マグナ・プリズン 禁獄牢
「天地に き揺らすかは さゆらかす 竜わがも 竜こそは きねきこう き揺らならば 王龍の よさしたまへる 大命」
ブロケードが禁獄牢に響く声で呟く。
「ニルヴァーナへの道は拓かず、未だ全ては不可視の混沌の中……とでも言おうかねえ、ホシヒメ」
そして、自身の眼前に立った四人へ顔を向ける。
「えと……あなたがブロケードってことでいいんですか?」
「そうだ。とは言っても、こちらは君に会ったことがあるからな、君が覚えてなくても顔見知りだ」
ブロケードは立ち上がる。
「ブロケード様、我らはあなた様から詔を受けようとここに……」
ゼルをその巨大な腕で制止する。
「わかっている。俺は君たちがヤズを殺したとは思っていないぞ。彼女は聡明な竜神だ、そして、自らの命さえ世界のために犠牲にできる」
「……」
ホシヒメは真剣な表情でブロケードを見つめる。
「ヤズにそっくりだな、その澄んだ眼。俺はその眼が好きだ。恐るべき覚悟の見える、だがそれでいて純粋無垢なその瞳がな」
ブロケードが腰を落として構える。
「ホシヒメ、竜神の御子よ。我が詔受けたくば、汝の武を見せてみよ!」
ホシヒメが頷く。
「行くよ、皆!」
ブロケードが拳を振るう。それをノウンが剣で受け止め、遅れてやってくる熱風をルクレツィアが切り裂き、ゼルとホシヒメが同時に攻撃を放つ。ブロケードが迎撃で放つ炎のブレスをゼルがガンブレードを爆発させて打ち消し、ホシヒメと頭突きで打ち合う。
「ふん、手緩いぞ小童ども!」
ブロケードは殴り抜いてノウンを押し返し、ホシヒメを掴んで投げ飛ばす。宙返りしながら振ってきたゼルのガンブレードが肩に巻き付いている布を薄く切り裂き、ルクレツィアの刀を人差し指で受け止める。
「いやぁ、流石都竜神やわぁ。四対一でここまで押し負けるなんてなぁ」
「黙って戦え」
ゼルがガンブレードのトリガーを引き、その瞬間にブロケードへ叩きつける。手の甲に巻き付いた厚い布を引き千切り、ブロケードの表皮が露出する。
「おお、中々やるじゃねえか。その辺の雑魚どもとは格が違うって訳だ!」
ブロケードが拳を握り締めると、その表皮から爆炎が飛び散り、ゼルが吹き飛ぶ。そして、ホシヒメの真横に着地する。
ルクレツィアも一旦、そこまで飛び退く。
「うん、確かに強いね」
「どうする、ホシヒメ。このまま直線的に攻めても勝ち目は薄そうだぞ」
「そうだね。確かに、私たちじゃ力不足なのは見えてるよ。でも、力不足ってだけじゃ、諦める理由になんて全然ならないよ」
ホシヒメが眼を閉じる。
「みんなの力を貸してくれないかな。ただ、勝ちを確信してくれるだけでいいんだけど」
それを聞いて、ルクレツィアが薄く笑う。そして、ノウンとゼルは頷く。
「だが、それは単騎で戦うということか?」
ゼルが訊ねる。
「もちのろんだよ。ほら、よく言うじゃん。真剣勝負に横槍は無粋だって」
ブロケードが拳を突き合わせる。
「腕白な皇女様だ。ますます気に入ったぜ」
「ほら、あっちもやる気だし、とりあえずやってみない?」
「お前がそう言うならそれが最善なんだろうな。お前の勘は当たるからな」
ゼルとホシヒメは拳を突き合わせる。ホシヒメはブロケードへ歩む。ブロケードはホシヒメを指差す。
「タイマンの殴り合いなんていつぶりだろうな。ま、せいぜいお互い楽しもうや!」
「お望みのままに!」
ホシヒメは眼を見開き、ブロケードの拳より早く飛ぶ。強烈な蹴りを放つが、それは簡単に受け止められる。すかさず膝と肘でブロケードの巨大な中指を粉砕し、その勢いで更に上へ飛ぶ。ブロケードが迎撃で放つ熱風を闘気で打ち消しながら特攻する。
「甘いぜ嬢ちゃん!」
ブロケードが掌を向けると、瞬時に衝撃波が走る。禁獄牢の天井を粉砕し、ホシヒメを吹き飛ばす。壊れた天井から無数の電動人間が落下してくる。ホシヒメはそれを乗り継ぎながら体勢を立て直し、竜の頭を模した闘気を放つ。ブロケードは咆哮を放ち、大きく天を仰ぐ。禁獄牢全体が振動し、マグマが荒ぶる。ブロケードの全身を覆っていた布が解け、体のあらゆる部分から巨大な棘が迫り出す。ホシヒメは落下する瓦礫を掴んでぐるりと回り、ブロケードにドロップキックを放つ。腕で防がれ、履いていたスニーカーが煙を上げてどろどろに溶ける。
「雹雨!」
ホシヒメの足元から巨大な氷塊が爆裂し、凄まじい水蒸気で視界が殆ど無くなる。
「激流!」
ホシヒメは床に両手をつき、水を掌から放って飛び上がる。
「烈風!」
そして強風で水蒸気を吹き飛ばし、空中でオーバーヘッドキックの体勢になる。
「迅雷!」
隙だらけのブロケードへ向かって雷球を蹴り飛ばす。見事にブロケードに直撃し、衝撃波が撒き散らされる。
「どうかな!?」
土煙が収まると、仁王立ちのブロケードが現れた。
「ふむ……今の君を例えるならば、精錬されていない鉄だ」
「な……」
ホシヒメはたじろぐ。
「無傷とは言わんが、それだけ力を振り絞ってこの程度とはな。だが……いいぞ。これで俺もまだまだ鍛練が足りんとわかった。あとで行政区へ来るんだ、わかったか?」
「え……え?詔をくれるんですか?」
「もちろんだ。楽しかったからな。欲を言えばもっと死闘を演じたいところだが、流石にこれ以上するとマグナ・プリズンが持たんからな」
ブロケードは奥の大扉から出ていった。
ホシヒメは振り向く。
「やったよゼル!」
「ああ!見てたぞ。見事な戦いっぷりだったな」
ノウンとルクレツィアがハイタッチする。
「これで火の都の詔は貰えるってことだね!」
「せやな!まさか都竜神と単騎であそこまで戦えるとは、アンタの成長速度は化け物やなあ、ホシヒメ」
「えへへー、まあ?それほどでもありますけど!」
ゼルがげんこつで小突く。
「あいだっ!?」
「調子に乗りすぎだ」
ルクレツィアが先へ進む。
「ま、取り敢えず行政区へ行こか」
???・終期次元領域
「我が王よ」
トランペットを携え、法衣を纏い、天使のような翼を生やした骸骨が、狂竜王の傍で跪く。
「何用だ、トランペッター」
「エメルが目覚めました」
「そうか」
階段を登る音が後ろから響く。
「そうですよ~」
黒い軍服に身を包んだ女が、竜化した右手を口に添えて微笑む。
「ボーラスと一戦交えたいのですけど、貴方もどうですか、アルヴァナ」
「断る。そう暴力的にならずに、古代世界で奈野花と茶でも飲んでくればよいだろう」
「ダメですよ~原始的な力を振るうことこそ、人間の正しい姿でしょう?第一、古代世界なんて貧弱な世界で私が戦ったら、全てが消し炭になってしまうでしょう」
「まあ……確かにそうではあるが」
エメルはにこりとしたが、すぐにはっとして両手を合わせる。
「今私たちが戦ったら今起こっている竜たちの戦いが茶番に見えてしまいますね♪」
「むう……そういう事情ではなく……ともかく、ボーラスは諸事情で今封印されている。私がトランペッターに合図を出すまでは目覚めんぞ」
「うふふ、まあこの世界まで彼らが来るのをここで待つとしましょうか」
エメルは自分の椅子に座った。キューブの向こうから白い馬に乗った骸骨騎士が現れる。
「我が王よ、ただいま戻りました」
「ホワイトライダー、ご苦労。白金零は古代世界に戻ったか?」
「抜かり無く」
「そうか。ならば、しばし休むがよい」
「はっ」
虚空へ去っていくホワイトライダーを眺めて、エメルは呟く。
「使命に殉ずる者は羨ましいですね~。誰かの夢に自らの命を賭けることが出来るんですから」
「まだ戦いは始まってすらいない。この天球儀をただ眺めるのだ、エメル」
「ええ、ええ。更なる強者を育てるための土壌が、あなたの作る世界ですからね」
狂竜王とトランペッターは微動だにせず、エメルは足を組み直す。