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終局

 天象の鎖・敗戦の輪廻

 二人は虚空を踏みしめる。すると、青い粒子がふっと舞う。視線を上げると、空中に景色を包み込んだ泡が何個も浮いていた。

「……ここが天象の鎖?」

「天象の鎖、その第一鎖。通称〝敗戦の輪廻〟よ。浮いてる泡の数だけ、この世界は繰り返されてきた。いいえ、この世界だけじゃない。全ての世界は繰り返されてきた。人が語る物語は、いつかの世界の真実。真の意味の空想など、どこにもないのよ」

「……そういうものか」

「ええ。神話って、本当にその神が存在していたから語られているの」

 エリアルが少しずつ前に進むのを、バロンは後ろから付いていく。

 と、不意にエリアルが立ち止まる。そして振り返る。

 その顔はやたらと紅潮していた。

「ねえ……バロン……抱いて……ねえ……?」

「……は?」

 エリアルはバロンへすり寄り、甘い声で呟く。エリアルから発せられる噎せるほどの牝の匂いに、思わずバロンは顔を背ける。

「……ぐぅっ、エリアルしっかりしろ!今はこんなことをしてる場合じゃない……!」

「バロン、バロンぅ……」

 エリアルはバロンの左足に股を擦り付け始める。

「……ッ!」

 バロンは頭上に殺気を感じて、エリアルを抱き抱えたまま飛び退く。そのまま横抱きにし、殺気の方を向く。

 泡を掻き分けて鳥人が降りてくる。

 バロンはなおも浅ましく体を絡めてこようとするエリアルを無理矢理引き剥がし、手足を鋼で縛って鋼の檻に閉じ込める。

「縛って放置なんてやあ……バロン……」

 エリアルは悶えている。

「……お前は?」

 鳥人は頭と腕が鳥のようで、豊かな乳房と剛烈な腹筋、そして露骨に盛り上がった下腹部と隆々な脚部を持つ、尋常ならざる姿だった。

 鳥人は声を出すと、それは幼い少年と少女の声が同時に聞こえた。

「我は性欲の具現、アウル。逞しき人よ、我はあなたとの逢瀬を楽しみにしていた」

「……どういうことだ?」

「ああ……この姿ではなく、もっとめかし込んで来たかったが……この世界に神子以外の女が居るのはよくないことだ。故に我はこの姿であなたに会いに来た」

「……エリアルに何をした」

「我自身は何かしたわけではないが……我は性欲そのもの。我の傍らにある者は無意識の内にさがの欲に飲まれる。いかに蒼の神子と言えど、目覚めたてでは抵抗できんか」

「……元に戻すにはお前を倒せと?」

「まあ今ここでまぐわうわけにはいかないだろう。それに、この世界で自分を通すには」

「……戦いしかない」

 アウルは空中で回転しながら無数の羽を放つ。

 刃のような羽を弾いたバロンに向けて、強烈な翼の一撃を加える。バロンは片腕で防ぐ。衝撃で粒子が舞い上がり、漆黒が青で色付く。

「バロン、初めてあなたを手放したときから、ずっと恋い焦がれていた……」

「……そうか。生憎、僕はエリアル一筋でね」

 バロンが手を突き出すと、暗黒闘気の刃がアウルの右翼を切り裂く。アウルの負った傷から甘ったるい香りが放たれる。バロンは顔をしかめ、後ろでエリアルが悶える。

「中々破廉恥な眺めだと思わないか、バロン」

「……戦いに集中しろ」

 アウルの重い蹴りを左腕で弾く。

「……悪いが、戯れている場合じゃないんだ」

 アウルは飛び退き、切り揉み回転しながら突っ込む。バロンは躱すが、飛び散った羽がバロンの体を切り裂く。そして高度からアウルが蹴りを放ったのを見計らい、全力の闘気槍でよろめかせ、拳をアウルの胸に叩き込む。

「ぐふぁっ……」

「……まだやるか」

「いや……今はこれでいい……これでようやく我は……あなたの行く末に関わることが出来る……次は……狂竜王の……円卓にて……」

 アウルの体は消えた。バロンはエリアルの鋼を解き、上体を起こす。

「……大丈夫か、エリアル」

「うう……大丈夫じゃないわよ!せっかく真面目な話してたのに……ええっとバロン、その、色々勘違いだからね!」

「……わかってる。ニルヴァーナに行ってから聞こうか。立てるか?」

「ええ。それより、狂竜王の円卓って何かしら……?」

「……少なくとも、今は関係あるまい。行こう」

 バロンたちが青い光の中を抜けると、光の筋が次の巨大な結晶へ伸びていた。


 天象の鎖・混濁の沼

 その巨大な結晶に入ると、周囲がニブルヘイムのような雪山の一角へと変わった。

「ここは第二鎖、〝混濁の沼〟。狂竜王が有用とした世界の保管庫よ」

「……狂竜王……やつは一体何を……」

「生命を紡ぐ〝宙核あなた〟、破壊をもたらす〝人類ラータ〟、それらを越える無明の闇を司るもの。それ以上の情報は全くないわ」

「……わかった。下がってくれ、エリアル」

 鉛色の空から、三本角が舞い降りる。

「……コーカサス」

「オオオ……」

 コーカサスは唸る。

「……思えば、全てはお前から始まったんだな」

「コオオオオオオオアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 バロンが飛び、コーカサスと激しく打ち合う。拳を弾き、角から暴風を放つ。前足と拳がぶつかり合い、両者の気が弾け飛んで、再び荒れ狂う。角を両腕で受け止め、それにコーカサスが重ねて一太刀加える。バロンの体が引き裂かれ、夥しい血を吹き出す。バロンの反撃の拳で、コーカサスの右角は今度こそ根元からへし折れる。傷口から噴出した暗黒闘気はコーカサスを包み、コーカサスの眼が赤く輝く。

「……凄まじい暗黒闘気だ」

「バロン!流石にあれに飲まれたら貴方と言えどただでは済まないわ!気を付けて!」

「……わかってる!」

 角による突きで、バロンの右腕を打ち砕く。余りにも猛烈な暗黒闘気で傷口が塞がらず、腕から鋼が流れ出る。バロンはそのまま吹き飛び、黒い岩肌に叩きつけられる。右腕に力を込めると、血が出鱈目に溢れる。間髪入れずに突っ込んできたコーカサスの三本角の内、中央の角を左腕一本で掴んで押し止める。そして投げ飛ばし、無理矢理右腕を動かす。雪崩れた岩と雪に飲まれたコーカサスは、吠えて岩と雪を吹き飛ばす。そして三本角から凄まじい嵐を放つ。

「……行くぞ!」

 その嵐に向かってバロンは突き進む。放たれた闘気が次第に光へと変わっていく。

「(これは……天使の子の力……!)」

 エリアルの驚きを他所に、勝負は決着した。バロンはコーカサスの後ろに居り、コーカサスは全身に傷を負い、力尽きる。

 バロンは右腕を力無く下ろす。

「……安らかに眠れ」

「バロン、体の方は大丈夫?」

 バロンは右腕に闘気を流し、傷を癒す。

「……ああ、大丈夫だ。次へ進もう」

「無理はしないでね。私だけ生き残っても何もできないから」

「……わかってる」

 周囲の景色が消え、天象の鎖の元々の姿に戻った。視界の先にある三つ目のクリスタルに、光の道が伸びていた。


 天象の鎖・神界の門

 クリスタルへ入ると、眼前に更に巨大なクリスタルへと続く光の輪があった。

「……ここは」

「ここは神界の門。最後の鎖よ。奥に見えるクリスタルのなかに、ヘラクレスが居ると思うわ」

「……だが、なぜやつがここにいる」

 光の輪の前には、バンギが居た。

「待っていた、汝を」

「……バンギ」

「双神とやらはどうやら、ただのこけおどしであったようだな。それだけではなく、コーカサスも汝ごときに敗れるとは」

「……僕にもう迷いはない。守るべきものがある限り、負けるわけがない」

「フン……カルブルムも似たようなことを言っていたな……よかろう。ならば我は、それを真正面から打ち砕くのみぞ!」

「……これで最後だ!」

 バロンが殴りかかる。バンギは片腕で受け止め、拳を放つ。バロンは両腕で受け止める。

「ほう、多少は成長したか。ならば、これではどうだ!」

 バンギが両腕を水平に開く。上体を反ってバロンは避けるが、闘気で吹き飛ぶ。

「……ぐっ!」

「止めだ!塵と砕けよ!」

 倒れたバロンに剛拳が振り下ろされる。バンギの視界を光の筋が通ると、バンギは顔をしかめる。

「どこへ消えた?神子のまやかしか?」

「……ここだ」

 バンギが振り向くと、胸にバロンの拳が直撃した。反撃の拳を放つもバロンは光となって消え、バンギの腹に撃掌を叩き込む。

「ぐっ!?なんという速さ、これは……!?」

「……今こそ果てるときだ」

「くっ……フン、我としたことが不覚を取ったわ。これくらいでなければ、我が圧倒的に勝つに決まっている。受けるがいい、〈天覇烈葬〉!」

 凄まじい闘気が迸り、バロンへと突き進む。バロンは避けず、そのまま受ける。バロンの体を包む闘気が輝き、バンギの闘気を自動的に受け流す。バロンは掠り傷しか負わなかった。

「何だと……!?」

「……闘気に秘められし真の力、それがこれだ」

「これが守るべきものの強さだと、そう言うのか」

「……行くぞバンギ」

 バンギの放つ拳に、鋭い指線を何度も刻み、闘気槍を放つ。バンギは構わず反撃を放つが、バロンは光となって躱す。そして擦れ違い様に攻撃を重ねる。バンギは崩れそうになるのをこらえ、そして目を閉じる。次にバロンが光となった瞬間、バンギは目を見開く。そしてバロンの拳は誰にも当たらず、傷を負っていた。

「……!?」

 バンギはバロンの後ろに居た。

「……まさかお前……」

「なるほどな。我にとって守るべきもの……それは我自身の無敗、絶対王者の誇り。汝と戦いこうやって傷を負わなければ決して気付くことはなかっただろう。礼を言おう。そして、ここで名誉ある死を遂げるが良い」

「……決着だ、バンギ」

 二人は光の速さで打ち合い始める。


 天象の鎖・星誕の地

「チッ、派手にやりあいやがってよ。……俺は今のままじゃ絶対にアイツに勝てねえ。なら……」

 アグニは虚空の向こう側で戦うバロンとバンギを一瞥すると、正面に向き直り、黄金の光が溢れるクリスタルへ降り立つ。

「英雄ヘラクレス……」

 アグニの視線の先にある機甲虫へ歩み寄る。黄色の羽には黒い斑点が付いており、巨大な上の角には毛が生えていた。

「だ……れだ……」

「テメエの力を奪いに来た。構えな」

 アグニが飛ぶ。ヘラクレスが全身から闘気を発し、その余波でアグニを吹き飛ばす。

「チッ、ただ闘気を放つだけでこれか……!」

 再び飛び、一気に距離を詰める。ヘラクレスは踏み込み、アグニを角で挟んで放り投げる。黄金の光に背を焼かれ、アグニはクリスタルの床に落ちる。

「おれに……触る……な……エリアルとバロンに……迷惑はかけられ……ない」

「ハッ、んなことはどうでもいい!」

 アグニは炎を放つ。

「一撃で……決める……!」

 ヘラクレスが飛び、アグニに切りかかろうとした時、唐突にその動きが止まる。その好機を逃さず、アグニがラッシュを叩き込み、焼き尽くす。ヘラクレスは倒れ、目から光が消える。

「この程度かよ。詰まんね―――」

 ヘラクレスの体から闇が吹き出し、宙へ浮く。そのまま球状にヘラクレスを飲み込んで、巨大化していく。

「なんだ、この感覚……まさか!」

 闇は一対の翼を生やし、四肢を生み、尾を作り、吠える。

「深淵!」

 アグニは巨竜を見上げて叫ぶ。

「神の三罪が一つ、不死を司りし九竜、我が名〝深淵〟。まずは礼を言おう、アグニ。レッドライダーが余計なことを漏らしたお陰で顕現し損ねるところだった。さあ、続きを演じようではないか。皆で狂竜王の盤上で躍り狂おうぞ!」

 闇が放たれ、アグニが吹っ飛ぶ。深淵は両腕を胸の前で構え、闇を光線にして発射する。炎でブーストして回避し、アグニは深淵に拳を叩き込む。が、その打撃は虚しく闇に飲まれた。

「忘れているようだな。九竜とは即ち獣の王、竜の中の頂に座すこの世の概念そのものなのだ。汝のように、人であることを忘れ、人にすら劣る神の身で我に触れることは叶わぬ」

 漲る闇に飲まれ、アグニは吹き飛ぶ。

「我はここでバロンを待つとしよう。余興にもならぬ汝はどこへなりとも消えてしまえば良い」

 アグニは闇に飲まれ、消えた。

「未来にてまた会おう」


 神界の門

 光が交差し、二人がすれ違う。

 振り返り、両者が同時に拳を放つ。拳は丁度良く衝突し、凄まじい衝撃波が起こる。

「……このままでは決着がつかないな」

「フン、ならばわかっていよう」

 両者が闘気を消し、構える。

「我には今まで、好敵手と呼べるものは居なかった。だがこの戦いで、それも終わるやも知れぬ」

「……答えよう、お前の闘志に」

 バンギの拳がバロンの胸を叩く。怯まずバロンも拳を放ち、バンギもまた無防備に受ける。返しの剛拳を真正面から受け止め、二人の拳が衝突する。

「これほど……これほどまでに守るものの強さとは凄まじいのか!我に一撃で砕かれた体を、我と対等に戦えるほどに強固にするのか!」

「……喰らえ!」

「だが!」

 バンギの拳でバロンは虚空に打ち付けられる。

「純粋な拳の腕では我にまだ分がある!」

「……うぐっ……!」

 バロンがふらふらと起き上がる。

「……くくく……あはははは!頭に血が上ってどうかなりそうだ……こんなに楽しいとはな」

「今こそ、我の人生の中で最高の一時だ!行くぞバロン!」

 ノーガードで力任せに殴り合い、よろめき生まれる隙を同じタイミングで潰しにかかる。

「フフフ……ここまで来れば、もはや技も何もかも無意味だな」

「……ああ、まるで子供の喧嘩だ」

 朗らかな表情で即死級の打撃でぶつけ合う様を、エリアルはただ見つめる。

「(お願い……勝ってバロン!)」

 そう思った瞬間、二人の拳は二人の頬に激突し、大きく後退する。

 そして再び闘気を放ち、無理矢理立ち上がる。

「……次で最後だ……」

「さらば、我が盟友にして、好敵手よ!」

「……はああああああッ!」

「うぉりゃあああああ!!」

 互いの拳が光の速さで振り抜かれ、僅かにバロンの拳が一歩早くバンギの胴体を砕く。

「ぐはあああああ!」

 バンギは夥しい量の血を噴き出し、膝を折る。

「……勝ちだ……ッ」

「見事なりバロン。汝こそ……真の強者よ……!」

 バンギは周囲の闇へ、光となって溶けた。

「……ヴァナ=ギラス・ヨーギナ。僕は貴方の名を忘れはしない」

 膝を折ったバロンへ、エリアルが近寄る。

「バロン。傷の治療を……してもいい?」

「……ああ、頼む。傷を勲章として残すのは、すべてが終わってからでいい」

「わかったわ。じっとしてて」

 エリアルの手がそっとバロンの体に触れると、全身に負っていた傷は瞬時に治った。

「無理しないでってさっき言ったのに無理してたでしょ」

「……すまない。つい楽しんでしまった。だがバンギ……彼は正に、猛将というに相応しかった」

「ともかく、本当に危険なときは私を頼ってね」

「……ああ。行こうか、古代世界へ」

 エリアルは頷くと、二人は光の輪の方へ歩き始めた。


 星誕の地

 足を踏み入れた二人は、まず眼前に広がる闇に驚く。

「……さっきあそこからみた景色とは丸で違わないか?」

「おかしいわね、ここはいつも光に包まれてるはずなのに……まさか本当にヘラクレスが居て、深淵も解放されてるの……!?」

 闇が払われ、それが次第に形を作り始める。一対の翼が生え、それは竜の姿を成す。

「……何だこれは!?」

「そんな、やっぱり!」

 深淵は翼を広げる。

「久しいな、宙核、神子。これまでの死力を尽くした戦い、見事であった。特に、バンギを討つことは想定外だ。実に豪気、豪気。しかしながらバロン、例え殺す価値が無くとも不確定要素は取り除くべきだと、そうは思わなかったのか?」

「……まさか、アグニか?」

「汝を越えようとしたあの者は、ヘラクレスに戦いを挑んだ。我はそれを利用し、ヘラクレスを核として、完全顕現させてもらった」

「完全顕現!?じゃあもう、ヘラクレスは……!」

「だからと言って、今の我には汝たちと対立する理由はない」

「……ヘラクレスをまだ取り戻せるのか、深淵」

「ふむ……我の体感で言えば、存在証明は依然として強い。間に合うかも知れぬな」

「……倒そう、エリアル。こいつは狂竜王の計画の一つでもある。今仕留めるべきだ」

「ええ、もちろんよ」

「良かろう。では―――」

 周囲の景色が崩れ、蒼光が一方へ進み続ける空間になった。

「古代世界に着くまでの間、相手をするとしよう」

 深淵が身震いする。

「バロン!私の手を握って!竜化ドラグトランスさせるわ!」

「……竜化ドラグトランス?」

「いいから!」

 バロンはエリアルの手を握ると、エリアルから青い光が溢れる。それはバロンを包み、その光の中でバロンは巨大化していく。そしてその体は、灰色の竜人へと変わった。

「……これでいいのか?」

「ええ、ばっちりよ!竜と戦うには、竜にならなくちゃね!私もサポートするわ。貴方なら、九竜が相手でも勝てるはず!」

 深淵が両腕に闇を湛える。

「バロン……いや黒鋼くろがねか。これからが楽しみだな」

 闇の波動を、黒鋼は鋼の盾で防ぎながら深淵へ近付く。そして素早く拳を叩き込む。これは闇の波動で阻まれ、至近距離で闇が直撃し、負傷する。しかし黒鋼のその傷は、青い光で瞬時に治る。ふと見ると、エリアルがぐっと親指を立てていた。

 黒鋼は立ち上がり、闘気槍に鋼を混ぜ、それを飛ばす。深淵は翼で弾き返し、口からビームを放つ。黒鋼が吠えると、正面に鋼の盾が出来、ビームはそれに当たって深淵へ跳ね返る。

「なるほど、天使の子の力とシフルを組み合わせると微弱な真如の光となるか」

 跳ね返ってきた闇を軽々と凌ぎ、翼をはためかせる。

「しかしまだ、完全に宙核の記憶を取り戻してはいないようだな」

 黒鋼の拳を右腕で止める。

「……どういうことだ」

「不死の力を我は司っているのだが、人の命とは儚いものよな。この世界は我の力で誰も死なない、いや死ねない世界となっていたわけであるが、死ぬとわかった途端にこの進歩よ。宙核、汝が記憶の全てがあるのなら、そもそもこの場でこの世界を再生しているだろう。それに、我にももう少し致命傷を加えることも出来るはずだ」

 深淵の体が霧散し、上空に再構成される。そして何重にも作られた闇の輪を通して多重に加速したビームが黒鋼に落とされる。隙だらけの背中を、エリアルが光のシールドを張って防ぐ。そのシールドに、黒鋼に力を足す。

 その力で、ビームが打ち消される。

 落ちるエリアルを黒鋼は掌に乗せ、ゆっくりと降ろす。深淵も、黒鋼と同じ高度に降りてくる。

「さて、そろそろ終わりにしよう」

 深淵から止めどなく闇が溢れだし、黒紫の光が両腕に集束していく。

「っ!?不味いわ、あれは!」

「……何だ!?」

 その黒紫の光が震え、大気が熱を帯びていく。

「そうだ。これが九竜の妙技、そして我が司る、不死、そして闇の象徴。見よ、人の子ら。不死を求める心は素晴らしい、だが不死の苦しみは知るべきだ」

 深淵が闇を放とうとする。

「〈不死なる者よ、終焉の恐怖に打ち震えよイモータルズ・パエル・フィアブル・トゥウィスティング〉!」

 そう叫んだ時、蒼光の流れが消え、海と摩天楼を見下ろす空へ出た。深淵は闇を抑え、溜め息をつく。

「時間切れか。まあよい、勝負は結末にてつけるとしよう。そう、三千世界は始まったばかりなのだからな」

「……ここは……」

「古代世界、chaos社北アメリカ支部・サンフランシスコ上空だ」

 深淵がそう答えた瞬間、エリアルが驚愕する。

「上空、って……まさか!」

「……エリアル!」

 黒鋼は竜化を解き、エリアルを抱き寄せて落ちる。

「うわああああ!?」

 自由落下していく二人を尻目に、深淵は消える。 

 虚空の最中を、灰色の蝶が飛び去っていった。

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