ゼナは槍を横に振り、その首を断つ。視線を上げると、戦火が辺りを焼き尽くしていくのが見えた。

「消し炭に、か……これが後のディクテイター、というわけじゃな」

 ゼナは槍を構え直し、肩に担ぐとカテドラルへと消えていった。

 ――……――……――


 アーメレス大草原

 火山から離れていくうちに、熱気が薄れていく。次第に爽やかな風が吹き抜ける。

「うーん、しばらく帰ってなかったけど、この景色を見ると安心するね、ルクレツィア」

 ノウンが伸びをする。

「せやねぇ。最近は仕事ばっかやったし、ウチも久しぶりかもしれんわ」

 ルクレツィアも涼しそうにしている。

「そういえばさ、凶竜の都には統治してる人は居ないの?」

 ホシヒメが尋ねる。

「んや。居らへんよ。凶竜はそもそもエウレカの竜と同じで政治的中立やからな」

「でもアカツキが都竜神なんでしょ?」

「そりゃ都としては成立しとるんやから、他の都竜神とかと対等に話せるやつが必要やろ?せやから便宜上の称号みたいなもんや」

「へえ~」

 草原を掻き分けながら、ホシヒメたちはぐんぐん進む。


 凶竜の都

 ルクレツィアを先頭に進み、大草原を抜けると、木製の巨大な門と、それから繋がれて領地を成す石垣が現れる。

「ここが凶竜の都やな」

 ルクレツィアが呟き、抜刀する。

「いやいやいや!?何してるのルクレツィア!?」

 ホシヒメとゼルが止めようとする。

「気にせんでもええよ。力任せにぶち抜くっちゅうのは礼儀みたいなもんや。なあ、ノウン?」

「まあそれに関しては否定できないよね。実際そうだし」

「ほな、行くで!」

 電撃を発したルクレツィアの右腕に呼応して、刀が僅かに青く光る。そして刀を門の隙間へ差し込み、一気に上空へ飛び上がる。門は大きな音を立てながらゆっくりと開いた。

「ほらな?」

 ルクレツィアは笑顔でホシヒメの方へ振り向いた。

 四人が門を潜り抜けると、そこは異常に静かだった。

「なんだこの静けさは……本当にここが都なのか?」

 ゼルが訝しげに呟く。

「凶竜は普通、都では暮らさない。ルクレツィアくらいだよ、ここに住んでるのは。凶竜は生まれるのはここだ。親が居なくても勝手に生まれてくる。でも住むのはここじゃない」

 ノウンが答える。

「ここに居るのはアカツキと、フィロア、それにルクレツィアだけだ。他の凶竜は他の都で各々の仕事をやってる。ほら見て、そこに階段があるだろ」

 ノウンが指差した先には、石で作られて長い階段があった。

「あの先が凶竜の都の代表がいるところさ」

 ホシヒメが頷く。

「竜神の都の社もこんな感じの階段あったよね」

 ノウンも迎合する。

「わかりやすいでしょ?」

「うん!」

「じゃあ行こう」


 凶竜の都・社

 長い階段を登り終えて、社の石畳を真っ直ぐ歩いていく。森に囲まれた場所の中央に、柱が四本、そして更にその中央に小さな祠があった。

「来たで、フィロア。用はわかっとるやろ」

 ルクレツィアが前へ出る。祠の扉が割れて、一匹の竜が現れる。その大きさは柱よりも大きく、周囲の木々を睥睨するほどの大きさであった。

「凶竜の詔を手渡せ、だろう。構わん、持っていけ」

「ありがとな」

「早急に立ち去れ。まだ、この世界の決着には遠い」

 フィロアはそれだけ言い残して、祠へと消えた。

「ほれ、もう終わったで」

 ホシヒメは首を傾げる。

「えーっと、流石に簡単すぎると思うんだけど」

「今はこれでええんや。凶竜が動くのは、アンタとアカツキが白黒付けてからや」

「私が……」

「アンタがこの世界をどうしたいかで、この贖罪の旅は成す意味を変える。それこそアンタの願い次第で、凶竜の存在意義すら破壊することもあるかもしらん。アカツキを倒したいと思うのは当然の事やけども、それを果たしたとして、アンタはその後何がしたいか?それをよく考えておいたほうがええで」

 ルクレツィアが妖しい視線を溢しながら告げる。

「その、後……」

 ホシヒメは掌に視線を落とす。

「ま、それで迷いが起きたらそれはそれで迷惑や。自分だけの思いっちゅうのを戦いの中で見つけるとええで」

 肩をポンと叩き、ルクレツィアは社の階段を降りていく。


 凶竜の都・大門前広場

 ゆっくりと歩いていくルクレツィアを追いかけてホシヒメが声を出す。

「待ってルクレツィア」

「なんや?」

 拳を胸の前で作り、ホシヒメはルクレツィアを見つめる。

「ここで戦ってくれないかな、ルクレツィア」

「なんやて?」

「昨日初めて戦ったときは、ルクレツィアは手を抜いていたでしょ?アカツキと戦ってるときも、全然本気じゃなかったよね」

「……」

「純粋に気になるんだ、ルクレツィアの本気」

 ゼルとノウンは黙って見守っている。

「ウチの本気か……ま、ええけど。死んでも知らんで」

「望むところだよ」

 ルクレツィアの視線が鋭く抉るように殺気を放つ。ホシヒメも腰を落とし、腕を構える。

「まずはルクレツィアとの戦いで、私の思いを探し出す」

 先にホシヒメが踏み込む。猛烈な早さの拳が光を纏いながら放たれ、遅れて空気を裂く音がが響く。光の残り香がルクレツィアの髪の先を焼き焦がす。ルクレツィアの右腕がスパークして放たれる。抜刀を警戒したホシヒメは身を引かずに更に身を擦り合わそうとするが、予想が外れてルクレツィアは右手でそのままホシヒメを殴り飛ばす。そして吹き飛んでいくホシヒメへ向かって石畳を踏み壊しながら突っ込み高速の居合を放つ。ホシヒメは空中で体勢を立て直し、腕を交差させて闘気を放ち、無理矢理その一撃を防ぐ。縦回転しながら吹っ飛ぶホシヒメをルクレツィアは追撃しようと突進するが、ホシヒメは強引に落下速度を上げて半ば地面に突撃する形で着地し、竜の頭を模した闘気嵐を撃つ。ルクレツィアはひらりと躱し、帯電した刀を幾度も放つ。紙一重で防ぎ続け、一瞬乱れたルクレツィアの動きを逃さず拳を捻り込む。

「くっ……なんちゅう無理矢理な攻撃を……」

 刀の背で弾き返し、刀を放り投げて、ホシヒメを抱えて後ろへ投げ飛ばす。ホシヒメはすぐに手を石畳に捻り込みブレーキをかけて立ち上がる。

「やっぱり何か遠慮してるよね、ルクレツィア」

 石畳に突き刺さった刀を取りながら、ルクレツィアはその言葉に溜め息をつく。

「仲間になるとき言うたやろ。ウチは強くなったアンタを切りたいんや。まだウチが望むほど強くないアンタをうっかり殺したら楽しみが一つ減るやろ」

「うーん、ん?」

「わかってへんのかい。そんなにウチの本気が見たいなら全部ぶっ倒してアンタだけの理想の世界を作ってみぃや」

「私の理想……」

「理想を果たすためには力が必要や。所詮、力の無い思いなんて無意味やで」

「うん、ありがとねルクレツィア」

「満足したならはよ出ようや。アンタのための旅やろ」

 ルクレツィアの納刀と共に、ゼルたちが近寄ってくる。

「何か掴めたか、ホシヒメ」

「うん。まずは……この世界を平らげるだけの力を手に入れようと思う」

「力?」

「私は弱い。だから今みたいに、誰かの計画に勝手に組み込まれちゃう。それなら、誰も私の進む道を阻めないくらい、強くなればいいんだって思ったの」

 ゼルが頷く。

「お前がそう思うなら、それでいいさ」

 四人は凶竜の都を後にした。

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