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その3(通常版)


 ムスペルヘイム国境

「コーカサスは居なくなったか」

 ヴァルナが砂竜から降りると、国境からパラミナの砂漠を見渡す。ラーフが眼鏡の位置を戻し、手持ちの端末を開く。ホログラフのようなものが現れて、そこに地図が浮かび上がる。

「ムスペルヘイムは首都アジュニャーに辿り着くまでに二つの要塞がある。しかもムスペルヘイムは全域が溶岩地帯になっている。パラミナはニブル・ムスペル両国の間にあるために比較的過ごしやすい気温だが、ムスペルヘイムは正真正銘、灼熱地獄だ」

 カルブルムが更に補足する。

「ラーフが言った二つの要塞だが、一つはグロズニィ、もう一つはツェリノという名前だ。どちらも大量の動力炉で稼働しているが、溶岩が吹き出るホットスポットを塞ぐように建造されている。どう見てもデメリットしかないのだが……動力炉を破壊して進むのが最も手早く終わるはずだ」

 ラーフが続ける。

「カルブルムの言うとおり、ムスペルヘイムの要塞はホットスポットの上にある。動力炉を止めれば、動力炉で処理できなくなったエネルギー源の溶岩が暴発して要塞は吹き飛ぶ。要塞は機甲虫を生産しているところだ、破壊するのが適当だろう」

 ヴァーユが口を挟む。

「まあそれはいいんだけどよ、エンブルムと連絡がつかねえのはどういうことだ?」

 バロンは新しく着た服の調整をすると、ムスペルヘイムの方を見る。

「……だが国境からガルガンチュアに戻るとなれば相当の時間がかかる。このタイミングでもたつくわけにもいかない」

「背に腹は変えられねえってか。まあ今の状況でエンブルムを倒せるようなやつがウチを襲撃するとも考えにきーしな」

 五人は国境を越え、若干溶けている岩石の大地の上に足を踏み入れた。

 ムスペルヘイムの大地は草木の一本もなく、ただ淡いオレンジ色の光が赤黒い岩石の隙間から涌き出ている光景が無限に続いている。

「さて、お出迎えのようだな」

 カルブルムが空を見て呟く。三匹の機甲虫が遠くから飛んできているのが見える。

「なんだザコじゃねえか」

「ああ、ならヴァーユが一人で倒せるか」

 ラーフがヴァーユを見て少し意地の悪い笑みを浮かべる。

「んだよきもい顔しやがって」

「……ああ、なるほど」

「バロンまでなんだよ」

 三匹の機甲虫は姿形が把握できるまで近づくと、腹部から脚を展開する。溶岩の光と日光を反射して黒光りする体は存在感を示す。

「げえ!?リッパーかよ!」

「……まあ雑魚には変わりない。油断は禁物だが」

「ええい!俺が叩き切ってやるよ!」

 飛んでくるリッパーに向けてヴァーユが走り、先頭に居たリッパーを一撃で両断する。二つに別れた死体はしばらく宙を前進したあと落下し、地面の溝の溶岩に落ちて溶けた。続く二体のリッパーはそれを見て着地、ヴァーユへ進む。

「ぎゃああああああ!?バロンバロン!」

「……仕方ない」

 叫ぶヴァーユを尻目に、バロンはリッパーに拳を叩き込む。リッパーは腹をぐちゃぐちゃにされたが、平然と起き上がる。バロンはそれを見て、ポツリ呟く。

「……誰が相手でも手を抜くのは無礼だな」

 バロンは殴り飛ばしたのとは別のリッパーの攻撃を避け、頭部にアッパーをめり込ませる。そして一歩踏み込み、撃掌をリッパーの腹に重ねる。鈍い衝撃がリッパーの体内をボロボロにして、内蔵を吹き出してリッパーが崩れる。そして殴り飛ばした方のリッパーに裏拳をぶつけ、鋼をリッパーの体内に流し込んで止めを刺す。

「ふぃ~、やっぱ雑魚だな!」

 ヴァーユが何事も無かったかのように清々しい笑顔を振り撒く。

「……君の刀で両断すれば一撃なのだから、僕を戦わせなくてもよかっただろう」

「きもいやつはきもいんだよ」

「……行こう」


 神子の護所

「我が王よ」

 エンブルムが膝を折り、跪く。淡い光に照らされた中で、狂竜王はただ直立していた。

「用件を聞こう」

「アグラヴェインの記憶を復元しました」

「ふむ」

「いずれはやつを再び円卓に加えることも可能かと」

 狂竜王は僅かにエンブルムへ顔を向ける。

「そなたは彼が円卓に必要であると?」

「いえ……アーサーなどという愚物に付き従った騎士に存在意義などない。モルドレッドは六罪の化身に丁度良いものでしたが、それ以外は……」

 狂竜王はすり寄ってきたレベンの頭を撫でながら、エンブルムへ向き直る。

「エンブルムよ。そなたは何を望む。そなたは原初世界で私のシャングリラへ迷い込み力を得たが、この長い輪廻の中で、そなたが自らの望みを語ることは無かった」

 エンブルムは顔を上げ、狂竜王と目を合わせる。

「人間を滅ぼすこと」

「そうか。それには、そなたも含まれるのか?」

「当然。人間などという浅ましい種族が繁栄するなど本来あり得てはならないのです。それならば、物言わぬ|焦げた妄人<<ドリーマー>>にしてしまった方がいい」

 狂竜王はそれを聞いて優雅に笑う。

「そなたを不義の騎士と言う者は多かったが、私から見ればそなたほど忠に厚いものも居るまい。己の真心にのみ忠を尽くし、己のために剣を振るう。真の忠義の騎士よな」

「勿体無きお言葉。我が王よ、僭越ながら、一つ願いが」

「ほう。出来る限り叶えよう」

 エンブルムは立ち上がり、尚も上回る身長の狂竜王を見上げる。

「禁呪の許可を」

「アロンダイトを使うというのか?あのような玩具、そなたの力を縛るだけと思うが」

「しかし王よ。このアロンダイトを上手く使えば、彼らを結末へ導く第一歩となるでしょう」

「では何か策があると。よい、私はそなたを信じている。存分に暴れよ」

 エンブルムは肉厚の両刃剣を受け取ると、腰に提げ、正面を向いたまま一歩下がり、狂竜王に深く礼をしてから踵を返す。護所から出る直前、レッドライダーに遭遇する。

「おお、ランスロット卿。アロンダイトなど当の昔に捨てたと思っておったのじゃが」

「少しばかり愚策を思い付いたものでね。少々急いでいる」

「うむ。気をつけてな」


 ムスペルヘイム・炎火ノ原

 溶岩地帯を歩いていく一行は、要塞を遠くに見据えたとき、気配を感じて後退する。極彩色の翼が、一行の前に舞い降りる。

「アーヴェス!」

 カルブルムが名を呼ぶと、極彩色の翼を脱ぎ捨ててアーヴェスが姿を現す。アーヴェスは黒い革の鎧に、鎖を結びつけていた。

「どうしてお前がここに……」

「なに、単純なことだ。今お前らがバンギの下へ辿り着くのはまずいんだよ」

「……ここは僕が行こう。止めを刺す」

 アーヴェスが構えを取り、流れるように指で空をなぞる。

「俺に退く道はない」

「……僕たちもだ」

 アーヴェスが軽く手を振ると、鋭利な空気の刃がバロンの鼻先を掠める。バロンは回避に専念し、アーヴェスは鋭く突きを繰り返す。僅かにバロンの体を刻んでいるように見えて、かなり深くバロンの体に傷をつけていく。アーヴェスの放つ突きの威力が僅かに乱れた瞬間、バロンはアーヴェスの腕を掴む。そしてその至近距離のまま、掌底を放つ。アーヴェスの体に強烈な衝撃が走り、焼け焦げる。アーヴェスは飛び退く。

「ぐっ……」

 アーヴェスが膝を折り、崩れる。

「ゾルグの撃掌にリッチーの闘気槍を組み合わせたのか……!」

「……何者でもない僕は、戦いの中で自分を作る。この技も、僕と戦った者たちから僕が手にしたものだ」

「クハハハハ……それでこそバロン、ニブルヘイム最強の勇士!」

 アーヴェスは一気に間合いを詰め、強烈な真空刃を放つ。ムスペルヘイムの大地を縦横無尽に引き裂き、バロンの右脇腹から首、頬にかけてを切り裂く。しかしバロンはあえて距離を詰め、反動をつけずに蹴りを放つ。度肝を抜かれたアーヴェスの腹に一文字の傷を付け、追撃にもう一蹴り放ち、それを防いだアーヴェスの右腕の肘から上を粉砕する。アーヴェスは砕かれた右腕を左手で切り落とし、左腕一本を地面に叩きつけて宙へ飛ぶ。バロンも宙へ飛び、空中で身を擦り合わせ蹴りで交差する。そして落下する途中、アーヴェスはバロンの足に自らの左腕を捻り込む。そのまま地面に突き刺し、バロンを釘付けにする。

「……どういうつもりだ」

「こういうのはゾルグの方が得意なんだがな、背に腹はかえられん」

「……一体何を」

「戦況は沈黙した」

 アーヴェスはバロンの足に左手を突き刺し、バロンは膝立ちで構えているという奇妙な姿勢で、戦闘は硬直した。

「ん?なんで二人とも動かねえんだ?」

 ヴァーユが不思議そうな顔をする。

「アーヴェスの手が今まで傷つけた地面の噴出口になろうとしている。今バロンが動き、アーヴェスの手を退かせば、溶岩が溢れ出てアーヴェスはバロン諸共死ぬ」

 ヴァルナが冷静に解説する。

 アーヴェスの表情が次第に崩れていく。それに比例して、バロンの足裏に感じる熱も激しくなっていく。

 両者が大粒の汗を垂らして、静寂の中で耐え続ける。


 ムスペルヘイム・アジュニャー

「バンギ」

 エンブルムが真っ黒な鎧を着て、薄暗いバンギの玉座の前に現れる。

「汝が出向くとは、珍しいものだな」

「まさに時代が動かんとしているのだ、我らもそろそろ雌雄を決する時であろう?」

 エンブルムはアロンダイトを抜くと、仰々しくバンギへ向ける。

「さあ、行くぞバンギ」

「汝がその玩具を使う姿をまた見ることになろうとはな。心境の変化か」

「私も多少は情熱的でね。頑張る若者には影響されるのだよ」

「底の知れん男だ」

「それはお互い様だ」

 エンブルムが切りかかる。バンギは難なくそれを片腕で受け止め、もう片方の腕で闘気を放つ。エンブルムの鎧がひび割れ、その体が大きく後退する。エンブルムはアロンダイトから光を放ち、踏み込み切り上げる。バンギは拳を振り下ろし、アロンダイトをへし折る。エンブルムはその瞬間にアロンダイトを手放し、バンギから発せられる激流のような闘気を受け流し、拳を放つ。バンギもその拳を迎え撃ち、闘気が爆裂する。

「汝は何のために、あんな剣を使った。この程度の玩具使わずとも、汝ならば我と同等以上に戦えよう」

 エンブルムは折れたアロンダイトを拾い、断面を見て投げ捨てる。上げた右腕を下げ、不敵に笑う。

「あれが折れればそれでいい」

 その答えに、思わずバンギは笑う。

「ならば我も、汝の策に乗ってやろう。だが容赦はせぬぞ」

 バンギが両腕を目の前で回転させ、闘気を練り上げる。そしてそれを放つ。バンギの放つ闘気をエンブルムは受け流す。バンギはその隙を潰すように追撃の拳を放ち、エンブルムは寸前で避ける。身を擦り合わせながらも僅かに攻撃を避け合い、エンブルムが渾身の突きを放つ。バンギはその突きを左腕で抱え込み、右腕でエンブルムの胸目掛けて拳を叩き込む。エンブルムは吹き飛び、床に叩きつけられる。

「本来であれば止めを刺すところではあるが……汝の策に乗ったのは我。故に、我は汝を見逃そう」

 エンブルムは立ち上がりボロボロになった鎧を脱ぎ捨てると、闘気を流して傷を癒す。

「君が求める理想に辿り着けることを願っている」

 そしてバンギの傍を通り過ぎ、古ぼけた城の方へと去っていった。

「この世界の決着が近いということか」

 バンギは呟き、玉座に座り直した。


 ムスペルヘイム・炎火ノ原

「くうっ……」

 アーヴェスが苦痛に悶えるが、それでもバロンの足に腕を突き刺したまま耐える。バロンも声こそ発しないが、足の裏から伝わる強烈な熱に耐えかねていた。

「……(アーヴェスもそろそろ我慢の限界のはずだ。細かな気の乱れが見え始めた。もう少しで時はくる……)」

 バロンは大粒の汗を溢しながらも、微動だにしない。そしてアーヴェスの左肩が僅かに動いたのを見逃さず、自らの足を思いきり動かし、足を切断してアーヴェスから離れ、拳を振り下ろす。アーヴェスの頭に拳が直撃し、腕を刺したまま瞬時に絶命する。バロンはそこから急いで離れ、ヴァルナたちも合流してすぐその場から離れる。一つ目の要塞の前に辿り着いたとき、後ろで溶岩が轟音を立てて吹き出した。


 ムスペルヘイム・グロズニィ

「着いたな。ここがムスペルの要塞の一つ、グロズニィだ」

 カルブルムがそう言いながらエクスカリバーを抜く。

「……何をする気だ」

 エクスカリバーを門へ向けると、カルブルムはエクスカリバーから光を放たせる。その場にいる全員が察して後ろに下がる。

「ハァッ!」

 そしてエクスカリバーを振り下ろし、凄まじい闘気の渦が要塞の正門を破壊する。轟音を立てて門は崩壊し、けたたましいサイレンが鳴り響く。しかし、出てくる見張りの機甲虫は居らず、一行は首を傾げる。

「おかしいですね、機甲虫が居ないはずはない」

「我らを誘い込む策か……?」

 ラーフとヴァルナが顔を見合わせる。それをスルーしてヴァーユがずんずんと要塞の中へと入っていく。

「時間が惜しい。早く決着をつけないといけないことはわかっているだろう」

 カルブルムが二人を促す。要塞へと入っていった四人を後ろから眺めて、バロンもついていく。

 五人が要塞に入ると、そこはもぬけの殻だった。鋼鉄の床が溶岩で照らされ、天井を埋める暗黒がより強調されている。

「……動力炉はどこにある」

 ラーフがそれを聞いて直ぐ様端末を起動し、要塞の見取り図を呼び出す。

「……準備がいいな」

「基本的に何百回も戦っているからね。お互い、建造物の構造は全部理解してるのさ。それで、今いる入り口から一番奥の通路へ進むと、横に長い廊下に出る。そこに四つ部屋があるから、それが一つずつ動力炉室だ」

「……造りが雑じゃないか」

 バロンがそう言うと、ラーフは肩を竦めて笑う。

「パラミナの時も言ったけど、策とか要塞とかってのはあくまで便宜上のものでしかない。この世界は強いやつが強すぎて堅牢な建物も多くの兵を上手く操る策も一瞬で消し炭になるからね」

「……ならばどうしてこういう要塞を作る」

「士気の問題さ。自分達の建物が見える方がやる気が出るだろう?」

「……まあいい。造りが単純なら早く攻め落とせる」

 二人の会話にカルブルムが口を挟む。

「バロンはなぜ私たちが戦いを急いでいるのか知らんだろ?」

「……うん?ああ、そう言えばそうだな。急に急ぎだしたから、今後に迷いを残さないためにも理由は聞いておこう」

「この世界には、世界の終わりに現れる二柱の神が居るとされている。その神はムスペルヘイムに一柱、ニブルヘイムに一柱居るのだが、その神が現れるのが、一つの国が一つ国を落としてから三日後だ」

 バロンは眉間に皺を寄せる。

「……三日……落としたのは僕とアグニの戦いのタイミングだから……今は一日と半分」

「そうだ。この世界の一日は古代世界でいう一日の半分しかないから、お前の記憶に残っているかは知らんが、古代世界の時刻で言えば十八時間経っている」

「……丁度半分か」

「うむ。急がねばなるまい」

 五人は入り口から左にある扉に入り、奥の廊下へと走る。一つ目の動力炉室の扉をヴァーユが乱暴に切り刻み蹴り飛ばす。その部屋の中央に溶岩で満たされた柱状の物体があった。

「どうする?私が凍らせることもできるが……」

 ヴァルナがバロンの方を向く。

「……よし、衝撃を与えて動力炉を壊し、僕の鋼とヴァルナの氷で衝撃を塞き止める。四つが同時に壊れるように調整するんだ」

 ヴァルナは頷く。そしてヴァーユが何の確認もせずに動力炉を切り付ける。それに合わせ、バロンが鋼を動力炉に巻き付け、それをヴァルナが氷で覆う。オレンジ色の輝きを放っていた動力炉は停止した。五人は直ぐ様別の動力炉へ移動し、それを三回繰り返した。

 入り口に戻ってきて、カルブルムは確認する。

「あとどれくらいあれは持つんだ」

「……あと二十分くらいか」

 カルブルムは浅く頷くと、外へと歩こうとする。が、鋭い殺気を感じて飛び退く。暗黒で満たされていた天井が破壊され、もはや見慣れた三本角が現れた。

「……コーカサス!」

 三本角の機甲虫は、その鋭い足で鋼鉄の床を刺し貫いており、頭を上げ吠え猛ると、ベリベリと床を引き千切る。

「チイッ、こんな急いでるときによぉ!」

「まさかこいつの巻き添えにならないためにここに誰もいなかったのか!?」

 ヴァーユとラーフがそれぞれの感想を叫ぶ。コーカサスは脇目も振らずにバロンへ突っ込む。バロンはそれを避ける。コーカサスは壁に衝突し、壁板を引き剥がして振り向く。そして頭を振り、壁板を放り投げる。ヴァーユがそれを真っ二つにして、カルブルムが闘気をコーカサスへ放つ。コーカサスは暗黒闘気を発してその闘気を打ち消し、再びバロンへ突っ込む。

「くっ!こいつ、バロンにしかターゲットを向けないぞ!」

 ヴァルナが叫び、氷の壁をバロンとコーカサスの間に作り出す。コーカサスは一切見向きもせず、氷の壁に正面衝突して抉じ開ける。暗黒闘気を纏った一撃をコーカサスがバロンへ振り下ろし、バロンは限界まで闘気を漲らせ、その一撃を拳を交差して堪える。そして闘気を解き放ち、コーカサスを撥ね飛ばす。直ぐに体勢を立て直したコーカサスとバロンは角と拳で交差する。コーカサスが角を打ち付ける度、暗黒闘気の突風が吹き荒れ、要塞を揺らす。

「まずい、こんな衝撃を何度もぶつけられたら二十分も経たん内に吹っ飛ぶぞ!」

 カルブルムが呼び掛ける。

「……ちっ、ここでは派手に戦うことは出来ないか……!」

 バロンが促し、ヴァルナたちが逃げる。コーカサスを鋼の波で押し返し、バロンも走る。

「ノガ……サン……」

 コーカサスが拙く声を発すると、角に凄まじいエネルギーを蓄え、解き放つ。猛烈な爆風が迸ると、動力炉諸共要塞を巻き上げる。バロンたちがムスペルヘイムの大地に放り出され、溶岩の嵐の中でコーカサスが躍る。そして倒れたバロン目掛け、溶岩の嵐を突き破って突進する。

「……こんなところで時間を食ってられるか!」

 バロンは飛び起き、闘気の槍をコーカサスへ放つ。コーカサスの三本角の中央に直撃し、煙を上げるがコーカサスは怯まず、そのまま突っ込む。コーカサスの角をバロンは無理矢理掴み、お互いに力任せに押し合う。そのときヴァーユが駆け寄り、開いたコーカサスの右羽を切り飛ばす。黄色に染まっていた羽が火の粉の中を舞い、溶岩へと落ちて無くなる。コーカサスは悶えるが、構わず力を込める。それと共に暗黒闘気も溢れ出し、ヴァーユを吹き飛ばす。ラーフが手を振り下ろし、そうするとコーカサスの回りに岩の牙がせり出す。魔力の電光が迸り、コーカサスの暗黒闘気が僅かに乱れる。そこへカルブルムがエクスカリバーを放ち、コーカサスの左羽が焼け焦げる。遂に飛べなくなったコーカサスは落下し、バロンは一気に角をへし折る。コーカサスは足をばたつかせて暴れ狂い、ムスペルヘイムの地面をズタズタに引き裂いていく。ヴァルナはコーカサスの足を凍らせ、氷剣を腹に突き刺す。コーカサスは激痛に悶絶し、既に動かない足と羽に力み続ける。

「……よし!次の要塞へ急ごう!」

 バロンたちは悶えるコーカサスと爆ぜたグロズニィを後にして、全力で離れた。


 ――……――……――

 遠く、思考の向こうに何かが見える。

「……エリアル、彼の望みを果たしたいと君は言った」

 男は水晶の椅子に座り、月光に照らされていた。

「ええ。彼……ヘラクレスは、正しさと強さを併せ持った素敵なヒトよ」

 少女は水晶の椅子に座り、夕日に照らされていた。

 薄水が張られた水晶の上で、二人は穏やかに話していた。

「……わかった。君が言うのなら、彼は素晴らしいのだろう。叶えよう。ヘラクレスの、永遠の戦いの望みを」

 男は立ち上がると、夜と黄昏の合間へと歩いていった。

 ――……――……――


 ムスペルヘイム・ツェリノ

 記憶が白けて、気がつくと要塞の前にいた。

「……ここは」

「ツェリノだ」

 ヴァルナが装備を整える。先程のグロズニィと違い、多くの機甲虫が飛び回っていた。

「ここを落とせばあとは首都アジュニャーだけだ」

 カルブルムが四人の方を向く。

「準備はいいな」

 全員で要塞へと侵入する。と同時に、無数の機甲虫が降下する。偏平な体のそれは、パラワン直属の機甲虫、鉄騎隊だった。鉄騎隊の機甲虫は着地すると直ぐに動き出し、先陣を切るヴァーユと顎で打ち合う。機甲虫は、ヴァーユの刀を弾き返し顎を捻り込む。それをヴァーユは避け、一歩退き、目にも止まらぬ斬撃で切り捌く。続いてヴァルナとカルブルムも機甲虫に攻撃を加える。それと同時に、鳴り響くサイレンに乗じて爆音の放送が響き渡る。

「バロン!ここまで来い!決着をつけるぞ!」

 響く声はパラワンのものだった。機甲虫の群れは初めからそうするつもりだったのか、全方位に隙がないように見える陣形ながら、バロンの前は僅かに隙間があった。バロンはそれに気付くと、ラーフと顔を見合わす。

「行け、バロン。戦士の命は望まれる死闘で絶たれるべきだ」

 バロンは頷くと、機甲虫の陣形の隙間を縫って駆けた。要塞の城門を粉砕し、そのまま突き進んで要塞内の中央へ突き進んだ。すると、溶岩で満たされた巨大な管のある部屋に辿り着いた。

 薄いオレンジの輝きの前に、一匹の機甲虫が居た。左顎の折れた偏平な機甲虫、パラワンだ。

「来たか。どうだ、私の隊は。私の手足として動く、寸分の狂いもないムスペル最強の部隊だ」

「……だがあいつらには勝てない。わかっているはずだ」

「それがどうした。この戦い、元より勝ちは無い。バンギ様は私に好きに果てよと言った。それは戦士として誇り高く死ねということだ。ならば私の隊も、同じ定めだ」

「……了解した。お前とはここでお別れだ。どういう結果になろうと」

「ああ、今までどれだけ傷ついても喜びなどなかったのに。死ねることに気付いてから、この体が震えて堪らない。教えてくれ、バロン。貴様は別世界の人間なんだろう?死ぬとどうなる。この震えはなんだ?」

「……それは誰にもわからない。だからこそ、僕はこうやって死んだものの遺志を引き継ぐ。戦いによって」

 パラワンは器用に前足を使って左顎の包帯を解く。思い切り身震いし、暗黒闘気を放つ。

「では始めよう。死を臨む、世界の淵でな」

 パラワンは頭を振るう。暗黒闘気の真空刃がバロンへ飛ぶ。バロンは拳でそれを弾き飛ばし、猛進する。拳が届く距離まで詰めて、闘気を槍に変えて放つ。パラワンも右顎から同じようにして闘気の槍を放ち、相殺して爆発させる。そして顎を振り抜いてバロンの拳と競り合う。鋭さを増したパラワンの顎はバロンの拳へめり込み、血潮を滲ませる。

「死ぬことはわからなくても、生きていることはわかる!」

「……そうだな。僕たちは、この戦いで生きている。僕たちにはそれが正しい」

 パラワンに傷つけられる拳を闘気を流して回復しながら、ひたすら押し返す。そして顎の間に向けて蹴りを叩き込む。パラワンは怯まずに前足を丸めて拳を放つ。蹴りで僅かに隙が出来たバロンは避けることが出来ずに腹に拳がクリーンヒットする。機甲虫特有の鋭い前足はバロンの腹を抉り、血を吹き溢す。バロンはパラワンの前足を掴み引き抜いて至近距離で拳を放ち、パラワンの右顎を折り飛ばす。続いてもう一度顎の間に蹴りをぶつけ、パラワンの頭部に皹を入れる。パラワンは飛び退き、頭をもたげる。

「ぐっ……私は……私は……まだだ……!」

 パラワンから暗黒闘気がフッと退き、代わりに眩い閃光が放たれ始める。そして次第に、折れた顎を復元するかのように闘気が刃となっていく。

「……バカな、これは……」

「なんだこれは!?」

 パラワンの顎を伝う闘気は噴水のように揺らめき、その勢いを増していく。


 神子の護所

「これは……」

 狂竜王は何かを感じ取って空を見つめる。

「主、どうしたのじゃ」

 レッドライダーが狂竜王へ近寄り跪く。狂竜王はレッドライダーを見ると、すぐに口を開く。

「レッドライダー。私は出る。しばらく留守とするが、私以外は例えエンブルムであろうが、レベンであろうが、他の騎士であろうが切り捨てよ。今神子の身を脅かすわけにはいかん」

 それだけ言うと、狂竜王は巨大な黒馬を現出させ、それに跨がってガルガンチュアから駆けていった。

「主がああ言うのなら正しいことなんじゃろう。はてさて、此度は終幕か、それとも結末か……それとも黒が乱れ掻き消えるか……どのような最後であろうとも、我ら黙示録の四騎士はあなたの剣であり続ける。

 それはそうと、お主は何をしておる」

 レッドライダーがドスの効いた声で横へ視線を流すと、岩影から赤い髪の幼い少女、レベンが姿を現した。

「そんなに怖い声出したらダメだよー」

「癪に障る。近寄るな、牝犬が。痴情に狂った貴様が我らの仲間であることそのものが吐き気を催す」

 レッドライダーはレベンに吐きかけるように暴言を発し、レベンは少し悲しげな表情をすると、腕に布を巻き付け出す。

「そんなこと言うなら私だって怒っちゃうもん!」

「クソアマが……!」

 レッドライダーは剣を引き抜き、構える。レベンは布を放ち、それは巨大な腕のように五本に分かれ、拳を形作って放たれる。レッドライダーは軽々とそれを往なし、早々に足払いでレベンを倒し、首を掴んで護所の奥へ放り投げる。

「全く……女というものは信用ならん。この世の悪徳とは、全て女と言っても差し支えない」

 神子は正座のまま、そう呟くレッドライダーを眺めていた。


 ムスペルヘイム・ツェリノ

「ふっ……ふはははは!バロン!これが純粋な闘気か!そうか、こんな感覚なのか!」

 パラワンが歓喜に包まれて叫ぶ。顎の形に湧き出た闘気は炎のように揺らめいて、どんどん勢いを増していく。

「……これが命の輝き、天使の子の力」

 バロンは足を広げ、しっかりと床を捉える。

「行くぞバロン!これが命、死を知らなかった我らが宿した、永遠の輝き!」

 パラワンが羽を広げ、バロンへ飛ぶ。バロンは右腕を放ち、パラワンの大顎と火花を散らす。バロンは至近に見えるパラワンの機甲虫特有の大きな複眼を覗き込んで、そこから放たれる殺気を感じて怯む。それと同時に、パラワンの闘気が更に勢いを増し、バロンを焼き焦がしながら吹き飛ばす。バロンは転がりながら立て直し、追撃で飛んで来たパラワンの攻撃をかわして羽を開いて露出している腹を狙う。パラワンは闘気を地面に突き刺し、無理矢理反転しバロンの拳を頭で受ける。そのまま空中で組み合い、前足でバロンを掴んで鋼鉄の床に叩きつける。パラワンがバロンへ向けて大顎を叩きつけ、バロンは両腕でそれを防ぐ。バロンの腕から溢れる闘気は、次第に光へと変わっていく。

「死ねぇっ!」

 パラワンの大顎が床をズタズタに引き裂き、パラワンは背中が焦げる感覚を覚えた。そして発生点の知れない光が視界を一瞬包み込む。バロンはパラワンの後ろに居た。

「バカな!あの状況から逃げられるなど!」

 バロンは振り返る。

「……(今の感覚は一体……)パラワン、勝負を続けようか」

「ちっ、下らん大道芸だ。私の優位は変わらん!」

 大顎を振り抜き、真空刃がバロンの居た場所を切り刻む。が、パラワンの視界には光しか映らず更には左目が焼け焦げて見えなくなる。

「うく……貴様、何を隠していた!」

「……不思議な感覚だ。僕自身はこんな技を使えたという記憶はないのに、戦うという本能だけで、ここまで戦えるなんて」

「何」

「……不思議だ、それしか言いようがない」

 闘気の大顎とバロンの足が交錯し、大爆発して背後の動力炉が弾ける。

「……僕たちはこうして命を賭け合う。その対価に生きる喜びを得る!」

「それには同感だ!」

 流れ出る溶岩を闘気で弾き飛ばして、大顎を捻じ込み突き刺す。バロンは避けず、そのまま腹を貫かせる。

「な……に……?」

「……決着といこうか。ぬあああああああっ!」

 闘気の大顎を掴み、更に深く腹を貫かせる。折れた大顎の根本まで達して、バロンが拳を振り下ろす。パラワンはバロンから流れ出る血の反射する溶岩の光に飲まれて呆けて、その拳をモロに受けて顔面を崩壊させる。

「あぁっ……ぐはっ……」

「……勝負……あったな」

 闘気が失せて、バロンは腹から大量の血を流す。が、それはすぐに傷が塞がったことで止まる。パラワンの大きな体を抱えて、バロンは闘気で溶岩を吹き飛ばしながら歩く。

「バ……ロン……」

「……せめて最後は、ちゃんと弔うべきだろう」

「断る……」

 パラワンはバロンの腕から滑り落ちると、そのまま溶岩の中へと落ちていく。

「……」

 バロンは急いで溶岩に沈む部屋から出た。


「止めだ!」

 ヴァーユの刀が機甲虫を串刺しにして、その命を絶つ。

「バロンは!」

 辺りを見回す。ヴァルナやカルブルムとも視線を合わせ、機甲虫の死体の山を踏み越えて要塞の中へ歩きだそうとしたとき、バロンが中から駆けてきた。

「何があった!」

「……ああヴァーユ。走ろうか」

「マジか」

「……マジだ」

 その場の全員が要塞の入り口へと走り出す。ちょうど、要塞から出たところで流れ出た溶岩にじわじわと内部が飲まれていった。

「……次は首都か」

 ヴァルナが頷く。

「そうだ。あとはアジュニャーを残すのみ」

「……時間は」

「あと四時間」

「……移動にどれくらいかかる」

「一時間といったところだ」

「……時間が惜しいな。ところでラーフ、バンギに対する策はあるのか?」

 ラーフは真顔になる。

「ない」

「……ない?」

「バンギなど、エンブルムでさえ正面衝突を避けるような化け物だ。例え溶岩に落ちようが心臓を貫かれようが動いて獅子奮迅の振る舞いを見せたこともある。だが技の面で言えば同格程度のはずだから、そこはもう気合いの問題だ」

「……き、気合い……今更だが、本当に今までの作戦は意味があったのか?」

「わからん。私たちも、なぜ戦わねばならないのかわかってないからね」

「……まあいい。全てエリアルに……神子に聞こう」

 五人は要塞を後にした。


 アジュニャー内部

「パラワンが死んだか」

 バンギは表情一つ変えない。

「ええ。やはりこの戦争から死者が出るようになったのは、狂竜王が原因でしょうか」

 ディディエールは小首を傾げる。

「あの騎士は〝結審〟が下ったと」

「結審……それは一体?」

「恐らくはこの世界に伝わる黒き神と白き神の決戦の話だろう。狂竜王が渡して来たこの異世界の道具、〝トケイ〟によればあと〝ヨジカン〟、つまりはこの短い針が四つ進めば神が動き出すらしい」

 バンギが立ち上がる。

「狂竜王!入ってくるがよい!」

 そう叫ぶと機械仕掛けの扉が上がり、黒馬に乗った騎士が現れた。

「原初世界のタンガロア遺跡もこのような仕掛けであったか。懐かしいものよ。帝王よ、パラワンとの戦いで鋼の竜は天使の子の力を呼び起こした。そなたはどうするのだ?」

「ならば真正面より砕く。狂竜王、我がムスペルの兵を武装解除させるのだ」

「帝王よ、それだけでよいのか」

「我が求めるはムスペルヘイムの未来。神子ではない」

「了解した」

「ディディエール、真の主の許へ帰るがよい。我につく必要はない」

 ディディエールはそれを聞くと、狂竜王と共に外へ出ていった。が、狂竜王は黒馬を置いていった。

「なるほど、汝が我が戦いを見届けるか」

 バンギは外へ出て、黒馬も従った。


 ムスペルヘイム首都・アジュニャー

「……ここがアジュニャー?」

 溶岩地帯の中に、鋼鉄で出来た神殿があった。

 バロンの問いに、カルブルムが答える。

「ここだ。タンガロアと呼ばれる遺跡を改造して作ったらしい」

「……行こう」

 五人は長い直線の通路をしばらく歩いた。大きな階段を眼前に捉えたとき、広場に出た。

「ようバロン。待ってたぜ」

 アグニが階段から降りてくる。

「……また負けるためにか」

「確かに俺は、テメエに一回も勝ったことがねえ。テメエが記憶を失う前からずっとな。だがな、重要なのはそこじゃねえ。戦いの勝ち負けなんざどうでもいい。俺はテメエに勝つ。バロン・エウレカを真正面から否定し打ち砕くこと、それが俺の望みだ」

「……そろそろお前にも止めを刺さねばなるまい。みんな、すまないがタイマンでやらせてくれ」

 四人は同意する。

「ハハッ、血管が破裂しそうだ!早く炎を撃ちたくて堪らねえ!」

「……この戦いを終わらせる」

 二人は一定の距離を保ちつつ、広場の左右へ移動する。

「誰にも邪魔はさせねえ」

「……同感だ」

 二人が同時に構える。

「いざ尋常に!」

 炎と闘気が入り乱れ、二人の拳が激突する。

「おおおおおおおおっ!」

 アグニが打ち勝ち、バロンの拳甲の皮と肉が引き千切られる。そのまま拳はバロンへ進むが、バロンは壊された手でその拳を上へ逸らし、もう片方の腕で拳を放つ。後退するアグニへ闘気を打ち出し、アグニはそれを怨愛の炎で撃ち破る。もう一度二人は拳をぶつけ合い、それを合図に猛ラッシュを叩き込み合う。

「……そこだッ!」

「甘いッ!」

 バロンが放った拳よりも速く、アグニが数発の拳を与える。バロンが空中へ逃げる。

「あん時のお返しだぁ!」

 バロンを空中で炎に巻き、無防備な体に渾身の連打を叩き込み、止めに蹴りで叩き落とす。アグニは着地し、落下点へ近付く。

「どうだバロン!リベンジを果たされた気分は!」

「……なるほど、リベンジ、リベンジか……」

 落下点が弾け、バロンが立ち上がる。

「あ?」

「……そんなものに拘るからお前はいつも負けるんだ。過去から学ぶことは重要だが、過去に囚われてしまったら未来に進めない」

「なんだと?」

「……こういうことだ」

 バロンの拳がアグニの顔にめり込み、続けて連打が体に叩き込まれて吹き飛ばし、倒れたアグニへ拳を放つ。

 その拳はアグニの頭の少し横へ刺さっていた。煙を上げる拳を、バロンは引き抜く。

「止めを……外したのか……」

「……お前は強いが、絶対に僕には勝てない。だから止めを刺す必要もなくなった」

 バロンは立ち上がる。ヴァルナたちへ視線をやり、階段を上がる。

 上がった先には、紋様のような溝に溶岩の流れる先程の広場の数倍の大きさの場所だった。

 その中央に、一人の男が立っていた。

「待っていたぞ、バロン」

「……お前がバンギか」

「いかにも。我こそがムスペルヘイムの王、ヴァナ=ギラス・ヨーギナである。バロン、まずは汝を讃えよう。記憶を失いながらも、よくぞここまで辿り着いた」

「……僕だけの力じゃない」

「わかっている。その上で汝を讃えているのだ。汝が居なければ、この世界は動かなかった。汝がこの世界に現れたことで神子が本気でこの世界を、この戦いを終えるために命の制限を取り付けたのだ」

「……どういうことだ」

「今言った通りだ。神子がこの世界を終えようとしている。そのことと汝がどう関係しているのかはわからぬがな。汝がここまで来た、それはこの世界の終わりが近いことを表している」

「……それが双神による世界の滅びだと」

「そうともいう。さて、強者には礼をせねばならぬ。それがムスペルヘイムの礼儀だ。既にムスペルヘイムの全兵力は汝らに投降した。この戦いは汝らの勝ちである。だが――」

 周囲に異様な気が漂う。バロンは悪寒を覚え、震え出す。

「汝らは戦わねばならぬ。この我と。これを見よ」

 バンギは一つの金属片を取り出す。

「アロンダイト!?」

 バロン以外の四人が驚く。

「……なんだ、あれは」

 ラーフが震えた声を出す。

「あれはアロンダイト……エンブルムの使っていた剣……!」

「……まさかそれで連絡がつかなかったのか」

「そうだ。我が倒した。どういうつもりだったのかは知らんが、たった一人で我に挑もうなど笑止千万」

「黙れェッ!」

 ヴァルナが飛び出す。バンギが投げたアロンダイトの欠片を弾き飛ばし、氷剣で切りかかる。

「怒りは刃を鈍らせる」

「黙れ!エンブルムはまことの武人、貴様とは違うッ!」

 バンギはひどく気の毒そうな顔をした。

「主君の闇すら見抜けぬ阿呆とは」

 バンギが軽く左腕を振るう。凄まじい衝撃で氷剣が砕け、ヴァルナが吹き飛ぶ。

「ぐああああっ!?」

「バロン、汝はクロザキとやらと融合し、本当の汝となった。我にはなんのことかさっぱりだが、少なくともひとつ言えるのは」

 バンギがマントを脱ぎ捨てる。

「この世界は、汝と神子が巡り会うために存在していたのではない。誰もが全身全霊で戦ったこの世界、断じてそんな下らぬことのためにあるのではない」

 バンギは目を見開く。

「だが、戦いに私怨は不要。汝らと我、どちらがより強いのか、純然なる力比べだ」

 バンギがゆっくりと歩き始める。ヴァーユが一瞬で接近し、切りつける。が、刀は容易に止められ、素手で折られる。追撃をヴァーユはぎりぎりで避け、折れた刀を投げつける。既にヴァーユのことなど視界から外したバンギは闘気を発するだけで弾く。

「……ラーフ、カルブルム、頼むぞ」

 カルブルムが大きく仰け反り、渾身のビームをエクスカリバーから放つ。バロンはその波に乗ってバンギへ飛ぶ。

「……ハァァァァッ!」

 エクスカリバーのビームはバンギの闘気に沿って二つに分かれる。

「……でぇい!」

 バロンの拳がバンギの拳と激突し、溝を流れる溶岩が全て消し飛ぶ。爆発的な闘気の流れでヴァルナたちが吹き飛びそうになるが、ラーフが岩で壁を作り上げて止める。

「……くぅっ……!なんてふざけたパワーだ……!」

 バロンは直ぐ様拳に鋼を流し、無理矢理バンギの拳と己の拳を拮抗させる。

「この程度か、バロン!」

「……いいや……!」

 バロンの拳がバンギの拳を弾き飛ばし、高速の反撃を放つ。

「温いわ!ぬあああっ!」

 それより速く、バロンの胸を剛拳が打つ。骨が粉々になり、鈍痛が全身を駆け巡る。耐えることすら許されないその暴威に瞬時に床に叩きつけられる。

「どうやら神子の力の残り香も限界のようだな」

「…………ぐふっ……まだだ、まだ勝敗は決していないぞ、バンギ……!」

 バロンが立ち上がる。

「……僕はエリアルに色々聞かなくちゃならないんだ……!」

「良かろう。汝の戦う意志を尊重しよう」

 再び、二人の拳が激突する。床は歪にひしゃげ、無数の破片が激しい闘気の流れに乗って消えていく。

「……オオオオオオオオッ!」

 バロンは今までにないほどの膨大な闘気を放ち、拳に更なる力を注ぐ。

「うっ……くぅ……弱い……余りにも弱い!」

 涙を零しながら、バンギが呟く。

「やはりこの世界は飯事ということか!」

 恐るべき剛拳が再びバロンの拳をぶち壊し、全身を打ち砕く。バロンの体は宙を舞い、ラーフの前に落ちる。

「カルブルムよ。汝はこの程度の男のために命を、兵を、パラミナを差し出したのか?」

「許せバンギ。私は神子とバロンを会わせねばならない義務がある。ここでこの男を死なせるわけにはいかん」

「汝も神子に与するか。まぁ良い。そんなことは些細な問題よ。ここで汝とも雌雄を決してくれるわ」

「先程のあれエクスカリバーはどうだった」

「手緩い」

「やはりか。一体どこにそんな力が……」

「才という他ない」

 カルブルムがバンギとの距離を詰める。

「ラーフ、バロンを抱えてエリアルのところへ行け。ヴァーユはヴァルナを」

 二人は指定された人間を抱え、バンギを通りすぎる。

「どうしてバロンに止めを刺さなかった」

「女の亡霊に憑かれ、眼前の敵を見失う男など、殺す価値もない。汝はどうなのだ。神子に何の価値を見出だした」

「娘が、家族が出来ればわかるさ。自分を犠牲にしてでも助けたくなる気持ちがな」

「愚か者め。情を持てば戦士の力は鈍る。バロンのようにな」

「違うな。守るべきものは、何にも変えがたい力をくれる」

 両者が睨み合う。

「いざ……」

「行くぞ、カルブルム!」

 エクスカリバーが闘気の渦を放ち、バンギと打ち合う。一切押し負けず、むしろ出力を上げて連続で切りつけるカルブルムに対し、重く堅実な反撃を重ねるバンギ。二人はかすり傷一つ負わない。

「流石の剣術だ、カルブルム」

「そちらこそな。バロンもリッチーもそうだが、一体素手のどこにそんなパワーがあるのやら」

 談笑を交わしつつ、瞬間的な殺意をぶつけあう。


 古代の城

「俺ら勝ったから開くんだよな、ラーフ」

 赤い光で出来た障壁を見上げながら、ヴァーユが呟く。

 二人は、巨大な建造物の前に居た。三つの国の首都に跨がる、通称〝古代の城〟である。

「ここに神子が居る。ニブルヘイムの人間は通してくれるはずだよ。ほら、こういう風に」

 ラーフが腕を通すと障壁も波打ち消える。

「行こう。神子に会えばバロンも息を吹き返すはずだ」

 二人は古代の城に足を踏み入れる。ラーフの革靴が床を叩き、金属音を返す。薄暗い通路の足元にはぼんやりと緑色の光が続いている。それに従って奥へと進む。突き当たりにあるエレベーターの扉が開く。

「んだこれ?」

「確か……運搬用の装置だったはずだ。中に入って、数字のボタンを押して、扉を閉じる。すると指定した数字の高さまで自動で運んでくれる。試しに使ってみようか」

 エレベーターに入り、ラーフは取り敢えずRを押してみた。すると扉が勝手に閉まり、しばらく機械音が鳴り響いたあと、扉が開いた。エレベーターから出ると、ムスペルヘイムの景色を一望できた。そこから歩くと、どういう仕掛けなのかすぐにパラミナについた。パラミナ側の屋上の左側には、古代の城の近代的な外見には見合わぬ洞穴があった。二人がそこへ行こうとすると、一匹の機甲虫が降りてきた。

 黒い体にオレンジ色が差されているその機甲虫は少し俯くと光に包まれ、二人の少年へと姿を変えた。

「んな!?ディディエールが人間になったァ!?」

 二人が驚いていると、少年の内、槍を背負った気丈そうな少年が口を開いた。

「失礼。貴殿方を驚かせるつもりはなかったのですが。僕はサーマと申します。こちらの彼はヤジュル。我々は使命の許に、この世界に機甲虫として存在しておりました」

 ラーフが問う。

「君らは何のために私たちの前に出てきたんだ」

「まあ……率直に言えば最終決戦のサポート、でしょうか。あと十数分ほどで双神が起動するのはご存じでしょう」

「ああ、もちろん。それの前に戦争を終わらせるためにここまで来たんだからな」

「ええ。ですが、双神は起動します」

「何?私たちがこの戦争の勝者のはずだ」

「双神の起動条件は戦争が終わらぬことではありません。神子とバロンが出会えることが確定的になったときです」

「なぜそれがトリガーになっているんだ?」

「それは神子から教えてもらった方が良いでしょう。付いてきてください」

 サーマは二人を促し、洞穴へと入っていく。二人は顔を見合わせたが、一先ず付いていくことにした。

 洞穴のなかは淡い光を放つ鉱石がまばらに露出していて、それでぎりぎり視界が確保できていた。

「なあ、サーマ。お前は何もんなんだ?」

 ヴァーユがヴァルナを抱え直して問う。

 サーマは前を向いたまま答える。

「お二方はヴェヱダというものをご存じでしょうか」

「ヴェヱダ?なんだそりゃ」

「シャングリラ・エデンより始まった全ての歴史を刻む、生きた歴史書というべきものでしょうか。そのヴェヱダには、リグゥ・サーマ・ヤジュル・アタルヴァの四つがあり、纏めて四聖典とも言いますね」

「それがなんだ?」

「我々はその生きた歴史書の二人です。そう遠くない未来起こる全てを賭けた戦いに勝利するため、我らはここにやってきました」

 ヤジュルが交代して話す。

「そちらも知っているのでしょうが、この世界とは別の世界からカルブルム、神子、バロンはやって来た。その別世界から更に二つの世界が別れています。その二つの世界に、残りの聖典は向かった」


 神子の護所

 洞穴を抜けると、大きな空洞へ出た。鉱石の放つ蒼光の中に、一人の少女が佇んでいた。

「あれが神子……?」

 ラーフが呟く。青い髪の少女はその声に振り向く。

「待っていたわ。まずはその二人を治療しましょ。そこに寝かせて」

 ラーフとヴァーユは神子の前に二人を置く。神子は目を閉じ、手を翳す。すると二人の傷が一瞬で塞がり、目を覚ます。

 バロンはサッと起き上がると、神子をまじまじと見つめる。

「……エリアル!」

 バロンは神子、もといエリアルを抱き締める。

「わ……ちょっバロン!みんな見てるから!」

「……あ、ああ。そうだった」

 バロンは少し照れながらエリアルを離す。

「……ここは?」

 ヴァーユが返す。

「神子の護所だろ。俺も初めて見たけど」

 ラーフが付け加える。

「私たちが運んできたんだ、アジュニャーから」

「……そうか。ありがとう、二人とも」

 ヴァルナが起き上がり、ラーフに問う。

「さっきぼんやりと聞いていたが、神子に聞くべきことがあるのだろう、ラーフ、ヴァーユ」

「あ、そういやな。神子、お前がバロンと会うことがトリガーになって双神の戦いが起こるって聞いたんだが、それは本当なのか?」

 エリアルは頷く。

「元々、この世界はバロンと私が作った世界なの。ギリシャの大英雄にして、最強の機甲虫たるヘラクレスにね。ヘラクレスが求めたのは究極の強さ。そのために、こうやってただひたすら戦乱を起こすための世界になっていた。でも、この世界はその強さゆえに次第に狂竜王の実験場になっていった。そう、私をトロフィーのように仕立てあげたり、不死となることで終わらない戦争を繰り返すように。それを止めるために、まず私はあちら古代世界の私でバロン・クロザキをこちらの世界へ越させた。まあ精神体だけだけど。そして次に、国境でコーカサスの攻撃を受けて死にかけていたバロン・エウレカに傷の処置とクロザキとの統合を施した。それで今回の世界のバロンは全て一つになったから、どうにかしてニルヴァーナへ二人で行こうとした」

「……ちょっと待てエリアル。今回の世界のバロンとはどういうことだ」

「そのままの意味よ。世界は巡り巡って何度も生まれ変わる。貴方はその世界輪廻の中心、宙核の化身。始源世界で交わした契約により、私と貴方は絶対に結ばれるようにできている。宙核としての力を行使するにはこの世の外側にあるニルヴァーナに行く必要がある。そうすれば、狂竜王の支配から逃れることができると思ってたんだけど……それを読まれて私とバロンが会うことをトリガーにされたのよ。私には双神をコントロールする手段なんてないし」

「……では僕がニルヴァーナに行けばどうにかなるのか?」

「ええ。でも今からでは間に合わないわ。この世界のニルヴァーナは古代世界・日本・福岡県・折那区の上空に固定されてるわ。もし仮にこちらからDAAにアクセスできたとしても、DAAがあるのはイギリスの地下。とてもじゃないけど、古代世界より圧倒的に速く時間の進むこの世界の崩壊に間に合わせることはできない。でも策はあるわ、安心して」

 ラーフが眼鏡の位置を直す。

「策とは?」

「双神はある種の機械のようなものよ。起動したら、この護所を目指す。けれど、地形には従い、パラミナの地に辿り着いた時点でパラミナに封印されている角竜王と交戦する。つまり、みんなで進路を妨害してパラミナへ誘い込めば、時間稼ぎができる」

「……時間稼ぎでは意味がないのではないか、エリアル」

「いいえ、大丈夫よ。双神は質の低いシフルで形作られた泥人形だもの。シフルの力で出力に問題は無くても、存在証明がどんどん薄れていくわ」

「……専門用語で捲し立てられているみたいだ」

「要は時間が経てば勝手に死ぬってこと。でも、連峰が続いてるニブルヘイムならまだしも、平坦な溶岩平地が続くムスペルヘイムでは厳しいわ。そこはまた別に策を考えなくちゃ――」

 突然、凄まじい振動がやってくる。

「来ました」

 サーマが呟く。

「……来るか……!」


 ニブルヘイム・銀流の果て

 氷が引き裂かれ、渦巻きのように甲殻が巻かれた前足が山を掴み、その重みに耐えられず山が崩れる。もう一本の足が大地を穿ち、白き神の巨体が現れる。連山のように屹立する背中の甲殻は周囲の山々を越えるほど大きく、一歩踏み出す度に大地が揺れる。白き神は慟哭を散らし、氷の光線を放つ。それはニブルヘイムを渡り、ガルガンチュアと古代の城を貫く。氷が隆起し、光線の通った跡を示す。

 白き神はゆっくりと、真っ直ぐ進み始めた。


 ムスペルヘイム・炎火ノ原

 地面が煮立ち、溶岩が弾ける。黒い剣山が這い出て、溶岩を身震いで飛ばす。咆哮を一つ放つ。地面が裂けて、一帯が溶岩に飲まれる。黒き神は炎の光線を放ち、アジュニャーと古代の城にその炎を届かせる。そしてそのまま、眼前に立ち塞がった片羽の機甲虫と戦いを始めた。


 ムスペルヘイム・アジュニャー

 拳と聖剣が闘気を散らし、激しく衝突する。神の復活がもたらす震動を尻目に二人は暴力をぶつけ合う。バンギは次の一撃を放つ瞬間、こちらへ注ぐ光の束が見えた。その光はバンギたちの真横を通り過ぎ、爆炎が二人を吹き飛ばす。

「っ……どうやら、タイムオーバーのようだな、バンギ」

「笑止。神が世界を喰らうならば、我が神を喰らうまで!」

 お互いに立ち上がる。

「汝は踏み台の一つに過ぎぬわ」

「その通りだな。だがお前の踏み台ではない。娘の幸せのためのものだ」

「下らん。弱者に庇護など不要。強いものが生き残り、弱者が駆逐される。それが世の定めだ」

「尚更お前をこのままにはしておけんな。ここで倒す」


 神子の護所

「白き神は直進中。しかし、黒き神はコーカサスと戦闘を開始した模様」

 サーマが呟く。

「よし、それならなんとかなりそうね。ヴァルナさん、白き神を止めに行ってもらえますか?」

 エリアルが問う。

「他に選択肢はない」

「ありがとうございます。私とバロンはこの先にいるレッドライダーを止めに行きます」

「……なぜレッドライダーを?」

「もう狂竜王はこの世界には居ないはずよ。本人がこの世界はもう用無しだと言っていたし。ならばこの世界の全権はレッドライダーに委譲されたはず。これ以上何もできないように、ここで止めるわ」

「……わかった。ヴァルナ」

 バロンはヴァルナの方を向く。

「我らにとってその女が何の意味も持たないことはわかった。あとは貴様の仕事だ」

「……死ぬなよ」

「もちろんだ」

 二人は頷く。ヴァルナはヴァーユ、ラーフ、サーマ、ヤジュルを連れて去っていった。

「……エリアル」

「ん?なに?」

「いや、何でもない。急ごう」


 大零塊・底部アイシクル・ボトム

 神子の護所を抜けると、辺りが闇で包まれた中空へ出た。視線の真っ直ぐ先には、超巨大な氷塊がある。

「……ここにレッドライダーがいるのか?」

「ええ。異なる歴史に於いて、零獄の辿る可能性の一つ。言うなればイフのイフ」

 二人が零塊の麓へ行くと、氷で閉じていた扉が開く。足を踏み入れるが、中は外見ほど寒くなかった。

「……上への道は」

「ここは元々至天の戦域と呼ばれるハイテク建造物なの。上に行くにはエレベーターしかないんだけど、氷漬けになるくらいじゃ故障しないのよ。こっちよ、ついてきて」

 バロンはエリアルについていくと、すぐにエレベーターの前についた。

「はい、これよ。バロン、ドアが凍ってるからそれだけ壊して。エネルギーは通ってるわ」

「……わかった」

 バロンはエレベーターの扉に張り付いた氷を引き剥がし、エリアルがボタンを押す。すぐにエレベーターはやってきて、二人はそれに乗る。

「……なあエリアル。僕はこの世界で君の夢を何度も見た。君と僕はこれまでも会ったことがあるのか?」

「もちろんよ。というより、今回の世界に至るまで片時も離れたことはないわ」

「……そうなのか。ところでヘラクレスとはどんなやつなんだ?」

「とっても優しいわ。貴方も会ったことあるのよ?今までにないくらい記憶が吹っ飛んでるから覚えてないだけで」

「……まあ、後で詳しく教えてもらおう」

 エレベーターの扉が開く。通路に出て左に曲がり、右手にある階段を登る。登りきる少し手前で声が聞こえ、二人は横にある柱へ隠れる。

 声はレッドライダーと狂竜王のもののようだ。

「王よ。ベルガはいつ差し向けましょう」

「こやつは後で使う。少なくとも、最初の浄化が終わるまで出番はない。パラワンの回収も、二人を結び合わせることも終わった。レッドライダー、そなたは深淵の覚醒が終わった後撤退し、古代世界で待機せよ」

「承知」

「うん?どうした、シュバルツシルト。うむ、うむ――レッドライダー、レイヴンが追憶の深窓へと至ったようだ。私はそちらへゆく。では、頼んだぞ」

「はっ」

 狂竜王の声は消えた。

「そこにいるのはわかっておるぞ、バロン、神子」

 二人は柱から出て、階段を登りきり、天井のない素朴な広場に出た。

「……レッドライダー」

「全く……もうこの世界ですべきことは終わった。もう弾切れじゃ」

「じゃあ深淵の覚醒って何よ」

「やれやれ……バロンは仕方ないが、神子、お主が知らぬはずは無かろう。深淵と言えば一つしかない」

「まさか九竜の深淵……!?でもあれはクシナガラでいなくなったわよ!」

「お主はこの世の深みを知らぬ。九竜がそんな単調な存在でないこともな」

「……待て、何の話をしてる」

「人の六つの罪、神の三つの罪。それらを司り、世界を形作るパーツ、それが九竜じゃ」

「……説明してくれるんだな」

「教えようが教えまいがいずれ止めに来るじゃろうからな。それならば、打ち倒して、主らが強くなってくれた方が都合がよい」

「あれ?そういえば、ヘラクレスはどこにやったのよ、レッドライダー」

「主らが知る必要はない。さて、儂は古代世界で待機せねばならん。主らには退いてもらおう」

 レッドライダーは長剣を抜く。

「そして、強者と戦うのは血が断れぬ」

「……エリアル、援護を頼む」

「わかったわ!」


 ムスペルヘイム・炎火ノ原

 凄まじい風の塊と炎の光線が激突し、大爆発する。

 突進する三本角を、黒き神は片腕で弾く。右前足を薙ぎ払い、炎の嵐が躍り狂う。コーカサスはそれを左角で幾度も弾き、赤い眼を輝かせて角を打ち据える。黒き神は吠え、コーカサスを溶岩の海へ撃ち落とし、前足を押し付ける。コーカサスの体は煙をあげながらズブズブ沈んでいく。完全に沈みきったコーカサスは猛烈な瘴気を噴出させ、羽を再生、完全硬化させて飛び上がる。

「コオオオオオオオオオオオッ!」

 黒き神の光線に真っ直ぐ突っ込み、角でそれを引き裂きながら黒き神に鋭い斬撃を加える。黒き神は全身に赤い筋を浮かばせて激昂し、竜巻のような音波で薙ぎ払う。コーカサスは暗黒闘気で弾き返しながら、再び急降下で黒き神を切り開く。切断された黒い棘は溶岩へ落ちて行き、黒き神は更に荒ぶり猛る。


 アジュニャー

 金属の甲高い音が鳴り響き、黄金の剣の切っ先がが空中を舞う。剛拳がカルブルムの胸を打ち砕く。

「ぐふっ……まだだ、バンギ……!」

「汝は竜の呪いにかかっているようだな」

 カルブルムの体が次第に白化してゆき、腕や足から粉末が落ちる。

「知っていたか、バンギ……」

「汝が現れたあの日、狂竜王は我に一つの資料を手渡した。chaos社新製品、インベードアーマーとやらのな。汝を見てすぐにわかった。汝はこの呪いの力を受けているのだとな」

 拳を引き抜き、カルブルムは後退する。

「そうだ……インベードアーマー、これは装備したものを竜へと変貌させる……だがその強大な力の代償に、生命の限界点を容易に越してしまうようになった……すると耐えきれない体は……」

 カルブルムは自分の左手の小指をへし折る。すると、それは粉になって崩れた。

「こうやって、ミネラルに変換されてしまう。……だが驚いたよ。この世界の生物は例え機甲虫の一体に至っても、インベードアーマーで強化された肉体の攻撃を意にも介さないのだからな……」

「あの聖剣に思いを込め、闘気と自分を同調させることでここまで強くなったというのか、汝は」

「ふ……だから言っただろう。守るべきものは力をくれると……だが、見事だバンギ……お前は黒崎奈野花にも劣らぬ、真の猛者よ!」

 カルブルムの両腕が崩れる。

「すまんなエリアル……父さんはいつでも、お前の幸せを願っているよ……」

 足も殆ど白化してしまっているが、カルブルムはバンギへ突っ込む。

「せめて最後はお前の拳で果てよう!ぬおおおおおお!」

「良かろう!汝は我が奥義にて葬ろうぞ!」

 バンギはカルブルムの背後に巨大な横薙ぎの竜巻が見えたが、構わず闘気を練り上げる。

「灰塵に帰すがよい!〈天覇烈葬〉!」

 バンギから膨大な闘気が放たれた瞬間、突進してきたカルブルムの体は塵となり、後ろから来た竜巻も砕け散る。

「ぬう……汝の強さがその甘えから来たのなら、我はそれを踏み台にはせぬ。敢えて踏み潰して我が覇道を進むのみ」

 バンギは無表情になり、傍らの黒馬に乗ると、黒き神へと駆けた。


 ガルガンチュア

「始まったようだな」

 エンブルムは格納庫に降りながら呟く。

「私がこの世界で最後に成すべきは一つ。結末でやつらが使える戦力を削ぎ、使徒の戦いを有利に運ばせること。そのためには……」

 格納庫を開くと、異様な武装の機械竜が鎮座していた。

「少しでもこの世界の勝者の力を削ぐことだ。異史のニブルヘイム大戦を終結に導いたお前の力を借りようか、マルドゥーク」

 エンブルムはマルドゥークの背にあるキャノピー型のコックピットに乗り、コンソールを弄って起動させる。竜の頭部で乱暴に前方のシャッターを噛み千切ると、吹雪の中へ歩き始めた。


 大零塊

「ハッ!」

 レッドライダーの一撃をバロンは白刃取りの要領で止め、そのままへし折り、一気に踏み込んで撃掌を叩き込む。レッドライダーの鎧の腹部が煙を上げ、ヒビが入る。

「クカカカカ!面白い!倒した敵の技をも使って来るとは!ならば儂も全力で行くとするかのう!」

 折れた剣を投げ捨て、背から巨大な薙刀を抜く。

「ぬぅぅぅぅあッ!」

 レッドライダーの振り下ろしをバロンは既に避け、闘気槍を放つ。だがレッドライダーは軽快に走り回り躱す。まるで長さなど関係ないように縦横無尽に薙刀を振るい追い詰めていく。

「パラワンに負けたときも、バンギに負けたときもどうなることかと思っておったが、やはりその辺の雑魚どもとは格が違うということか、バロン!」

「……僕は僕自身の運命を手にする。そのために、エウレカの宿命にも、クロザキの宿命にもケリをつける」

「ふっ、まだ知らぬのか、バロン。クロザキが何者か、説明する暇もなかったか、神子よ」

「いいえ。あえて教えていないの。彼は、戦いの全てを終えてから私から真実を聞くつもりよ」

「なんと……それでもしこやつが壊れたらどうするつもりなのじゃ」

「私が支える。私たちは二人で一人だもの」

「……覚悟はいいか」

「ちっ……こやつらを動かしているのは一体……!?」

 レッドライダーが薙刀を振り、猛烈な竜巻を起こす。バロンは手を翳し、掌から流体の鋼を生む。それはみるみる内に巨大化し、大きな盾となる。

「……来い」

 その盾は真正面から竜巻を受け止め、打ち消す。

「ぬう!」

「……わかるか、僕はエリアルと会ったときから自分の底から力が沸き上がるのを感じる」

「おのれ、宙核風情が!」

 薙刀が振り下ろされる。


 銀流の果て

 白き神の背に爪を穿ち、マルドゥークがビームを放つ。更に背のプラズマカノンとツインバレルの大砲も放たれ、白き神にダメージを与える。しかし白き神は動じず、冷気を全身から噴射してマルドゥークを吹き飛ばす。追撃で右前足を繰り出し、マルドゥークを押し潰す。

「こんなものか。異史に比べ正史の方がより強力故か……まあいい。使い物にならぬのなら結果オーライではある」

 エンブルムはキャノピーを蹴り割り、外へ出る。

「自律モード、起動アクティベート

 それだけ告げて、エンブルムは吹雪の中へ消えた。マルドゥークは白き神によって抉り釘付けにされた下半身をパージし、前足のブレードを展開し、白き神へ特攻する。白き神は上体を薙ぎ、マルドゥークを粉々に砕く。


 氷竜の骨

「ラーフ、白き神は」

 ヴァルナが問う。

「まだ銀流の果てだ。ところでサーマ、本当に神子の言っていたことは出来るのか?」

「もちろん。神子も言っていましたが、言わば双神はAI式のロボットですから。彼らは敵性生命体しか排除しない。地形や障害物には従う。うまく敵対せずに道を塞げばパラミナに誘い出せます」

「ラーフ、パラミナに進ませるには何回道を塞げばいい」

「四回だ。四回塞げばパラミナまで一直線だ」

「よし、それなら早く――」

「ちょっと待った」

 ヴァーユが口を挟む。

「パラミナについたら角竜王ってのが出てくんだろ?そいつは本当に白き神と戦うのか?」

「それについては大丈夫ですよ。角竜王は神子の管理下にある竜ですから」

「ふーん、っつうことは何も考えなくていいんだな」

「行こう、みんな」

 ヴァルナが歩き始める。


 大零塊

「……無駄だレッドライダー。ここで朽ち果てよ」

 薙刀は鋼の盾に受け止められる。

「……はぁッ!」

 バロンの拳がレッドライダーの横顔にめり込み、続けて乱打でレッドライダーを吹き飛ばす。

「ぐっ……ん?ランスロット卿も戻ったか……潮時じゃな……」

 レッドライダーは立ち上がり、砕けた頬骨を掴んで捨てる。

「……逃さん!」

 バロンは拳を振るうが、それはレッドライダーをすり抜ける。そしてどんどん透明になっていく。

「戯れもここまでじゃ、バロン。永劫の戦いはすぐそこにあるのじゃ。例えこの世界を抜け出そうと、クロザキの宿命に決着をつけても、お主は永遠に戦い続けるのじゃ」

 レッドライダーは光になって消えた。

「……ちっ、逃がしたか」

「ラーフくんと連絡してみるわ、バロン」

「……ああ」


 銀流の果て

『ヤジュル!第一分岐点まであと一分!』

 右手に付けられたコーデックから、ラーフの声がする。ヤジュルは小刀を抜き、視界に白き神が現れるのを待つ。

「(双神……王龍でありながら、人の進行によって貶められた存在。強さによって王龍となった彼らならば、意思の力でより強力になるはずだが……やはり神という最下層のカテゴリに押し込められたせいで弱体化しているようだな)」

 ヤジュルはそんなことを考えながら、どう道を塞ぐべきかと辺りを見た。猛吹雪で視界は悪いが、どうやら銀流の果てとは現在位置のように深い谷が延々と続く場所らしい。

「(この程度なら幻覚で十分か。零なる者を迎える時に余力も必要だ)」

 白いカーテンの向こうから、ゆっくりと白き神が歩み寄ってくる。ヤジュルは小刀に何か呟くと、おもむろに横に振る。すると、谷の幅分の切れ込みが地面に入る。白き神は切れ込みを避け、もう片方の道へ進んだ。

「(しかし……狂竜王に盤面の全てを支配されているこの感覚……慣れたものではあるけども、今回は不愉快を通り越して憤りすら覚える)」

 ヤジュルは小刀を納め、その場から消えた。


「第一分岐点は上手くやったみたいだぜ、サーマ」

「まあ、ヤジュルがしくじるわけがありませんし」

 ヴァーユとサーマは談笑していた。

「でよ、その角竜王ってのはどんなんなんだ?」

「そうですね、通常の角竜の三倍ほどの大きさであり、装甲から浮き出るほどの血管、黒い体が特徴でしょうか」

「三倍か。だがよぉ、その程度じゃ白き神の半分にもならねえぜ?」

「はっはっは。大丈夫、神に負ける獣など居ませんよ。人とは練度の差で破れることはありましょうが、竜ともなれば、よほど強力な人間か、竜以上……それこそ宙核や人類にしか負けないでしょうね」

「そんなにか。神っつうとなんとなくクソ強いイメージがあったんだが」

「いえいえ、神とは愚かなものです。今貴方がイメージしたように、強いと思われなければ存在できないのです。そのくせ傲慢で、自分達が最も正しいと思っている。哀れなものです」

「ほぇ~。なんかよくわかんねえけど、要はクソザコってことでいいんだな?」

「ええ。しかしまあ、元は竜ですから加減はできませんが」

 遠くから地響きが聞こえてきて、二人はそれぞれ得物を抜く、

「お前とはうまくやれそうだな。後で酒でもどうだ?」

「喜んで」

 ヴァーユは飛び上がり、谷の両側を切り捌く。荒く切り出された氷塊をサーマは空中で成形し、一分の隙もなく氷塊が谷を埋める。

 二人は着地すると、拳を突き合わす。

「上出来だな、サーマ」

「完璧ですね」

 二人は笑い、パラミナへ急いだ。


『将軍、ヴァーユたちも成功したようです。もうじき白き神が来ます』

 ラーフの声がコーデックから聞こえ、ヴァルナは立ち上がる。

「これでこの世界の戦いも終わる……ようやく我らは未来を思い描ける」

 氷剣を作り出し、自分の腕を見る。

「バロンが記憶を失ってから不甲斐ない自分を嘆いていたが、まだこの命を終わらせるわけにはいかん」

 吹雪の向こうからやってくる白き神を確認すると、ヴァルナは谷に氷壁を生み出す。白き神はそれに沿って、更に道を進んでいく。


「よし、皆、先にアリンガへ行っておいてくれ!」

 コーデックにそう告げると、ラーフは白き神の来る方角を見つめる。

「サーマが言っていた古代世界……バロンと神子を安全に向かわせるために、私たちは私たちの世界を守らねば」

 そう思っていると、手元のコーデックが鳴る。

「どうしました、神子?」

『こっちはレッドライダーに逃げられたわ。少なくともこの世界にもう手は出せないはずよ』

「よかった。こっちは首尾よく白き神をパラミナへ誘き出せています。そちらは早く古代世界へ向かってください」

『了解。古代世界に行ったら、もう連絡できなくなるだろうから、こっちに伝言があったら今伝えてくれる?』

「なるべく早くニルヴァーナへついてくれ。私たちには寿命が出来てしまったから」

『わかったわ。あとはよろしく』

 ラーフはコーデックを切ると、地響きの接近に反応して、予め作り出しておいた岩塊に魔力を込め、硬化させ、巨大化させる。白き神はそれを避けるように、道を変える。

「合流しよう」

 ラーフはパラミナへ向かう。


 パラミナ・砂漠地帯、

 白き神は砂に足を踏み入れると、方向を変え、古代の城へと進み始めた。と同時に空中から黒い何かが飛来し、その行く手を阻む。巨大な黒い角竜は全身に赤い筋を迸らせ、吠え猛る。そして角竜王は二倍ほどの体躯を誇る白き神へ突っ込む。体格の差をものともしない角竜王のタックルは触れあった瞬間の装甲の爆発と組み合わさって白き神をよろめかせる。続いてハンマーのような尻尾を打ち付けて暗黒闘気を放ちつつ飛び上がり白き神を角で貫く。白き神の背に空いた大穴から冷気が漏れだし、砂漠がみるみる凍りついていく。そして白き神の甲殻が剥げ落ち、まるで足の生えたミミズの化け物が姿を現す。

「オ……オオ……」

 白き神は呻きながら、角竜王へビームを放つと、角竜王は真正面からそれを突破し、ラリアットで吹き飛ばす。そして即座に重力を増加させ叩き落とす。角竜王は咆哮する。


 ムスペルヘイム・炎火ノ原

 黒皇が溶岩に蹄を穿つ。バンギの視界の先には、暗黒闘気を放ちながらその勢いをどんどん増すコーカサスと、一方的に追い詰められる黒き神の姿があった。

「所詮は神。我が喰らう価値もないか。走れ黒皇!神子とバロンの元へ我を運ぶのだ!」

 黒皇は方向転換し、古代の城へ駆ける。

 全身が鉱物のような黒き神の体を、コーカサスは一撃ごとに砕いていく。そして繰り出された渾身の一撃で、黒き神の頭部は引き裂かれ、溶岩へ沈んだ。


 パラミナ・砂漠地帯

 角竜王が重力を放つと、白き神もそれを理解したのか、頭上に巨大な冷気を浮かべる。過重力で自らに叩きつけられた冷気は、白き神の甲殻を再び形成していく。角竜王と白き神は激突し、激しい砂埃を巻き上げる。角竜王の装甲が大爆発を起こし、お互いの甲殻が再び消し炭になる。そして頭で思いっきり白き神をぶち、角を突き刺し持ち上げ、何度も重力をかけて叩きつける。白き神はやがて動かなくなり、凍りついた。

 角竜王は咆哮すると、ムスペルヘイムの方を向いた。

 そして空の彼方から飛来したのは、三本角の機甲虫だった。コーカサスと角竜王は角をぶつけ合う。暗黒闘気が炸裂し、砂を巻き上げ氷結した地面を融解させていく。

「オオオオオオオオオ!!!!!!」

「コオオオオオオオオ!!!!!!」

 重力波で砂が抉り上げられ、コーカサスが砂漠をのたうち回る。角竜王がコーカサスに突っ込むが、コーカサスは角竜王と正面で組み合う。勢いに任せたその攻防で、砂漠は岩場のように深く硬質な傷が刻み込まれていく。


 パラミナ・アリンガ

「ラーフ、首尾はどうだ?」

 ヴァルナは灰色の机に寄りかかり、椅子に座ったラーフに話しかける。

「二人は護所の更に奥へ向かったようですね。そこから先に何があるかは、私たちにもわかりませんが」

「俺らはこれ以上、何か出来るのかぁ?」

 ヴァーユがソファーに寝転がったまま喋る。

「いや、何もない。私たちに出来うることはただ、この世界が修復されるまで耐えることだけ」

 ヴァルナが立ち上がり、窓際に立つ。

「バロン、貴様だけが我らの希望。頼んだぞ」


 ――……――……――

 …………景色の向こうに、何か見える。

「……シラヌイ」

 忍装束に身を包んだ竜人をそう呼ぶ。

「何だ、バロン」

「……いや……何でもない」

 シラヌイは少し神妙そうな顔をしたが、それで会話を終えた。

「……メイヴ」

 ピンク髪の少女を呼ぶ。

「んー?アタシに何か用?」

「……呼んだだけだ、気にするな」

「ふーん、そう。ところで、いつになったらしてくれるの?」

「……だから呼んだだけだ」

「ちぇ。ケチ」

 メイヴはどこかへ行った。

 自分の手に視線を落としてからしばらく経つと、横に機甲虫がやってきた。

「バ……ロン……元気ない……大丈夫か……」

「……ああ平気だよヘラクレス。お前は優しいな」

 ヘラクレスを撫でると、触角が動く。

「お前が元気なら……エリアルも元気……エリアルが元気なら……俺も元気……」

「……ははっ、そうだな」

 そうして微笑んで、世界がまた白けて……

 ――……――……――


 大零塊

「バロン、大丈夫?」

 エリアルがバロンの顔を覗き込む。

「……ああ、大丈夫。古代世界へ行こう」

「うん。ここから先は、世界と世界とを繋ぐ天象の鎖。行けばもう戻れないわ。準備はいいわね?」

 バロンは手でそれを示すと、エリアルと共に頭上の光へ向かった。


 パラミナ・砂漠地帯

 角竜王とコーカサスが空中で一閃、崩れ落ちる。そして立ち上がり、また対峙する。しかし、角竜王が一歩踏み出すより前に、その体が瓦解する。コーカサスは吠え猛り、護所へ向かった。

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