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前編 第四話

 火の都・ブロケード マグナ・プリズン

 迸るマグマが竜の体へ降りかかり、竜――火都竜神ブロケードは目覚める。退屈そうに両腕を伸ばし、10mはある禁獄牢の天井を指先が掠める。

「おお、いかんいかん。この間修理したばっかなのにまた壊しちまうところだった」

 ブロケードはあどけなくそう言い放つと、そして床を思わず踏み抜いた。

「ああ、やっちまった」

 やれやれと呆れていると、無線が鳴る。

「おう、なんだ」

『ホシヒメをB5Fに拘束しました』

「わかった。ルールも教えたな?」

『抜かりなく』

「うっし、俺はいつも通りここで待つ」

『了解』

 無線は切れた。

「しかしまぁ、あの可愛いお嬢ちゃんがヤズを殺すなんてことが出来るもんかねえ……あの子なら、竜神と竜王を和解させることだってできるだろうにな」

 ブロケードは再び座り込む。


 B5F

「いやぁん、不覚やわ~」

 ルクレツィアが笑う。

「笑い事じゃないよルクレツィア。だってマグナ・プリズンだよ?ここは凶悪犯罪者が片っ端から収容されてるんだよ?」

 ノウンが呟く。

「ウチはタイマン専門やし、竜闘気まで使われたら敵わんわぁ」

 ホシヒメがそれに反応する。

「竜闘気って何?」

「アカツキがアンタとの戦いの最後の方に放ったやつよ。わかるやろ?ホシヒメも竜神の皇女様なわけやし」

「いや全然」

「嘘やろ?竜化できれば誰にでもできるんやで?」

「竜化できないもん」

「うぉう!?ほんまかホシヒメ、嘘やろ?」

「ほんとほんと」

「まあええか。竜闘気っちゅうのはな、竜化のエネルギーを人体のまま扱うことや。まあ竜化したまま使えんこともないやろうし、竜化さえできればどんな素人にも使えるやろうけど、体がまず持たんやろな」

「へえ~」

「絶対わかってへんやろ」

「うん!」

 ルクレツィアが苦笑いをしたその時、ゼルが徐に鉄格子に触れると、音を立てて鉄格子が倒れた。

「何だと……?」

 ゼルが目を見開く。

「開いたけど」

「開いたね」

 ホシヒメとノウンが顔を見合わせる。

「ほー、まさかほんまに戦って脱獄せえってことなんかね」

「なるほどな、火都竜神自身が処刑人ということか」

「んー?どゆこと?」

「考えてみろ、ホシヒメ。都竜神や都竜王というのは、長老に比肩するほどの強者が就く職業だ。如何な凶悪犯であろうとも、都竜神に勝てるようなやつがそうそう居るとは思えない。つまり、最低限度の自由を与え、自分に勝つことで合法的に脱獄できるという条件を提示することで、刑期の短縮、経費の削減、死刑囚の確実な処断ができるということだ」

「なんかよくわかんないけど、下に行けばいいんでしょ?」

「まあ……それはそうだが。ブロケードは好戦的なことで知られているから、詔を受けるにしても戦って勝つ必要があるだろうな」

「じゃあ行くっきゃないね!わーい!」

 ホシヒメが通路に飛び出す。マグナ・プリズンの牢屋内部や通路には、ルールに従って交戦したと思われる囚人や看守の死体が大量にあった。

「僕たちの装備を一切外さないのは、ブロケードの余裕の現れってことかな」

 ノウンが死体からタブレット端末を取り出す。電源を入れると、まず初めに〝CCChaos Conpany〟の文字が表示され、その後、各階の見取り図が表示された。

「そこはどうなんだ、戦闘狂」

 ゼルがルクレツィアへ告げる。

「嫌やわぁ、こんな可愛い女の子を戦闘狂扱いなんて。まあええけど、ウチは自分より強いやつにギリギリで勝つのが気持ちええから、相手が全力を出せるようにするわなあ」

「だそうだ、ノウン」

「僕にはわからないね」

 歩き出そうとしたとき、ルクレツィアは起き上がってきた死体を蹴り、壁に叩きつけた。

「汚いわぁ、死体は大人しく眠っといてや」

 それを合図に周囲の死体がわらわらと起き上がる。

「この閉所でこの数は厳しいぞ!」

「ほんならウチにお任せやな」

「え、何かあるのルクレツィア?」

 ホシヒメが小首を傾げる。

「まあ見とき」

 そう言うと、死体の群れにルクレツィアが突っ込む。蹴りで先頭の死体の頭を粉々にすると、続くアッパーカットで1体、左ストレート、右フックでそれぞれ1体、更に手刀で頭を貫き、目にも止まらぬ斬撃を放ち後に続く死体が全て砕ける。

「わぁ、すご」

 ホシヒメが拍手する。

「ただの電動人間グールやね」

「何それ」

「死体に電気を流して動かすんよ。ま、魔力や闘気を使わんと動かんゴーレムより安上がりやな」

 ゼルが口を挟む。

「あの数をあの速度で処理できるやつがいるとは思わなかった」

「ゼル、どうやらアンタはカタログスペックに気圧されやすいみたいやなあ。何事も経験が全てやで」

「そういうレベルじゃない気もするが」

「まあまあ!ルクレツィアが強いってことじゃん!先に行こうよ!」

 ゼルの手を引いて、ホシヒメが走り出す。粉々になった死体を余所に、四人は下への階段を下っていった。


 マグナ・プリズン B6F

 階段を下り終えると、そこは中央に大きめの岩場がある広間だった。周りは溶岩に囲まれており、天井から個人用の牢が何個か吊られていた。

「ここは……」

 ホシヒメがゆっくりと岩場に出る。そしてその眼前に、黒い影が降り立つ。

「やあやあホシヒメ様、またお会いしましたねえ」

「んと、えー……メルギウスだっけ」

 メルギウスはわざとマントを喧しくはためかせ、両腕を上げる。

「ええ。ええ。つい数時間前の出会いでしたからねえ。忘れてしまいそうになるのも無理ありませんでも、今からは覚えるでしょう。それは何故か?今から戦うからですよ」

 メルギウスは後ろへ捻り回転しながらナイフを三本投げる。ホシヒメはすぐに三本とも撃ち落とす。

「では始めましょうか」

 メルギウスは三本のダガーを構える。ホシヒメに接近し、ホシヒメの拳を避け、反対に手をついて、後ろ足で蹴り上げる。ホシヒメを追撃するため飛ぶが、ホシヒメは吊られている牢屋のチェーンを掴んでぐるりと回り、メルギウスの頭を足で挟んで岩場に叩きつける。そして足で空中に放りながら後転し、落ちてくるメルギウスに切り揉み回転しつつタックルする。

「ほう、これは中々。確かに荒削りですが、これは強い」

「やっとまともに戦えるからね。元気いっぱいで行くから!」

「ではこちらも全力で……」

 メルギウスはダガーを投げ捨て、溶岩が鈍い音を嘶く。そして背から巨大な棍棒を引き抜く。それを軽々と片手で振るうと、金の牙が無数に飛び出し、螺旋状の闘気が表面を巡る。ホシヒメの蹴りと棍棒が衝突し、ホシヒメは軸足を変えずにテイクバックを取り、もう一度蹴りを入れる。金の牙を四本へし折り、そこから闘気が吹き出してホシヒメはよろめく。棍棒がホシヒメの腹を抉り、横顔を殴り飛ばす。

「その棍棒、面白いね」

「私のお気に入りでねえ、ねえ?ルクレツィア」

 メルギウスは悪徳商人のような胡散臭い笑顔でホシヒメ越しにルクレツィアへ問う。

「はぁー、これやからウチはこいつのこと嫌いやねん。ホシヒメ、気にせんでさっさと溶岩に叩き落としたり!」

「うん!」

 グッと拳を挙げる。

「急いでるからさ、私のとっておきを見せてあげるね!」

「ほほう、それは楽しみだ」

 メルギウスは満面の笑みで武器を下げる。

「え、ちょっと、私今から大技出すんだよ?守ったりしないの?」

「必殺技を防ぐなんて、芸が無いでしょう?」

 メルギウスの体の輪郭が少し歪む。

「っち、ホシヒメ!攻撃をやめい!」

 ルクレツィアが叫ぶ。

「え!?どうして!?」

 ホシヒメが振り返る間もなく、ルクレツィアが一気に接近し、メルギウスを切り裂く。

「やれやれ、そういうのが一番困るんだよ、ルクレツィア」

 メルギウスが首を振る。0と1が大量に溢れ、メルギウスの形が溶ける。

「どういうことだ!?」

 ゼルが声を上げる。

「下らんことしやがって、アンタは竜化が基本の男やろ。ウチが居るのをわかってそんな戦略を取っとんのなら、読みが甘いで」

「どうなってるの、ルクレツィア」

 ノウンが問う。

「こいつは映像や。質量立体映像。chaos社っちゅう、大昔の秘密結社の超技術」

「ははは、やはりお前と居るとロクなことが無いな、ルクレツィア。そこまでわかっているとは、驚きだよ」

「生憎、ウチは気になることはとことん知りたいタイプやからな」

 ルクレツィアが刀を納める。

「では、また今度お会いしましょうか、ホシヒメ様」

 メルギウスはまたも大袈裟に礼をすると、粒子になって消えた。

「消えちゃった」

「まあ、無用な消耗は避けられたわけだ」

 ゼルとノウンが近づく。

「でもルクレツィア、よく映像だってわかったね」

「ホシヒメ、アンタが自分の出す闘気の量を上げたお陰や。映像の信号が一瞬乱れとった」

「なんかよくわかんないけど、ありがとね」

「おおきに」

 四人は先へ進み、階段を降りた。

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