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その3 第六話

 ニブルヘイム・銀流の果て

 氷が引き裂かれ、渦巻きのように甲殻が巻かれた前足が山を掴み、その重みに耐えられず山が崩れる。もう一本の足が大地を穿ち、白き神の巨体が現れる。連山のように屹立する背中の甲殻は周囲の山々を越えるほど大きく、一歩踏み出す度に大地が揺れる。白き神は慟哭を散らし、氷の光線を放つ。それはニブルヘイムを渡り、ガルガンチュアと古代の城を貫く。氷が隆起し、光線の通った跡を示す。

 白き神はゆっくりと、真っ直ぐ進み始めた。


 ムスペルヘイム・炎火ノ原

 地面が煮立ち、溶岩が弾ける。黒い剣山が這い出て、溶岩を身震いで飛ばす。咆哮を一つ放つ。地面が裂けて、一帯が溶岩に飲まれる。黒き神は炎の光線を放ち、アジュニャーと古代の城にその炎を届かせる。そしてそのまま、眼前に立ち塞がった片羽の機甲虫と戦いを始めた。


 ムスペルヘイム・アジュニャー

 拳と聖剣が闘気を散らし、激しく衝突する。神の復活がもたらす震動を尻目に二人は暴力をぶつけ合う。バンギは次の一撃を放つ瞬間、こちらへ注ぐ光の束が見えた。その光はバンギたちの真横を通り過ぎ、爆炎が二人を吹き飛ばす。

「っ……どうやら、タイムオーバーのようだな、バンギ」

「笑止。神が世界を喰らうならば、我が神を喰らうまで!」

 お互いに立ち上がる。

「汝は踏み台の一つに過ぎぬわ」

「その通りだな。だがお前の踏み台ではない。娘の幸せのためのものだ」

「下らん。弱者に庇護など不要。強いものが生き残り、弱者が駆逐される。それが世の定めだ」

「尚更お前をこのままにはしておけんな。ここで倒す」


 神子の護所

「白き神は直進中。しかし、黒き神はコーカサスと戦闘を開始した模様」

 サーマが呟く。

「よし、それならなんとかなりそうね。ヴァルナさん、白き神を止めに行ってもらえますか?」

 エリアルが問う。

「他に選択肢はない」

「ありがとうございます。私とバロンはこの先にいるレッドライダーを止めに行きます」

「……なぜレッドライダーを?」

「もう狂竜王はこの世界には居ないはずよ。本人がこの世界はもう用無しだと言っていたし。ならばこの世界の全権はレッドライダーに委譲されたはず。これ以上何もできないように、ここで止めるわ」

「……わかった。ヴァルナ」

 バロンはヴァルナの方を向く。

「我らにとってその女が何の意味も持たないことはわかった。あとは貴様の仕事だ」

「……死ぬなよ」

「もちろんだ」

 二人は頷く。ヴァルナはヴァーユ、ラーフ、サーマ、ヤジュルを連れて去っていった。

「……エリアル」

「ん?なに?」

「いや、何でもない。急ごう」


 大零塊・底部アイシクル・ボトム

 神子の護所を抜けると、辺りが闇で包まれた中空へ出た。視線の真っ直ぐ先には、超巨大な氷塊がある。

「……ここにレッドライダーがいるのか?」

「ええ。異なる歴史に於いて、零獄の辿る可能性の一つ。言うなればイフのイフ」

 二人が零塊の麓へ行くと、氷で閉じていた扉が開く。足を踏み入れるが、中は外見ほど寒くなかった。

「……上への道は」

「ここは元々至天の戦域と呼ばれるハイテク建造物なの。上に行くにはエレベーターしかないんだけど、氷漬けになるくらいじゃ故障しないのよ。こっちよ、ついてきて」

 バロンはエリアルについていくと、すぐにエレベーターの前についた。

「はい、これよ。バロン、ドアが凍ってるからそれだけ壊して。エネルギーは通ってるわ」

「……わかった」

 バロンはエレベーターの扉に張り付いた氷を引き剥がし、エリアルがボタンを押す。すぐにエレベーターはやってきて、二人はそれに乗る。

「……なあエリアル。僕はこの世界で君の夢を何度も見た。君と僕はこれまでも会ったことがあるのか?」

「もちろんよ。というより、今回の世界に至るまで片時も離れたことはないわ」

「……そうなのか。ところでヘラクレスとはどんなやつなんだ?」

「とっても優しいわ。貴方も会ったことあるのよ?今までにないくらい記憶が吹っ飛んでるから覚えてないだけで」

「……まあ、後で詳しく教えてもらおう」

 エレベーターの扉が開く。通路に出て左に曲がり、右手にある階段を登る。登りきる少し手前で声が聞こえ、二人は横にある柱へ隠れる。

 声はレッドライダーと狂竜王のもののようだ。

「王よ。ベルガはいつ差し向けましょう」

「こやつは後で使う。少なくとも、最初の浄化が終わるまで出番はない。パラワンの回収も、二人を結び合わせることも終わった。レッドライダー、そなたは深淵の覚醒が終わった後撤退し、古代世界で待機せよ」

「承知」

「うん?どうした、シュバルツシルト。うむ、うむ――レッドライダー、レイヴンが追憶の深窓へと至ったようだ。私はそちらへゆく。では、頼んだぞ」

「はっ」

 狂竜王の声は消えた。

「そこにいるのはわかっておるぞ、バロン、神子」

 二人は柱から出て、階段を登りきり、天井のない素朴な広場に出た。

「……レッドライダー」

「全く……もうこの世界ですべきことは終わった。もう弾切れじゃ」

「じゃあ深淵の覚醒って何よ」

「やれやれ……バロンは仕方ないが、神子、お主が知らぬはずは無かろう。深淵と言えば一つしかない」

「まさか九竜の深淵……!?でもあれはクシナガラでいなくなったわよ!」

「お主はこの世の深みを知らぬ。九竜がそんな単調な存在でないこともな」

「……待て、何の話をしてる」

「人の六つの罪、神の三つの罪。それらを司り、世界を形作るパーツ、それが九竜じゃ」

「……説明してくれるんだな」

「教えようが教えまいがいずれ止めに来るじゃろうからな。それならば、打ち倒して、主らが強くなってくれた方が都合がよい」

「あれ?そういえば、ヘラクレスはどこにやったのよ、レッドライダー」

「主らが知る必要はない。さて、儂は古代世界で待機せねばならん。主らには退いてもらおう」

 レッドライダーは長剣を抜く。

「そして、強者と戦うのは血が断れぬ」

「……エリアル、援護を頼む」

「わかったわ!」


 ムスペルヘイム・炎火ノ原

 凄まじい風の塊と炎の光線が激突し、大爆発する。

 突進する三本角を、黒き神は片腕で弾く。右前足を薙ぎ払い、炎の嵐が躍り狂う。コーカサスはそれを左角で幾度も弾き、赤い眼を輝かせて角を打ち据える。黒き神は吠え、コーカサスを溶岩の海へ撃ち落とし、前足を押し付ける。コーカサスの体は煙をあげながらズブズブ沈んでいく。完全に沈みきったコーカサスは猛烈な瘴気を噴出させ、羽を再生、完全硬化させて飛び上がる。

「コオオオオオオオオオオオッ!」

 黒き神の光線に真っ直ぐ突っ込み、角でそれを引き裂きながら黒き神に鋭い斬撃を加える。黒き神は全身に赤い筋を浮かばせて激昂し、竜巻のような音波で薙ぎ払う。コーカサスは暗黒闘気で弾き返しながら、再び急降下で黒き神を切り開く。切断された黒い棘は溶岩へ落ちて行き、黒き神は更に荒ぶり猛る。


 アジュニャー

 金属の甲高い音が鳴り響き、黄金の剣の切っ先がが空中を舞う。剛拳がカルブルムの胸を打ち砕く。

「ぐふっ……まだだ、バンギ……!」

「汝は竜の呪いにかかっているようだな」

 カルブルムの体が次第に白化してゆき、腕や足から粉末が落ちる。

「知っていたか、バンギ……」

「汝が現れたあの日、狂竜王は我に一つの資料を手渡した。chaos社新製品、インベードアーマーとやらのな。汝を見てすぐにわかった。汝はこの呪いの力を受けているのだとな」

 拳を引き抜き、カルブルムは後退する。

「そうだ……インベードアーマー、これは装備したものを竜へと変貌させる……だがその強大な力の代償に、生命の限界点を容易に越してしまうようになった……すると耐えきれない体は……」

 カルブルムは自分の左手の小指をへし折る。すると、それは粉になって崩れた。

「こうやって、ミネラルに変換されてしまう。……だが驚いたよ。この世界の生物は例え機甲虫の一体に至っても、インベードアーマーで強化された肉体の攻撃を意にも介さないのだからな……」

「あの聖剣に思いを込め、闘気と自分を同調させることでここまで強くなったというのか、汝は」

「ふ……だから言っただろう。守るべきものは力をくれると……だが、見事だバンギ……お前は黒崎奈野花にも劣らぬ、真の猛者よ!」

 カルブルムの両腕が崩れる。

「すまんなエリアル……父さんはいつでも、お前の幸せを願っているよ……」

 足も殆ど白化してしまっているが、カルブルムはバンギへ突っ込む。

「せめて最後はお前の拳で果てよう!ぬおおおおおお!」

「良かろう!汝は我が奥義にて葬ろうぞ!」

 バンギはカルブルムの背後に巨大な横薙ぎの竜巻が見えたが、構わず闘気を練り上げる。

「灰塵に帰すがよい!〈天覇烈葬〉!」

 バンギから膨大な闘気が放たれた瞬間、突進してきたカルブルムの体は塵となり、後ろから来た竜巻も砕け散る。

「ぬう……汝の強さがその甘えから来たのなら、我はそれを踏み台にはせぬ。敢えて踏み潰して我が覇道を進むのみ」

 バンギは無表情になり、傍らの黒馬に乗ると、黒き神へと駆けた。


 ガルガンチュア

「始まったようだな」

 エンブルムは格納庫に降りながら呟く。

「私がこの世界で最後に成すべきは一つ。結末でやつらが使える戦力を削ぎ、使徒の戦いを有利に運ばせること。そのためには……」

 格納庫を開くと、異様な武装の機械竜が鎮座していた。

「少しでもこの世界の勝者の力を削ぐことだ。異史のニブルヘイム大戦を終結に導いたお前の力を借りようか、マルドゥーク」

 エンブルムはマルドゥークの背にあるキャノピー型のコックピットに乗り、コンソールを弄って起動させる。竜の頭部で乱暴に前方のシャッターを噛み千切ると、吹雪の中へ歩き始めた。

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