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前編 第一話

政府首都アルマ・行政塔

「アミシスとヤズが死んだのか」

 アルマは革製の椅子を回転させて机に向き直り、デスクトップのキーボードを叩く。

「哀れな女だ」

 アルマは立ち上がると、執務室の横にある巨大なガラスへ近付く。

「時が来たというべきか」

 そして、胸元のポケットから携帯端末を取り出し、耳に当てる。

「エリファス。直にアミシスとヤズの魂が来るはずだ。到着したら連絡しろ。計画を開始する」

 アルマはそれを元に戻すと、ネクタイを締め直した。


 ――……――……――

 古代世界・DAA施設

「明人様、力は行使できますでしょうか」

 トラツグミと小柄な少年が、DAAの研究室のコンソールの前に立っていた。

「ああ、勿論。一つ聞きたいんやけど、今DAAの安全は確保されとるん?」

「ええ。核となるエクスカリバーが引き抜かれていましたが、代わりにバロン・クロザキが中枢部に居ることが確認でき、またカルブルムヨーロッパ支部長とエリアル・フィーネ親子が行方不明となっていましたが、カルブルム支部長はWorldBにて殉職を確認、エリアルに関してはサンフランシスコの海岸に倒れていたと報告を受けております。今回のシステムダウンは黒崎特別顧問の独断によるところが大きいと共に、首謀者はエリアル・フィーネであると断定しております」

「わかった。っていうか、エリアルとカルブルムって誰」

「KIAの判定が出ておりますので、明人様がお記憶に留める必要はないかと」

「あっそ。まあそんなことより俺が気になるのはさ、零さんは今どうなってるん?」

 トラツグミはコンソールを叩き、視界情報にデータを転送していく。

「明人様、現在白金零は零獄、ルーミア地方のシュバルツシルトという少女と共にいるようです」

「へえ。コード・プロミネンスとやらは?」

「世界中にプロトコルが張られているのは吉田からの定期報告で確認しておりますが、まだ実行段階ではないようです」

「で、俺が力で新生世界の時間を操作すればいいんだっけ」

「左様でございます。ゼナ様のバイタルサインを表示致しますので、ゼナ様から合図が来たら明人様のお力をDAAへ照射してくださいませ」

「ういー」

 表示された地図に、緑色の点が現れた。

「ゼナ様より信号を確認、chaos社携行用トーチカ、〈カテドラル〉の展開を確認」

「よし、行くぞ」

 明人が手元の緑色の穴に腕を突っ込むと、ガラスの向こうのDAA装置が光り出す。

「タイムセット。ホストからの干渉を許可せよ」

「五十年間の時間操作を認証したようです、明人様」

「で、俺はまだDAAにいないといけないの?」

「もう長居する必要はございません。セレスティアル・アークへ帰りましょう」

「ういー」


 新生世界・カテドラル

「時の十二要素を弄び、時代の流れさえも我らの自由にする……それがわしらchaos社の特権であり、わしらの成すべきことじゃ」

 巨大な雪山が連なり、黒い岩肌と白い雪が無限に続く銀世界を円柱の中心からガラス越しに眺める。chaos社携行用トーチカ・カテドラルはその名の通り、個人携行用の巨大な塔であり、無数の仕掛けと共に、様々な干渉から使用者を守るのである。

「この世界を改編した結果生まれる不都合も、大いなる目的の前では僅かな犠牲でしかない。誰の運命を弄ぼうとも、わしらにはこれを成す使命がある。新人類計画……主の理想のために」

 ゼナは短いスカートの裾を直すと、きめ細かな白い肌が流れる足を組んだ。

「それは彼の地にて終わる。その時まで、わしはただ、動き続けるのみよ」

 ――……――……――


 アケリア交商道

「おいホシヒメ!起きろ!」

 ゼルが肩を揺すり、ホシヒメが目を醒ます。目の前は車が行き交う道路だった。背後には濃霧に満ちた森、周囲には草原があった。

「どこここ」

「アケリア交商道だ。土の都と政府首都を直接繋いでる。誰かが俺たちを助けてくれたらしい」

「おばあちゃんは!?」

「わからん。だが今竜神の都に戻るのは危険だ。政府首都の竜神は長老と知り合いらしい。そこで情報を仕入れるぞ。歩けるか?」

「うん、大丈夫」

 ホシヒメが立ち上がると、ノウンが走ってきた。

「竜王種はいないみたい」

「わかった。行くぞホシヒメ」


 政府首都アルマ

 アルマは巨大な都市であり、竜神側の総本山とも言える。中央に聳える行政都庁を囲むように様々な建造物が並び立っている。ホシヒメたちは、アスファルトで作られた車道を挟むように続く石畳の道を行政区へ向かって進んでいた。

 しばらく進んで、大きな交差点に辿り着く。真正面のビルに張り付けられた液晶に、政府からのニュースが流れていた。液晶に映った男は、銀髪に赤目、白い背広に黒い手袋という、異様な佇まいで、机の上で手を組み椅子に腰を掛けていた。

『都民の皆様に速報をお伝えします。先刻、竜神の都が竜王種の集団によって襲撃されたという情報が入ってきました』

「あれが長老の知り合い、政府竜神アルマだ」

 ゼルが液晶に映った男を指して呟く。

『こちらをご覧ください』

 アルマの姿が消え、代わりに先程の竜神の都が襲撃されている映像が流れる。

『これはその一部始終を切り取った映像です。竜王種の野蛮さがよく現れていることが確認できますが、この事件の首謀者はというと……』

 また画面が切り替わり、ある少女の顔写真が映される。

「これ……私?」

 と、ホシヒメが困惑するほどにホシヒメにそっくりな少女の顔が映し出されていた。

『彼女は皆様もご存じでしょう。クラエス・ホシヒメ。竜神種の皇女でありながら、竜王種を率いている大罪人です』

 ホシヒメがゼルをつつく。

「ねえ、ゼル。なんかヤバくない?」

「俺もそう思う。これってがっつり冤罪をなすりつけようとしてるよな」

 ノウンも頷き、三人はそそくさとその場から離れようとする。アルマは液晶の中で、言葉を重ねる。

『発見次第、即刻都庁に通報し、速やかにその場を離れてください』

 液晶が普通の番組を流し始めた途端に周囲の竜たちはホシヒメを見て逃げ始める。

「逃げるぞ」

 三人が走ろうとすると、交差点は地面からせり上がるバリケードで道が塞がれていく。

「あそこだけ遅いよ!」

 ホシヒメが指差したバリケードは、確かに露骨に遅かった。

「絶対怪しいよあれ!」

「仕方ない、行くぞ!」

 三人はその道を駆ける。そしてその道は、二体のゴーレムが居た。

「相手してらんないよ!」

「余計なことをせずに逃げるぞ!」

 ゴーレムの攻撃をするりと抜けて、都の外へ出た。

「レリジャスまで行くぞ!あそこは竜王種寄りの都だ!」

 草原を、沼の方へと駆けていった。


 戦火の沼

「ここまで来れば追ってこないはずだ」

 先程までの草原とは打って変わって、折れた槍や刀が所々に刺さっている沼が辺り一面に広がっていた。

「ここを行くの?」

 ホシヒメの問いに、ノウンが答える。

「僕たちは今から水の都、レリジャスに向かってる。本来は鉄道を使えばいいけど、アルマさんの考え的には僕たちは竜神種でありながら竜神種を滅ぼそうとする大罪人。公共交通機関が使える立場じゃない。だから、デッドゾーンとも呼ばれるこの沼を、アリア氷山に向けて越えるんだ」

「氷山を越えるの?」

「うん。恐らく、それが一番安全だと思う」

 血を吸って紅く輝く沼を歩きながらホシヒメが呟く。

「酷いよね、アレ。私、社に辿り着いてないのに」

 ゼルが答える。

「だが、逆に言えば誰かの捏造か、お前に似た誰かが竜王種と協力したってわけだ。犯人を見つけ出せばいい」

「それはそうだけどさ、手掛かりないよ?」

「いや、お前とそっくりで、長老よりも強いとなれば数は限られてくるはずだ」

 ノウンが立ち止まる。

「どったの、ノウン」

「殺気がする。……ねえ、出てきたら」

 竜の腐乱死体の山から、一人の少女が現れる。

「いけずやわぁ、ちゃんと正面から挑もう思ってたんに」

 少女は短い栗色の髪で、腰に刀を提げ、改造された袴に身を包んでいた。

「ルクレツィア!?なんでここに!?」

 ノウンが驚く。

「知り合いか」

「知り合いも何も、友達だよ」

「だが今の言葉……」

「敵……ってことだよね」

 ルクレツィアは裾が血沼で汚れるのも気にせず、前へ出た。

「政府竜神アルマの命で、アンタらを殺させてもらうわ」

「ちょ、ちょっと待ってよルクレツィア!」

「待たん。これは仕事やし、それに……」

 ルクレツィアはホシヒメの方を見る。

「原初竜神を破ったその力、この目に焼き付けんとな!」

 ルクレツィアが腰を落としたのと同時に、三人は構える。ルクレツィアは仰々しく刀を抜く。紅く輝く刀身にスパークが走る。

「来な」

 ゼルが切りかかる。難なく弾かれ、追撃をガンブレードの腹で受け止める。

「ふぅん、お供は雑魚なんやな」

「何?」

「ウチが加減したのわからんやった?本気でやったら今頃体と首が泣き別れしとるわ」

「この女……!」

「なんや?本気で行ってええんか?」

 ノウンが諭す。

「ゼル!挑発に乗っちゃダメだ!」

 ルクレツィアが刀を横に回し、鞘に刀を納める。

「ま、挑発に乗ろうが乗るまいが、攻撃せんと終わらんけどな」

 一気にゼルに肉薄し、納刀している刀を発射し、ゼルの顎に直撃させる。宙を舞うゼルに向け、ルクレツィアは跳躍して刀を掴み取り、止めを刺そうとする。そのとき、ノウンがその間に入って大剣で止める。

「ルクレツィア落ち着いて!竜神の都を襲ったのはホシヒメじゃない!」

「わかっとるよ?第一、凶竜であの顔とその顔の区別がつかんわけ無いやろ?」

「じゃあなんで!」

「言うたやん。仕事やって」

 大剣を踏み台に更に飛び上がり、納刀し、右手をスパークさせてノウンの眼前で抜刀する。大剣は真っ二つになり、合体していたパーツも綺麗に両断されていた。得物を失ったノウンは気絶したゼルを掴んで後退する。

「次はアンタや、クラエス・ホシヒメ」

「行くよ!」

 竜形の闘気が噴き出すが、ルクレツィアは微動だにせずに受ける。

「そよ風やなあ。ゼロ兄にボコられるのも無理ないわ」

 ホシヒメのラッシュを軽く往なし、隙を突いて腹を蹴り、ホシヒメを放り投げる。

「手緩いなぁ、竜神種のお姫様とは思えんわ」

「まだまだ!」

 パンチをするりと躱す。

「筋は悪ぅない。けど、実戦に慣れとらんし、迷いがあるようにも見えるわ」

 右ストレートを流し、蹴りを返すが躱され、次のパンチの直前に刀を納め――

「ぐあっ!」

 放たれた一閃がホシヒメの腕を切り飛ばす寸前にノウンが盾になり、背骨が斜めに切断される。ノウンが糸の切れた人形のように倒れるのを、ホシヒメが受け止める。

「ノウン!?しっかりして!」

「大丈夫……これくらいなら放っておいても治るよ……今はもう動けないけど……」

 ルクレツィアは刀に指を這わせ、血を拭き取る。

「ま、こんなもんやな。止め刺すのもやる気にならんわ。今日は見逃したる。ほな、ウチは帰るわ」

 納刀し、ルクレツィアはホシヒメたちの傍を通りすぎていった。

「取り敢えずゼルを起こさないと」

 ホシヒメはノウンを抱えてゼルを起こす。

「うっ……ってて、顎が……」

「大丈夫?ルクレツィアって子はどっか行ったけど」

 ふらふらとゼルが立ち上がる。

「なら先を急ぐぞ……」

「わかった」


 ???・終期次元領域

「我が王よ……レッドライダーは役目を終え、ペイルライダーはロータ・コルンツがモンスター化した瞬間を、ホワイトライダーもコード・プロミネンスの発動を待つのみですが……私はいつ出撃すれば」

 黒い鎧の骸骨騎士が、狂竜王へ跪く。周囲は闇に包まれ、その中を、無数の巨大なキューブが泳ぎ回る。

「そなたは変わらぬな、ブラックライダー。何をいつすべきかは既に伝えたはずだ。時が来るまで待つがよい。そなたは与えた任務を違えたことはない。功を焦る必要はないのだ。今はまだアベロエスに動きはない」

 狂竜王が振り向くと、青白い鎧の骸骨騎士が現れる。

「申し訳ありませぬ、我が王よ。エリアル・フィーネによってゼフィルス・ナーデルが新生世界に送られるまではよかったのですが、DAAを通して改編を受けまして」

「うむ、奈野花に聞いている。それで、どうしたのだ」

「追憶の深窓にて決戦が行われている最中でしたので、私も即座に介入し、記憶を削除したレベンを投入し、私自身の手でヨーウィーとルネを殺害しました」

「了解した」

「ええ。ですが、レイヴン、リータ、ロータが古代世界へ行くかは運が絡みます」

「心配は要らん……ペイルライダー」

「ブラックライダー、何か策が?」

「異史からアルバ・コルンツとセレナ・コルンツが向かったらしい……chaos社と決着をつけさせようとする者がいれば、必然的に古代世界へ行くはずだ……」

 ブラックライダーが立ち上がる。

「僕はアルメールへ行く。やはり一人だけ何もしないというのは我慢ならない。それにあの男は、余計な情報を漏らす上に、要らん演技をする。我が王よ、私はこれで」

 礼をしたあと、踵を返し闇に消えた。

「やれやれ、始源世界からあやつは何も変わりませんな、王よ」

「あれでよい。繊細で責任感が強いのだ、ブラックライダーは。誰よりも私のことを憂いてくれる、心優しい男よ」

「流石は我が王。よくご覧になっていらっしゃる」

「世辞はよい。私は適材適所を徹底しているつもりだが、もしも不満があるのなら言うのだ」

「何も。では、私もこれで、失礼致しました」

 ペイルライダーは青白い馬に乗り、虚空へ走り去った。

「竜の戦いはまだまだこれから……私の望みのままに戦うがよい」

 狂竜王は果てなく続くキューブの波を見て呟いた。

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